Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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第142話 「あらゆる布石を惜しまぬ」金銀妖瞳の青年提督です。

ロイエンタール艦隊では、レンネンカンプが出撃命令を上官に何度となく上申していたが、力ずくの攻撃は無益だ、イゼルローンはいずれ放棄されると制止されていた。レンネンカンプは不満でならない。イゼルローンは重要拠点だ、持ち場を放棄するとは思えない、固守すればヤンの武名はあがるとも言い出したので、ロイエンタールは、すでに帝国軍がフェザーン回廊から侵入しており、イゼルローンの戦略的価値は失われている、迎撃する同盟軍の数が少ないのに遊兵を作る余裕はないはずだから、いずれ放棄されると反論したが、やはり納得しがたい様子だった。ミュラーが大攻勢をかけたいと個人的には思うが総司令官が否といわれる、従うのが筋だろうと、かつて自分が副官オルラウに言われたことを言い換えてレンネンカンプに告げた。

「わたしも言い過ぎたようだ、非礼は詫びる。ただイゼルローンはいつ落ちてもいい熟しきった果実のようなものだというのは承知してほしい。」

「ということは、包囲するだけにとどめますか。」

砂色の瞳と髪を持つ若い提督が問い返す。

「そうはいくまい。敵に脱出準備に専念させてやることもなかろう。」

「つまり嫌がらせの攻撃をすると...?」

「露骨に過ぎるな、その表現は。あやゆる布石を惜しまぬということにしておこうか。」

 

ロイエンタールが開始した本格的な攻撃は、ヤンをして閉口させるものだった。その猛攻に対して脱出の準備をしなければならない。実務はキャゼルヌに任せてあるものの、生活の場を奪われた民間人たちの不安や不満をおさえるためには彼自身がでていなければならなかった。「エル・ファシルの英雄」の美名は、民間人たちを安心させ、落ち着かせるのに一役かうことができたのである。

 

一方、帝国軍ロイエンタール上級大将の攻撃は苛烈をきわめ、シェーンコップ少将は、砲塔に射撃要員を回し、破損個所には工兵隊を送ってダメコンに努める。要塞のオペレーターたちも不眠不休で、過労で倒れたり、声をからしたりする者が続出した。空戦隊も同様で、ポプランがパイロットの労働組合をつくる、と言い出すほどだった、

 

アッテンボローは、要塞の砲撃を巧みに利用して、巧妙に帝国軍をトゥールハンマーの射程外にたたきだしたが、今度は帝国軍のほうが引っ張り出そうと誘いをかけてくる。

アッテンボローは敵の意図を察して味方を引き下がらせたものの、同盟軍の中級指揮官と部下たちにつきあげをくらっていた。

「もう一度、敵に一撃をくらわせたいと思っています。このように考えていますが...。」

と一応作戦案をもってヤンに願い出るが、ヤンは作戦案をながめ、それから顔にそばかすの目立つ青い髪の士官学校の後輩を一瞥をくれて、こう答える。

「う~ん、だめ。」

「だめはないでしょう。子どもの小遣いじゃあるまいし。将兵の士気にも関わります。どうか再戦の許可を願います。」

「とにかくだめ。」

借金を申し込まれた守銭奴のようだなあ、らしくない...とアッテンボローは思いつつも交渉の無益を悟って引き下がらざるを得ない。

しかし彼はあきらめない。今度は十分に作戦を熟考してヤンの執務室に再度訪れる。

「わたしに一つ考えがあります。責任はわたしがとりますから再戦の許可を願います。」

ヤンは怪訝そうな顔をした。軍国的なもしくはその種のにおいのする価値観、思考法を嫌悪する彼にとってはどうも好きになれない言い方に感じられた。それを察した副官のグリーンヒル大尉は、アッテンボローを一瞥すると軽く目を閉じるようにして、口にこぶしをあて、これまた軽く咳払いをする。アッテンボローは、自分のいいようが士官学校の先輩でもあった司令官の不快感を刺激したのだと気づき、表現法のチャンネルを切りかえて見せた。

「かなり楽をして勝てる方法を考え付きました。試させていただけませんか?」

ヤンは後輩をながめやり、視線を転じてフレデリカを一瞥してから苦笑する。

「ん。じゃあ詳しく聞こうか。」

アッテンボローが作戦を説明し、

「じゃあ、ここと、ここを変えようか。こんなふうに」

と作戦案に赤をいれる。アッテンボローは不謹慎なほど陽気な歩調でヤンの執務室を出ていく。ヤンは、一つため息をついて、くすんだ金髪の美しい副官に対してぼやいてみせる。

「あまり悪い知恵を着けないでくれよ、大尉。そうでなくても面倒なことが多いんだから。」

「はい、出すぎました。申し訳ありません。」

フレデリカの表情はあきらかに笑いをこらえているようにしか見えない。ヤンは軽くためいきをつき、この件について苦情を言うのをあきらめざるを得なかった。

 

「イゼルローン要塞より400隻ほどの輸送船団、それを警護しつつ2000隻ほどの艦艇が同盟首都方面に向かいつつあります。」

索敵士官より報告を受けたロイエンタールは、わずかに眉をよせて考え込んだ。そして参謀長に意見を尋ねる。

「どう思う?ベルゲングリューン。」

「表面的には要人または非戦闘員の離脱を企図しているように見えます。いまの状況から考えて十分に予想できる事態ではありますが...。」

「保留つきか。その理由は?」

「なにしろあのペテン師のことです。どんな罠を仕掛けていることやら。」

ロイエンタールは笑った。

「ヤン・ウェンリーもたいしたものだ。歴戦の勇者をして影に恐怖せしむか。」

「閣下!」

「怒るな。俺とてやつの詭計が怖いのだ。むざむざイゼルローンを奪われたシュトックハウゼンの後継者になるのはごめんこうむりたいからな。」

しばらくしてレンネンカンプから報告が入る。

「レンネンカンプ提督が要塞から離脱した敵を追撃したいとのことです。」

通信士官から連絡を受けると。ロイエンタールは、人の悪い笑みを浮かべた。

「そうか、じゃあ追撃してもらおう。」

「ですが、レンネンカンプ提督に大魚を釣り上げられかねませんぞ。あえて功をお譲りになりますか?」

「レンネンカンプにしてやられるようでは、ヤン・ウェンリーの知略の泉も尽きたというべきだろう。だが、いまだ水脈が途絶えたとは思えん。レンネンカンプの用兵ぶりを拝見し、やつの手腕に期待しようではないか。ベルゲングリューン。」

ベルゲングリューンは黙然と一礼した。

 

レンネンカンプはたしかに練達の指揮官であるのは間違いなかった。逃げる敵をただ追うのではなく。戦力を二分し、一方は、敵の前方に出て、他方は後背を撃つ陣形を示し、鮮やかな包囲網が完成するかに見えた。さすがのロイエンタールもスクリーンを見ながら内心で舌打ちを禁じ得なかったが、しかしそれは一瞬のことでしかなかった。

 

そのとき、ヤンの口元がかすかに動いた。


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