司波達也の日常 作:ネコ
達也の生活は、先日手に入れたばかりの機械により、忙しさが格段に増したと言える。
平日の日中は図書館に籠り、夜間は家の地下で機械を装着し情報を漁る。休日は身体を鍛えはするものの、CADの開発や調整に掛けていた時間をそのままに、寝る間も惜しんで機械の使用に時間を割り振ったのだから、仕方がないことではあった。
そんな休日のある日。寒い夜空の下で、CADの訓練は行われていた。
訓練を行っているのは亜夜子であり、その傍らには達也が立って、手元のデバイスに亜夜子の状態を事細かに記載している。
そうして記載しながら、浮き彫りになってきている改善点をピックアップしていく。
「そこまでだ」
「───はい……」
精神的な重圧から解放された亜夜子は、荒い息をあげながら近くの椅子に座り込む。
それまで映っていた夜空は、達也の声で消え去り、元の部屋の形を一瞬にして取り戻していく。それに伴って室温も徐々に上がっていき、暖かい空気が達也たちの身を包んでいった。
「ここまでは順調だな」
「ありがとう、ございます……」
今行っているのは、亜夜子の特性を活かした魔法の特訓だった。
達也は実験の傍ら、魔法の開発に合わせて亜夜子の特訓を行っていたのである。
忙しいはずの達也がこのようなことをしているのには理由があった。それは、現在取りかかっている事が難航しているためだ。
11月の初めに手に入れた機械───フリズスキャルヴは、ネットワークに接続されている端末であれば、その情報を閲覧することが可能な物であり、達也は情報を集めつつ、その本体のある場所の特定を進めているのだが、これがなかなかうまくいっていない。
情報を得ること自体は問題ないのだが、本体の位置情報の解析に関しては、全く歯応えが得られていないのが現状である。
(こういったことは電子の魔女の方が得意なんだよな……)
ネットワークなどの情報体に対する技術が、自分よりも数段上の人物の事を思い起こしながらも、解析を頼もうとは思えない相手。
達也は嘆息しながら、情報を読み取っていく。
この情報を読み解く作業は、達也にとって不愉快なものであることには間違いなかった。
着けてみるたびに、まるで脳の中を読み取られている感覚に襲われるのだ。
それでも、現状ではそれ以上のメリットがあるため、渋々といった感じで情報を読みとっていた。
達也には完全記憶能力があり、覚えようと思えば瞬時に覚えることができ、それをいつでも思い出せる。しかしながら、一度に覚えられる量には限度というものが存在し、達也の能力をもってしても、情報の制限を掛けなければ、身体が持たないほどにフリズスキャルヴの性能は高いものだった。
そんな機械相手の作業の息抜きに、亜夜子の訓練を行っていたのである。
地下から1階に上がり、少し遅めの朝食を摂っていたところで、達也の携帯が鳴り響く。
発信元は雫。
月に1度のメンテナンスはつい先週終えたばかりで、急ぎの用事も無ければ、約束などした覚えもない。
達也は不審に思いながらも、その携帯に出た。
『おはよう』
『おはようございます』
「おはよう2人とも。どうかしたのか?」
『達也さんの家にお邪魔してもいい?』
「今日か?」
『はい。───駄目ですか?』
何故か少し上から撮影されている映像に対して、上目遣いな視線を返す2人に、達也は気軽な気持ちで許可を出す。
「別に構わない。散らかっているわけでもないしな」
『分かった。午後1時に行く』
『楽しみに待っててくださいね』
見られて困るのは地下の施設のみであり、それ以外の見た目としては、他の住宅と変わり無い。
達也は亜夜子に声を掛けると、2人が来る旨を伝えた。
「達也さん。御二人は何をしにいらっしゃるのでしょう?」
「同級生の家が珍しいんじゃないか? 男子の家に上がる機会なんてないだろうし」
「嫌な予感がします……」
「何か言ったか?」
「いえ。何も……」
亜夜子の呟いた声は、達也にも聞き取れないほど小さなものであり、亜夜子の予感は当たることになる。
その日の午後に、達也の家の前へ運送業者の車が到着した。
達也は何か頼んだだろうかと記憶を探るが、そのような覚えはない。亜夜子にしても、わざわざ他の手の者に頼むはずもなく、不審な車両に他ならなかった。
亜夜子を控えさせて、達也が玄関を開けると、そこに立っていたのは今日訪ねてくると言っていた2人。
その2人は、門の前で達也が来るのを待っているようだった。
「1つ聞きたいんだが、その車はなんだ?」
「私たちの荷物」
「引っ越すことに決めたんです」
「何処に?」
「お世話になります」
深々と頭を下げる2人に、達也は開いた口が塞がらない。
口をパクパクと動かし、何か言葉を紡ごうとするが、明確なものは出てこなかった。
しかし達也が何も言わずとも言える人物はいる。
「何を突拍子も無いことを仰っているのですか? この家に空いている部屋はありません」
「分かってる。ただの冗談」
「流石にいきなりお邪魔したりしませんよ~」
雫を送ってきたであろう北山家に仕える黒沢が、向かいの家に指を突きつけて運送会社の人に指示を出し、手提げの荷物を雫とほのかに渡す。
「いってらっしゃいませ」
「うん」
「いってきます」
何事もなかったように入ってこようとするが、ある境界から前に進めない2人に、達也は結界の存在を思い出し、ブレスレット型の小型デバイスから許可を出した。
「色々聞きたいことはあるが、とりあえず上がってくれ」
「お邪魔します」
「失礼しますね」
「ようこそ……」
先程の1件が尾を引いているのか、亜夜子の挨拶からは歓迎している気配が感じられない。
それでも亜夜子は、家の中をキョロキョロ見ている2人を先導してリビングに案内していた。
残された達也は向かいの家を見て嘆息する。
家の防衛機能を過信して研究に熱中していたせいか、向かいの家の住人が変わっていたなど気付きもしなかった。
亜夜子には、達也が会社の運営に携わらない分苦労させているため、調べる時間すらなかっただろう。
四葉は基本的に達也たちに不干渉であるため、余程の事がなければ連絡はない。
今回のことは、少し研究の時間を減らし、周囲に注意を払わなければならないと達也に考え直させる出来事だった。
家に訪れた雫たちに問い質すべく、達也はリビングに向かうと、2人は行儀よく椅子に座っていた。
座っている場所はいつも空いている2ヵ所。
達也は椅子に座ると、2人を見据えて話し始める。
「今日の用事を伺おう」
「引越しの挨拶?」
「ご近所付き合いは大事だとお聞きしました」
「この住宅街でそのような事をしているところはない」
雫は手持ちの鞄から包みを取り出すと、机の上にそっと置く。
丁寧にリボンで巻かれた高級感の溢れる包みを差し出しながら、雫は遠慮がちに答える。
「つまらないものですが」
「本当に引越しの挨拶だけなんですね?」
その包みへ見向きもせずに亜夜子が雫へ鋭い視線を向ける。
雫は微かに唇の端を上げると、何も言わずに亜夜子をじっと見つめた。
「やっぱり、何事にも順序があると思うんです」
「それで、これですか……」
理解が及ばないところで話される内容に、達也は取り敢えず聞き手に徹する。
達也が理解できたことは少ない。
雫たちは何らかの目的があり、それは達也の近くにいた方が叶う、もしくは叶いやすいことから、向かいの家に引っ越してきており(そこにほのかが一緒なのかもしれない)、事前に亜夜子と話がされていたことまでは分かった。
「雫たちの目的はなんだ?」
『達也さんと一緒にいること(です)!』
2人同時に同じことを言われ、達也は困ったように眉根を寄せる。
目的が一緒にいることに理解が及ばない。それは目的ではなく手段ではないのかと言いたかったが、言葉を発するより先に亜夜子が間に入る。
「間に合っています。お引き取りください」
「諦めない」
「私は愛人でも……」
亜夜子の平静を装いきれず引くついている顔を見つめ、雫は強気に言い返す。
ほのかはボソボソと呟くが、亜夜子の鋭い眼光に顔を下に向けつつも目を反らすことなく見つめ返す。
「まああれだ。隣に住むことになったからには、注意事項を言っておこう。まず、この家には魔法的、そして機械的な防犯対策が施してあるから、無断で家に立ち入らないこと。次に、土日の休みについてだが、俺たちは留守にすることが多い、何かあったら連絡は個人携帯に入れてくれ」
達也の説明に、亜夜子は少し機嫌がよくなり、逆に雫たちの表情が沈んでいく。
不可解な現象に、達也は内心で首を傾げながらも言葉を続けた。
「簡単な注意事項はそれくらいだ」
「分かった」
本当に分かったのかと疑わしそうな視線を亜夜子が2人に投げ掛ける。
元々、2人が何処に住もうと達也たちの関与するところではない。故に、引越しの挨拶に来ただけであると、最終的に達也の中で纏まった。
その後、家の中を地下を除いて一通り見せて回ると、雫たちは満足したのか、大人しく向かいの家に帰っていく。そもそも、引っ越したばかりで荷物の整理も終わってない状況だ。明日は平日であるため学校に行くことを考えると、今日中にはある程度荷物を片付けておきたいところだろう。
2人が帰った後、達也たちは地下に潜り午前中の続きを行うのだった。
季節は冬に入り、まもなく始まる冬休みを、ある生徒たちは内心焦ったようにどうするべきかと悩んでいた。
それというのも、12月の終わりにはカップルで過ごすという伝統的な行事───クリスマスが控えているからである。
学校の勉強を疎かにすることは出来ないが、さりとて青春も謳歌したい。そのように考える生徒は多く、カップルもしくは友達と予定を組み始めていた。
「皆さんは冬休みどうされるのですか?」
「私は特に無いかなぁ」
「俺は部活で雪山に挑戦してくるぜ!」
「───勉強だな」
「達也くん真面目だね~。そういう美月はどうなの?」
「私も勉強していると思います」
「2人とも固いなぁ。こう学校生活を楽しもうとかないわけ?」
自分の事を棚に上げてエリカは達也と美月に訴えかける。
「まあ、生徒会として企画していることはある」
「おっ! 何々?」
「なんかするのか?」
「生徒会がすること……ですか?」
興味津々に達也へ3人の顔が向けられる。達也の声が聞こえたであろう周囲も、聞き耳を立てていた。
「学校側の承諾を得ている最中だから確実ではないんだが、クリスマスパーティを行う予定だ」
達也の言葉に、それまで話していたクラス全員が一斉に話すのを止めて静寂の時が訪れる。
しかし、動きがないわけではない。皆の顔は達也に向けられ次の言葉を待っていた。
一気に静まり返ったことで、微妙な顔をしながらもエリカが皆を代表して次の言葉を促す。
「それで、いつ、どこで、やるの?」
「クリスマスパーティと言うからには、クリスマス当日だな。夕方頃から3時間程度を予定している。学校のホールを借りるつもりだ」
達也の言葉はクラス全体に衝撃をもたらした。
『おおおおおお!!』
『さすが生徒会!!』
『感謝します!!』
『友達に伝えてくる!』
クラスは達也の意図を越えて、一致団結し各方面に走り始める。
達也としては、今の内に少しずつ情報を流し、集客率を上げようと目論んでいたのだが、予想以上の反応に困惑するばかりだった。
「皆は何故、発狂したように喜んでいるんだ?」
達也の心底理解できないと言う風な態度に、エリカは溜め息を漏らしながら答えた。
「達也くんのせいでしょ……」
この日。
予定の決まっていなかった大半の生徒が、生徒会に対して感謝したのは言うまでもない。
無事にクリスマスパーティの承諾を得ることが出来たのは、12月も半ばに近付いた頃だった。
ここまで時間が掛かったのには理由がある。
これまでに行ったことがない初の試み。本来ここまで大規模なものは、魔法の技能向上に関することでなければ、学校側の承諾を取り付けることは難しい。
教師の側としても、この案件に対する賛否の反応は半々といったところ。
学校の運営を生徒会に任せているとはいえ、内容としては学校で行うことでもない。
しかし、達也たちは、ただパーティを行うだけにはしなかった。
パーティと銘打ってはいるものの、その実、生徒による催し物として魔法の研究成果を発表する場としたのである。
これは、コンペが実現できなかった鈴音に対するものでもあり、教師陣を納得させるためのものでもあった。
最終的に教師陣も、魔法の発表会の場に飲食物が置いてあるだけ、と納得?した。
それまでに行っておくことはある。
会場の設営をどうするか。
人員はどこからだすのか。
費用は幾らを見込むのか。
案内内容をどうするのか。
細部まで考えるには時間が足りず、然りとて疎かにすれば不満が出る。
生徒会としては、このクリスマスパーティを恒例行事として毎年行いたかったのである。
理由としては───
「これで少しでも1科生と2科生の溝が埋まればいいんだけど」
「カップルに1科生も2科生もありません。好きか嫌いかです」
「まあ、そんなにシンプルなものじゃないと思うけど……、そうだね、取り敢えずやるべき事をやろうか」
この生徒会を発足させるにあたり五十里が掲げたのは、生徒会に生徒たちが関心を持ち、1科生や2科生の括り無く意見を言うようになることだった。
それをするには、互いに交流を持つことが第一であると考え、今回の事を企画したのである。
承諾後は、水面下で動いていたことを表面化させて、風紀委員会や部活連も巻き込み行動していく。
「よく千代田先輩が許可しましたね。2人で過ごす予定があったのではありませんか?」
「そうなんだよね……。まあ、冬休みに色々と埋め合わせをしないといけなくなったけど、これは始めからやると決めてたからね。悔いはないようにしたいし……。それよりも、生徒会の皆には付き合わせて悪いと思ってるよ」
「私は予定なんて無かったですし構いませんよ」
「やる日も平日の夕方だから問題ないです」
生徒会の面々は、五十里に慰めとも励ましともとれる言葉を掛ける。
五十里は「ありがとう」と礼を述べると、クリスマスパーティの本題に入った。
「設営の計画案は出来た?」
「出来ています。こちらです」
達也がホログラムを起動させ、ホールの設営状況を立体的に映し出す。
ホール内は、中央に立食用の机が円を描くように並べられ、端の方に休憩用の椅子が並べられている。
壇上のすぐ近くには、発表内容をよく聞くための席も設けられており、立食の席とは少し間を空けているため、余程の大騒ぎをしなければ影響を与えることはない。
起動させると同時に流れた音楽は、ゆったりとしたムードを醸し出すものであり、聞き手を落ち着かせる効果を期待できるものだった。
収容予定人数は、生徒総数の約3分の1である1学年分。それでも少し多いかなと達也は考えていた。
学校が終わってから行われるため、部活に行く者は来る可能性が低く、来たとしても一時的なものであり、すぐに去るだろうというのが達也の考えだ。それでなくても当日はクリスマス。既に約束をしている相手がいるのであれば、その約束を変更してまで来ることはないというのもあった。
「ん~。少なすぎないですか?」
「そうだね……。これだと、想定している設営範囲では収まりきらないと思うよ」
「しかし、どれほど集まるか不明な現状では、これよりも広くすると、交流が図りにくいと思われます」
「ん~。案内文書は回してたよね? 参加人数の方はどう? もう戻ってきてるところはある?」
「現状で回答は7割ですが、既に5割の生徒が参加を表明しているみたいです。3年生は受験が近いこともあって悩んでいるせいか、まだ回答はありません」
雫の回答に達也は目を丸くして驚く。
全くと言っていいほどそんな雰囲気を出していなかったにも拘わらず、かなり高い参加率。それほど生徒たちが期待しているとは夢にも思っていなかった。
「そんな訳で、会場の広さを最低でも5割増しにしておこう」
「分かりました」
達也はデバイスを操作して、会場のセッティングを変えていく。そこに、他の意見を取り入れていき、会場の配置図は完成した。
「当日の人員だけど、風紀委員と部活連から人を派遣してもらえることになったから、後は有志を募るだけなんだけど……」
「そちらの応募は今のところ0です」
「やっぱりか……」
「ただ、ロボット研究会からの提案でピクシーを使用してはどうかと言われています」
「ピクシーってヒューマノイド・ホーム・ヘルパーだよね?」
「はい」
「台数は少なかったような……」
「現在あるのは3台だけ……かな? たぶんロボット研究会としては、もう少し予算を見込んで欲しいと言う思惑もあるんだと思いますよ」
「確かにいいアピールになるだろうね……」
五十里は、梓の意見も踏まえながら考え込む。
しかし、今はそれ以上に人手不足なのは否めない。
募集をかけたものの、パーティとは別に打ち上げを行えるだけでは、メリットが無さすぎるのが原因の1つでもある。
「達也さんが参加者のCADの調整をすれば万事解決」
「確かにあの技術力は凄いですよねぇ……」
「噂は2年のクラスにも来てるよ。未だに司波くんに調整してもらおうと声を掛けにくる人がいるんだろう?」
「ええ、まあ……」
九校戦が終わってからは、1年生だけではなく、2年生や3年生まで達也の元を訪れるようになった。
エリカの牽制があってなお諦めずに来るのだから、達也としても辟易している部分ではある。
しかし、今回のように人員が足りない場合は話が変わってくる。
達也とて技術を安売りするつもりはないが、如何せんそうでもしないと人が集まらない。集まらなければ皺寄せは自分にも来てしまう。
お金を払って生徒から募集をするわけにもいかず、外部の人を雇って学校へ入れるわけにもいかない。
だが、達也の調整を売りにするとしても、それで人が集まる保証もなく、人が来たとしても達也の負担が増すだけだ。達也としては容認できるものではない。
「引き受けてくれるなら、当日と片付けはこちらでやるよ。人数自体も五、六人を予定してる」
「分かりました。その人数であれば構いません」
「じゃあ北山さん、それで再募集を掛けておいて」
「分かりました」
雫は自分のデバイスを操作して、数分後には学校内の掲示板の書き換えを完了していた。
まるで、そうなることが分かっていたような手際の良さに、さしもの達也も疑わし気な目線を、言い出しっぺである雫に向ける。
「後は料理についてだけど……」
「それは手配できました。七草先輩が相談に乗ってくださったお陰で、食堂の方たちに当日の料理を作ってもらえます。レパートリーはこのような感じです」
梓が出される料理の一覧を提示して見せる。
その内容を見て、特に意見がないことを確認した五十里は一番気になるところに触れた。
他が良くても、それが参加者の考えに沿っていなければ意味はない。
「それはよかった。ところでそれらを踏まえての予算だけど……」
「1人あたり千円でなんとかなりそうです」
「───本当に?」
「安い……」
梓の言った金額は、五十里や雫には信じられないものだった。
パーティと言えば最低でも五千円は掛かるもの。それが千円となれば、ほぼ料理代だけである。
最初の募集では数千円掛かりますとはぐらかしていただけに、安堵できる金額だった。
「最初に相談して賛同して下さった安宿先生や小野先生たちに、出資していただけたのが大きいです。ホール自体も設営や片付けをすればいいと言うことで、無償で借りられましたし、人件費も……ほぼ0ですし」
梓は申し訳なさそうに達也を見ながら答える。
パーティで掛かるのは会場代と人件費。それがないだけでも随分違うことを感じさせられるものだ。
話し合いは門限になったことから、場所を喫茶店に移し、参加者も増えて行われ、それが数日続いた。
クリスマス当日。
朝から生徒たちは浮き足立ち、カリキュラム後に行われるパーティに意識が飛んでいた。
しかし、飛んでいたからと言ってカリキュラムをおろそかにすることはない。逆に、全力でカリキュラムに取り組みすぐに終わらせると、放課後の話に花を咲かせていた。
1科生は教師がいるためにそのようなことが出来ず、早く終わらせると、次のカリキュラムに移るだけであり、この時ばかりは2科生を羨ましく感じた生徒がほとんどだった。
放課後になり、生徒たちは雪崩れ込むようにホールに向かった。
その数は、生徒総数の7割。
その中にはカップルの姿もあり、ホール内は賑やかさで満ち溢れていた。
ホールの飾りつけは、クリスマスと言うこともあり白で統一しつつ、クリスマスツリーのホログラムが間隔をおいて邪魔にならないよう設置してある。
そこへ、白の学生服を着た生徒たちが入ることで、一人一人が会場全体のアクセサリーの1つとして見えた。
会場の入りは十分で、広げたはずの会場も、想定より生徒たちが窮屈そうに思える。
それでも生徒たちは気にした様子もなく、これから行われる内容に興奮したような表情をしていた。
その頃、クリスマスパーティでの雑用を免れた達也は、違うクリスマスパーティに捕まっていた。
「はい、達也さん」
「あぁ……」
達也に注いでいるのはシャンパン。
記念日に、何かと祝いたがる亜夜子は、既に出来上がっていた。
普段とは違い、亜夜子はパーティドレスに身を包んでおり、達也も何故かスーツに着替えている。
雰囲気を出すためとはいえ、手間であるそれを亜夜子が求めてきたために、達也としては仕方なく応じたのである。
あまり知られていない事実だが、そもそも達也は人前で何かをすることは苦手であり、特にお堅い上流階級の付き合いは極力したくないと考えている。
それは前世のことが影響を与えているのだが、それを知っているのは四葉内でも数人のみ。亜夜子が知るよしもなく、達也が苦手とすら気づいていなかった。
何時もの事に、達也は苦笑しながらも亜夜子を抱き上げて部屋に運ぶ。
抱き上げられた亜夜子は、顔を真っ赤に染めつつも、何かを求めるように瞳を潤ませながら達也をじっと見つめていた。
(あの程度の量で行動不能になるなんて、亜夜子は酒の類いに弱いな……)
亜夜子の求めに気付かず、亜夜子もそれ以上は恥ずかしいのか踏み込めず、2人の仲は平行線を辿っていた。