司波達也の日常   作:ネコ

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第19話

 第一高校では、九校戦という一大イベントが終わって落ち着いたものの、その間に起こった出来事により、生徒会や風紀委員会、部活連に携わる生徒たちは、事後処理に奔走されていた。

 生徒による建造物の損壊に加え、第一高校と関わりのない人物が学校内へ侵入する際の手引き。

 しかも、侵入した人物が破壊活動まで行ったのだから、手引きした生徒に重い処罰が下るのは明白だった。

 これ以外にも、保健医による全校生徒の診断が行われ、黒と出た生徒については、長期加療という名目で入院を余儀なくされている。

 

「やっとひと区切りついたわ……」

「お疲れさまです」

「達也くんお茶ちょーだい」

 

 生徒会室にいるのは、真由美と鈴音、達也に雫の四人だった。

 服部は部活連との連携で、梓は風紀委員との連携のためこの場にはいない。

 達也は、四人分のお茶を用意すると、それぞれの前に置いていく。

 大体の処理を終えた真由美は、目頭を揉みながら、席に座る各人の顔を見て切り出す。

 

「北山さんは元気がなさそうだけど、何かあったの? 困ったことがあるなら相談に乗るわよ?」

「いえ、大丈夫です」

 

 真由美の声掛けに反応して体を強張らせたものの、達也へ視線を一瞬だけ向けてすぐに外す。

 雫の行動に、真由美は何かを勘づいたが、深くは聞かずに達也へ睨むような視線を向けた。

 

「達也くんは反省するように」

「何を反省しなければならないのでしょう?」

「それは自分の胸に聞いてみなさい」

「胸からは心臓の鼓動しか感じられません」

 

 わざとらしく胸に手を当てて答える達也に、真由美の視線は更にきつさを増す。

 

「そうじゃなくて! 心当たりがあるでしょ!」

「心当たりがありすぎて、どれのことを言っておられるのかわかりません」

「口答えしないの! 全てに対して反省してなさい!」

 

 達也は理不尽なものを感じたが、それ以上は真由美をからかうのを止め、カップを手に取り、口から出そうになる言葉をお茶と共に飲み込む。

 達也としても、これまで反省すべき点は幾つもある。しかし、達也にとって後悔と呼べるものはそれほどない。

 現時点では、達也にとってまずいと言わしめるほどの問題は起きていなかった。

 達也の性格をこの数ヵ月で理解している真由美は、溜め息を吐くと、話の矛先を鈴音に向ける。

 

「鈴ちゃんはどう? 論文進んでる?」

「今週が締め切りなので、進んでるという言い方はおかしいですね」

「鈴ちゃんまで揚げ足を取るなんて……」

「その呼び方を訂正して頂けるのであれば、改善するよう検討します」

「それでも、検討なのね……」

 

 休憩しているはずの時間に、精神的な疲労が溜まっていく真由美。その姿は、部屋の重たい空気を払拭する程度には役に立っていた。

 

「終わったか?」

 

 そこへ現れたのは、風紀委員長として、引き継ぎ書類を作成しているはずの摩利だった。

 摩利は遠慮無く、勝手知ったる我が家と言えるほど自然に部屋へ入ってくると、真由美の隣に座る。

 

「やっぱり私には事務処理は向いてないな」

「どのくらいできたの?」

「半分も出来ていない!」

「それは自信をもって言うことじゃないでしょ……」

 

 呆れたような目で摩利を見つめ、真由美は自分の言葉で思い出したように頭を抱える。

 

「そうだったわ……。私も後任を探さないといけないんだった……」

「なんだ。私よりもひどいじゃないか」

「一緒にしないで頂戴。引き継ぎ書類は完成してるんだから」

 

 どっちもどっちといった感じだが、事態が深刻なのは真由美の方だった。

 引き継ぎ書類など、後でも十分に作成できるが、後任はそういうわけにもいかない。特に生徒会長の選任ともなれば1つの学校行事。期限が決まっているだけに、急がなければならない問題だった。

 本来、生徒会長というのは、立候補者の中から全校生徒の投票で決められる。

 しかし、その立候補者が出てこなければどうなるか……。

 過去にそのような事例はない。だからこそ、末代まで嘲笑の対象となるのは明白だった。

 

「はあ……。あーちゃんにも重責は無理ですとか言われて断られちゃうし、後任どうしようかしら……」

 

 真由美は困ったように頬に手を当てて目を閉じ呟く。

 

「もういっそのこと、北山を生徒会長にしたらどうだ?」

「私では無理です」

 

 摩利の言葉に即答で拒否し、自分の割り当てられた仕事に再び手をつける。

 摩利はお手上げとばかりに肩を竦めて見せると、その視線を達也へと向けた。

 

「2科生と言うのも───」

「しませんよ」

 

 達也に至っては、摩利が言い終える前に拒否を述べる。

 摩利は眉間に皺を寄せると、面白くなさそうに両手を頭の後ろに組み、窓の外へ視線を移した。

 

「誰か良い人いない?」

「服部はやっぱり駄目なんだよな?」

「ええ。部活連の会頭をやりたいらしいし、その辺りは本人の意思を尊重してあげたいのよね」

「だったら、中条にもう一度聞いてみるしかないな」

「もしくは、五十里くんでもいいかもしれません。風紀委員長も彼女ですし、丁度良いかと」

 

 真由美は鈴音の意見を聞いて少し考え込む。

 

「そうね。声を掛けてみるわ」

「どうせなら、千代田と一緒に説得するか。何かと生徒会と風紀委員会は一緒になることが多いから、その辺をうまく言えば協力するだろ」

 

 上級生の腹黒い一面を聞きながら、自分の分を片付けた達也は、生徒会室を出るべく立ち上がる。

 

「では、俺の分は終わったので、これで失礼します」

「いつも思うけど、達也くん早いわね」

「やるべきことが決まっていれば、それに合わせて作るだけです。それほど時間はかかりません」

 

 達也は言い終えると、データを各自のデバイスに送信し、部屋を後にする。

 

「さて、悪の元凶は去ったわ、北山さん。達也くんに関わることなんでしょう? 力になるわよ」

「私も興味がありますね」

「司波がどうかしたのか?」

 

 興味津々の上級生3人に囲まれて、雫は退路がないことを自覚した。

 

 

 

 郊外にある木々の色が、緑から茶色へと変わり、季節は秋へ移ったことを、感じるようになってきたものの、未だに気温は暖かく、人々は活動的に動いている。

 開放された道場内にいるのは、達也、エリカ、摩利。そして今回、達也の目的の人物である修次だった。

 軽く会釈を終えた後に、エリカが今回のルールなどを説明し、手合わせが開始される。

 達也と修次の間に会話はない。双方ともに相手から視線を外すことなく、神経を研ぎ澄ませていく。

 どちらも積極的に動くことはないが、時間が経つ毎に少しずつ移動を重ねていた。

 達也はいつもの無手スタイルに対し、修次は長めの木刀をぶら下げるようにして構えている。

 二人ともに、戦闘スタイルが後の先を得意としているため大きな動きはないが、二人の顔からは汗が見え始め、かなりの集中力を要しているのが、見ている者に伝わってくる。

 先に動いたのは達也。

 修次の間合いに入ると、左手を前に突き出し、牽制のための突きを放つ。

 対する修次は、冷静にその突きをかわし、持っていた木刀を振り上げた。達也は振り上げられた木刀を、突き出した左手を盾にして受け止めると、そのまま肘を曲げて体当たりをするように修次へ肘打ちを仕掛ける。

 修次は、木刀と達也が接触している箇所を支点にして、回転するようにかわし、その遠心力を利用してフックを達也の顔に向けて叩き込む。達也はそれをもう片方の手で受け止めた。

 

「高校生にしておくには勿体ないね」

「ありがとうございます」

 

 忌憚無く褒める修次の言葉に、達也は棒読み口調で、修次から視線を外すことなく返す。

 手合わせは未だ終わっていない。

 それは、力の入れ具合を見れば一目瞭然だった。

 その後も接近戦は続いた。

 接近戦というには近すぎる。正確に言えば超接近戦。

 達也は自らの攻撃により、修次の動きを予測しやすいように誘導し、距離を離されないように立ち回る。

 一方、修次はその動きを理解しているものの、その流れに逆らうこと無く、達也に隙が出来るのを待つ。

 状況は千日手に陥っていた。

 攻める達也に、防ぐ修次。

 最終的に、一時間の攻防の末、第三者の介入により呆気なく決着がついた。

 

「お! 休日なのに精が出るねぇ」

 

 パチパチと気のない拍手と声を送りながら入ってきた人物により、手合わせはうやむやの内に流れてしまう。

 緊迫した空気を醸し出していた場の雰囲気は、その瞬間に霧散した。

 

「何しに来たわけ?」

「そうつれないこと言うなよ。たまの休みに、家の中にいるのは当然だろ?」

「和兄の休みは毎週あるじゃない」

「言うほどないからな? 本当だからな?」

 

 入ってきた人物は、千葉家の長男である千葉寿和。

 いつもゆったりとした動きをしているため、周囲の評価は遅い、鈍い、不真面目、と言われているのだが、当の本人は気にしていない。

 

「折角良いところだったのに潰しちゃうし……、ちゃんと空気読んでよね」

「そうは言っても、ずっと同じことの繰り返しだったろ? そんなときは刺激が必要なのさ」

「それを外部から与えてどうするのよ!」

「まあ、固いことは言いっこなしだ」

「もう!」

 

 兄妹喧嘩には関わらず、達也はタオルを手に取って汗を拭う。今の魔法なしの実力では、手加減していた修次と同等程度。

 後10分ほど掛ければ、罠に掛けることも出来たのだが、またの機会として今回の手合わせでは使うことを諦めた。

 それというのも、ルールとして1試合のみであるということが事前に言われていたからだ。他のメンバーでさえも、ここまで時間が掛かると思っていなかったのだろう。汗を拭き終えた達也のもとに、修次が摩利を引き連れて来る。

 

「良い経験になったよ」

「こちらこそありがとうございました」

 

 達也は修次に礼を述べ、修次の後ろで恥ずかしそうに俯く摩利を見る。

 摩利は借りてきた猫のように大人しくしていた。

 

「では、僕たちはこれで失礼するよ」

 

 手を上げて道場を後にする二人に、道場に取り残された達也は、未だに続く兄妹喧嘩をどうするべきかと、思案に暮れるのだった。

 

 

 

 定期的な生徒会の集まりで、議題になったのは約1ヶ月後に控えた論文コンペについてだった。

 具体的な内容としては、当日の段取りと、機材の手配。それに加えて生徒の参加者の確認など、当事者で無いにも関わらずやることは多い。

 しかも、生徒会の書記である鈴音が論文の選考で選ばれたものだから、その分の業務は他のメンバーにのし掛かっていた。

 しかし、そんな中にあっても飄々と自分に割り当てられた業務を余裕でこなしてしまう人物がいる。

 それは達也であり、他のメンバーが慣れない業務に四苦八苦している時、我関せずとばかりに図書館の地下室で自分の時間を過ごしていた。

 達也がそのような状態であろうとも、誰もそれを咎めることはできない。何故なら、達也のやった業務の量は、他のメンバーの約2倍に近かったからだ。

 今日の集まりには、議題の内容と関連の深い風紀委員会とコンペに出場するメンバーからも参加者が訪れていた。

 

「では、明日よりコンペに出場する3名については、それぞれ護衛をつけます。これについては、風紀委員から説明があります」

「風紀委員長の渡辺摩利だ。今回コンペに出場する選手については、過去の事例を鑑みるに、護衛の必要性がある。我々風紀委員としては、登下校時をサポートするつもりだ。ここまではいいか?」

 

 その場に集まった皆は、摩利に頷いて見せた。

 

「メインの執筆者である市原には服部と桐原。サブである五十里には千代田。同じくサブである平河には私と辰巳がつく。五十里に一人だけなのは、婚約者である千代田の要望だな。最近この界隈で、不穏な噂は聞かないが、用心するに越したことはないので、基本をペアの組み合わせにしてある。護衛については以上だ」

「まあ、啓については当然よね!」

「お手柔らかにね」

 

 花音のやる気に対して、五十里は微笑み返す。花音は鼻息荒く、絶対に離れないとばかりに、隣へ座る五十里の腕に自分の腕を絡ませる。

 学内でのいつもの光景に、誰からも突っ込みはなく、それについては終わったものとして処理された。

 

「休みの日はどうするんです?」

 

 花音たちのことは完全に忘れ去り話を続ける。

 

「事前にスケジュールを確認して、学校に登校するのであれば護衛につく。辰巳には少し風紀委員の活動期間をオーバーすることになるが頼むぞ」

「まあ、姐さんもやるんですから、その事は言いっこ無しですよ」

 

 辰巳は摩利に頷いて見せると、その場にいるメンバーの顔を見渡した。

 

「何か意見はあるか?」

 

 異論は無いようで、誰からも言葉はない。それに満足したのか、摩利は頷くと司会役である達也に頷いてみせ、着席した。

 

「では、次に現場の視察についてですが……」

 

 メインの議題が終わったことで、風紀委員のメンバーからは尖ったような気配は消え、達也の説明を気軽に聞いている。

 コンペ出場メンバーについては、引き続き準備のために部屋を出ていった。

 その後の議題もスムーズに終えたメンバーは、解散となったのだが、達也のみその場に留まることになる。

 

「さて、詳しい事情を話してもらおうか」

「私もかなり興味があるわね」

「一体何のことでしょうか?」

 

 部屋に残ったのは、真由美と摩利。

 皆が部屋を出ていく傍らで、達也のみ呼び止められたのだった。

 

「きりきり白状してもらうわよ」

「そうだぞ。聞けば他にも色々と手を出しているそうじゃないか」

 

 何に対してなのか触れないせいで、達也に伝わるのに少し時間がかかったが、それでも何の事か見当はついた。

 

「もしや、婚約者についてですか?」

「その通りだよ。可愛いんだってな」

「歳はひとつ下で、少し背は低いらしいわね。達也くんはもしかしてロリコンの気があるのかしら?」

 

 一気に質問攻めにしてくる二人に対して、達也は慌てること無く、冷静に対応する。

 

「可愛いと思うかどうかは、各人の主観に寄ります。先日の渡辺先輩も彼氏の前では可愛く見えましたよ。それと、婚約者についての情報ですが、正確には、背丈で言えば会長と同じくらいにはありますよ? それでロリコン疑惑とするならば、会長と付き合う男性はほとんどがロリコンと言うことになります」

「修とのことは言う必要ないだろう!」

「くっ! 人が気にしていることをズバズバと言うなんて……」

 

 達也からの反撃に、精神的なダメージを負いながらも、真由美たちの口撃は止まらない。

 

「それよりも、婚約者のことよ! どういう子なの!?」

「そうですね……。可愛い子ではないでしょうか」

「ハッキリしないな、きみは」

 

 摩利と真由美の目が合うと、部屋の中に、僅かながら普通とは異なる香りが漂い始める。

 真由美は、わざとらしくないように、顔を押さえているが、その実は鼻を押さえているのが、達也にはわかった。

 

(これには、自白作用を促す効果があるのか)

 

 頭の回転が鈍ろうとするも、すぐに回復してしまい、達也には実感が感じられなかったが、香りを使った自白誘導は摩利が密かに得意とする技術だった。

 その後も質問は続くが、達也からは具体性の欠ける答えしか得られない。

 それに真由美たちが満足するはずもなく、執拗な質問は、尋問のように30分に渡って続いた。

 

「もしや、効いてないのか?」

「この香りの事を仰っているのでしたら、その通りですね」

「!?」

「これに気付くなんて……」

「会長が分かりやすく鼻を摘まんで頂けましたから、委員長の手に持つ小瓶に気付けました」

 

 信じられない洞察力とその結果に、真由美と摩利は顔を見合わせて肩を竦める。

 

「自信があったんだがなぁ……」

「魔法を使わずに、香りで人の意識を誘導する技術は素晴らしいと思います。魔法が絶対ではありませんしね」

「効かなかった君に言われてもな……」

 

 陥れようとした相手に気遣われ、いたたまれない気持ちにされた摩利は、小瓶を収納し盛大に溜め息を吐く。

 

「ところで、何故そこまでして婚約者の情報が知りたいのですか?」

 

 根本的な事が理解できていなかった達也は、真由美たちに問い返した。そもそも、興味はあるかもしれないが、ここまでして聞きたい内容とは思えない。

 達也だから効果がなかったが、実際には犯罪と言ってもおかしくないのである。

 

「まあ、ある生徒の悩み相談の結果だな」

「摩利!」

「遠回しに聞いても、無駄だと分かっただろ。それなら、ストレートに聞いた方がいい……」

「確かにそうかもしれないけど……」

「と言うわけで、婚約者が名ばかりであったなら、君にはその子と付き合ってほしくてな」

「なるほど……。理解しました。今度会う機会に、話し合わせてもらいます」

「もし断るにしても、出来るだけ傷付けないように配慮しろよ?」

「相手次第でしょうね」

 

 達也は相談者の顔を思い浮かべると、次のスケジュールの確認を頭の中で行い始めた。

 

 

 

 九高戦と論文コンペの間の期間に、第一高校では全校生徒に関わりの深い行事がひとつある。

 それは───

 

「それではこれより、生徒会長に立候補された生徒による演説を行います。立候補されるのは、2年の五十里さんです」

 

 今回、生徒会長に立候補したのは五十里のみであるため、生徒たちに選ぶことの出来る選択肢は少ない。

 票を入れるか、入れないかの2択だ。

 五十里は壇上にゆっくりと中央に進み、軽く頭を下げるとマイクを手に持ち語り始める。

 

「この度、生徒会長に立候補した五十里です。これまで、全くと言って良いほど生徒会とは関わりを持っていませんでした。そのため、生徒会が実際に何を行っていたのかを深くは知りませんでした。しかし、最近になって知る機会があり、生徒会の重要性について考えさせられ、───」

 

 五十里の演説は、一般生徒にも関心を持ってもらう生徒会にすること。

 目標は確かであるが、そこまでの過程がどうすれば良いのかが見えてこない。本人もどうすれば良いのか手探りになると言っており、質疑応答の時間になっても、その事に対する質問はなかった。しかし、今回の事には関係のない質問が上がる。

 

「今年も2科生を生徒会に入れるのですか?」

「僕はそのつもりです。演説の中でも言いましたが、人の想いは人それぞれです。つまりは考え方や意見も様々であり、それを取り入れて形にすることこそが僕の役目だと思っています。意見と言うものに、1科生や2科生という縛りはありませんから」

「分かりました……」

 

 納得半分、不満半分、といった様子で座る生徒に、五十里は軽く頭を下げて、司会をしている雫に視線を向ける。

 雫は頷いて見せると、再びホールを見る。

 

「他に質疑のある方はいませんか? 無ければ、投票に入らせていただきます」

 

 この投票に関しては、前時代的な投票方法である、紙による投票が採用されており、学年ごとに投票箱へ記入した紙を入れていく。

 投票した生徒たちは、そのままホールを出て教室へと戻っていった。

 

「ふう……疲れた~」

「啓おつかれさま!」

「ちょっと、花音!」

 

 ホールの警備の仕事を終えた花音が五十里に抱きつく。五十里は慌てて離そうとするが、花音の方が力は上であったため簡単に離れるわけもなく、周囲からはそれがただイチャついているようにしか見えなかった。

 そんな二人っきりの空間には誰も触れず、それぞれ労りの言葉を掛け合う。

 達也は雫と共に投票箱を持ち生徒会室に戻った。

 二人は言葉を交わすこと無く、投票箱から紙を取り出し、仕分けを始める。

 

 ───五十里、五十里、空白、五十里、北山、五十里

 

 無効票を取り除き、票を数え終えた頃に、真由美たちが部屋へ入ってきた。

 

「ご苦労様。数え終わったかしら?」

「もう少しで終わるところです」

 

 達也は雫の手元にある数枚の投票用紙を見て答えた。

 結果の分かっている選挙ではあるが、しないわけにはいかない。

 余程の失敗をしなければ、立候補者が落ちることなどないが、投票者の半数に届かなければ、選挙のやり直しも想定される。

 実際には、生徒総数の半分以上を確認できた段階で終えても良いのだが、そこは報告の義務があるために、最後まで確認しなければならない。

 

「良かったわ……。五十里くんが受けてくれて」

「副会長は北山さん。書記に中条さんですから、それほど苦労もしないでしょう」

「引き継ぎはゆっくりやっていきましょ」

 

 論文コンペを見据えた発言に、余計なこととわかりつつ、鈴音は口を挟む。

 

「まあ、私の業務は、北山さんと司波くんが居れば十分かもしれません」

「鈴ちゃんズルいわよ! 生徒会の期間中に引き継いでおくなんて!」

「それが役目でもあります。円滑な業務運営には必須です」

「会長は選挙後だから、終わってからじゃないと引き継ぎ出来ないのに……」

「そこは諦めてください」

「うぅ……」

 

 愚痴を漏らす真由美には慣れたもので、鈴音の対応はいつも同様素っ気ない。

 達也は投票用紙を纏め終え、雫の分を合わせて揃えると、真由美と鈴音の前に投票用紙の束を置き、自分の業務に戻る。

 

「それにしても、毎回立候補者以外の名前を書く人って何を考えてるのかしらね」

 

 真由美は無効票を捲りながら呟く。

 パラパラと捲り続け、意外な事実を発見すると、達也に声を掛けてきた。

 

「達也くん、達也くん」

「どうかしましたか?」

 

 興奮したような真由美の態度に、何事かと達也は振り返る。

 

「達也くんの名前が三十票くらいあるわよ!」

「あったところで、それらは無効票として処理されます。白紙と一緒ですね」

「それでも、票を入れる人がいるということは、2科生である達也くんにも期待しているってことよね!?」

「入れるとしても、2科生だと思います」

「つ、ま、り! 今の体制は、両方の支持を得られているということよ!」

 

 真由美の目標は、1科生や2科生に拘ること無く、純粋に互いを高めあう校風だった。その足掛かりとして、達也を入れたのだが、その成果と言うには小さい出来事でも、実際に目にすると興奮せずにはいられないようで、真由美は感極まったように両手を組み、祈るように目を伏せる。

 

「五十里くんで確定のようですし、呼んできます」

 

 鈴音は席を立ち、部屋を出ていく。

 残されたメンバーは誰も真由美には触れず、自分の業務に没頭した。

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