Girls und Kosmosflotte   作:Brahma

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暗がりで密談する男たちと数百光年、もしくは数千光年離れていた宇宙空間を、帝国領内の矯正区の刑務所から、飲んだくれた一人の囚人を乗せて一隻の駆逐艦が航行していた。


第34話 なにやらうごめいているようです。

帝国暦487年(宇宙暦796年)11月、帝国領内の矯正区の刑務所から、元自由惑星同盟軍少将だった男が呼び出され、駆逐艦は、彼を乗せて帝国首都オーディンへ向かっていった。

 

元自由惑星同盟軍少将、いまは酒に飲んだくれた帝国矯正区の公称「思想犯」のオヤジでしかないアーサー・リンチは、無精ひげをはやし、オーディンの某所、囚人を一時的に留置しておく薄暗い部屋で酒瓶をもってグラスにそそいでいた。

そこへまさしく密談をする男たちが噂をした「金髪の孺子」、アムリッツア会戦の勝利者である美しい金髪の青年とその副官の赤毛の青年が入ってくる。

「アーサー・リンチだな。」

その声は青年の蒼氷色の瞳のように冷たい響きさえ感じられる。

「あんたは...?」

「ラインハルト・フォン・ローエングラムだ。」

「へえ...あんたがね...若いな...エル・ファシルを知っているか?何年前になるかなァ...あんたそのころ子どもだったろ?おれは少将だったぜ...。」

「ラインハルト様...このような男、役に立つでしょうか....。」

赤毛の青年の声にはリンチに対しての嫌悪、憐憫両方の感情が込められていた。

「役に立たせるさ、キルヒアイス。でなければこのような男、生きる価値もない。」

「よく聞け、リンチ。何度も言わぬぞ。お前にある任務を与えてやるからそれを果たせ。成功したらお前に帝国軍少将の位をくれてやる。」

元同盟軍少将だった囚人の目にかすかな光がもどったように見えた。

「少将か...少将ね....はっはっは...。」

弱弱しい笑いであったがなぜか語尾が部屋にひびいた。

「そいつは、悪くないな。で何をすればいいんだ?」

「お前の故国に戻り、軍の不平分子を扇動しクーデターを起こさせるのだ。」

「へ...へ...む、無理だ。あんたしらふで言っているのか?そんなことできるわけ...」

リンチが言い終わる前にパサッと紙の音がする。そばのテーブルに青年の手から書類が投げ出された音だった。

「可能だ。ここに計画書がある。このとおりやれば必ず成功する。」

リンチの眼光はふたたび鈍り、その顔にはおびえが走ってゆがむ。

「しかし...潜入に失敗したら俺はきっと死ぬ...殺される...。」

そのとき金髪の美しい青年から発せられた声は鞭のように響いた。

「その時は死ね。今のお前に生きている価値があると思っているのか?お前は卑怯者だ。守るべき民間人、指揮すべき兵士をすてて逃亡した恥知らずだ。そんなになっても命が惜しいか?」

リンチは全身をわななかせた。そして、弱弱しいが、いやに語尾が明瞭なつぶやきを発した。

「そうだ...俺は卑怯者だ...いまさら汚名の晴らしようもない....それならいっそ、徹底的に卑怯に、恥知らずに生きてやるか...。」

そうつぶやいたあと、しばらく間をおいて、リンチはラインハルトに向き直った。

「よし、やろう。少将の件はまちがいないだろうな。」

リンチの目の濁りは消えようもなかったが、その目にかってのきらめき、声には鋭気のなごりがよみがえったようだった。

ラインハルトは瞳に侮蔑の光を浮かべながらも軽くうなずいた。

低い確率だが、もしうまく生き残れて帰ってこれたらその運に免じてくれてやってもよい。しかし、途中で処断されたり、引き渡しを求められたら遠慮なく敵に差し出す。一囚人ごときの身の安全を図ってやる義理も理由も金髪の青年にはないのだった。

 

さて、宇宙暦796年12月2日にイゼルローンに赴任した者たちにとって、その二週間後、一つの吉報がもたらされた。それは第14補給基地に左遷されたキャゼルヌ少将が異動でイゼルローンに赴任する人事が決まったということだった。

何度か上申書を出し、ビュコック大将やクブルスリー大将が運動してくれて、12月15日にようやくその人事が決定したのだ。その知らせを一番喜んだのはヤンと沙織だった。もちろんその理由はまったく違うものだったが。

ヤンは

「めんどうなことは全部キャゼルヌ先輩に押し付けてやれるぞ。」

と飛び上がらんばかりだったという。なにしろデスクワークが苦手で作戦以外考えたくないという彼らしい発想だった。

沙織は

「もうすぐキャゼルヌさん、オルタンスさん、シャルロットに会えるんだね。楽しみ~。キャゼルヌさんは優しくてかっこいいし、オルタンスさんも料理がすごくうまいし、話していて女子力高いな~って感じだよね。家庭はあったかいし。わたしもあんな結婚したい~。」

と感想を言うと

麻子は一言「沙織らしい。」とつぶやき、華は、

「沙織さんらしいですね。でも相手がいないと...」と苦笑し、

優花里は、「これで補給は万全で次の戦いは安心ですね。西住殿。」

とみほに話しかけ、

みほは、「うん...。」と苦笑しながらつぶやいた。

 

年が明けて宇宙暦796年2月、キャゼルヌ少将がイゼルローンに着任して間もない、黒髪の青年提督が、久しぶりに休暇で被保護者である亜麻色の少年と三次元チェスを楽しんでいた日にその知らせはあった。戦場の名将は、球体のチェス盤のなかではすっかり追い詰められていた。キャゼルヌ少将が、ヤンと三次元チェスをするたびに、「おまえさん、実戦と違ってスキだらけだな。」とあきれてつぶやいたことがあったが、そのとおりに「チェス盤」上の戦況はヤンにとって敗色濃厚になっていた。

王手(チェック)!」

亜麻色の髪の少年が叫ぶ。

「あれ?」

黒髪の青年が頭をかきながら、三次元チェスの球体の中にある駒の配置をしばらく眺めていたが、ため息をつく。

「ユリアン...。わかったよ。やれやれこれで17連敗か,,,。」

黒髪の青年は苦笑し、ため息をついて敗北を認める。

「18連敗です。」

「う~ん、もう一戦行こうか。」

「19連敗したいんですか?ぼくはかまわないですけど,,,、」

トゥルルル...

「もしもし。」

TV電話(ヴィジホン)の受話器を取ると画面には金褐色の髪とヘイゼルの瞳を持つ若く美しい女性の顔と肩までが映し出される。

「閣下、グリーンヒル大尉です。」

「で、なんだい?」

「帝国軍の戦艦が使者としてやってきました。重大な条件で、司令官にお目にかかりたいとのことです。」

「そうか、わかった。」

「銃をお忘れです。閣下。」

「いらない、いらない。」

「でも、手ぶらじゃちょっと...。」

「ユリアン、私が銃を撃ったとしてあたると思うかい?」

「それは...。」

「じゃあ持っていても仕方ない。」

「いってらっしゃい。」

「ああ、行ってくる。」

二時間後、ヤンは、イゼルローン要塞の中央会議室に幕僚たちを呼び集めることとなった。




休日を中断したヤンは迅速な決断をせまられる。

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