司波達也の日常 作:ネコ
九高戦が終われば、残りの夏休みを満喫しようと、生徒たちはそれまでに立てた計画を実行に移す。
達也の計画は、研究所で新たな起動式の組み立てを行う予定ではあったが、その予定を覆さなければならなくなった。
『達也は私の話を聞いているの?』
「もちろん聞いてる」
『では、今週の金曜日にはこちらへ来てもらえるわね?』
「それとこれとは話が別だ。大体、そちらに行って話す事なんてそんなにない」
『こんなに頼んでいるのに駄目なのかしら?』
「───分かった……。まあ、事後処理を色々と任せていたことだし、この程度の労力は仕方ないか」
『ああ。あの件ならいいのよ。色々と取引材料として使ったから。とても役に立ったわ』
「それはよかった。ということで、そちらに行かなくても……」
『駄目』
「…………」
『取り敢えず、あなたの今後についてだから、こちらに来なさい』
「分かった」
『車はこちらで手配するから、そうね……時間は10時でどうかしら?』
「特に問題ない」
『そう。では楽しみにしてるわ』
その言葉を最後に通信が切れる。
達也は面倒臭そうに顔をしかめると、仕事の続きに専念した。
通信相手は四葉真夜。
四葉家の当主にして、達也の叔母でもある。
斯く言うトーラス・シルバーの会社も、四葉から支援を受けて起業しており、無理な要請でなければ応えなければならない立場にあった。
当主に対して、通常ここまで馴れ馴れしい態度をしようものならば、その者には不幸な出来事が訪れる。しかし達也に限っては、例外的に許されていた。理由としては、達也の能力と四葉への貢献度、更には過去の実績を勘案された結果だ。
予定の一部が変わったことでスケジュールの見直しを行い、それまで黙って立ち尽くしていた亜夜子に声を掛ける。
「と言うわけで、今週金曜日については本家に行くことになったから調整しておいてくれ」
「はい。私も向かうことになっていますので、そこも含めて調整しておきます」
「亜夜子も呼ばれたのか?」
「はい。昨日連絡がありました」
「良からぬ事を考えてなければいいが……」
「そうですね……」
達也の表情は僅かに困惑しているものの、特に懸念事項があるわけでもなく、気軽に構えていたが、亜夜子の方は顔を真っ赤にして仕事に身が入っていないのが丸分かりな状態だった。
達也は亜夜子の表情が変わったことを見たものの、特に追求するでもなく、新しく作成している起動式に思考を移した。
達也の人生が変わったのは、未だに幼い子供の頃。
その日に、本来あるべき流れが覆され、全ての歯車が狂い始めたと言える。
その始まりは、手術室の中のような部屋だった。
部屋の中央のベッドに寝かされていた達也は、目を開き、ゆっくりと起き上がる。
その後、手を何度が握ったり開いたりを繰り返し、部屋の中を見回した。
部屋の中は清潔な印象を受けるほどの白で埋め尽くされ、ベッド以外には何もない。
あると言えば、1つの扉と、部屋を照らすライトくらい。窓もなく、まるで監禁するためにあるような部屋だ。
顔を左右に動かしていたところで、声が掛けられる。
『起きたようね。体調はいかがかしら?』
スピーカーから聞こえてくるような、機械的な音声の方向へ達也が顔を向けると、そこには一人の女性が音も無く立っていた。
部屋の中を見回したときには確かに居なかった筈の女性に、達也は僅かに眉をしかめ、その女性を上から下までじっくりと観察する。
そこで、音がしなかった原因に辿り着いた。
ほんの少しではあるが、地に足が着いていないのだ。しかも、女性の身体はよく見れば透けており、存在感が全くないことを示している。
興味深そうに観察するのみで、何も答えない達也に対し、女性は何かを言うでもなく話を進め始めた。
『モニタリングの状況でも身体に影響が無かったことは確認済み。視覚及び聴覚は先程の結果を以て良しとしましょう。そこから立ち上がってみなさい』
達也は言われるがままにベッドから立ち上がり、女性に向けて歩き始めた。
その歩みは遅いとは言え、女性との距離が近かったこともあり、女性が止まることを伝える前に、達也は女性の目の前まで来てしまう。
『止まりなさい!』
制止の声は間に合わず、達也は立ち止まり、その手で女性を触ろうとするが、女性に触れることは出来なかった。
何故ならば、達也の手は女性の体をすり抜けたからだ。
「幽霊か……」
達也が呟いた声は小さく、女性に届くことはない。
女性の方は、最初こそ慌てたものの、達也が何をしようと、自分には何もできないことを思い出し、恐怖の表情から打って変わり、余裕の笑みを浮かべ始める。
『達也はそのままベッドまで戻りなさい』
達也は女性へ頷くように頭を下げると、ベッドへ戻る。
女性は、達也がベッドに戻ったのを確認すると、ひと安心したように深く息を吐いた。
『これからの事を言いますからよく聞きなさい』
女性の言葉に反応し、達也はベッドに腰掛けて女性を見つめる。
『これからあなたは、深雪様のガーディアンとして行動をします。必要な知識は既にあるはずだから割愛しますが、これまで以上に鍛練は厳しいものとなることを覚えておきなさい』
女性の一方的な話に、達也は女性を見つめたまま思案に暮れていた。
(深雪……司波深雪。俺の妹であり、四葉の後継者候補……。なるほど……)
知りたい知識は始めから知っていたように達也の頭に過っていく。まるで頭の中に別の情報体が居座っているような不思議な感覚に陥るが、便利なことに変わりはない。
色々な言葉を検索し、自分の頭の中から新しい情報を得る。その情報を基に、言葉の意味を調べることを繰り返し、必要な事を粗方知り終えた頃には、女性の話も終わりを迎えていた。
『───あなたはここを出た後に、いつもの部屋で待機していなさい。話は以上です』
話を終えると共に、女性の姿は部屋から消え去り、静寂のみが残る。
(これは当分、言われた通りに動いていた方がよさそうだ)
達也は女性から言われた通り、ベッドから立ち上がると、部屋の外へ出ていく。
部屋の外で待ち構えていた人物は、達也の記憶で知る人物───この屋敷の執事である葉山だった。
「お待ちしておりました。私めが部屋までご案内いたします」
「よろしくお願いします」
達也は葉山へ軽く頭を下げると、葉山も頷き返し、踵を返して歩き始める。
屋敷の中は、あの部屋の中だけが逸脱していたようで、外観上は和風に染められた造りをしていた。
廊下に面した庭には庭園が設けられ、そこを流れる小川のみが音を奏でている。
静かで風流のある景色だが、達也には違って見えていた。
庭園を囲む壁の向こうに、虹色の輝きを見せるオーロラのような壁が、風に吹かれたカーテンのように揺らめいていたのだ。
このオーロラのような壁が、外からの攻撃を防ぐ他、屋敷を隠すカモフラージュになることを、達也は視ることで認識することができた。
それは壁の外だけではなく、屋敷の中にも所々張り巡らされており、屋敷の警備状態は、目では見えない堅牢な防壁で護られていることを窺い知ることができる。
「こちらです」
通された部屋は、洋室の一室。
その部屋の中に、達也は葉山に促されて入っていく。
飾り気のない部屋に、目ぼしい物と言えば机と椅子のみ。後は幾つかの棚が設置してあり、押し入れには布団と衣装タンスが置かれていた。
窓は無かったが、代わりに扉が二つあり、それぞれ風呂とトイレに繋がっている。
主要な物を見終わった達也は、葉山に顔を向ける。
葉山は一通り達也が見終わるのを待っていたようで、部屋の入り口に立ち、達也に向けて確認してきた。
「何かご不明な点など御座いますでしょうか?」
「外へアクセスするための機器はありませんか?」
「申し訳ありませんが、外部との接触防止のため、通信機器を置くことはできません」
「では、この屋敷の者との連絡手段は?」
「そちらにあります呼び鈴を鳴らしていただければ、係の者が出向くようになっております」
葉山の答えは、あらかじめ質問の内容が分かっていたかのように淀みがない。
「分かりました。他の事については、随時聞かせてもらいます。案内ありがとうございました」
「では、ごゆっくりお休みください。食事の時間になりましたらお呼びに上がります」
葉山は、静かに部屋を後にする。
達也は再び部屋の中を、先程とは違い詳細に確認していく。
(構造体が丸見えになるというのも考えものだな……)
達也の目には、部屋に仕掛けられた機械の数々がしっかりと見えていた。
どの機械がどのような役割を持っているのかを理解することは出来ていなかったが、確実に自分を監視する物であることは理解できる。
その日は、落ち着かない部屋の中で達也は就寝することになった。
翌日になり、早朝の四時に達也は目が覚める。
目覚めた理由は、達也の部屋に近付く気配が2つあったからだ。
その気配は達也の部屋の前で止まり、小さくノックをすると、中の確認もせずに音もほとんどさせることなく入ってくる。
侵入者は、一人が照明を付け、もう一人がその手に持った道具を広げて打ち鳴らした。
「起きなさい」
ベッドの前で鍋とお玉を打ち鳴らしながら、冷たい視線をベッドに向ける。
「何かご用でしょうか?」
自分達の後ろから掛けられた声に、侵入者の二人は固まり、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、二人が入ってきた入り口を塞ぐようにして立つ達也の姿があった。
「お、起きていたのなら話しは早いです」
侵入してきたのは、この屋敷に勤める侍女たち。
侍女は、達也を見て僅かに怯えながらも、達也に対して高圧的に言い放つ。
「五分で準備を行い部屋から出てきなさい。私たちは部屋の外で待っています」
「分かりました」
達也は、二人を気にした様子もなく、二人が出ていく前に着替えを始め、二分もせずに出てきた達也へ頷くと無言で廊下を進み始める。
着いた先は厨房で、そこでは既に朝食の仕込みが始まっていた。
その中を進み、達也が通されたのは、立食で食事を済ませる者たちがいる部屋だった。
食べていた者たちは、部屋に入ってきた達也たちを見て手を止める。
その視線からは嫌悪の色が見え隠れしていた。
「あなたの食事はこれです。今後はこの時間に自分で起きて朝食を取ること。注意事項として、食事は四時半になると片付けるので、それまでに来るように。食べ終わったら、オートメイションに掛けて、掃除と片付けをしてもらいます。場所はあの扉の先にあるので、そこにいる係の者に聞くように。慣れてきたら、範囲を広げていくからそのつもりで。それが終われば、部屋に戻って結構です」
侍女は言い終えると、達也を置いて立ち去っていく。
残された達也は、色々な視線に晒されながら朝食を取った。
朝食が終わってから達也が向かった先は、大量の洗濯物が積まれた一室だった。
そこにいた一人が部屋に入ってきた達也に気付き、面倒臭そうに声を掛ける。
「お前の分はそっちの隅にあるやつだ。服毎に直す場所が違うから、収納場所の入り口に書いてあるサイズを確認しろよ。それが終わったら玄関に行け」
「分かりました」
達也に課せられた量は、他の者から見れば少ない。それというのも、大半が人の形をしたロボットであったからだ。
人としてこの場にいるのは三人のみで、行っている内容は、ミスがないかのチェックと外からの連絡があった際の対応であり、互いに話すほどの余裕はあるようだった。
指示された物量を収納し、終わった報告を行うが、返事はない。
達也を横目で確認するのみで、コミュニケーションの拒否を雰囲気で表していた。
達也は気にせず、次に指示された玄関へ向かう。
玄関には幾人かの使用人がいたが、揃って達也を見ると、顔をしかめて目を逸らす。
その中の年長者と思わしき者は、渋々といった体で達也の対応をした。
その説明はこれまでと同様で、必要なことしか告げずに、それ以上説明することを拒否していた。
達也としても、余計な接触をしなくてすむと、寧ろ達也の方から進んでその境遇に甘んじる。
そうして今の生活に慣れてきた頃、達也は呼び出しを受けた。
呼び出してきた相手は、達也の叔母に当たる四葉真夜。
端から見れば、漆黒の長い髪に着物が良く合う美女だが、その口調や仕草、雰囲気などもあり、更には真夜の固有魔法も合わさって、極東の魔女などと呼ばれている。
呼び出された内容は単純明快であり、達也の妹である深雪と、挨拶を兼ねた顔合わせを実施するためだった。
部屋には、真夜とそのガーディアンである穂波。さして、四葉の執事である葉山が既に待ち構えていた。
「達也はそちらに」
真夜が指した方向は、中央のテーブルを挟んで葉山と対面に位置しており、入り口から入ってくる人物を囲むような位置を示していた。
達也は軽く頷くと、真夜の示した方向に移動し、葉山に向き直る。
「最近の調子はどうかしら?」
真夜から突如として掛けられた声に、達也は真夜へ顔を向けて答える。
「悪くはありません」
達也の答えはいたってシンプルであり、曖昧なものだった。
真夜は達也を見つめるが、達也の表情は鉄壁と言ってよいほど、真夜の視線を受けても小揺るぎもしない。
真夜は「そう」と相槌を打つと、視線を葉山に向ける。
「そろそろかと」
特に真夜が葉山へ何かを聞いたわけではないが、葉山は心得たもので、真夜の意図を理解し、すぐに返事をする。
その声が聞こえたわけではないだろうが、達也たちのいる部屋に、強大な魔法力を持つ者が近付いてきていた。
「失礼いたします」
数秒後。
扉をノックする音と共に部屋へ入ってきたのは、綺麗に着飾った少女だった。
髪を真夜と一緒で真っ直ぐに伸ばしており、その顔は作り物のような美しさと幼さがある。
しかしそれも、少女が醸し出す冷たい雰囲気で損なわれており、逆に見る者を恐怖に歪めるようなものへと変わっていた。
「良く来ましたね、深雪さん」
「お待たせしました」
深雪は部屋に入って一歩進むと、真夜に対して深く頭を垂れて謝罪する。
「気にする必要はありません。時間通りなのですから。私たちが早かっただけです」
「ありがとうございます」
真夜は深雪が再び下げた頭が上がるのを待ち、話を切り出す。
「来年から深雪さんも小学生となりますね」
「はい。頑張って勉強してきます」
意気込みを語る深雪に、真夜は微笑みを返し、壁際に立つ達也へ視線を僅かに向けてから深雪に再び戻した。
「学校に行くと言うことは、この屋敷の外に出るということ。外は、こことは違って多くの危険があります。それは分かりますね?」
「はい」
「そのため、あなたには今日からガーディアンをつけます。外に出る時は必ず連れていきなさい」
「分かりました」
深雪は分かっていたのだろう。真夜に返事をすると、その視線を達也に向けた。
真夜もその視線を達也に向けて挨拶をするよう促す。
「深雪さんのガーディアンである達也よ。達也挨拶なさい」
「司波達也です。よろしくお願いします」
達也の挨拶に、深雪は不快げな目を向けるが、それは一瞬のことで、すぐに表情を繕い頭を軽く下げる。
「司波深雪です。よろしくお願いします」
挨拶が済むと、部屋には静寂が訪れた。
通常であれば、挨拶の続きを話すような場面だが、双方共に自ら話そうとはしない。
真夜はそんな二人を見て話しを切り出した。
「挨拶も済んだことですし、このまま昼食としましょう。葉山さん、準備をお任せしてもいいかしら?」
「承知しました」
葉山は折り目正しく返事をすると、深雪の後ろを通り部屋を出ていく。
残された者たちは、静かに部屋にいる者を観察していた。
昼食の準備は、最初から出来ていたようで、そう待たずして再び葉山が戻ってくる。
案内された先には、十人ほどが座れる長方形のテーブル席があった。
テーブルの一番奥の椅子を穂波が軽く引き、そこへ真夜が座ると、部屋に入って立ち尽くしていた達也と深雪に声を掛ける。
「深雪さんはそちらに座りなさい。今日はそこまで煩くマナーについて言うつもりはないから、達也もこちらへ座りなさい」
二人は指示された席は真夜の両隣の席であり、座ることで否応なく達也と深雪は顔を会わせることになる。
二人は座席に座り真夜に顔を向けた。
「初めてだから仕方ないかもしれないけど、二人ともまだ表情が固いわね。この時間はお互いを知っておく良い機会だから、色々と聞いてもらえれば答えるわ。極力お互いに聞いてほしいけど、そのような雰囲気ではなさそうですしね」
真夜は二人を見て、口許を扇子で隠しながら答える。
達也は元から、表情が動くことがほぼないため、何を考えているのか不明だが、深雪の方は分かりやすく、不機嫌さを隠しきれずにいた。
「深雪さん。何かあるかしら?」
「はい。教えて欲しいのは、ガーディアンが司波と言ったことです。私とはどのような関係なのですか?」
「初お披露目だから知らなくても当然ね。彼は貴女の兄に当たる人よ」
その言葉を聞き、深雪は達也に顔を向けて見つめる。予想はついていたのだろうが、改めて言われたことで、自分とは似ていない兄と言われる人物を再度確認していた。
「達也の方からは何かないかしら?」
「特にありません」
「そう。深雪さんは他にある?」
達也の回答を予想していたのだろう。真夜はそれ以上問うこともなく、深雪に視線を戻す。
「ガーディアンの歳は幾つでしょう?」
「達也。答えなさい」
深雪は本人が目の前にいるにも関わらず、真夜へ質問する。しかし、真夜は自分に向けられた問いには答えず、達也本人に答えを求めた。
「六歳になります」
達也の答えに、深雪の目が開かれる。
見た目が幼いだけで、もう少し上だと思っていたのだろう。その後、深雪は下を向き、手を両足の上で握りしめる。
その様子を見て、真夜からフォローが入った。
「深雪さんが心配するのも分かるけど、護衛という事で言えば達也以上の者はそういません。足りない部分はこちらで補いますから、それほど心配しなくても良いわ」
「……分かりました」
深雪は顔を上げる。深雪のその表情は、氷の仮面を付けているように見えた。
達也が深雪のガーディアンになったからと言って、達也がいつもとやることは変わらない。早朝に起き、ご飯を食べて働き、深雪と共に学校へ通う。
学校には、四葉邸から車で仮の家まで送迎してもらうことになっているため、それほどの距離を歩くことはない。
学校の生徒は場所が場所だけに、人数も少なく各学年二十人もいないため、それほど騒がしくもなかった。
学校が終われば帰宅し、達也は自らの鍛練に当てる。 現状で達也に不満があるとすれば、ネットワークにアクセスするための機器が使えないことだろう。それ以外では、概ね平和な日常に、文句など出ようはずもない。
そのような生活を送っていたある日。
それは、学校の帰り道での出来事だった。
「もう少し周囲を気にしたらどうです」
二人きりになって、初めて深雪から掛けられた言葉がそれだった。
達也がガーディアンになってから数年間。ずっと我慢していたのだろう。深雪の言葉は、叱責を含んだ形をとって達也に向けられる。
しかし、達也に堪えた様子はなく、寧ろ急に何を言い出すのかという気配を醸し出していた。
「これだけ周囲に見張りがいる中で何を気にしろと?」
深雪はその言葉で、周囲を見渡すが誰もいない。
ちょっとした片田舎であるため、視界を遮るものはほとんど無いのだ。にもかかわらず、周囲に見張りがいると言われても、全く信憑性がないに等しい。
深雪は達也にバカにされていると感じ、拳を握りしめて達也を睨む。
「……嘘を吐くと───」
深雪が言い終える前に、達也は近くの茂みに右手を向けた。その直後、達也の手から放たれた魔法により、 茂みと同化して隠れていた者の姿が露になる。
「これで満足か?」
姿を隠していた者は、見破られるとは思っていなかったのだろう。達也たちを見上げたまま、その場から動けずにいた。
深雪は、達也のしたことに驚くが、これ以上の醜態はさらすべきではないと、顔を赤くして下を向くと、なにも言わず、家へ向けて足早に進み始めた。
達也は呆けている者へ軽く頭を下げてから、深雪の後に続いて歩き出す。
この時のことを切っ掛けにして、深雪の中で少しずつ達也に対する意識が変わり始めていた。
小学校の教室の中。
教壇の前に立つ先生の質問に対して元気よく答える子供たちに交じり、温度差の違う二人がいた。
その二人とは司波兄妹である。
達也たちが入学した当初は、その容姿が全く似ても似つかない事から、赤の他人ではと話されていたが、それも今では変わってきていた。それと言うのも共通しているところがあるからだ。それは、二人ともが揃って言えること───クラスから浮いているということだった。
兄の方は、皆がやっている教科書を開くこともなく、辞書を片手に違う言語の勉強をしており。妹の方は、誰とも交わる気が無いとばかりに、周囲のやり方に同調せず、静かに座って先生の話しを聞いている。
妹の方はともかく、兄の態度には、先生の方で注意をしていたが、その後授業に加わった達也に、ミスがある度指摘され、それが数日続いたところで流石に根負けしたという経緯がある。
それ以降、達也が違うことをしても咎められることはなく、むしろ腫れ物を扱うように先生たちも関わることを止めた。
深雪の方は、指名すれば達也同様に完璧な答えを言うため、先生としてもあまり当てたりはせず、分かっていなさそうな子へと当てることが多くなっていた。
それにより、二人は更に浮いた存在になってしまったのである。
学校の授業が終われば、二人揃って家に帰るが、帰っている最中、二人の間に会話などは一切ない。
客観的に見れば赤の他人に見えるだろう。
そのような生活は、更に数年間続いた。