司波達也の日常 作:ネコ
クリスマスが終わってから、冬休みに入るまでの数日。達也は放課後を、生徒の持つCADの調整に追われていた。
達也の調整を売りにした募集は、主に3年生からの応募が多く、最終的に10人ほど採用することになったのである。
そのほとんどが2科生であり、進路が魔工師志望ともなれば、募集をかけさせた五十里としても5人まで絞りこむのは難しいものがあった。
その際に、達也の了承を得ることで10人まで募集枠を増やすことにより事なきを得たのだが、最初の応募数を考えるとそれでも少ない。それほど、3年生の2科生には余裕があまりないことが窺えた。
「これで調整は完了です」
調整したパラメーターを見せながら達也は答える。
その内容は一年生では困難なものであり、達也に調整してもらった3年生の生徒にとっても難しい分野だった。
達也はそれを調整する片手間で説明しながらやってのけるのだから、その技術力が、生徒とは隔絶していることがよく分かる。
「一般的な起動式とは言え、その思想から組み立て、調整まで見れるなんて信じられないわ……」
「理解すればそう難しいことでもありません。経験だけで応用しようとすれば失敗するかもしれませんが、理を理解すれば、自ずと組み上げた式の結果が分かってくるものです。後は細部を詰めていくだけですね」
「簡単に言うけど……、魔工師ってみんなこんなことができるのかしら?」
「その辺りの事は疎いので分かりません」
「そう……、兎に角勉強になったわ! ありがとう! パーティを諦めただけの価値はあったわね」
「そう言っていただけると助かります」
3年の女子生徒は満足気にその部屋を後にする。
今の生徒で最後であり、冬休みまでの時間も残すところ明日だけだった。
「司波くん、お疲れさまでした」
「それではこれで失礼しますね」
「あっ」
「何かありましたか?」
「いえ、なんでも……。気を付けて帰ってください」
梓の言葉に頷き、達也は部屋を出た。
平日の放課後に複数人のCADを解説混じりに調整するとなると、部活に精を出している生徒達と変わらない下校時間になってしまう。
この事が分かっていたためか、雫とほのかに一緒に帰ることを約束させられた達也は、門の前で待つ。
時刻は19時。後30分もすれば閉校の時間である。
どの部活も、基本的に19時には終わるため、達也が待ったとしても20分程度だ。それぐらいならと、達也は了承したのである。
雫たちは、達也が門に辿り着いてから数分後に姿を現した。冬の19時ともなれば空はすっかり暗くなっており、周囲に明かりが灯されているとはいえ見にくいことには変わりないが、達也の眼にはしっかりと映っている。
「お待たせ……」
「お待たせ、しました……」
両手を膝について荒い息を吐き続ける2人。達也は2人の呼吸が落ち着くのを待ってから声を掛ける。
「行こうか」
「分かった」
「はい」
他の生徒も同様に、駅へ向かって帰る道中で、雫とほのかは達也の両サイドから挟む形で歩いている。
その中で話題になるのは、やはり至近に迫っている冬休みについてだった。
「達也さんは冬休みの予定はありますか?」
「今のところ仕事があるから、会社の方にいるくらいだな」
「家にいないの?」
「正月くらいは戻るつもりだが、それ以外は概ねいないと思う」
達也の言葉に、ほのかと雫は顔を見合わせ、アイコンタクトで会話を図る。
「正月だけど、初日の出を見に行かない?」
「初日の出か……。未だにそんな文化があるんだな」
「初詣に行かれたことはないんですか?」
「ないな。それ以前に一般的な休みなんて、無いも同然と言っていい」
「それはブラック過ぎる……」
「お身体は大丈夫なんですか?」
達也の言葉足らずな表現に、雫とほのかは顔をしかめて達也の体調を心配する。
「とは言っても、仕事と趣味が一緒になっている側面が強いから気にする必要はないさ。休みも各自で考えて取ってるからな」
「じゃあ私も就職してみる」
「体験することはできますか?」
「んー……。仕事をするにしても、うちでは技術がなければさっき言ったようなものは無理だな。後は一般的な事務処理くらいだろうし、そちらは普通に有給二日制だ。それなら、自分のところの会社で働いている様を見た方がいいだろう」
自分の会社の実態を思い出しながら達也は語る。
達也が言ったように、仕事と言うよりも趣味に限りなく近い者たちばかりであり、休暇を取るのは冠婚葬祭の時くらいだ。人生をCAD開発に捧げていると言ってもいいだろう。
その原因の一端は達也にもある。達也が次々と新しい起動式やモデルを作り出すため、それらの研究と開発に夢中になってしまうのである。子供に新しいおもちゃを次々に与える事と同じようなものだった。
「達也さんの会社じゃないと意味がない」
「どうしてもダメですか?」
「───研究棟に部外者を入れる訳にはいかない。通常のオフィスなら問題ないが」
「社長室を見てみたい」
「それなら別段構わない」
社長室は一般棟の方にあり、社外からアポを取って訪ねてきた人物は、そこに通される。
早い話が応接室と同義であり、見られて困るようなものは一切無かった。
「では来年にでも見せてください」
「分かった」
「と言うわけで、正月の4時に迎えに行く」
「行くことは確定なのか……」
「勿論です。ずっと室内にいるのは身体によくありません」
「部屋の環境を外と同じにすれば問題は───」
『ダメ(です)!』
「…………」
あまりにも理不尽なものではあったが、この考え方は達也に無いものでもある。それは現在、達也が目標としている物の開発状況に拘わってくるからだ。
未だに先行き不透明ではあるが、既に大まかな道筋は朧気ながら見えてきた目標物。
達也は初詣に行くことを受け入れた。
冬休みに入ってすぐの日曜日。
達也は今年最後になる千葉家での稽古に精を出していた。稽古と言っても技を教えてもらっているわけではなく、延々と修次またはエリカや摩利と組手をしているだけである。
しかし、その組手の中で相手の技量を吸収して自分のものとしているのだから、組手と言うよりも稽古としての側面の方が強いだろう。
達也はこの数ヵ月で格段に強くなっていることを実感していた。
それは、相対している相手も同様で、この短期間の内にメキメキと実力を上げている。その理由としては、あまりにも実践に則したものだからだ。
目潰しはないものの、それ以外の急所は容赦なく狙い、緊張感溢れたものとなっている。
「そこまで!」
摩利の声で、それまでの動きはピタリと止まり、互いに最初の位置へ戻って礼をする。
「君の相手はきついね。もう魔法なしでは捌ききれないよ」
「魔法有りだとまだまだ追い付けませんね」
「追い付かれたらたまったものじゃないよ。只でさえこちらの得意とする白兵戦で負けたとあっては、鍛練内容を考え直さないといけない」
修次は、先程の内容から反省点を思い出しているのだろう。目を閉じて身動ぎせずに考え込んでいる。
達也はタオルをエリカから受け取ると、腕に着けてある籠手を外して軽く汗を拭き、水分を補給した。
「今日もためになった。礼を言うよ」
「こちらこそ、良い経験になりました」
修次は摩利を伴って部屋を出ていく。残された達也とエリカは、顔を見合わせた。
「これからどうする?」
「そうだな……」
「あっ! じゃあ、私のCADの調整してよ」
「エリカには世話になっているからな。それくらい構わない」
「んじゃ移動ね」
達也とエリカは荷物をまとめると、部屋を出る。その際にエリカが壁際のスイッチを押すと、部屋は暗くなり、床や壁が光り始めた。
それを確認したエリカは、戸を閉じてCADを調整するための部屋に達也を連れていく。
エリカの家は、門下生が大勢いるだけあって、CADの調整をする設備は整っている。
幾つかある調整器の1つに達也を座らせると、エリカは達也を待たせて部屋を出ていった。
達也は慣れた動作で機械を立ち上げていく。
そこへ、先程出ていったエリカが大きな刀を胸に抱き抱えて戻ってきた。
それは千葉家に伝わるCADであり、そうおいそれと門外に出せるものではない。しかし、現状としてはエリカしか使い手のないものであり、家の中であればエリカの自由に出来た。
「やっぱり反射速度の上乗せをもうちょっとした方がいいと思うのよ」
「それだと本当に使い手がいなくなってしまうぞ。エリカの動体視力と反射神経が無ければ、返しの刃の起動式を発動した瞬間に飛んでいってしまう」
「それを制御してこそでしょ。この子を使いこなせない人に持って欲しくないし」
「まあ、俺が口を出すことでもないか……」
達也はエリカの要望に応えて、更に起動式を変更していく。今では、最初にエリカから見せてもらった時と比べると全くの別物と言っても差し支えがないものとなっていた。
調整を終えてエリカは軽く刀を振るう。
そうして、予備動作を抜きにしていきなり刀に込められた起動式───山津波を使用した。
フォームを固定したまま、音もなく移動して、大上段に構えた刀を振り下ろす。そして、刀が床に着く瞬間に次の起動式を使い、返しの刃を放つ。返しの刃は1つではない。ある座標を決めた上で、更に振り抜く。威力は最初の一太刀よりも低くなっているものの、その連撃は一向に止まることを知らなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
体力の持つ限り振り続けた結果、エリカは刀に体重を預けて膝を着く。
慣れない技に、エリカの身体は悲鳴を上げ、身体全体が酸素を求めて、それ以上の行動を取れないと訴えていた。
辛うじて膝立ちで止まったものの、すぐに刀を横に置き、自らは沈むように反対側へ倒れる。
「まだ百には届かないな」
その倒れそうになった身体を、近くまで来ていた達也が支え、ゆっくりと横たえた。
そして、エリカの胸元にタオルを掛けると、顔の横にスポーツドリンクを置く。
「そのCADを手離さなかったのは素晴らしいが、意識が分散しているせいで、威力が段々と低下していっている。本来ならば、更に加速することも可能なはずだ」
達也は、エリカがまともに言い返すことができないことを知りつつ、改善点を言い続ける。
エリカは荒い呼吸を繰り返しながらも、その内容を聞き続けた。
「後は、その刀の形状を弄るくらいしか手はないな」
「あり、が、と……」
「どういたしまして」
エリカは少しだけ回復した体力で、身体に掛かったタオルを掴み、顔や手を拭いていく。
達也は調整器に近づくと、今日の調整は終わりであると言うように、調整器の電源を落とした。
「次は正月明けにまた来る」
「…………」
エリカは話すのも億劫なのか、手に持ったタオルを軽く振って了承を伝えると、その手を疲れたとばかりにパタンと降ろした。
現在、トーラス・シルバーの会社は波に乗っていると言っても過言ではない。
新しい魔法の起動式や、技術を開発し続けており、それは今までの成果を嘲笑うかのように、無造作に発表されていく。
ただ、魔法ばかりを追い求めているわけではない。電気的な製品も数多くあり、それらもまた大勢の人気を集めていた。
そのため、金額的には数年間ではあるが、何もしなくとも十分な余裕が出来ている。
トーラス・シルバーの研究棟では今日も、新しい起動式の改良が行なわれていた。
「結界の範囲をもう少し広げられないか?」
「広げるのは可能だが、魔法師の力量次第だろ」
「それよりも、完全に自分の姿を消してしまうのはどうだ?」
「それはもう1つの方の機能で代用できる」
「この際、結界内の時を止めるとか」
「そりゃ無理だ」
「いや、もしかしたらボスなら……」
「それよりも、魔法の同時発動でやってみてはどうだ?」
「確か十師族がやってたような」
「それをするなら、人の脳の仕組みから考えないと難しいだろう」
研究員は色々な可能性を上げては検証し、まとめたものを達也に提出する。どんなに些細な事であろうとも、達也が面白いと感じれば、その意見を上げたものがその指揮を執り、採用された意見の内容を進める事になるのだった。
「この時を止めるという意見を取り上げて進めてみましょう」
「方針としては何かありますかい?」
「人が認知可能な速度の限界。それを取り払うか。もしくは周囲の動きを固定するか。例として上げましたが、特に指定はしません。出来たとしても表に出せないでしょうしね」
「それだと売り物になりませんが……」
「金の心配は不要です。稼ぐ種はまだまだあります」
「多才ですな……。取り敢えずこっちは進めときますが、何かあったら言ってください」
「ええ。例の建設の会議を金曜日に行うことだけ伝えておいてください」
「分かりやした。それじゃ失礼しますよ」
部屋を出ていく牛山を見送り、達也は立ち入り禁止区画に向かう。そこは、信用している研究員さえ入れていない特殊な部屋だった。
中央には、リラクゼーション機能を有した椅子が置かれており、それ以外には部屋に何も置かれていない。
達也はその椅子に身体を預けると、これまでに得た知識を総動員して、プログラムの作成に当てた。
達也が作業を止めたのは、腕に着けたデバイスが知らせる振動によってだった。
2日ほど動きのほとんど無かった身体は、久し振りに動かしたため、達也には酷く重く感じられる。
達也は背筋を伸ばしながら時間を確認すると、部屋を出て、誰も入れないようにロックした。
現在の時刻は大晦日の23時。あと一時間ほどで新しい年を迎える時間だ。
軽くシャワーを浴びて頭と身体をリフレッシュさせると、着替えてから研究員の様子を見に行く。
「調子はどうです?」
「取り敢えず、アプローチの方法を幾通りか試してみることにしました。今は班毎に分かれて概念の設定に取り掛かっています」
「概念が決まったら起動式を作ってみます」
「ええ。その時はお願いします。それにしても、起動式を簡単に作れる才能は羨ましいですな」
「作れたとしても所詮は未完成品です。結局は皆の意見が必要になります」
「それでも、我々では最初の取っ掛かりすら思い付きませんよ」
牛山と幾つかの会話を済ませ、家に向かう。
対面の家は暗くなっており、人の気配を感じさせなかったが、逆に達也の家には明かりが点っている。達也が玄関に近付くと、出迎えるように明かりが点き、扉が少しだけ開く。その隙間からは亜夜子が、恐る恐るといった感じで顔を覗かせていた。
亜夜子は達也の姿を見つけると、ホッとしたように外へ出迎えに現れる。
「おかえりなさい。達也さん」
「ただいま。変わりはなかったか?」
「ええ。ありません」
達也が家の中に入ると同時に漂ってきたのは、料理の香りだった。その匂いに釣られるようにリビングへ向かうと、机の上には、おせちの重箱が置かれている。
「食べられますか?」
「少しだけもらおう」
「温めますね」
亜夜子は、おせちをキッチンに備え付けられたクッキングコントローラーに入れて、温度の設定をする。
この機械は達也が開発したもので、既に製品化しており、任意の箇所の温度を変えることが出来るものだった。
最高温度は200度から最低温度-10度まで変更が可能であり、内容物の場所毎に調整が利くため、温度に関係なく一緒に入れることが出来る。
魔法の理論を応用したものではあるが、電気で動くことから一般家庭用として売り出し、爆発的な人気を博していた。
達也は席に座りテレビをつける。
色々な番組を渡り見て、何もないことを確認すると、テレビを消し、亜夜子の持ってきた料理に手をつけた。
「今更だが、亜夜子も初詣に行くか?」
「私は達也さんが戻るのをお待ちしています」
「そうか」
「申し訳ありません」
「謝る必要はないさ。ただ、誰も来ないとは思うが、戸締まりには十分に注意してくれ」
「分かりました」
達也の忠告に亜夜子は頷き、熱いお茶を注いだ。
雫たちが来たのは、夜明け前の4時頃だった。
達也は、亜夜子の準備した服に着替えて待っており、その姿はどこかの殿様を彷彿とさせるような貫禄を見せている。
「よくお似合いです」
「少々仰々しくないか?」
「いえ。そのようなことはございません」
呼び鈴が鳴ったことで達也がソファーから立ち上がり、亜夜子はその服を軽く払うと、玄関まで見送りに行く。
「いってらっしゃいませ」
「行ってくる」
門のところで待つ車に乗り込むと、そこにはいつもとは違い振り袖を着込んだ2人が待機していた。
2人は玄関の方を気にしたように、達也と玄関を交互に見る。
「亜夜子ちゃんはよかったの?」
「亜夜子は家で待っているそうだ」
「そう」
余程、亜夜子のことが気になっていたのだろう、雫が安堵の溜め息を漏らす。
「達也さん、よくお似合いですね!」
「ほのかたちもよく似合っていると思うぞ」
2人は達也の視線を受けて恥ずかしそうに、顔を赤く染める。
他愛ない話をしながら、車の振動に揺られること約1時間。達也たちは目的地である神社の近くへ到着した。
少し離れた位置に車を停めたことに、達也は不思議に思い訊ねる。
「ここからだと、少し距離があるみたいだが、なにか理由があるのか?」
「毎年参拝客が多くて混雑するから少し遠くに停めてもらっただけ」
「達也さん降りましょう」
ほのかの声を合図にドアが開く。それと同時に1月の寒さが一気に車の中へ浸入してきた。
達也はワンボックスカーの後部座席から、2人に引っ張られる形で車を降りると、身嗜みを整えて辺りを見渡す。
古い町並みを残した場所で、一定間隔に昔ながらの形をした電灯が灯され、電灯の下を僅かに明るくしている。
その他の場所は光量が足りないためか、電灯の明かりが際立っているせいで、逆に真っ暗に見えた。
達也は2人に両手を引かれ、神社までの道を歩き始める。
通りをひとつ越える度に、人通りが増えていき、それに合わせて明かりも増えていく。
そうして神社の入り口に到着する頃には、大勢の人で賑わっていた。
「屋台か……」
昨今では全く見なくなった多くの屋台に、達也は染々と呟く。
達也が外に出ることが少ないこともあるが、最近では技術が進歩し、お手軽に欲しい品が手に入るため、この手の店舗は売り上げが落ち込んでおり、次々と廃業していっているのが現状だ。
達也の言葉を聞き取っていたほのかが達也の言葉に補足する。
「ここの屋台は、この地域の人が独自でやってるそうですよ。年始年末と盆にだけ開くみたいです」
「わざわざご苦労なことだな……」
「達也さん。あれ食べたい」
雫の指した先には、リンゴ飴が売られていた。
達也は何故そんなものを欲しがるのか理解できなかったが、続くほのかも、物欲しそうに達也を見てくるとなれば、買うことに躊躇いはない。
「1つ300円ね!」
「2つ貰おう」
「へい! まいど!」
達也は購入したそれを2人に手渡し先に進む。
2人は満足そうに達也の手を握ったまま、先へ進んだ。
神社の参道は、予想通りと言うべきか、人が多く行き交っており、前が全く見通せない。
2人を連れて、この人混みの中を通るのは正直遠慮したかったが、2人にそのようなことは通じなかった。
「ここから先は人通りが多い。参拝は止めて初日の───」
『だめ(です)!』
「…………」
2人は参道の端にあるゴミ箱へ食べ終わった串を捨てると、達也の手を引いて人混みの中へ楽しそうに突撃していく。
達也は溜め息を吐くと、2人の盾替わりになるため少しだけ前に行った。
人混みを掻き分けて辿り着いた先では、鐘を鳴らそうと人集りが出来ている。
その人で出来た壁を無理矢理こじ開け、ようやく最前列に出ると、2人を前に押し出して、鐘からぶら下がっている鈴緒を握らせる。
2人は息を合わせて鐘を鳴らし、賽銭箱に小銭を投げ入れて両手を合わせて目を閉じた。達也は、周囲からの様々な視線を受けながら、顔を上げた2人を何か言う暇も与えずに再び力強く引っ張り連れていく。あれほど密集した中を通れば当然と言うべきか、参道から抜けた時には、達也たちの着物は着崩れていた。
「酷い目に遭ったな。やはり来るものじゃない」
「ごめんなさい……」
「すいません、達也さん……」
「こういったことはこれっきりにしてくれ」
達也は身嗜みを直しながら2人に近付き、それとなく通りかかった男を転ばせ踏みつける。
「これだけ多いと物盗りもいる。盗られやすい場所に財布を入れておかないことだ」
達也は悲鳴を上げる男の手を捻り上げた。
「さて、お前が盗った財布を出せ」
「知ら───ギャーーー!!!」
達也は躊躇なく乱暴に肩を脱臼させて転がす。周囲の参拝客は何事かと、足を止めて達也たちを見入っていた。
「人の関節は意外と多い。どこまで耐えれるか見物だな」
公開処刑にも等しい行為であったが、触らぬ神に祟りなしと言えるほど、周囲から止める声は上がらない。むしろ、興味津々といった感じでことの成り行きを見守っていた。
「出す! 出します!」
男が泣きながら無事な方の手を使い、ポケットから出したのは幾つもの財布だった。
最低でも数人の被害者がいることが分かり、周囲を取り囲んでいた参拝客の視線が、倒れている男に突き刺さる。
「雫のはこれで合ってたか?」
「ありがとう……」
雫は投げ渡された財布を受け取ると、今度は盗られないよう胸の隙間に差し込む。
達也は苦しむ男には目もくれず、2人を引き連れてその場を離れていった。
残った周囲の者たちは、慌てて警察を呼び、男が逃げないように取り押さえるのに精一杯で、達也を引き留めることはできなかった。
神社で参拝したその足で、今度はその横手にある山に登る。登ると言っても、小さな丘のような所であるため、10分ほど歩けば頂上付近に着くことが出来た。
時刻としては朝の6時に近く、東の空がうっすらと明るくなっているのが見える。
「間に合ったな」
「綺麗……」
「良い眺め」
この場所は近くに高層ビルが無いため、初日の出を見るのにうってつけのスポットであり、メジャーなようで達也が調べた限りでは、毎年数万人が参拝に訪れていることがわかっている。
そのため、周囲には人が多く、達也は先程と同じ事態にならないかと、少々神経質になりながら辺りの警戒をすることになった。
日が出るまでを見届けることなく、達也たちは途中で下山を始める。
人混みの混雑を避けるためだった。
未だに登ってくる人を避けながら、良い香りを漂わせる屋台を素通りして神社を後にする。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「ああ。しかし、2人はいつもどうやってきてるんだ?」
「私たちもここに来たのは初めて」
「いつもは、家で過ごしてるんです。でも、一度でいいから初詣に行きたくて……」
2人も初めてだったことが分かった達也は、それまでの心労が倍になったような錯覚にとらわれる。
何も知らないから、屋台に対して興味津々だったり、人混みの中に気にせず入っていけるわけだと、今更ながらに気付いたのだった。
重たい身体を2人に引かれながら、元来た道を戻る3人に、柄の悪い男たちが近付いていたが、男たちは達也に絡むことなく、突如として身体の痛みに襲われる。
「何か悲鳴が聞こえたような……」
「野良犬でもいるんだろう」
「叫び声のようにも聞こえますけど……」
「気のせいだろう。それよりも、身体が冷えきる前に車へ戻ろう」
「そうですね」
こうして達也の年明けは、辛い経験から始まった。
ぐだぐだになりつつある