司波達也の日常 作:ネコ
達也が真由美たちの前でやってのけた内容は、本人の意思を無視してあっという間に学校内へ広がっていた。
「達也くん。また、なにかしたの?」
「有名人の仲間入りだな。CAD職人と言えばいいか?」
エリカが「また」の部分を強調したことで達也は眉を潜め、レオの言葉で真相を悟る。
「特に何かをやった訳じゃないし、有名人になりたいわけでもない」
「でも、結構な噂になってますよ?」
「そっとしておいてほしいんだがな……」
達也の希望は簡単に崩れ去る。
「司波くん。ちょっといい?」
「何か?」
「えーっとね。私たちのCAD見てくれないかなーと思って」
2科生の女子数人が、達也たちの元を訪れ、遠慮がちに訊ねてくる。達也としては、色々なCADを見てみたいところが本音だが、それは独自で編み出された起動式を見るためであり、魔法科高校に入ったばかりの生徒が持っている一般的な起動式しか入っていないCADには興味がなかった。
「少しは中の起動式を変更したりしたのか?」
「少しだけ……」
存外に、弄ってもないCADを見せるなと言っているのだが、周囲の女子生徒の圧力もあって声を掛けてきた女子生徒は中々引こうとはしない。
「CADの授業は別であるんだし、分からなかったらまずは自分で調べるべきじゃない?」
横から口を挟んできたのは、それまで達也と話していたエリカだった。
話の腰を折られた上に、頼んできた内容はCADの調整について。
エリカの中では、授業中なら未だしも、休み時間にまで聞くべき内容ではないという認識だ。
「CADの調整なんて素人に分かるわけないでしょ」
「そーよ。そんなに簡単に分かれば苦労しないわ。テストの勉強とは違うの」
「大体私たちに先生なんて居ないんだから、分かる人に聞くしかないでしょ」
口々にエリカへ反論するが、エリカの視線は呆れたようなものになっていく。
「CADの調整をこれからもずっと任せる気?」
「聞いてるだけじゃない! なんであなたにしつこく言われないといけないのよ!」
それまでとは違い、大声を出して反論する女子生徒に、クラス中の視線が集まる。
女子生徒は、それに気付かずエリカを睨み付けるが、エリカの態度が変わることはなかった。
「端から見てもいい迷惑ってわかるから教えて上げてるんだけど?」
「何。あなた司波くんの彼女なの? 関係ないなら黙っててよね」
「はっ?」
それまでとは打って代わり、不愉快と言わんばかりにエリカの圧力が増していく。
素人目にも、威圧しているのが伝わったのだろう、女子生徒は及び腰になり、無意識に前にいる生徒を盾のように突き出している。
「その辺でいいだろう。CADの調整は授業時間外であれば先生に見てもらうことが出来るから、まずはそちらに聞いてみてくれ。
俺よりも、先生の方が遥かに教え方も上手いだろうし、物知りだと思うぞ」
達也はエリカからの視線を塞ぐ形で前に立ち、女子生徒に諭すように伝える。
「ええ、そうね」
「分かったわ」
女子生徒も頼む本人から言われては強く出れないのだろう、困惑と共に達也たちの前から離れていく。
(余計な噂が広まらなければいいが……)
達也の希望むなしく、この事は尾びれ背びれを加えて広がっていくことになる。
「あーっと。ごめんね、達也くん。変に突っ込んじゃって」
「俺としても見る気はなかったから間違ってはないさ」
エリカは達也に拝むようにして謝罪し、達也はそれを見て苦笑いで済ませた。
それでも、エリカは謝罪できていないと考えているのか、後味が悪そうにしている。
「そうだな……。そこまで悪いと思ってるならうまいコーヒーの店でも教えてもらおうか」
「あー。そう言えばよく飲んでたわね。分かった! 調べとくから!」
「見付けたら教えてくれ」
「オッケー」
落ち込んだような表情を払拭し、エリカは親指を立てて明るく答えた。
放課後には、早速と言わんばかりの生徒会の業務に見舞われていた。
内容としては、備品の在庫チェックやら、行事の調整など多岐にわたる。
達也は不満など漏らすことなく淡々と進めていた。
やり方を一通り学んでしまえば、後は単純作業の繰り返しになる。
そのような内容のことを達也がミスするはずもなく、予定していた時間の半分ほどで終わりを告げた。
「これでは、私がもう一人いるような感じですね。本当にこういったことは初めてなのですか?」
訊ねてきたのは、今回の引き継ぎを兼ねた指導を請け負っている三年生徒会会計の市原鈴音だった。
「はい。ですが、やることは決まっているのでそれほど迷うようなこともないと思います」
「確かに、会計業務はミスをしなければ早いですからね」
「それでは、これで本日は終わりでしょうか?」
「ええ。お疲れさまでした」
「それでは失礼します」
達也が出ていった後に残った鈴音は、データを記録し生徒会室に戻っていく。
生徒会室では、不貞腐れたような顔をしている服部が、黙々と与えられた仕事をこなしており、その隣では、ニコニコとした笑顔を真由美が振りまいていた。
奥の方を見れば、大型のモニターを前にして、梓が雫へ書記の引き継ぎを行っている。
「おつかれさま、鈴ちゃん。司波くんはどうだった?」
「とても優秀ですね。明日から私に代わっても大丈夫と思えるほどです」
「そこまでかぁ……」
真由美はわざとらしく服部を見ながら答える。
鈴音が来るまでに、同様のことを服部に訊ねてからかっていたことが鈴音には手に取るように分かった。
それというのも、放課後の最初の引き継ぎは服部から行っていたのである。
それが予定の時間を大幅に短縮してしまったがために、次の日に予定していた鈴音からの引き継ぎを行ったのだが、早く終わったことから察するに、服部からの引き継いだ仕事も滞りなく終わったことが分かる。
2科生が優秀なことを認めたくない服部にとって面白いことではない。
しかし、面と向かって真由美に嘘をつくわけにもいかず、不貞腐れていたのだった。
「ですが、このままでは、予定が前倒しになってしまいます。悪いとは言いませんが、二度手間が増えることも確かです」
「そうよねえ。サポートしながら覚えてもらおうと思ってたけど、今のままだと効率が二倍になったようなものだし、どうしようかしら?」
「私の方は週に一回程度生徒会室に来てもらえれば十分ですが……」
そこで鈴音は視線を服部に向ける。
「俺も週一で構いません」
服部は表情をそのままに答える。
元々一人でやるべきだった仕事なので、来なくても問題ないが、そういうわけにもいかないので、服部は鈴音の意見に乗ったのだった。
「司波くんはまた地下?」
「恐らくそうだと思われます」
「ふーん」
真由美は考える素振りを見せると、何かを思い立ったのか、急に立ち上がる。
「ちょっと用事を思い出したわ」
「では、決裁の必要な書類は出力しておきますので、確認しておいてください」
「わかったわー。後で読んでおくから置いといてー」
真由美は返事をしながら部屋を出ていく。
その後ろ姿を見ながら、鈴音はそっと溜め息を吐いて整理したデータを呼び出した。
数日後。
生徒会室では、九校戦に向けた打ち合わせが行われていた。
候補となる生徒は、事前に先生方の評価や部活に通っていれば、そこの部長からの情報を集め、ピックアップされている。
達也が生徒会に入って行った仕事は先生方からの情報収集であり、その報告はまとめられて服部に手渡されていた。
その中から実際の選手の選考にはいる。
「前回の競技の傾向からいくと、今年はスピードシューティングとバトルボードが濃厚かしら?」
「そうだな。昨年は個人競技しかなかったから、今年は団体競技が来るかもしれん」
「そうなると、モノリスコードかしら……」
選手の選考をするに当たり必要なのは、どの競技にどの選手を割り当てるかと言うことだ。
競技内容は九校戦の2週間ほど手前でしか発表されないため、現段階では予想を立てて、その競技への調整をしていくしかない。
しかし、なんでもかんでもすればいいというものではなく、ある程度は昨年の九校戦から予測して候補を絞りこまなければ、選手となる生徒、ならびに関係のある生徒にまで迷惑をかけてしまう。
「モノリスコードは十文字くんの方で当たってくれるかしら?」
「ああ。スピードシューティングは七草でいいな?」
「ええ」
「じゃあ、私がバトルボードの選手を見繕うか」
「服部くんはスピードシューティングお願いね」
「分かりました」
真由美が場を取り仕切り指示を出していく。
鈴音と梓は各種競技の方向性を確かめていた。
「そう言えば、司波と北山はどうしたんだ?」
司波という名前を聞いて、真由美は表情がこわばる。
「北山さんは入ったばかりなので、部活を優先してもらっています。司波くんは……」
梓の視線は鈴音に向かう。
視線を向けられた鈴音は首を横に振って真由美に視線を向けた。
当の真由美は困惑したような表情をしている。
「えーっと。そう。やっぱり新入生だし放課後は部活を大事に───」
「司波くんは部活に入っていません」
容赦なく突き付けられた現実に、真由美はあたふたと慌て始める。
「このメンバーでも今の段階なら十分だと判断したの。決して個人的な感情は含めてないわ」
「この資料をまとめたのは司波も含まれてるんだろう? だったら、まとめた本人がいれば更に効率的じゃないのか?」
次第に論破していく皆をよそに、真由美は一生懸命言い訳を探すが中々思い浮かばない。
そこへ別口から助け船が寄越された。
「会長は皆さんの能力を把握した上で、十分だと認識されていると考えれば、これ以上は余剰となります。資料については司波から引き継いでますので聞いてください」
「そうよね!」
「ええ……」
真由美は身を乗り出して、服部の言葉に賛同する。
賛同された服部は、突如として身を近づけてきた真由美に、顔を赤くして口を閉ざしてしまった。
「取り敢えず、今日中に選抜しておくのだろう? 出来なければ予定が遅れるのだから、その時改めて呼べばいい」
克人の言葉に皆は頷き、作業を再開させた。
5月に入って最初の連休を使い、達也は魔工師としての仕事をしていた。
内容としては飛行術式のテストである。
現在の技術では、汎用型の飛行術式は不可能とされてきたが、それは昔のこと。
達也のいる部屋には、複数の技術者がおり、それぞれが目の前のモニターに釘付けとなっていた。
些細な変化も見逃すまいと、神経を尖らせている。
「テストを開始します」
モニターの先に並ぶ魔法師たちは、その声を聞いて緊張感が高まったのか、表情を引き締めて、各自のCADに収められた起動式を動かしていく。
「AからFまでの浮上を確認しました。各自ラインまで浮上後停止してください」
設けられたラインは、地上から十メートル程度。
下は柔らかな衝撃吸収マットになっているため、落ちたからといって大ケガに繋がることはない。
ゆっくりと浮上を続けていた魔法師たちは、ラインに到着した者から、空中に停止した。
「AからFまでの停止を確認しました。これより水平移動を行ってください」
上空へ飛び上がり、着地するだけであれば既存の起動式で可能だが、今行っている、空中での任意の方向へ移動するといったことは出来なかった。
それというのも、前に発動した魔法が次の魔法を発動する邪魔となってしまうため、飛行魔法のように、任意の方向への飛翔は起動式を組むことが出来なくなっていた。
そのため、三大難問の1つとして取り上げられていたのだが、今回達也たちはそのブレイクスルーに挑んだのである。
「AからFまでの水平移動を確認しました。それぞれ任意の方向への移動を規定時間まで行ってください」
ここまで来たところで、モニターを見ていたものたちにも安堵の表情が浮かび始める。
既に試験を済ませているとはいえ、本番での性能テストには、皆神経を張り詰めていたのだった。
「流石、大将の設計した起動式だ。無駄が全くといっていいほどありませんな」
「牛山さんたちスタッフが居たからこそです。俺だけの力ではありません」
「それでもですよ。元々の設計図がなければここまで来ることすらできませんでした。いやー、大将に着いてきて正解でしたな!」
現在の達也たちのいる会社はトーラス・シルバーと言う、出来たばかりの小さな会社だった。
しかし、小さいと言ってもその知名度は、このCAD業界では知らぬものが居ないほどのものとなっている。
理由としては、ループキャストシステムなどの新しいCADを構築し、それが認められたことで飛躍的に知名度が高まったのだった。
牛山たちは、ある会社において、個性が強すぎる事から、部門を隔離され腫れ物のような扱いを受けていた。
そのような扱いをするくらいであれば、首にすればいいだけの話だったのだが、生憎とそれぞれが得意分野において優秀であったため、会社としても判断に困っていた部分もあったのである。
それを達也は、ある筋からの協力により、その部門を丸ごと率いて新しい会社を設立するに至ったのだった。
「それにしても、あいつら嬉しそうに飛びやがる」
モニターの先にいる魔法師たちを見て牛山が嬉しそうに言う。
モニターに写る魔法師たちは、新しいおもちゃを与えられた子供のように、広大な空間を飛び回っていた。
しかし、魔法も無限に使えるわけもなく、数時間経過したところで、次々と降下し始める。
「安全対策もバッチリ機能してますな」
「ええ」
達也は難しい顔をして、魔法師の状況を記録していく。
その表情に、それまで他の者と同様に受かれていた牛山は達也へ訊ねた。
「何か不満な点がお有りで?」
「もう少し、飛行時間を伸ばせないかと思いまして、各個人の状態を再確認していました」
「大将は貪欲ですな。おい! 数人は降りてきたやつらの確認と、数人はこっちで中身の再確認だ!」
牛山の声に従い、研究員は言われずに分担して移動していく。
達也はそれを頼もしく思いながら、中央のテーブルモニターに図面を呼び出し、意見を述べていく。
「まず、魔法を起動した際の、CADによる魔法力の吸収率ですが、このグラフで分かる通り、個人で僅かずつ違うことが分かります。しかし、今の起動式に吸収の効率化まで組み込んでしまうと、人によっては余計な魔法力を消費してしまうようになるでしょう。これについて意見はありますか?」
「ソフトが駄目であれば、ハードであるCADに組み込んでは?」
「ハードで調整したとしても微々たるもんでしょうが、多少は今よりもスムーズにいくはずです」
「余計な消費と言いましたが、どの程度でしょう?」
「このグラフで説明すると、最大値と最小値くらいの差は確実に出てきます。短時間であれば問題ないでしょうが、長時間となれば明らかに差がハッキリと出てしまうでしょう」
「となると、先程のハード対策に賛成ですね」
「他になさそうであれば、まずはそのハードの規格からいきましょう」
達也が司会を務め、次々に進めていく。
途中で、出戻りのような意見も出てくるが、それについても検証を怠ることはない。
自分の意見が邪険に扱われることがないため、研究員たちは遠慮なく話し合い、時間はあっという間に過ぎていった。
「達也様。日付が変わりました。本日のスケジュールについてですがよろしいですか?」
「もうそんな時間か……」
この会社の秘書に言われ、達也は壁に掛けられた時計を見て呟く。
この会社では、一日当たりの勤務時間を定めてはいるが、何時に来てもいいようになっている。
それだと、仕事が回らないように感じるが、基本的に研究を趣味にしている者が多く、必要な設備は一通り会社に備わっており、各自の休憩部屋まであるため、ほとんど会社にいると言っても過言ではなく、24時間常に動いているような有り様だった。
「明日は10時より北山様のお宅で、月に一度のCADの調整です。その後、昼食を一緒に摂っていただき、14時からフォアリーブスの社長との会見になります」
「分かった。ありがとう」
スケジュールについては、達也の所持している完全記憶で忘れることはないが、対外的に会社としての対応を任せる人物が必要になる。
そのため、3人ほどいるのだが、彼女たちは達也が選んだ人材ではないため、多少の警戒感を持って接している状況だった。
達也はその後、3時頃まで研究員たちと議論を交わすと、睡眠をとった。
北山邸に訪れた達也は、走り寄ってくる三つの人物を見て片手を挙げる。
「達也さんいらっしゃい!」
「今日もお願いします!」
「ああ」
端的に挨拶を返すと、メイドに案内されるまま、いつもの調整部屋へと入っていく。
「怒ってる?」
達也が機材の確認を行っている最中、不安そうに聞いてきたのは雫だった。
他の二人は何の事か分からずに達也と雫を交互に見ている。
「怒ってはいない」
何の感情も感じられない声に、雫はその本心を探ろうと、達也を見つめる。
しかし、その表情は達也の一言で落ち込むことになる。
「ただ、余計な騒動に巻き込んでほしくないとは思ったがな」
「えーっと……何のことでしょう?」
訊ねてきたのは雫の弟である北山航。
話の内容が全くわからなかったのだろう、航は首を傾げて達也を見る。その動作は幼い顔つきも相まって、保護欲を擽りそうなものだったが、達也には全く効果はなかった。
「もしかして、CADの調整の話って……」
ほのかは恐る恐るといった感じで達也の反応を窺う。
雫たちのCADの調整をするに当たって、契約で明記してあるのが、達也の事についてだった。
そこには、達也に関する個人情報の取り扱いは厳重なものとして、第三者には絶対に明かさない。渡さない。といったことが書かれていた。
しかし、今回雫のやった行為はこの項目に違反するといってもいいだろう。
「その事を含めて確認したい。何故俺のことを話したんだ?」
「───副会長が達也さんのこと馬鹿にしたから……」
「そんなことくらい無視すればいい」
「でも、私も雫と一緒で達也さんが馬鹿にされたら許せません!」
「そう考えてくれているなら、俺の事も考慮してくれ」
「ごめんなさい……」
「すいません……」
二人の落ち込む姿に、達也は溜め息を漏らすと、想子測定器の前に座る。
「先ずは雫からだ。余計なことは考えずに、集中してくれたらいい」
「…………」
雫は測定器を握り締め、達也を見つめる。
達也は雫が測定器を持ったのを確認し、測定を始めた。
雫とほのかの想子量は、一般的な学生に比べて多く、現在に至るまで、互いをライバルとして切磋琢磨してきている。
今回入学試験に関しても、総合的に雫に軍杯が上がったが、それほどの差はなかった。
そんな二人に出会ったのは、約1年前のループキャストシステムを発表仕立ての頃になる。
企業として目まぐるしい忙しさに見回れている中、その合間を縫うようにして会いに来たのが、雫の父親である北山潮だった。
潮との会談は30分ほどで終わったが、その時間で互いの意思疏通は十分であり、最初の顔合わせはうまくいったと言っていいだろう。
潮は、トーラス・シルバーの代表として達也が出てきたことに対して驚いた表情を浮かべることなく、挨拶を済ませるとビジネスの話をし始めたのである。
潮としては、相手が誰であろうとも、余程の事がなければ差別したりはしない。ただ、今回は試す目的もあり、時間も押していることから、率直にビジネスの話しに入ったのである。
潮から見てかなり若く見えた達也だったが、それでも一企業の運営をしている手前、その知識は十分に過ぎた。
潮と話し合った大枠は、雫たちのCAD調整をすることと、業務提携をする旨の内容であり、何時までも親の脛をかじる訳にもいかない達也としては、ありがたい申し出だった。
潮としても、会社経営から魔工師としての知識まで、達也の幅広い視野を直接確認できたため、今後とも付き合うべきと判断し、ビジネスパートナーとして話を持ちかけたのである。そして、その際に次の会見のセッティングまで行ったのであった。
その改めて設けられた場で、達也は雫たちに会ったのだが、雫たちの最初の頃は警戒心があまりにも高かった。
初めて会う相手に、自分のCADを任せることになる不安を考えれば当然の事ではある。
最初の半月は、航のCADの調整を主に行い、雫たちは簡易的にしか見ていなかったが、航のあまりのはしゃぎようや、簡易的とはいえCADの調整力の高さに興味を抱き、自分達から調整をしてほしいと言ってきたのだった。
それからは、それまであった壁が嘘のように消え去り、積極的に絡んでくるようになったのは良いのだが、妙に独占欲を働かせる時があるのは問題だった。
「失礼します。そろそろ11時となりますので、休憩されてはいかがでしょうか?」
「もうそんな時間ですか」
落ち込んだ状況では、本来の力を十分に測れるわけもなく、結局この時は、航の調整だけを完了させ、雫たちは簡易なメンテナンスに留めることになった。
室内に入ってきたメイドは、テーブルに紅茶を人数分準備していく。
「────航に関しては良い感じに向上していっている、と言っていいだろう」
「ありがとうございます! 先生!」
達也からの助言をもらい、航は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
航は魔法力に関して雫たちほどの力はない。そのため、将来の夢は魔工師になることだった。
そんな将来の夢である魔工師の達也に誉められて嬉しくないはずもなく、達也の助言をもらう度に喜んでいた。
「準備が整いました」
「それではいただくとしようかな」
四人掛けのテーブル。
着席する場所は既に決まっており、達也と航は対面に座り、雫とほのかが向かい合って座る。
「いつ飲んでも美味しいな」
「ありがとうございます」
メイドは嬉しそうに微笑むと、空になった達也のカップに再び紅茶を注ぐ。
「達也さんは年上が好みなの?」
それまで雑談をしていたのが嘘のように、部屋が静まりかえる。
部屋にいる者は興味があるのだろう。質問をした雫ではなく、その視線は達也に注がれていた。
「好みというものは今のところないな。要は気に入るか、気に入らないか。それだけだ」
「最近達也さんのデートの目撃証言がある」
「えっ!?」
声を上げたのはほのかだった。
どこか焦りの見える表情で、達也の言葉を聞き逃すまいと集中している。
「帰宅途中で喫茶店に寄っただけなんだがな」
「恋人じゃない?」
「特にそういった人物はいないな」
言質を取ったとばかりに、テーブルの下で雫は拳を握り締める。
しかし、その先を口に出すには憚られた。
流石にこの場の勢いで言うには、ムードの欠片もない。
ほのかは見た目で分かるほど、胸の前で手を組みホッとしていた。
「数日前に、地下図書で会長が達也さんと一緒にいたのは? 会長の服が乱れていて、顔が真っ赤だったって聞いた」
このまま一気に不安を払拭してしまおうと考えていたのだろう。
学校で噂になっている事柄をあげていく。
「ああ。あまりにも積極的に誘惑してくるから少しお仕置きしただけだ」
「お仕置き……」
何を考えていたのか、ほのかは急に気が遠くなったように力なく倒れてメイドに支えられ、航は顔を真っ赤にして何も言わずに聞き耳を立てていた。
「もっと詳しく」
ほのかの安否を横目で気遣いながらも、雫は身を乗り出して達也を問い詰める。
「会長本人に確かめてくれ」
このような返答で雫が満足するはずもなく、昼食の時間になるまで、雫の質問は続いていった。