司波達也の日常   作:ネコ

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第1話

 国立魔法大学付属第一高校。

 その外観は、通常の学校とそう変わりはない。

 しかし、その外観とは裏腹に、カリキュラムや設備などは全くと言って良いほど違うものだった。

 まずカリキュラムだが、初めに習うのは法律だ。

 魔法を個々人が自由に使用すれば、周囲への被害は図り知れず、いずれは破滅へと向かうのが目に見えている。

 そのため、魔法の使用に関しては厳重な管理体制が敷かれているのだ。

 特に、町中では自衛目的以外の魔法の使用は禁止されている。もし使用しようものなら、町中の至るところに設置されている機械が、魔法の想子波を感知し、反応することで、すぐにでも警察による治安維持部隊が派遣されるようになっている。

 そのためにも、魔法を学ぶ上でルールを覚えることは当然と言えるだろう。

 他にも数学などの基礎学科を学ぶが、これは魔法の起動式などを学ぶためのものでありそれ以上ではない。

 魔法科高校とは、その名前の通り魔法を学ぶための場所だった。

 東京にあるこの高校には、1学年に二百人ほどの生徒がいる。

 人口に対して潜在的なものを除外し、一般に魔法を使えるものは少ない。更には、魔法を使える者たちの間でもその差は歴然としたものがある。そのため、受験に関しての競争率はそれほど高くはないが、合格するためのハードルは中々に高いというのが実情だった。

 しかも、この第一高校では合格したとしてもクラスによっては生徒同士で蔑み合う事も多々あるのだ。

 その境は学年内で分かれており、『1科生』『2科生』と通常は言われている。

 それぞれのカリキュラムの違いは、1科生には担当の教師が着くのに対し、2科生にはほとんど着かないことだった。

 これは、国に魔法を使える者が少ないことが原因であると言える。

 絶対数が少なければ、それを教える事が出来る人材も少ないのは当然だった。

 そのため、教える事が出来る人数に上限を設けており、そのクラスへ入れなかった者たちは、必然的に自主学習の面が多くなる。それが持つ者と持たざる者と意識付けられたことにより、差別へと変わっていったのだった。

 

 その国立魔法大学付属第一高校の校門付近。

 晴れやかな青空の下を駆け抜ける一人の男子生徒の姿があった。

 背丈は180センチ程度あり、外見上は細く見える。

 その顔は良く見積もっても二枚目半。

 駆け抜ける男の顔からは、特に焦っているような表情は見てとれないが、その速度は魔法を使用しているのではないかと錯覚するほどの速さだった。

 校舎へ続く通路を進み。途中で方向を変える。

 行き先には大きなドーム場の建物があった。

 その建物の入り口には数人の人だかりが出来ており、周囲の確認や話し合いをしている。

 男子生徒は腕時計で時間を確認した。その時間は、これからの行事の開始時間には幾分の猶予があること示している。男子生徒は、それまでの速度を緩めて歩き出した。

 建物にいた数人の内の一人が、歩いてくる男子生徒を見て駆け寄ってくる。

 

「もうすぐ入学式が始まるから急いで走るんだ! 遅刻だぞ!」

「時間まで後5分ほどあるようですが?」

「ちゃんと案内を見たのか!? 5分前には入り口を閉鎖すると書いてあっただろ!」

 

 叱るように言った女子生徒の言葉が終わらぬ内に、男子生徒は再び走り出した。

 

「速いな……」

 

 そんな男子生徒を唖然として見ながら、女子生徒は呟く。

 

 建物の中は、入り口から見て奥の方に壇上があり、そこから入り口に向けて座席が段々に設けられている。

 男子生徒───達也は周囲を一瞥すると、近くの空いている席へ向かい、隣に座る生徒へ声を掛けた。

 

「隣空いてるか?」

「は、はい! 空いてます! ……どうぞ!」

 

 隣に座っていた女子生徒は、大きな眼鏡を掛けており、達也に声を掛けられて緊張しているのか、達也の指した座席を自分の手で何度か払い、達也へ席を薦める。

 

「ありがとう」

 

 達也は礼を述べて席に座ると、襟元を緩めて深呼吸を1度行い、改めて全体を見た。

 

(改めて見ると不思議なものだな)

 

 着席する生徒たちには法則があった。

 それは、生徒たちの肩にある図形である。

 その図形は第一高校を表した図形であり、1科生へ貸与された制服のみ着いている。

 そして、図形のついた制服を着た生徒は壇上から近い位置に。図形のついていない生徒は遠い位置に座っていた。特に座席の指定は無かったことから、生徒たちの意識には既に、優劣に関する差がはっきりと出ているのだろう。

 

「あの……」

「ん?」

 

 達也が振り向くと、隣席の女生徒が、緊張した面持ちで達也に向き直っている。

 

「柴田美月と言います。よろしくお願いします」

「司波達也だ。よろしく」

 

 胸の前で手を組み、祈るようにして挨拶をすると、達也からの挨拶を聞いて安心したのか、美月は反対側に座る女生徒へ声を掛けた。

 声を掛けられた女生徒は、身体を少し折り曲げて達也を見ると、片手を上げて笑顔を見せる。

 

「はーい。私は千葉エリカ。よろしくね~」

「よろしく───」

 

 達也が言い終わる前に建物内部にベルが鳴り響く。

 それまで話をしていた生徒たちは話すのを止め、壇上へと視線を向けた。

 そして、そのベルが鳴り終わると共に、一人の生徒が壇上へと上がり中央に設置してある演台にいくと、マイクを手に取る。

 

「魔法科第一高校への御入学おめでとうございます。私は第一高校の生徒会長である七草真由美といいます。さて、当校に───」

 

 生徒会長である真由美の話は長くなるか新入生にはと思われていたが、話自体は簡潔に纏められ、すぐに終わると礼をして壇上を後にした。

 その後の流れは何処も大体同じである。

 祝いの席として呼ばれた権力者たちの挨拶があり、メッセージの紹介がある。その大半が、軍の関係者からであることを考えると、国は魔法師に軍への加入を勧めていることが伺えた。

 最後の方になり、新入生の答辞が始まる。

 その生徒は、壇上へ上がると礼をして演台に向かう。

 特に緊張したような表情はしておらず、若干ではあるが、眠たそうな目をしていた。

 その生徒は、全体を一度見渡しひと呼吸入れると、持ってきていた紙を拡げる所で手を止める。

 特に内容を間違えたわけでもなく、その紙には述べるべき言葉がしっかりと書いてある。

 その手を止めた原因があるとすれば、生徒が見ている視線の先。

 その視線の先は、達也が座っている場所だった。

 止まったのは少しのことで、それ以降は達也の方を見ることもなく言い終えると、礼をして壇上を降りる。

 姿勢良く自席に戻る間、その生徒は盗み見るように、達也がいる方を見ていた。

 

「今年の新入生総代も女性ですね」

「そうだな」

 

 漫然と拍手をしながら、美月へ達也は空返事をすると、これからのことを考えて憂鬱そうに天井を見た。

 残るは閉会の挨拶のみ。

 捕まるのも時間の問題だった。

 

 入学式が終わり、各自が移動のために席を立ち始める。

 この後は、掲示板に各自のクラスが表示されるため、その確認にいかなければならない。

 

「司波さんも一緒に行きませんか?」

「ああ。場所も同じだしな」

「ありがとうございます」

「礼を言われることでもないと思うが……」

「そうよ美月。同じ方向なんだし、気にしない気にしない」

 

 達也たちが建物を出たところで、後ろから達也に近付く二人がいた。

 

「達也さん!」

 

 近付いてきた内の一人が達也へ声を掛けた。

 少し急いできたのか、その呼吸は僅かに乱れている。

 達也はわざとらしく溜め息を吐きながら振り返る。

 

「何か用か?」

「私たちは何も聞いてない」

「何故ここに? それにその制服は……」

「ここは邪魔になる。その件は後にしてくれ」

「はい……」

「わかった」

 

 二人は納得していないようだったが、後で聞けばいいとこの場を引く。

 しかし、引いたからと言って離れるわけではなく、達也たちの後に続いて歩いてきていた。

 そして、掲示板前に辿り着く。

 掲示板の前は既に生徒たちで溢れており、ガヤガヤと騒がしくしていた。

 

「あった! ありました! E組です!」

「私もEね」

「私はDだ~」

「私はFだよ」

 

 一喜一憂する生徒を他所に、美月が達也に問い掛ける。

 

「達也さんはどこのクラスですか?」

「俺はEだな」

「一緒ですね! これからよろしくお願いします!」

 

 差し出された手を握ったところで、達也を睨む二人がいた。

 

「なんでE?」

「手を抜かれたんですか?」

「元から俺は事象改変能力が著しく劣っているからこの結果は当然であって、手を抜いてはいない」

 

 疑惑の視線を受けても達也は慌てることなく言い返す。ここである程度の情報を言っておかねば、後々もっと面倒になりそうだと判断したからだ。

 達也は移動し始めた美月たちの後ろについて一緒に移動を始める。

 美月たちは達也が1科生と話していることで、やや遠慮気味に離れていた。

 しかし、そんな時間も長くはない。

 クラスが違えば校舎も違う。

 1科生と2科生では校舎が別れていた。

 校舎の前で名残惜しそうな二人との別れを済ませ、達也は自分のクラスへと足を踏み入れる。

 特に決まった席は無いため、廊下に近い入り口の席に座り、机に設置されたデバイスを立ち上げた。

 エリカと美月も達也の後ろの席へ並んで座る。

 二人の容姿はクラスでも目立つようで、教室へ入った際には、クラス皆の視線が一時的に集まった。

 しかし、それもすぐに散漫となり、自分達の会話へと戻っていく。

 

「司波さん。少しよろしいですか?」

「ああ」

 

 先程の事が気になったのだろう。美月が達也へ声を掛けてきた。

 

「先程のお二人とは知り合いですか? 一人は今日壇上で挨拶されていたように見えたのですが……」

「どこで知り合ったのか、キリキリ吐いた方が身のためよ!」

 

 達也の後ろの席からも、茶化すようにエリカが入ってくる。その声にはからかってやろうと言う意思が見てとれた。

 

「北山さんと光井さんの事なら知り合いだな。CADの関係で世話になっている」

「あ~。北山って聞いたことがあると思えば、数年前から新機種や技術をバンバン出してるとこじゃない?」

「その通りだ」

「そっか~。てことは、そんなとこにCADを頼むだなんて、司波君の家ってお金持ちなんだ」

「そこそこ……といったところだな。千葉さんこそ、あの千葉だろう?」

「まあ、ね」

 

 エリカは歯切れの悪そうな物言いをするが、美月は特に気づくこともなく話を続ける。

 

「お二人とも凄いんですね」

「凄いのは家であって、私たちじゃないんだけどね」

「そうだな」

「それはそうと、私の事は千葉じゃなくてエリカって呼んでくれたらいいわ」

「私も美月でお願いします!」

「分かったよ。俺だけ名字と言うのも変だしな。俺も下の名前で構わない」

 

 エリカに追従して、慌てたように腰を浮かせて話す美月を両手で落ち着け、達也も名前で呼ぶことを承諾する。

 その後、自己紹介を兼ねて話し、席もほどほどに埋まってきた頃、エリカが何かに気付いたように立ち上がる。

 美月は何事かとエリカを見たが、達也はエリカの視線の先を見て理解した。

 

「ちょっと待ってて」

 

 エリカはある生徒の元に行くと、仁王立ちで何やら説教を始め、その手を無理矢理取って立ち上がらせると、そのまま達也たちの元へ連れてきた。

 

「お待たせ。こいつはみき。よろしくして上げてね」

「僕は幹比古だ!」

 

 不機嫌なのを隠そうともせず叫ぶ幹比古を、強制的に達也の隣に座らせる。

 幹比古は文句を言いつつも、元の席には戻らずそのまま席に座り、不貞腐れたように机に設置されたデバイスを立ち上げた。

 まるで、動くことが無駄な事だと分かっているようで、その代わりの抵抗なのか、連れてきたエリカの方には見向きもせず作業を進める。

 

「困った奴よね。意固地になっちゃってさ」

「何かあったんですか?」

「まあ、その辺は本人に聞いて。それよりも───」

 

 エリカが違う話題を振ろうとした時、教室の扉を開けて手を叩きながら入ってきた人物がいた。

 その人物は私服の上に白衣を羽織り、大人に見せようとしているようだが、身体の一部を除き、顔を含めて幼く見えることから、逆にコスプレのように見えてしまっている。

 

「はいはい。各自近くの席に座って~…………座わりましたね。私は小野遥。この学校でカウンセラーをしています。今日は臨時で、このクラスへ今後のことについて説明しに来ました。まずは、手元のデバイスを立ち上げてね。今は自由に席へ座ってもらってますが、明日からは名前順に座り直してもらうので忘れないように」

 

 遥は生徒の顔を見回し、自分の手元にあるデバイスを覗きこむ。そこで、眉を僅かにあげた。

 

「数人は終わってるみたいね。今日はデバイスの設定だけだから、終わった人から部活等の見学に行っても構いません。困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからね。では、操作の説明をします。まず───」

 

 遥が説明を始めると同時に、幹比古は立ち上がり廊下へと出ていく。

 それに続くようにして数人が部屋を出ていった。

 達也も遥が説明している途中で終わってはいたが、デバイスにて閲覧することが可能な、学校の見取り図などを見ていた。

 遥の説明後、数分もせずに次々と生徒たちが席を立っていく。

 その中には達也たちの姿もあった。

 

「達也さんはこれからどうされるんですか?」

「俺は校舎を一通り回ったら、図書館に行こうと思っている」

「それでしたら私たちと一緒に回りませんか?」

「美月たちも図書館に用事があるのか?」

「私たちは校舎の見学です。この学校は広いので少し不安で……」

 

 美月は恥ずかしそうに手を前で組むと、顔を赤らめた。迷子になると言っているようなものだ。

 

「見回るなら先に練武館へいかない?」

 

 会話の隙間を縫って、エリカが行き先を提示する。

 達也に異論は無いので、判断を委ねる目的で美月を見た。

 

「練武館からでいいですか?」

「どこからでも構わない」

「じゃあ、しゅっぱーつ」

 

 部屋を出ていく三人───特に達也へと、一時的ではあったが、クラスにいた男子生徒からの視線が集まったのは言うまでもない。

 

 校舎を出ると、そこには大勢の人で溢れていた。

 それもそのはずで、1年の他に、2、3年生もいるのだからその数が多いのも頷ける。

 人の流れはバラバラで思い思いに好きな方向へと向かっていた。

 

「じゃあ達也くん、案内よろしく!」

「俺は体のいい人避けか」

 

 達也は目の前の人混みを見て、案内だけではないことをすぐに悟る。

 達也の背丈を考えると、一緒に行動する際にはよい目標となることは間違いない。更に言うならば、エリカたちに言い寄ってくる男に対する虫除けのような役割もあるだろう。

 

「まあまあ。こんな美少女と一緒に回れるんだから気にしない!」

「それは自分では言わないものだ。どちらにしても回るのには変わりないからいいけどな」

「そうそう。寛容な心を持つことは大事よね」

「エリカちゃん……」

 

 エリカの物言いに呆れながら、美月は恐縮そうに何度か達也に向けて頭を下げる。

 達也は迷うことなく人混みの中を進んでいく。

 その速度は、後ろに着いていく二人のことを考えているのかそれほど早いものではなかった。

 練武館の中で行われているのは、剣道や柔道などの屋内で行われるものが多かった。

 

「うーん。やっぱり部活関係は明日以降の部活勧誘期間に見た方がいいかなぁ」

「今日は部活も昼までだから、そうした方がいいだろうな」

「そうしよっと」

「それにしても広いですね~。講堂よりも大きそうです」

「講堂の約1.5倍といったところか」

 

 入学式が行われた講堂よりも、練武館は更に広かった。

 観客席の上段からでは、競技を行っている人が豆粒ほどの小ささに見えるくらいだ。

 練武館で行われている部活を一通り見て回り外に出る。

 その後、次々に見て回り、最終的に図書館へ来た。

 

「やっぱり難しそうな本が多いわね~」

 

 棚に並べられた本を見ながらエリカは見たままの感想を呟く。

 今の時代に紙媒体の書籍というものは珍しく、流行はデータ書籍だ。

 寧ろ紙の書籍は今ではプレミアがつくほどの希少価値までついている。それほど、紙媒体が廃れてから時間が経っていた。

 達也はエリカの感想には取り合わず、検索用のパソコンで中に登録されているものを次々と見ていた。

 

「そんなに早く動かして分かるんですか?」

 

 美月が好奇心を抑えられずに、達也に質問する。

 それほど達也の画面を動かす速度は早かった。

 

「速読なんて慣れたら誰でも出来るようになるさ」

「私には無理な気がします……」

「うわっ。ほんとに見てる?」

 

 美月の言葉に興味が沸いたのか、エリカも達也の後ろからモニターを覗き、美月と一緒の反応を示した。

 

「もちろん見てるさ」

 

 達也は軽く流すと数分もせずにモニターの電源を落とす。

 

「なにか面白いものはありましたか?」

「面白いと言うより、興味深いものは色々とあったな」

「これで最後よね?」

 

 エリカは笑顔で達也に訊ねる。

 

「そうだな……。昼も近いし」

「はい! はい! 良い店見つけてるのよ! そこに行きましょ!」

「分かったよ」

 

 達也は、手を挙げてアピールするエリカの勢いに流され、お手上げとばかりに苦笑しながら頷いた。

 

 学校から出て、エリカの案内で着いたのは、大通りから少し離れた場所にある喫茶店だった。

 

───カランカラン

 

 喫茶店の扉を開くと同時に、扉につけられた鐘が鳴る。

 店内はこじんまりとしており、外の光を十分に取り込んでいるため明るく、綺麗に整頓され清潔感が溢れていた。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンター越しに男がグラスを磨きながら声を掛けてくる。

 店内には、その男以外の従業員の姿は見えない。

 

「あそこに行こ」

 

 店内には達也たちの他に人影はない。

 エリカは店内を見回し、入り口からは遠い位置にあるテーブル席を指差し歩き始めた。

 達也と美月はエリカの後に続く。

 テーブル席のソファーに腰を下ろし、達也たちはメニュー表を手に取った。

 

「ご注文が決まりましたらお呼びください」

 

 男はテーブルにおしぼりとお冷やを置くと、カウンターへ戻っていった。

 

「何食べようかな~」

「意外にメニューは豊富ですね」

「そうだな……」

 

 メニューには洋風のものがほとんどで偏りはあるものの、種類は多く30品目ほどが書かれていた。

 達也と美月はすぐに決まったが、エリカは唸るばかりでなかなか決めることができないでいる。

 

「マスター」

「もうちょっと待って!」

 

 達也がマスターを呼んだことで、エリカに焦りが生まれる。

 しかし、達也に呼ばれたマスターが止まることはない。徐々に近付いてくるマスターの姿を視界の端で捉えたエリカは、決断を迫られる。

 そして、マスターがテーブルに到着すると、達也と美月はあっさりと注文を済ませた。

 残るはエリカのみ。

 3方向からの視線を受けて、エリカは長らく悩んでいたものの、最終的に絞りこみ決断を下した。

 

「パフェとワッフルとショートケーキで!」

「飲み物はいかがなさいますか?」

「オレンジで」

「かしこまりました」

 

 マスターは笑顔を崩さずに注文を受けると、カウンターへ戻っていく。 

 

「甘いものばかりだな……」

「な~に? 太るって言いたいの?」

「いや。胸焼けしそうだと思ったまでだ」

 

 達也はエリカの追求をあっさりかわす。

 美月はそんな二人のやり取りを見て、口を隠して苦笑するばかりだ。

 

「達也くん、意地悪過ぎない?」

「そんなことはないと思うぞ。なぁ、美月?」

「えっ!? 私ですか? えーっと。私は別に何とも思いませんけど……」

「美月の裏切り者~」

「ごめんなさい!」

「謝ることでもないと思うがな」

 

 雑談途中に運ばれてきたものを食べながら、会話に花を咲かせる。

 

 喫茶店に入ってから1時間は過ぎた頃。

 

「そろそろ出る?」

「そうだな」

「そうですね」

 

 3人ともが席を立ちカウンターへ向かう。

 会計のシステムとして、今では珍しい紙媒体の伝票を手に持ち、達也たちはカウンターへと向かう。

 

「達也くんご馳走さま!」

 

 カウンターに着いたところで、達也の後ろにいたエリカがにこやかに宣言した。

 エリカの言葉の意味が分からないのか、美月は首を傾げてエリカを見る。

 達也は苦笑しながら財布を取り出すと、伝票をマスターに手渡し頷く。

 マスターは何も言わずに達也を見て頷くと、金額が書かれた紙を達也に見えるように机に置く。

 達也は財布から紙幣を取り出し支払いを済ませた。

 美月はこの時点で漸く気付いたのか、慌てて財布を取り出し始める。

 

「私ったらボーッとしててすいません!」

「気にしなくて良い」

「達也くんもこう言ってるんだし、美月も気にしない」

「エリカは気にしても良いんだぞ?」

「デートの駄賃だと思えば良いじゃない」

「デート!?」

 

 美月はエリカのデート発言に驚き、顔をみるみるうちに赤く染め上げていった。

 

「デートは恋人同士がするものだと思ってたがな」

「古い! 今時は友達同士でもデートって言うくらいだから、何の問題もなし!」

 

 胸を張って言い張るエリカと、顔を赤くしながら何度も頭を下げて謝る美月を見てひと呼吸入れると、達也は店の外へと歩き出す。

 

「またのお越しを」

 

 その声に達也たちが振り返ることはなかったが、マスターは深々と頭を下げて、その背を見送った。

 店を出てからの3人の帰り道は、駅までが一緒で、その後はバラバラとなる。

 駅と言っても、車両に大人数が乗り込むような物はなく、キャビネットと呼ばれる数人用の自動小型車両が運行されていた。

 そのため、知らない者同士が一緒に乗り込むことはなく余計なトラブルが発生しないようになっている。

 

「家まで憂鬱だなぁ」

「家が道場を兼ねてるんでしたっけ?」

「そうなのよね~。門下生が多いのは良いんだけど、

あいつら五月蝿くってね……」

「それなりの防音設備が整っていそうなんだが」

「敷地の外には気を使ってるけど、身内のことは全く気にしてないわよ、あれは」

「大変なんですね」

「まあ、慣れてるんだけど」

「では大丈夫だな」

「達也くんの薄情者! 美月はそんなことないわよね!?」

「ええ。まあ」

「じゃあ、そんな可哀想な私は、美月のお家で慰められてくるわ」

「えーっと。あの~」

「すまないな、手間をかけて」

 

 美月はエリカの言葉に慌て、言った張本人のエリカは達也の言葉に気になることがあったのか、少し考える素振りをする。

 

「もしかして達也くん絡み?」

「特に気にする必要はないけどな」

「ふ~ん……。まあ、この手間は今日のお昼の分で手を打ってあげる」

「そうしてくれ」

「じゃあまた明日~」

「えーっと一体……。あっ! 今日はありがとうございました!」

 

 達也は見送る二人に手を挙げて答えると、家に向けて歩き出した。

 

 その日の夜。

 達也は居間にあるソファーに腰を下ろしていた。

 住宅街の一画にあるその家は、周囲の家と同じような大きさであったが、その実、かなりのセキュリティが盛り込まれていた。

 電子機器類による防犯体制はもとより、原始的な仕掛けすら施してある始末である。一番凶悪なのは、その設備が目に見えないことだった。

 現在達也が独り暮らしをしている家は、ある人から薦められたものであり、達也の方にも都合が良かったため、幾つかの条件を付けて自分用にカスタマイズして住んでいる。

 利便性の追求。

 それは意外にも、達也の利益となって返ってきていた。

 達也は、手元にあるリモコンを操作して画面を呼び出す。

 達也の操作に合わせて、白一色の飾り気のない壁際にモニターが現れた。

 その何も映ることのない画面は、数秒と待たずして形を変えて、通信相手の姿を映し出す。

 

「こんばんは、葉山さん。叔母上はいますか?」

「達也様……。何度も申し上げますが、真夜様への取り次ぎには手順が御座います。通常であれば、即座に会うことなど───」

 

 長くなりそうな葉山の説教など聞く耳を持たず、達也は眉根を寄せて不機嫌さを醸し出す。

 

「そもそも、問題がなければ、電話を掛けるという行為すら発生しませんよ。特に俺自身の問題でなければ尚更です」

「何かあったようですな。今、真夜様は忙しいため、私が代わりに伺いましょう」

「下手な監視を引き上げてください。高校生にバレるなど恥も良いところでしょう?」

「剣の一族である千葉家であれば、仕方ない部分もあるかと思いますが……」

 

 葉山は既に報告を聞いているのだろう。間髪入れずに即答する。

 

「仕方ないで割りきっても良いと?」

「そうは言いません。達也様がメイドを受け入れて頂くのが一番早くて助かるという話です」

「まともに自分の身も守れない者は要りませんよ」

「達也様のメイドになるには、少々ハードルが高くはありませんかな?」

「一般家庭にメイドはいません」

「達也様は一般家庭の生まれではございません」

 

 葉山にこれ以上言っても、お互いの主張は平行線のままだと感じた達也は溜め息を吐いて、少し譲る。

 

「それならば、せめて不自然じゃないようにしてください」

「分かりました。伝えておきましょう」

「ええ。お願いします」

 

 電源を切り、地下に向かう。

 今日も達也の睡眠時間は少なくなりそうだった。

 

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