Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第130話 うごめく野心です。

それから数日後の9月19日のことだった。ラインハルトの執務室で、くすんだ金髪の美しい秘書官は、彼女自身がもつ釈然としない疑問を、これまた豪奢な金髪をもつ若き上司に、軽い気持ちで言ってみた。

「自由惑星同盟との間に和平と共存の道はないものでしょうか。」

それは、質問でも確認ですらでもなく、まさしく言ってみたというものでしかなく、返答も予想の範囲を超えないものだった。

「ない。彼らのほうでそれを閉ざした。」

冷淡すぎる自分自身の返答に、ラインハルトは、事態を復習するように説明を付け加える。

「やつらがマキャベリストとして一流か、若しくはまともな外交センスがあるなら皇帝の年齢などに感傷的にならずに、誘拐犯と皇帝を送還してきただろう。そうすれば、わたしとしても手の打ちようがなかった。彼らは自分で自らの死刑執行所にサインしたのだ。」

「フロイライン。」

「はい。ローエングラム公。」

「明日、皇帝の廃立を発表する。」

「御意。」

 

翌国暦489年9月20日、エルヴィン・ヨーゼフ2世廃立が発表されるとともに、カザリン・ケートヘン1世の即位式が粛々とおこなわれた。母親の腕に抱かれた口もまともに聞けない8ヶ月の女児に多くの群臣たちが首を垂れる。そして代筆された勅令が読み上げられ、人事が発表される。

金髪の若き帝国宰相は、膝を突き首を垂れながらも心の中でそのばかばかしさに苦笑せざるをえなかった。

 

さて一方で、帝国軍の諸将は出撃準備をすすめながらもいろいろと思いめぐらさざるをえない。

「ミッターマイヤー、卿はどう思う?あのフェザーン人を信頼してよいものか。ローエングラム公がやつと交渉したときにもあの先日の得体のしれない影の者がでてきたというではないか。」

「そうだな。電撃的に攻撃して罠を書ける隙をあたえないにしろ、フェザーンの内部が一致していないとしたら何があってもおかしくない。」

「メルカッツが同盟首都にもどったそうだ。名ばかりの正統政府の軍務尚書ということだが。」

「うむ。ちょっと気になるのは、ヤン・ウェンリーのほかに栗色の髪の小娘とその部下の天才的なクラッカーの少女だ。まさかとは思うが今回の作戦を見破っていたとしたら...。」

「あの調子だと、本土からの補給路が万一絶たれたとしたら、孤軍になりかねん。そうしたら食料を現地調達だ。それがうまくいったとしても略奪者の汚名と引き換えだ。」

「征服者よして憎悪されるのはかまわんが、略奪者と軽蔑されるのは愉快ではないな。」

「それも略奪する物資があればの話だ。一昨年のアムリッツアでの同盟軍の醜態を覚えているだろう。」

細面で砂色の瞳の青年提督がひかえめながら思考停止を促すように議論に加わる。

「しかし、それは、われわれがどうこう言うよりローエングラム公のお考え一つでしょう。」

ミッターマイヤーとロイエンタールは何かに気が付いたようにうなづき、結論の出ようのない議論を打ち切って実務的な話を始めた。

 

帝国軍が大規模な軍事行動を起こそうとしているという報は複数のルートでフェザーンにもたらされたものの、フェザーン商人たちすらも「またか」という感じで帝国、フェザーン、同盟の三者鼎立の状況にならされていた。

自治領主府では、禿頭の自治領主とその若き補佐官が話していた。

「ボルテック弁務官の動静がいささか興味深いものになりつつあるようです。」

「切り札を早く出しすぎて、ローエングラム公に逆手を取られた上に丸め込まれているようだな。」

「どう処置なさいます?」

「一緒に始末しようと思ったが、ニヒトすらも行方不明とはな。」

「あの者たちがつかまって、ローエングラム公に情報がながれていないでしょうか。」「それはだいじょうぶだ。」

「そうですか。」

(ルパート、お前のこともわかっているのだが)

「ところで同盟の弁務官事務所にヤン・ウェンリーの養子であるユリアン・ミンツが赴任してくるそうだな。」

「ヤンの秘蔵っ子だそうです。どんなふうに秘蔵していたものやら。まあったった十六歳の孺子に何ほどのこともできないでしょう。」

「ふむ。しかし若くして功績をたてている。わしとしては虎の子を猫と見誤る愚はおかしたくない。そうだろう?補佐官。」

「そうですか。」

ルビンスキーはそれ以上語らなかったが、ルパートも平凡に受け流した。

 

ルパートは、その日の勤務を終えると、車で向かった先は、ありふれた建物であった。彼は車を建物の前に止めるとその建物の地下室へ向かう階段を下りていき、いくつかのうちのあるひとつの部屋の前へ来た。

その部屋には暗証番号ボタンがあり、ルパートはしなやかな指使いで暗証番号の数字の順番にボタンを押し、部屋の戸が開錠されて開かれる。

そこには黒衣をまとう人物がうなだれていた。

「ご機嫌いかがですかな?デグスビイ司教?」

司教と呼ばれた男はうなっていた。

「酒、麻薬、女…地上での快楽をあんたはほしいままにした。禁欲を旨とする聖職者にもかかわらず。あんたのご乱行に総大司教猊下は寛大でいられますかな。」

「貴様がわたしに薬を飲ませたのだ。卑劣にもほどがある!わたしを堕落の淵に突き落としたその口が何を言うか。涜神の徒が!いずれ愚行を思い知る時が来るぞ!」

「ほほう。ぜひおもい知らせてもらいたいものだ。雷でも落ちるのかな。それとの隕石か。」

「正義を恐れないのか!貴様は!」

「正義?」

自治領主補佐官の仮面をかぶった野心家の青年は鼻でせせら笑った。

「ルドルフ大帝は正しかったから宇宙の覇者たり得たのではない。アドリアン・ルビンスキーの自治領主も然り。その時点で相対的に最大の力を持ちえたからこそ勝者たり得たのだ。支配の原理は力であって正義ではない。そもそも絶対の正義など存在しない。そんなものを根拠に批判などとは笑止だ。ルドルフ大帝に虐殺された何億人かは、力もないくせに正義を唱えた愚劣さゆえに報いを受けた。あんたも力さえあれば総大司教の怒りなど恐れずにすむ。そこでだ。」

野心家の青年は身をのりだす。

「わたしは、宗教上の権威など興味はない。それはあんたが独占すればいい。」

「何を言っているのだ。意味不明だ。」

青年の口調が微妙に変わっていく。

「わからんか。地球と地球教団をあんたにくれてやるというのだ。」

「....。」

「俺はルビンスキーを蹴落とす。あんたは総大司教にとって代われ。」

「....。」

「もうやつらの時代じゃない。800年の地球の怨念など、悪魔か魔物か知らないが食われておしまいにすればいいのだ。これからは、俺とあんたが...。」

デグスビイは不意にわらいだした。野心家の青年は形の良い眉をしかめて相手を見つめた。

「この身の程知らずの痴れ者が...。」

デグスビイの瞳は抑制と均衡を失って血走っている。それは、麻薬の毒にやられた感情と怒気と嘲弄が煮えたぎる溶鉱炉になっている堕ちた元聖職者、狂信者を象徴していた。めくりあがった上下の唇から発せられたのは薄ら笑いと罵声だった。

「貴様ごときの野心と浅知恵で総大司教猊下に対抗しようというのか。お笑い草だ。最下等の笑い話(ファルス)だ。犬は犬なりの夢をみろ。象に対抗しようと思うな。それが貴様の身のためだぞ。」

「笑うのはその程度にしてもらおうか。司教どの。」

デグスビイはルパートの隣に突然現れた何者かにぎょっと驚いた。


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