Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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今回はやや長めです。


第139話 アイランズ委員長覚醒です。

一方、自由惑星同盟では、報道管制にもかかわらず、帝国軍がフェザーンを武力占領したという情報は、インターネット上にあっというまにひろがった。政府首脳が厚い壁で囲まれた会議室で青ざめた顔を並べて報道管制を解除する時期について協議していたころ、1kmも離れていない街角で、宇宙を商船で往来する船乗りたちが大声で危機の到来をふれまわっていた。皮肉なことに政府高官のだれもが、安全な場所の所在が明確でないために、自分と家族を逃亡させえなかったことでその手の批判がなされず、かろうじて威信が保たれたのだった。

 

しかし、市民の怒りのはけ口は政府当局に向けられ、

「何とかしろ!」

連日デモ隊が政府の建物を囲み、議員の事務所にも電話がなりひびいた。

弁舌にふさわしい指導力を期待されていたはずの、トリューニヒトはというと、初戦口先だけであることを証明するように、直接的にも、間接的にも、「愛する市民諸君」の前に姿を現さなくなり、スポークスマンを通じて、

「責任も重さを痛感する」などというだけで、所在を明確にせず、市民の疑惑を深刻につのらせることになった。はるか太古のギリシャの古典文明から存在した口先だけの扇動政治家にすぎなかったのではないかと...

もっともトリューニヒトの正体を見抜いて徹底的に嫌っていたイゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリーは、「どんな状況にあっても傷つかない男」という印象を抱いている。

 

大企業や軍需産業から多額の資金をもらい、トリューニヒトを政界の希望の星として紹介し、彼を賞賛して引き付けてきた商業ジャーナリズムは、「議長一人の責任ではない、自己責任である。全市民の責任と自覚を必要とする」「ケネディは言ったではないか、国になにをやってもらえるかではなく、国のために何ができるかだ」という論法で、最高権力者を免罪し、責任を拡散するような議論を弄して、その所在を不明確にするよう誘導する放送ばかり流した。

 

そういったジャーナリズムの批判の矛先は「むしろ政府に対して協力の姿勢を欠き、権利ばかり主張して、反戦を唱える輩だ」と無辜の市民、決してトリューニヒトのような大企業、軍需産業が支援し、表向きにしろ裏で取引するにしろ利権をむさぼる候補には投票しない市民たちに批判の矛先をむけたのである。いわく「平和主義を唱えたから帝国によってフェザーン回廊から侵入された、経済大国フェザーンが平和主義の末路だ」というわけである。自分たちの外交的政策的失敗をこの場に及んでも隠ぺいしようというのであった。

 

しかし、同盟にはまだ望みが残されていた。国防委員長ウォルター・アイランズは、平和な時代にあってはトリューニヒトの子分であったに過ぎず、同盟の先人たちによって評議会議長と各委員会委員長の兼職を許さない制度によって、派閥の順送り人事で要職につけたにすぎなかった。実際は、トリューニヒト委員長、アイランズ委員長代理との陰口が証明するように利権のコンベアーベルトからおこぼれをもらう伴食の徒でしかなかったのが、トリューニヒトが雲隠れしたのに対し、狼狽する同僚たちを叱咤して閣議をリードし、同盟政府の自壊を防ぐのに務めたのだ。難局にたって、10歳以上も若返ったように見えた、背筋が伸び、皮膚に光沢が差し、歩調は力強く律動的になっていった。

 

「戦闘指揮は制服の専門家に任せるとして、われわれが決定すべきなのは降伏か、抗戦かということだ。国家の進むべき方向を明示し、軍部に協力してもらわなければならない。」

降伏を主張する者はいなかったので、国防委員長は議題を移した。

「では、抗戦するとして、同盟の全領土が焦土と化し、全国民が死滅するまで徹底抗戦するのか、なるべく有利な条件で講和や和平を目的としてその技術的手段として武力を用いるのかその辺りを確認する必要があると思うが...。」

ついこのあいだまでの、「平和」な時代、アイランズは「伴食の徒」というべき権力機構の薄汚れた底部に潜む寄生虫でしかなかったが、それが危機に臨んだとき、死滅したはずの民主主義政治家としての精神が利権政治業者の腐臭を放つ沼から力強く羽ばたいて立ち上がったのだった。そして彼の名は、半世紀の惰眠よりも半年間の覚醒によって記憶されることになる。

 

宇宙艦隊司令部に国防委員長アイランズが訪れたのは、それから数日後のことだった。

「ビュコック長官はいるか。」

「はい、ただいま。」

受け付けた事務員は、副官ファイフェル少佐に少佐に伝え、少佐がアイランズを長官の執務室へ案内する。

「長官、国防委員長がおいでです。」

同盟軍宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、先日来のアイランズの無気力と不見識を苦々しくは想っていたが、風の便りで、最近は別人のようだという話は聞いていた。ビュコックは少し驚いたが

「わかった、とおしてくれ。」

と伝える。

「委員長、わざわざお越しくださり、お疲れ様です。」

ビュコックは、立って深く一礼する。アイランズは恐縮して手を振り、頭を下げた。

「いや、長官、わたしが、愚かだった。長官やヤン提督、西住提督が再三警告していたようにフェザーン回廊からの帝国軍の侵入を許してしまったようだ。これまでの態度を許していただきたい。」

ビュコックは、半信半疑であったが問い返した。

「委員長、ここにわしをわざわざ訪れたということは、防衛の指揮をとってほしいということですかな。」

「うむ、直接的にはそういうことになるのかもしれない。なるべく有利な条件で講和に持ち込めるように軍部の協力を仰ぎたいのだ。」

「アムリッツアの軍事的冒険、救国会議の内戦で兵力は限られている状況です。厳しい戦いになりますぞ。」

「わかっている、わかっているつもりだ。とにかく帝国軍を食い止めて、なんとか講和に持ち込める条件をととのえられるよう尽力してほしい。」

「わかりました。微力をつくしましょう。」

国防委員長の後姿を見つめて、老提督はつぶやく。

「国防委員長の守護天使が勤労意欲に目覚めたらしいな。そうならないよりは、けっこうなことだて。」

「言ってはならないことですが、時々思うのです。一昨年の救国会議のクーデターが成功していたらと。あのフォークではなくグリーンヒル大将首班で。そうすれば公正な政治と国防体制の強化が効率的に実行されていたのではないかと。」

「いや、少佐、あのクーデター自体が帝国の陰謀だったではないか。わしを含め、あれを阻止できなかった時点でどうしようもなかったことに忸怩たる想いがぬぐえないのだ。それに同盟の軍事独裁政権と帝国の専制主義とが宇宙の覇権をかけて戦うとは救いようがないと思わんか。」

「たしかに...ですが、あそこまで巧妙に工作する帝国はあなどれませんな。」

「うむ。だが希望はある。国防委員長が目を覚ましてくれていい風が吹き始めている。ヤン提督と帝国軍に「栗色の髪の小娘」と呼ばれている西住中将、そしてその部下のジャケットに蝶ネクタイの女の子がいたな...。」

「エリコ・ミズキ中佐ですね。」

「そうそう。あの二人、そして神出鬼没のトータス特殊艦隊。なにを仕掛けてくるかわからない。面白いとおもわんか。」

「仕掛けさせるのでしょう?長官?」

「まあな。」

ビュコックはいたずらっぽく笑った。


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