司波達也の日常   作:ネコ

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第16話

 深夜に指示された翌日。

 達也はホテルのエントランスに向かうと、達也が来るのを待っていたように、フロアに設置してある応接用の椅子から数人が達也を見て立ち上がる。

 今朝になって急遽連絡があったことだが、軍の施設には達也だけが行くわけではなく、深雪たちもついて行くことになったのだった。

 ただし、深夜だけは用事があると言って、ついてくることはなかったが……。

 軍の施設はホテルから近いところにあり、車で五分程度の移動で済む。

 広大な敷地の中を進み、厳重そうな壁の手前で車を降りる。

 壁は高さが五メートルはあり、一般人が簡単に入れないようになっていた。

 壁に設置されたゲートの守衛に、達也は目的を告げて許可を貰うと、ゲートを潜って中に入っていく。

 

「どうしてついてきたんだ?」

「私は軍の施設が見たかっただけです。あなたについて行くわけではありません」

 

 達也は歩きながら振り向くことなく、深雪に問い掛ける。

 深雪は口で反論しているものの、その視線は軍の施設よりも前を歩く達也に向いていた。

 深雪は達也を意識していることを隠しているつもりだったかもしれないが、達也にはバレており、他の二人にも深雪の言葉が、そのまま本心ではないことが、その行動から分かっていた。

 前を歩く達也たちの更に前には、ゲートのあった場所から軍の者が案内をしており、迷路のような施設内部を迷うことなく進んでいく。

 そうして通された部屋には、勲章を幾つか着けた体格の良い男が、数人に囲まれるようにして立っていた。

 

「よく来てくれた。私の名は風間と言う。階級は大尉だ。この基地では教官を兼務している。先日はここの部隊の者が迷惑を掛けた。───3人は前に出ろ!」

 

 教官と言うだけはあり、風間の怒鳴り声は、その場にいる者たちの身体に響いた。

 そして、身体を強張らせた3人が達也の前に姿を表す。

 

「「「先日は失礼しました」」」

 

 そう言って3人は頭を下げる。

 

「いえ。こちらも少々大人気なかったと思います」

 

 達也の言葉に、再び周囲がざわめきだした。

 捉え方によっては、挑発しているように聞こえる。実際、達也としてもそのような意図があって言っているのだから、底意地が悪いと言えるだろう。

 

「名前を伺っても良いかな?」

 

 達也を知らないものたちばかりの中でやってのける達也の胆力に、風間は興味を引かれたように訊ねた。

 

「司波達也と言います。後ろに連れているのが───」

「司波深雪です」

「櫻井穂波と言います。以前は陸軍の方に所属していました。よろしくお願いします」

「櫻井水波です。よろしくお願いします」

「ありがとう。それでは……施設の方を案内をさせたいのは山々だが、血気盛んな者たちが多くてね。少々我々の運動に付き合ってはくれないか?」

 

 風間の側に立っていた者たちはそうでもなかったが、その周囲にいる者たちからは、達也に対して明らかな敵意が溢れだしていた。

 今にも風間がいなければ襲いそうな剣幕に、風間は呆れたように周囲の者たちを見る。

 風間は、達也とその者たちの実力差を見抜き、その差が分からない者たちを呆れたように見ていたのだった。

 

「構いません。深雪たちはどうする?」

「私は───」

「私たちも御一緒させて頂きます。同じ施設内を見て回るのでしたら、一緒に回った方が効率的ですから」

 

 穂波は深雪の迷いを含んだ言葉を遮り、行動を決める。

 深雪は自分の発言が遮られたことに怒る訳でもなく、「そうですね」と肯定を示した。

 

「では部下に案内させましょう」

 

 風間の視線を受けて側に立っていた男が頷くと、達也たちの前に進み出る。

 

「自分は真田と言う。階級は中尉だ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 達也は真田から差し出された手を握り返し挨拶をすると、真田は何がわかったのか笑顔になり、案内を始めた。

 

「変な騒動に巻き込んでしまってすまないね」

「構いません。折角の機会ですから、良い経験として行動するだけです。施設の中を見るだけでは面白くありませんから」

 

 真田は目を大きく見開き、達也を見ると笑い始めた。

 

「あっはっは! そんなことを言う人は珍しいね! 実に良い! どうだい? うちのところに来ないかい? うちのところは人数が少なくて癖が強いのが集まってるけど、君みたいに面白い人が多いよ」

「学生の内は自由を満喫したいのでお断りします」

「うーん。振られちゃったか。でもその言い方だと、まだ希望はあると見て良いのかな?」

「未来はどうなるか分かりませんから」

「それもそうだね」

 

 ここに深夜が入れば、どのような口がそのようなことを言うのかと思ったかもしれないが、ここにいるのは一部を除き、誰も達也の事を知らぬ者たちばかり。

 達也の言葉は、そのまま受け流された。

 

 一般的な体育館よりも広い空間で、軍の訓練は行われていた。

 その中には、達也にも見覚えのある顔が数人ある。

 

「準備運動はいいかな?」

「何時でも動ける様にしていますので、今からでも構いません」

「りょーかい。……数人ほど連れてきてくれ」

 

 真田は脇に控えていた男に声を掛ける。

 男は真田に敬礼し、達也を睨み付けるようにしてその場を立ち去った。

 

「すまないね。どうも思うところが色々とあるようなんだ」

「その辺りは気にしません。ただ、こちらからもお願いしたい事があります」

「なんだい? 審判ならば僕がするから安心してくれていい。急所を狙う攻撃についても禁止するから───」

「そうではありません」

 

 達也は首を振り真田の懸念を否定する。

 疑問に首を傾げる真田に達也は要望を告げた。

 

「風間少佐の左側に立っておられた方との組手をお願いできませんか?」

「少佐の左側と言うと……彼か……」

 

 真田は難しい顔をしたが、懐から携帯取り出しボタンを幾つか押す。

 数秒とせずに電話を掛けた相手が出た。

 

『何のようだ? 今は案内を任されている身だろう』

「その通りなんだけどね、その案内をしている彼からの要望でね。君との手合わせを希望しているんだ」

『……そうか───すぐに向かう。第一演習場で間違いないか?』

「ああ。頼むよ」

『分かった』

 

 真田は電話を切ると、達也に向き直った。

 

「ご要望の人はもうすぐ来るけど、それまで待っておくかい?」

 

 真田が向けた視線の先には、達也の相手となる者たちが横一列に並んで待っていた。

 その数は9名。

 確かに、真田の言った「数人」の枠内だが、常識知らずと言われても仕方がない。

 しかし、達也の返答は真田の予想を超えていた。

 

「その9人は同時と言うことで良いですか?」

「いや。流石にそれは止めておいた方がいい。いくら君が強さに自信があると言ってもだね───」

「良いではないですか真田中尉。本人が求めているなら答えてやるのが筋と言うものでしょう」

「余計なトラブルはごめん被りたいんだが?」

「しかし、彼は既にやる気のようです」

 

 横一列に並んでいた男たちは、達也を半ば囲むように展開しており、いつ始まってもおかしくはなかった。

 

「ああ、もう。仕方ない。取り敢えずお前たちは急所への攻撃を禁止とする。なお、彼が意識を失った場合も止めるのでそのつもりで……達也くん準備はいいかな?」

「何時でも」

「それでは……開始!」

 

 真田の言葉を合図にして、四人が同時に達也へ飛び掛かるが、他の四人は構えたのみでその場から動こうとはしない。それに対して達也の方もただ待っているわけではなかった。

 軽い動作で飛び掛かってくる一人に向けて飛ぶ。

 囲んでいた対象が動いたことで、達也が向かった先の男が僅かに動揺する。しかし、それは一瞬のことで、男は達也との間合いを測り直して拳を握りしめた。

 しかし、達也に対してその一瞬が勝敗を分けることになる。

 男が体勢を整え、拳を握りしめた瞬間、更に達也は地を這うように加速した。そして、すれ違い様に男の足を引っ掛け、体勢を何とか保とうとした男の背中を更に蹴りつけて、その反動を利用し構えもせず様子見をしていた一人に肉薄する。

 背中を蹴りつけられた男は、達也に襲いかかった他の男の一人と激突し、双方ともに顔を押さえて蹲る。

 肉薄してきた達也に対して、心構えは出来てはいたが、その速度は男が想定していたものを超えていたのだろう。全く反応できていなかった。

 今のところ達也は魔法を使っていない。

 それにも関わらず、その速度は加速術式を使ったかのような速さだった。

 男は達也の速度を殺すために捕まえようと手を伸ばすが、達也は嘲笑うかのように回避すると、その両手首を掴んで足を蹴り上げる。

 達也の爪先は男の顎を掠め戦闘不能にすると、男の体を壁にして再び元の位置に向けて蹴りつけた。

 達也に迫ってきているのは二人。

 二人はそのままの速度で、達也にタックルをするが、それこそ達也に都合がよかった。

 男たちが飛んだ瞬間に合わせて、達也は一人に狙いを絞るとわざと一人の男の懐に入り込む。

 そして達也を掴んだ男は笑みを浮かべたが、その次の瞬間には意識を失っていた。

 達也がしたのは背負い投げ。

 頭から激しくぶつかった男はすぐに意識を失ったのだった。

 タックルを掛けたもう一人は、達也が寝ている男の上から起き上がるのを見て再度タックルを掛ける。

 しかし、男は逆上していたために、何故一緒にタックルを掛けた男が寝ているか分からなかったのだろう、前の男と同様に懐に潜り込んだ達也によって意識を刈り取られた。

 残った者は男3人と女が1人。

 達也の様子を見逃すまいと目を見開き、どの方向にも対応できるように重心を低く取っている。

 達也は4人が動かないことを悟ると、今度は自らが行った。

 手始めに一番近くにいた方へ走る。

 男は一発もらう覚悟なのだろう。達也が近くに来ても動かずにガードの構えを崩さない。

 達也はそんな男の心情など気にもせずに、呆れた目を向けて男の側頭部に掌底を叩き込んだ。

 そして崩れ去る男を無視して次の者に向かう。

 結果からして、一対一で達也に敵うものは居なかった。

 倒し終えたところで、達也に拍手が送られる。

 

「大したものだ。余程の鍛練を積んだと見える」

 

 拍手をしたのは真田が呼んだ───達也の望んだ相手だった。

「貴方ほどではありません。恐らく今の俺では貴方に勝てないでしょう」

「ほう、それでも俺が相手をすることを望むというのか?」

「今の自分がどの程度なのか知るには良い機会ですから」

「なるほど。俺は計りと言ったところか……」

「胸を貸していただきます」

 

 達也は摺り足で慎重に男との距離を縮めていく。

 男はそれまで浮かべていた笑みを引っ込めると、自然体で達也に相対した。

 達也と男の距離が五メートルを切ったところで、達也が止まる。

 双方ともに動きはないが、それは場所だけの話。

 達也はエレメンタルサイトを駆使して男の動きをつぶさに観察し、先手を取るため高速で思考を続けていた。

 男の方も達也の隙を作ろうと、僅かに体を動かし偽の情報を送り続ける。

 数分が経った頃。

 達也の顔には汗が浮かび、対する男の方にも疲れが見え始めた。

 先に動いたのは達也。

 一瞬にして距離を詰めると、鳩尾に向けて左拳を突き出す。

 しかしそれはフェイントであり、その左拳で相手を掴み、引き寄せる速度を加えての右拳によるフックがメインだった。

 しかし、その突きは男の服を掴んだ瞬間に解除された上、そのまま遠くへ投げ飛ばされる。

 達也は投げ飛ばされるままになっていたが、地面に着く前に体勢を立て直し、受け身を取った。

 そして静かに立ち上がる。

 

「ありがとうございました」

「こちらも良い訓練になった。しかし、あそこから受け身を取るとは……まだまだ己の技量が足りないことを思い知らされるな」

「こちらもです。まさか、完全にこちらの力の流れを把握されるとは思いもしませんでした」

「……あれに気付いたか」

「やはり、貴方を指名して正解でした。……すいませんがお名前を伺ってもよろしいですか? 遅くなりましたが、俺の名前は司波達也です」

「俺は柳と言う。あいつの同僚だ。またの機会があれば手合わせ願おう」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 二人が握手を交わしたのを見て真田が近付いてくる。

 

「二人の世界に浸るのはいいけどそろそろ現実的な話をしよう。他にもお客さんはいるんだし、この演習場だけでは色気がない。他のところも案内したいんだけど?」

「そうだな。それほど見るべき所はないが、地下の施設は良いかもしれん」

「そう言うわけだから、ついてきてくれ」

 

 真田は達也たちを連れて、施設の案内を始める。

 達也が演習場を出るまで、訓練をしていた幾人らから憎悪の目が幾つも達也に突き刺さった。

 

 柳が言っていた地下の施設とは、巨大なフィルターにより直接海の中が見れると言うものだった。

 早い話が水族館のようになっており、ちょっとした暇潰しに使えるようになっている。

 その後は昼食を取り、施設を後にした。

 

「軍の施設にあんなものがあるとは思いませんでした」

「上の人の考え次第だから、他にも色々あるわよ」

 

 穂波と水波が話している間、達也は今日の出来事を回想し、対策を幾通りも立てていく。

 

「やはり、身体作りが第一だな」

「何か言われましたか?」

「独り言だから気にしなくていい」

 

 そう言って達也は目を瞑る。

 深雪の方も軍の施設を出てからずっと黙り込んでおり、水波も話し掛け辛そうにしていた。

 そのため、穂波と水波の会話だけが自動操縦のコミューター内で響いていた。

 

 その日の昼からは、各自で自由行動となった。

 達也は自室に閉じ籠ってしまったため、穂波は深雪たちと行動を共にする。

 場所はちょっとした繁華街の入り口付近。

 3人は周囲の人目を引きながら奥へと進んでいく。

 

「護衛は良いのですか?」

「今日は自室から出ない予定だから、あなたたちと買い物にでも行ってくるようにって言われてるの」

「しかし、自室に一人というのは些か危険なように思いますが……」

 

 穂波がついてくることに、深雪も水波も反対しない。

 寧ろ水波としては、親戚でもあり、先輩でもある穂波に聞きたいことが色々とあったため、断る理由などなかった。

 しかし、自分の感情と任務は別だ。

 ガーディアンは、基本的に主人から離れることを良しとせず、常に身辺警護をするという認識がある。

 水波の場合は、ガーディアンとしての年月が浅いため、経験豊富な穂波が一緒であることは心強い。

 その反対に、今の達也は護衛がいない状態である。

 これはかなりよくない事態だった。

 深刻そうな顔をする水波へ安心させるように、僅かに苦笑しながら穂波は答えた。

 

「大丈夫よ。そもそもわたしはガーディアンじゃないから」

 

 この言葉に驚いたのは水波だけではない。

 深雪も穂波に振り返り、目を大きく見開いていた。

 

「それは、どう言うことなのでしょう?」

「早い話がメイドね。それに見たでしょう? 彼に警護は必要ないわ。元々ガーディアンは女性に対してつけるものだしね」

 

 それでも納得していない水波は更に質問を続ける。

 

「では、何故メイドをつけるのでしょう? しかも、穂波さんほどの人をつけるのは不思議でなりません」

「その辺りは、流石に分からないわ。候補を蹴ったとは言え、深夜様の息子だからかしら?」

 

 穂波にとっては何気なく言った言葉だったが、過敏に反応する者がいた。

 

「候補を降りたのですか!?」

 

 食い付いてきたのは、それまで黙って話を聞いていた深雪だった。

 深雪は思わず大きな声を上げて立ち止まる。

 その顔には穂波がガーディアンではないと言ったとき以上の驚愕を露にしていた。

 

「ええ。中学校へ上がる前にそのような話があったとお聞きしています」

 

 達也としては、面倒な四葉関係の事に巻き込まれたくがないため、中学へ上がる前の話し合いでその旨を伝えていた。

 そして、どうせ当主は決まっているのだからと深雪を推薦したのだが、その場に居なかった穂波たちにはそこまでのことは伝えられていない。

 

「候補を降りてまでしたいこと……」

 

 深雪には達也の考えが全く分からなかった。

 深雪は小さな頃から四葉家の当主となるべく教育を受けてきた。

 権利者にとって、当主を目指すことは当然であり、それ以外は些事にすぎない。

 達也がガーディアンを降りた当初は、当主候補として名乗りを上げたと思ったのだ。

 自分に権利があって、その兄である達也に権利がないなど有り得ない。

 そのため、ライバルとして隙を見せないように気を張っていたのだが、こうなってくると話しは違ってくる。

 降りたのであれば、扱いは一般人と大差無い。

 それでも確認はしなければ、と深雪は再度穂波に訊ねた。

 

「その話の信憑性はどの程度なのでしょう?」

「私が達也さまの付き人を命じられた時に、直接深夜様から言われましたので確かな事かと」

「そう」

 

 当主の名前まで出されては否定する要素はない。

 ある意味残念ではあるが、幸運とも言える。

 達也と共に過ごしてきた中で、深雪は達也に対し劣等感ばかり感じていた。

 達也は頭脳明晰であり、運動能力にも優れている。

 周囲への警戒は事細かに行われ、その戦闘力も申し分ない。

 まだ見ていない部分は多々あるが、ここまで完璧に出来ていた人間が、他の事だけ不器用ということもないだろう。

 そんな人間が当主候補として深雪のライバルになるのだと思い込んでいた。

 そのため深雪はこの四ヶ月ほどを悶々としたまま過ごしていたのだった。

 

「御気分が優れないようでしたらホテルに戻られますか?」

「心配掛けてごめんなさいね。大丈夫よ」

「しかし……」

 

 何事もないように振る舞う深雪に、水波は困惑した表情を見せる。

 

「本人もこう言っているのだし、買い物を楽しみましょ。折角沖縄に来たのだから楽しまないとね」

 

 穂波は二人を引率するように、先頭を歩いていく。

 そんな3人の知らないところで、事態は静かに動いていた。

 

 

 

 達也たちが軍の基地を訪れた次の日。

 深夜からクルージングの誘いがあった。

 しかし、達也はこれに対して苦い顔をして難色を示す。

 

「何が起こるのです?」

 

 深夜は達也が難色を示したことで、何かが起こることを察すると、事態を確認するべく達也に問い質す。

 

「そろそろ他国からの沖縄侵攻が始まるので、その標的となりやすいクルーザーには乗りたくないだけです」

 

 達也の言葉に、深夜の部屋に集まった面々は唖然とする。

 達也が述べたことが本当であれば、暢気にクルージングどころではない。

 今すぐにでも本土に戻り対応せねばならない事だ。

 

「その信憑性はどれ程あるのです?」

 

 対応せねばならないのが現状だが、仮定の話しなど幾らでも出来る。

 深夜は根拠の提示を達也に求めた。

 

「勘です」

 

 緊張しきった場に、数名が呆れたような目を向けるが、他の数名にとって達也の言葉を軽々しく扱うことはできない。

 

「そう。それも知っていることなのね?」

「その通りです」

 

 深夜は葉山に指示を出す。

 

「至急、真夜に連絡を」

「承知しました」

「避難場所は?」

 

 深夜は責めるように達也に問う。

 達也は気にした風もなく言った。

 

「ホテルにてゆっくりしていれば終わるのでは?」

「それで被害はでないのですか?」

「軍内部の裏切りもあるため確定はできませんが、このメンバーが揃っていてこちらに被害が出るなど考えにくいと思います」

「……すぐにホテルへ戻りますよ」

 

 深夜が達也を睨み付けるように言い放つが、その圧力に困惑しているのは深雪たち三人。

 達也は穂波へと近付くと、顔を向けて耳打ちした。

 

「達也様はどうされるのですか?」

「適当にぶらついてくる」

 

 達也の言ったことが聞こえたのだろう。

 深夜が達也に釘をさす。

 

「あなたには聞きたいことがまだまだあります。他の場所へ行くことは許しません」

 

 達也は溜め息を吐くと深夜の後に続いてホテルへと向かった。

 

 ホテルに到着して早々に、達也は深夜に手を引かれて、深夜の取った部屋にある、こじんまりとした隣室に連れ込まれる。

 深雪たちは、リビングでそんな珍しい深夜の姿を呆然と眺めていた。

 

 隣の部屋では、いつ準備を終えたのか、部屋の壁面に大型のモニターが設置されており、そこには数人の人影が見えた。

 

「取り敢えず、詳しい事を聞いてもいいかしら?」

 

 モニターに映っている真夜が、深夜と達也が席に座ると同時に声を掛ける。

 モニターに映し出されたのは、四葉に連なる者達だった。

「椎葉」「真柴」「新発田」「黒羽」「武倉」「津久葉」「静」

 四葉における有力七家。

 それぞれの代表が席に座り、静かに会議の開始を待ち構えていた。

 

『至急、話があるとの事ですが、何故その者もいるのです』

 

 新発田は達也を見るのも嫌なのか、渋い顔をして深夜を見る。

 

「達也。これから起こることを話しなさい」

 

 そんな新発田の言葉を取り合わずに、深夜は達也に促した。

 

「近日中にでも、大亜連合がこの沖縄に攻めてきます。また、軍の基地内部にも敵の勢力があり、外と内の両方からの襲撃となります」

『…………』

 

 内容の大きさに、モニターに映った者たちは揃って黙りこむ。

 真偽の程を問い質したいと思う者がほとんどであったが、当主である深夜が判断して、この場に達也を連れてきたことを考えれば、疑うことすら烏滸がましい。

 

「皆さんにも言いたいことは色々あるとは思うけど、備えだけはしていても問題はないでしょう」

 

 杞憂に終われば多少の労力で済むが、実際にやられてしまえばその被害は計り知れない。

 深夜の言葉に、四葉全体として動き出す。

 中には苦い顔をしていた者もいたが、誰も反対などしなかった。

 それだけ、当主という地位から発せられる言葉には、拒否を許さないだけの拘束力があった。

 その後、部屋のモニターからの映像は途切れ、残っているのは真夜の画面のみ。

 その画面に映る真夜にしても、その席を立とうとしていた。

 達也はその姿をモニターが消えるまで見続ける。

 

「さて、私たちは本土に戻りましょう。短いバカンスでしたが、退屈はしませんでしたね。葉山さん手続きの方はどうかしら?」

「2時間後にフライト予定のものを押さえましたので、それに合わせて準備を進めます」

「よろしくね。私は少し休むから、時間になったら起こしてちょうだい。達也も戻っていいわ」

 

 達也は礼をして部屋を出る。

 深夜の顔には、この度の出来事が原因なのか、疲れたような表情が浮かんでおり、座っていた椅子の背もたれに深々と身を任せていた。

 

 部屋を出た達也に、隣の部屋で待機していた三人の視線が集まる。

 その視線を無視して、達也は保冷庫から飲み物を取り出し、窓際の椅子に腰を下ろして一息つく。

 何も言わない達也に、説明を求めたのは穂波だった。

 

「これからどうするのでしょうか?」

「2時間後に飛行機に乗りますので、各自準備をお願いします。私は手続きをして参りますので、一時的にお二方には深夜様の護衛をお願いします」

 

 穂波の問いに答えたのは、達也の後から部屋を出てきた葉山だった。

 葉山は手早く、デバイスを操作しながら部屋を出ていく。

 穂波と水波は顔を見合わせ頷くと、帰り支度を本格的に始めた。

 

「ここから空港まで、コミューターで1時間くらいだから、ほとんど時間がないわね。達也くん。私たちは帰る準備をするから、この部屋に近付く奴等がいないか見てもらえるかしら?」

「このホテル近郊には今のところ不審な人影はなし。従業員はこの階に二人。怪しい動きは今のところありません」

 

 達也の回答に穂波は頷くと、その場に固まる二人へ声を掛けた。

 

「水波は深雪さんの準備と自分の分を。私は深夜様の方をするから、お願いね」

「あ、はい」

 

 穂波の言葉で、二人は動き出す。

 その帰り支度をしている中、深雪は覗き見るように達也をチラチラと見ていた。

 

 飛行機に搭乗した深夜たち一行は、周囲とは明らかに空気が違った。特に、水波の顔は緊張でこわばっており、顔を頻繁に動かすような事はしていないが、周囲へ視線をキョロキョロと動かしていた。

 

「水波、落ち着きなさい。緊張しているのが丸分かりよ」

 

 後ろの座席からの声に、水波は深呼吸をする。

 

「ありがとうございます」

「気にしないで、緊張するなと言うのも無理があるし、何事も程々が一番よ」

「分かりました」

 

 声では肯定を示したものの、水波の緊張感が薄れることはない。

 そんな水波を見て、穂波は軽く笑うと溜め息をついた。

 

「心配なのかしら?」

「ええ……まあ」

 

 横の座席に座る深夜からの問いかけに、穂波は頷く。

 今この場にいるのは四人。

 居ないのは二人。

 達也と葉山だ。

 この二人は、諸事情により沖縄へ残ったのである。

 ガーディアンである葉山の代わりに穂波を深夜につけて……。

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