司波達也の日常 作:ネコ
生徒の確認が終わった後の達也に、それ以上の役割が与えられることはなかった。
達也は空いた時間の有効活用をすべく、誰もいない部屋に入り、デバイスを操作して仕事を始める。
その達也の近くには当然とばかりに、雫とほのかが座っていた。
2人はモニターを操作して、緊急中継で映っている横浜の状況を見ている。
「達也さん、皆さんの近くにいなくて良かったんですか?」
モニターを見て少し不安が増したのか、ほのかが達也に問い掛けてきた。
「何かあれば呼び出してもらえるよう言ってあるし、十文字先輩が防衛を務めるからには、ここの安全はある程度保証されたようなものだ。あそこにいる意味はないな」
達也は手を止めることなく、ほのかの問いに答える。その達也の言葉が正しいかのように、他の学校の生徒たちが部屋の中を覗いていったり、中で休憩したりと、次第に人が増えていった。
ここは会議用の部屋であるため、多くの人を収容できるが、それでも限度はある。
収容人数の半分を越えた辺りで、達也は移動を始めた。
行き先はホール。そこには、軍服に身を包んだ人と克人が何やら話し合っている。
その近くには、真由美と将輝がおり、話の内容を一緒に聞いていた。
「お出迎えも来たことだし、やっと帰れるな」
「もう安心ですよね?」
「何を以て安全と言えるか分からない以上、なんとも言えないな」
達也たちが座席に座り暫くすると、放送が流れ始める。
内容は軍の迎えが来たので、指示に従い帰るようにというものだった。
その放送を聞いて安堵する者がほとんどであり、それを受けて克人と真由美、将輝が静かにホールを出ていく。
ホールは再び人が増えはじめ、人の声が通りにくくなる。
「第一高校の生徒は、こちらに集まってください!」
「静かに聞きなさい!」
五十里と花音は大声を張り上げて生徒の誘導に当たるが、この場にいるのは第一高校の生徒だけではないため、周囲の話し声により、すぐに掻き消されてしまう。
達也は生徒会役員としてその補助を行うが、訓練も積んでいないような生徒が、その声をまともに聞くことはなく、聞いていたとしてもその歩みは鈍い。
要改善項目として達也は取り上げつつ、地道な作業を繰り返した。
第一高校の面々が会場を出たのは、前の組が出てから約10分後。一番最初に会場から逃げるように出て行き、迎えに来た軍のバスに乗り込んだのは報道陣であり、その次は入り口に近い高校から順次会場を後にしていく。
達也は乗り込んでいく生徒を確認し、生徒会長である五十里に結果を伝える。
「五十里先輩。第一高校の生徒は、十文字先輩と七草先輩を除き、バスへの乗車を確認しました」
「ありがとう。それじゃあ僕たちもバスに乗ろう」
五十里は残った面々を見渡しバスへと歩いていき、花音もその後に続く。
この場に残っているのは、五十里、花音、達也、雫、ほのかの5名。
五十里は生徒会長として、花音はその護衛として残っており、雫とほのかは達也の付き添いとして残っていた。
「と言うわけで、バスに乗らないか?」
「達也さんと一緒に行く」
「私もご一緒させてください!」
「そう言われてもな……」
達也としては、これから先の事を考えると了承できるものではなかったが、突き放して変について来られるよりマシかと思い直す。
「2人の想子量に多少の不安はあるが……、最低限こちらの指示には従うこと。いいな?」
「分かった」
「勿論です!」
達也は頷き、50メートル程離れたバスへ視線を向ける。
バスの乗車口では、なかなか来ない3人を五十里が不思議そうに見ていた。
達也は携帯を取り出し、五十里に電話を掛ける。
『司波くん、何かあったのか?』
「忘れ物をしたので、次のバスで戻ります」
『……忘れ物くらいなら待っておくよ?』
「待たなくても大丈夫です。それよりも、バスの運行の妨げにもなりますので先に行ってください」
『北山さんたちもかい?』
「ええ。2人も残るそうですので」
『分かった。司波くんは2人をちゃんと送り届けるように』
「分かりました」
連絡を終えた達也は、2人に目配せすると会場の方に向かう。
会場の脇には、黒塗りの車が建物の影に隠れるようにして停まっていた。
達也は迷うことなく、その車の扉を開けて中に乗り込む。
「待たせた」
「大丈夫です」
運転席に座るのは達也の婚約者である亜夜子だった。亜夜子は達也の後ろに続く2人を見ても、特に何も言わず、2人が車に乗るのを確認して車を出発させる。
車内での会話はなく、達也はある場所から送られてくる映像に目を通し、雫とほのかは運転している少女に注目していた。
「予定通りだな」
「では、このまま魔法協会に向かいます」
「この車の防弾性能は?」
「ミサイルまでであれば防ぐことは可能ですが、走行は不可能になります」
「ミサイルの類いはこちらで防ぐ。この車に求めるのは、ばら蒔かれた銃弾を防ぐ程度だな」
達也は広げていたデバイスを収納すると、新しく大きなケースを取り出し、中にある部品を組み立て始めた。
「どれくらい誤魔化せる?」
「1分以内であれば」
達也と亜夜子の会話はそれで終わった。
魔法協会は、コンペの会場から近いこともあり車で10分も掛からない位置にある。
魔法協会にも軍による護衛はあったようで、通常であればいるはずの警備員の姿が入り口から消えていた。
亜夜子は魔法協会の脇に車を停止させると、デバイスを取り出し、通信を始める。
「使用する際には教えてください」
「ああ」
達也は座席を倒して楽な姿勢をとると、魔法協会内部に意識を向けた。
「流石に誰もいなければ侵入は容易いか……」
達也の意識には、イデアと言う情報の海を介して、魔法協会内部にいる人の動きが手に取るように分かった。
人数は10人程度。それぞれが、並の術者よりも強いことは視て取るように分かるものの、達也にとっては一般人と大差ない。
その中でも強大な力を持つのは一人だけで、後は通常のCADでも対処できる。
それよりも厄介なのは……。
「イデアの情報すら希薄に出来るとは恐れ入るな……。しかし、全てを把握した。1分後に起動する」
「はい」
亜夜子は達也を見て頷き、自らのデバイスを操作する。
亜夜子が行ったのは、魔法協会を中心としての魔法の使用を感知する機器の沈静化。
それにより、魔法の不正使用を誰も捉えることは出来なくなるといったものだ。
それでも、多少の痕跡は残ってしまうが、誰が、いつ、どのような魔法を使ったのかまで把握することは出来なくなる。
達也は限られた時間を無駄にせず、次々に魔法を発動していった。
「綺麗……」
ほのかは達也の魔法を見て、感嘆の響きを纏わせて呟く。
達也の魔法には、他の人のような余剰想子や無駄な式が一切なく、ほのかの目には美しい1枚絵のような光景に見えていた。
その光景は30秒と掛からずに終わりを迎える。
「終わりだ」
達也はそう言って一息吐くと、使用したCADを元のケースに戻し始めた。
亜夜子も手元のデバイスを操作して、システムをダウンさせていたプログラムを停止させる。
程なくして片付けを終えた亜夜子は、再び車を走らせ始めた。
達也が異常を感じたのは、車を走らせ始めてすぐの事。達也が意識を外に向けると、達也たちの乗る車を追うようにして、1羽の鳥がついてきていた。
「尾行されているな……」
「いかがいたしましょう?」
達也とて万能ではないので、広範囲を知覚しながらの魔法使用は困難を極める。
そのために、魔法監視システムをダウンさせたのだが、それだけでは足りなかったのだと思い知らされた。
しかし、この機会を利用しない手はない。
達也は追跡する鳥に手を出すことなく、車を進めさせる。
行き先だけを変えて……。
達也が向かった先は七草の経営する企業の1つ。
その地下の駐車場に入っていき、地下にその鳥が侵入してきたところで、さも結界があるかのようにその鳥を消滅させる。
そして、何食わぬ顔でその駐車場から出ていった。
「では予定通り向かってくれ」
「はい」
予定の場所に遠回りをしながら向かう傍ら、達也は後部座席に座るほのかに訊ねる。
「ほのか」
「はい!」
「そう緊張しないでいい。この車を中心として、上空からの映像を出せるか?」
「任せてください!」
ほのかは達也から任された内容に即答すると、すぐに魔法を起動し始める。
それを慌てて達也は打ち消した。
「こちらも準備をするから少し待て」
「ごめんなさい……」
「雫はほのかのサポートを頼む」
「任せて」
達也は、ほのかと雫にそれぞれCADを手渡す。その光景に亜夜子が反応するものの、何も言わずに運転を続ける。
達也はそんな亜夜子の視線に気付いたものの、見向きもせずに2人へ説明を始めた。
「それはまだ試験的なものなんだが、ほのかの方は光の屈折率を操作しやすくしている。情報収集は元より、攻撃にも転用可能だ。ほのかの特性に合っているだろう。雫の方はまだ実地試験の終わっていないものだが、周囲から隠蔽するための結界を幾つか組み込んでいる。運用方法としては、認識阻害の結界を張った後に、光屈折の魔法を使用するためのものだ。1時間ほど使用してもらうことになるから、きつかったら言ってくれ。まずは雫からだ」
達也は簡単な説明を終えると雫に使用を促す。雫はそれに頷いて見せると、程なくして結界を起動させた。
「結界の範囲を上に伸ばしてくれ」
ゆっくりと範囲を広げ、結界の高さが50メートルに届こうかといったところで停止させ、今度はほのかに指示を出す。
「次にほのかだが、雫の張った結界内部で魔法を起動。集められる情報はその範囲から見える分だけでいい」
「はい」
ほのかは慎重に魔法を使う。
そうしてほのかの目の前に現れたのは、半球状のレンズのような物体だった。
それは次第に色を着けていき、上空からの景色を映し出す。
「移動する物体からでも問題は無さそうだな」
達也は映像を見ながら、自分の眼との誤差を確認する。
ほのかの技量があるためか、達也の想定を大幅に超えて映し出される映像は、高解像度カメラで撮影したものと遜色はない。
達也はそれに満足すると、その映像を利用して不審なものがないか監視を行う。
時間としては約1時間。
目的地にまで到着した事で、達也は魔法の使用を止めるよう2人に伝えた。
「ほのかは魔法の使用を停止してくれ。それが終わったら、次は雫だ」
2人は頷くのみで、言葉を発することなく達也の指示に従う。その顔には珠のような汗が浮き出ていた。
達也は2人にタオルと飲み物の入ったボトルを手渡す。
「お疲れさま。尾行は無しと見て良いだろう。亜夜子、2人の服の替えはあるか?」
「次の車に手配しています」
「この車については?」
「達也さんにお任せすると」
「分かった。では、亜夜子は2人を送ってあげてくれ」
「はい」
達也は先に車から降りると、疲れ果てている2人を別の車に移動させ、自らは元の車へ戻っていく。
そうして達也は黒塗りの車に乗って去っていった。
亜夜子は、達也を見送った後に寂しそうな顔をしたものの、雫たちを家に送るために車を出す。
車の中は達也が居たとき以上に、張り詰めた空気で占められていた。
「あなた方はどのような目的があって、達也さんに近付いたのです?」
自動操縦であるため、亜夜子は2人に向かい合って座っている。
問い掛けられた2人は身体の疲れがあったものの、答えなければならないと、動きの鈍い身体に鞭打って亜夜子に向き直る。
「私は達也さんが何者でも関係ない。達也さんが好きだから一緒にいる」
「目的はハッキリしてます! 達也さんと幸せになることです!」
2人の決意を聞いて亜夜子は溜め息を漏らす。
達也が連れてきた以上、達也の事情をある程度知っているはず。それにも拘わらずついてくるという物好きに、亜夜子も続く言葉がすぐには出てこない。
「あなたたちがどのように考えているかは分かりました。しかしこの世界は、そのような理想や思想だけではどうにもなりません。力が無ければ達也さんの負担になるだけです。早々に諦めて、一般的な幸せを掴むことを勧めますよ」
「自分の幸せは自分で見つける」
「私もです!」
「忠告はしました」
睨み合いは終わり、亜夜子は不機嫌そうに外の景色へ視線を向ける。
その横顔を見て、雫たちは少しホッとしていた。
亜夜子たち3人と別れた達也は、黒塗りの車を運転し、次の目的地へ向かう。
ほのかたちに任せた術式で尾行の影がないことは分かっていたが、それはほんの小さな範囲でのこと。
現在の技術力があれば、宇宙からの監視も出来ることから、達也の偽装工作はまだまだ続いた。
車を駅の駐車場に寄せ、カメラに撮られることがないよう仮面を取り付け、カメラの死角に車を駐車する。
そして、認識阻害の結界を張り、車を消滅させると、何食わぬ顔で雑踏の中に消えていった。
達也が家に戻ったのは夜も更けた頃。
玄関を開けた先には、亜夜子が達也の帰りを待っていた。
「食事にされますか? お風呂に入られますか? それとも───」
「風呂に入ってから食事で頼む」
「分かりました……」
家の中にしては、少し露出の多い服を着ている亜夜子を見て達也は不審に思ったが、特に追求はせず脱衣所に向かった。
程なくして風呂から上がった達也はテーブルに座ると、手を合わせて食事を始めた。
対面の席では、亜夜子が少し暗い顔をして達也の顔を見ている。
「どうかしたのか?」
「いえ……」
「───今日の2人のことか?」
「!!」
興味のある素振りは一切見せなかったはずにも関わらず、達也にしっかりと見破られていたことに、亜夜子は驚きのあまり反応してしまう。
「CADの事もある。それについては後で話そう。今は食事を摂るんだ」
「はい……」
それからは静かに食事を続けた。
食事後に、片付けを素早く終えた達也と亜夜子はリビングにあるソファーに腰かける。
「どこから話したものかな……」
「あの2人にはどこまで話されたのですか?」
「俺がどこの家の生まれかは話したな」
「そ、それは当主の御意向ですか?」
「いや。考えた末に出した答えだ。そう簡単に噂を拡げる2人じゃないさ」
「ですが、所詮は一般人です。私たちの近くに不必要に近付ける必要性は感じません」
亜夜子がここまで達也に対して、意見を言うことは通常無い。達也に理由は分からずとも、自ら進んで意見を言ってくるのは良い傾向だと考えながら、亜夜子の懸念に答える。
「それについては、向こうに伝えてある。無責任な言い方になるが、巻き込まれるとするなら、必要以上に接触してきた雫たちに問題があるだけだ。亜夜子が気にする必要はない」
「───分かりました」
亜夜子は不満があるのだろう。達也の言葉に納得を示さず、いじけたように頬を膨らませる。
「では、この話は終わりだ。次は亜夜子のCADについてだな」
「今日のは本来私がするはずでした……」
「ただの試験なんだから、そう拗ねなくていいだろう」
亜夜子からブレスレット型のCADを受け取る際に、その顔を見て達也が声を掛ける。
亜夜子は少し口を尖らせたままで話そうとはしない。
達也は溜め息を漏らしながら、亜夜子のCADに今日の結果を反映させた起動式を組み込んでいく。
今日使った2つのCADの内の1つは、ほのかの特性をモチーフにしたものだった。普通の魔法師では、ほのか程の高解像度映像を光の屈折のみで再現することは難しい。それを可能にするほのかは並みの魔法師ではないことは間違いないだろう。
達也は光以外の情報も使って再現した物を、自分を鍛える片手間に組み上げたのだった。
もう1つのCADには、亜夜子の特性を利用した魔法が入っていた。
亜夜子の特性は極致拡散。
収束系統の魔法であり、指定した範囲のエネルギーの分布を平均化するもの。それは想子ですら例外ではない。
市内に設置してある魔法の検知システムは、想子の乱れを検知して作動する仕組みだが、乱れを捉えることが出来なければ作動しない。
つまり、亜夜子の特性を利用したこのCADは、流通すれば世界に混乱を招きかねない禁制品であるのは間違いなかった。
「これで完成だ。後は微調整していけばいいだろう」
達也は亜夜子の手を取ると、CADをその腕に通していく。
亜夜子は先程までの不機嫌そうにしていた顔を赤くしてCADを受け取ると、そのCADに想子を流して確認する。
「問題がないようなら地下に行こうか」
「はい……」
達也は亜夜子を連れて地下に作った部屋に向かっていった。
コンペのあった翌日は、横浜へ他国から侵攻があった話で持ちきりだった。
横浜の海に近い場所は、この侵攻により建物が破壊され、酷いところではビル自体が倒壊しているところもある。
しかし、この侵攻で一番の被害が出たのはそこではなかった。
確かに他国からの侵攻はその場所で大々的に行われたが、それよりも大きな被害が出たのは横浜の繁華街だった。設備的な被害は少なかったが、人的な被害で言えば一番多いと言える。
判明しただけで死亡者は、100人に届こうかと言えるほどの人数にのぼり、そのほとんどが日本人ではなかったのだから、今回の侵攻になんらかの関係があったと思う者がほとんどだった。
これにより、横浜の繁華街を拠点にしていた者は日本人を含めて移住をしていき、元の繁華街として機能していた華やかさを取り戻すのに時間が掛かったのは言うまでもない。
噂は色々と尾鰭、背鰭がついて広まったものの、真実を知る者は少なかった。
第一高校においても、十師族である真由美と克人揃ってこの件の事を口に出さないのだから、広がるのは臆測ばかりである。
「今回のコンペについては中止となりました。皆には色々と手伝ってもらったのにごめんなさいね」
「私たちの誰も悪くはないんだ。気にしたら損するだけだぞ」
「まあ、一番の被害者は鈴ちゃんよね」
「私は進学するつもりですので、まだ機会はあります」
真由美は鈴音に頷いて見せると、みんなの顔を見渡す。
そんな真由美に達也が問い掛けた。
「ところで、なぜ七草先輩や市原先輩に渡辺先輩までおられるのですか?」
「何故って……事後報告的な?」
「私は先日のお礼と最終引き継ぎの確認を兼ねて来ました」
「暇だから来た」
真由美と鈴音は未だしも、摩利の理由には流石の達也も呆れてものが言えない。
わざとらしく盛大に溜め息を吐いて摩利を見ると、3人を無視して議題を進めた。
「その他の事項として、他に何かありませんか?」
週に1度の会議は、新しい生徒会になっても引き継がれ、こうして週始めに行われている。
「無いようです」
「ありがとう司波くん。それでは、今日もお疲れさまでした。先輩方も来ていただきありがとうございます」
五十里の締めの言葉で集まりを終えると、それぞれ部屋を出ていく。
達也は真っ先に出ていくと、暗くなり始めた家路を急ぎ帰った。
達也が急ぎ帰ったのには理由がある。
それは、ある組織の動きが活発化してきたためだった。
達也はほくそ笑みながら、その連絡を受けるために我慢のできない子供のようにワクワクしながら急ぐ。
連絡は通常の回線を用いたものではなく、人伝により行われる。これは、相手の持つ機械故の最善の策。そうでもしなければ、あっという間に逃げられることは明白だった。
家に帰りついた達也は、待っていた亜夜子に、着替える時間すら惜しんで訊ねた。
「場所は?」
「繁華街の地下のようです」
亜夜子は紙ベースの市販の地図を取り出すと、指を指して目的地を示す。
達也は満足そうに頷くと、自分の部屋に向かった。
着替え自体は数分で終わり、達也は亜夜子に声を掛ける。
「今日は遅くなる」
「お気を付けて、いってらっしゃいませ」
達也は黒で染め上げられたハードコートを羽織ると、同じく黒のヘルメットを被り、家の車庫に置いてあるバイクに跨がった。
エンジン音はほとんどしない。
静かに走り出したバイクは、すぐに亜夜子の視界から消えた。
達也が家を発ってから数時間後。ある組織が総帥を含めて壊滅した。
生き残りはおらず、静かにその殺戮は行われ、目撃者は誰も存在しない。
組織の名前はブランシュ。
ブランシュは、魔法師が優遇されている現状に反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動する反魔法国際政治団体であるが、その実態は、大亜細亜連合の手先になっているテロリストである。
達也としては、自分の立場が悪くなるような集団を生かしておくつもりもなく、相手の言い分すら聞かずに殲滅すると、必要なものだけ頂戴しその場を後にした。
この組織を潰すチャンスは、今までにも幾つかあった。その全てを無視してここまで放置しておいたのには理由がある。
この組織自体に価値は無いのだが、この組織の総帥が持つある機械だけは、達也にとって喉から手が出るほど欲しかった物なのであった。
その機械の所在は、達也が知っているだけで2ヶ所あり、それらを持つ者は達也に協力的であるため、強硬な手段を取ってまで手に入れるメリットは少なかった。だが、今回の相手は達也にとって完全に敵方であり、奪うことになんの忌避も感じられない相手なのだから、達也にとってはこの数ヵ月、獲物が罠に掛かるのを今か今かと待っていたのである。
その機械は、ネットワークに繋がるありとあらゆる情報を閲覧できるシステムを有しており、更には暗号化された情報すら解析するという、今の達也ですら成し得ないオーバーテクノロジーの塊のようなものだ。
この機械を持つ者は、他者に気取られることがないよう慎重に動く者が多く、自分の事を嗅ぎ回っている者がいることを察すると、すぐに行方を眩ましてしまうため、通常のやり方ではその所在を知ることは不可能に近い。
しかし、それを誰が持っており、その人物がどのような肩書きを持っているか知っていればその限りではなかった。
その人物が所属する組織を、悟られないように監視し、現れるのを待てばいいのである。
相手が日本進出を目論んでいることを知っていれば、そう遠くない未来に来ることは確実だった。
ただ、数ヵ月の日数は掛かったが、得たものは大きい。
この日から、達也の帰りが早くなり、それを亜夜子が喜んだのは別の話である。