司波達也の日常   作:ネコ

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第15話

 狭苦しい機内から解放されて、身体を解しながら荷物を詰めた旅行鞄を持って降りた先は、暑い日差しが降り注ぐ空港だった。

 暑いのは外のみで、空港内は空調が整っており、過ごしやすくなっているため、達也たちが直接日に焼かれることはない。

 達也は壁に設置された時計を確認し、腕時計と見比べる。

 予定の時間まで後数十分。その間は完全にフリーで行動できる。

 達也はお供を連れて空港内の店を巡り暇を潰すことにした。

 

「穂波さんは何か買わないのですか?」

「これから移動するため、余分な荷物になるものは買えません」

「護衛ではないんですから気にすることはないですよ」

「これは性分です」

 

 穂波はきっぱりと断り、荷物を持って達也の後に続く。達也はそれ以降に、買い物を勧めるようなことをせず、店を回って小物を幾つか買っていく。

 

「達也様。そろそろお時間です」

「もうそんな時間ですか」

 

 穂波の言葉に、達也は着けていた腕時計へ視線を落とし時間を確認する。

 時刻は昼前。

 周囲を見渡せば、飲食店の方へ人が流れており、観光客用の店に居る人は少なくなってきていた。

 

「では、向かいましょう」

「手荷物をお持ちしましょうか?」

 

 穂波の視線の先には、店で購入した物品が幾つか、ビニール袋に入って達也の手からぶら下がっていた。

 特に多いものではなかったが、主である達也を気遣い、目に入る度に声を掛けているが、達也からの返答は変わらない。

 

「自分の物は自分で持ちます。それに見た目ほど重くはないので大丈夫です」

 

 達也は穂波の言葉を断ると、そのまま目的の方向へ進み出した。

 穂波もそれ以上は何も言わずに達也の後に続く。

 

 空港内にある掲示板に、達也たちが待っている飛行機が、予定通り到着したことが表示される。

 待ち合わせの相手は、他の乗客に先じて、ゆっくりと歩いてきた。

 達也はゆっくりと歩いてくる相手に近付いていき、軽く頭を下げる。

 

「お久し振りです」

「久し振りね。達也」

「お待たせしました、達也様」

「……」

 

 達也の前にいるのは、四葉の当主である深夜と、そのガーディアンである葉山。深夜の後ろには深雪とその少し後ろに見知らぬ少女が立っていた。

 達也の挨拶に対して、興味がないように答えたのは深夜で、深雪に至っては軽く頭を下げるのみであり、返事さえない。

 葉山が、深雪の後ろにいる少女に目配せし達也に視線を戻すと、主の代わりに話し始めた。

 

「初めての者もおりますし、挨拶をしてから移動しましょう。櫻井さん、前へ」

 

 深雪の後ろに控えていた少女は、持っていた荷物から手を離し、少し前に出る。

 

「櫻井水波と言います。深雪さまのお付きです。よろしくお願いします」

「司波達也です。よろしく」

 

 深々とお辞儀をする水波に、達也は軽くお辞儀で返すと、後ろにいる穂波に視線を向けた。

 穂波は達也の視線に気付き、軽く頷く。

 

「では、移動しましょう」

 

 葉山が空港の外へ歩き出すのに合わせて、他の者も後に続いた。

 移動している最中であっても、葉山の説明は続く。

 

「真夜様は急遽来れないことを非常に残念がっておいででした。その分、皆様には楽しんでいただくように、との御言葉を頂戴しております」

「来れませんでしたか……」

「───何か不都合でもあるのかしら?」

 

 達也が珍しく残念そうな言葉を口にしたことに、深夜は気になり達也に問う。

 

「そうですね。葉山さんと水波も居ますのでなんとかなる、とは思っています」

「どういう事でしょう?」

 

 自分の名前が出てきたことで、水波までもが達也の言葉に興味を示す。

 現在のメンバーは四葉に連なるものが6人。

 達也たちの素性を知る者が居れば、接触しないように離れていくのは間違いない。喧嘩を売るような輩がいるとは考えられなかった。

 

「軍が近郊で演習を行っていますか?」

 

 水波の問いには答えず、達也は葉山に確認する。

 葉山の答えは達也の考えていた通りだった。

 

「名目は演習ですが、私たちの警護も兼ねて依頼しております。演習はしばしば行われていますので、それほど不自然には見えないと思ったのですが……」

「近日中に戦闘───もしくは戦争に近い形の事が起きそうだと思っただけです。その際には、守りが厚い方が良いでしょう?」

 

 深夜と水波の質問に遅れて答えるが、全くといって良いほど納得できる回答ではなかった。

 

「達也。あなたの説明には肝心な部分が抜けています。何故、戦争が起こると考えたのかを述べなさい」

 

 若干苛立ちを含んだ声に、達也は臆した風もなく淡々と言って退けた。

 

「ただの勘です」

 

 達也の言葉に車内は静まりかえる。

 水波だけが達也の一言を信じてはいなかった。しかしそれも無理はない。達也と会ったのは今日が初めてなのだから。ただ残念なことに、達也の勘が外れたことはなかった。

 

 真夏のビーチには、晴天にも関わらず、ほとんど人影は見えない。

 それと言うのも、このビーチは軍関係者以外立ち入り禁止のプライベートビーチだからだ。

 それでも極僅かに人がいるのは、軍のコネを利用したり、その家族であったりするためだった。

 そんなビーチで一人。かなりの速度で泳ぐ姿があった。言わずと知れた達也である。

 泳ぐ達也の肉体は、室内に籠っていたのか疑わしいほど鍛え込まれており、無駄な脂肪など全く見当たらない。

 その身体の色は、日焼けをしていないため肌白く、太陽の元で活動していない事の証明となっている。

 一方砂浜では、シートにパラソルを立てて、深雪たちがそんな達也の姿を、特に何をするでもなく眺めていた。

 深雪たちはパーカーを羽織っているが、その下には水着を着込んでいるため泳ぐことは可能。しかし、3人がパラソルから出て泳ぐ気配はない。

 

「かなり早いですね」

「そうね」

 

 達也の泳ぎを見ていた現ガーディアンと元ガーディアンの二人は、見た目はただ泳いでいる達也を見ているだけのようであったが、自分の職務を忘れることなく、周囲の警戒を怠ることはない。

 そのため、自分達に近付いてくる男たち3人組に気付きつつも、素知らぬ顔で達也を見続けていた。

 

「へい! 彼女たち! 俺たちと一緒に遊ばないか!?」

「お断りします」

 

 穂波は視線を向けもせずに間髪入れず即答すると、少しだけ男たちを見て、すぐに視線を達也に向け直す。

 話し掛けてきた男たちは、肉体を見せつけるように海パンひとつであり、他に装着している物はサングラスだけといった出で立ちだ。

 場所と姿を見れば、軍の関係者であることは容易に想像がつく。

 男たちは穂波に断られたからといって簡単に諦めることはなかったが、深雪たちの目には、ある人物しか無いことに気付き、それ以上の声掛けは効果がない事を悟って、興味の対象を変えるために、矛先を変えた。

 

「よし! それなら俺たちが彼に勝ったら付き合ってくれよ!」

 

 条件を勝手につけて言い終えると、男たちは海に向かって走り始める。しかし、間が悪いと言うべきか、丁度、時を同じくして、泳ぐのに満足した達也が、浜辺に上がってきたところだった。

 

「もう上がるのか? ちょっとばかし、俺たちに付き合ってもらいたいんだがな」

「……」

 

 達也が何か言うことはなく、男たちの間を素通りしていく。

 

「おい! ちょっと待て!」

 

 完全に無視された男は、達也を引き留めようと、その肩に手を伸ばして掴もうとした。

 しかし、達也を掴もうと近付いた男は、次の瞬間には地面に寝ており、空を見上げて目を瞬かせている。

 

「何しやがった!!」

 

 一人が何かされたと感じた二人は、警戒感を露にして達也を挟むように飛びすさる。このあたりの行動は、軍で鍛えられていると感じられるだろう。

 達也は路傍の石のような扱いで、二人を無視して先に進みはじめた。

 そんな達也に、二人の男は同時に襲い掛かる。

 二人には、仲間の一人が一瞬の内に倒されたことで、一般人を襲っているという意識は完全に無かった。

 それまで、見向きもしなかった達也が、二人の動きに合わせて流れるように移動する。

 達也の移動は、砂場の上であることを全く感じさせるものではなかった。

 二人は達也を追うようにして、足を踏み込んだところで、二人同時に砂浜へ倒れる。

 達也は疲れた様子も見せずに深雪たちのパラソルまで戻ると、穂波からバスタオルを受け取り、頭を拭き始めた。

 

「今のは何かしたのですか?」

「ただのフェイントと、ピンポイントで顎を打っただけです。暫くは起きないでしょう」

 

 穂波の問いに、達也はバスタオルを返しながら答え、代わりにスポーツドリンクを受け取る。

 小一時間泳いでいたが、達也の表情に疲れの色は見えない。

 そこで、最初に倒された男が立ち上がり、二人に駆け寄ると、怪物を見るような目で達也を見つめる。

 自身は不可解な技で倒され、同僚の二人に至っては、反応できない速度の攻撃。そのことにより、敵愾心よりも恐怖の方が男の心中では勝っていた。

 

「それよりも、折角水着で来たのに泳がなくてよかったのですか?」

 

 男の思いは兎も角、達也の意識の中に、男たちの事は既になかった。それよりも関心は深雪たちに行く。

 

「達也様。先ずは私達の水着姿を見て言うことはないのですか?」

 

 穂波の言葉に、達也は改めて穂波の水着を見る。

 穂波の水着はビキニタイプの上と下が別れたものを着ており、名前に合わせたのか水色に花がポイントで入っていた。

 深雪と水波も同様のタイプで、深雪は真っ白な生地に青のラインが入ったもの。水波はピンクの生地に白のラインが入ったものをそれぞれ着ている。

 

「そうだな……。今着ているものは、泳ぐのに適してはいない……かな」

 

 達也は納得すると、飲み終えたスポーツドリンクを穂波に手渡す。

 穂波は溜め息を吐いて、露骨に首を振った。

 

「違います。こういうときの男性は、女性の姿を見て真っ先に似合っている、等の声を掛けるものです。機能にばかり目がいっていては、視野狭窄と言わざるを得ません。今一度チャンスをあげますから、言ってみてください」

 

 穂波は羽織っていたパーカーを脱ぎ、仁王立ちになって両腰に手をやると、胸を張って達也を見る。

 達也は困ったように頭を掻くと、視線を深雪や水波に向ける。

 深雪たちも穂波の意見に賛同するように、わざとらしく達也を見ていた。

 

「俺にセンスを求められても困ります。何をもって似合っているとするのか、その判断基準となるものを明確にしていただければ答えられるのですがね……」

 

 穂波は予想通りだったのだろう。落胆した表情で達也をたしなめる。

 他の二人に至っては半眼で達也を睨んでいた。

 

「そういうことではありません。このような状況の時は女性を立てるものです」

「それを立てる側の貴女が言っていては世話ないですね」

「そういうことを言わない!」

 

 達也たちが言い合っている間に、倒された男たちは姿を消していた。

 

 夕食の時になり、皆が一同に会した場で、達也は深夜からあることを告げられる。

 

「達也」

「なんでしょう?」

 

 達也は食べていた箸を置き、深夜を見る。

 

「貴方に軍から招待が来ています」

「なるほど」

「なるほど、ではありません。何時もの事ですが、あなたは一体何を考えているのです?」

「それについては、後程お話しします」

「───はぐらかしたりせず話すのですね?」

「はい」

 

 これまでと打って変わったように返事をする達也に、深夜は取り敢えず、といった風に話を戻した。

 

「では、この夕食が終わり次第、私の部屋に来なさい。そこで話を聞きます。後、軍の方はどうするのかしら?」

「あまり興味は無いのですが……」

「そう……」

 

 深夜は特に何を言うでもなく、食事を再開する。

 既に深夜の頭の中では、達也に対して何を聞くべきという事が駆け巡っていた。

 

 夕食後に部屋へ呼ばれたのは達也のみ。

 深夜のいる部屋はVIPルームに相応しく、シンプルながらも金の掛かっている部屋だった。

 深夜は部屋の中央にあるテーブルにつき、リラックスした格好で達也が来るのを待っている。

 達也は葉山に促されて、深夜の対面にある椅子に腰掛けると、改めて深夜を見た。

 

「堅苦しい言い方はしなくていいから、本当のことを話しなさい」

 

 達也が席につくと、深夜は前置きで達也に釘を指す。

 今まで散々はぐらかされてきた事もあり、深夜は少々気が立っていた。

 

「勿論そのつもりです」

 

 深夜が達也を半眼で睨み付けると、達也は肩をわざとらしく上げて、言い直す。

 

「場を和ませようとジョークを言っただけだから、それほど怒ることもないだろ」

 

 今までの達也とは思えない軽い口調に、葉山は驚きのあまり、ポットを持ったまま立ち止まり目を見開く。

 

「葉山さんは初めてだったわね。これがこの子の正体よ」

「正体とはひどい言い方だ。どっちも俺であり、片方だけを否定されるものじゃない」

「そのような戯れ言が聞きたくて呼んだのではありません」

「それではどうぞ」

 

 達也の不遜な態度に、深夜は文句を言うでもなく質問をした。

 

「……あなたは一体何者です?」

 

 この問いに驚いたのは、聞かれた達也ではなく葉山だった。

 これまでの成長記録などを見ても、達也が変わったということは記されていない。

 それにも関わらず、深夜が達也は別人だと言ったことに、驚きを隠せずにいた。

 

「生まれたての頃に一族から殺されかけ、当時の四葉家当主の判断から戦闘を仕付けられ、挙げ句には精神構造を母親に弄られた事により生まれた人格? が一番しっくりくるかな」

「……」

 

 達也の言葉で、部屋に緊張がはしった。

 本来であれば、達也が預かり知らぬ事を当の本人が知っている。

 深夜の方ではある程度予想できてはいたのだろうが、本人の口から聞くことになるとは思ってもいなかったようで、黙りこんでしまう。

 その後の沈黙により、達也に対する緊張感や警戒心が高まっていく。

 そんな二人を見て達也は笑いだした。

 

「何がおかしいというの?」

「何故そんなにも警戒するのか考えると、二人とも殺伐とした世界で生きてきたんだと実感しただけ。特に深い意味はない」

 

 深夜は不満気味ではあったが、質問を続ける。

 

「あなたの知識はどこから来たものかしら?」

「深雪との繋がりを作ることで、枷を付けようとしたあの日に得た。完全記憶力は凄まじいと実感したのもあの時だな。最初はホログラフィーを見て幽霊と見間違えるくらいには記憶が混乱していたし、一つ一つ理解するのに時間がかかったなぁ」

「要点を纏めなさい!」

 

 深夜は達也の愚痴のようになり始めた話を遮る。

 達也の愚痴に付き合うつもりは毛頭なかった。

 

「要は精神を弄られたことで、過去と未来の知識を得たと言うことですよ。まあ、既にこうして話している時点で、俺の知識とは違う平行世界に進んでいる訳ですがね」

 

 達也の言葉に、部屋にいる深夜たちは絶句するしかなかった。

 世界の情報を覗き見ることができる、とある機械など問題にもならない。

 ただでさえ達也は戦略級魔法師としての力を有しているのだ。それに加えて未来知識も付与されているとあっては、未来を全て達也に握られていると言っても過言ではない。

 

「───あなたの願いは何?」

 

 この化け物をどうすべきか。

 

「俺の願いは、何者にも脅かされることなく普通に暮らすこと」

 

 深夜は四葉家当主として、判断を下さねばならない。

 

「どうして、今頃話す気になったのかしら?」

 

 味方につけるように尽力するか、敵対しないように尽力するか。

 

「もうすぐ貴女が死ぬから」

 

 深夜の考える時間が、少ないことを宣言された。

 

 結局、達也の要望は聞き入れられることなく、深夜のお願いと言う名の指示により軍の施設に赴くことになる。

 達也は特に文句を言うでもなく、その指示を聞き入れた。

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