司波達也の日常 作:ネコ
二日目を終えた段階で、総合順位はダントツのものとなり、第一高校は盛大な賑わいを見せていた。
「今日の真由美先輩の試合は格好よかったね!」
「ほんとほんと!」
「最後の試合なんて、圧倒的すぎて相手選手がかわいそうなくらいよ」
「それまでの試合なんて、最後のための調整って感じだったし凄いよねぇ」
「それを言うなら、十文字先輩もじゃない? 全試合完勝よ?」
「さすが十師族だね~」
興奮したような声が聞こえる中、第一高校の代表である3人だけ、別の席で話し合いの場を設けて座っている。その表情は真剣そのものだ。
「まさか、九校戦が行われているときに、問題が起きるとはな……」
克人の元には、第一高校で起きた事件の情報が入ってきており、それはもちろん生徒会長である真由美と、風紀委員長である摩利の元にも入ってきていた。
内容は外部からの侵入に伴う校舎の損壊と、先生および生徒の被害報告。
損壊状況は、扉と窓が突入の際に破壊され、戦闘により壁が一部破壊されていることが映像と共に入ってきている。
「人の被害が軽い事が救いかしら」
真由美が目を通しているデータには、怪我の具合が記載されており、重傷者は居ないものの、軽傷者が多く出ている事が示されている。
「この相手の目的が恐らく特別資料室との事だが、そちらの報告が被害なしなのが腑に落ちないな」
摩利は眉間に皺を寄せて考えるが理解できなかったようで、首を傾げる。
扉や窓を破壊してまで突入してくる相手が、目的の部屋へ入るためにわざわざ鍵を壊さずに入るというのは考えにくい。
武器として爆弾まで持ち込んでいるのだから尚更だった。
「戦闘のあった場所は2ヶ所のようだから、本当ならば陽動が騒ぎを起こしている間に、目的を達成するつもりだったんだろう」
「それにしても御粗末すぎる……。いったい何がしたかったんだ?」
「それは今後の取り調べでわかるだろう。当校の生徒にも共犯者が居るようだからな」
克人はやや残念そうに事実を伝えると、送られてきたデータを閉じる。
「これは庇いようがないわね」
「懸念がこのような形で出てくるとは……」
「一応、解決した案件ではあるが、今後のこともある。犯人の身柄はこちらでも更に調べておこう」
「お願い」
賑やかな夕食を行っている一方で、達也は目立たぬよう早々に切り上げて自室に戻っていた。
その達也の部屋には、別口でホテルに来ていた3人の姿がある。
「達也くん今日もおつかれさまー」
「お疲れ達也」
「お疲れさまでした、達也さん」
「特に疲れるような事は無かったけどな」
四人は、部屋のテーブルに置かれた菓子を摘まみながら、九校戦の話題で盛り上がっていく。
「それにしても、七草会長は凄まじいな。出た競技全て優勝とか俺には考えられねえよ」
「たぶん勝つことが当たり前なんでしょうね。生徒会長という肩書き以上に十師族なんだから、恐らく負けられないのよ」
「それでも、スピード・シューティングではノーミスですから、すごい技術ですよね」
「まあ、変な集団が沸いて出てくるくらいには凄かったわね」
話の合間を縫って、達也は疑問を口にする。
「そう言えば、幹比古はどうしたんだ?」
「あ~。あいつ連れてこようと思ったんだけど、拗ねちゃってさ。一人にしてくれとか言って、外に出ていっちゃったのよね」
「ふむ……」
達也が考え込む姿を取ると、エリカは不機嫌そうな顔で美月の肩に手を回す。
「な~に、達也くん。こーんな美少女が二人もいるのに、ミキのことを気にするなんて」
「自分で美少女とか───ぐっ!?」
「煩いわよ。男は黙って頷いてたらいいの」
「腹に蹴りをかますことはねえだろうが!」
「だって殴ったら拳が痛くなるじゃない」
「部位の話じゃねえよ!」
「二人とも落ち着いて」
口喧嘩を始めた二人の仲裁に美月が入っていく。しかし、全く耳に入らないようで、口論は続いた。
美月は助けを求めるように達也へ視線を向けると、達也はおもむろに立ち上がり、CADを手に取ると調子を確かめるように、確認を始める。
「達也くん何かするの?」
達也の様子に気づいたエリカが、それまでしていた口論を止めて達也に訊ねると、達也はCADが収納されていたケースを閉じて鍵をかける。
「少し気になることがあるから席を外すが、3人は好きにやっててくれ」
「気になることって?」
「ハズレていたら恥ずかしいから言えないな」
達也は言い終えると、部屋を出ていく。残された3人は顔を見合わせて、机の上に散らかった菓子の袋を見た。
「取り敢えず片付けようか」
「そうだな」
「そうしましょう」
部屋の主がいなくなったことで、静かになった部屋を、3人は大人しく片付け始めた。
真夏特有のじめじめとした暑さが、身体全体にまとわりつく。
辺りには一定間隔で設置された灯りはあるものの、そこから外れれば、月明かりしか頼れるものはない闇。
その暗闇があってなお、茂みに身を潜めて姿を隠しているのは、一人になるため外出した幹比古だった。
何故、茂みに隠れているのか。それは、この暗闇に紛れるように、黒一色で統一された服を着た男たちを発見したからに他ならない。
幹比古は、気分転換に散歩をしていたが、同じ年代の選手たちが、九校戦の舞台で競いあっている姿を見て、焦るように魔法の特訓を始めた。その際に、比較的近くにいたこの男たちの存在を知覚したのだった。
最初は警備員の一部と言う認識だったが、訓練に利用しようと聞き耳を立てたことで、それが思い違いであることに気付く。
「控え室にこの爆弾を設置するだけで百万か……」
「スイッチを入れるのを忘れるなよ?」
「そんなへまはしないさ」
「それより、時間は大丈夫か?」
「そろそろ、オートロックが解除される頃だな」
聞こえるはずのない距離の声は、鮮明なまま幹比古へと伝えられる。
それと言うのも、幹比古は自分の五感を精霊に付与する魔法を使用することが出来るからだった。その間、本体は無防備になるものの、見えない位置に隠れてしまえば問題はない。
幹比古は精霊とのリンクを切ると、自分のCADを握り締めて、唇を噛み締める。
男たちの目的を知ってしまった以上は、取り抑えねば後悔することになる。しかし、それが自分にできるのか……。
幹比古は思い悩むが、何時とも知れないタイムリミットに鼓動は早まっていく。何故すぐに行動に移さないか……。それは幹比古が自分の腕に絶対の自信が持てないからだ。
そもそも、幹比古は2科生である。昔ならいざ知らず、今では術の起動に時間が掛かるため、四人の内、二人くらいは仕留めることが出来るが、後が続かない。警戒されたあげく、逆襲にあう恐れも十分に考えられる。
本来であれば警備員に知らせることこそbetterなのだが、そこまでの思考力は無く、焦りの中で出した行動は、消極的ではあるものの、効果的なこと───時間稼ぎだった。
自らのCADに入れてある起動式を確認し操作する。
その十数秒後、視界が霧に覆われていき、男たちをすっぽりと包み込むと、その範囲を広げていった。
「霧が出てきたな」
「迷うほどの距離ではない。行くぞ」
男たちは目的地に向けて進むが、既に幹比古の術中にいるため、方向感覚を狂わされて、同じところをぐるぐると回り始めるが、それもすぐに男たちに気付かれることになる。
男たちは異常に気付くと顔を見合わせ、図ったようにCADを操作すると、その場に風を巻き起こした。それは、風と言うよりも竜巻に等しい暴風であり、霧は上空へ巻き上げられ霧散する。
それからの男たちの行動は早い。
それぞれがバラバラに散っていき、暗闇の中に溶け込んでいく。
流石の幹比古も、四人を同時に追えるわけもなく、自分の力量の低さに溜め息を漏らした。
その後。男たちが周囲にいないことを確認した幹比古は、不審な男たちが居たことを報告するため、立ち上がりその場を静かに去っていった。
バラバラに移動した男たちについてではあるが、その後すぐに、捕まっていた。
ここは、軍の演習場でもあるため、警備しているのは雇われ警備員だけではなく、軍の関係者も多数存在する。
その中のひとつ───ある部隊に、ここの警備任務が通達されていた。
「それにしても、呆気ないものだ」
「そう言うな。これでも一応裏の者なのだから」
「だからこそなんだがな」
話しているのは二人。
それぞれが一人ずつ、不審な男を捕らえていた。
そこへ近付いてくる気配に気付き、二人はそちらへと視線を向ける。
「ご苦労だった」
「少佐に二人も任せてしまいすいません」
「気にするな、結果的にそうなっただけだ」
少佐と呼ばれた人物の両手には、気を失った黒服の男がそれぞれ握られている。
「後は尋問するだけですかね」
「簡単に口を割るとは思えないが……」
話している場へ、大型の車両が近付いて止まると一人の男が降りてくる。
「大漁のようで何よりですな」
「後は任せた」
「では、警備に戻ります」
「ああ。俺は少々残る。連絡はいつもの方法だ」
「了解しました」
最初にいた二人は、息を合わせたようにそれぞれ違う方向に移動していく。
その光景を遠くから観察していた者がいた。その者は、内心ヒヤヒヤな場面はあったものの、概ね予想通りの展開に胸を撫で下ろすと、誰にも気付かれること無く静かにその場を立ち去っていった。
九校戦三日目ともなると、会場の熱気は更に加速し、夏場の暑さもあって、応援団の一部から倒れるものが出るまでに至っていた。
その暑さは、各校のスタッフが神経質な対応を迫られるほどの日差しを、容赦なく競技場へ降り注いでいく。
本日行われるバトル・ボードは、コースがひとつしか無いことから、男女交互に行われる。そういう意味では、服部と摩利の競技がブッキングしている達也にとって有り難かった。
この競技。現在1試合目が終わったところであるが、第2試合が始まる前に休憩が設けられることになった。
理由は審議をするため。
審議の内容は、一人の生徒が叩き出したタイムにあった。
コースは全長数キロに亘っており、それを3周するため、1試合あたり時間は十分程度掛かってしまう。
そんな長丁場をただ走行すれば良い訳でもなく、他の競技者の妨害をしながらなのだが、この試合は違った。
スタートはほぼ一緒であったにも関わらず、その速度は他の選手の約2倍。
圧倒的過ぎて、一人だけで走っているのかと錯覚してしまうほどだった。
歴代の選手が切磋琢磨して作り上げてきたタイムはなんだったのか。
それほどの差が生まれてしまう。
「あれは……なんだ?」
1校の控え室で映像を見ていた摩利は呟く。それは、他の者も是非聞きたい内容だった。
「服部くんが使用したのは、磁力誘導を応用したものです。自身をボードを含めて1つのオブジェクトとして設定し、撃ち出す魔法です。レールガンの応用でしょう」
「あの速度で、肉体の方は大丈夫なの?」
「1日3試合分が今の限界のようですね。肉体と言うよりも精神力がもたないようです。マルチタスクの能力に、先を見通す知覚能力、判断力などかなり繊細な技術が要求されます。そのため最後の一周は、流すように速度を落としたのでしょう」
「それでも……これは……」
ゴールした服部は呼吸を整えると、競技用の選手控え室へ入っていった。
『ただいまのバトル・ボードのタイムは、公式タイムとして登録されます。繰り返します。ただいまの───』
審議の結果を聞いて選手の表情は、色々なものへと変わる。
第一高校のメンバーは顔を見合わせて喜び、他の高校の生徒の表情は暗いものとなった。
タイムを比べてみても、スタートダッシュなど誤差にしかならないほどのタイムに、対抗手段など思い付くはずもない。
「男子は優勝間違いなし……でいいのかしら?」
「後は服部くんの調子次第でしょう。大きなミスさえなければ、優勝は確実です」
「そうとなれば、後は摩利の方ね……。もしかして摩利も……」
「それはありません。前回と同様の術式で登録されています」
「確かに、摩利だったら今のままでも十分ね」
「ええ。ここで男女ともに優勝を掴めば、ほぼ全体優勝は確実です」
「最後のモノリス・コードは十文字君だし分かるんだけど、新人戦がまだあるのよ? その結果次第じゃないかしら?」
鈴音の言葉は、ほぼと頭についていたものの確信を含んだ物言いだった。真由美は作戦の指揮者として、全体を監督している鈴音の事を羨ましいと思いながらも、他の事については訊ねない。
見る楽しみが減るのが主な理由だが……。
摩利は、自分の出番を今か今かと逸る気持ちを抑えながら、スタート地点で待機していた。
そこでは、スタート前に達也が言った言葉が脳裏を過る。
「危険走行するような選手がいても無視して走行してください」
「それは構わないが───」
「と、言っても実際には無理でしょうから、スタートは後ろから行くことを進めます。後からの追い上げでも十分に挽回可能なはずです」
「人の話を聞け」
「決勝に七校が出てきた場合は、特に気を付けてください」
「おい」
「これは作戦本部には伝えていないことなので、判断は任せます。まあ、聞いていただけないとは思いますが……。それではお気をつけて」
「…………」
一方的に言い終えた達也は、摩利にスタート地点へ行くよう扉を開けて勧める。
摩利は不満があるようで、顔をしかめながらも、時間であるため部屋を出ていった。
レース開始の直後。
一人の選手が使った魔法により、スタート地点は大波に飲み込まれた。
魔法を使用した本人と、周囲の選手を巻き込んだ津波は数秒後に収まったが、巻き込まれた選手たちはボードから水中に投げ出されたりと、その場で足止めされる。
この自爆のような魔法から難を逃れたのは、スタートダッシュを決めた者と、その選手から遠く離れた位置の選手のみ。
スタートダッシュを決めたのは……。
「やはり、言うことを聞くことはない、か……」
先頭を走るのは、スタートダッシュを決めた摩利だった。
真横でやられたにも関わらず、逆にその津波の勢いを利用して一気に他の選手との差を広げてしまう。
その光景を見たほとんどの選手が摩利の予選通過を確信した。
「変な助言をするから、危うく捲き込まれるところだったぞ!」
控え室へ戻ってきて、開口一番に達也へ非難めいたセリフを吐くが、その内容とは違い、顔はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「慢心は禁物です」
「勿論分かっているさ」
「…………」
達也は溜め息を吐く。それと同時にノックの音が部屋に響いた。
「入っていいぞ」
「失礼します」
摩利の許可を受けて入ってきたのは服部だった。
服部は摩利に対して軽く会釈をすると、CAD調整用の機材の場所に座る。
「司波。調整を頼む」
「分かりました」
達也は摩利から視線を外し、服部の前にある座席に座ると、測定用の機器を服部に手渡し、測定を始めた。
摩利は服部の様子を見て、それ以上茶化すことなく荷物をまとめ始める。
「私は一旦本部に戻る。服部頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
顔を摩利に向けることなく告げられた言葉は簡潔なものだったが、その表情は真剣そのもので、かなり緊張していることが手に取るように伝わってくる。
その張り詰めたような空気を感じ取った摩利は、余計なことは話さずに、そのまま部屋から出ていった。
1試合目に目立ちすぎれば、2試合目からマークされるのが常だが、今回は全く当てはまることはない。
他の選手も最初から服部を居ないものとして、2位争いをしていた。
「まるで、大人と子供が同じコースでやってるみたいね……」
真由美の言葉は、観客席に座る者の心の一部を代弁していた。
それほど圧倒的と言う言葉が、この試合結果には相応しい。
「では、私は戻るぞ」
「ええ。摩利も頑張ってね」
「勿論、私も勝つさ」
笑顔で答える摩利に、真由美は微笑みながら送り出した。
ここまでの流れは順調であり、第一高校の作戦本部としても特に何らかの措置をしなければならないほど、緊迫した様子もない。
「今日の種目を取れば、優勝できる確率は8割ほどになります」
「ふむ。あとの二割は新人戦か……」
「はい。ですが、女子の方で入賞が4種目で見込めるため、確率は9割ほどになるでしょう」
鈴音の言葉に克人は目を閉じ、男子の部での結果を想定する。
第一高校の1年生に、確実に入賞できると言える人材は少ない。その中で上げるとするならば、ボディーガードの家系として有名な森崎くらいのものだ。
これで一人も入賞できず、他校の順位に偏りが出た場合、追い付かれる可能性は十分にあり得た。
新人戦のポイントは、本戦とは違い貰えるポイントが少ないとはいえ油断はできない。
本戦で貰える1位と2位のポイント差は20点。
最後に行われるモノリス・コードは、克人が出場するため、能力上、優勝することは疑いようがない。
克人は、組んでいた手をほどき、立ち上がる。
「1年を見てくる。何かあれば連絡をくれ」
「分かりました」
克人は少しでも勝率を上げるために、調整しているであろう1年の選手のもとに向かった。
スタートまでの時間を表示する信号に光が点る。
選手は腰を落とし、その視線は信号の光をコンマ数秒以内に見極めようと必死だ。
信号は3つ。
始めに一番上が点き、次にその下が点く。
そして、3つ目の信号が変わると共に、選手はスタート地点を飛び出した。
最初で、摩利が徐々にその差を開いていく。その速度は、摩利にとってもオーバーペースであったが、勝てるという確信があるのだろう。速度を落とすことはない。
その後ろにいた選手は、そのオーバーペースについていくことはせず、自らのペースを守っていたが、3番目にいた選手は、摩利のペースについていくため、速度を上げる。
その速度は、摩利の速度を越えており、次第に差は縮まっていたが、最初のカーブでその表情が変わった。
恐怖に歪んだ表情は、誰が見ても異常事態であることが分かる。
摩利は、どの程度の差が開いたかを確認するため、カーブに差し掛かる場所で後方を見た。
そして見てしまった。凄まじい速度でボードから投げ出された選手の姿を……。
摩利の判断は早い。伊達に風紀委員長をやってはいなかった。始めに速度を落とし、後方に向き変えると、生徒を受け止めるために幾つかの魔法を使用する。
相手の速度を緩めるもの、自らに起こる衝撃を逃がすもの、ボードと自分との座標固定。
そして、摩利の意図とは別に、その魔法を起動したことで、他の魔法が発動した。
摩利は自分が発動した魔法と、相手選手の状態、更には自分のバランスまで取らないといけないため、その事には気付けない。
相手選手は摩利にぶつかる寸前で目を閉じ身構える。
ここまでに過ぎた時間はほんの数秒。
そして、選手との接触が起こる。
摩利は選手を受け止めると、細心の注意を払って魔法を制御しようとするが、身体が言うことをきかない。
身体と言うよりも、運動エネルギーの方向と言った方がいいだろう。
本来であれば、衝撃を和らげつつ受け止める算段だったが、意図していない魔法により、一気に水面へ向けてその衝撃が抜けていく。
水面は衝撃で凹むが、それは一瞬のことで、何事もなかったように穏やかな水面へと戻っていった。
コース上で抱き合ったままの二人を、後から来た選手が次々と抜いていく。
摩利は呆然と目を閉じたままの選手を介抱していたが、すぐに事態が解決したことを思い出し、選手をコースに預けてレースに復帰する。
他の選手との差は十数秒。しかも、最初のオーバーペースと、マルチタスクの連続使用。普通の選手であればそこで止めるかもしれないが、摩利は未だ諦めてはいなかった。
「それにしても、一時はどうなることかと思ったわ」
「ですが、助けた生徒も無事なようですし、結果的には良かったかと……。あのままであれば、選手生命を絶たれていたことでしょうし」
話し合っているのは、先ほどの摩利の試合。
摩利と接触した選手は、身体に異常がなかったものの、精神的なダメージが大きかったため、試合途中ではあったが、そのまま病院へ直行していた。
話の区切りに部屋へ十文字が戻ってくる。
「おかえりなさい、十文字君」
「どうでしたか?」
十文字が行っていたのは、九校戦の大会本部。
理由としては、摩利が試合中に行った対応が問題視された為だ。
本来であれば、他者と接触した段階で失格である。しかし、摩利が行ったのは人命救助だった。しかも、大幅に遅れを取っていたにも関わらず、見事なボードさばきでギリギリ3位に入り、決勝進出まで手に入れたものだから、審議が行われたのである。
「今回は他者を害するものではなく、明らかに人命救助が目的であったことから、決勝進出が認められた」
「その割りには浮かない顔をしてるけど……」
摩利が決勝に進出出来たというのに、克人の顔は不機嫌なままだった。
「嫌にもなる。他校がこうもルール違反だと騒ぎ立てればな」
「それは……」
確かに、ルール違反ではあるが、内容を考慮すれば仕方ないと思うのが普通ではある。
しかし他校にとって、九校戦という大舞台での優勝を目指しているものとしては、こだわりたくもなるのだろう。
余裕があるものや、良識あるものからすれば理解され難いかもしれないが……。
「まあ、結果良ければ全て良しね!」
真由美は、部屋に漂う暗い雰囲気を払拭するために、声を明るいものに変えて笑顔を振る舞う。
克人はいつもの表情に戻すと、軽く真由美に頷いてみせ、部屋を見渡す。
「ところで、肝心の渡辺はどうしてるんだ?」
「摩利だったら、かなり無理したみたいで、寝込んでるわよ」
「ふむ……」
「一応、最悪時を見込んで今後のことは検討し直したから、1年生には頑張ってもらわないとね」
「無理はしないように伝えておこう」
「そうね。責任感が強い子が多いから、空回りしないように釘を刺しておかないと、無理しちゃう子が出るわね……。その辺りお願いできる?」
「ああ。今日の夕食の時にでも俺から伝えよう」
「じゃあお願いね」
その場での話し合いは終わり、男子の決勝が始まる。
第一高校の顔に不安の色は一切ない。寧ろ、余裕の表情をしていた。
結果も、皆の想像を裏切ることなく、堂々の優勝。
服部は疲労で今にも倒れそうなほどフラフラしていたが、プライドがあるのだろう。誰に頼ることもなく、ゆっくりではあるが、表彰台に上がりメダルを得た。
その後に行われる女子の決勝では、それまでと違い、第一高校には緊張が走る。
摩利は元気よくスタート地点に現れたものの、それで不安が拭えるわけではない。それどころか空元気だと考え、不安は増すばかりだ。
「摩利は大丈夫かしら?」
「そうですね。2試合目が終わったところでは、力尽きていましたから、恐らくあの場に立つだけでも相当きついでしょう」
「無事にゴールできたらそれでいいのだけど……」
本部は再び暗い雰囲気になるが、対称的に摩利の顔には余裕が窺えた。