司波達也の日常   作:ネコ

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第9話

 女子バトル・ボード決勝。

 そこで起きた信じられない出来事に、各校の選手は唖然とし、観客たちは大いに沸いた。

 その原因は、前の試合でギリギリの勝利を掴み取った第一高校の生徒が、その試合での疲れを全く感じさせない動きを見せたことに他ならない。

 そのありえないはずの出来事に、他の選手たちは化け物を見るような目で第一高校の生徒───摩利を見つめる。

 

(ひと眠りしてから調子がすこぶる良い! まるで初戦のような体調だ!)

 

 摩利はスタートから一気にトップへ躍り出ると、更に速度を上げていった。

 それを見た者たちは、最初だけであり、すぐに力尽きるものという認識だったため、誰も摩利にはついていかず、自らのペースを守っていたが、コースの半分も過ぎた頃に、競り合っている集団は違和感を覚えたのである。

 違和感の正体は、いつまで経っても見掛けない選手。一体どこにいるのかと、前方に飛び出していった摩利に目を向けた。

 そこで選手が見たものとは……。

 全く衰えることのないスピード。

 徐々に離されていく距離。

 疲労など感じさせない表情。

 ここまで来れば、流石に……という甘い考えは、その段階で選手たちから消え失せる。

 有り得ないではなく、有り得ている今の状況に、自ずと競い合うことを止める。そして、選手たちはまるでひとつの生物になったように、摩利の追撃に入った。

 特に連携の練習をしたわけでもなく、合図もない。ただ、摩利に追い付くために先頭を入れ換えつつ、自身の最高速度で後ろの者を引っ張っていく。

 1周目の終わりには、開いていた差は止まり、2周目の終わりには、その差も半分ほどにまで近付く。

 摩利は近付いてくる気配に頬を緩ませながら、速度を落とすこと無く魔法を水面に向かって放った。

 水面は他の選手に対して、大きな波となってその行く手を遮る。

 しかし、その手の障害は過去にもあったものであり、その対処も選手は熟知しているため、無意識でも対応可能な事ではあった。しかし、無意識で対応可能だからこそ、対応できないことはある。

 摩利に追い付こうと密集していたがために、同じ場所で同じ対象に魔法を行使したことによる起こる現象。

 魔法同士の相剋が発生し、新たな魔法を使用することができずに、選手たちはその波にそのまま突撃してしまったのである。同じ魔法で対処すればまだなんとかなったかもしれないが、対処の仕方は個人の得意な分野で違うため難しい。それに、波自体の厚みはそれほどではないが、視界を遮られる上に、それまでの速度を奪われた。

 それだけなら未だしも、後方から来る選手と次々に前の選手がぶつかり合い、その波を無事に抜けきるものは3名ほどになってしまっていたのである。

 そこで開いた差はあまりにも大きく、摩利はそのままゴールし、優勝を果たすことになった。

 

「やったわ! さすが摩利ね!」

「まさか勝てるとは思いませんでしたね」

「小早川も4位に入れたようだ」

 

 第一高校の作戦本部は大いに賑わっていく。

 3年生は連続優勝を果たすことが出来ることに胸を撫で下ろし、1・2年生に至っては、先輩の技量を尊敬の眼差しで見つめる。

 モニターの先では摩利がインタビューを受けており、カメラに向けてコメントしているところだった。

 

『2試合目で全力を出しきったように見えましたが、あれはやはり演技だったのですか?』

 

『あれは本当に全力でした。それこそ、終わった後は体力も精神力も尽きていたくらいです』

 

『それから一時間程度しか経っていませんが、どうやって優勝されたのでしょう?』

 

『短い時間でしたが、回復に努め、試合に望んだ結果です』

 

 インタビューのコメントを聞いて、下級生は褒め称えるが、真由美と鈴音は、不審な顔でお互いの顔を見る。

 

「摩利って寝てただけよね?」

「マッサージを施しはしましたが、ほぼ寝てました」

「アップも準備運動もほとんどしてないわよね?」

「5分も掛けてないと思います」

「…………」

 

 人の肉体性能をハッキリと無視した結果に、喜んでいた一部の生徒は、モニターに映る摩利を心配そうに見つめていた。

 その後に行われたピラーズ・ブレイクでは、第一高校の作戦本部としては予定通りの結果が表示される。

 

「男子は残念ながら入賞できませんでしたが、女子の方は期待通り千代田さんがやってくれました」

「優勝候補と2連続で当たってはどうしようもあるまい」

「そうですね。2戦目も万全の体調であれば勝てたでしょうが、所詮はもしの話です」

「……鈴ちゃん、ちょっと不機嫌?」

「そんなことはありません」

「そう言えば、負けた後に、鈴音先輩が声を掛けにいったみたいですけど、その時に───ナンデモアリマセン」

 

 鈴音の鋭い眼光に気圧されて、その生徒は口を閉ざして後ずさる。

 真由美は気になり、知っていそうなもう一人───克人へ顔を向けた。

 

「我々の慰めは不要だったということだ」

「言う気はないということね」

 

 克人はそれ以上、その話題について話すことはせず、真由美は面白くなさそうに口を尖らせるのだった。

 

 三日目の試合が終わり、その日の夕食は、祝勝会のような勢いで盛り上がっていた。

 生徒たちの顔には優勝の事しか頭になく、これまでの結果を振り返って話のネタとして、談笑する。

 ただ、全ての生徒がそうであったわけでもなく、明日からの新人戦に出場する1年生は、談笑しているものの、それは緊張をまぎらわせようとしていることが分かるほど、その表情は固い。

 夕食の時間も終わりに近付いてきた頃、達也のもとに雫とほのかが歩いてくる。

 

「どうかしたのか?」

「今日はこの後、付き合ってほしい」

「お願いします」

「まあ、構わないが……」

 

 声を抑えてお願いしてきていたが、達也の近くにいた生徒には十分聞こえるものであり、視線が達也に集まりだす。

 達也はその視線を振り払うように立ち上がった。

 

「では行こうか」

「お願い」

「よろしくお願いします」

 

 達也たちが去った後には、その光景を見ていた生徒たちが小声で話を始める。

 

「まさか告白とか?」

「あれ? でも、司波くんって千葉さんと付き合ってるんじゃなかったの?」

「奪略愛ってやつかも!」

「うわー。えらいもの見ちゃったわね……結果が楽しみだわ」

 

 女子たちは新たな噂話に黄色い声を上げ、男子はその事に触れなかったものの、達也を見る目が厳しいものとなった。

 

 部屋に戻った達也は、二人にベッドへ腰かけるように言うと、機材の中から測定用のデバイスを取り出す。

 しかし、それを見た雫から変更するように言われる。

 

「達也さん。そっちじゃなく、精密測定の方で行ってほしい」

 

 達也の手は止まり、雫の顔を見る。その表情はいつもとは違い真剣なものの赤みが勝っていた。ほのかについても、同様に達也をじっと見つめている。

 

「精密測定を出来ないことはないが……」

「準備はしてきた」

 

 雫とほのかは顔を見合わせて頷くと、着ていた服を脱ぎ出す。

 達也は特に慌てること無く、精密調整器の準備を進めた。

 服を脱ぎ終えた二人を確認すると、機材をベッドの隣に設置する。

 

「どちらから先でも構わないから、ベッドへ横になってくれ」

「私から!」

 

 ほのかが達也の声に被せるように、雫に先じて宣言する。雫は少し驚いたような表情をするものの、何かを言うでもなく、ほのかに先を譲った。

 

「時間はあるからどちらからでも構わないんだが……何故、下着なんだ?」

 

 純白の下着を身に付けたほのかが、恥ずかしそうに顔を隠すように両手で抑え、身動ぎする。

 雫の方は黒一色の下着を身に付けてきており、顔は僅かに赤くなってはいるものの、身体を隠すようなことはせずに、ベッドへ腰掛けてほのかを見ていた。

 

「水着なんて持ってきてない」

「準備は出来てるとか言ってなかったか?」

「覚悟の話」

「覚悟するほどならしなければ良いと思うんだが……」

 

 達也はそれ以上は何も言わずに、モニタリング用のシールをほのかの身体に貼っていく。

 そして測定を開始すると、計測されていくデータに視線を固定し、ひとつも見逃すこと無く、文字の羅列を追い続けた。

 通常の測定とは違い、時間にして30分ほど掛かった測定は終わりを告げる。それと同時に達也はモニターから目を離すと、目の疲れを和らげるために、目頭を押さえて軽く揉んだ。そして目を開くと、ほのかに付けたシールを取り外す。

 

「ほのかは測定が終わったから服を着ていい。次は雫がベッドへ横になってくれ」

 

 達也は名残惜しそうにベッドから離れるほのかから、入れ替わるようにして寝転ぶ雫に視線を移し、取り外したばかりのシールをつけていく。

 その過程で、雫の身体がかなり強張っており、緊張していることが分かった。

 雫は、悟られないようにするためだろう、雑談のように達也へ質問をしてくる。

 

「達也さん」

「どうかしたか?」

「達也さんはいつからCADの調整が出来るようになったの?」

「本格的に覚え始めたのは中学生になってからだな。それまではずっと身体を動かしていた」

「3年でここまで?」

「基礎となる勉強自体は小学生の時にやったから、純粋に3年とは言えないな」

 

 シールを張り終わり、達也は席に座ると測定を開始する。

 

「もしかして、達也さんが起業したの?」

「ああ。親父の会社から、ある部門の人材をまるごと引き抜いて起業した」

「中学生でよく設立しようと思いましたね……。私には考え付かないです」

「しかも、すぐに新技術を開発してる」

「ループキャスト、ですよね? あの技術は、魔法の根本を変えたとして、大きく取り扱われていたのを覚えてます」

「10年は進歩したって言ってた」

「あれがあると便利だから作ったにすぎない。目的はその先だ」

「目的ってなんですか?」

「今は秘密、だな」

「む~。達也さん意地悪です」

 

 モニターから目を離すこと無く達也は答える。

 それからは、達也の邪魔をしないように、雫とほのかは口を閉ざした。

 計測が終われば、次はCADに反映させるための作業になる。

 達也は、雫からシールを剥がすべく、振り向いたところで立ち止まる。

 そこには、未だに着替えずにいるほのかの姿があった。

 

「今の季節、暑いとはいえ、そのままだと風邪を引く。体調管理は選手の大事な仕事だぞ」

「えーっと……」

 

 左右の指をつつきながら、モジモジと立ち尽くすほのかに注意すると、達也は雫の身体からシールを取り外していく。

 

「CADの調整も時間が掛かるから、二人は先に部屋へ戻るといい」

「私たちがいるとお邪魔ですか?」

「邪魔ではないが……はぁ……好きにしたらいい」

「はい!」

 

 元気よく答えるほのかを見て、これ以上言うことは良くないと判断し、達也はCADの調整を行う。

 調整自体は同じくらいの時間が掛かったが、測定したデータを全て反映させた時間と考えれば、かなりの短期間で作業をしたことになる。他の生徒にそのようなことを話せば、絶対にあり得ないと言えるほどの技術力だった。

 CADを調整し終えても、それで解放されるわけでもなく、その後、雫たちが満足するまで話に付き合うことになったのは、達也にとって予想通りの結末だった。

 

 

 

 次の日の朝。

 達也は部屋に備え付けられた、連絡用機器の受信音に起こされる。

 

「はい、もしもし」

「達也くんは無事!?」

「? ええ。何も変わりはありませんが……」

「それなら、すぐに機材を持って第一高校の本部まで来て!」

「───分かりました」

 

 緊迫した真由美の言葉に、達也は了承の返事をすると、着替えた後に機材を持って本部に向かう。

 本部には真由美の他にも数人の選手の姿があり、達也が機材を持ってきたことで、露骨にホッとしていた。

 

「何かあったのですか?」

「私たちの乗ってきたバスが、何者かに破壊されたわ。ほとんどの機器があそこに保管されていたから、私たちがまともに使えるのは現状でその機材だけなの」

「なるほど……」

 

 機材を他の先輩に渡し、達也は本部を出ようとすると引き止められる。

 

「達也くんちょっと待って。どこに行こうとしてるの?」

「朝食が未だなので、食堂に行こうと思ってますが、何か問題がありますか?」

「あ。えーっと……、そうね。みんなを呼び出しただけで、そこまで気が回らなかったわ。───みんなもこれから忙しくなるだろうし、しっかりと食事を摂ってきて!」

 

 真由美は部屋にいる生徒たちへ声を掛ける。

 達也に対して、不快そうな目を向けるものもいたが、一時のものであり、すぐにその視線は無くなる。

 達也はその視線を追求することなく、食堂に向けて歩き出した。

 

 食堂から帰ってきた達也が、他の先輩と共に、数人分の食事を持って本部に戻ると、他の主要なメンバーが出揃っていた。

 

「おお! 持ってきてくれたのか。悪いな」

 

 摩利は一番に持ってきた朝食を受け取ると、早速とばかりに手をつける。

 

「もう、摩利ったら……」

 

 摩利の行動で、それまで沈んでいた空気が入れ替わったように、軽いものへと変わる。

 食事をしていなかった生徒たちは、朝食を受け取り、席に座って食べ始めた。

 現在ある機材は、通常の調整器と、精密調整器の1セットずつ。第一高校から持ってくるにしても、午前中の競技には間に合わない。

 スピード・シューティングをどうするべきか、作戦本部は頭を悩ませていた。

 

「大会委員会からもっと借り受けることはできないのですか?」

「現状の1台だけしか認めないって言ってるわ。他は他校のデバイスを確認するために使用してることもあって、無理だそうよ」

「補充が届くのは午後からになる。それまでどうするかだが……」

 

 現在、調整を行っているのは、最初に行う一年生男子3人だった。その3人はそれぞれの調整器にて行っているが、精密調整器は測定に時間が掛かる上、そこから調整なので、かなりの時間が掛かる。それは新しく借りた調整器にも言えることで、慣れるまでに多少の時間が掛かることは明白だった。

 

「すぐに使えるようになるのは1台だけ……次の女子はどうしたらいいのかしらね……」

 

 八方塞がりの状況に対して、その場に一緒にいた選手から声が掛けられる。

 

「あの。私は昨日の内に調整を済ませているので、他の二人を優先的にしてあげてください」

 

 雫からの申し出に視線が集まる。

 女子の中では一番実力があるだけに、自信の現れであるということから納得できるものだったが、新人戦の入賞も目指そうとしている上位陣としては、あまり面白い話ではない。

 しかし、最終的には、誰かが身を引かねばならない中で、本人が言えば特に軋轢は生まれないことから、その意思が尊重された。

 

「分かった。では、他の二人を優先的に進めよう」

 

 話し合いは終わると同時に、今日の大会が開催される事を知らせる合図が鳴る。

 達也はミーティングが終わると、選手の控え室へ雫たちスピード・シューティングの選手と共に向かった。

 

 雫の調整は、昨日の夜に終えているため、余程の事がなければ、大きな変更はない。今回の事で、精神的なダメージを受けているかもしれないが、内容的にはそれほどのことはないと、達也は受け止めている。

 それと言うのも、達也にはエレメンタルサイトという、想子を直接視ることの出来る眼があるからだった。

 その眼により、雫の状態が普段と大差ないことを見てとることが出来る。

 

「CADに不具合はあるか?」

「特に問題ない」

「私も問題なしです」

「では、本部に登録してくる」

 

 達也は雫とエイミーからCADを受け取り、ケースに仕舞うと大会本部に向かう。

 本来であれば、選手が行うべき事ではあるが、ある懸念があることから、携わった選手の登録には必ずと言っていいほど付き添うか代わりに行っていた。

 

 登録会場には他校の生徒もおり、第一高校である達也に憐れみの視線を向けてきた。

 それにより、今日の出来事が他校に知れ渡っていることを達也は確信する。

 

「では、登録をお願いします」

 

 登録はスムーズに終わり、審査員からCADを返還される。

 達也は何事もなく終わったことに胸を撫で下ろし、部屋を出ると、控え室に戻るべく足を踏み出したところで、声が掛けられた。

 

「あの……」

「何か用か? 時間がないんだが」

「CADの調整が出来ないと聞いたのですが、本当ですか?」

「それを聞いてどうする? 他校の生徒には関係の無いことだ」

 

 話し掛けてきたのは、第三高校の制服に身を包んだ女子生徒。達也の妹である司波深雪だった。

 内心を表情に出さないようにしているために、何を考えているのか分からないが、その表情は真剣そのもの。 確認することに意味を見い出せない達也は、素っ気ない対応を取った。

 そのことに不満があるのか、深雪の表情が僅かに曇る。

 

「あなたはそのような言い方しかできないのですか? 昔からそうです。あなたは自分の事しか信じていない。私が何のために来たと思っているのです」

「俺の眼には小言を言いに来たようにしか見えないな」

「!?」

「用がそれだけならば失礼する」

 

 逃げるようにして立ち去る達也に、深雪はそれ以上なにも言わず、元の道を戻っていった。

 

 達也はCADを選手に手渡し、試合開始まで作戦と体調の最終確認を行う。

 

「特に注意すべき選手は居ないが、エイミーは焦らないようにな」

「分かってますよ~。何度も同じ失敗はしませんって」

「何度かしてるから言うんだけどな」

「そうは言っても、実質ライバルになり得るのは雫だけなんですよね~」

「最終に残れば、戦うことになるんだから、気を引き締めておけよ」

「もちろん! 勝率は3割と低めだけど、ここぞという時には力を出しきりますから!」

「まあ、頑張れ」

「ひどいなぁ。もうちょっとこう、やる気を出させるというか、何かありません?」

「ないな」

「そんな~」

 

 その声が聞こえたのだろう、同じ第一高校1年の出場選手が声を掛けてくる。

 

「エイミー。あなた、調整時間が短かったのに物凄い余裕ね……」

「気持ちで負けてたら誰にも勝てないよ!」

「まあ、それはそうでしょうけど……」

 

 エイミーのテンションの高さを、強がりだと判断したのだろう。それ以上は何も言わずにその場を離れていく。

 

「今のは詐欺っぽい」

「でも、あの目は完全に自分より下に見てる目だったから、これでいいかな~って。驚かせてやりたいし!」

「それは良いアイデア。これで負ける方が難しい」

 

 雫はCADを目の前に上げて見せると、エイミーと二人で顔を見合わせて笑いあった。

 程なくして、男子の試合が終わり、女子の競技に入る。

 第一高校のトップバッターである雫は、CADを持って立ち上がると、達也へ何かを期待するように向き直った。

 達也は少し悩んだが、選手を送り出すときには声を掛けるべきだと思い直し、雫に向き直る。

 

「まあ、頑張れ」

「頑張る」

 

 達也からの声援を受けて、雫は控え室を後にした。

 その後、起こった出来事は、今大会の関係者をことごとく混乱へと導く。

 

「えーっと……」

「一体どういうことだ?」

 

 雫、エイミーは予選を通過し、惜しくも3人目の予選通過はなかった。しかし、そのような事が、この場で問題なのではなく、その内容が問題だった。

 

「二人ともに新魔法だと?」

「ええ。私も驚きましたが、事実です」

「この大会に選ばれてからの期間は───」

「約1ヶ月と言ったところでしょう」

「それでこの成果かぁ……」

 

 真由美は自分のCADを服越しに触りながら呟く。

 プロ並みの腕があることは知っていたが、それでも、一般的なプロのレベルを想定していた。それが蓋を開けてみれば、そのプロでも難しい事を平然とやってのけている。

 他のエンジニアは、その試合を見て黙りこんでしまった。

 

「この調整を2科生がやったと知れば、他校に打撃を与えることが出来そうです」

「自分のところに与えていたら世話無いがな」

「本人はどうでも良さそうだけどね……」

「そのようですね。魔法の登録者を使用者である二人にするよう言うくらいですから」

「ええ!? 魔法大全に載るっていうのに、自分の名前をあげなかったの!?」

「何を考えてるんだ、あいつは……」

 

 1年女子のスピード・シューティングの結果は、圧倒的な差で、第一高校の二人がトップに君臨した。

 得点はパーフェクト。

 しかも、それぞれが違う魔法を使用している。

 雫の場合は、擬似的に空間へ設定した四角い立体型の各頂点を基軸として、その頂点の一定範囲に標的が入れば、その頂点の番号を起動することで、標的を振動で壊すことが出来るというものだった。

 雫は魔法干渉力が高いため、雫よりも干渉力が弱かった対戦相手の選手は、その空間内でまともな魔法を使うことができず、圧倒的な差がついてしまっていた。

 一方、エイミーの方は、標的に当ててしまえば良いという単純なものだったが、その内容は凶悪といっても過言ではない。

 エイミーは舞台に立ち、スタートの合図と共に、標的に向けて連射を始めたのである。しかも、そのほとんどが相手選手の標的を目掛けていた。

 魔法が当たった標的は、自分のものであればそのまま破壊され、相手のものであれば、情報強化で固定され、空間内を一定の速度でランダムに回り始めるのである。そして、近付いてきた標的を自動で破壊していく。

 そのため、ひとつでも撃ち抜かれてしまうと、手がつけられなくなってしまうものだった。

 その後の試合は当然と言うべきか、波乱が起きようはずもなく、決勝に雫とエイミーが勝ち残った。

 その二人は、決勝戦前に作戦本部へと呼び出されていた。

 

「3人を呼んだ理由を説明します」

 

 真由美の前には、雫とエイミー、そして達也が並んで立っている。

 その3人に向けて真由美は口を開いた。

 

「決勝戦を第一高校で独占したため、試合は無しにしてはどうかと、大会委員会から打診がありました。そのため、あなたたちの意思を確認したいのだけど……」

「私はやりたいです!」

「今日も負けない」

「……分かったわ。大会委員会へはそのように回答しておきます」

「俺が呼ばれた理由は何でしょうか?」

「達也くんは二人の調整をやってるんだから、知っておくべきだと判断したのよ」

「なるほど」

 

 達也は納得したのが分かるように頷き、二人を視てから、今後の事に思考を割いていった。

 

 舞台の上には二人。対象となるステージを挟んで両サイドに立っている。

 そんな二人の視線は、スタートの合図を伝える信号に釘付けとなっていた。

 観客の視線も、二人の魔法をよく観察しようと、眼を見開かれる。そして会場は静まり返った。

 そのような中で、スタートの合図が鳴り響く。

 雫は上空の空間に魔法を発動して、立方体を設置し、エイミーはその間に、ひとつでも多くの標的を撃ち抜こうと連射する。

 二人の顔に今までの試合であった余裕はない。

 雫はランダムで動き回る標的を捉えるのに精一杯であり、エイミーの方は雫の設定範囲に入る前に撃ち抜こうと必死である。

 実力的には、どちらが勝ってもおかしくはないが、エイミーは運に頼る部分があるのに対し、雫は自分の力量が全てである。

 この時の勝利の女神は、雫へと微笑んだ。

 

『優勝は第一高校の北山選手に決定しました! 盛大な拍手を!』

 

 観客席から割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。

 それに応えるように、雫は試合直後の疲れを感じさせないような振る舞いで片手を上げると、すぐに下ろし、観客席へ礼を返す。

 皆の視線が雫に集まる中、エイミーの頬には一筋の水跡が、太陽に照らされて光っていた。

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