司波達也の日常   作:ネコ

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第10話

 スピード・シューティングも終わり、新人戦の1日目は一高と三高のトップ争いとなった。

 男子の方は、準決勝まで第一高校の森崎が勝ち進んだものの、第三高校の吉祥寺に敗れたため、第三高校が1位と2位を独占。

 女子の方は、雫とエイミーが決勝に残ったことで、第三高校と並んでのトップとなったのである。

 

「流石にカーディナル・ジョージの名は伊達ではないな」

「そうね。組み合わせが決勝であれば良かったのだけど……それは言っても仕方ないわね」

「しかし、まだ負けているわけではありません」

「今のところは予定通りなのか?」

「男子の方が若干予定よりも低いことは確かですが、概ね予定通りです。違うと言えば、第三高校が台頭してきたことでしょう」

 

 作戦本部では、男子の作戦担当である克人、女子の作戦担当である鈴音を筆頭に、競技を終えた選手が話し合っていた。

 得点としては、ほぼ予定通り。むしろ少し多いくらいだが、第三高校が出てきたことで、その得点も少なく見える。

 

「明日の予定はクラウド・ボールだが……」

「これは、という選手がいないな」

「過去の実績から見ても、良くて3位入賞といったところでしょう」

「今からでも、北山か明智を持ってきた方が良くないか?」

「あまり新入生の入れ替えはしたくないのですが、そうも言ってられないですね……」

「男子の方はどうだ?」

「───やってみなければ分からん、としか言えんな」

 

 克人は腕を組み考えていたが、結論を保留して首を振る。

 摩利はそれ以上の追求を諦め、一人静かに機械の操作をしていた達也に顔を向ける。

 

「達也くんはどう思う?」

「女子クラウド・ボールは第三高校の優勝で確定でしょう」

「……何故だ?」

 

 達也の言葉を聞き、他の4人は揃って達也を見る。

 達也は、自分の見ていたモニターを他の者に見えるよう反転させて説明を始めた。

 

「男子にはそこそこ優秀な選手しかいませんが、女子の方には司波深雪がいます。能力的には十師族に近いのではないでしょうか? 第一高校の選手を見渡しても、勝てると思える選手はいません」

「何?」

「そこまで?」

 

 能力が十師族並み。それは真由美たち十師族にとって聞き逃すことのできない言葉だった。

 

「その根拠はなんだ?」

「具体的な事は言えません」

「言えない?」

「はい。ただ知っているだけです」

「司波深雪か……。ん? 司波というのは……」

 

 摩利が、記載された文字との関連性に気付き、達也へ目を向ける。

 達也はその視線に軽く頷いて見せた。

 

「ええ。妹です」

「だから知ってるわけね。でも言えないというのは?」

「どう受け取って頂いても構いませんが、俺の口から言えるのは、主な能力くらいでしょうか」

 

 達也から情報を得ることが難しいと判断したのだろう。それぞれ、深雪のデータに目を通すのみで、それ以上の詮索はしなかった。

 

「得意なものはなんだ?」

「全体的に高レベルなため、全てと言えます。その中で敢えて言うならば振動・減速系でしょう」

「だからこそのクラウド・ボールか……」

「かなり一方的な展開になることは想像できます」

「それほどですか……」

 

 達也の言葉に、その場の雰囲気は重いものとなる。

 それも仕方がないだろう。十師族と同レベルと言われては、一般人での勝率など高が知れている。

 

「1年の練習に付き合ってきた司波が言うのだから、確定情報として捉えた方がいいだろうな」

「明日のクラウド・ボールでの勝利は難しい……か」

 

 相手が悪かったと言えばそれまでだが、現状としてはどうしようもない。

 選手へのアドバイスが、消極的な案しか出ないことに、部屋の空気は重くなった。

 その日は、次の日がフリーということもあり、達也には自由時間が与えられる。

 達也は夕食を終えた後、レオたちと雑談混じりに時間を潰して過ごし部屋に戻っていく。

 夜も更けてきた頃、達也は部屋着から黒い服へ袖を通し、夜の闇へと溶けるように消えていった。

 

 

 

 ある高層ビルのフロアにて、会合が設けられていた。

 そこにいる男たちは、明らかに普通とはかけ離れた雰囲気を醸し出しており、それぞれが日本の警察に追われる立場にある者たちばかりだった。

 部屋の中にある円卓を囲んで、男たちが食事をしながら、モニターに映る九校戦の映像を見て話し合っている。

 部屋の隅には、男たちの護衛と思われる者たちが、微動だにせず立ち尽くしていた。

 

「新人戦は、第一高校か第三高校が有利か……」

「まだ始まったばかりだ。今日の結果だけではわかるまい」

「しかし、本当に大丈夫なのか? このままでは元は取れるかもしれんが、今回の献上金には届かないぞ?」

「分かっている。十師族が入ると噂されていた第三高校と、常連の第一高校に賭けの対象が分かれたのは都合がよかった。他の高校には賭けられてないということは、そこが勝てば胴元のひとり勝ちだ」

「何か手を打っているのか?」

「もしや、今日の爆破は……」

「あれは効果がなかったな。次は確実に行く」

 

 円卓の上に並べられた料理を小皿に取り分けながら、ひとりの男が自信を持って請け負った。それ以外の男たちは、ひとりの男へ視線を集めると、話の続きを催促する。

 

「あれ以上に確実なことがあるのか?」

 

 円卓を囲む男たちは、調整器を破壊する以外に確実なことを考え、食事の箸を止める。

 発言した男は、ひとり満足気に料理を口に運んでいく。

 

「委員会の中に手の者を入れただけだ」

「委員会? 特に審判が必要になるものはなかったはずだが?」

「委員会で行うものの中に、CADの審査がある。ハードが規定の物であるか確認するだけではあるが……」

「なるほどな。それで、第一高校と第三高校には落ちてもらうということか」

「ああ。明日の結果を楽しみにしていろ」

 

 薄気味悪く笑い合う男たちは杯を持ち、それぞれ掲げて成功の前祝いを述べた。

 

 

 

 九校戦五日目。

 その日の競技では、皆の予想を遥かに越えることが起こった。

 男子の初戦で、優勝候補と目されていた第一高校と第三高校の生徒のCADが、競技の最中に使えなくなったのである。これには、両校の生徒がその解析を行ったが、原因は分かったものの、それが何であるのか分からなかった。

 もちろん、そんな細工をエンジニアがした覚えもなく、だからと言ってそんな細工を入れる者は両校共にいない。

 そのため、第三者によるCADへの細工は、夜間に行われた可能性が高いとして、再確認が行われたが、該当のCADは本人がずっと所持しており、それ以外の手にCADが渡ったという事実は確認されなかった。

 

「まさかこんなことになるなんて……」

「確実な情報を得ることはできませんでしたが、幾つかの証言から第三高校と同様の事象であると推測されます」

「誰かが故意に狙ってるみたいね……」

「今思えば、ここへ来るまでの事故も、その一環であったかもしれません」

「確かにな……」

 

 黙りこむメンバーを見渡し、克人が気になっていた事を口にする。

 

「そう言えば、司波は来ていないのか?」

「司波くんは、今日は担当選手も居らず空いていますので、ゆっくりしてもらおうと1日オフにしています」

「間接的に当校の生徒を狙ってきている。今度は直接狙ってきてもおかしくはない。極力ひとりにならないようにした方がいいだろう」

「───そうですね。複数人で行動するよう全員に連絡しましょう」

 

 そんな会合が行われている中、達也がどこにいたかと言うと……。

 競技場から離れた場所に停車しているバスの中で、あるCADの中身について解析を行っていた。

 その中は、CADを調整する設備以外にも、様々な設備が備え付けられており、改造にかなりの金額が掛かっていることが伺える。

 達也は、モニターから目を離し、後ろに控えていた亜夜子へ向き直った。

 

「ウイルスのようなものが入っているな」

「ウイルス……ですか?」

「ああ。魔法を使用した際に、CADを使用不能に陥れるものだ。入れた時刻は調整の履歴から考えると、昨日の朝。試合前と言ったところか……」

 

 達也は、CADを機械から取り外し亜夜子に手渡す。

 亜夜子は両手でCADを受け取ると、そのCADに視線を落とした。

 

「データは洗い出してあるから、後は調べるように伝えてくれ。しかし、こんな依頼を四葉がしてくるとはね……」

「申し訳ありません」

「亜夜子が謝る必要はないさ。何処からの依頼かは分かってるんだからな」

「…………」

 

 亜夜子は何も言わずに、達也に礼をして扉に待機している男へと視線を移す。

 男は頷き、扉を開くとその先にはテーブルと椅子が設置されていた。

 テーブルの上には菓子が飾られ、空のカップが二つ、テーブルの両側に置かれている。

 達也は何も言わずにその椅子へ座り、菓子を摘まんだ。

 

「コーヒーを」

 

 亜夜子は手慣れた動作で、コーヒーをいれ始める。

 

「それにしても、九校戦を賭けの対象にするのはやめてもらいたいものだな」

「賭け……ですか?」

「ああ。マフィアが今回の九校戦を賭けの対象にしている。そのせいで初日から面倒なことばかりだ」

「もしや、初日の事故も……」

「まあ、間違いないだろうな。奴等の拠点については、昨日の夜に目星は付けてあるから、今日の夜には片付けるよ。また、夜に電話をするから処理が出来るよう頼む。と言っても証拠は残らないが……」

 

 達也は亜夜子のいれたコーヒーを飲むと、疲れを取るように椅子の背もたれへ体重をかけて目を瞑る。

 その数分後。

 達也は上級生からの呼び出し音により、起こされることとなった。

 

 クラウド・ボールの女子では、流石にCADの異常が起こることなく、優勝を第三高校が勝ち取って幕を閉じた。

 しかし、その喜びもどこかぎこちなく、ハッキリとした形になっていない。

 

「司波さん。優勝おめでとう」

「ありがとう」

 

 深雪が内心でどのように思っているかはともかく、微笑みを浮かべて、少しでも他の生徒の安心する材料になればと対応している。

 現在の第三高校の懸念は、男子のクラウド・ボールで出場していた選手にあった。競技中に発生した事象は、皆揃って不安を煽るものであり、自分にも被害が及ぶかもしれないと思ったからである。

 女子のCADは行程毎にチェックを行い、何事もなかったが、だからと言って今後も安心できるとは限らない。

 その部屋の中へ、選手に付き添って病院に行った吉祥寺が戻って来たことで、その場の全員の視線が部屋の入り口に立つ吉祥寺へ集まる。

 

「あいつはどうだった?」

「特に問題はないみたいだ。CADが壊れただけで、人体への影響は無さそうだという話しだから、恐らく明日には顔を見せると思う」

 

 生徒たちは吉祥寺の言葉に安堵した。

 

「それにしても、誰があんなことをしたんだ?」

「先輩があんなことをするはずないし、出来る機会なんて無かったよな?」

「CADは担当のエンジニアで持っていたから、触る機会なんてなかったはずだ。それに、忍び込んで細工をし、再び返すなんてリスキーなことをするとは考えにくい」

 

 行き詰まった内容に、生徒は唸るばかりで、新たな意見が上がることはない。

 

「そう言えば、調べて頂けるということでしたが、何か分かりましたか?」

「ええ……。しかし、現段階では細工をされた時間しか分かりません」

「時間が分かったんですか!?」

 

 深雪がモニターを見ながら話した言葉に、目を見開き吉祥寺が食いつく。

 これまでに分かったことは、何かしらの起動式が作用して、CADが使えなくなったということだけだった。

 

「正確な時間は分かりませんが、試合当日の開始前のようです」

「開始前……」

「デバイスの確認をしていた時間だが、あの場には何人もいたし、本人も目の前にいたぞ?」

「だから先輩じゃないと言ってるだろ」

「じゃあ誰がしたっていうんだよ?」

「それは……」

「推測ですが……」

 

 回りの喧騒を他所に、深雪が再び口を開いた。

 その言葉を受けて、言いあいをしていた生徒は口を閉ざし、深雪へ顔を向けた。

 

「大会委員のCADチェックが怪しいと思われます」

『えっ!?』

 

 深雪の発言は、信じられないものだったが、深雪の見ている画面を公開したことで、その内容に対する検証が始まる。

 

「これは……大会委員会に問い合わせが必要だな」

「うやむやにされないよう十師族から言ってもらったらどうだ?」

「分かった。俺の方でも連絡しておこう」

「早い方がいいだろうし、僕は先輩方に相談してくるよ。司波さん。このデータは貰ってもいいかな?」

「ええ。構いませんよ。そのために調べたのですから」

 

 吉祥寺と将輝は、深雪からデータを受け取ると、部屋を出ていく。

 残った生徒たちは、一旦CADの件は棚上げし、次の議題に移った。

 

「モノリス・コードの代役はどうする?」

「一応、結果としては大丈夫と言う話だったけど……」

「それ以前にモノリス・コードの練習なんて、当人たちしかしてないぞ?」

「だよなあ」

「いいでしょうか?」

 

 深雪が会話の途切れた頃を見計らい声をかける。

 その場の皆の視線は自然と深雪に集まった。

 

「吉祥寺君の話ですと、明日には来られると言うことなので、その時改めてご本人に確認を取ってはいかがでしょう?」

「確かにその通りね」

「ただし、メンバーだけは決めておいた方が良いとは思います」

「では、候補だけは決めておきましょう」

 

 深雪の言葉に、女子生徒が場を取り仕切り進めていく。

 不安材料が少しずつ解消されていく中で、深雪の表情に変化はないものの、彼女の中の懸念が晴れることはなかった。

 

 

 

 その日の夜。

 横浜の繁華街の中を、闇夜に隠れるようにして移動する二つの影があった。

 一つは長身であり、それ以外の特徴は着ている黒い服によって隠され、もう一つの方はそれほど高くはないが、幅の大きなスカートを履いているため、性別は想像がつくものの、前者と同様に黒一色に身を包んでいるため、分かりにくい。

 二つの影はあるビルまで来ると、CADを抜き出し構える。そして、一人が頷いて見せると、その姿がその場から消えた。

 

「それにしても、予定通りだな」

「このまま第一と第三に落ちていただこう」

「同じ手を何度も使うのは危険ではないか?」

「そんなへまはせんさ。ちゃんと次の手は考えてある」

 

 円卓を囲んでいる男たちの表情に不安の色はなく、代わりに赤みが掛かっていた顔色をしていた。

 男たちは手に持ったグラスを掲げ、前祝いとばかりに中に入った酒を口に運ぶ。

 男たちの所属している組織の名前は無頭竜。香港に拠点を置く犯罪シンジケートの一つであり、日本の公安が必死に探し回っている組織の一つだった。ボスの姿は幹部にしか知らされておらず、その幹部同士も交流が少ないため、どのくらいの構成員がいるのか掴めていない。

 なぜこの組織がマークされているのかと言うと、ある製品を作り出したことにあった。

 それは人の体を生きたまま、改造することにより、魔法の媒体としたり、完全な繰り人形とする技術だ。その成果品である人形は、男たちを護衛するように、部屋の隅に黙って立っている。

 男たちが祝宴を上げて喜び合っているなか、その護衛を兼ねた人形は跡形もなく一瞬にして消えた。その事に、円卓を囲む男たちは気付かない。それほどの早さ。

 その部屋からは他にも通信手段である機器や、出入り口の鍵を制御する機械などが破壊されていった。

 そのような中、男たちは何度目になるか分からない乾杯を行う。

 

「我々の未来に」

『乾杯!』

 

 手を上げた動作のまま、その手が再び下に下ろされることはなかった。

 突然消失した腕。

 溢れ出る大量の血。

 かなりのアルコールを摂取しているため、痛覚は少し麻痺をしていたが、それを越える痛みに、男たちは腕を押さえてもがき苦しむ。

 

「いったい何事だ!?」

「くそ!!」

「ジェネレーター!!」

 

 痛みを堪えて口々に叫ぶが、それらに返事が返ってくることはない。

 そこへ、何処からともなく部屋に現れた物があったが、男たちには気にするだけの余裕はなく、口々に護衛をしているはずの人形に向けて罵るばかりで、その場から動くことができずにいた。

 

『あー。あー。聞こえるな?』

 

 突如部屋の中に響く声に、男たちは警戒心を高めて声のした方───円卓の中央に置かれた四角い箱を見る。

 男たちは先程まで見ていた円卓に、突如として現れた箱を不気味な物でも見るように、少しずつ距離をとっていった。

 

『お前たちは俺の邪魔だから消すことにしたが、言い残すことはあるか? せめてもの慈悲に、遺言を言うくらいの時間をくれてやるが』

「何者だ!?」

『答える必要性を感じないな。まあ、現状を認識できない無能竜のおたくらには丁度良いのかもしれないが』

「…………」

 

 男たちは無頭竜であると叫びたかったが、そのような事をする者はいない。例え相手が自分達の事を知っていたとしても、言えるわけがなかった。

 

『言いたいことはないようだ。ではさようなら』

「待て! 待ってく───」

 

 男が喋ろうとしたところで、次々と他の男たちが消え去っていく。

 男は何かの冗談なのかと、口を開けたまま呆然としていたが、腕の痛みに意識を無理矢理現実に戻された。

 

『お前を残した理由を聞きたいか?』

「お前の、目的は、なんだ……」

『無頭竜の情報を得るためだ。早い話がリチャード・孫の居場所が知りたい』

「何故おまえがその名前を知っている!?」

 

 リチャード・孫は無頭竜のトップであり、その存在は秘匿されてきた。

 その秘匿性の高さから、一番上は居ないという例えを用いて頭の無い竜───から組織の名前はきている。

 

『お前は質問する立場に無い。知っているか知らないか、それだけだ』

「───知って、いる……」

『お前が本当の事を言えば生き長らえることが出来るだろう』

 

 それからの質問に男は、最初は躊躇ったものの、ゆっくりとではあるが答えていく。

 それというのも、大量出血により意識が朦朧とし始めたためだ。一種の催眠術のように、男の思考を誘導し答えを引き出していく。

 男は譫言のようにそれに答えるだけだった。

 

『ではゆっくりと休むといい』

 

 その言葉を最後に、部屋からは誰もいなくなった。

 

 

 

 新人戦も半ばに入り、新人戦としては、僅かに第三高校が優勢なものの、得点としてはそれほど離れてはいない。

 その後の競技で十分に追い越すことの出来る点数差だった。

 今日はバトル・ボードとアイス・ピラーズ・ブレイクが行われる。

 選手や関係者は、いつ何が起こるとも不明なため、極度の緊張の中にいたが、例外もいる。

 その一人が、今から競技を行うほのかだった。

 ほのかの体調は、僅かに睡眠不足の気があるものの、コンディションとしては悪くない。

 

「調子はどうだ?」

「バッチリです!」

「───大丈夫そうだな」

 

 達也はほのかの様子を見て判断すると、CADをほのかに手渡す。

 ほのかはCADを受け取ると、イメージトレーニングとして、ボードの上に乗り、目を閉じて身構える。

 達也は邪魔をしないように開始時刻となるまで、その光景を静かに視ていた。

 

 ほのかのバトル・ボードは、達也の示した作戦により、スムーズに勝ちをおさめた。

 初戦は、スタート直後に閃光魔法を水面に放つことによって、対戦選手の視界を奪い、他の選手の視力が戻ってきた頃には、圧倒的な差を作り出す事に成功していた。この意図していなかった閃光に、選手たちは戸惑い、中にはボードから転落するものまで出る始末だ。

 この時、ほのかは遮光眼鏡を着用していたために、全く影響を受けず、そのまま他の選手との差を維持して予選を突破する。

 2戦目では、他の選手も同じ手は食らわないと、全員が遮光眼鏡を着用してきた。

 しかし、遮光眼鏡を着けたことにより、思わぬ落とし穴に陥る事になる。

 それは、遮光眼鏡により、視界が見にくくなること。

 日当たりが良いところではそれほどでもないが、影になった部分では、その場所がどのようになっているのか把握することができず、無意識で回避してしまうのだ。

 それにより、影になった場所ではコースを大回りしてしまい、練習によりその無意識の回避を克服したほのかに、内側から抜き去られたのである。

 決勝では、無理に影の部分に入り込んでいった選手が、壁の存在に恐怖してその速度を緩めたことにより、難なく優勝を果たしたのである。

 

「優勝おめでとう!」

「ありがとう!」

 

 これまでの事が嘘のように、何事もなく終わったことで、上級生は安堵し、下級生は喜びあう。

 しかしながら、裏の立役者である達也はこの場にはいない。

 ほのかが優勝を果たしてすぐに、アイス・ピラーズ・ブレイクの準備に取り掛かったからだ。

 アイス・ピラーズ・ブレイクで、達也が担当するのは1年生の雫とエイミーの2人。

 雫とエイミーは、達也の分析結果を、借りてきた猫のように大人しく待っている。

 

「エイミーは寝れてないようだな」

「いやー。緊張しちゃって……」

「まあ、この程度なら大丈夫だろう」

「あはははは……。ごめんなさい」

 

 笑っているところを達也に一睨みされ、エイミーはすぐに謝る。試合において勝つために必要な事を、実際に行う選手が疎かにしていては、勝てるものも勝てなくなる。

 その事を十分に理解しているからこそ、逆にエイミーにプレッシャーとなって、眠れない夜になったのだった。

 

「眠気防止は入れておくから、競技中に居眠りはするなよ?」

「さすがの私もそんなことはしないよ!」

「まあ、試合の合間に仮眠を取ることだ。それだけでも十分に眠気は取れる」

「誰も起こさなかったり……」

「ええ!?」

「雫は余計なことを言うな」

 

 舌を出して、おどけて見せる雫に、エイミーは驚きの声を上げてから、脅すようなことをいう雫に頬を膨らませて抗議する。

 

「今度は勝ちを頂くからね!」

「負けない」

「取り敢えず、二人とも後悔の無いようにな」

 

 達也は二人をたしなめて、部屋にいる生徒たちを見渡す。

 生徒たちの表情は昨日の事もあり、暗いものが漂っていた。

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