司波達也の日常   作:ネコ

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第2話

 入学式を終えた翌日。

 達也の朝は家の周囲のランニングから始まる。

 ランニングと言っても、ただ漫然と走るばかりではない。魔法を使わず特殊な歩法を使い、フルマラソン出来る距離を走破していた。

 そして走り終わる頃には、暗かった空が明るくなっており、走り始めにはほとんどいなかった人の通りも、ちらほらと見え始めている。

 達也は怪しくない程度に速度を落とし軽いジョギングで体を休ませながら家に入ると、水分を補給して軽く汗を流した後に、制服へ着替えた。

 朝食に関しては、ホーム・オートメイション・ロボット───HAR通称ハルに家の事は任せているため、特に達也がすることはない。

 ハルが用意していた朝食を、リビングに設置されたテレビを見ながら食べる。

 天気予報は一週間晴れ。

 新生活スタートの天候としては申し分ない。

 後片付けはハルに任せ、達也は学校に向けて家を出た。

 そんな達也は、学校につくなり二人の少女に捕まっていた。

 

「…………」

「昨日はどうされてたんですか?」

 

 二人の少女とは雫とほのかだ。

 雫からは明らかに不機嫌なオーラが出ており、ほのかは達也を心配しているのが分かる。

 雫が不機嫌な理由はともかく、ほのかからの問いに答えるため口を開く。

 

「昨日はクラスメイトと一緒にいたが……それがどうかしたのか?」

「昨日E組へ行ったら既に帰ってると聞いて……」

「入れ違いになったみたいだな」

「…………」

 

 雫は黙したまま、達也の言葉を聞く度に不機嫌さが高まっていく。ほのかはそれを察したのか、雫と達也を交互に見て何とかしようと言葉を繋ぐ。

 

「えーっと。達也さんが良ければ、今日は一緒に帰りませんか?」

「まあ、特に───」

「おい! お前!」

 

 達也がほのかへ返事をしかけたところで、達也の後方から怒鳴るような声が掛けられる。そして、それと同時に声を掛けた人物が達也の肩へ振り向かせようと手を掛けてきた。

 

「彼女たちがめいわ───」

 

 達也の肩に手を掛けた男子生徒は、理解できなかったのだろう。

 その背を大地に叩きつけられ、一瞬呼吸が詰まりその場に踞る。

 

「いきなり後ろから襲ってくるとは……」

「襲ってないと思う……」

「あの……大丈夫ですか?」

 

 男子生徒が地に倒れていたのは数秒で、すぐに起き上がると達也から距離を取った。

 その手には、魔法を発動させるための媒体であるCADが握られている。

 

「よくもやってくれたな! ウィードの分際で! 身の程を知れ!」

 

 男子生徒が起動式を使った瞬間、それまで黙ってみていた周囲の者たちに緊張が走った。

 それもそのはずで、魔法の自衛目的以外の使用は禁止されている。特に攻撃系の魔法ならば尚更だ。

 

「はっ!」

 

 男子生徒が魔法を発動するよりも早く、そのCADは弾き飛ばされる。CADはそのまま宙を舞い、道の端へと転がっていった。

 

「な~んか朝から面白そうなことやってるわね」

 

 片手に警棒のようなものを持ち、それで肩を叩きながら達也たちに話し掛けてきたのはエリカだった。

 男子生徒は何をされたのかを理解していないのか、自分の手を見て呆然としている。

 

「学校の治安は外よりも良いと聞いていたんだがな。それよりも助かった。礼を言う」

「まあ、要らない世話だったかもしれないけど」

 

 エリカの視線は、達也の足元に注がれていた。

 そこには、ひび割れた石畳の路面が達也の靴から僅かにはみ出して見えている。

 明らかに出来たばかりのそのひび割れは、あの瞬間に達也が何かしようとしていたことに他ならない。

 しかし、エリカが先手を打ったため、それを見る機会は損なわれた。僅かに残念そうな顔を見せたエリカだったが、それもすぐに変わり、話題を元に戻す。

 

「まだやるのあんた?」

「くそっ! 覚えてろよ!」

「なんであんたのことなんか覚えとかなくちゃいけないのよ?」

 

 エリカの台詞で再起動を果たした男子生徒は、捨て台詞を吐いて走り去る。そんな男子生徒へ、聞こえよがしにエリカは追い討ちを掛けた。

 しかし、その男子生徒への追い討ちは、違う形でも現れる。

 

「魔法の無断使用により連行する」

「そこをどけ!」

 

 逃走する男子生徒の前に現れた大柄な男に、男子生徒は殴りかかるようにして踏み込むが、その拳はあっさりと空を切った。そして、本日二度目の地面への叩き付け。更には俯せにされた上に肘関節を極められ苦しそうに悶絶していた。

 

「元気がいいのは良いことだが、羽目を外しすぎたな」

「風紀委員の沢木だ。今回の関係者として君たちも来てもらうよ」

 

 達也たちの方へ寄ってくる男は、爽やかな顔を見せて、安心させるように言うと、男子生徒を取り押さえている男へ顔を向けた。

 

「こっちはこっちでやっとくから、沢木は先に行ってくれ」

「分かりました。ついてきてくれ」

 

 達也たちは顔を見合わせ、沢木の後に続いた、

 沢木に案内されたのは風紀委員たちの活動拠点である部屋だった。

 

「席に座ってくれ。何か飲むかい?」

「もうすぐ授業も始まるのでゆっくりするつもりはありません」

「それもそうか。自己紹介といこう。先程も言ったが、風紀委員2年の沢木碧だ。沢木と呼んでくれ」

「1年の司波達也です」

「同じく千葉エリカ」

「1年北山雫」

「1年A組の光井ほのかです」

 

 沢木は自己紹介の順にメンバーの顔を見て頷くと、本題に入った。

 

「先程のことを始めから話してくれないか?」

「では俺が」

 

 達也がみんなを代表して語る。その内容に、沢木は呆れた表情をしていた。

 

「もう少し穏便にできなかったのかい? 早い話が向こうの勘違いだったんだろう?」

「選民思想がなければ話し合う余地は合ったかもしれません」

「1科生と2科生か……」

「こちらとしても、余計な波風は立てたくありませんが、降りかかる火の粉くらいは払います」

「火の粉ね」

 

 沢木は達也の体を再度見る。その目は次第に細くなり、まるで達也を分析しているようだった。

 

「事情は分かった。君たちからも先程の話で補足するところはあるかな?」

「私は特にないかな~」

「ないです」

「私もありません」

「……分かった。話は以上だから戻っていいよ。時間を取らせてすまないね」

「では失礼します」

 

 達也たちは、風紀委員室を出ると、そのまま自分達の教室に向けて歩き出した。

 達也たちが教室に来た頃には、ほとんどの席が埋まっていた。

 今日からは、名前順に座席が決まっているため、エリカとは軽く手を上げる程度で別れを済ませ、達也は自分の席へ着く。

 そして、デバイスを立ち上げ今日のカリキュラム内容の確認を行った。

 始まったばかりだからだろう。その内容は法律関係ばかりであり、理論的なことは一切ない。

 そのまま達也は操作を続けていると、前の席から視線を感じ、顔を前に向ける。

 

「どうかしたか?」

「いや。いまどき珍しいと思ってな。昔はそれが流行ったらしいが、今の時代に使ってるやつがいるのかと思ってよ。おっと、自己紹介がまだだったな。俺は西城レオンハルト。レオって呼んでくれ、よろしくな」

「司波達也だ。こちらも達也でいい、よろしく」

「それにしても、打ち込みスピード早いな」

「慣れれば誰でも出来るさ」

 

 レオの視線は、達也の手元に注がれていた。

 達也にとって、特段気にするような速度ではなかったが、レオとしては初めて見るタイプ速度を頻りに感心したように見入っていた。

 カリキュラムが始まると、各自のデバイスにやるべき内容が送られてくる。

 そこには、テキストファイルが幾つかと、最後に簡易な確認用のテストが添付されていた。

 生徒たちは、自分のデバイスを操作して授業を開始する。

 確認テストでは、カンニングなどを防止するような機能はない。これは、生徒の認識度がどの程度か確認させるためのものであり、実際の試験と違うので、見ても仕方がない部分もある。それに加えて、日頃の勉強を真面目にやらなければ、簡単に落第することは目に見えていた。

 達也はものの数分で確認テストまで終わらせると、初日に確認できなかった、データとして保管してある目録の確認作業に入る。

 事前に目録の確認をすることで、後の効率を上げようというものだった。

 今、達也の使っているデバイスからはその詳細なデータの閲覧まではできないが故の暇潰しとも言える。

 そのようにして、無難にその後のカリキュラムも消化し、昼休みになったところで、達也に生徒会から呼び出しが掛かった。達也は仕方なく、それに応じる。

 何故なら、教室へ直接呼びに来たからだ。

 

「司波君と千葉君はいるか?」

 

 呼びに来た相手は、風紀委員の沢木。

 沢木は教室の中を見渡し、達也と千葉の姿を見つけると、手を挙げて呼び掛けてきた。

 

「二人とも来てくれ」

 

 遠慮がちに教室の入り口から声を掛ける沢木へ、達也とエリカは顔を見合わせて立ち上がり向かう。

 

「すまないが、昨日の事について判断が下される。その場で意見を求められることもあるだろうから、申し訳ないが付き合ってもらえないか?」

「分かりました」

 

 二人が案内されたのは風紀委員室ではなく、生徒会室だった。そこには、入学式の際に壇上へ上がった生徒会長───七草真由美の姿もある。

 

「お昼休み中ごめんなさいね。そこの席についてくれるかしら?」

 

 席には既に数名が座っており、達也たちは真由美の対面側の席へ腰を下ろす。

 呼びに来た沢木は、部屋の中には入らず、そのまま部屋の中にいる人物へ軽く頭を下げるとそのまま元来た道を戻り始めた。

 

「さて、関係者も揃ったことだし始めましょう。まずは自己紹介ね。私は本校の生徒会長をしている七草真由美です。あなたたちから向かって左側が───」

「部活連会頭の十文字克人だ」

「風紀委員長の渡辺摩利という」

「あなたたちの名前も聞かせてもらえるかしら?」

「司波達也です」

「千葉エリカ」

 

 第一高校の代表者である三人は、達也とエリカの両名を興味深そうに見ると、その視線を外し、真由美を見る。

 二人からの視線を受けて、真由美が話を進めた。

 

「察しはついてると思うけど、今日来てもらったのは、昨日の朝に起こった事についてです。摩利、頼めるかしら?」

「ああ。───昨日の登校時間帯に、校内での暴力行為と魔法の無断使用があった。暴力行為については、生徒の一人が君に話し掛けたところ、急に投げられたとある。これについて異議はあるか?」

「後ろから大声を上げて肩を掴んでくることをそう言うのでしたら、そうなのでしょう」

「つまり、自己防衛だと言いたいんだな?」

「はい」

「そんなことが学外でも通じると思ってるのか?」

「感覚的には絡んできたチンピラを制圧しただけです。何か問題はありますか?」

 

 達也の開き直りのような言い方に、摩利はこれ見よがしに溜め息を吐く。

 

「暴力行為については以上だ。次に魔法の無断使用についてだが、これは周囲にいた者全てが証人となっている。事前に防いでくれたことには礼を言う」

 

 摩利は表情を取り繕い、感情を表に出さないようにしていたが、エリカに向けて礼をする顔には色々と複雑な表情があった。

 エリカは何故か笑いをこらえるように、頷くばかりで何も話さない。

 

「司波と言ったか」

「何でしょう?」

「お前ほどの実力があれば、穏便に済ませることも出来たのではないか?」

「穏便というのがどこまでのことかわかりませんが、絡んできた以上はそれなりの対応をします」

「つまり、過剰防衛であったことを認めるんだな?」

「過剰かどうかは見る人によって違うのでなんとも言えません。俺は一時的に相手の行動力を奪ったのみです」

「ふぅ……。これ以上言っても中々折れそうにないから正直に話そう」

「ちょっと摩利」

「真由美は黙っててくれ。まず、今回は生徒の今後が関わっている」

「早い話が、その生徒の対応を考えるために呼ばれたということですね」

「その通りだ。少しは君の方で折れてくれると思ったが、見通しが甘かったようだな」

「事実を口にしているだけで、それ以上ではありません」

「まあそうなんだが……。と言うわけで、現状では一番重い処分として謹慎一ヶ月。軽くとも一週間の見立てだ」

「こちらに求めているものはなんですか?」

「情状酌量の余地の有無だったんだがな」

「それでしたら、補講という形をとっては如何でしょう? 謹慎しても改善されなければ一緒ですし、そもそも魔法は発動していません」

「では、当事者もこう言ってることだし、魔法が未遂であったことから期間を一週間として補講を行う。それで構わないか?」

 

 摩利は真由美と克人に視線を向けて、是非を問う。初日から新入生に重い処罰は如何なものかと判断が割れていたところだった。

 

「良いと思うわ。改善を促すことは大事だと思うし。十文字君はどう?」

「特に意見はない」

「では決まりだな。二人とも時間を取らせて済まなかった」

「それでは失礼します」

 

 達也はエリカと共に部屋を出る。

 そして、そのままの足で食堂へ向かっているところでエリカが口を開いた。

 

「あ~面白かった」

「何がそんなに面白かったんだ?」

 

 達也は不思議に思っていたことを聞いた。

 エリカの不審な挙動振りは隠そうとしても隠しきれるものではなく、表情を無理矢理取り繕っているのは明らかだったからだ。

 

「いやあ。個人的にスッキリしただけ。ちょっと高圧的に出れば好きにできると思ったら大間違いよね」

「よくわからないが、風紀委員長に恨みでもあるのか?」

「まあ、色々よ」

 

 エリカは多くは語らず、バツが悪そうに表情をしかめるのみ。達也は深くは聞かずに食堂へ入っていった。

 

 その日の放課後。

 授業を終えた達也は、明日のカリキュラムの確認を行い、デバイスを閉じる。

 それを待っていたのか、レオが達也に向き直った。

 

「達也は入る部活とかは決めてるのか?」

「特に決めてはいないな。レオはどうなんだ?」

「俺は山岳部に入ろうと思ってよ。決めてないならどうかと思ったんだ」

「部活に入るかはともかく、今日のところは見て回ろうと思っている」

「よし! それじゃあ早速見に行こうぜ!」

 

 レオは気合いを入れるように叫ぶと、達也を急かすように立ち上がる。

 

「えーっと。私たちも御一緒していいですか?」

 

 達也の後ろの座席から掛けられた声に振り返ると、そこには席から立ち上がり達也とレオを見る美月と、その隣にエリカがいた。

 

「特に問題ないが、レオはどうだ?」

「いいんじゃねえか?」

「回りたいところは決めてるのか?」

「私は文系の方を見ようかと」

「私は運動系の部活でも見よ~かなーって感じ」

 

 話し合った結果として、エリカの希望から先に向かい、その後に美月、レオの順で回ることになった。

 2科生の校舎を出ると、各施設に向かう通路には人だかりが多数できていた。

 その内容としては、部活勧誘期間であるため、2~3年生が1年生を囲んで勧誘するといったものだった。

 

「ここは通るのに苦労しそうだな」

「て、言っても今から反対側に行くのも面倒よね。しかも、いないとは限らないし」

「ここは強行突破だな」

「盾役よろしく! 美月はこっちね」

 

 エリカは美月の手を引くと、達也とレオを壁のようにして後ろ側に移動する。

 美月は困惑するばかりで、エリカになされるがまま移動した。

 この案は功を奏し、部活勧誘の手は悉くを達也とレオで対応し、無事に練武館へ着くことができた。

 

「中々危なかったわね。美月だけだったら拐われてたわよ」

「確かにな」

「気が弱そうだしな」

「そんなことないですよ」

 

 3人の声を受けて美月は反論するが、その声に力はなく自信の無さが表れていた。

 しかし、それには誰も突っ込みは入れず部活の風景へと視線を向ける。

 そこでは、中央の全面をひとつの部活が行っていた。

 そして、端の方には次の順番を待っているであろう生徒が時計を気にしながら待機している。

 

「今の時間はマーシャル・マジック・アーツ部の時間か」

「30分ずつ交代していくようだな。時間的には、次まで約5分後だがどうする?」

 

 興味津々で見ているレオを含めて、達也はこの場に留まるかの確認を行う。

 エリカと美月は興味無さそうにしていたが、レオの視線は魔法を使っての動きを追い続けていた。

 

「これちょっとだけ見といていいか?」

「俺は構わない」

「まあ、せっかく来たんだしね」

「私もいいですよ。他の部活を見るいい機会ですし」

 

 きっちり5分後に次の部活に替わったところまで見届けた4人は、練武館を後にして次の場所に向かう。

 その後に向かった美術部で体験してみるということで仮入部を果たした美月を皮切りに、山岳部でレオと別れ、エリカと二人どうするべきか顔を見合わせた。

 

「さて、ひと通り回ったが……」

「達也くんのお眼鏡に叶った所は無かったわけね」

「それはエリカもだろう?」

「う~ん。後はあんまり見たいとは思わないしな~。帰る?」

「俺は図書室に用事がある」

「また?」

「またというほどまだ行ってないが?」

「でも、今後も行くつもりなんじゃない?」

「色々と参考になるものも多い。当分は図書室通いだろうな」

「ん~。それなら私は適当に見て帰る」

「それじ───」

 

 達也がエリカに別れを告げようとしたところで、何かを抱えた生徒二人がすさまじい勢いで走ってくるのを視界の端に捉えた。

 その二人は、大勢の人に追われているが、余裕があるのか、その顔は笑顔だ。

 その二人が抱えているものと言えば、それは雫だった。

 特に抵抗するわけでもなく、成すがままの成り行き任せにしていたが、達也の姿を見つけて、その視線を達也に固定する。

 達也は何かを期待する目を見て溜め息を吐くと、達也たちの横を二人が通りすぎる際に、その二人から掠めるようにして雫を奪う。

 

「いったい何をしてるんだ?」

「誘拐されてた」

 

 全く焦ってもいない声で言ってきた雫に、達也は頭痛を堪えるように眉間を揉む。

 誘拐したと言っている犯人は、制服の着用をしてはいなかったが、その独特のユニホームから第一高校の生徒であることが伺えた。

 

「あれ? いつの間に!?」

「折角の逸材が!!」

 

 逃げることに専念していたため、雫を拐った二人の反応は遅れる。

 それは追いかけてきていた人たちには十分な時間であり、達也たちが囲まれることにもなった。

 

「是非私たちの部に!」

「マネージャーとして俺たちの部へ!」

「毎日甘いお菓子とジュースを付けるよ!」

「うちらが先に唾つけたんだぞ!」

「彼女は私たちの部に入るのよ! 邪魔しないで!」

 

 全く中にいる者の事を考えない言い合いはエスカレートしていき、達也と雫は女子生徒に囲まれると、その体を引っ張られ始めた。男子生徒は流石にその輪に入れないのか、輪の外から集団に対してヤジを飛ばしている。

 

「一緒にこの子も!」

 

 それまで、揉まれているだけだった達也は、魔の手が自らに及ぶと分かった瞬間、人の波をすり抜ける。

 達也が包囲網から出たところで、その過激な勧誘活動に待ったが掛かった。

 

「そこ! これ以上強引な手段に出るのならば、風紀委員として見過ごすことはできなくなるぞ!」

 

 颯爽と現れたのは、昼休みの時間にも会った、風紀委員長の摩利だった。

 その声に、それまで集まっていた生徒は蜘蛛の子を散らすように雫から離れる。

 そこには、制服を乱した雫が残った。

 それまで、包囲網の外からニヤニヤと傍観していたエリカは、雫の姿が見えた瞬間に顔つきを変えて駆け寄り、僅かに露になった胸元を隠す。

 そして、牽制とばかりに雫を見る者へ視線を飛ばした。

 衣服の乱れた状態の雫の姿を見た者は、特定の人物しかいないようで、ほとんどの視線が、大声を発した摩利に注がれていた。

 

「全く、何が風紀委員なんだか」

「ありがとう。後は自分でする」

「まあ、見られたのは達也くんだけみたいだし、これは慰謝料を請求しないとね」

「請求できるもの?」

「当然でしょ。乙女の柔肌はそんなに安くはないんだから」

 

 達也にとって聞き捨てならないやり取りをしている二人をよそに、生徒たちは摩利の周囲に集まっていた。

 それを好機と見たのか、最初に雫を拐った二人組は、こっそりと雫に近寄っていく。

 

「今度こそ!」

「甘い!」

 

 雫に抱きつくようにしてタックルしてきた生徒を、エリカはその突進の力を利用して投げ飛ばすと、雫の手を引いて達也の裏に回り込む。

 

「俺は壁じゃないんだがな」

「一人だけ逃げた罰ね」

「エリカも逃げたように見えたが?」

「私はそもそも包囲されてなかったからいいの」

 

 エリカは達也を見上げて怒ってますと言わんばかりに、腰へ手を当て達也を指差す。

 

「そもそも、達也くんだったら雫を連れて逃げられたでしょ」

「相手を殲滅するならともかく、ほぼ触らずにというのは無理だな」

 

 達也の視線は摩利に説教を受ける生徒に向けられる。その生徒は大半が女生徒であり、中にはユニホームを着ていることから、その体のラインが際立って目立つ者もいた。

 

「ところで、光井さんはどうしたんだ?」

「光井じゃなくほのか。私は雫で良いって何回も言ってる」

「分かったよ……。ほのかはどうしたんだ?」

「ほのかも拐われた」

 

 何となく予想できていたのだろう。達也は特に驚きもせず雫を見る。

 

「バイアスロンか……」

「知ってるの?」

「雫を拐った先輩と同じ部だろう?」

「そう」

 

 なぜ分かったのかと首を傾げる。しかし、達也はそれに答えることなかった。

 

「君たちすまないな」

 

 達也たちに近付いてきたのは、先程の対応を終えた摩利だった。

 摩利はエリカからの視線を受けて怯んだが、すぐに気を取り直す。

 

「先程のことで分かったと思うが、この一週間は、部活勧誘期間として激しい争奪戦が繰り広げられている。特に部活が決まっておらず、ブラブラ歩いていると狙われるので注意してほしい」

「そもそも、こんな期間を設けなければこんなことにはならないんじゃないの?」

「本来は自分達の部活動のアピールをする期間なんだが……」

「対応出来てないわけね? この学校の規律が緩いんじゃないの?」

「この学校は広くてだな。風紀委員も今は6名しか……」

「そんな言い訳を聞きたくはないんだけど?」

 

 何故か摩利を敵視し、追い込んでいくエリカを雫は不思議そうに見る。

 本来であれば、上級生に対してここまでズバズバと言えるものではない。

 それにも関わらず、逆に上から目線の言い方に雫は戸惑っていたのだった。

 

「取り敢えず無事解決したことだし、ほのかのところに行かないか?」

「ほのかが心配」

 

 二人が次の目的を告げたことで、エリカは摩利を相手にするのを止めて振り返る。

 摩利はその後ろで露骨にホッとしたような表情をした。そして、この隙を逃さないとばかりに逃げ出す。

 

「何かあったら言ってくれ! それじゃ!」

「───全く、根性ないなぁ……」

 

 走っていく摩利の後ろ姿を見てエリカは呟いた。

 

 バイアスロン部は、正式名称をSSボード・バイアスロン部といい、スケートボードやスキーボードに乗って移動しながら目標物を魔法による射撃で撃ち抜き、コースを走破する競技である。

 そのため、移動しながら他の事を行うマルチタスク能力やそれを維持する魔法力。更に目標に当てるという射撃力まで必要であり、選手にかなりの技量を要求するものだった。

 その競技が行われている場所では、一人の生徒が、制服姿のまま嬉々としてボードを動かしていた。

 

「ほのか楽しそう」

「どう見ても喜んでるよね」

 

 射撃は未だ行っていないが、ボードの扱いは見ていても安心できるほど安定している。

 それを確認した達也は雫に問い質した。

 

「ほのかは楽しんでいるようだがどうする?」

「内容は面白そう」

 

 そこへ、雫を拐った二人組が、どうしようか悩む雫の存在を見つけ近付いてきた。

 

「来てくれたの!?」

「ありがとう! こっちよ」

「それじゃあ」

「またね~」

 

 今度は両脇からガッチリと腕を絡まれて連れていかれる雫に、達也とエリカは軽く手を挙げて応えた。

 

「エリカは部活に入らないのか?」

「私は家の事があるし、見学だけなのよね。それよりもさ、新しくお店見つけたんだ。今日はそっちに行ってみない? 一人だと気まずくて」

「それが狙いか?」

「今回は偶々よ? ホントに」

「まあ、いいけどな」

「よし! じゃあ帰宅部同士、帰るとしましょ!」

 

 エリカは達也の返事を聞くと、急かすように校門へ向かい始める。

 その後は、結局エリカに奢ることになり、エリカは満足して達也と別れた。

 

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