司波達也の日常   作:ネコ

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第7話

 夏の暑い日差しが降り注ぐ中。達也は、集合場所であるバスの中で生徒名簿を基に人数の確認をしていた。

 バスに乗り込んでいる達也たち第一高校の生徒の行き先は、九校戦の行われる富士の演習場であり、他校に比べて第一高校は近い位置にある。

 

「後は会長のみです」

「ご苦労。第2車両に戻っていいぞ」

「分かりました」

 

 達也は名簿を服部に返却し、乗っていたバスから一旦外に出ると、後ろに控えていたもう1台のバスに乗り込んでいく。

 その姿を見送った服部は、名簿を再確認し前の座席のポケットに名簿を収納すると、ホッと息を吐いて座席に深々と体重を掛けた。

 

「服部くん。なんか貫禄出てきたね」

 

 声を掛けてきたのは前の座席に座る、同学年の千代田花音。ボーイッシュな格好がよく似合う女生徒だ。

 花音はその明るい性格から、男女の分け隔てなく、誰にでも気軽に話し掛けることが出来るため、クラス内ではムードメーカーであると共に、男女間の問題等ではよく助けを請われたりもしている。

 勿論、中には荒事も発生したりするが、花音は腕っぷしの強さがあることも、頼られる要因のひとつとなっていた。

 

「千代田か……」

「なんか元気なさそうね」

「体調は良いんだが、な」

「なんか悩み事? 相談くらいなら乗るけど?」

「まあ、悩みは色々とあるが、真っ先に浮かぶとなればこれからのことだろうな」

 

 服部は憂鬱そうに窓の外を覗き見る。晴天のような晴れ空とは対称的に、その表情は曇っている。

 

「まあ、不安に思うのも無理はないけど、精一杯やれば結果は二の次だと思うよ? 私だったら、やるからには勝たないと気がすまないけど!」

「結果の心配はしてないさ」

「さっすが無敗の男! その自信があれば悩む必要なんてないじゃん!」

 

 服部が深刻そうな顔をしていたために、余程の事があるのかと身構えていた花音は、服部の言葉を聞いて安心する。

 服部の方も花音の言葉に、表情が普段と違うことを知り、いつもの真面目な表情に戻した。

 

「そうだぞ服部! 俺に勝った奴がそんなしけた表情をしてるんじゃねえ」

「桐原はふざけすぎるなよ。ただでさえ新学期から停学をくらってるんだ。次に問題行動を起こせば、分かってるだろう?」

「もう耳にタコができるくらい聞かされたよ……」

 

 それまでの態度が嘘のように消え去り、桐原の表情は歪む。

 桐原は、部活勧誘期間中に2科生を傷付けた張本人であり、その事をかなり後悔していた。なぜあの時に、ほんの些細なやり取りで、相手を傷付けるような展開に至ったのか、自分の事でありながら理解できていなかった。

 後で周囲の者に聞かされて、有り得ないと思う反面、その記憶があることに悩ませれ、暫く入院することになった。この時の記憶は、桐原にとってまだ新しい。

 

「それにしても、傷付けた相手に向かって『責任は取る!』かあ……言われてみたい言葉よねぇ」

「この場で言うんじゃねえ!」

「良いじゃない。もうみんな知ってることなんだし、結果的に付き合うことになったんだし」

「俺がよくねえよ!」

「賑やかなことは良いが、静かにしろ」

 

 服部は二人に注意を促すと、クーラーボックスからタオルを手に取って立ち上がり、バスの外に出る。

 服部が外に出た理由はすぐに分かった。

 

「お待たせしちゃったかしら?」

「いえ! 全然待っておりません!」

「そう?」

 

 服部が外に出た理由は、窓からバスに向かって歩いてくる真由美の姿が見えたからだった。

 暑い日差しの下を日傘をさしながら歩いてくる姿に、服部は慌てて立ち上がり、外に出たのである。

 

「これをどうぞ!」

「ありがとう。これお願いできる?」

「はい!」

 

 服部は冷えたタオルを真由美に渡すと、代わりに日傘を受け取り、バスの中に入るよう真由美に促した。

 

「あ~気持ちいいわねぇ」

「…………」

 

 服部は手で促すばかりで声を出せずに真由美に見入っていた。

 真由美の服装は、見慣れている制服姿ではなく、白のワンピース姿につばの広い帽子を被っており、風景と相まって、服部の目には目映く写った。

 そんな服部の視線に気付き、真由美はわざとらしく首回りから胸の辺りまでをタオルで軽く拭いていく。

 その姿に服部は知れず、唾を飲み込んだ。

 

「いつまで見てるのかな~?」

「はっ! いや! その! どうぞお入りください!」

 

 服部は真由美と目を合わさぬように視線を上に向けると、手をバスの入り口に向ける。

 真由美はクスクスと笑いながら、バスの中へと入っていった。

 

「今日は良い日になりそうだな……」

 

 服部はこれからの事を一旦棚上げし、太陽の光を片手で遮りながら呟いてバスに乗り込むと、操作盤で出発するよう指示を出し、自分の席に戻って着席した。

 

 

 

 会場が近いと言っても、他校に比べればであり、移動には三時間ほど掛かる。

 その移動の最中は、選手やエンジニア同士で雑談したり、ゲームに興じたりと様々なことで時間を潰していた。

 しかし、例外はあるもので、達也だけは黙々とひとりデバイスを操作していた。

 達也の見ている画面は、現在のバスの通行ルートであり、他の車両の状態が映像で表示されている。

 ほとんど代わり映えのしない画像であったが、1時間ほどしたところで、対向車線に規定よりも速度を出して走行する車両を発見する。

 達也は不審車両に対し、事前に用意していたスイッチを押した。

 そのスイッチを押しても、達也の乗っている2台目のバスには何も起こってはいない。

 起こったのは1台目のバス。

 数名に手渡していた受信機が震えだしたのだ。

 その受信機を持った数名は直ぐ様立ち上がり、バスの外を警戒する。

 

「かなりの速度で対向車が来てる! ───みんなは大人しく座っててね」

 

 七草の言葉に、克人、摩利、市原、服部の視線は前方へと向かい、他の生徒は何事かと、不安そうに立ち上がった生徒を見ていた。

 

「まさか……来る!」

 

 その数秒後、対向車線を大きくはみ出して飛び出てきた車両に対して、克人が持ち前の術式により車両が近付く前に撥ね飛ばし、服部が飛び散った炎を払い除ける。

 そして、それと同時に摩利は1台目、市原が2台目のバスに減速魔法を掛けて安全に停止させた。

 あまりの一瞬の出来事に、座っていた生徒は呆然とその光景を見て動けず、誰も声を出さない。

 真由美は安堵の息を吐きながら、他にも来ていないことを確認し、みんなに声をかけた。

 

「もう安心して良いわ。びっくりさせちゃってごめんなさいね。緊急の場では、魔法同士の相剋が起こると怖いからみんなには大人しくしてもらったの。私は後ろの車両の確認をして来るから服部くんはこの場をお願いね」

「俺は突撃してきた車両の方を見てこよう」

「行きましょう」

 

 真由美と克人は連れ立ってバスを降りていく。

 その後数分間は、状況が飲み込めなかったのか、誰からも質問されることはなかった。

 

 バスを降りた真由美たちが目にしたものは、カメラをセットして現場を撮影している達也だった。

 達也は降りてくる二人の方に歩いてくると、軽く頷く。

 

「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちの方よ。それにしても、司波君の懸念が当たったわね」

「当たってほしくはありませんでしたが……」

「司波は車両の中を確認したか?」

「運転席のある前部があそこまで凹んでいては、例え安全装置があっても無意味でしょう」

「安否は確認してないんだな?」

 

 言外に安否確認しても無駄と伝えたが、克人は関係ないとばかりに、再度達也へ確認をとる。

 

「はい。かなり炎上しているので、迂闊に近付くのは危険かと判断しました」

「確かにな……」

 

 そう言いながら、克人は得意魔法であるファランクスを纏うと、炎上している車両に近付いていった。

 

「2台目のバスの方はどう?」

「生徒会の権限を使わせてもらっていますので、申し訳ありませんが、会長から説明願います」

「分かったわ。警察への連絡はお願いね」

「分かりました」

 

 真由美は達也に頷いて見せると2台目のバスに向かっていく。

 達也は、その後警察へ連絡を入れて事情を説明した。

 

 

 

 本来であれば、3時間程度で宿泊するホテルに着くはずだった時間は、大幅に遅れて倍の6時間も掛けることになった。バスから降りた時の空は、時刻が遅くなっていたこともあり、僅かに暗くなってきている。

 第一高校の生徒たちの顔には、動いていないにも関わらず疲労の色が見えた。

 

「今日は19時からホールでパーティを兼ねた食事会があるから、疲れてるとは思うけど出来る限り出席してね。ただし、強制はできないから、無理にとは言わないわ。一応今のうちに明日の事を言っておくけど、選手は8時にロビーへ。スタッフの皆は少し早いけど、7時半にバスに集合よ」

 

 真由美がバスから降りた生徒たちに聞こえるよう声を幾分大きくして予定を伝える。

 生徒たちはその話を聞き終えると、ホテルの鍵を受け取り各自の部屋に向かっていった。その後ろ姿を真由美は見つめながら横に立つ克人に話し掛ける。

 

「やっぱり今日の出来事はキツかったのかしら?」

「慣れていないのは間違いないだろうな。この事が明日に影響を及ぼさなければ良いが……」

 

 克人もその表情からは読み取れないが、不安があることを口にする。

 そして、今日の立役者へと視線を移した。

 

「それにしても、司波には驚かされるな」

「そうね……。事前に言われたときは、備えるだけという話だったけど、本当にその時が来るなんて思いもしなかったわ」

「確かに……俺たちだからよかったが、もし居なかったらと思うと、最悪な事態も有り得ただろう。今後の移動手段について検討しておくべきだろうな」

「そうね。引き継ぎ事項に書いておくわ」

 

 真由美たちは、それぞれ達也に対して思うことがあるのか、達也が見えなくなるまでその視線を外すことはなかった。

 

 達也は資機材の一部を部屋に置くと、すぐに部屋を出ようとして、足を止める。

 

「どうかしたのか?」

 

 達也の部屋の前には、雫とほのかが出口を塞ぐ形で陣取っていた。

 

「達也さん。その機械は何?」

「どこかに行かれる予定ですか?」

 

 質問を質問で返された達也は、溜め息を漏らすと、自らの用件を先に話す。

 

「俺はこれから、機材のセッティングとメンテナンスをする予定だ。二人はどうしてここへ? もうすぐパーティが始まるが出席しないのか?」

「そのパーティに誘いに来た」

「達也さん、一緒に行きましょう!」

 

 誘いに来ただけにも関わらず、二人は達也の両サイドに回り込むと、その腕に掴まり、達也の返答を催促するように顔を赤らめながら見上げてくる。

 達也の腕は、発展途中の二人の体に包まれるが、達也の表情に変化はない。

 しばし、達也は何も言わないままであったが、他の生徒の気配を感じて返事をする。

 

「───分かった。取り敢えず機材を戻すから両手を離してくれ」

 

 達也の言葉に二人は手を離す。

 達也は回れ右をして、部屋に戻ると持っていた機材を床に置いて再び廊下に出た。

 

「おお~い。そろそろパーティの時間だよ~」

 

 そこへエイミーが手を挙げながら、達也たちの方へと近付いてくる。

 

「エイミーまで来たのか」

「その言い方はちょっと失礼ですよ!」

 

 エイミーは怒ってますとアピールするように、両手を腰に当てて仁王立ちになり、達也を威嚇するように眉根を寄せる。

 

「達也さんが逃げ出す気だった」

「ええ!? 参加しないつもりだったんですか?」

「余った時間を有効に使おうと思っただけだ。他意はない」

「じゃあ、行きましょう」

 

 ほのかは恥ずかしそうに達也の手を取ると、案内するように手を引いていく。

 

「うわぁ。積極的~」

 

 しかしその積極的な対応も、エイミーの一言で終わりを告げた。

 

 

 

 パーティ会場にはそれぞれの学校ごとにテーブルが用意されており、その上には食べきれるか分からないほどの料理が並んでいた。

 そのテーブルを囲むように、各学校の生徒たちが集まって食事をしている。

 達也たちは会場に入ると、立ち止まることなく第一高校の面々が集っている場所に進み、空いている食器を手に持って料理をつまみだす。

 

「立食パーティかぁ」

「エイミーは初めて?」

「うん。テーブルマナーとか厳しかったから、立食とかは無かったんだよね。雫たちは?」

「私は何度かある」

「私も、雫と一緒に何度か……」

 

 パーティと言う名目の為か、エイミーはテーブルマナーを気にすることなく、皿に料理を盛り付けては口に運んでいる。

 対する雫とほのかは、幾つかを摘まむと、飲み物を手に持ち、達也から離れて、他の生徒との談話に興じていた。

 同校の生徒同士の話が落ち着いてきた頃、生徒たちはバラバラになり、違う学校の生徒たちとの交流を深めるべく移動し始めていた。

 達也もそのタイミングを見計らって、この場を離れようとしていたが、達也の後ろから近付いてくる人物に気付き、離れるのを少し待つ。

 

「お飲み物はいかがですか~」

「ひとつもらおうかな」

「お酒はありませんが、各種取り揃えております」

 

 笑みを浮かべて達也に声を掛けてきたのは、女性用の給仕服を身に纏ったエリカだった。

 片手に飲み物の入ったグラスが乗ったトレーを持ち、もう片方の手を腰に当てて胸を張り、達也に給仕服姿を見せつけている。 

 

「では、お茶を貰おうかな」

「はい、どうぞ」

 

 達也はトレーからお茶を受け取り、何か物言いたげなエリカに向けて、声を掛けた。

 

「よく似合っているな」

「ありがとう。素直に言ってくれるのは達也くんだけよ。ミキなんてコスプレとか口走るし、センスが欠落してると思われても仕方ないわね」

 

 エリカは顔を赤らめながら、ある方向を見て呟く。エリカの視線の先には、同じく男性用の給仕服に身を包んだ幹比古が、慣れない給仕の仕事をしている姿がある。

 

「元気そうで何よりだ。レオたちはどうしたんだ?」

「レオと美月は裏方ね。美月にも給仕の仕事を勧めたんだけど、拒否されちゃって……。かわいいと思うんだけどなあ」

 

 エリカは制服のスカートをつまみ上げ見せる。

 制服姿だけを見れば、良いのかもしれないが、その姿で仕事をするとなると、かなりのバランス感覚や体力が必要であることが、他の給仕を見て分かる。

 そんなところへ美月を無理に誘っても、あまり役に立つことがないのは、日頃一緒に授業を受けている達也には、想像に難くなかった。

 そんな二人が話しているところへ、大きな集団が寄ってくる。

 

「この場に何をしに来たのですか?」

 

 達也へ声を掛けてきたのは、第三高校の制服に身を包んだ女子生徒だった。

 その女子生徒の見た目は、10人が10人とも美しいと言えるほどのもので、その容姿に引き寄せられるように、その背後には大勢の人を連れている。

 

「食事をしに来ただけだが?」

「司波さんが声を掛けてやったって言うのに、その態度はなんだ!」

 

 達也の返事が気に入らなかったのだろう、取り巻きの一人が声を上げる。

 

「声を掛けてほしいと願い出たわけでもないんだがな」

「なんだと!?」

 

 険悪な雰囲気になってきたが、司波と呼ばれた女子生徒が腕を横に上げたことで、その雰囲気も霧散する。

 

「あなたは何の競技に出るのですか?」

「俺は選手ではない」

 

 達也の言葉に司波は目を見開き、驚きを露にすると、矢継ぎ早に質問をしてきた。

 

「何故出ないのです!? 有り得ません、実力がありながら出ないなど! あなたは何をしに来たのですか!?」

「何故と問われても、2科生だからだろうな。ただ、エンジニアとしてサポートは行う」

「2科生!?」

 

 今度の驚きは、これまでの比ではなく、そんな司波の姿に周囲は不思議そうな視線を向けていた。

 

「用がそれだけであれば失礼するよ」

 

 達也はその隙に、その場を離れていく。呼び止めるタイミングを逸した司波は、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。

 

 達也は部屋に戻ると、機材を持って外に出ていく。

 パーティがまだ行われているためか、人影は全くと言ってよいほど無かった。

 

 

 

 早朝から、達也たちスタッフは割り当てられた拠点で仮設作業を行っていた。と言っても、大掛かりな作業はなく、各競技場所に設けられた部屋に、持ってきた機材を配置するだけの仕事だ。

 配置が終われば、スタッフのみでミーティングを開始する。

 

「今日から試合が始まります。各員悔いが残ることがないようにしましょう」

 

 そんな市原の言葉から始まったミーティングは、先日のパーティで集めた情報を基にした他校と第一高校の比較から行われる。

 

「やはり、最大のライバルは第三高校でしょうか?」

「そうですね。昨年度の実績から言っても、その可能性が高いでしょう。しかし、そちらに意識を払って目前の競技が疎かになることは避けてください」

「それはもちろんです」

「現在第一高校は二年連続で優勝しているため、狙われる可能性が非常に高い状況です。一対一の競技であれば、それほど気にする必要はありませんが、レースなどの競技ですと、真っ先に止めようと動いてくる学校もあることを念頭に置いておいてください」

 

 その場に揃ったスタッフは真剣な表情で、鈴音の言葉に耳を傾ける。

 その後のミーティングは、注意事項と相手選手のデータを渡すのみで終わり、それぞれの持ち場へと移動していった。

 

「お待たせしました」

「今日はお願いね」

「微力ではありますが、最善を尽くします」

 

 達也は真由美の状態を確認すると、CADの調整を素早く終わらせる。

 そして、調整の終わったCADを真由美に手渡した。

 

「えーっと。二人きりだけど、前みたいなことはしないわよね?」

 

 真由美は、少し怯えながら達也に訊ねる。その姿に、達也は悪戯しようかという考えが頭を過ったが、今から試合であることを思い出し、自重する。

 

「誘って来なければ何もしませんよ」

「誘ったらしてくるのね……」

「それよりも、使い心地はいかがですか?」

「文句なしよ。これで負ける方が難しいんじゃないかしら?」

 

 真由美は何度かCADに想子を流し込んで調子を確認すると、膝の上に置いて、意を決したように達也へ顔を向ける。

 

「ちょっと準備運動を手伝ってくれない?」

「良いですよ。試合前ですし、じっくりと準備運動しましょうか」

 

 達也の言葉に、真由美は顔を真っ赤にして両手を左右に激しく振る。

 

「誘ってるんじゃないから! 違うから!」

「試合前に体を解すことは普通です。何か勘違いなさっていませんか?」

「司波くんっていじめっこなの?」

 

 真由美は達也にからかわれていることを悟り、ジト目で達也を睨み付ける。

 

「その様なことはありませんよ」

「絶対嘘。司波くんはSね。───司波くんって呼び難いから達也くんでいいわよね? と言うか拒否は認めません!」

「どちらでも構いませんよ」

 

 達也は立ち上がると真由美に近付いていく。

 真由美は身の危険を感じたのか、同じく立ち上がり後ずさる。

 

「な、何?」

 

 手をわきわきと動かしながら、何も語らずに近付く達也へ真由美の精神はまともに思考することを放棄して目を瞑った。

 

「何をしているんですか?」

 

 そして、次に目を開けたときには、目の前に達也の姿はなく、準備運動用に敷いたマットの傍に座って待っていた。

 そこで、またからかわれたことを悟った真由美は、顔を真っ赤にしながら達也に文句を言いつつも、準備運動を行っていった。

 

 達也とのやり取りで緊張が解れたのか、真由美の快進撃は留まることを知らず、ひとつの取り零しもなくスピード・シューティングにて優勝を決める。

 

「お疲れさまでした」

「達也くんもね」

 

 達也は真由美からCADを受け取ると、真由美が休憩している間に内部のメンテナンスを行う。

 その後、真由美と共に作戦本部に戻ってみると、真由美は盛大に歓迎された。

 

「おめでとう!」

「連続で優勝ですね!!」

「ありがとう。男子の方はどう?」

「男子も優勝を勝ち取っています。作戦に携わる者としては、このまま他校を突き放して欲しいところですね」

「出足は好調ということね」

「明日のクラウド・ボールについても期待していますのでお願いします」

「任せて!」

 

 真由美は自信満々に請け負うと、他の生徒を見渡す。

 

「みんな、今日は応援ありがとう。明日からもお願いね」

 

 真由美から労いの言葉が掛けられる。

 その後、明日出場する選手を除き、第一高校の生徒たちは食事をするため、移動を開始した。

 本来であれば、真由美も微細な調整をするはずなのだが、生徒会長としてか、本日の立役者としてか、調整などは行わずに、他のみんなと一緒に食事を楽しんでいた。

 

 二日目に入り、達也と真由美は、第一高校に割り当てられた選手控え室にてCADの調整をしていた。

 達也は真由美にCADを手渡すと、対戦相手の分析結果を伝える。

 

「出力は七割程度もあれば余裕でしょう。恐らく、五割で辛勝、七割あれば完勝が狙えます」

「全力を出すなってこと?」

「出す必要がないということです。予選でわざわざ全力を出す必要もないでしょう」

「まあ、そうだけど……。そうね。優勝を目指してるんだし、作戦の一貫よね」

 

 真由美は納得はしていないが、達也の言葉に理解を示した。

 

「そろそろ時間のようです」

 

 試合開始の五分前になり、達也が真由美に試合会場へ入るよう促す。

 真由美は達也に頷いて見せると、それまでの迷いを振りきるように、CADを手に持って歩いていった。

 

 その後の試合は、前日同様スムーズに運ばれる。

 達也の分析を凌駕する選手が現れることもなく、真由美は決勝戦に辿り着き、一戦目を終えたところだった。

 

「例えるなら、まるで作業をしてるみたいだわ……」

「それはよかった。───これで完了です」

 

 達也は真由美の愚痴に、適当な相槌を返すと、調整したCADの具合を確かめ、真由美に渡す。

 真由美は達也の態度が不服なのか、わざとらしく頬を膨らませて抗議する。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「もちろんです。余裕を持って勝てるということは、それだけ力量差があるということに他なりません。喜びこそすれ、不満を持つこともないのでは?」

「確かに勝つことが絶対条件だけど、何て言ったらいいのかしら……。相手が気の毒になってしまうのよね……」

「敵に情けは無用です」

「……達也くんが敵じゃなくて本当に良かったわ」

 

 真由美はしみじみと呟き、CADの調子を確かめる。

 

「では、次の試合では9割ほどの力でお願いします」

「えっ!?」

 

 今まで良くて7割だったため、若干不完全燃焼ではあったが、確実な勝利のために抑えていただけに、達也の言葉が信じられなかった。

 

「次は第2セットよ? ここで、力を使うと後が少し怖いんだけど……」

「恐らく次はありません。となれば、会長の出番はこれが最後となりますので、ほぼ全力を出していただいても問題ないと考えました」

 

 達也の言葉を受けて、真由美は対戦相手の姿を視界に収める。対戦相手は椅子に座り頭からタオルを被っているため表情を確認することは出来ないが、その肩の動きから、呼吸を乱していることがわかった。

 真由美は再び達也へと視線を戻す。

 

「つまり、相手にはもう力が残されてないということね?」

「はい。ここまで力を温存してきたので、こちらに影響はほぼありませんが、通常の選手は勝ち残るだけでも消耗は激しいようですね」

 

 達也の視線は相手選手に向けられており、全てを見透かしたような内容を真由美に語る。

 

「よく見てるわね……」

「一応これでも魔工師志望ですから、観察や分析は得意です」

 

 真由美は呆れたような表情をするが、開始ブザーがなるとその表情を引き締め、ステージに向けて歩き出す。

 

「じゃあ、決めてくるわね!」

「ご存分に」

 

 達也は真由美を送り出すと、控え室内の片付けを始めた。

 達也の考え通りと言うべきか、相手選手の力はほとんど残されていなかったのだろう。試合半ばにして力尽き、真由美の優勝にて幕を閉じた。

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