Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
黒衣の者たちは、目に留まらぬ勢いで、ラインハルトののど元に短剣を突きつけんとした。しかし、ラインハルトは素早い身のこなしでそれを避け、指を鳴らした。するとラインハルトを守るように帝国の軍服に似た黒衣の者たちが現れる。
「なんだ、お前たちは。」
ボルテックがぎょっとしながら言うと黒衣の者は一応引き下がったが、なにやら薄ら笑いを浮かべてる様子だ。ラインハルトは違和感を感じた。もしかしたらこの者たちは自分だけではなくボルテックも殺すかもしれない不気味さを感じ取った。
「なるほどな。弁務官。卿が使い走りだと言った意味がわかった。同盟内の工作は保障できないというわけか。われわれに不安と猜疑をいだかせ、恩を着せて交渉の主導権を握ろうというわけか。」
ボルテックは言葉を継ぐことができずにいる。
「弁務官。フェザーンが私と盟約を結びたいというなら提供してもらわなければならないものがある。」
「それはなんでございましょう?」
そのときカッカッカッカッと異音がして天井から短剣が数十本降ってきて床に突き刺さった。また左右から十数本ほどの短剣が大きな弾丸のようにボルテックとラインハルトを襲ってくる。
帝国の黒衣の者たちがすばやく短剣をはねのけて、ラインハルトとボルテックを守り、鋭い金属音が響き、短剣ははじかれて、床に突き刺さりヴィーンと音をたてていた。
「言わずとしれたこと。ルビンスキーの黒狐に伝えろ!フェザーン回廊の自由航行権をよこせとな!」
「はい。了解しました。」
ボルテックはこともなげに答える。ラインハルトの蒼氷色の瞳が覇気をおびてギラリと光り、ボルテックを見据えた。
「弁務官!」
「はあ...」
「ふざけるな!言い直した方がよさそうだな。フェザーンはどこの自治領かわかっているか。」
「....」
「これだけのことをしておいて、いいのがれられると思うなよ!公海上の自由航行権であれば帝国軍が奇襲を受けても仕方がないということか。かんちがいするな!フェザーン回廊は、もともと帝国領だ。したがって帝国領海並の自由航行権を提供しろと言っているのだ。」
ボルテックは蒼くなった。
「どうした?何を驚く?なぜ返答せぬ?」
華麗にさえ響く冷笑がボルテックの頭上に降りかかる。フェザーン弁務官が声をうわずらせる。
「即答いたしかねます!閣下。」
「わたしが覇権を確立するのに協力すると言ったではないか。であれば、喜んでわたしの要求に応じるべきであろう。それとも卿らが望むのは帝国軍がイゼルローン回廊に無数の死屍を並べることか。ありうることだな。両勢力とも共倒れのうちにフェザーンひとり漁夫の利を占める、か。」
「考えすぎでございます、閣下。」
交渉事には百戦錬磨のはずのフェザーン弁務官は、抗弁というには弱弱しい返事をするほどに追い詰められていた。
「それから黒狐に伝えてやれ。フェザーンの利益と主張はあるかもしれぬが、帝国と同盟もそれは同じだ。三つのうち二つが合体するとしてその一方が必ずフェザーンだとは限らないぞ、と。」
金髪の若者の笑い声はハープの弦を鳴らすような軽やかなものであるにもかかわらず、その内容は苛烈だった。ボルテックは、針のような鋭利なもので鼓膜を突き刺されたような感覚さえ覚えた。
「弁務官、下がってよい。それから卿の身柄は守ってやる。」
ボルテックは弱弱しく一礼するとラインハルトの執務室をでていった。
突如現れた黒衣の者はとっくに姿を消していた。銀髪の参謀長が現れる。
「オーベルシュタイン!」
「はっ。」
「今の者どもは見たな。」
「はい。短剣程度ですませたのは、警告だということでしょう。本気で殺すならキルヒアイス提督が亡くなったときのように...」
そのときラインハルトはオーベルシュタインの言葉をさえぎるように低い声で厳かに命じた。
「フェザーンに潜む得体のしれない者どもがいる。徹底的に調べ上げろ。それから同盟にも工作員を送れ。」
「御意」
その後、オーベルシュタインには、執務室内と天井裏に超小型盗聴器の痕跡らしきものはあったが現物はすべて取り外されていたと配下の黒衣の者から報告があった。
ボルテックはすごすごと弁務官事務所に戻った。
弁務官を補佐すべき一等書記官は、交渉の首尾を上司に尋ねる。
「成功したように見えるか?」
ボルテックは荒々しく答え、一等書記官は首を振る。
「金髪の孺子にとほうもない恫喝を加えらえた。」
「と、おっしゃると?」
「帝国と同盟が結ぶ場合もありうる。いつもフェザーンが有利な立場にあると思うな、それと帝国領海並みの自由航行権をよこせと。」
「し、しかし、そんなことはありえません。それから帝国領海並みの自由航行権?まさか承諾したのでは?」
「いや、承諾したわけではない。」
「では、いっそのことランズベルク伯とシューマッハ大佐を消して、そ知らぬ顔をきめこみますか?」
「.....いや、帝国はすでにこの二人の身柄を監視しているだろう。われわれが情報を流した時点で、すべて金髪の孺子は、こちらの狙い以外のすべてを知っていたのだ。消そうとしたら帝国に手札をあたえてやるようなものだ。」
「わかりました。失礼します。」
しかしあの黒衣の者どもはおそらく地球教徒の精鋭だ。交渉次第ではわたしも亡き者にされただろう。背後にいるのは、本当にルビンスキーなのだろうか、それとも....。
ボルテックは考える。金髪の孺子にとって皇帝はやっかいものだ。この計画は厄介払いができるうえに、同盟侵攻の大義名分も得られる、しかもあの黒衣のものどもは自分の命も同時に狙ったから、わたしは守られるだろう。金髪の孺子の傀儡かもしれないが、フェザーン自治領主の座に座るのは自分かもしれない。またランズベルク伯らを始末して足が付いたら詰め腹を切らされるのは自分だ。だから皇帝誘拐計画はすすめたほうがよい。そう考えて一等書記官を呼んだ。
「例の計画は予定通り進める。あの金髪の孺子にとってもいい話のはずだし、いまさらやめたところで無能のレッテルを貼られるうえに君と自分は詰め腹要員にされるだけだ。」
「わかりました。」
書記官は上司に平時と同様な声音で返事をした。