片思い的な僕ら。   作:鋭利庵

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愛しさと虚しさと心許なさと

 

 

 

 

 

 

 特にやることもなく、手持ちぶさた。ついでに言えば二日酔いが頭蓋骨を内側からノックして頭痛が痛い。あと、気持ち悪い。

 体中の悪影響に目を瞑ったらベストコンディションと言えなくもない全身に日の光を一杯に浴び、眩しさと紫外線で身体が溶けたり灰になったりしそうな直射日光で焼かれる。僕がゾンビか吸血鬼だとしたら即死ものの現状に、体温調節用の汗を垂らして健康の維持を図った。つまり暑い。

 粘着質で肌に纏わり付くような不快な暑さは呼吸さえも妨害して、頭に突き刺さる太陽の熱さは頭皮を苛む。僕に光合成が出来たならばこの現状も喜ばしいものではあるのだろうけど、残念ながら両親の遺伝子に植物由来のものは含まれていない。含ませとけよ、と理不尽な悪態をつきながら、手の甲で頭を日光から守り、髪の熱さを均すようにべたりと自分の頭を撫でる。実際は何も好転してないけど、気持ち若干暑さが和らいだような気がして小さく息を吐いた。

 

 せめてバリアジャケットを纏わせてくれ、とは思うのだがどうにもお上は頭が硬くて適わない。ああ、今だけはバリアジャケットの装着が許可される我が職場が恋しい。例え書類仕事だとしても冷房がきちんと効いている職場が恋しい。でも仕事はしたくない。周りの奴が汗水垂らして働いたり勉強したりしてるド平日に休むのが有休というものだ。その信条に従い、僕は意地でも今日は働かない。

 

「ん」

 

 俯いたその先に何やら蠢く小動物畜生を発見。黒い毛皮に包まれて赤色の眼球をこちらに向け、ニャアとどうでもよさそうに鳴く生物は明らかに猫。黒猫という事実に多少の縁起の悪さを感じ取っても、あまり気にせずにしゃがんでゆっくりと手を伸ばしてみる。何を隠そう、僕は犬よりも猫派なのだ。「いつっ!引っ掻きやがったなこの野郎!」そして今からは犬派だ。

 

 憤りと勢いのままに黒い毛玉を持ち上げ、対象の都合を一切考慮せずに乱暴に毛並みを堪能した。猫もそれがあまり嫌ではないようで、ゴロゴロと喉を鳴らしたり嫌がって逃げ出す様子も見受けられない。人に慣れているのか見下しているのか、どちらかというと後者の割合が多そうな目付きで鼻をふんと鳴らす。

 

「……おや?」

 

 猫の様子が、とはやてさんから貸してもらったゲームを思い出しながら黒猫のお目々を凝視する。

 赤と緑のオッドアイ。

 

「…………ヴィヴィオちゃん、こんなんなっちゃって……」

「違いますよ!?」

「あ、ヴィヴィオちゃんとコロナちゃん。よっす」

「よ、よっす……です」

「フィアッテさん、ごきげんよう!」

 

 つい反射的に返してしまった挨拶が恥ずかしかったのかコロナちゃんが頬を染め控えめに手を挙げて、ヴィヴィオちゃんが元気よく金髪のサイドテールを揺らしながら挨拶をした。

 

「……って何で私が猫ってことになってるんですかー。あ、もしかして私が猫みたいに可愛いってことですか?いやあ、そこまで褒められるとちょっと照れちゃうっていうか……」

「はっはっは」

 

 少し顔を赤くしてしたり顔のまま顔を固定させるヴィヴィオちゃんを見つめて、灰色にならない程度に曖昧に笑う。空気中の水分を取り込むそうなほど乾いた僕の笑いはヴィヴィオちゃんにも感応したようで、ひび割れそうな笑顔のまま固まった。

 ヴィヴィオちゃんのカラフルな目が意思疎通を図れないように、それぞれ我が儘に勝手な方向へ動こうと試みる。しかし、視神経が邪魔になったのか独立宣言は果たせず、単に仲の悪いだけの二匹の飼い犬みたいな感じで住居を変えることはなかった。

 相変わらず眼球が忙しないヴィヴィオちゃんが沈黙に耐えかねたかのように言う。

 

「…………何か言ってくださいよ、私が痛い子みたいじゃないですか」

「お兄さんね、金髪で赤と緑のオッドアイ、DSAA優勝経験者で聖王オリヴィエのクローンって設定の娘を痛い子として見ないってのはちょっと厳しいものがあると思うの」

「痛くない!私痛くないよね、コロナ!」

「あ、うん、そ……そ……そう……?」

「疑問形っ!?もしかして私、痛い子って思われてるの!?」

 

 ずっと友達やってて一番のショックなんだけど!と明日とか太陽とかそんな感じのものに向かって吠えるヴィヴィオちゃんをコロナちゃんが「まあまあ」と適当に宥めようとして、ツインテールを蝶々結びにされていた。慌てるコロナちゃん、解かせてなるものかと食らい付くヴィヴィオちゃん。こう表現するとなんだか微笑ましいものだが、二人ともストライクアーツ有段者のため、何やらシュールなバトルアニメっぽい駆動をしている。

 

 ヴィヴィオちゃんの勝利に終わった戦いを終結させて、蝶々結びのままの髪型でコロナちゃんは僕を見る。そういえばコロナちゃんに会うのは結構久しぶりなのだが、はて、彼女はこんな目をしていたかなと首を傾げた。若干値踏みするような、観察するような。悪意はないだろうというのはわかっているけど、あまりいい気分にはならずたじろぐ。

 

「僕の顔に何か付いてる?」

「いえ、そういうわけじゃなくて……」少しヴィヴィオちゃんの方に目線をやって。「ただ、少し気になることがあったもので。でも、人の顔をじろじろ見るのはさすがに不躾でしたね。申し訳ありません」

 

 そう言って、気になることとやらを説明しないまま話を打ち切る。少々気になったが、あまり詮索しすぎるのも健全な友人関係だと言えないだろう。まあ、厄介事だったりしたら頼ってほしいというのが本音なんだけれど……彼女たちくらいの歳だと、頼ることを躊躇してしまうんだろうなあ、きっと。

 

「ま、いいけど。ヴィヴィオちゃんたちは、どうしたの?学校の方は、お休み?」

「はい。何か士官学校は上の方でゴタゴタがあったみたいで……あ、コロナの方は普通にお休みみたいですけどね。それで、一緒にスパーリングでもーと思って。アインハルトさんも今年でDSAA最後ですから、気合入れなきゃいけませんしね!」

「あー、アインハルトちゃんももう十九だっけ。いっつもヴィヴィオちゃんたちと一緒にいるから、あんま一つ下って意識なかったな」

 

 それに彼女、僕に対しては懐かない小動物みたいな言動をするのだから、余計に年下に見える。嫌われている……わけではない、と思いたい。一応友人関係としての付き合いは継続しているから、多分そう。きっとそう。

 僕の友人関係に一抹の不安を抱きながらも、特に目的地も決めてなかったのでヴィヴィオちゃんたちに付いていく。進行方向に教会と墓を見て、墓参りマニアとしての使命か何かに突き動かされそうになったが、ここ数年は部隊内での死亡者がゼロだったので捨て置いた。よく考えたら死んだ人の中にも、仲良かった人とかあんまりいないし。

 

「ところで、その猫は?」

「ん?ヴィヴィオちゃんの生まれ変わり」

「私まだ生きてますって!ほらほら!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるヴィヴィオちゃんを尻目に、コロナちゃんの方に猫の顔を向かせる。

 

「あ、目の色がヴィヴィオと同じですね。かわいー」

「多分聖王教会に連れてったら何かお菓子でも貰えるんじゃないかと画策中」

「あのー?」

「わあ、フィアッテさん悪い顔してますよ?」

「ふふふ表情筋を全く使用してないのにその感想を言われるとは思わなかったぜ」

「おーい」

「普段からチョイ悪風の格好良い顔してるって言いたかったんですよ」

「コロナちゃん、物腰柔らかで見た目もお嬢様風だけど案外図太い神経してるよね」

「フィアッテさん、女の子に太いとか言っちゃだめですよ?モテませんよ?」

「モテても仕方ないからね。僕の心は常に平面の女性に向かっている……!」

「駄目じゃないですか、それ」

「…………………………………………おのれ、アインハルトさん」

 

 何故かヴィヴィオちゃんが、見当違いどころか接点さえ見当たらない恨みをアインハルトちゃんにぶつけ出した。アインハルトちゃんが何をしたというのだ。

 弄りもほどほどに、ヴィヴィオちゃんに猫畜生の顔を見せる。途端にアインハルトちゃんに飛び火する恨み顔から、少女漫画ばりに目がキラキラと巨大化した顔に変化させて、猫を僕の手から奪い取った。

 

「わぁ~、可愛い!目の色も私と同じだし、何か親近感。ね、ね、フィアッテさん。この子、私が貰っちゃだめですか?」

 

 僕から奪い取られたばかりの猫がまたこちらに差し出される。当の本人は面倒くさそうに目を細めて、左右に揺られる人生(猫生?)を意にも介さないようにミャアと鳴いた。

 呼び名がないのも面倒だと思い、猫に無断でオリヴィエと名付けて喉を撫でる。自分の子供に聖王の名前を付ける人もいるのだし、多分不敬には取られないだろう。オリヴィエが気持ちよさそうに喉を鳴らし、耳をぎゅるんぎゅるんと普通の猫ではできない動きで跳ね回らせた。さすが聖王猫である。

 

「首輪も付いてないしどっかの飼い猫とは思えないけど……取り敢えず、なのはさんに相談してみたら?」

「はーい!」

 

 世界返事選手権なるものがあったら入賞くらいは容易そうないいお返事。だが、それに内容が伴うかは不明だ。何しろ、ヴィヴィオちゃんには昔隠れてジークリンデを飼っていた前科がある。あれにはさすがの僕も驚いたものだ。人間って、長い間文明生活を捨ててると野生化するんだなぁ……。

 ヴィヴィオちゃんがセイクリッドハートに指示をして、なのはさんに繋げる。なのはさん今日休みだっけとか考えている内に、空中に浮いたモニターに見慣れた栗色の髪の女性が映った。

 

『はーい、ヴィヴィオ。どうしたの?』

 

 フェイトさん同様、年齢を感じさせない顔面を画面越しに披露する女性。管理局のエースオブエースにてヴィヴィオちゃんの母親、高町なのはちゃん(にじゅうきゅうさい)である。また、敬称に少々の不備があったことも追記しておく。

 

『あ、コロナちゃんとフィアッテも一緒なんだ。こんにちは』

「こんにちは、なのはさん」

「昨日ぶりですね。今日は、仕事は?」

『あはは、有休使えって怒られちゃって、丁度良い機会だから二連休というものに挑戦してみようかと』

「連休って挑戦するものでしたっけ」

 

 なのはさんは、気になっていた男性が女装と男に走ってから、更に仕事に打ち込むようになった。そりゃあもう、一時は心配したヴィヴィオちゃんがどうすればいいかの相談にくるくらい。その件はなんやかんやでヴィヴィオちゃんとフェイトさんが解決したのだが、無理しない程度のワーカホリックは今も緩やかに継続中だ。

 

『ん~……ほら、休んでると、仕事どうなってるかなとか、段々不安になってくるんだよね。今日だって、生体ロストロギアが逃げ出したみたいで』

「まさかはやてさんが事務仕事と高官相手のご機嫌取りに嫌気がさして逃亡を?」

『違う、そうじゃないの』

 

 骨を摘出したように、柔軟に手をぶんぶん振っての否定。まじめじゃない場面でならやりそう、とか思ってる顔も追加で、はやてさんの株安は止まるところを知らない。

 緊急時やシリアスな場面で頼りになるという評価は、そのままそうでない時はアレだという評価に繋がる。多分、部下に余計なプレッシャーを与えたくなかったり適度な手の抜き方を知っているというだけなのだろうけど、それを知っている身からしてもふざけてる時は普通にふざけてるようにしか見えないのだから恐ろしい。出会ったばかりの頃は狸のお面を付けているだけの女性が、今は四国を支配する大狸になったようなものである。ちなみに四国とは、なのはさんたちの故郷に存在する土地で、狸とうどんの楽園らしい。どんな場所だ。

 

『特定の珍しい遺伝子を回収して、内側に多数内包してるロストロギアなんだけど……』

「下手な扱いをするとその遺伝子を元にしたコピーが現実に発生するとか、そういうものですか?」

『んー、コロナちゃん、惜しい。もっと、もう少し、厄介なものかな』

 

 たらりと冷や汗を頬に流しながら、なのはさんが汗を拭うついでに頬を掻く。もうそれだけでわかった。有休使った日にまで仕事の話、しかも部署の違うもしかしたら僕も話の流れによっては動かなくちゃいけないような話なぞ聞きたくない。

 故に、話の途中のなのはさんの正面にヴィヴィオちゃんを置いて、強制的にぶつけた。なのはさんの話が止まる。困ったような笑顔が、にこにことした笑い顔に変化して固定された。

 

 

「ママ、ママ!私、この子飼いたいんだけど、いい!?」

 

 予想通り、質問を堪えきれなかったヴィヴィオちゃんがオリヴィエを画面に突きつけながら言う。

 

『…………………………それ』

「どう?」

 

 ドキドキ、ワクワク。ヴィヴィオちゃんの背景に擬音が浮かぶ。一方なのはさんの方はドドドドとかゴゴゴゴとか、威圧感を出してるよりは受けてるイメージの擬音を飛ばした。

 

『ロストロギア』

「────え?」

「い?」

「は?」

 

 オリヴィエがミャアと鳴いてヴィヴィオちゃんの腕の中から逃げ出し、猫の外見の名に恥じない俊足であっという間に路地裏に消えた。誰一人として動けないまま、沈黙だけが重く重力の代わりにのし掛かってくる。

 現状の把握が遅れた脳味噌が絶叫を上げながらニューロンの接続を急ぐ。危機感の発露がそのまま冷や汗となって額に襲来して、口角を一気に吊り上げた。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

『……………………えっと、追いかけて。すぐに。こっちも連絡取るけど、きっと間に合わないと思うから』

 

 言葉にならない思いだけが外側に吹き出して、おおよそ五秒。なのはさんから言葉が飛んで、すぐさまヴィヴィオちゃんに指示を出す。

 

「ヴィヴィオちゃん、この中で一番機動力あるの君だから追いかけてくれ!サーチャー飛ばすから、方向とかの細かい指示は念話でする!コロナちゃんは待機!小さくて機動力重視、ケージか何かに変形可能なゴーレム作っといて!」

「了解!」

「はい!」

 

 僕の言葉の途中でもう走り出していたヴィヴィオちゃんの背中を見送りながら、サーチャーを量産して一気に別方向へと飛ばす。ロストロギアなんて多かれ少なかれ魔力を発してるものだと思っていたが、飛ばしたサーチャーに大きな魔力反応は引っかからない。一応、接触した際には体温を感知できたため、それを頼りに熱源を追う。

 熱の籠もった電灯。鳥。人。駐車違反の車。黒い紙。アルミホイル。犬。と飼い主。ヴィヴィオちゃん。鳥。犬……さっきのやつ。とその飼い主。電灯。子供。

 一定以上の熱源に対して反応するサーチャーから入ってくる情報を、マルチタスクで処理して地形を把握しながらヴィヴィオちゃんの現在地と照らし合わせる。

 

「フィアッテさん、やはり私も────」

「────いや、いい。大丈夫」

 

 ゴーレムを作り終えて、うずうずと自分が動いていないことに耐えきれなくなったようなコロナちゃんを片手で制した。

 

「見つけた。ここから北北東423メートル潰れた煙草屋の前!ゴーレム急行させて!」

「はい!」

『ヴィヴィオちゃん、そこから南東170メートルの潰れた煙草屋の前!三つ目の角を右に曲がった通路をまっすぐに行ったらそこにいるから!見つけても、一応ロストロギアだから足止めに徹してゴーレムが向かうまで待機で頼む!』

『わかりました!』

 

 

 サーチャーでオリヴィエの動きを確認しながら遠隔バインドでの捕獲も考えたが、ヴィヴィオちゃんとゴーレムの到着までに逃げられたら面倒なので、やめておく。こういう時に結界系の魔法が使えたら便利だと思うのだが、誘導弾極振りな僕のスタイルではそれも難しい。

 我ながら、一芸特化で出世してるなあ。

 総合で見るならエリオの方が優秀。それでも僕が彼の上司だというのだから、管理局はよくわからない。

 

「あ、コロナちゃん。そこの道通行止めになってるから塀登らせてくか迂回ね」

「わかりましたー」

『フィアッテさん、ロストロギア、発見しました!捕まえたら飼ってもいいですか!?』

 

 コロナちゃんに指示を出していると、ヴィヴィオちゃんがオリヴィエを捕捉して念話で話しかけてきた。

 テンションは高いように思えるが、芯は落ち着いているように聞こえる声。どうやら緊張はしていないようだ。士官教育が活きたのかもしれない。そう考えると、僕としても彼女を士官学校に入れるために東奔西走した甲斐があったというものだ。

 

『OK、まずはなのはさんを乗り越えようか』

 

 母親はエースオブエースと執務官。娘は聖王。ペットがロストロギア。明らかに戦力過多なご家庭を想像して身震いが身体を覆った。

 ……なのはさんが許可したらどうしよう。僕の責任になるのかな、こういうの。

 

『ヴィヴィオ、それ出来る気がしません!説得手伝ってください!』

『嫌だ』

 

 というか、是非とも失敗してくれ、説得。

 ヴィヴィオちゃんの周辺に何か変化が起きてそれが僕に起因するものだったりしたら、また聖王教会に睨まれるし。ただでさえ教会所属の人にはいい顔されてないんだから、これを機とばかりにシスターシャッハあたりが僕を殺しにかかりかねない。

 

 募る危機感に呼応するように、ロストロギア周辺の魔力反応が高まる。どうやら、ヴィヴィオちゃんが戦闘を始めたようだ。確認すると、オリヴィエの逃げ道を塞ぐような形で熱源反応が動いているのがわかる。

 

「コロナちゃん、ゴーレムは?」

「はい!今到着しました!すぐに確保にかかります!」

 

 返事をして数秒後、すぐに魔力反応と熱源反応が重なった。「捕獲完了です」とのコロナちゃんの言葉にそっと胸をなで下ろして、今更休日に仕事をしてしまったことを後悔する。局に申請したら危険手当とか貰えないだろうかと皮算用を巡らせるが、そこまでして金を得て欲しいものも思い浮かばない。

 本格的に働き損だろうか、これは。

 二日酔いでまだ痛みが続く頭に、徒労という言葉が重くのし掛かり追い打ちとなる。

 

『あー、うん。ヴィヴィオちゃんはあんまりロストロギアに近付かないようにしながら帰還ね』

『はーい。……あーあ、この子飼いたかったのになあ』

『普通になのはさんにペット飼いたいって相談してみたら?案外簡単に許してくれるかもよ』

『うーん……あの子、こう何か、ビビっと来たんだけど……ま、いっか。ヴィヴィオ、帰投しまーっす』

 

 念話を打ち切ると、疲れがどっと出たように肩にのし掛かる重力が強くなった。猫背気味な背骨をボキボキと伸ばして太陽が照る空を見上げた。眼球に優しくない日射しが目に降り注いできて、卵を使用しない目玉焼きを調理しようと必死になっているのを感じる。

 気が付いたら額に汗が滲んできていて、手のひらをタオルの代用とした。ふうと吐く溜息は夏の温度に消えていくようであり、逆に周囲の空気が全部僕の溜息で構成されている錯覚さえ覚えた。

 多分、最近、色んなことがありすぎたせいで疲れているんだろう。エリオのこと然り、キャロのこと然り、ロストロギア然りだ。

 

「あの」

 

 コロナちゃんが、さりげなく、を意識したような口調で話しかけてきた。子供にしては上手いものだが、まだまだ顔に出ているし、はやてさんと比べればまだまだだ。どの目線から言っているのかわからないような批評が頭をよぎったが、無視無視。

 

「ヴィヴィオとの馴れ初めとか、聞いていいですか?」

「馴れ初めって、多分それ誤用だと思うけど……ま、いいか。ヴィヴィオちゃんと出会ったのは、六課に僕が外部協力者っていうかレンタル局員されてた時期なんだけど、正直その時はあんまり接点なかったんだよね。仲良くなり始めたのは……ヴィヴィオちゃんが家にママが二人いるというご家庭の歪みに気付いた頃だったかな」

「うわぁ」

 

 笑顔で言い放つコロナちゃん。昔に比べると、コロナちゃんは多方面に対して遠慮がなくなってきているのをひしひしと感じる。これを、心を許せるようになったかグレたかと捉えるかは難しいところだ。

 

「それでその頃、ヴィヴィオちゃんがなのはさんたちの本当の子供じゃないこと気にしてて……それで、僕が、何だ。助言……うん、助言?っぽいものをして、それからかな」

 

 自分の知ってるより酷い家庭環境を提示して、『それと比べたらあなたたちはずっと家族やってますよ』って言うのが助言に入るかどうかは、僕には判断が付かないが。

 要は純粋な幼女に上を見るな下を見下せって言っただけだからね、僕。

 まだ微妙に僕にも純粋さがちょっとくらいあったりなかったりしたような時期の思い出に、涙や鱗とは違う、ニューロンの塊的な何かが目からぽろりと落ちそうだ。

 

「ま、今ではすっかり仲良しさ。おかげで聖王教会じゃ動く問題物扱いされてるけどね!士官についての話とかヴィヴィオちゃんの局と教会での扱いについてとか、提案したの僕だしね!」

 

 友達のためだし別段後悔はしてないけど、あの時ほど「やっちまったぜ」と思った時は他にないね!

 

 コロナちゃんは僕の話をくるくると目を回転させながら、吟味か咀嚼でもするように顔を上下に動かして、「ふぅん」と淡泊な反応。表情から感情を読み取る技術の熟練が足りない僕では、彼女の真意を推し量ることはできない。それでもコロナちゃんの表情筋を文字に翻訳しようと彼女の顔面を凝視していると、コロナちゃんがはっと気付いたように顔を赤くして、蝶々結びになったままの髪を解いた。そういえば、ヴィヴィオちゃんが結んでからそのままだったな。結構似合ってたから気付かなかったけど。

 照れ臭さを誤魔化すように、コロナちゃんが強制的に話を転換する。

 

「さ、さっきの話なんですけど」

「さっき?」

「あの、フィアッテさんって、本当に現実の女の子には興味ないんですか?」

「…………はいぃ?」

 

 えっと、いつの間に僕は生涯の独身と童貞が約束されてしまったのだろうか。いや、多分そうなるだろうとは自分でも思ってるけど、んなことコロナちゃんに言っただろうか。

 ……ああ、あれか。僕の心が常に平面の女性に向かっているという話の流れでの冗談を真に受けたのか。

 確かにキャロはどことは言わないが、発育のよろしいヴィヴィオちゃんやコロナちゃんと比較すると、ぶっちゃけ比較しなくても身体の一部分が平面というか平坦なのだから、あながち嘘を言ってるというわけでもないかもしれないけど。

 

「あー、いや、ただの冗談だよ。バリバリ興味ある。むしろ女体への興味のために生きてると言っても過言じゃないね」

「それは過言のような気がします」

「過言だからね」

 

 女体という言葉をキャロに置き換えてみたら結構当てはまってしまうのが怖いところだが。

 実際、僕の脳細胞は大部分がキャロで構成されている気がするし、彼女が何らかの要因で死んでしまったら後追い自殺をしない自信があまりない。というか、するだろう。キャロ以外との友好関係も割と紡いできたはずなのに、キャロがいなくなっただけでこうも簡単に現実への未練を捨てることができるのかと、今更ながら僕のアレさを再確認。駄目人間の烙印はすぐそこだ。

 

「それで、結局、きちんと女の子に興味はある、ということでいいですか?」

「うーん、まあ、ね。二十になって初恋もまだだし、女性の影も見当たらないけどね」

 

 もはや使い慣れた嘘を、けらけらと快活に笑いながら吐き出す。その嘘にコロナちゃんは、相変わらず焦点の定まらないぐるぐるお目々で何かを考えているご様子。前見た時は普通だったのに、不思議ちゃんへのキャラ付けに就職希望なのだろうか。

 もしそうなら黒歴史の量産の手伝いをせねばと、いらぬ義務感を量産させて頬肉が持ち上がるのを感じる。昨日飲み過ぎて今も二日酔いに苦しんでいるというのに、無性に酒が飲みたくなった。

 

 ふと、コロナちゃんの眼が落ち着きを取り戻す。観察、もしくは考察でもするような視線もなりを潜めて、いつも通りと言っても差し支えないおっとりとした柔らかな眼球に戻っていた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 鼓膜を震わすにこやかな、さっきとは調子の違う声に思わず反応して顔を動かす。何やら、機嫌が良いと表情筋に書いてあるような笑顔のコロナちゃん。年頃の女の子はよくわからないと年齢を水増しした感想を抱くべきか、情緒不安定なのかと疑念を持ってみるべきか、悩むところだ。

 

「きっと、いい人が見つかりますって」

「……だと、いいけどね」

 

 本人にその気はないんだろうけど、反論を許さないほどの素敵な笑顔に、言葉が霧散して消える。照れ臭さと据わりの悪さを誤魔化すために、ぐしゃぐしゃと、掻き混ぜると表現できるほど乱暴にコロナちゃんの頭を撫でた。下から聞こえる抗議の声を頭に置く手で押さえ込む。

 

「…………いい人、か」

 

 僕の手の下で騒ぐコロナちゃんに聞こえないように、ぼそりと呟いた。

 思い浮かべた笑顔は僕の方に向いていなくても、それでも。

 夏の空気を思いっきり吸い込んで肺を焦がし、今ある幸せだけを噛みしめ、噛み砕き、笑う。

 ああ、きっと、僕は幸せな奴ってのなんだろうなあとか、思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

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