Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
「....私はレムシャイド伯と必ずしも一致した見解をもっていません。皇帝陛下への忠誠は劣らぬつもりですが、この情勢下でなにができるというのか。わたしとしては、陛下に一市民として大過ない生活を送っていただきたいと考えています。」
帝国、そして亡命して同盟と戦線を駆け巡った老練な提督の声は重く沈みかける。
「亡命政権など作ったところで、いまさらローエングラム公の覇権を覆すなど不可能です。彼は帝国の民衆の支持を得ていますが、貴族特権を廃止するなど、帝国の民衆を味方につけるだけのことをしているからです。わたしが理解に苦しむのは...」
メルカッツは、ゆっくりと首を横に振った。人間がいやなもの、忌むべきものに対して生理的にとってしまうしぐさである。
「幼い陛下を保護すべき人々が、かえって陛下を政争と戦争の渦中に置こうとしているようにしか思えないことです。亡命政権がつくりたいなら自分たちでつくればよい。未だ十分な判断力を備えていない陛下をまきこむことはないはずです。」
ヤンはベレーを脱いでいじっていた。それに軽く一瞥してシェーンコップが話し始める。
「考えてみれば需要と供給が一致したのですな。」
「需要と供給?」
ヤンが問い返すと
「はい。ローエングラム公はわたしたちみたいに普通に生活している人たちの支持を受けています。だから、皇帝陛下はいないほうがいいのに、守らなければいけません。一方で、レムシャイド伯は多くの味方を集めるためには皇帝陛下がいらっしゃる必要がある、ということですよね。」
みほが需要と供給について説明する。
「そうだね。ローエングラム公にはゴールデンバウム家の皇帝の権威は一切必要がない。幼児殺しの汚名をかぶることを考えればやっかいものでしかないからね。一方レムシャイド伯は、実態のないものといっても、亡命政権で主導権をにぎるためには、錦の御旗として皇帝が必要ということだ。そうするとまたもや軍備拡張か...。」
ヤンが答えて、シェーンコップが満足したようにうなづく。
「メルカッツ提督のご見識はよくわかりました。ですが、私は、提督ご自身がどのように選択し、行動なさるかをおうかがいしたいのです。」.
「「ムライ少将...」」
ヤンとみほが同時に口を開き、みほは、すこし顔をあからめてうつむいてしまった。
ムライは咳払いをせず沈黙している。ヤンはつづける。
「組織の中にいる者が自分自身の都合だけで身を処すことができたらさぞいいかと思うよ。私も政府のお偉方には言いたいことがいっぱいあるんだ。とくに腹立たしいのは、自分たちで勝手に決めたことを無理やり押し付けてくることさ。」
キャゼルヌ、シェーンコップ、フレデリカとみほの副官として出席している優花里とエリコがうなづく。ムライはかるく頭をさげて引き下がった。彼としても基本的に原則論を述べただけでメルカッツを責める意図があったわけではない。もとはといえば、同盟政府や亡命政府が正式な手続きを踏まずに、勝手に決めたことでメルカッツは事後承諾を求められているのである。ムライもそのおかしさに思いを致すと継ぐべき言葉がでてこない。
無言でため息をついているが、顔には
(政府にもこまったものですな。)
書いてあるようであった。それを合図に
「休憩しよう。」とヤンは指示した。シェーンコップが人の悪い笑顔で司令官をみつめ、
「この際だから言いたいことが山ほどあるなら思い切って行ってみたらよかったのに。王様の耳はロバの耳とどなったら少しは気が晴れるんじゃないですか。」
「公開の席上で、現役の軍人が政治批判をするわけにはいかないな。そうだろう?」
「ハイネセンポリスのあほうどもは、非難されるべきことをやってのけた、と私は思っているのですがね。」
「思うのは自由だが、言うのはかならずしも自由じゃないのさ。」
「なるほど。言論の自由は、思想の自由よりも範囲がせまいというわけですか。自由惑星同盟の自由とは、どちらに由来するものですかな。」
「ぜひ知りたいものだね。」
ヤンは、両手の平を外側にして肩をすくめてみせた。
「自由の国か...。わたしは、祖父母につれられてこの自由の国に亡命してきたんですがね..寒風吹きすさぶあの日に、これまた亡命者をこじきあつかいする入国管理官の冷たいいやしむような目つきは一生忘れられないでしょうな。つまり、わたしは一度祖国を失った男です。それが二度三度になっとところで驚きも嘆きもしませんよ。」
一方、別室では、メルカッツ提督が、苦笑とも自嘲とも区別しがたい表情をにじませてシュナイダー大尉と話している。
「人間の想像力などたかが知れたものだな。まさかこういう運命がわたしのために席を用意していようとは1年前には思いもよらなかった。」
シュナイダーは、苦虫をかんだような表情だ。
「小官は自分なりに閣下に意義のある仕事をしていただきたいと考えて亡命をおすすめしたのですが...」
「ほう、卿は喜ぶと思ったがな。、ローエングラム公に対抗する者にとって、これ以上の肩書はないと思うのだが...。」
「正統政府の軍務尚書といえば聞こえがいいですが、閣下の指揮する一兵も存在しないではないですか。」
「一兵も指揮する身分でないなのは今も同じだが...。」
「それでもヤン提督の艦隊を一時ながら預かって指揮なさいました。ヤン提督のもとにいる限り今後も機会があるでしょう。イゼルローンは最前線ですし...しかし、正統政府のもとでは形ばかりでそのようなことはとても望めません。レムシャイド伯はまだしも、あとの閣僚は、爵位がある貴族というだけで、しかもただの亡命者ですからその意味でも一グラムの実もありはしない。」
「しかし、皇帝陛下がおわす...。」
老練さで知られる名将は、若き有能な部下にふりむいて笑みをうかべてみせる。
「まあ、あまり思い煩ってもしかたあるまい。正式に要請をうけたわけでもない。じっくり考えるとしよう....。」
しかし、事態はいつまでもヤンとメルカッツを客席の傍観者にはしておかなかった。
銀河帝国正統政府成立が宣された翌日のことだった。
通信士官からヤンの執務室へ急報がもたらされた。