【Girls-und-Panzer】 砲声のカデンツァ 作:三式伊吹
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・手を取り、立ち上がり…
嗜虐的な戦いをする神無月かおりとの戦いに、知恵と勇気を振り絞り辛くも勝利した神無月しおり達だったが、しかしその勝利の代償は余りにも大きかった。
神無月しおりは錯乱した少女の凶行により心身共に満身創痍。
更に言えば三/四号戦車もまた廃車寸前と言わんばかりのボロボロ。
車体を構成する装甲板はエンジンルームの炎上で大きく歪み
少女達を安全に守る特殊カーボンのコーティングは高熱で融解変質。その能力を失った。
更に言えば神無月かおりのティーガーに嬲り弄ばれたお陰で車体の各所はガタガタのヘトヘト。
エンジンも焼けて大破。不調を来していない部品を探すのが困難な程だ。
三/四号戦車の復旧には新車を仕立てるにも程近い時間と資金を有する事となり
精神的支柱である隊長車を失った隊員達は不安の声を漏らすが
双葉葵は一人、不安を見せることなく、短く、しかし力強く少女達に言った。
──「戦力の当てはある」と──
【Girls-und-Panzer】
砲声のカデンツァ
第九話:シンフォニア
その間にも、疲弊しきった神無月しおりのメンタルケアのプランが生徒会と、今まで砲を交えてきた他の学園艦の友人達の間で練られた。
結果、全行程15日ばかりの各学校への短期入学が決まり、神無月しおりの付き添い人にバウムガルト・桜が選ばれた。
この事に関して神無月しおりの恋人である大島明海が「自分がしおりを補佐する」と買って出て言うが、バウムガルト・桜に
「君はひととき彼女と離れたまえ。君は強い人だが、同時に余りにも優しすぎる。
彼女の抱えている大きな苦しみや悲しみを分かち合おうとして
自らマグマの様な地獄の沼に身を投じようとしているに等しい。
だから離れるんだ。彼女の為にも、君の為にも。今暫くは。互いに間を置くこともまた、1つの愛なのだ」
と諭され、大島明海は彼女の言葉に大人しく従った。これについては双葉葵も同意した。
少々ばかりの時間、少女達には気持ちを整理する時間が必要であると。
一校につき、凡そ三日ばかりの短期入学。学園艦を転々とし、ゆるりと過ごしては
痛く傷心し凍り付いた神無月しおりの心も僅かずつだが確かに柔らかく溶けていった。
バウムガルト・桜の愛車、メタルポリッシュされた銀色のポルシェ356カルマンが今まで出会ってきた学園艦の路を行く。
モスカウ文化高校でオペラとバレェを観覧し、絵筆を取って芸術に触れて
聖・バーラム学園にて優雅なティータイムを味わい、淑女の嗜みだとクレー射撃に勤しみ
メロヴィング女子大学付属高校では剣技を習い、ワインやジュースを作る為の葡萄を摘み取って
カーチスライト学園ではバスケットやアメフトの試合を眺めたり、飛び込みでオートバイのレースに参加したり
藤重学園ではしっとりとした和食や和菓子に舌鼓を打ち、技術継承として行われている宮大工や刀鍛冶の見学をさせて貰った。
其れ等は神無月しおりにとってとても有意義な物で在った。今までの人生で触れたことの無い物ばかりで
大変興味深く、また色んな人々からお土産を貰った。短いが、実に充実した短期入学だった。
その間にもバウムガルト・桜は丁寧に神無月しおりの補佐をし
夜には学園艦の双葉葵に電話を掛けて戦車道の練習メニューを調整し、組んでいた。
その様子を偶然見掛けた神無月しおりはメニューを考えるのに自分も手伝う、と声を掛けるがバウムガルト・桜は彼女を優しく制した。
「今の貴女は戦車道をしていない【ただの少女】だ。だから無理に戦車に関わる必要は無いんだよ」と。
少女は優しく諭した。この言葉に神無月しおりは素直に従った。
神無月しおりが短期入学をしているその間、ある日の夜の事。一本の電話が双葉葵の元に掛かってきた。
相手は神無月しおりの姉、甲斐女学園の神無月かおりからだった。
「君に時間は取らせない。人払いを済ませてきたから話せる事だが、悪い知らせだ。此方の学園長の首がすげ変わった。
お陰で件の貴女と前任の学園長との間で交わされたリアクターの修理費云々のやり取りも反故にされた」
予想だにしない報せに双葉葵は立ち上がり、その勢いで椅子をすっ転ばせた。
椅子のバタンと倒れる音に生徒会室に居た他の少女達数人が驚く。
「何やてぇ!?」
「この事については私もお母様と共に、対応が余りにも大人気ないと抗議をしたが、結果はなしのつぶてに終わってしまった。
…仮に、の話ではあるが、今回の学園側の対応にお冠に成られたお母様は
【しおりを甲斐女学園へ再び招き入れる転入手続きの書類には絶対に判を押さない】と断言された。
…残念な事だが…この事件について私とお母様が出来る事は此処までの様だ。本当に済まないと思っている…」
電話越しにも分かる程、神無月かおりの声は真摯であり、また申し訳なさが滲み出ていた。
双葉葵は電話越しに聞かされた言葉を少しずつ咀嚼し、頭の中でゆっくりと返事を組み立てた。
「…いや、構へんよ。少なからず今回の甲斐女学園の裏切りについて、あんたとしおりちゃんのお母ちゃんはウチらの為に動いてくれたんや。その事については素直に感謝する」
「寛大な配慮、感謝する。詫びと言う程ではないが、後日其方に細やかなプレゼントを贈りたいと思う」
「プレゼントぉ?」
神無月かおりの口から放たれた思いもしない言葉に双葉葵は鸚鵡返しに聞き返しながら眉を潜めた。
「悪い物では無いと必ず断言しよう。それでは、グーテナハト」
「…あいよ。お休みぃ」
努めて冷静に別れの言葉を告げた双葉葵であったが
電話を切ると力強くテーブルに拳を叩き付けた。どん! と鈍い音が響く。
「くそったれが! 細くて頼りない、藁にも縋りたい人の気持ちを、それも思春期の幼気な女の子の心を散々弄んで、この仕打ちか!」
砕けそうな程にギリギリと歯を食いしばりながら、双葉葵は吼えた。
怒りと虚しさが腹の底から熱いマグマの様に込み上げて仕方が無い。
何の為に我々は戦ったのか。悪い大人は斯くも子供に対して残酷に成れるのか。
何の為に神無月しおりは片足を失い、心に大きな傷を負ったのか。
机に突っ伏し、頭を抱える。哀れな小さい少女を守るどころか、学園艦の命運に関わる問題に巻き込んでからと言う物、延々と残る大きな傷を負わせてばかりだ。
港にヒュウヒュウと流れる寂しげな風の音が、窓越しに嫌なほど双葉葵の耳に響いた。
短期入学から帰還した神無月しおりとバウムガルト・桜の二人を出迎えて、双葉葵は戦車乙女の少女らを
格納庫に集めると悲しい知らせを伝えた。甲斐女学園の大人達に約束を反故にされた事を。
その言葉を聞いて誰よりも強く悲しく、大島明海は皆の気持ちを代弁するかの様に吼えた。
「何の為にしおりはこんな大怪我を負ったのか」と。
彼女の言葉を皮切りに、口を噤んで我慢を重ねていた少女達の怒りに満ちあふれたブーイングが飛んだ。
そうだそうだ! と。ウチの隊長があんな酷い目に遭わされたのに謝罪も無しか! と。
少女達から不満の声が上がるのも無理も無い。それを抑える様に、両腕を、両手を広げて双葉葵は言う。
「あの神無月かおりが、この件について動いてくれた。彼女も今回の大人達のえげつない裏切り行為に責任を感じたんやと思う。
せやから彼女はウチらに細やかなプレゼントを贈ると言うてくれたよ。ソレが何かは分からんけども」
その言葉を聞いて少女達は不満の全てを解消した訳では無いが、ほんの僅かに溜飲を下げた。
あの神無月かおりが送り付けてくるプレゼントとやらに些か不信感を抱きながらも。
双葉葵の言葉をぼんやりと聞いていた神無月しおりは不意に、何かを思い出したかの様にぽつりと呟いた。
「…鹿取さん、居なかったな…」と。
思い出される彼女の言葉は「今度会うときは、あなたの友人、全員連れて来なさいよ」
と言う、腹の中に抱えていた毒気が抜けて晴れやかになった威勢の良い言葉。
その筈だったのに、甲斐女学園との試合では彼女の姿は見受けられなかった。何故だろうか。
神無月しおりがぼんやりと考えていたその時だった。
マイバッハのエンジン音がドロドロと響きながら格納庫の入り口に近付いてきた。
「お邪魔しても良いかしら?」
ハッとなって少女達が声の聞こえた方へと振り向くと、其処にはパンターF型の砲塔を装備したVK3002(D)に乗った、播磨女学園の制服に身を包んだ鹿取舞の姿があった。
「鹿取さん、どうして…?」
神無月しおりの困惑する言葉に鹿取舞は戦車からスルリと地面へと降り立って少女達に己に何が在ったのかを説明した。
「貴女達と試合して、あれから学校に戻ってチームメイトに談判をしたのだけれども、大半の人達からバッシングを受けてね…
そんな事を言うチームメイトは要らないって言われて放校されちゃった訳。尤もその代わり…」
彼女は愛おしげにVK3002(D)の僅かに青みがかったジャーマングレーの装甲を撫でた。
「試合で余り使われてなかったこの子と、砲弾と消耗品を貰ってきたわ。今回のドサクサに紛れて。
かおりさんの傍に付いてる、甲斐女学園の穏健派のチームメイトと、私の友人達の助力のお陰で。この子は貴女達を助けるチャンスになるって」
そして説明を終えた鹿取舞と、彼女と共に付いてきた少女達は深々と頭を下げた。
「我が校、甲斐女学園との間に交わされた約束に対する理不尽な反故並びに、私達の突然の転入に驚かれたかもしれませんが
どうか宜しくお願い致します。誠心誠意、全力をもって此れからの試合で皆さんのサポートをしますので」
鹿取舞と、共に転入してきた少女達のその言葉を聞いて、皆が「むぅ…」と言葉を詰まらせ
如何したものかとばかりに考え込んだ後、柿原セリカが唐突に指をパチンと弾いて声を上げた。
「よっし! あーだこーだ悩んでるよか、拳ぶつけた方が話が早い! 戦車乙女なら戦車で話し合えば良いだろ!
そうと決まれば皆、表に戦車を回せ! アンタもそれで良いな、鹿取?」
「…! はいっ」
柿原セリカの言葉を効いてそれもそうだ、悩むより余程良い、と同意した少女達は
やいのやいのとゾロゾロと戦車に乗り込み、練習場へと戦車を出して行く。
そして準備を整えたならば、順番に力強くぶつかり合う戦車と戦車。
砲を放ち火花を散らして、心と思いを交わし合う。
やがて陽が傾く頃には汗だくのヘトヘトになって戦車を降りて
少女達はワイワイと騒ぎながらバスを仕立てて喫茶店のキューマル屋へと赴いた。
皆してみっちりと店に入り、入りきらなかった子達は椅子とテーブルを店の外に並べて
喫茶店の店主は苦笑いしながらも彼女らを優しく出迎え、テーブルに着いた少女達は問う。
嘗ての神無月しおりとはどんな生活を送っていたのか。
嘗ての彼女はどうだったのか、第三者からの視点から話を聞いた。
鹿取舞はよく焼かれた白いティーカップをそっと両手で包みながらしみじみと思い出す様に語った。
鮮やかな赤味を帯びた琥珀色の水面を眺めて、自らも神無月しおりの様に小学生の頃から戦車道をしていた事を。
そして神無月流の流派の中で独り、怯えた様で居ながら、人の心の底をザワつかせる少女が居た事を。それが神無月しおりであった事を。
【常在戦場】 【大胆不敵】 【見敵必殺】
教え込まされる鉄の掟。勝利至上主義と言われるその姿勢は確かに、歩んできた物達の後に勝利があった。
可愛げも大人げも無い【道】と呼べるモノも無い戦い方の果てに。
しかしそんな中で彼女だけは、神無月しおりは違った。
何度上級生やOGから叱責されようとも、何度同じ戦車に乗るクルーに
作戦や行動への異議を唱えられても、弱者、敗者に優しかった。
周りと歩を合わせられない神無月しおりは自然と戦車道のクラスの中でも瞬く間に隅へ隅へと追い遣られていった。
同時に神無月家の流派の者としても、隅に追われた。
そう長くない時間を経て、神無月しおりはチームメイトの間で面倒臭い腫れ物の様に扱われる様になった。
上級生に噛み付く事の多かった鹿取舞もそんな風に隅へと追い遣られた1人だった。
不器用な面子ばかりが集まるチームは多くの敗北を重ね、しかし…
中学生へと昇級したある時を境に、神無月しおりが勝利へと歩み寄る事を始めた。
勝利を一つ一つ積み重ねる毎に、上級生からは褒められたが、不器用な少女達を取り纏める立場になっていた神無月しおりは苦々しい表情を浮かべていた。
何故ならそれは彼女にとって不本意な戦車道であるからに他ならない。
神無月の流派の噂通りに勝利の土台には味方の犠牲を一切厭わない骸が多く転がっていたのだから。
そうして月日が流れ、試合の度に心と体に幾つもの傷を作ってきた神無月しおりに【あの日】が訪れた。
彼女の腕が千切れ、血に染まったのを鹿取舞も間近で見たと言う。
戦車から運び出された真っ赤な彼女を見て言葉が発せなかったと鹿取舞は吐露する。
播磨の少女達は無理も無いと思った。無惨にも片腕が千切りもげたのだから。
その後、彼女が病院へと入ってからと言う物、一時でも戦車から離れた神無月しおりは自然と周囲に対して疎遠になっていった。
神無月しおりは、今までの神無月流の戦車道とそれによる憎しみを発端とした事故、そして悲しみと苦しみから深く深く塞ぎ込み
例え部屋に誰かが…共に戦車に乗った少女達が訪れたとしても部屋から出てくるのが恐ろしく減ったのだと言う。
そして、冬を迎えると誰にも別れの言葉を告げる事無く、人知れず甲斐女学園を発ったという。
「正直に言って…悲しかったわ。何も言ってくれなかったのが。
でも、貴女達を見て、そしてこの前此処に来て、あの子が言った事にとても納得したの。
強引だったとしても、私達はもっと、彼女に手を差し伸べるべきだった。
そして同時にそんな考えも気持ちも思い付かない程、神無月流の戦車道に
普通の女の子だった筈の私達は【染まり過ぎて】いた。
あの子を抱きしめる事も、傍に佇む事も、こうしてお茶をしながら他愛も無く言葉を交わす事も無かった。
知らない間に私達はあの子と一緒に【ただ戦う事しか】考えられなくなっていた」
鹿取舞は温くなった紅茶を静かに飲み、そして言った。
「知ってた? あの子の炊事能力、戦車道の練習の最中に覚えさせられたのよ。食事休憩の時間の時に。
家庭科の調理実習でも無ければ、自宅や友人の家に招かれて
一緒に台所に立った訳でもない。効率よくエネルギーを得る為の野外炊飯ばかり。
本当、人生の何もかもが戦車漬け。楽しくない戦車絡みばかりの人生…私と、はみ出し者の仲間達が
こっそり持ち込んだお菓子をしおりに何度か分けてあげたくらいだった。
甲斐女学園の、戦車尽くしの生活の中で出来た女の子らしい事は…」
そう語った鹿取舞に播磨の少女達は小さく同情した。
彼女達もまた、神無月流に【少女らしさ】を殺された者達の一部なのだと。
親や姉妹、親戚の後押しと言う名の監視の下、余程のことが無ければ辞める事の出来ない、甲斐女学園の神無月流の戦車道に、少女達はその心を蝕まれて
戦車をもってして戦車を征する為の狂った戦士として染め上げられていったのだ。
自分の目の前に居る、傷付いた少女に手を差し伸べると言う事が思い付かない程に。
「今からでも遅うはあらしまへん」
鹿取舞が語り終えて少しして、久留間舞子がゆっくりと、然しハッキリとした言葉を発した。
「しおりはんと一緒に、そしてうちらと一緒に楽しゅう戦車道をしたらええんどす。
そないしたら、鹿取はんらも、きっと女の子らしゅうなれる。播磨に来たしおりはんがそうやった様に」
久留間舞子の言葉に播磨女学園のクルーは肯き、言葉に背を押された鹿取舞は目尻に涙を浮かべ、親指で拭った。
「…こんな私達でも、しおりの様に生まれ変われるかしら
五十鈴佳奈は優しく言った。
「成れますよ。そうありたいと願い続ければ。しおりさんの様に。
あの子は確かに、紛れもなく、楽しい戦車道が好きな普通の女の子になっていっているのだから」
「おうよ。遅くはねえ。現に今、あんた達は普通の年頃の女の子の道を歩んでるじゃねえか」
…そうだ。今までこんな風に喫茶店に皆でわいわいとお喋りした事なんて無かった。
見渡せば、鹿取舞と共に転入してきた少女達も、播磨の少女達と交流を深めている。
嗚呼、そうか。コレが神無月しおりを変えた【暖かさ】なのだと、鹿取舞は染み入る様に理解した。
斯くして少女達が喫茶店で他愛も無い会話を繰り広げている間、双葉葵と神無月しおり達は生徒会室に集まっていた。
「しおりちゃん、単刀直入に言おう。彼女は、鹿取舞は信頼に足る人物なんか?」
会長のその刺々しい言葉と表情、そして何より剃刀の様に鋭い目付きに大島明海らは僅かにたじろいだ。
「ハッキリ言って今、ウチらが置かれている状況は非常~に芳しくない。
しおりちゃん達が乗り慣れてた三/四号戦車は全損と言って良い程大破してもうた。
重戦車と比べたらサイズもコストもコンパクトに纏まった中戦車の三/四号戦車と言えども
あんなボロボロの産業廃棄物みたいな状態から元の状態に復旧させるんにはお金と時間がとても掛かる。
そんな状態でこれからの試合の最中に、甲斐女学園からやってきたあの鹿取に…
得体も知れない彼女らに仮にやけど試合中に背中をズドンッて撃たれたりしたら堪ったもんやないし
足を引っ張る様なチンケな腕前やと、悪いけど二軍として練習して貰わなアカン。
ハッキリとキツい言い方すっけど、今のウチらにはお荷物で足引っ張りの役立たずは要らへんの」
双葉葵の歯に衣着せぬ刺々しい言葉に大島明海らは神無月しおりをそっと伺った。そして…
「鹿取さんは、大丈夫」
彼女は小さく肯き、シンプルに、答えた。
「私と、甲斐女学園で一緒にずっと戦車道、やってきたから。
あの人とは、私と一緒に何度も試合、してきたから。
だから、大丈夫。悪い人じゃ、ないから。近くで見てきた私が、一番知ってる」
一言一言紡がれる神無月しおりのその言葉を聞いて双葉葵は質問を重ねた
「戦車道の腕前は?」
「悪く無い…指示も、サポートも、出来る。
一緒に来た、砲手の子も、カレラさん程じゃ無いけど、腕も悪くないし。
ドライバーの子も、戦車を上手く走らせる事が出来るから…」
「…あの子ら、信頼して、良いんやね?」
双葉葵のシンプルな最後の問いに、神無月しおりは頷いた。
「…出来る」
少女のその言葉を聞いて双葉葵は椅子の背もたれに、ギシィと苦しげな音を立てさせながらもたれ掛かり、ふーぅ…と深い深い、重い溜息を吐いた。
「ぁー…これで何とか安心出来る。やれやれ…胃袋がキリキリするのは堪忍して欲しいわぁ」
肩に乗っている重い荷物が1つ降りたと言わんばかりに苦笑しながら、双葉葵はテーブルの上の麦茶を飲んだ。
「そーだ、明日一つ大事な案件があっから、格納庫前に集合ね」
その言葉を聞くと、生徒会室に呼ばれた三/四号の少女達は解散した。
翌日。少女達は何時もの様に戦車を仕舞っている格納庫に呼び出された。
戦車の改造や交換部品の面倒を見てくれる早乙女光の姿もあった。
故に恐らくは戦車絡みなのだろうと少女らは思った。
はてさて一体何事かとガヤガヤしている内に双葉葵が現れると
真鍮製の古典的なメガホンを片手に何時もの様に台の上に立った。
「あー、あー、淑女諸君、先日の戦いは非常ぉ~に無念に終わってもうけども、ウチらにはまだ希望が残っている。
今からそれをお披露目したい思うわ。ほんなら! 刮目したまえ!」
言うや否や、扉の開く重々しい音と共に見たことも無い重戦車がゆっくりと早乙女の指示の元、少女達の目の前に現れた。
ヴルルン、ヴルルン、とマイバッハの重厚かつパワフルなエンジン音が格納庫に響き渡る。
「何あれ! 強そう!」
「見たことも無い戦車だけども」
「強いて言うなら、キングタイガーに似てるか? 車体左右のスポンソン無いけど」
戦車乙女達がわいわいと騒ぐ中、神無月しおりだけが静かに驚き、その戦車の名前を呼ぶ。
「VK6600、E79…? 何でこんな、珍しい重戦車が此処に…?」
ただただ首を傾げる神無月しおり。
その傍らでバウムガルト・桜はE79を見ながらポツリと零す。
「重戦車が三台、バランスの取れた駆逐戦車が三台、中戦車が四台…
強豪校と比べれば僅かに十台とは言え、元々我が校が保有していた戦力は中々高かった訳だ」
彼女の言葉に少女達は、播磨女学園に籍を置いていた戦車達と先人の少女達が過ごしたであろう過去に思いを馳せる。
「始まりがあって、落ち込んだりもしたけれど、またこうしてピカピカになって、新しい仲間も増えて…
この子達も、私達の先輩達も…きっと喜んでくれてますよね」
五十鈴佳奈の言葉に少女達は僅かに頷いた。
「所で、この重戦車に乗るのってさぁ?」
柿原セリカの疑問の言葉に応じるように双葉葵は頷いた。
「しおりちゃん達に、任せる。三/四号戦車がお釈迦になっちゃった以上、戦力として復帰したこっちのE79に乗って貰う他無い」
その言葉に少女らは異議無し。の言葉を口々に発した。そして少女らは日課のトレーニングを行い
神無月しおり達、E79のメンバーは早乙女光とそのメカニック達と共に戦車のセッティングを煮詰めた。
某県某所、山道を走る戦車があった。霧島蓉子の駆るE79である。
今日は本格的な試運転の日だ。各々がハッチから頭を出して、走る風を感じていた。
射撃手ハッチの無い北村カレラだけは、神無月しおりを抱き締めてキューポラから頭を出していた。
E79は軽快に走っていく。履帯を僅かに滑らせ、小さな火花を上げながら。
「三/四号とは違って少しクセはあるが、悪くない戦車だ。
マイバッハのパワーと太いトルクも良いな。重い車体をグイグイと加速させてくれる」
と、霧島蓉子はアクセルを踏み、シフトレバーを操作し、ハンドルを捌きながら楽しげに言った。
「日差しは眩しいけど風が気持ちいいねぇ」
長閑な天気に大島明海はそう呟き、神無月しおりも同じく頷いた。
緩やかな山道の横Gに右へ左へと揺さぶられて暫し、E79は見晴らしの良い頂上の駐車エリアに着いた。
其処にはチラホラと戦車やスポーツカーにバイクが停まっていた。
少女達はいそいそと戦車の上で弁当を広げ、頂きますと言葉にする。
その時だった。力強く、良い音のするエンジン音を響かせるクルマの気配があった。
「これは…V型エンジンですねぇ」
おにぎりに手を伸ばしながら中嶋奏が呟き、霧島蓉子がサンドイッチを囓りながら相槌を打つ。
「V型12気筒だ。3リッター」
普段から愛車のタトラ603を転がし、暇な時には友人達とストリートレースをしている霧島蓉子が的確に言う。
ややして、スキール音を響かせながら駐車エリアに鮮やかな青いスポーツカー…
フェラーリ250GTOが現れると、正確なコントロールで空いている駐車スペースにタイヤを滑らせて停車した。
四点式シートベルトを外してドアを開いてウェーブの掛かった長髪の少女がそっとクルマの中から抜け出す。
「いやー、やっぱり峠は良いなあ。心躍るコーナーの連続! 操縦する喜び!
ピタリと狙ったラインを通せた時の人車一体感! 恍惚だねぇ…」
うんうん、と一人頷く少女はふと近くの戦車…神無月しおり達とE79に気がついた。
「Buon giorno! 見た所君達は戦車乙女かい? 今日はさしずめドライブって所かな?
…ほうほう。運転手は中々に良い腕をしているみたいだね。履帯が変に摩耗してない」
カラッと晴れた太陽の様に快活に挨拶をしつつ、しげしげとE79の履帯を観察しながら見知らぬ少女は神無月しおり達に近付いてきた。
「あの、貴女は…?」
大島明海の質問に、これは失礼とばかりに少女は恭しく腕を掲げると胸に手を当て、挨拶した。
「私はアフォンダトーレ学園のヴァネッサ・マルケッティ。親しい人からは《コンテッサ》と呼んでもらっているよ。ではご婦人方? お名前を聞かせて貰えるかな?」
「播磨女学園の大島明海です」
「同じく、北村カレラ」
「中嶋奏です!」
「ドライバーの霧島蓉子だ」
少女達が口々に自己紹介をし、そして最後に、呑気にフライドポテトを咀嚼し終えた神無月しおりが口を開いて…
「…戦車隊隊長の神無月しおりです」
そう告げた時、ヴァネッサ・マルケッティは目を見開いて「おぉ…」と驚いた。
「これは驚いたな。時の人の乙女達と出会えるとは…!
これも何かの縁だ。私の学園艦のジェラートを食べていってくれたまえ!」
彼女はそう言うとフェラーリ250GTOのトランクから保冷ケースを取り出すと、中には色鮮やかなジェラートが其処にはあった。
ヴァネッサ・マルケッティは神無月しおり達に慣れた手付きでジェラートを配った。
「前から貴女達には興味があったんだ。だが中々出会うチャンスが無くてね。学園艦の寄港地が遠かったりしてさ。
しかしこうして出会えたのも、きっとマリア様や戦車の女神の導きがあったからなのだろうね。さて淑女諸君。ジェラートの味は如何かな?」
「…レッカー」
ヴァネッサ・マルケッティの微笑みと共に出て来た問い掛けに神無月しおりは黙々とスプーンを口に運び、ポソリと呟いた。
「うん? 聞き慣れないが…察するにドイツ語辺りかい?」
「あ、美味しいって言ってます。この子ポロポロとドイツ語話すから」
大島明海が神無月しおりの呟いた短い言葉を補足すると、ヴァネッサ・マルケッティは成る程とばかりに頷いた。
「ハハン。つまり学校の授業の第二言語がドイツ語の学園艦に居たのだね?
例えば黒森峰の様な…ま、無粋な詮索は止そうか。
こんなに良い天気なのに過去を探るだなんて勿体ない上に粋じゃ無い!」
ヴァネッサ・マルケッティは神無月しおりの見せた僅かな機微…
ほんの僅かに止まったスプーンを握る手に気付き、話題を切った。
「さて、此処に戦車隊を仕切っている戦車乙女の隊長が二人居る訳だが…どうだい?
一つPartita(試合)とでも行こうじゃないか。お嬢さん達の良い返事を期待しているよ。チャオ!」
そう言うとヴァネッサ・マルケッティはフェラーリ250GTOに乗り込むと良い音を響かせながら帰って行った。
「復帰試合、か」
淡々と霧島蓉子は呟き、E79の車体の装甲を撫でた。
「しおり君、メンタルはもう大丈夫なのかい?」
北村カレラからの問い掛けを聞きながら神無月しおりはゆっくりと手付かずの弁当の肉団子を咀嚼し、飲み込んだ。
「…多分、皆が居てくれれば、大丈夫…」
そう呟く神無月しおりの手を、大島明海は優しく重ねた。
「大丈夫だよ、きっと。もしも試合の最中に急に苦しくなっても、相手の人も理解してくれると思うから」
「見るからにカラッとした良い人でしたからね」
「知略家の匂いがするがな」
ランチを終えた少女達は戦車に再び乗り込むと、峠を下りて学園艦へと帰っていった。
数日後。戦車隊を取りまとめる隊長の戦車乙女達はメロヴィング女子大学付属高校の学園艦へとお茶会に集まっていた。
「アフォンダトーレ学園のヴァネッサ・マルケッティですって?」
レモンティーを飲んでいたサーシャは鸚鵡返しに聞き返した。
神無月しおりは小さく頷きながらラングドシャを摘む。
「強くってよ。彼女。イタリア系の戦車隊だからと言って侮らない事ね」
「そんなに強いので? かのコンテッサと呼ばれる少女は」
エリザベド・ガリマールの淡々と、しかし強い言葉に川崎蘭子は優雅にコーヒーを啜りながら問い掛けた。
「近年メキメキと力を伸ばしているチームですわ。
代々の隊長が残した遺産をやり繰りして鍛え上げた戦車隊をもってして」
「実はカーチスライトとアフォンダトーレとは学園艦の出資者がアメリカ系イタリア人が多いから姉妹校の関係を結んでいるのだけども
ウチの子達があっちに遊びに行ってはクルマと戦車が凄い凄いって言ってたわね。
走りも、エンジンも。私は自分の所の戦車隊の面倒見たりで中々遊びに行く機会に恵まれなかったけど」
ジンジャーエールのボトルを傾けながらジェーン・フォードはそう答えた。
「主な主力はM15/42戦車にセモベンテM41。そしてP40と偵察車にFiat3000。
このFiatがかなり曲者だって戦車乙女の間ではよく話題に上がるわね…随分すばしっこいらしいわ。
隊長車はP43Bisの90mm戦車砲。嘗めて掛かってきたティーガーやパンターを何両も返り討ちにしてきた猛者よ。
さながら猛獣を相手に戦う凄腕のグラディエーターと言った所ね…」
ローズマリー・レンフィールドはロイヤルミルクティーを一口飲みながら、ビターチョコの練り込まれたクッキーを口にする。
「…随分と戦力や試合の情報が出てる…」
神無月しおりの言葉に川崎蘭子も頷いた。まるで手の内を態と晒しているかの様だ。
「売られた試合には堂々と勝負に挑むし、何度も非正規戦専門の戦車道雑誌の取材も受けてるからね。
見た人を魅了する戦いを見せてくれる彼女はイタリア系戦車乙女の云わばアイドルだし」
「アイドルと言えば、貴女もあたくし達のアイドルですわよ。しおり♪」
そう言いながらエリザベド・ガリマールは神無月しおりの腕に自分の腕を絡めて満足げな表情を浮かべた。
それを見てやいのやいのと少女達は言葉を漏らす。狡いだの、抜け駆けだの、独り占めは駄目だだのと。
小さな魔女はそんなやり取りをみてクスリと笑った。
「所で、戦車は何両出すのかしら?」
サーシャの言葉を聞いて神無月しおりはゆっくりと、ひのふのみのよと、指折り指折り数えた。
「えっと…相手は20両出すから援軍に8両出しても良いって」
「フム、8両」
少女達は悩む。この助太刀、誰が出ようか。
妥当なのは各校から2両ずつ出すことだが。それでは一校足が出てしまう。その時だった。
「私は今回は観戦に回らさて貰うわ。前回の蘭子ちゃんとの試合でシオリと遊ばせて貰ったからね。皆で分けあって頂戴」
ジェーン・フォードは気軽にそう言うと再びジンジャーエールの瓶を傾けた。
サーシャ、ローズマリー・レンフィールド、エリザベド・ガリマール、川崎蘭子の4人の少女は彼女の申し出に素直に感謝し、頷いた。
「では、援軍代表として私が彼方に連絡を入れさせて貰うわ」
ローズマリー・レンフィールドがそう言うとサーシャが言葉を連ねた。
「魔女の騎士連合軍ね」
「私は騎士と言うよりは武士なのですが」
川崎蘭子の言葉にやれやれとばかりにエリザベド・ガリマールが答える。
「細かい事気にしては人生楽しめなくてよ?」
そんな他愛も無い遣り取りが、神無月しおりには本当に心地よかった。
ゆっくりと空を見上げる。そこに在るのは、もう夏の色をしていた空だった。
夜汽車が港から出発する。播磨女学園の学園艦が着岸している大きな港から。
その機関車は大きく、優美で、力強かった。
流線型の炭水車をボイラーの前後に挟んだガーラット式の蒸気機関車だ。
2両の機関車が列車の先頭に繋がれていた。
2メートルにも達する巨大な動輪を、4気筒の蒸気ピストンが力強く回す。
前後2つの走行装置、合わせて8気筒の蒸気エンジンが重い戦車を乗せた貨車と少女達を乗せた客車を引く。
戦後、戦車道が広まった事で鉄道の規格の限界が広げられた線路を
ガーラット式蒸気機関車は悠々と走り抜けた。乙女達と鋼の獣を乗せて。
聳える高い山を越え、暗く深い谷に沿い、遠く長いトンネルを抜けて、水面輝く川を跨ぐ橋を渡る。
暗い夜に浮かぶ星々と月は緩やかに空を飛んで、西の空の果てへと消えていった。
やがて空が白みだしたならば誰からともなく、少女達は目を覚ます。
そして客車の中に珈琲やお茶、スープや食事の香りが満ちてくる。
少女達は食事を摂りながらやいのやいのと会話した。
今日の朝食も美味しいだの、地図を開けば今回の試合のキモは何所だろうかと、走りやすい地面だと嬉しいだのと。
やがて駅が近付いてきた。服を着替え、試合のユニフォームを身に付ける。
列車がプラットホームへと到着すると少女達は客車から降りてテキパキと行動に移る。
駅員の指示の元、安全に貨車から戦車を下ろしていく。
熱心なファンは既に駅の出口で播磨女学園の少女達と戦車が出て来るのを今か今かとカメラを構えて待ち続けていた。
燃料、弾薬運搬車を従えて少女達は試合会場へと続く道を進軍する。
ゾロゾロと隊列を組んだ戦車隊を見ようと街道で彼女らを見守る人々も多く居た。
神無月しおりは思った。随分自分達も有名になった物だと。
隊列の指揮を執りながら、以前大島明海に言われた様に観客に向けて軽く手を振った。
そうすると観客からの声援も強く帰ってきた。
神無月しおりは胸の奥が暖かくなる気持ちだった。夜明けの涼しい風が心地良い。
試合会場に辿り着くと、神無月しおりは少女達に指示を与えた。
戦車を整列させ駐車、燃料の補充と弾薬の積み込み、試合前点検をする様に伝え
一連の作業を終えたなら自由行動を取って良いと何時もの様に言うと
自分は試合運営本部へとバウムガルト・桜と共に赴いた。
運営本部の実行委員や審判の人達に挨拶し、戦車隊が到着し、現在整備点検中である事を伝えた。
少しすると、サーシャにエリザベド・ガリマール、ローズマリー・レンフィールドに川崎蘭子も現れた。
彼女らも同じく、挨拶をして到着と点検中の旨を伝え、実行委員の人々はチェックリストにチェックのペンを走らせていった。
報告が無事に終われば、少女達は試合の観戦コーナーに立ち入り
既に開いている屋台へと足を運ぶ。ちょっとしたデートだ。
「皆ー、待ってたわよ!」
ジェーン・フォードが美味しそうにカンノーリを摘まみながら少女達を待っていた。
腕にはカフェ・ラッテの入ったタンブラーを抱いて。
「すんごいわね。気合い入ってるわアフォンダトーレ。何て言うか此処だけイタリアの観光地みたい」
「色んな料理が目白押しね…あら、鞄やポーチみたいな革製品も売ってるわ」
「いやはや。圧巻の一言。これだけの行動力があるんですなぁアフォンダトーレは」
少女達は口々に感想を述べる。その時力強いエンジン音を響かせて数機の紅い水上飛行機が駆け抜けていった。
「マッキMC72!? あんなのまで持ってるの!?」
「速いですこと…」
「世界最速のレーサー水上飛行機なのよ! 最高時速はびっくり、709km/h! 世界記録なんだから」
やや呆然とするエリザベド・ガリマールに対し、興奮する様にジェーン・フォードは紅い水上機の事を説明する。
遠くでは複葉機の曲芸飛行も行われていた。ヒラリヒラリと飛ぶ姿はまるでダンスの様だった。
「出店も凄い、パフォーマンスも凄い、試合も強いとなれば、人気が高いのも当然か」
羊の串焼きを買い、空飛ぶ飛行機達を眺めながらバウムガルト・桜は感想を述べた。
彼女から串焼きを分けて貰った神無月しおりも同じく頷いた。その時だった。
「Ciao! Grazie! Grazie, fanciulle!(こんにちは! どうもありがとう乙女達よ!)
今日という日を楽しみに待っていたよ、戦車乙女諸君!」
人影から現れたヴァネッサ・マルケッティが笑みを浮かべて少女達へと声を掛けてきた。
神無月しおり達は落ち着いて彼女へと振り向く。
「よもや小さな魔女と砲を交えたお歴々の乙女達とも一緒に試合が出来るとは夢にも思わなかった!
こんなに嬉しい事は無い! 戦車の女神とマリア様に感謝しないといけないね。
そしてジェーン・フォード、貴女とも何時か試合をしたい物だね!」
「貴女は他の女の子からの《ご指名》が多そうだけど、私の戦車隊は何時でも挑戦を待ってるわよ!」
「嬉しいねぇ! その時が待ち遠しい! では、本日の主役の小さな魔女さん。試合の前に私からのプレゼントを…」
そう言うとヴァネッサ・マルケッティは恭しく神無月しおりの前で跪き、傷塗れの小さな白い手にそっと金細工を手渡した。
六本の薔薇が遇われた可憐なブローチだった。紅い宝石が薔薇の花びらを成していた。
「それでは淑女諸君、後ほどColosseoでお待ちしているよ! それまでは今暫く私達の屋台とサーカスを楽しんでいってくれたまえ! チャオ!」
笑顔で立ち去っていくヴァネッサ・マルケッティを前に、神無月しおりはそっと小さく手を振りながら見送った。
そんな最中、エリザベド・ガリマールはじぃっと金細工の薔薇のブローチを眺めていた。
「…随分と惚れ込んでますわね、あのコンテッサ《女伯》。6本の薔薇の花言葉の意味は【貴女に夢中】【互いに敬い、愛し、分かち合いましょう】ですわ。告白も良い所じゃないの」
「あんなに甘い言葉をばら撒いておいて、よくナイフで刺されないわね、あの子」
淡々とローズマリー・レンフィールドは呟き、その傍らで川崎蘭子は神無月しおりと共にブローチを物珍しげにしげしげと眺めていた。
「【ダンス】がお上手なんでしょ、きっと。女の子達に分け隔てない様に」
やれやれと言う様にサーシャはジェーン・フォードから受け取ったサンペレグリノの瓶を傾けていた。
オレンジの味わいと炭酸の弾ける飲み心地がジワジワと照る太陽の暑さを和らげてくれた。
「しおりちゃーん!」
ヴァネッサ・マルケッティと別れ、再びデートの最中、人の流れの中から軽やかに少女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
それは神無月しおりにはとても聞き覚えのある声だった。
「早乙女さん…」
「こんにちは! お友達の皆も! 今日はお仕事として観戦しに来たのよ。
どれだけ詳細な資料が在っても、やっぱり自分の目で試合を見ないと
貴女達に良い物をフィードバック出来ないからね」
和やかにそう言いながら近付いてきた早乙女光の背後からヒョコッと悪戯っぽい笑顔で鹿島ケイが現れた。
「おいっすー戦車ガールズ。今日も楽しく派手に大暴れしてくれるのを期待してるゾ☆」
「こっち、私の同僚のケイちゃん。彼女も戦車乗り回してたわよ」
「試合よりも戦車ラリーとか戦車バイアスロンとかばっかりだったけどねー。
撃ち合うより走る方にウェイト置いてたんだっ」
そんな彼女の自己紹介に少女達はふむふむと聞き入った。
「さて。君達の戦車を駆るドライバーは今此処に居ないけども、走る事に命賭けてた先人のお姉さんから有り難~い助言をプレゼントしよう!」
そう言うとえへん、と咳払いをしてから鹿島ケイは落ち着いた声で話した。
「戦車の性能を信じる事。戦車の声なき声を聞く事、絶対に無茶をしない事、させない事。
さすれば戦車は必ず貴女達の思いに応えてくれるだろう。戦車は鋼の生き物。
言葉を交わす事は叶わずとも、【心を交わす】事は必ず出来るから。
それを痛く理解してるヴァネッサちゃんとその仲間達は強いからね。心して掛かるよーに!」
『はいっ』
「よーし! 良い返事だ! 怪我無く皆、頑張れ~☆」
「それじゃ、私達は観客席の方に行ってくるから」
またね、と言葉を残してその場を立ち去る早乙女光と鹿島ケイだった。
「…にしても珍しいわね。ケイちゃんがあんな風に年下の子に助言するなんて」
そう言われた鹿島ケイはジャガイモのフリコを摘まみながら言葉を返した。
「だってあれくらいの助言あげなきゃ今回の試合、かなり悲惨な事になるもん」
「…どう言う事?」
友人の焦臭い言葉に早乙女光は眉を潜めたた。
「まーまー、その質問の答えは試合が始まってから言うから。今話したって理解が及ばないよ」
そう言いながら鹿島ケイと早乙女光は屋台であれやこれやと食べ物を買い漁ると観客席へと向かっていった。
太陽が穏やかに空へと上がり、遂に試合前の挨拶の時間が来た。
神無月しおりとヴァネッサ・マルケッティは互いに副官を引き連れて舞台の上に立った。
「これより播磨女学園連合チームと、アフォンダトーレ学園の試合を始めます。一堂、礼!」
『宜しくお願いします』
少女達が言葉を交わし、試合が封切られた。
少女達は各々の戦車に乗り込み、指定された待機地点へと無限軌道を回す。
「隊長の神無月です。移動しながらの全体ブリーフィングで申し訳ありません。
事前の情報により、アフォンダトーレ学園の戦闘力は戦車のスペック以上にとても高い事が判明しています。
周知の事かも知れませんが改めて説明を。イタリア製の戦車は全体的に装甲がやや薄めですが
《昼時の時間》の姿勢を取られると充分に侮りがたい存在です。
またその軽さを活かした機動力で此方の動きを撹乱、ないし封じ込めてくる可能性もあります。
不意の攻撃や突撃、回り込みなどに注意の程を。
そして私達の先輩から有り難い言葉を頂きました。
改めて私から皆さんにお伝えします。戦車を信じる事、戦車の声なき声を聞く事
戦車と心を交わす事。さすれば戦車は私達の思いに応えてくれると。
最後に、皆さんくれぐれも無茶をして怪我を負う事無く試合の終了を迎えられる様に願います」
神無月しおりがそう言い終えマイクのスイッチを切ると、無線機に通信が入って来た。
『我らが播磨の魔女の復帰戦よ。皆、心して試合に挑みましょう。我らが愛しい少女の為に!』
サーシャの鼓舞する通信に各々の戦車から力強く「応!」と鬨の声が上がった。
神無月しおりはその無線を聞いて一瞬キョトンとしたが、僅かに頬を赤らめて小さく俯いた。
「皆優しいね、しおりん」
大島明海の言葉におずおずと神無月しおりは肯き、北村カレラは振り向いて微笑んだ。
「肩肘張らずに楽しもうじゃ無いか。しおり君には心強い仲間が沢山居るのだから」
二人の言葉を聞いて、神無月しおりはゆっくりと、然し確りと頷いた。
そう、自分には、こんなにも心強い、優しい友達が居るのだから、と。
試合開始の合図である間の抜けた花火が空にパン、パンパンと打ち上がり、戦車隊は隊列を組んで前進した。
路面状況は確りとした固い地面。砂利や砂が多少浮いている以外は特に気にする事もない。走り回るのに適した地盤だ。
国際色豊かな針魔女学園連合チームの戦車隊はゾロゾロと大地を進軍し続ける。砂埃を立てながら。
「しおりさん、あと距離50㎞でフィールド中央の市街地エリアに接近します」
中嶋奏がそう言いながら無線で各車に市街地に接近中の旨を伝えながら霧島蓉子は呟く。
「先手を取った方が有利だな。彼方さんの戦車はコンパクトだからな。
市街地が狭いとE79や他の大きな戦車は少し不利かも知れないぞ」
果たして先手を取る事が出来るだろうか。神無月しおりは背筋に何かゾワリとした感覚が走った。何かが来るかも知れない、と。
神無月しおりはスッとしゃがみ込み、キューポラに収まるとペリスコープ越し外を見ながらマイクのスイッチを入れた。
「こちら隊長車。各車に通達、何かが来るかも知れません。厳重警戒を…」
そう言った時だった。朦々と砂煙を上げる何かが目に入った。
次の瞬間、砂埃の中から光が見えた。発砲炎!
「Angriff !!(襲撃!) Alarrrrm!!」
神無月しおりが叫んだ次の瞬間、ヒュンッ! と鋭い風切り音を立てながら砲弾が地面に着弾すると爆ぜた。
数は…3。そして砲弾はそれだけで止むこと無く、散発的にだが次々に撃ち込まれてきた。
ややして、砂埃の中から現れたのは…Fiat3000だった。だがそのスピードは恐ろしく速度が速い。
「常識外れすぎる…どれだけ速いの…?」
神無月しおりは理解の範疇外の軽戦車に眉を潜めた。
一方、観客席では…
「何あれ、何なのよあの馬鹿っ速いFiat! 頭可笑しいんじゃないの?!」
早乙女光の言葉に鹿島ケイはケラケラと笑った。こうなる事は予期出来たと言わんばかりに。
そのFiat3000は、シャーシを延長され、エンジンルームから三組の排気管を伸ばし
エンジンボンネットに大きなドラム缶型の燃料タンクを背負っていた。
「実はあれさ、昔あーしが学生だった頃に乗ってた愛車。1350馬力のネイピア・ライオン乗せて魔改造したFiat3000な訳。
アレで色んなラリーレースとか参加して暴れ回ったわぁ。まー、あーしが学校を卒業してから追加で2両も量産されてるとは思わなかったけどねぇ」
「アンリミテッドクラスならではのトンチキな魔改造…この業界に入ってソコソコ経つけども…
あんなの見るの初めてよ。ちょっとケイちゃん、あのFiatのパワーウェイトレシオ幾つなのよ…?」
「かなり軽いんじゃない? 弄くって少し重くなってるから多分4.5kg/psか4.6kg位。
まぁその代わりエンジンは燃料をドカ食いするからあんな風に燃料タンクを増設しなきゃいけないし
パンターみたいにエンジンにガソリンを多めに飲ませて冷却するセッティングだから、不完全燃焼した排気ガスでアフターファイヤがやたらパンパン喧しいし
燃料タンク追加しても航続距離が150㎞あれば良い方だし、スピードが乗ってる状態で舵を切ったら常時ドリフト状態だし
過剰なパワーとスピードでフラフラしてる上に燃料タンクの所為で重心点高いから尚更安定性に欠けるし、下手すると簡単にすっ転ぶから扱いが難しいんだけどねー、まぁ」
一度その暴れん坊を手懐けられる事が出来たらただの暴れん坊が一気に狼に化けるんだけどさ、と鹿島ケイは懐かしむ様に呟いた。
『このまま懐に入り込まれて撹乱されては敵の思う壺だ、コマンダンテ! 最悪後ろを取られて撃破されるぞ』
既に少女達は応戦対応に入り、各車任意射撃を執っているが、バウムガルト・桜はチームを代表する様に冷静に指示を仰いだ。
小さく、恐ろしくすばしっこいFiat3000は砂埃を立てながらスイスイと此方が放つ砲弾を避けていく。
その時だった。無線機に通信のノイズが入った。
『チャオチャオー。そっちのチームに百合ちん居るっしょー。ルノーB1に乗ってる東郷百合ちん』
いやはや、試合中とは思えない気軽な通信に播磨女学園連合チームの面子は拍子抜けしそうになった。渦中の人、東郷百合ただ一人を除いて。
「まさか…その声ベルタっち!?」
『はーい。蒼き稲妻のベルタ・カルジーニ様だぞー。
百合ちん戦車道に転向してるたぁ思いもよらなんだー?
まぁコレも何かの運命って事で1つ。走り屋同士勝負と行かにゃ乙女が廃るっしょ』
思いも寄らない、友人との再会と勝負の申し込みに東郷百合の心はハイオクガソリンの様に燃え上がった。
「その勝負、マジ燃えるじゃん! 綾子ぴょん、運転代わって! 隊長ちゃん、此処はあたしに任せて、先に行って!」
Fiat3000と比べれば圧倒的に車体は重いが、数々の改修のお陰で運動性能が向上したB1terと
ポケバイレーサーの東郷百合の腕前ならばこの場を任せても問題ないだろうと神無月しおりは判断し、無線を飛ばす。後は彼女の援護に…
『お任せします! くれぐれも怪我は…』
「怪我はしないように! わーってるから! ばっちしあの子を打っ千切って勝ってみせるかんね! テンション上げてて待ってて!」
東郷百合が隊列を離れるべくB1terのハンドルを切った時だった。
彼女の無線に割り込んでくる声があった。声の主はクロムウェルに乗る柿原セリカだった。
『おい百合! あんなすばしっこい奴らと一人でやり合うなんて水くせえ事言わねえだろうな?
佳奈! お前のT-34も持ってこい! 久留間は隊長達の事頼んだぜ』
『んもう、セリカちゃんったら強引なんだから。
まぁ私も同じ事言おうとしてたけれどね。舞子ちゃん。後の事は宜しく』
『わかったでぇ。こっちはうちにまかせとぉくれやす。ソミュアは足遅おすさかいねぇ』
クロムウェルとT-34が揃って隊列を離れ、そしてB1terと隊列を組み直す。
対してFiat3000もまた、素早く隊列を組み直すと彼女らに相対した。
『良いクルマに乗ってんじゃん。バイブス上がるねぇ』
「そっちだってカリッカリに仕上げてる癖に。
エキゾースト聞いてるだけでマジでテンションアゲアゲなんだけどー??」
『言いたい事は山ほどあるけど、何はともあれ、尋常に!』
「勝負と行こうじゃん!! チェケラ!!」
ガバッ! と少女達は力強くアクセルを踏んだ。
丁寧に整備されたエンジン達が力強く咆哮し
履帯が地面を掴むと鋼鉄で出来た体を鋭く加速させる。
速度に軍配が上がるのは圧倒的にFiat3000の方だ。だが全体的な性能を鑑みれば
播磨側の戦車にも十二分に勝機はある。全ては知恵とテクニックと勇気次第。
両者は一塊となって急接近し、発砲。そして即座に回避行動を取る。Fiat3000の砲塔に搭載されたQF1ポンポン砲が
連続して砲弾を放ち、その悉くは逸れたが、砲塔や車体を掠めた物は炸裂し、戦車の中の少女を揺さぶるのに充分だった。
『あいつら、機関砲載せてやがる! 明らかに発射レートが高い! さっきまであんまり撃って来なかったって事は、三味線弾いてやがったな!』
『音や衝撃の感じからして榴弾だったわ。砲弾が小さくても主砲の根元や足回り狙われたら拙いわよ!』
「狼狽えない! 播磨の戦車乙女は狼狽えない! あたし達はあの小さな魔女と一緒に戦場を打っ千切ってきた戦乙女だ!
二人共、1両ずつ倒していくよ! 先鋒はセリカっち任せた! 後ろはあたしと佳奈ぴょんに任せて!」
『オーケィ! 一番槍貰ったぁ!』
クロムウェルのミーティアエンジンが一際甲高く咆哮し、すばしっこいFiat3000に鋭く猛追する。
ズザザザ! と音を立てながら右へ左へとヒラヒラと危なっかしく舞うFiat3000は逃げようと試みるものの
播磨女学園戦車隊一の韋駄天であるクロムウェルを引き剥がす事は叶わず、じっくりと砲手に狙いを定められ
ドライバーと呼吸を合わせたその瞬間、スコープに大きく映ったFiat3000に向けて、引き金に掛けられた指は滑らかにソレを引いた。
音速を優に超えて砲口から飛び出した砲弾は鋭く飛翔し、Fiat3000のエンジンルームへと吸い込まれ、
薄い装甲板を容易く突き破り、激しくエネルギーを生み出していたエンジンをグチャグチャに引き裂いた。
その直後、Fiat3000は派手にエンジンルームを爆発させた。白旗が上がる。
その最中、当然他のFiat3000も黙っては居ない。播磨女学園の戦車の背後につけば容赦なくQF1ポンポン砲を放ってきた。
「それ位マジ卍のお見通しってばね!」
東郷百合は素早くハンドルを捌き、スパスパとステップを刻むように
アクセルにブレーキ、クラッチを踏みながら腕を鞭の様に撓らせてシフトチェンジする。
するとB1terは踊り子の様にヒラリヒラリと回転し、軽快にくるりと舞うと側面の傾斜装甲でQF1ポンポン砲の砲弾の悉くを弾いた。
勿論ただFiat3000の攻撃を受けるだけじゃない。盾役を引き受けたB1terの代わりに
T-34が素早くリバースフリックターンを決めると57mm戦車砲を放った。
Fiat3000は素早くこれを交わし、徹甲榴弾は虚しく空を切り地面へと着弾したが、T-34の攻撃は相手の姿勢を崩す事に成功した。
「先ずは1つ、っと!」
丁寧にハンドルを捌きアクセルを踏み込んでB1terの体勢を整える。
さぁ、次はどう攻めるか? そう思っていた矢先の事だった。
Fiat3000は突然急加速し、B1terとT-34の横を脇目も振らずに通り過ぎると先頭を走るクロムウェルに猛追した。
「来るぞ!」
柿原セリカがペリスコープ越しに叫び、ドライバーはそれに呼応してフルブレーキを掛けた。だが相手は一枚上手だった。
ブレーキを掛けて左右からの挟撃を回避しようとしたクロムウェルに対し、Fiat3000はより過激なブレーキングを敢行。
まるでオートバイのジャックナイフの様に前につんのめりながら減速し、ドスン! と車体を接地させながら
射撃ポジョンに着くとQF1ポンポン砲の砲弾をクロムウェルへと容赦なく叩き込んだ。
多数の榴弾で足回りやエンジングリルを滅多打ちにされたクロムウェルは
バラバラと壊れた部品を地面に撒き散らし、白煙を噴きながらながら擱座し、白旗を上げる。
「そんなのってありかよ!?」
Fiat3000のまるでサーカスの様な曲芸めいた動きに
ただただ驚愕しながら柿原セリカはキューポラの中でボヤく他無かった。
「イーブンに戻されちゃったけど気張っていくよ!」
闘志は冷めやらない。否、寧ろどんどん燃え上がる勢いだ。
東郷百合は五十鈴佳奈と共に目の前をひた走るFiat3000に必死になって追いすがった。
「佳奈ちん、コンビネーション行くよ! 片方に威嚇射撃で炙り出して、息を合わせて一二の三でブチ込んじゃって!」
『了解!』
B1terとT-34はドン! ドドン! と1両のFiat3000に撃ち込む。
ヒラヒラと威嚇射撃を浮けた1両が横へと逃げ出したのを見ると其方に進路を取りながら
東郷百合は車長の席に着いている五月雨綾子に逐一状況を聞いた。
青い雷のマークが描かれたFiat3000は遠くに離れて間合いを取ったと。
何を考えているのかは分からないが仲間と分断できたのは有り難い。やるなら今しかない。
東郷百合は砲塔砲手を兼ねる車長席に座る五月雨綾子と小さな遣り取りを経た後、無線機に喋った。
「行くよ佳奈ちん! 一、二の、三!」
かけ声と共に、B1terとT-34の主砲が吠え、Fiat3000の姿勢を狂わせた。
ソレを見計らって、B1terの車体砲が火を噴き、Fiat3000の車体後部に直撃。
M4シャーマン相当の威力を持った砲弾がギアボックスやエンジンを
無茶苦茶に破壊すると、二人目の韋駄天は小さな爆発を伴い、火を噴いて白旗を上げた。
その次の瞬間だった。播磨の少女達は喜びを上げる暇も無く
小回りを利かせたコーナーリングで急速に間合いを詰めてきたFiat3000が
T-34の側面を機関砲で食い破り、突撃してきたその勢いのまま、ウィリーの様な姿勢を取りつつ
大きな前輪を活かしてT-34の車体後部に乗り上げると文字通り飛び越えていった。
「マジぃ!?」
『わはは、コレで一騎打ちだね百合ちん。悪いけど仲間には囮になって貰ったよ。ベルタ様は最初からコレを狙ってたのだ』
ドシン、ドシン! と荒っぽく地面に着地するとFiat3000は姿勢を整えて緩い弧を描きながらB1terと間合いを取った。
東郷百合は悩んだ。あれ程の韋駄天を相手にどう勝負を挑めば良いのか。
僅かに考え込み、そして…彼女は決断した。悩む暇なんて無い。攻めねば、負けると!
東郷百合はハンドルをグイと切り、視界内に出来るだけFiat3000を捉えた。
相手は速度と回避性能に勝り、此方は安定性と防御、火力に勝る。
そして、己の運転技術と戦車を整備、改造してくれた人々の技術力によって仕上げられたエンジンと足回りがあれば
B1terは重量を感じさせない機敏なステップを刻む様なターンも出来る。
この局面において、強気に出なければ勝機は無いのだ。
受け身をとり続けて居ればその内、相手のQF1ポンポン砲の榴弾で足回りをやられて動く事が出来なくされてしまう。
「綾子ぴょん、無理なくガンガン撃ち込んで攻めていって! あたしは必死こいて追い上げるから!」
「何か算段はあるの?」
「無いと言えばない! 有ると言えば有る! 相手がこっちの考えに乗ってくれればね!」
「了解!」
ドン! ドドンッ!! とB1terの主砲と車体砲が吠えてFiat3000目掛けて砲弾が飛んでいく。
それはするりと交わされ…同時に進路を妨害する形になった。
そんな遣り取りが幾度か繰り返された時、Fiat3000は派手にドリフトしながらB1terへと進路を向けた。
東郷百合はチャンスだと思った。元より、友人のベルタ・カルジーニはコソコソ逃げ回る様なタイプの人間では無い。
恐らくは自分と同じくどう戦うべきか思案する為に暫く逃げ回っていたに過ぎないのだ。
そんな彼女が真っ直ぐこっちに向かってくる。東郷百合にとっては戦わねば損であった!
まるで飛ぶように加速するFiat3000。どっしりと地面を踏んで走るB1ter。
互いの彼我の距離が詰められ、砲撃戦が始まる。
吠える砲と砲。煌めく発砲炎。空気を切る音。爆ぜて跳ねる砲弾。
Fiat3000とB1terは踊る様に何度も斬り結ぶように接近しては離れ、砲弾を交わして見せた。
そして間合いを取りながら互いに向き合った次の瞬間、東郷百合は吠えた。
「煙幕弾!」
車体砲からボンッ! と撃ち出されたそれは緩い弧を描いて地面に着弾すると派手に白煙を撒き散らした。
「目眩まし?!」
ベルタ・カルジーニは突然の事に驚く。そして次にやってきたのは、煙幕越しに飛んできた機関銃の弾丸だった。
果たしてソレが何を意味するのか。横転しない為に減速しながらハンドルを切ったベルタ・カルジーニは次の瞬間に答えを理解する。
───煙幕を突っ切って、履帯を滑らせながら全力で此方へと突っ込んでくるB1terの姿を見て。
回避したつもりだった。だが違った。煙幕越しに飛んできた機関銃の弾。
あれは自分が左右の何方かに舵を切ったか知る為の物だったのだ。
ガッシャン!! と金属の塊道士がぶつかり合う派手な音が響き、その後に続いてガッチャンガッチャンとFiat3000が派手に横転する音が響いた。
此れにて前哨戦は終わり、播磨女学園側の小チームの勝利に終わった。
「しおりさん! 東郷さん達が勝ちました! 被害はクロムウェルとT-34の2両!」
「…噂通り、手強かったな。今回は東郷さんとの勝負を優先してくれて助かったけど…」
「アレを追いかけ回すとなると一苦労だからな」
中嶋奏の報告に神無月しおりは肯き、霧島蓉子が丁寧にハンドルを操作しながら答える。
そうこうしている内に市街地エリアにだいぶ近付いてきた。
『コマンダンテ! 前方!』
バウムガルト・桜からの無線が届き、神無月しおりは双眼鏡を取ると市街地を見た。
其処にはP43bisの砲塔に仁王立ちするヴァネッサ・マルケッティの姿が見えた。
彼女はオペラグラスで神無月しおりが此方を見ているのを把握すると、恭しく礼をし、そして砲塔に入るとP43bisを市街地へと入れた。
『難しい戦いになってきたわね。どう攻める? シオリチカ』
サーシャの問いに神無月しおりは僅かに考え、そして指示を下した。
「包囲網を敷きます。市街地各所の入り口からじわじわと攻め込みます。
逃げ道を塞いでいけば自然と相手のチームは奥へ奥へと押し込まれていきます。
焦らず攻めましょう。援軍の無い籠城戦に勝機は僅かしかありません。
サーシャさんとローズマリーさんで分隊の1つを、エリザベドさんと蘭子さんで分隊を組んで下さい。
ブラックナイト1、シャルル1は私に続いて下さい。
クローバー1はクローバー2、3の指揮を。
ライガー1と2の指揮はブラックナイト2、鹿取さんにお願いします」
『了解!』
『任されたわ』
『腕の見せ所ですな!』
『派手に暴れてみせますわよ』
少女達が口々にやる気に満ちた声を出す中、鹿取舞は緊張の面持ちで無線機のスイッチを入れた。
「ライガー1、2の皆様、恐れながら宜しくお願いします! 誠心誠意、指揮を執らせて貰います!」
『鹿取ちゃんはウチでの戦いは初めてなんだから肩の力抜いて行ってよ』
『ウチは隊長の意向で自立精神や逞しさが信条だからねー』
「はいっ」
そして播磨女学園連合チームの戦車隊は狼が潜む市街地へと歩を進めた。
エンジン音と履帯の音が石造りの町の壁と地面に反響する。
「…思った以上に道幅が広い…本道も横道も…これだと速度を出して走り回れるから簡単に回り込まれちゃう…
各車に伝達! 側面や背後からの奇襲に気を付けて下さい!」
『宛ら魔物の棲まうラヴィリンソスと言ったところか…』
『しおりはん、ウチは後ろの方警戒してまうなぁ』
ギャリギャリと石畳を引っ掻きながらソミュアS35は前後を入れ替えると後進しながら、先頭を進むE79とパンター改に続いた。
その無線の遣り取りを聞いていた他の分隊も1両を後方に向けて背後を守りながらの進軍となった。
一歩一歩踏みしめるような進撃だった。何所から相手が顔を出すか全く分からない。緊張がピリピリと走り続ける。
そんな時だった。ギャリギャリと石畳と金属の削れる音を響かせながらP40が顔を見せた。
発砲! ガツン、と鋭い砲撃がE79の正面装甲にぶつかり、弾かれれば明後日の方向に砲弾が跳ねていく。
「全車両に通達! 敵チームと遭遇! 警戒を厳に…!」
『クローバー1、こっちも襲撃、相手はP40ー』
『ブラックナイト2、同じく正面にP40!』
『此方サーシャ、P40が進行方向を妨害中』
『エリザベドですわ。大きなピザが一枚。他は見えず』
次々に上がってくる報告。中嶋奏は無線の遣り取りをガリガリと地図に書き込んで、現在の状況を視覚的に神無月しおりに伝えた。
「バラバラに市街地に進入したのにまるで示し合わせたみたいに封じてきた…一体どうやって…」
『コマンダンテ! 右手の空を見ろ、塔だ!』
ハッチから身を乗り出していたバウムガルト・桜の言葉を聞いてハッとなった神無月しおりは
双眼鏡を手に取ると聳え立つ幾つかの高い塔の先を見る。
古ぼけた大きな鐘の隣に無線機を背負った少女が、双眼鏡を片手に市街地を見回しているのが見えた。
レンズがキラリと光を反射した。そして少女と神無月しおりの視線がレンズ越しに絡まった。
「バウムガルトさん、砲塔機銃で塔へ向けて威嚇射撃! 絶対に当てないように!」
『ヤボール、コマンダンテ!』
パンターの砲塔が動き、主砲同軸機銃がパタタタタ! と曳光弾で光の軌跡を描きながら高い塔へと銃撃する。
硬い石を積み上げて作られた塔に機関銃の銃弾が着弾し、歪な円形の弾痕を幾つも作り上げると
塔の天辺で偵察していた少女は慌てずに直ぐに逃げ出した。
「円周防御! 陣形を密にして側面と後方の警戒を強めて下さい! 此方の位置は相手に完全にバレています!
第一の矢が放たれた今、第二、第三の矢が放たれるのは時間の問題です!」
『しおりはん、後ろからM15/42戦車が来たで!』
神無月しおりはキューポラから体を出して振り返る。
路地の壁ギリギリにM15/42戦車が顔を見せ、砲塔を此方に向け、発砲。
斜に構えたソミュアS35の装甲に砲弾は弾かれた物の
M15/42戦車は臆する事無く、前後に足踏みをして狙いを付けさせない様にしながら攻撃を続ける。
「前後を塞がれたと成れば後は側面だけ…!」
『横道から攻撃! セモベンテだ神無月さん!』
川崎蘭子からの無線が届いたその時、横道からニュッと主砲が長砲身に改造されたセモベンテM41が顔を出して此方へと砲撃した。
「砲塔を回せ! 目標、セモベンテ!」
バウムガルト・桜が指示を下し、砲塔がセモベンテM41へと指向する頃には、彼の戦車はスタコラと横道から立ち去っていた。
「くそっ、この路地を用いたヒット&アウェー戦法か!」
『此方クローバー1だけどしおりちゃん、これ拙いんやないのー? 前後挟まれててどっちかに移動しよう物なら押さえ込まれるし、横から突っ突かれるしさあ?』
神無月しおりは暫し黙り込んだ。まるで自分達は仕掛けに追い込まれた魚の様だと。
後は好きな様に釣り上げてしまえば此方からは何も手出しは出来ない。
この状況を打開するには相手の裏をかかなくては成らない。相手を騙すような…
「行動可能な車両に伝達します! 疑似餌を出して!」
播磨女学園連合チームの小隊の頭を押さえ込んでいるP40の車長は慎重に様子を伺っていた。
用心深い相手だ。此方の行動を読んだのか直ぐに後退すると円周防御を取った。
「Capitano、如何しますか?」
ハンドルを握るドライバーが指示を仰いできた。彼女は前に出て再び1発撃ち込むか問うて来たのだ。
「いや、此処はじっくり出方を伺おう。相手が鼻先を見せた時にゴツンと撃ち込んでやれば良い。
我々は飽くまで時間稼ぎの砦だ。側面から我々の狼が彼女らを噛み殺すのを待てば良い」
その時だった。相手に動きがあった。不意にモクモクと煙幕が張られ、ややすると
ズズズ…と動く陰が路地の向こうから煙幕越しに見えた。車長は指示を下す。
「Tiratrice、落ち着いて撃て」
本来車長が兼任する仕事である砲手を、あえて装填手に鞍替えする事で落ち着いた射撃を生み出す。我らがコンテッサの生み出した戦い方だ。
そして何も車長が他の職に就くのは別段可笑しい話でも無い。ソビエトではドライバーが車長を兼ねた事もあった程だ。
砲手が丁寧に操作ハンドルを操り、正面のソレに狙いを定める。
「Pronti… Fuoco! (用意…撃て!)
号令に合わせ、砲手はスッとトリガーを引いた。
75mm戦車砲から砲弾が勢いよく飛び出し、低伸しながら目標へと飛んでいく。
そして…当たったと思った瞬間ら目標は爆ぜた。宛ら風船の様に。
「Esca !?(囮だと!?)直ぐに戦車を引け!」
言うや否や、E79は獲物を逃がすまいとその大きな体を鋭く加速させ砲をP40へと指向させる。
そして此方に飛び込んでくる強い煌めきをペリスコープ越しにP40の車長は見た。
「全車両、囲みを突破! 遊撃に入って下さい!」
今回の試合にあたり、神無月しおりは1つ事前に策を打っていた。
早乙女光に依頼し、バルーンで作られたよく出来たデコイを用意したのだ。
コンプレッサで膨らませ、煙幕を展開し時間を稼いでいる内に車体前面に取り付け
微速前進で相手を釣り出す。相手が『疑似餌』に食らい付いてきたなら、鋭く前に出てカウンターを撃ち込む。
至極単純だが、単純故に掛かった時の効果は抜群である。
前後左右、何方からか攻撃してきた相手を打ちのめせば、後は開いた突破口から脱してしまえば良い。
『此方ブラックナイト2、側面方向の敵戦車の掃討に専念します! ライガー1、2は此方の逆方向から! 曲がり角からの砲撃によく注意して下さい!』
『了解、不意打ちに注意するわね』
『履帯を滑らせて曲がれば良いんだよ。素早く【昼時の姿勢】が取れるんだからさ』
『隊長達は前進して下さい。後ろは任せて!』
そう言って通信を終えた鹿取舞の耳に通信が入って来た。
『新入りさん? 一人で美味しい役目を取るのはズルく無いかしら』
それはサーシャからの無線に始まり…
『狼を狩るのに狩人の数は多ければ多いほど良いでしょ?』
ローズマリー・レンフィールドが楽しげに無線での遣り取りに続き…
『やられっぱなしは趣味じゃありませんわ!』
『神無月さんはこの狼の群れの長に向かう事に注力して頂ければ幸いです! 背中は我らにお任せあれ!』
エリザベド・ガリマールと川崎蘭子が言葉を締める。
連合チームの隊長達がコンテッサの配下に牙を剥いた。鹿取舞の言葉を反撃の狼煙として。
「先ずは1両!」
サーシャとナイナ・アルダーノフの駆るKW-1 753(r)とKV85が背中を見せて逃げるM15/42の車体後部へ砲撃。
次には側面からセモベンテM41の砲撃を受けるもこれを弾き、追撃を再開する。
カトリーナ・スチュアートの指揮するバリアントがその分厚い装甲を活かして曲がり角を警戒しながら様子を伺い
反撃してくるセモベンテM41の砲撃を弾くと、ローズマリー・レンフィールドの指揮するTOG2が
バリアントの砲塔越しに17ポンド砲を放ち、セモベンテM41を撃破、着弾の勢いで横転させた。
エリザベド・ガリマールとクロエ・アンペールが駆るBDR/G1とルノーG1が路地を逃げるP40とM15/42を追い立て
その隙に四式戦車と三式戦車に乗る川崎蘭子と三之菱響が機動力を活かして路地を先回りし、挟撃しこれを撃破。
鹿取舞の指揮するVK3002(D)もまた路地を縦横無尽に駆け回るP40を発見すると攻撃を開始。
嘗ての試合で神無月しおりがやって見せた様に建物に榴弾を撃ち込み、瓦礫の雨を戦車に降らせ
行動が鈍った所を本命の砲弾を撃ち込み、P40はエンジンルームを炎上させて大破。
路地の曲がり角でM15/42戦車とかち合ったライガー1は重量を活かしたタックルで相手を吸っ転ばせ
通りの真ん中で破れかぶれの様に砲撃してきたセモベンテM41の砲弾を弾くと
ドッシリと構えたライガー2は88mm戦車砲をお返しにと叩き込んでこれを撃破した。
勢いに乗った少女達はどんどんスコアを上げていく。まるで魔法でも掛けられたかの様に。
次々にアフォンダトーレ学園の戦車から白旗が上がる。
仲間からの無線の悲痛な声を淡々と聞きながらヴァネッサ・マルケッティは顎を擦った。
「逆転に持ち込まれたか。流石は魔女のお嬢さんだね。包囲網でジワジワ削り取るつもりだったが逆に押し込まれてしまった。
先遣隊で時間を稼いでいる間に我々が地の利を得たと思ったが中々難しいもんだ。今後の課題だなぁコレは」
「コンテッサ。悠長に構えてる時じゃありません。相手チームはどんどん此方の戦力を削いでいるのですよ」
ヴァネッサ・マルケッティお抱えの副隊長、ルーチェ・ブガッティがボヤいた。
「馬鹿言っちゃいけないよ。大将ってのはこう言う時ほどドッシリ構えてないと示しが付かないんだからさ。
美人を口説くのも勝負も最後の肝はビビった方が負けなんだから。
ダンスを申し込むのに尻込みしてちゃ美人のレディがカボチャの馬車に乗って逃げてしまうんだぞ」
「貴女は本当に美人を口説くのが好きですね」
「イタリア女に生まれたんだ。美人を口説かなくて何を口説けと?
キャベツに愛を投げ掛けてもサラダかスープにしか成ってくれないじゃないか。
オマケに抱擁もキスも返してくれない」
ルーチェ・ブガッティは溜め息を零した。この人は本気で頭がこうなのだ。
校内、校外を問わず何人口説いたかは分からず終い。
それでいて背中から刺されないのだから不思議な物だ。
「ま、それはさておきそろそろ魔女のお嬢さんを出迎えなきゃね。
主催者たるホストの対応がしょっぱいんじゃあ、招かれたご婦人にとても失礼になる」
ヴァネッサ・マルケッティがそう言ってからややして、ゴゴゴ…と重低音を響かせながら
正面装甲に幾つかの掠り傷を付けたE79とパンター改が現れ、遅れてその後ろにソミュアS35が現れた。
場所は市街地の中央部…コロシアムだった。
ヴァネッサ・マルケッティはP43Bisの砲塔の上に立ち
ルーチェ・ブガッティも同じくP40/43の砲塔の上に仁王立ちで立っていた。
ヴァネッサ・マルケッティはするすると戦車から降りると来賓が来たとばかりに神無月しおり達を出迎えた。
「やあやあ魔女のお嬢さん! 噂に違わぬ実に見事な戦いぶり! そしてご友人達との友情!
何とも胸が熱くなる! それではここで一つ、私からの提案と言う名の我が侭を聞いて頂けないだろうか?」
「…提案?」
「そうとも! このColosseoで決闘といこうじゃないか!
大将と副将、それぞれ1両ずつ! 戦車乙女としての誉れを賭けて古のGladiatorの様に!」
芝居がかって、しかし嫌味に感じさせない爽やかさでそう言ってのけたヴァネッサ・マルケッティを前に
神無月しおりは横にやってきたパンター改のキューポラから体を出しているバウムガルト・桜へと視線を向けた。
「私は構わないよコマンダンテ。騎士の末裔として決闘とあればこの戦い、謹んでお受けしよう」
「決まりだな。では副将、前へ!」
ヴァネッサ・マルケッティが短いマントを翻して腕を掲げた。
パンター改とP40/43がゆっくりと闘技場の中央へと近付き、そしてゆっくりと停車する。
ルーチェ・ブガッティは静かにバウムガルト・桜を見つめ、ライトグリーンの髪を軽くかき上げた。
「試合の挨拶ぶりね。…改めて、アフォンダトーレ戦車隊の副将、ルーチェ・ブガッティよ。宜しく」
「播磨女学園戦車隊の副隊長、バウムガルト・桜だ。宜しく頼む」
バウムガルト・桜の名乗りを聞いて、ルーチェ・ブガッティは小さく首を傾げた。
「…貴女、ドイツ系ね?」
「ああ、そうだが。それが何か」
「奇遇ね。私にも一人ドイツ人の友人が居たわ」
ルーチェ・ブガッティはそう言いながら、ゆっくりとキューポラに体を沈めた。
「その子はね、キザでカッコつけでその癖誰にでも優しくて、甘い顔で砂糖菓子みたいな心がとろける言葉を投げつけて来たの。
なのに、その子ったら親の都合だからって言って、急に海外に引っ越してしまったのよ。私の心をしっちゃかめっちゃかにしたまま!
あの子への、この気持ちを整理する暇もなく! この悔しさ、あの子に変わって貴女にぶつけてあげるわ! 犬に噛まれたとでも思って覚悟なさい!」
「…いやはやなんとも」
ルーチェ・ブガッティの言葉を聞き終えたバウムガルト・桜は帽子を被り直し、静かにキューポラの中に体を沈めた。
「その私情、徹底的にへし折らせて貰おう。貴女とその彼女にどんな関係があったかは計り知れないが
そんな事で我がバウムガルト家の誇りに傷を付けることも、私が敬愛するコマンダンテの戦いに傷が付くのも御免被る。故に」
ヴォォオオン!! とパンターのマイバッハが力強く咆哮し、マフラーからパンパンパン! と甲高いアフターファイヤをかき鳴らした。
「全力で、叩き潰す!」
「それでこそ!」
パンター改の雄叫びに呼応する様にP40/43のFiat A.22エンジンが咆哮し、戦いの火蓋が切って落とされた。
『良い部下を持っているじゃないか。お嬢さん』
少女らのやり取りを見ていたヴァネッサ・マルケッティが無線機で気軽に声を掛けてきた。
「…私には勿体無いぐらいの人」
『それだけ貴女に魅力があると言う事だよ。古来より、人々に慕われた人物は
良きにせよ悪しきにせよ、強く心を惹き付ける魅力があった。貴女もだよ、魔女のお嬢さん。
その体から揺らめくオーラは一体何なんだい? 私の背筋をゾクゾクさせてくれる、砲を交えて
心を交わしたくなるこの気持ちは何なんだ? 私の人生で此処まで心をかき乱してくれたのは貴女が初めてだ…!!』
「…私には、私を語る言葉を持ち合わせていません…でも」
チラリと、神無月しおりは闘技場の円にそってぐるりぐるりと旋回し砲を放つ間合いを計っているバウムガルト・桜を見て
「…今こうして私の歩んできた道が、私の傍に居てくれる人達が、私を語る全てだと、そう思います」
『そうかい…それはとても、重厚で素敵な物語だね』
優しくヴァネッサ・マルケッティは神無月しおりに返事を返した。ドン! ズドン! と砲声が少女達の体を揺さぶった。
互いの75mm戦車砲が煌めき、音よりも早く砲弾を放つ。
闘技場の広さを考えれば彼我の距離は僅かに目と鼻の先レベルだ。
ギャリギャリと砂利の撒かれた地面を履帯が砂埃を巻き上げながら力強く蹴っていく。
砲火が一つ二つと交わされる毎に少女達の戦いはヒートアップしていく。
「右旋回! 鋭く回り込め!」
「Svolta a Sinister !(左旋回!)側面を狙って!」
外れた砲弾が鋭く闘技場の壁に突き刺さり、砕けた石材の破片を散らす。装甲を掠めた砲弾が
甲高い悲鳴を泣き叫びながら火花を散らして明後日の方向へと飛んでいく。
果たして短い時間の間に何手の砲火が交わされただろうか。
戦車乙女の間では、タイマン勝負は数分で決着が付くのが常識だ。
それ以上の時間の戦いともなれば、それは強者同士の命の削り合いである。
僅かに一秒毎に精神も、体力も、どんどん疲弊していくから。
状況を切り崩したのは、バウムガルト・桜の駆るパンター改だった。
「煙幕弾!」
彼女の号令の元、P40/43に向けられた砲身が煙幕弾を放った。
見事、ひしゃげて変形しながら車体に張り付き刺さった煙幕弾が濛々と白い煙を吐き出しルーチェ・ブガッティのP40/43の視界を遮る。
「虚仮脅しよ! 慌てないで!」
少女が叫んだ次の瞬間、煙幕の陰からパンター改の後部が鋭く突き出てきた。
パンター改の中戦車と呼ぶには些か重い車体重量45トンの鉄の塊が、30トンのP40/43の車体を強くすっ飛ばす。
姿勢を崩され壁際まで押しやられたP40/43だったが
それでもルーチェ・ブガッティは必死にペリスコープから外の様子を見ていた。
パンター改が砲身を此方に向けているのがチラリと見えた。
死神の黒点…砲口が見えるまでもう少し。ルーチェ・ブガッティは吠える。
「迎撃急いで!」
刹那、二つの75mm戦車砲が吠えた。パンター改の砲弾はP40/43の砲塔に激しく火花を散らしながら深々と突き刺さり
P40/43の砲弾はパンターの転輪を二つ三つばかり殴り飛ばし、車体下部に傷を付けた。
スパッ、とP40/43から白旗が上がる。
戦いを見守っていたヴァネッサ・マルケッティは勝者へパチパチと拍手を贈った。
神無月しおりもそれに倣うように勇敢な戦士に拍手を贈った。
「それでは本日一番熱い演目へ!Ora Arriva L'evento Principale Della Giornata!
(さあ、今日のメインイベントの始まりだ!)お嬢さん、私と一曲ダンスを踊ろうじゃないか」
恭しく礼をするヴァネッサ・マルケッティに対し、神無月しおりは少し考え込んでから
小さくカーテシーを返してからスルリとキューポラの中へと収まった。
戦いを終えたパンター改とP40/43は闘技場の端へと移動し、ゴゴゴ…と低い音を立てながらE79とP43Bisが前に出た。
「…宜しく、パイワケット」
とある魔女の猫の使い魔、パイワケット。
神無月しおりはその名前を、E79に授けた。
ペットネームの無いE79へと。自分の使い魔とする為に。
「Assalto !!(突撃 !!)」
「前進、左前へ。間合いを取りながら右旋回。砲塔右へ指向。
P43は此方より軽くて加速が良いから回り込まれない様に気をつけて」
ジャリジャリと砂埃を巻き上げながら二台の鋼の猛獣が走り出した。
P43Bisに対して右側を取りながらE79は回り込んでいく。対してP43Bisはよりクイックに旋回した。
「シャッセ、ステップステップ。ライト、ホイスク」
「チッ…すばしっこい!」
ヴァネッサ・マルケッティがダンスの指示を出す様に号令を下し、それに従いワルツを踊るように
P43BisはE79の側面を取ろうとする。それを見た霧島蓉子は苦々しくボヤく。
「任せてくれ。パンチ力ならこっちのアハトアハトが有利だ」
北村カレラがそう言い、88mm戦車砲の照準をP43Bisの砲塔へと合わせる。
貰った。そう思って引き金を引いた時だった。然し彼女の予想に反して
素早く加速したP43Bisは僅かに砲塔に砲弾を掠めながら避けてみせた。
「速い…!」
「安心して! 装填は任せて!」
撃ち終えた空薬莢が吐き出されれば、大島明海は抱えていた徹甲弾を素早く装填し、安全装置を押した。
…地味に手強い。神無月しおりは一人心中にて呟いた。
P43Bisの90mm戦車砲が此方の車体の隅に当たり弾けていく。
派手さは無いが手堅い。故に強い。淡々と此方を削ってくる戦い方だ。故に神無月しおりは…
「すぅぅー…はぁぁー…すぅぅー…はぁぁー…」
ゆっくりと、深く深く呼吸を繰り返し、キッと前を向いた。
「蓉子さん。ギリギリ一杯までハンドルを鋭く切り込んでいって。
滑る砂を味方に付けて。カレラさん。相手は素早いです。必中とは言いません。
先ずは当てる事で相手を揺さぶって、ダメージを与えて。パイワケットの装甲と火力なら簡単には押し負けません。
明海さん、落ち着いて装填して。私が急に指示を出すかもしれません。
奏さん、車体機銃の範囲内に入ったら相手に機銃で目眩ましをお願いします」
「おうさ」
「了解!」
「わかったよしおりん!」
「任されました!」
此方を起点として円形闘技場をぐるぐると走り回るE79の動きに
変化があった事を感じ取ったヴァネッサ・マルケッティはほくそ笑んだ。
乙女の本気を垣間見る事が出来ると思って。
「Mostraci Chi Sei Veramente. Ragazza Strega !!(貴女の本当の姿を見せておくれ、魔女のお嬢さん!)」
E79はより強く、鋭く旋回しP43Bisの側面や砲塔の弱点を狙ってきた。
P43Bisはドライバーのその優れた腕前でこれを交わしていくが
徐々に88mm戦車砲の砲弾が掠めていく面積が増えていくのが、体を揺さぶる衝撃で理解出来た。
砲手も先程まで与えられていた手応えがどんどん薄まるのを感じていく。
中身が変わった様な…そんな感覚を砲手は感じていた。
そして何よりも、ジワジワと溢れ出すオーラがスコープ越しに見えたのだ。E79の影から。
ヴァネッサ・マルケッティは身震いした。これか。これが神無月神無月しおりと言う少女か。
これが戦う者を魅了する魔女と呼ばれる少女の片鱗か。
これ程の相手に出会えた事を、彼女は聖母マリアと戦車の女神に感謝した。
動いたのはE79だった。神無月しおりが指示を下す。
「榴弾! 地面へ!」
ズドン! と撃ち出された88mmの榴弾が派手な爆発を起こし、地面を刳りながら派手な砂埃を立てる。
まるで熱砂のギブリの様に視界を奪う。
そして次の瞬間、E79に取り付けられた発煙筒がパンパンパン! と放たれて円形闘技場を包み隠すように煙幕を展開した。
不意打ちからの一瞬でP43Bisは目の前の視界を奪われていく。
「くそッ…来るぞ! コントラチェック! リバース! 砲塔回せ!」
果たしてヴァネッサ・マルケッティの読みは当たった。
ズザザザ、と履帯を滑らせながら背後を取ろうとドリフトターンを行ってきたE79が主砲を此方に向けている。
ドン、ドン!! と大きな砲声が連なって響き、巻き上がっていた砂埃と白煙が吹き飛ばされた。
素早く砲口から飛び出した徹甲弾が装甲にぶつかり、着弾の煙を立ち登らせる。
黒煙が晴れたその時、スパッと白旗がP43Bisから上がった。そして、遅れてE79からも。
P43Bisの90mm戦車砲の砲弾が、E79の極々薄い車体と砲塔の隙間に挟まっていた。
『この試合、僅差ながら播磨女学園連合チームの勝利とする!』
審判の指示が下され、会場は湧き上がった。
神無月しおりは車長席にてふぅぅ…と深くため息をついた。
「お疲れ様、しおりん」
大島明海から手渡される水筒に、神無月しおりは感謝を述べながら口を付けた。
嗚呼、強い相手だった。流れ込んでくる冷たい水が、体が火照っているのを理解させてくれた。
一息つくと、神無月しおりはE79の砲塔から抜け出し、外へと出た。
E79の目の前には既にヴァネッサ・マルケッティが笑みを浮かべながら自分が現れるのを今か今かと待っていた。
「お疲れ様、魔女のお嬢さん。楽しい戦いだった」
「…此方こそ。貴女は、強かった」
「とても有り難い言葉だ。戦車乙女冥利に尽きるね。さて…?」
ヴァネッサ・マルケッティは懐から洒落た懐中時計を取り出した。
時間は、遅い昼時と言った具合だろうか。
「さぁ! 無事に試合も終わったのだ。遅いランチと洒落こもうじゃないか、お嬢さん!」
「ひゃっ…!?」
ヴァネッサ・マルケッティにひょいっ、とその細くて軽い体を持ち上げられ、お姫様抱っこで抱えられた神無月しおりは心底驚いた。
「こら! 我々の隊長に何を狼藉を働くか!」
試合を見守っていたバウムガルト・桜がいち早くヴァネッサ・マルケッティの行為に気づき、近付いては彼女に異議を申し立てた。
「コレくらい約得という物だろう? こんな美人を相手に何もしないなんてイタリア女として失礼だ」
そう言うとヴァネッサ・マルケッティは腕の中の神無月しおりの頬に向けて小さくキスをした。
目の前でそんな物を見せつけられたバウムガルト・桜としては溜まったものではない。
「貴様と言う奴は!」
「諦めなさい。アレがウチの隊長なのよ」
火山の様に怒るバウムガルト・桜の肩をぽんぽんと叩きながら、ルーチェ・ブガッティは同情するように呟いた。
その後すぐ、E79から抜け出てきた大島明海によって神無月しおりはヴァネッサ・マルケッティから無事に助け出された。
少女達は食事の席に付き、互いの戦いを讃えあい、遅い昼食に舌鼓を打った。
ヴァネッサ・マルケッティが神無月しおりを抱き締めキスをした事は
瞬く間に連合チームの少女達に知れ渡る事になり、彼女は「この女誑し!」と罵られるのだが
本人は至って気にする様子も見せずに笑ってみせた。逆に少女達を口説いてまわろうとした程だった。
少女達は呆れたが、アフォンダトーレ学園のチームメイトから
「ウチの隊長は見ての通りの生粋の女誑しだから」と口を揃えて説明され
呆れながら彼女の振る舞いを見なかった物とし、小さく諦めた。
食事会は恙無く進行し、解散の時間を迎えた。
「食事会かお茶会の招待状を出すから是非とも我が校に遊びに来てくれ給え」と
ヴァネッサ・マルケッティは少女達に言うと恭しく礼をしてサーカスと共に去っていった。
忙しなく暑い一日だった。女誑しだが、爽やかで悪い人じゃなかったと神無月しおりはしみじみ思った。
金細工の薔薇のブローチは今も襟元に輝いていた。
「…パイワケット、今日は、楽しかった…?」
E79の大きな体をそっと撫でる。くるるる…と唸り声が聞こえた気がした。満足げな、嬉しそうな、そんな声が。
「…そっか。それなら、良かった」
「隊長ー! そろそろ出発しますよー!」
チームメイトに声を掛けられて、神無月しおりはそっとE79から離れた。
蒸気機関車は既に蒸気の圧力を確りと高めており、戦車達も落ちることなく貨車に載せられている。帰り支度は済んだ。
「また後でね…パイワケット」
少女達は家路につく。列車に揺られて。
夏の一コマ。魔女と魔女の騎士団と女伯の物語。
セミが鳴き、鈴虫が音楽を奏でる季節。
一筋の夏風は少女達の心に確りとした思い出を紡いだ。
登場メカ
・ガーラット式蒸気機関車
モデルはフランス製 2-3-1 1-3-2BT型蒸気機関車。
オリジナルよりも高圧のボイラーや多気筒エンジン等が搭載されている他、バルブ装置は整備の安易なワルシャート式に改められている。
登場戦車一覧
・播磨女学園側 新車種
・VK3002(D)
パンター戦車の開発にあたりダイムラー社が提案した設計案の戦車である。避弾経始に優れるT-34に類似したデザインを持つ。
パンターFの砲塔と75mm70口径戦車砲を備える。パンターの系列と言う事でブラックナイト2のコードネームを神無月しおりから頂いた。
・アフォンダトーレ学園側 登場車両
・Fiat3000
アフォンダトーレ学園の隠し玉。車体を延長し、1350馬力のW型12気筒エンジンのネイピア・ライオンを搭載している。
主砲には機関砲のQF1ポンポン砲を狭い砲塔にねじ込んでいる他、燃焼ガスを抜く為のベンチレーターも付いている。
車体の隙間にはギッシリとQF1ポンポン砲の砲弾が詰まっている。主に高速を活かした偵察や撹乱等の任務に付く。
・M15/42戦車
イタリア製中戦車。アフォンダトーレ学園の主力その1。
機動性を高めるべく足回りやエンジン等が強化されている。
・セモベンテM41
イタリア製自走砲。75mm砲の威力向上と命中制度の向上を図るべく主砲の強化と砲身の延長が図られている。アンブッシュや側面からの攻撃を主に担当している。
・P40
イタリア製中戦車。75mm戦車砲を持ち、装甲や火力等のバランスが取れている。アフォンダトーレ学園の主力その2。
オリジナルでは主に馬力不足だったエンジンを高出力な物に変えている。
・P40/43
P40にP43の砲塔を組み合わせた物。アフォンダトーレ学園の副隊長の車両。P40の75mm戦車砲よりも強力なSkoda製の75mm戦車砲を備える他、高出力のFiat製A.22エンジンを搭載し改良した。
・P43Bis
アフォンダトーレ学園戦車隊の隊長車。90mm戦車砲を搭載し、エンジンもP40/43と同じくより高出力の物に載せ替えている。総合性能を高く纏め上げ、足回りはクイックに回り込める様にチューニングしてある。
架空戦車コラム
VK6600(h) PanzerKampfwagen E79
・スペック
全長10.04m
全幅3.71m
全高2.34m
重量61t
武装88 mm PaK 43 L71
・装甲厚
ターレット
前面(防盾)200mm/15°
側面100mm/38°
後面80mm/57°
車体
前面180mm/58°
側面80mm/-14°
後面80mm/-32°
VK6600(h) PanzerKampfwagen E79重戦車はドイツにて開発された重戦車である。
製造は重戦車開発の経験が深いヘンシェル社。
事の発端は1943年に始動した E計画(Entwicklungstypen=開発タイプ)の一環として計画された車両の一つであり
タイガーIIに連なる、重戦車開発計画であったE75プロジェクトの5番目のプランとして、その設計が開始された物だ。
車体は分厚い装甲を切り出し、避弾経始に優れる傾斜装甲になる様、溶接で組み上げた構成となっており、
車体形状はほぼタイガーIIやパンターと言った車両に順ずるものであるが
車体左右、履帯の上に位置するスポンソン(張り出し)を廃する事で
生産性の向上と、消費する資源の低減、そして軽量化を図った物が本車両のデザインである。
しかし、スポンソンを廃する事で車内スペースが減り、砲弾や燃料、ギアボックス等の部品を積み込むスペースが足りなくなるのでは無いかと言う懸念を持たれた。
事実、同格の88mm戦車砲を搭載するタイガーやタイガーIIと比べ携行する砲弾数は明らかに少なくなってしまった事は否めない。
だがこの軽量化の恩恵は大きく、タイガーIIとほぼ同様の防御能力を持ちながら
9トンの軽量化を成した結果、燃費の向上やエンジン、足回りや駆動系への負担を減らす事に貢献した。
車体の軽量化により達成された燃費の向上で懸念された燃料タンクの容量不足は幾らか解消される事となった。
それでも短くなった行動距離と少なくなった携行弾薬数はシンプルに補給回数を増やすで解決した。
足回りの設計はE75と同様の物で在り、当初はE75の輸送用履帯を用いる事を予定していたが
細い輸送用履帯が戦闘行動に耐えられる訳も無く(高い接地圧は軟弱な地盤にも弱い事から)幅広の通常履帯を用いる事になる。
ドライブスプロケット並びに誘導輪もE75系列の物を使用し
設計、開発時間の削減と、工場側の負担を減らす事に勤めた。
この様な工夫は車体各所に見受けられ、砲塔後部のエスケープハッチや
キューポラと言った部品の多くはE75と同様の物が多数使用されている。
エンジンは700~800馬力のマイバッハ製HL230・V型12気筒ガソリンエンジンの改良型を搭載する事になるが
計画の初期段階では燃費や動力系の諸問題を解決するべく
ソ連製V型12気筒ディーゼルエンジンとそのギアボックスを鹵獲し使用する等と言う
妄言めいた話が存在したが、整備性、生産性の観点から瞬く間に却下される物となる。
しかし、ソ連製戦車で見受けられた後輪駆動方式のギアボックス配置は
嵩張って長いドライブシャフトを車内に走らせる必要が無く、車内空間の確保や
生産にあたり使用する物資の低減にも繋がる事から採用され
後輪駆動が研究される事となり、元より車体側面のスポンソンを省いた事で車内スペースが少ない本車両には
うってつけの設計であった。エンジンは現代戦車のミッションパックの様に
ギアボックスと一体化した設計を為され、整備交換の面でも役立つ予定であったと言う。
砲塔は基本デザインをタイガーIIから踏襲した。
砲身根元に存在する防盾は避弾経始に優れる鋳造のザウコップ式を採用。
主砲の車体への固定方法はヤークトパンター等でも採用された
装甲カラーを用いたボルト締め方式を採用した。
主砲はタイガーIIでも使用された88mm PaK 43 L71戦車砲を搭載。当初はパワーアップ案(E79 Bisと呼称される予定であったらしい)として128mm PaK 44 L55戦車砲を
カルダン砲架で搭載する事も考案されたが、128mm戦車砲の反動を
当車のターレットリングが受け止めるには疲労が大きく
また大型の128mm戦車砲を狭い旋回砲塔に搭載するにはスペース的にも苦しく
携行可能な弾薬数が当初の88mm戦車砲よりも更に少なくなる上に
更には装填作業が煩わしい大型の分離式砲弾を装填しなくてはならない事も合わさり
この計画は白紙の物となった。
照準装置はE75と同様のステレオ式レンジファインダーを搭載。
また戦闘中に破損した際の予備として既存のスコープ式照準器も搭載された。
斯くして完成したE計画の申し子、E79であったが
戦局は既にドイツの敗北に大きく傾いており、多くが量産される事もなく
重戦車大隊等の補充車両として少数が納入された限りであり、戦局に与えた影響は皆無と言ってもいい。
だが、腕の良い戦車兵が搭乗し、確りと整備の行き届いたE79は正に鬼神の如き活躍を戦場で見せつけ
当時ドイツと戦っていたソビエトと連合国軍を恐怖のどん底に叩き落したのは紛れも無い事実であろう。
(※当文章は非実在の車両E79を実在の戦車の様に扱った筆者の空想である)
三年ぶりの更新となります
どうもお待たせ致しました