司波達也の日常   作:ネコ

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第20話

 月に一度のメンテナンスの日。

 前回は体調不良のため行われることがなかったが、今回は実施する旨の連絡が北山家からきていた。

 以前は明るい雰囲気であったそれは、今では見る影もないほど暗いものへと変わっている。

 変わってないのは、達也の態度くらいだろう。

 いつも通りに、依頼された仕事をこなしていく。

 

「これで終わりだが……、何か言いたいことがあるんだろう?」

「僕は席を外しますね」

 

 航は3人から発せられるただならぬ様子に、空気を読んですぐに部屋を出る。

 残された3人の間には、それまで航が取り成してきた雰囲気が、静寂と共に消え去っていく。

 

「そうだな。そちらからないのであれば、こちらからしようか」

 

 達也から自分の事を話すなど滅多にないこと。突然のことに、それまで俯いていた2人は顔を上げて達也を見た。

 

「まず、俺の出生についてだが、父親は知っての通り、FLTのトップである司波達郎。母親も雫たちがよく知る人物だ」

 

 達也の事はある程度のことを親から聞かされていたのだろうが、母親が誰かなど聞いたことがなかった2人は、達也の言葉を聞き逃すまいと、僅かに身体を前の方に傾ける。

 

「両親が企業のトップ程度であれば、俺にももう少し自由が与えられるんだろうが、そうもいかないと言うのが現状だ。───早い話が、俺の素性を知られると、皆して距離を取ることが明白だからな。生涯付き合うとなると、その覚悟があり、更に言えば自分の身は自分で守れる程度の力が必要になる」

 

 達也は一旦話を区切り、聞く覚悟があるのかと問うように、雫とほのかの顔を見る。2人の表情に変化はなく、真剣な顔つきで達也を見つめ返していた。

 達也はその態度を肯定と捉えて話を進める。

 

「2人は魔法界におけるアンタッチャブルという言葉を聞いたことはあるか?」

 

 達也の言葉に2人は少し考えたものの頷いてみせ、ここで今日初めて雫が口を開く。

 

「魔法界で触れてはならない者たちと言ったら1つしかない。十師族の1つである四葉だけ」

「何故そんなことが言われるようになったかまでは知ってるか?」

「過去に起きた崑崙の大虐殺が原因って聞いてる」

 

 雫たちの知識の程度を確認し、達也は初めから話すことに決めた。

 

「事の引き金は、向こうが四葉の人間を拐ったことから始まった。すぐに四葉は救助に向かったが、発見されたときには人体実験をされて心を壊された状態だった。それを見た当主は報復を行った。いや、報復と言うには生温いな……。殲滅と言っていいだろう。一族の同胞、数十人を連れて海を渡り、1万人に届こうかという人数を地に返したんだからな。───勿論、四葉も多大な犠牲を被った。その時に一緒に行って生き残った者はいない。何故なら行った者は、生きている限りにおいて与えられた役目を全うしたからな……。それからだ。四葉の考えはある方面に固執することになったのは。誰にも負けず、誰にも奪われることのない。そんな力を求め続けた。そして、それが形となったのは約25年前。それからは、完成された魔法師を産み出すために人体実験が繰り返され、そうして産まれたのが、俺と深雪だ」

 

 ショックな内容が多かったのだろう。雫とほのかは押し黙る。

 十師族の家系と言うのにも驚かされたが、一番のショックは、達也が人体実験の産物と言うことだった。

 一般的に人体実験で生まれてきた者は寿命が短く、よくて30年と言われている。

 これまでに、知識としては知っていても、身近な人がそうだと知って動揺しないわけがなかった。

 

「深雪の方はこれまでの成果の集大成と言っていいだろう。彼女は四葉が目指した魔法師としての完成形。完全調整体と呼ばれている。つまりは、強大な魔法力を持ったまま普通の寿命を持ち、なんら人と変わることがない」

「達也さんは、どうなんですか?」

 

 恐る恐るといった感じでほのかが問い掛ける。聞きたくはないが、聞かなければ前には進めない。

 達也は特に気にした様子もなく答えた。

 

「まあ、2科生であることを考えれば分かると思うが、俺の方は魔法師として欠陥品だったようだ。ある2つの魔法しか満足に使えない。ただ、その魔法を恐れて俺には監視がついている。婚約者というのも、俺に枷を付けるためだろうな」

「達也さんはそれでいいの?」

「自分の事を知ってなお、変わらない存在というのは貴重だ。実力も折り紙付きとなれば、否はないな」

「そう……」

 

 話し終えた達也は、観察するように2人を見る。

 2人は、朝に比べて顔色が回復し、何かを決心したような表情をして見せる。

 

「達也さんの事情は分かりました。でも、分かったからと言って私の気持ちは変わりません!」

「そんな理由なら尚更」

 

 2人の言葉は、達也には信じられないものだった。

 話の流れから言うと、達也には必要以上に関わらない方が良いと考える場面である。

 これまでも、達也としては、特に親密にした記憶もなく、ビジネスとしての付き合いしかない。

 CAD調整の関係で、身体的な確認を行ったことはあるが、それ以上の事は一切ないと言い切れる。

 そのような状態で、原作同様司波達也を好きになるなど有り得ない、と言うのが達也の考えだった。

 しかし、夏休みから始まり、真由美たちの言葉を聞くうちに、その考えが間違っていることを認識させられ、今からでも遅くはないと、自分のおかれた実情を吐露したにも関わらず歩み寄ってくる。

 達也にはこれ以上、遠回しに断るための術は持ち合わせていなかった。

 

「はっきり言うと、俺の近くは危険だから離れていた方が身のためだ。ビジネスだけの間柄であれば、簡単に切り捨てられるが、親密になればなるほど、最悪の時は自分だけではなく家族にまで不幸が降りかかる」

 

 遠回しに伝えることを諦め、達也はハッキリと伝える。

 業務提携は構わないが、これ以上踏み込まれると少々困ったことになる。付かず離れずの関係が達也には丁度良かった。

 

「分かった」

「分かりました」

 

 2人同時の答えに、達也は分かってくれたかと、安堵の溜め息を漏らした。

 この時の2人の目には、達也の安堵した表情がしっかりと映っていた。

 

 

 

 論文コンペの開催地である横浜へ、生徒会の役員であるメンバーは下見に来ていた。

 メンバーと言っても、出場者である鈴音とその護衛である服部は、今回の下見のメンバーから外れている。

 そのためここにいるメンバーは、真由美を筆頭に、梓と達也と雫の4人。五十里はプレゼンの準備のため、真由美が代理として来ている。

 紅3点の中に黒1点の状況は、端から見ればハーレムのようだが、実際には虫除けであることを達也はよく理解していた。

 美少女3人で下見に行こうものならば、声を掛けまくられ、満足に移動できないのが目に見えている。

 そのための男手であり、前年度はこれを服部が受け持った。

 

「さて! 今日は見終わったあとにショッピングね!」

「まだ早いですよ。会長」

「あーちゃん。私はもう会長じゃないの。堅苦しい役職からは解放されたの。分かる?」

「だからと言って、手を抜いていいわけではありません」

「誰も手を抜くなんて言ってないわよ? ただ、予定の確認をしただけじゃない」

 

 梓と達也の突っ込みをものともせず、真由美は元気一杯に胸を張って答えた。

 コンペが行われる会場は、繁華街から少し離れた東京湾の近くにあり、その近辺には魔法協会が空高く聳え立っている。

 

「さて、先ずは各部屋を見て回りましょう」

 

 真由美を先頭にして、建物の内部を確認していく。

 各校の論文成果品を置く場所から、スタッフの休憩所を見て回り、緊急時の避難経路を見る。

 論文コンペの開催地は、横浜と京都で交互に行われている。そのため、3年生である真由美は、過去に横浜へ来たことがあった。

 過去に来たことがあるため、案内役を務めながら進んでいく。そのせいだろう、当初の予定では、昼前に終わるはずの確認があまりにも効率的に回ったため、昼には未だ遠い時間帯である。

 

「終わったわね? 何か質問はある?」

「テロに遭遇した場合の移動経路についてですが、地下ですと爆破による生き埋めが想定されます。また、戦闘となった際に、逃げるルートが限定されてしまうため、得策とは言い難いと思います」

 

 生真面目に意見を述べる達也に向けて、真由美はわざとらしく溜め息を漏らす。

 

「あのね達也くん。コンペを何処の誰が襲うって言うの? 未熟とはいえ魔法師の卵なのだから、軍の規模レベルで来ない限りそんな事にはならないわ。しかも、魔法協会のお膝元な上に、軍の基地にも近いから、すぐに直近の魔法師が駆けつけて対処するだろうし」

「魔法師とは言え所詮は人です。対策は練っておくべきと思います」

「心配性ねぇ……」

 

 駄々をこねる弟を見る目付きで、真由美はどうやって説得しようかと頭を悩ませたが、他の案が思い浮かばない。

 

「じゃあ達也くんはどうしたら良いと思う?」

「先程も言われた通り、軍の基地にも近いのですから、移動などせずに防衛したまま待っていた方がいいでしょう。こちらには十文字家の次期当主がいるのです。その後ろに隠れていた方が余程安全かと」

「そうは言っても、会場には何百人もいるのよ? 流石に十文字くんだけではきついと思うわ」

「当校の生徒で来る人数は数十人です。他校の事まで考える必要はないでしょう」

 

 責任感があるのか無責任なのか。達也の言動に頭を抱える真由美だが、最初の前提を思い出す。

 

(そもそも、テロが起こった時の事だし)

 

 過去を見ても、論文コンペの会場がテロの標的になったなど聞いたこともない。

 狙われるとするならば、十師族の住んでいる場所や、政府官僚のいる邸宅などがほとんどだ。無差別に狙うなら未だしも、この会場を狙う可能性は極僅かであると真由美は判断した。

 

「じゃあ、非常時にはホール内で防衛に徹しましょ」

「そうですね。ホールであれば、天井の壁も薄いですし、落ちてきたとしても対応できるでしょう」

「他に何かある?」

 

 真由美は梓と雫に顔を向けて問うが、2人は顔を横に振って何もないことを伝える。

 真由美は頷き、他にも何か言いたそうにしている達也に向けて言い放った。

 

「非常時災害などの対応は風紀委員の仕事だから、それ関連は帰ってから摩利と話してちょうだいね。私たちはあくまでも、それらをスムーズに行うために下見をしているだけだから」

「分かりました」

 

 達也は素直に引き下がると、下見した場所でのシミュレーションを頭の中で描き始めた。

 

 その後は予定通りというべきか、達也は女子3人の行動に振り回される。

 ましな事と言えば、荷物を持つ手間がないことくらいだろう。もし、郵送ではなく持ち帰っていれば、達也は今頃荷物で両手が完全に塞がれてしまっている。

 それほどの量を3人……と言うより2人が購入していた。

 服装などは、この場にいる唯一の男子と言うことで、達也の意見を求められる。その際、顔を赤らめながらも聞いてくる様子は、心惹かれるものはあったが、達也としてはそれよりも、場違い感に頭を悩ませていた。

 周囲には女性しか居らず、男性は達也一人。

 浮いてしまうのは仕方ないと言えるだろう。

 そうして遅めのランチをとる頃には、達也の精神は戦闘時よりも疲弊していた。

 

(横浜の地理を昼間確認するのに、わざわざこの3人といる必要はなかったな……)

 

 注文したパスタを口に含みながら、反省する点を思い起こしていると、4人組の男たちが店に入ってくる。

 その男たちは達也たちの方を指差し、ぞろぞろと近付いてくると、わざとらしく隣のテーブル席に腰掛け、振り向きながら話し掛けてきた。

 

「この後、俺らと遊ばない?」

「…………」

「そうそう、いろんなとこ知ってるし、飽きさせないよ~」

「…………」

 

 男たちの言葉に返事をする者はいない。

 真由美と雫は達也を見ており、梓に至っては知らない男たちに声を掛けられたせいか、俯いてしまい顔を上げようともしない。

 

「迷惑という言葉を知っているか?」

 

 達也は店内の呼び出し音を鳴らしながら、男たちに向けて声を掛ける。

 

「はぁ?」

「何言ってんだ?」

 

 男たちが達也を睨みながら席を立ち近付いてきたところに、店員が駆け寄ってきた。

 そして、達也たちとの状況を見て分かったのか、男たちに向けて頭を下げながら話し出す。

 

「お客様。席は空いておりますので移動をお願いします」

「俺らはここがいいんだよ!」

「神様に指図すんじゃねえぞ!」

 

 このような相手は初めてだったのだろう。店員はそれ以上言葉を続けることができずに、泣きそうになりながら、店の奥へと戻っていく。

 店員を追い払い気を良くした男たちは、ブザーを鳴らした達也を睨み始める。

 

「いちい───」

 

 達也の胸ぐらを掴もうと立ち上がり近付いた男は、達也に触れる前に突如として倒れる。

 

「何しやがった!」

 

 倒れた仲間を見て、男たちは一斉に立ち上がり達也に掴み掛かる。

 達也は、面倒くさそうに男たちを見ながら、一人一人確実に意識を奪っていった。

 4人とも倒したところで、達也は再度呼び出し音を鳴らす。

 

「あのね達也くん。もう少し穏便に処理できなかったの?」

「振り掛かる火の粉くらいは払いますよ。しかも、店員が処理を放棄したとなれば尚更です」

「全く……」

 

 真由美が頭を抱えていると、店の奥から警備員を引き連れた店員が戻ってきた。

 店員は、男たちが倒れているにも関わらず、達也たちに向けて何度も頭を下げているところを見るに、何処かで様子を見ていたのは明らかだったが、その店員の出来る限りの誠意に、その場での事はそれ以上問題となることはなかった。

 

「拘束もほとんどされなかったし、ラッキーだったわね」

「まあ、証人がいればそんなものでしょう。男たちにしても外傷は無いわけですから」

「だからってすぐに暴力へ走るのは感心しないわよ」

「あの時受けたアイコンタクトでは、こいつらを始末しろと読み取れたのですが?」

「そんな物騒なこと思うわけ無いでしょ!」

「私は思ったかも……」

「北山さんも、その考え方は改めなさい」

 

 4人は、今日宿泊するホテルに向けて歩いていた。

 拘束された時間は短いと真由美が言ったものの、約2時間は話をするはめになっている。

 それでも、通常の尋問に掛けられる時間を考えれば、遥かに短いものだった。

 

「今日は疲れたし、ホテルの中で食事にしましょう。達也くんの奢りで!」

「そこは先輩が出すところではないんですか?」

「こういう時は男の甲斐性を見せる時よ。それに聞いたんですからね。達也くんが実はお金持ちだって」

 

 達也の視線は自然と雫に向けられる。雫はその視線を受けて顔を左右に振った。

 

「やっぱりお金持ちだったのね!」

「ハッタリですか……」

「何て言うか、女の勘ってやつ?」

 

 達也は自分の軽率な行動に呆れるが、雫を疑ったことと、この時間まで束縛した事も踏まえて出すことに決める。

 

「まあ、いいですけどね」

「えっ? ほんとに? 無理をしなくても大丈夫よ?」

「構いませんよ」

「じゃあお願いしようかしら」

 

 その後ホテルに戻り、達也に呼び出しを受けた場所が、VIPルームでの夕食だったため、真由美は驚き、梓は恐縮し続けたのを見て、達也は雫と密かに笑いながら食事を続けた。

 

 

 

 論文コンペの当日。

 会場では、各校の生徒と、その引率である先生たちで賑わっていた。

 報道関係者は時間が決められているため、未だ入場できずに、時間が来るまで入り口で網を張り、通過していく生徒たちにコメントを貰おうとたむろしている。

 第一高校の生徒が集まる場所では、代表者である3人が皆から声援を貰っているところだった。

 

「皆さんありがとうございます」

「それでは行ってきたまえ」

 

 生徒の引率である第一高校の廿楽教師に送り出され、3人はホールを出ていく。

 各校も似たようなもので、送り出した後に所定の場所へ腰を下ろしていた。

 各校の生徒たちが席についた頃に、報道関係者の入場が許可されたようで、次々に後部座席が埋まっていく。

 コンペは予定通り開催された。

 会場は暗くなり、舞台の上のみが明るく照らしだされる。

 そんな中にあって、達也は身動きが取れない状態に陥っていた。

 達也の両サイドは、ある2人の女生徒によって塞がれ、会場が暗くなってからは、肘掛けに置いた手がしっかりと掴まれており、立ち上がることすらままならない。

 このままでも問題はないが、咄嗟の対応が遅れることを達也は憂慮していた。

 

「流石に各校とも仕上げてきているな」

「皆緊張しないんでしょうか?」

「私だったら無理。それ以前に論文を書けるほどの知識がないけど……」

 

 達也の隣に座っているのは、ほのかと雫だった。

 雫は達也に向けて、何故出場しないのかと目で訴えるが、達也は視線を逸らして回答を避ける。

 発表の合間には、休憩と交代のための時間が10分ほどあるため、達也は両手に少し力を入れて立ち上がることを2人に伝える。

 第一高校の順番は後ろから数えた方が早い。

 達也は用事を済ませるために立ち上がると、少し席を外すと伝えてホールを出た。

 

 達也が向かったのは誰もいない部屋のひとつ。

 屋上近くに設置されているその部屋へ近付く者はほとんどいない。居たとしても、会場のメンテナンスをしている業者くらいだ。

 達也は見られていないことを再度確認し、デバイスを立ち上げた。

 

「達也ですが、ネズミは見つかりましたか?」

『全てを発見できておりません。どうも、こちらが近付くと察してしまうようで、すぐに逃げてしまいます』

「と言うことは、ネズミは隠れることと逃げるので精一杯と言うことですかね?」

『今のところはそうですが、殲滅には至っておりません。精々半分程度駆除しただけで、巣穴には未だ沢山おりましょう』

「巣穴の殲滅は折を見て話し合いましょう。それよりも、海にいるネズミですがそちらはどうです?」

『そちらは予定通りに近付いているようですな。飛んで火に入るなんとやら……、とはこの事を言うのでしょう』

 

 達也の知る情報と第3者からの情報により、この横浜の地が狙われていることは分かっていた。

 自分の手を煩わせることなく処理するために、四葉に情報を流し、四葉はそれを軍と七草、十文字に流す。

 関東地方は七草と十文字の守護地域であるために、そのようにしているのだが、守護地域外からの情報で動かされると言うのは、2家にとって業腹であったのは言うまでもない。

 しかしながら、守護を委任されている以上は、行動に移さねばならず、表面では何事もないように見せかけ、水面下で対応するための準備が行われた。

 

『今動きがあったようですな。対応しますので一旦切らせていただきます』

「分かりました」

 

 通信を切り、達也は懐に入れてあったCADを確認して、元来た道を戻り始めた。

 達也の両目はいつもより僅かに細められ、遠くを見るように、焦点の合っていない眼差しで歩いていく。

 それは、これから起こるであろう事に憂慮しているようでもあった。

 

 

 

 繁華街の中にある雑居ビルの一室。

 そこには物言わぬ骸が数体転がっていた。

 そんな状態であるにも関わらず、部屋の隅に隠れるようにして男が一人立っている。

 

「当たりであって欲しいが……」

 

 男は小声で呟くと、デバイスを立ち上げて素早く視線をはしらせると、室内の明かりを点けて転がっている死体の顔を確認する。

 しかし、目的の顔がなかったのか、顔を左右に振り顔をしかめてデバイスを閉じた。

 男は明かりを消すと、静かに部屋を去っていく。

 男に与えられた命令に等しい指示は、まだ多く残されていた。

 

 

 

 コンペが行われている会場内で警報が鳴ったのは、第一高校の発表が間近に迫った時だった。

 何が起こったのか理解したものは達也を除き皆無。

 雫とほのかは不安そうに達也の手を握りしめている。

 

「いったい何事かしら?」

「───七草。少し話がある」

 

 十文字は、自らのデバイスに目を通すと、周囲の喧騒を無視して真由美を少し離れた場所に連れていき、密談を始める。

 達也はそんな2人を少し見たものの、座席の背もたれに体重を預け、目をつぶった。

 そうして達也に見えてきたのは銃撃戦の様子。

 この国の魔法師と相対しているのは、一般的な魔法障壁など紙の如く貫くハイパワーライフルを持った集団。

 防衛側は応戦に手一杯で、反撃の魔法にしてもあまり効果を発揮していなかった。

 そんな攻防も、突如として崩れる。

 ハイパワーライフルを手に持った集団が次々と消えていったのだ。

 防衛に回っていた魔法師は、自らの魔法で沈黙したと思い込み、徐々に相手を追う形へと移行し始める。

 追い詰められ始めた集団は、自殺覚悟なのだろう。車両に次々と乗り込むと、魔法師たちを狙って突撃していく。その突撃が避けられると、近くの一般市民や建物に突っ込むと同時に爆発する。

 全員が身元を隠すために木っ端微塵になるほどの爆弾を所持していた。

 被害は多少出たものの、防衛側の勝利に終わったことを確認した達也は、そっと目を開けた。

 そこには、心配そうに達也の顔を身を乗り出して覗きこむ雫とほのかがいた。

 

「達也さん、魔法を使いましたか?」

 

 顔を青醒めさせて訊ねてきたのはほのか。

 その手は震えているものの、しっかりと達也の手を離さないように掴んでいる。

 

「このパニックが起こりそうな状況であれば、分からないだろうと思ったんだけどな」

「ずっと達也さんを見てなければ分からなかったと思います」

 

 達也はほのかが安心できるように微笑んで見せると、ざっと周囲に目をやる。

 既に警報がなってから時間が経っていることもあり、ほとんどの者が立ち上がって移動の準備をしていた。

 

『少々時間をいただきたい』

 

 放送で呼び掛けたのは克人だった。

 ホールにいた者たちは、その声に話すのを止めて声の聞こえてくる方を見る。

 

『私は十師族に名を連ねる十文字家の当主代行をしている十文字克人と言う。皆は、今、何が起こっているのか知りたいことと思われるので、状況について説明しよう。現在この横浜を中心として、他国からの攻撃を受けている』

 

 克人の言葉は、ホールにいる者たちに衝撃を与えた。

 これまで、警報が鳴るほどの事態に直面したことが無い者がほとんどであり、それも他国からの攻撃となれば尚更だろう。

 ざわめきが広がる中、克人の説明は続く。

 

『この攻撃に対し、既に反撃を開始しているため、鎮圧されるのも時間の問題だろう。ただ、残党はいると思われるので、各人注意してもらいたい』

 

 ホール内は不安を塗り潰すためだろう、それぞれの話す声が聞こえてくる。

 そのような中にあり、報道関係者の1人が克人に質問をした。

 

「我々はいつまでここで待てば良いか教えてくれ!」

『何時まで、と言う確約は出来かねるが、現在ここへ軍が向かっているので、後数時間以内にはここを出られるはずだ』

「それまでに襲われたらどうする!?」

『それまでは、ここに詰める警備員と各校の風紀委員等動ける者で対応しよう。矢面には主に私が立つので、他の者にはフォローしてもらうことになる』

「それはどのような立場での発言でしょうか!?」

 

 非常時であるにも関わらず、報道関係者は次々に質問を浴びせかける。

 克人はそれに答えつつも、横に立つ真由美に話し掛け、今の事態に対して迅速に動き始めた。

 

「五十里くん、第一高校の皆をまとめてちょうだい。私は各校に話をつけに行ってくるわ。鈴ちゃんと摩利もサポートしてあげて」

「分かりました」

「私が出来ることはなさそうだけどな」

 

 摩利の軽口には付き合わず、真由美は他の学校の元へ移動していく。

 摩利は振り返り肩を竦めて見せると、五十里に顔を向けた。

 

「それで? 私たちはどうするんだ?」

「まずは点呼を取りましょう。この場から離れた人がいれば捜索しないといけませんし……、中条さんは3年生。司波くんは2年生。北山さんは1年生を確認してください」

「啓! 私は!?」

「花音は風紀委員を纏めておいて。十文字先輩も言われていたけど、もしもの時があるし、すぐに動けるようにしておきたいんだ」

「任せて!」

 

 花音は、五十里から任された内容に頷くと、興奮気味に風紀委員の元へ駆け出していった。

 

「花音のやつ大丈夫か?」

「……一応、渡辺先輩でサポートしていただけますか?」

「そうなるよな……。やる気に水を差さない程度でフォローしておくよ」

「お願いします」

 

 五十里が指示を出していく中、達也はこの会場へ同伴した2年生を確認していく。

 達也の確認は既に半ばまで終わっていた。

 電子帳に記された顔と名前を確認し、この場を離れないよう一緒に伝える。

 元々克人の放送は、館内にいる者たちに聞こえていたのだろう。外に向けて走り出すような生徒は居らず、ホール内に固まっているため、把握はしやすかった。

 達也の手元に、未だ確認できていない名前として残るのは、服部と桐原の2人。その行方に心当たりのあった達也は、3人がいるであろう場所に向けて歩き始めた。

 そんな達也の後ろを、カルガモの子供のように、ほのかが離れないようについていく。

 

「ここでしたか」

「!! 司波か……」

 

 突然開いた扉から現れた達也を見て、服部と桐原は露骨にホッとしたような表情をしたものの、すぐに引き締めて辺りの警戒に入る。

 2人の顔に余裕はなく、いつ敵が現れるのかという不安がありありと見てとれた。

 護衛されている鈴音は気にした様子もなく、黙々と手元を動かし続ける。

 

「どうして司波はここに来たんだ?」

「当校の生徒の安否を確認するためです。お三方はここで作業をされる旨を伝えておきます」

「ああ、頼む」

 

 護衛対象である鈴音をおいては行けないからだろう、服部は達也に頷き返すと、鈴音の傍らに立ち、周囲の警戒に戻る。

 本来であれば、扉からの侵入に気を付ければ良いのかもしれないが、敵が他国であれば、注意を全方位に向けているのも無理はない。何故なら、手段を選ばなければ何処からでも攻撃は可能だからである。

 達也はそんな3人のいる部屋を後にして、ホールへと戻っていったのだった。

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