片思い的な僕ら。   作:肩仮名

9 / 9
一回エタったので実質初投稿の最終回です。


片思い的な僕ら

 

 

 

 

 

 多数の世界を管理していて、常に最新の技術が流入してくる第1管理世界、ミッドチルダでもさすがに夜の暗闇は未だ晴れていない。取り敢えず夜の暗闇を晴らした場合の人体への影響とかを抜きにしても、今現在のミッドチルダの技術では夜出歩くと視界は良好とは言えないのだ。

 クラナガンの中でも比較的田舎の方に位置するこの道では特に、地面から伸びる街灯の数は少なくなる。それ故に広がる暗闇は、僕が背負っている重荷から来る足元への不安を増大させた。

 

「……やっぱり、まだ酒の残ってる頭でキャロを背負うのは早まったかな……」

 

 背中には、僕が好意を寄せる女性。おそらくは、その事実だけで札束を渡されるよりも多量に幸福を含んでいる。しかし、意識を落とした人間一人を酔っ払った僕が運ぶのは困難だった。幸せの重さ、とか表現してもいいのだろうけど、その重量は僕には背負いきれないという比喩にも思えてくる。日常生活で含蓄を感じるのは、僕の脳味噌がもう末期だということを示しているのか。

 

「起こすのもかわいそうだからって、背負うって言い出したのはフィアッテでしょう?ほら、頑張りなさいな、男の子」

「男の子って歳でもないけどね……」

「あら、それなら私も女の子って歳でもないってことかしら」

 

 ルーテシア・アルピーノ改めルーテシア・モンディアルが振り向いた。エリオと結婚してからは軽く纏められている紫の髪が街灯の光を微かに反射する。

 

「そんなことないよ、ルー。ま、僕はルーが女の子って呼べない歳になっても変わらず愛し続けるけどね」

「もう、エリオったら」

 

 どんなパスからでも必ずゴールに入れてやるぜと意気込んだエリオがルーテシアとお手て繋いでバカップル。滅びろ。

 照れと泥酔により顔面をトマトより赤くした二人を、トマトみたいに握り潰したくなった。これだから酔っ払いは、と口内を出ない大きさで呟くが、そんな僕だって現在進行形で酔っ払いだ。

 今更ながらタクシーでも拾えば良かったかなと思い立ったが、背中に張り付く僅かながらの幸福を手放すのも惜しく感じて、何も言わずにふらつきながらも足を進める。

 

 飲み会は非常に盛り上がった。

 最初は近況報告に始まり、少し遅れた乾杯の後に思い出話に繋がった。談笑の声は止まず、上手い料理をつまみながら消費される酒の量は、一時には五分ごとに再注文するというハイペースなものだった。その割にはみんな落ち着いていて、愚痴が無秩序に飛び出すまで発展することはなかった。しかし、ティアナさんが全盛期のなのはさんの物真似をしたのを皮切りに、スバルさんが「二番、スバル・ナカジマ!増えます!」とノーヴェを拉致してきたり、モンディアル夫妻が二人王様ゲームを始めたりと全員のタガが外れ始めた。勿論僕やキャロも例外ではなく、詳細は省くが、少なくともノーヴェ含める今回の同窓会メンバーは、半年はあの店に赴く勇気はきっとないだろうと思われる。それほどまでにはしゃいでしまったのだ。ノーヴェはとばっちりである。

 

 積もる後悔だけは重くのしかかるが、だからといってやってしまったことは消えない。恥はいつだって雪ぐより上塗りする方が容易なのだ。背中の重量に押されるように溜息を吐き出した。

 

「そういえば」

 

 エリオが不意に振り向く。多少酔いのせいで顔が赤らんではいるが、先ほどまでいちゃいちゃチュッチュと、ルーテシアとの距離を限りなくゼロに近づけるのに忙しかった人物と同一人物だとは思えない顔だった。きっと新しい顔とか用意したに違いない。

 

「十年、だね」

 

 その言葉に主語は抜けていた。

 しかし、だからといって通じないわけではない。テレパシーを持たず、以心伝心にも程遠い僕らを結ぶか細い糸電話のようなもの。今回の飲み会だって、主題はそれと言っても過言ではなかったから、言われずともといった感じだ。

 

「十年だねえ」

「十年ね」

 

 エリオとルーテシアは多分僕とは別種の感慨を抱いているのだろう。僕もエリオもキャロも、それまで纏わり付いていた過去を振り切ったのが十年前。ルーテシアはあるべき未来を取り戻したのが十年前。そして、機動六課が設立されて、僕らが出会ったのだって十年前だ。

 そして僕にとって十年とは、僕の片思いの継続時間でもあった。長い時間を、さしたる目的もなく浪費してしまった感は否めない。せめてキャロに告白でもしてたらまだ言い訳のしようがあったんだけどねえ。

 そして十年経った今、ようやくというか、今更というか。

 特にドラマ性もなく片思いが永久に片思いという形で固定されることが確定した。諦めが付いた。必要に駆られてではあるけれど、区切りが付いたのだ。

 

「十年は……長いよなぁ」

「そうだね。……何しろ、子供が大人になるには十分だ。僕もあの頃は十歳だったって、今考えたらイマイチ信じられないよなー。……ていうか、案外全部夢だったりして」

 

 独り言に近い形で漏れた言葉に対し、エリオが返答した。冗談めいてはいるものの、想像の翼にジェットエンジンを付けて飛び立たせるまでには至ってはいない口調。

 ……ふーむ、これは。

 

「あー、幸せすぎて不安、って感じかな?」

「間違ってないぞ親友」

「大体合ってるわよ親友」

 

 ステレオでバカップルするな、と文句を言いながらも、何となく彼らの気持ちもわかる。

 少しばかり上手くいきすぎていた感があった。なまじ十年前までの何もかも上手くいかなかった時を知ってる分、JS事件後からあまりにも問題らしい問題がない日常が問題として浮上していた。

 現実的かどうかは経験則であり、それまでの現実に則していればそうだと認められる。それまでの現実がそうであったなら、例えどれほど世間一般で現実的であろうとも、疑念が浮かぶ。簡単に言ったら、ドラマティックな現実が急に日常系に活動の場を移した事に困惑しているだけだ。

 

「僕だって似たようなもんだからね。全盛期のアレさに比べたら今は随分穏やかなもんさ」

「全盛期って……」エリオが頬を掻く。「いや、その表現はちょっと……合ってるのかどうか」

「それもそうか。傍から見ると異常でも僕の主観じゃ普通だったから、全盛期ってのも違うかな」

「重い重い重い。反応に困るわよ」

「笑っていいのかわからないブラックジョーク持ち出されるこっちの身にもなってよ」

「人の過去をジョーク扱いとは。訴訟もやむなし」

 

 自分で気にしてないって言ってるくせに……という言葉を溜息と一緒に吐き出す二人。まあ、ジョークにしてもらった方が僕も気楽なところあるし。

 ……しかし。

 

「……あれから十年か」

「さっきも言ったじゃないそれ」

「最終回っぽくしてみたんだよ」

「最終回?」

 

 何それ、自殺宣言?とナチュラルに失礼なことを言われた。キャロと結ばれないことが確定してからというもの、常に緩やかに絶望してたりはするけど、別に積極的に死にに行くほど絶望してもないんだけどなあ。元々、望み薄だったっていうのもあるしね。

 

 何というか、僕の人生オール蛇足って感じなのだ。

 いや、オールってわけでもないか。ただ、十年も長々といらなかったってだけの話だ。十年前、キャロを庇って死んどきゃ綺麗に終われたのに。別にそんな場面なかったけど。

 

「違う違う。ただ、あれだよ。僕らの物語は十年前にとっくに終わってて、今はその後日談だってイメージかな」

 

 この場合、主役はエリオだろうか。いい感じに活躍して、いい感じに運命の人と出会って、結ばれた。なんとも王道だ。それを伝えると、彼は小さく笑った。

 

「主役は君の方が似合ってるんじゃない?波乱万丈さでは勝てる気がしないよ」

「そうかもしれんけど、僕主役向きの性格じゃないから」

 

 それに、一から十まで片思いの主人公ってのも格好付かないだろう。一途なのは美徳なのかもしれないけれど、ここまで行ったら粘着質。納豆を上回る粘っこさは嫌われるのも当然だ。……まあ、だから隠してたんだけど。

 しかしなあ。ああ、もう。

 隠してたというのを過去形にしてしまったのは、やっぱり間違いだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石質の灰色が目に刺さり、眼球の表面を撫でる。反射した太陽光は網膜を通過した後脳味噌まで貫通して、頭の中身を掻き回すようだった。いやに乾燥した空気が胃の中にまで入っているような気がして、吐き気が込み上げてくる。

 目の前の景色は、それでも変わってくれない。僕の眼前を支配する眩しいまでの黄金色は変わらず、赤と緑のしっかりとした視線を叩きつけていた。

 

 そういえば、誰かにはっきりと好きだと言われたのはキャリィ以来だったか。頭があまり回らなくて余計なことまで思い出してしまうのは問題ではあったが、それよりも目の前。返答の如何に脳味噌の容量を使うべきだろう。

 首から上が新種の林檎として認定されそうなほど顔を赤色に染めたヴィヴィオちゃんは、既に不安げな瞳に涙を滲ませ始めている。その眼差しを素直に見つめることが困難になり、自然と目を伏せた。目に入ってくるのは土色の地面。きっと僕の現在の顔色を真似ているのだろう。

 

「一応聞くけど、冗談とかじゃないんだよね?」

 

 ただ心の安寧と一時の安息、後は気まずい空気の中で発音を強制されたがだけの質問。こくりと頷くヴィヴィオちゃん。まあ、わかっていた。これまでのヴィヴィオちゃんの反応を見て冗談だなんて思わないし、何よりヴィヴィオちゃんはそんな面白くない冗談を言うような娘でもない。

 

「だよね」呟いた言葉は空気中に飛び出すことなく口内で霧散する。

 知っていた。

 知ってたんだけどなー、あー。いや、ヴィヴィオちゃんの好意を知ってたって意味じゃなく。それは知らなかった。

 

「……ヴィヴィオちゃん」

「はい」

 

 何を話すかも決まっていないのに呼び掛ける。何かを言いたいって気持ちだけが口から飛び出しそうで、言語化できず歯痒い。

 

「ごめんなさい」

 

 言うに困って最初に飛び出してきた言葉は、謝罪だった。

 もはやお断りの常套句と化したその言葉で僕の返答を察したらしく、潤んだヴィヴィオちゃんの目から頬へと水分が伝う。

 

 ヴィヴィオちゃんのことは嫌いではない。

 むしろ好きではあるし、好意を向けられることを嬉しく思ってさらに好意を返したくもなった。

 

「僕は、君の気持ちに応えられない」

 

 しかし、それはどうあってもキャロに対する好意を上回ることはない。

 

「好きな人がいるんだ」

 

 僕の中で、キャロとは絶対の基準値であるのと同時に、絶対性の象徴でもあった。今後、僕の基準で彼女を超えるものが一切ないということは既に決定されていた。それは僕にとって喜ばしいことでもあり、苦しいことでもある。

 

「告白をする勇気もないし、想いを伝えよう考えるって度胸すらないけど、それでも」

 

 もし仮にキャロと出会う前の僕が今の僕を見たら、僕のことを気持ちの悪い奴か不幸な奴だと思うだろう。

 でも、今更変えられないんだ。

 何にだって代えられないんだ。

 こんな、益も何もないような片思いを続けているというそれだけで、僕は満たされてしまう。それだけで僕は幸せだ。心臓を蝕んで身体中を循環する無駄な想いが、僕にとっては何よりも大切だった。

 

「好きなんだ」

 

 意図せず、絞り出したような声になる。十年間、どこにも排出されなかった想いが指向性を持って飛び出してしまった。身体に穴が開いたように空気みたいな何かが抜けていくのを感じる。錯覚かもしれなかったが、何故か僕にはそれが取るに足らない大切なもののように思えた。

 そして、言ってしまってから後悔する。墓まで持って行って母親の脳天にぶち当てるつもりだった本心を、今ここでぶちまけてしまったことが自分でも信じられなかった。何でこんなこと言ってしまったんだ。

 ヴィヴィオちゃんの気持ちに真摯に応えたいって気持ち?

 いや、どうだろう。多分そこまで僕の人間性は高くない。そりゃ、多少はそんな気持ちがないわけではないとは思うが、キャロが関わっている時点で僕は全ての判断基準を彼女に依存する。じゃあ、何故言ってしまったのか。

 イマイチ考えが纏まらないままに思考を重ねて、結局確固たる答えは出ない。

 

 ただ、もしかしたらではあるが、羨ましかったのかもしれない。

 好きな人に好きだと言える勇気が、ただただ純粋に、羨ましかったのかもしれない。

 

 ヴィヴィオちゃんを見る。カラフルな目から流れた透明な雫は地面を目指しているが、視線の先は真っ直ぐ僕に固定されたままだった。明確な拒絶をぶつけられても、彼女はしっかりと僕を見据えていた。

 ああ、僕ではきっとこうはいかないだろう。想いを伝えるどころか、知られてしまうだけでも逃げ出したくなってしまうに違いない。

 

「そう、ですか。……はは、すいません。ここで泣いたりなんかしたら、フィアッテさんが悪者みたいになっちゃいそうなのに」

「女の子泣かせてんだから悪者ってのも間違っちゃいないさ」

 

 言いながら、考える。

 僕が悪いのか?

 僕が悪いのだろう。何にも繋がらない自分だけの幸福を見つめて、他の誰かを傷付ける。実の付かない枝先ばかり伸ばして、まだ未来のある新芽を根こそぎにするような行為だ。

 大体僕にしても、叶わぬ恋に想いを馳せるよりは新しい恋に手を伸ばしてみた方がまだ健全だし、建設的かつその方が幸せになれるだろう。現状維持をしていて良いことなんて、一つもない。

 

 ……それでも。

 捨てられないからこうやって燻ってんだろうなあ。

 好きだから……ってのが一番簡易的で一番本質的な理由なんだろうけど、幸福を追求するための恋愛という行為のせいで幸福から遠ざかるのは、一種馬鹿らしくさえある。僕の幸せって、一体何なんだろうね。にんげんってふっしぎー。

 

 僕に気を遣わせないようにと笑いながら右手で涙を拭おうとするヴィヴィオちゃんにハンカチを渡す。ヴィヴィオちゃんがありがとうございますと感謝を述べながらハンカチを受け取る。ちーんと、鼻をかまれた。想定内だ。

 やってから、ヴィヴィオちゃんが慌ててハンカチを広げて、洗って返しますと謝る。表情をころころと変えて忙しない、いつものヴィヴィオちゃんだ。「……やっぱり、返さなくても大丈夫ですかね。せっかくフィアッテさんの物ですし、こう、思い出に」これは想定外。どうしたヴィヴィオちゃん、いつもの君らしくないぞ。

 

「もう言ってしまったので、怖いものなんて何もないんです!」

 

 僕の顔から疑問を察したヴィヴィオちゃんがにへへ、と笑いながら答えた。拭いてもすぐに瞼に蓄積する涙の粒は彼女の頬を伝って流れ落ち、何故だか、それは今の僕には妙に力強く見えた。

 

「私は、これからもフィアッテさんにこの気持ちを全力でぶつけていきます。私の気持ちがあなたの心に届くまで、何十回も、何百回も。フィアッテさんは好きな人に告白する気ないんですよね?なら私、諦めませんから」

 

 そう言って悪戯っ子のような表情を浮かべる。僕にはない輝きに、少し目を細めた。

 

「……なら、片想い連盟でも発足しようか?ほら、キャロとかアインハルトちゃんも誘ってさ」

「えっ!?アインハルトさんも片想い仲間だったんですか!?お相手は!?」

「ははは」君だよ、とか言えねえ。「キャロについては聴かないんだね」

「正直、バレバレでしたし」

「だよねえ」

「あ、そういえば」

「うん?」

 

 勝負は一瞬、とばかりに引っ張られた僕の右腕に釣られ、体勢までも前のめりへと傾く。ミイラのごとき手の上に重ねられたヴィヴィオちゃんの手を外そうとするも、痛みで力が入らない。そして。

 

「……ごちそうさまでしたっ!」

 

 一瞬で重なり、すぐに離れたその唇はまさに「奪われた」という感じで、僕の目を白黒させた。僕の目がモノクロツートンカラーになっている間に、ヴィヴィオちゃんは背を向けてたったったと走っていく。

 

「…………」

 

 ぽかんと間抜けに口を開けたまま放心する。まだ唇の先に残っている温かみは知らずのうちに頬へと温かさを移したようで、そのうち顔面全体へと広がりそうだ。呼吸を整える。ヴィヴィオちゃんのことを考えた。身体のリアクションとは相対的に心は意外にも平坦なままで、再びキャロのことを想う。

 それからもう一度ヴィヴィオちゃんのことを考えて。

 恋する乙女は強い、とかなのかもしれないけれど。

 

「僕が弱いって感じだよなあ」

 

 弱さは据え置き。後進の世代に追い越されていくばかり。

 なんとも情けない限りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特にルーテシアは変わったよね。十年前の初対面から比べると誰だこいつって感じ」

「フィアッテも人のこと言えないだろうに。初めて会ったときは人形みたいだったじゃないか」

「なにおう。今も一人人形浄瑠璃としてご近所で好評を博しているというのに」

「なるほど。……なるほど?ごめんなさい、ちょっとよくわからないわ」

 

 わかるものでもあるまい。酔いが回っているため、僕も自分で何を言っているのかわかっていないのだ。

 

「でも私が変わったのは当然ね。背も伸びたし胸も膨らんだもの。キャロと違って!」

「キャロと違って?」

「キャロと違って」

「キャロと違って」

 

 キャロと違って。

 

「……やっぱり、足りないわね。いつもならここで『何おう!?』っていう声が飛んでくるのに……今は……!」

「これこれキャロまだ死んでないでしょうに。いや僕の背中でグロッキーだけどさ。ちゃんと生きてるから」

 

「ぐぺ」などとおおよそ乙女とは思えないような鳴き声を発しながら僕の背中に揺れるキャロ。まさか三人がかりで盛大にディスられているとは思ってもいないのだろう。

 

「まあとにかく、十年よ。人ひとり変わるにには十分な時間ね」

 

 ルーテシアはそう言いながら、外見的に十年前とさほど変化のないキャロの頭皮を指先で優しく押す。次いで、その上からエリオがルーテシアと手を重ねる。キャロとその下に存在する僕を媒介にして醸成されたバカップル式シェイクハンドは、実質的に僕とキャロの存在が不要だ。特に必要性もなく人の上でイチャつくのをやめなさい。

 

 僕の刺すような視線に気付いたのか、二人は少し照れ臭そうにはにかむと、離した手の矛先を僕の両腕に向けて来た。今度は、キャロを介さず僕だけを接続装置とした第二形態にシフトする。

 

「何だ……この、両刀二股恋人気分」

「相変わらず言葉選びが絶妙に微妙」

「うるさい。……で、どういった趣向なのさ。四体合体でもしようって?」

 

 右腕にルーテシア、左腕にエリオ、土台が僕で背中にはキャロ。絵面はともかく、字面だけで見るなら、それは昔ヴィヴィオちゃんが勧めてくれた特撮の巨大ロボみたいな感じだった。惜しむらくは、合体したところで特に強化とかされないところだろうか。

 

「べっつにー」

「ねー」

「そんなわけがあるか」

 

 二人を振り払い、しっしと手で払う擬音を口で撒き散らす。両手はキャロの太もも辺りで至福を味わっていた。

 

「いい加減、歩きにくい。アルコールも入ってるから暑苦しくて鬱陶しい」

 

 じろりと二人を睥睨したところで、二人はニヤニヤとニマニマの中間くらいの、形の定まらない笑みを浮かべるだけ。

 むしろ、何故か僕の方が変にばつが悪くなって彼らから目線を逸らしてしまった。マジで何なんだ。

 

「マジで何なんだ」

 

 思考をそのまま舌先に託す。というか、本当にこいつらが謎すぎる。今になって酔いが脳内にまで来ちゃったのだろうか。それとも結婚には脳を収縮させる副作用があるとかか。フェイトさんたちに知らせなければならない。

 僕が結婚という行為の危険性について考えていると、エリオがずずいと距離を詰めてきた。

 端正な顔立ちがすぐ目の前にあることに、顔面の筋肉を操って遺憾の意を示す。

 

「僕たちはフィアッテのことが大好きってことさ」

「……………………」

 

 距離が近い。

 何かシリアスなトーンでいいこと言ってる風でもホモ臭い。

 どうにかならんのか。

 

「何微妙そうな顔してるのよ、フィアッテ」

「超至近距離で既婚者の男から愛の告白を受けた身にもなってくれ。あと全然理由になってないし」

「そういうことじゃなくてー」

 

 間延びしたルーテシアの声に、じゃあどういうことなんだ、とか言う前に次の言葉をエリオが繋ぐ。

 

「フィアッテ、最近何か吹っ切れたでしょ?それで、ちょっと清々しい感じでさ。僕たちも、嬉しくなってきちゃって」

 

 少なからず、衝撃はあった。

 正直言うと、この色ボケクソ鈍感男が僕の心の些細な変化に気付くとは思っていなかったので、僕ってそんなにわかりやすいやつなのかと少し落ち込んだ。ひょっとしたら、僕のキャロへの気持ちも、僕が隠し通せてると思ってるだけで実は公然の秘密だったりするのかもしれないとも考えた。

 そして、少し嬉しかった。

 誰かに自分をわかってもらえるというのは、まあ、心地良い。それが親友相手なら尚更だ。

 

「貴様らに僕の何がわかるというのかね」

「何でもさ」

「何でもとは大きく出たなあ」

「親友だからね」

「友情に不可能はないのよ」

 

 そりゃいいや、と僕は笑う。

 最後まで愛は結局勝てなかったけど、いい感じに纏まって友情エンド。

 何にも知らないくせに、何でもわかってくれる。

 それが幸せとかそういう類のものではないんだろうけど、それは安らぎに近いものであって。

 

「…………」

「今、何か言ったかい?」

「いいや、何も」

 

 僕が何を言ったかは、僕以外には誰にもわからない。

 親友さえも知り得ない。

 それでも。

 その呟きは、紛れもない僕の本心だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンディアル夫妻と別れた後、キャロを運搬するついでに星を数えてみた。大体17を過ぎた辺りで、大気の揺らめきに負けた星の光の明滅による妨害が厳しくなってきて、数えた星がどれかを忘れてしまった。

 数え直して13を過ぎた辺りで、僕は一体何をやっているのだろうと虚しくなってやめた。

 数えたところで、何にも繋がりやしない。僕の好意と一緒だ。

 そのくせ、持ってるだけで幸せになれる好意とは違って特に何も齎さないというのだから、尚タチが悪い。

 

 ふと、ヴィヴィオちゃんの言葉を思い出す。

 言ってしまったのだから、怖いものなんてないのだと。

 羨ましくもあり、僕には真似できないそのあり様は、素直に綺麗だと思えた。

 ヴィヴィオちゃんは元から根が真っ直ぐで、そんな子を真っ直ぐな人たちが育てたのだ。

 素敵な人になってくれて嬉しいと見当違いの親心を見せながらも、だからこそ僕みたいな奴のために彼女の人生の一部を無駄にさせてしまうことを心苦しく感じる。

 僕のキャロへの想いが薄れることなど、絶対に無いのだから。

 

 多分、気の迷いだったのだろう。

 友情のお陰で気が楽になっていたのかもしれない。

 アルコールで判断力が鈍っていたのもあるはずだ。

 

 ヴィヴィオちゃんの言葉が脳から鼓膜に逆流し、再び脳へと戻っていく。

 深く考えることはしない。ただ、言葉に表すことが困難な何かが、僕の口を動かした。

 

「……キャロ。キャロ・ル・ルシエさん」

 

 聞こえてしまうくらいの大きさで呟く。微弱に振動する声はこんな時でもないと本心を吐き出せない僕の臆病さを示しているようで、自分でもみっともないと感じる。

 キャロは眠ってるから、言っても何も変わりはしないのだから言いたいなら言えばいいと理性が背中を押し、言ったら僕の中で何かが変わってしまうと、理性がそれを押し留める。本能は背中のキャロの感触だけに夢中だ。

 

 だが、そのどちらに影響されるでもなく僕の口は自然と言葉を紡ぐ。

 それは理性とか、そういうのじゃなく。

 心ってやつの仕業なのかもしれなかった。

 

 

「僕は、あなたのことが好きです。愛しています」

 

 

 言った。

 遂に言ってしまった。

 終生、言うことはないだろうと思っていた言葉。それを口にしてしまったことへの後悔と、やっと言えたという感慨が、胸と鼻の合間に詰まって涙として溢れる。粘着質に溢れたその想いは眼球に引っかかって、中々落下しようとはしない。

 前方を見るのに邪魔なその気持ちを拭いたいと思っても、今は両腕がキャロに掛り切りだった。

 そんなとき、ふと。

 

「…………え」

 

 キャロの声がした。

 え。

 ではない。

 聞かれてしまったのか。

 キャロの自宅へと向かう足は止めないまま、されど首から上は全く動かず振り向くことを許さない。顔は生涯で一番と言えるほど熱くなって、心臓の音が鼓膜に張り付いたようにうるさい。力が抜けそうに震える腕で、キャロを落とさないようにしっかりと持ち直す。手汗が彼女の衣服に付着しないかが心配になった。

 

 人間の眼球にそこまでの稼働は許されていないと知りつつも、目の動きのみで後方を確認しようとする。目に走る微細な痛みを、心の痛みと錯覚しそうだ。

 

「……りお……くん……」

 

 むにゃむにゃと、ついでにむしゃむしゃと背後から聞こえてきたそれは、完全に寝言だった。

 夢を見ているようだった。

 僕の告白は彼女にまで到達せず、キャロは夢の中のエリオの声を聞いていた。いや、擬音が擬音なだけに、ひょっとしたらエリオを食べていたのかもしれない。

 ともかく、今の彼女の中に、僕はいなかった。

 

「脅かせ、ないでくれよ」

 

 未だ強く自己主張を続けている心臓を落ち着けるために、深呼吸をする。

 ああ、危ない。

 今考えると、僕がつい先刻、何であのようなことを言ってしまったのかがさっぱりわからない。恥ずかしい。

 

「えりお、くん」

 

 さっきよりもはっきりと、キャロがその名前を口にする。僕の『好き』という言葉からの連想で、夢に出てきたのかもしれない。

 

 かなわないよなあ、と思う。

 それがどんな意味で、何に対して思った言葉なのかは僕にさえわからなかった。

 

 結局のところ、僕はいつまでも片思いでしかない。

 それでも構わないし、これからもそれを続けていくけど。

 僕はきっとこれからも一生、限りなく不幸で、これ以上ないってくらいには幸福だ。

 この、側から見たらみっともないような片思いを継続していられる。それだけで、僕は満足なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、キャロ。家に着いたよ、起きて」

 

 とても残念なことに、僕はキャロの家の鍵を所持していない。

 彼女を家のベッドでぐっすりと寝かせてあげるには、その前に彼女の熟睡を妨げる必要があるのだ。

 

 ぺしぺしと、僕に背中を叩かれたキャロはゆったりした動きで僕から降りる。

 目付きは胡乱で顔も赤い。頭もひっきりなしにゆらゆら揺らして、エキゾチックな土産物みたいな様子だ。

 

「……えりおくん」

「フィアッテさんで悪かったね」

「ふぃあってさん……」

 

 酔いが回った人のお手本のような呂律の回っていない口調で、僕の名前を反復する。

 この子は一体どれくらい飲んだんだったかと思い返そうとするも、アルコールのせいか、キャロに関することにかけては優秀な僕の記憶も労働を放棄していた。

 

「鍵開けて入ってね」

「はい」

 

 いつまでもぼんやりふわふわと立ち尽くすのみで、三十半ばでまだミュージシャンになれると信じている無職よりも地に足が着いてない様子だったので、指示を出してみた。

 蒟蒻と同程度の硬度で返答を返したキャロは、蒟蒻よりもぷるぷると震える腕で鍵穴と格闘している。

 

「開きました」

「よしよし。じゃあ入って、その後はベッドで休んでね。あと、二日酔いにはトマトジュースとかがいいらしいから、覚えてたらコンビニにでも買いに行くと良いよ」

 

 じゃあね、と手を振って去ろうとしたところ、服を掴まれて引き止められた。

 

「まだ何かあった?」

 

 キャロのことなら一日中でも眺めていたいが、僕の睡眠欲はそれを許さないようでいい加減瞼が重い。優先順位でいうならキャロの方が上だが、明日の仕事もどうでもいいものというわけではない。なるべく早く家に帰って体を休めたかった。

 

 キャロは何かを話そうとしているのか、口の開閉を繰り返すだけで何の用なのかは要領を得ない。

 多分、声を出すのも億劫なほど酔いと眠気に頭を支配されているのだろうと結論付けて、ベッドまで運んでやろうと決めた。彼女をベッドに置いたらすぐ帰るし、送り狼の誹りは免れることができるはずだ。

 明日も仕事はあるし、目覚ましをかけてやってもいいかななんて考えて、そうしたら、

 

「ごめんなさい」

 

 唐突に、呂律は怪しいのには変わりないが、比較的明瞭な声で何に対するものか不明な謝罪を食らった。

「な」にが、と続ける前にキャロの顔が迫ってきて、僕の口を塞ぐ。

 

 甘い香りに、酒臭さ。

 極限まで近付いた成人してもまだ幼さを残す顔立ちが、一度見たことがある景色だと事実を示唆してくる。

 思考能力を奪うような幸福と驚愕に彩られた脳髄は、現状把握に一役すら買えない。

 何が、どうなっているのかすら。

 

「…………!」

 

 驚きのままに何かを喋ろうとすると、舌が絡み付き、より深く口内が結合する。

 そして。

 

 

 三秒後、僕は再びゲロ塗れになった。

 

 

 

 

 





最後のキャロの謝罪はひょっとしたら人間エチケット袋としての使用を申し訳なく思ったが故のものかもしれない。







※本編には関係ない間違いなく蛇足な裏設定



・フィアッテ・アリネール
初代フィアッテ・アリネールのプロジェクトF.A.T.Eクローン。ただし記憶転写は施されず、フィアッテ・アリネールとしての教育とフィアッテ・アリネールのDNAを持つ食物の摂取によって、より理想的なフィアッテ・アリネールとなることを目指された。
でもそんなことは本編には一切関係ないのだ。だってこれただの片思いの物語だし。

・ソリオ・アリネール
2代目フィアッテ・アリネールを製作した女性。フィアッテを作り育てていたはいいものの、管理局にバレて計画は失敗に終わった。製作目的は恋慕。いずれ結ばれるため、自分がフィアッテを作ったということは彼には隠していた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。