Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
帝国軍の野心家で若き名将ローエングラム侯が同盟軍に内紛をしかけようとしていることを予知したヤン提督は、おなじくそれを見破った西住殿にイゼルローン要塞と駐留艦隊の留守居役を任せます。そして、ご自分はビュコック司令長官と相談するために首都星ハイネセンに向かうのであります。
この時、ときどき遠い目をしてハイネセンの方向を眺めている西住殿を見かけます。後でわかったのですが、それは五十鈴殿にサンタ帽が似合うといわれた老紳士からの「ラブレター」を待っていたからだったのでありました。
ハイネセンでは、帰国した捕虜の歓迎式典とパーティが行われた。
スピーチが終わって、参加者が食事である程度腹をみたしてパーティは中だるみのような雰囲気になる。三々五々「では、これで。」という声と手を振る姿がちらほら見え始める。
「ユリアン、そろそろ抜け出すぞ。」
「はい。提督。」
ユリアンは、フロントへ行き、
「この番号の荷物お願いします。」
と番号札と引き換えに荷物を受け取り、ヤンはトイレで礼服を私服に着替えて二人は人知れず会場となったホテルを出ていった。
コートウェル公園の入り口に、ミハイロフという料理人が屋台を開いている。公園のあちらこちらのベンチには料理を受け取った恋人たち、一人で食べている労働者、背広にワイシャツのサラリーマン、OLもいる。老人と青年と少年という取り合わせは意外に珍しいはずだが、いそがしいミハイロフは気に留めている余裕はないようだった。
三人連れは、白身魚のフライ、フライドポテト、キッシュパイ、ミルクティーを注文して受け取ると少し寂しい場所のベンチに陣取る。
「やれやれ、こんなふうに人目を避けて話さねばならんとは、不便なことだな。」
「わたしは結構楽しみましたよ。士官学校時代に、門限破りに無い知恵をしぼったことを思い出します。」
「さて、ここならだれにも知られることはないだろう。本題に移るか。」
「そうですね。実は、この国で近いうちにクーデターが起こる可能性があります。」
「クーデター、じゃと?」
老提督は驚いて聞き返す。
「ええ。」
「いま帝国では皇帝がなくなり、幼帝を宰相のリヒテンラーデ公、そして宇宙艦隊司令長官のローエングラム侯が支える形になっています。」
「ふむ。」
「しかし、ブランシュバイク公の娘とリッテンハイム侯の娘にも皇位継承権があり、大貴族は摂政として権力を握りたかったのにそれがかなわなくなり、不満が鬱積しているはずです。
そこで両者はそれほど時間をおかずに軍事衝突を起こすことになるでしょう。その場合同盟に介入されたら、さすがのローエングラム侯も二正面作戦を強いられ彼にとって最悪な事態もありうることになります。だからそれを防ぐために自分の手をわずらわせず、巧妙にクーデターを仕掛けるわけです。」
「なるほど。しごく合理的だ。彼にとっては手を打っておきたいところだろう。だがクーデターが成功すると本気でローエングラム侯は考えているのだろうか?」
「必ずしも成功しなくてもよいのです。同盟内部が分裂して、対立が生じ、一体的に動けなくなればよいのですから。それも期限付きで。」
「なるほど...。」
ビュコックは空の紙コップをつぶした。
「ただ、クーデターを使嗾するにあたっては、成功すると信じさせる必要があります。緻密でしかも一見実現可能そうな計画を立案してみせるでしょう。」
「ふむ...。」
「この場合、最も効率的な手段は、首都を内部から制圧し、権力者を人質にすることです。しかし、権力の中枢は武力の中枢でもあるわけで、強大で組織化された武力が作動すればたちまち鎮圧されるでしょう。そこで地方で大規模な反乱を連鎖的に起こさせ、その反乱と首都における権力中枢の奪取を有機的に結合させる形になるはずです。」
「なるほど。首都の兵力を分散させるために地方で反乱を起こさせ、鎮圧のために首都の兵力が動けば、必然的に首都の守りは手薄にならざるを得ない。そこをクーデター勢力の本体がおさえるというわけか。」
「先ほども申し上げましたが、ローエングラム侯にとってはクーデターが成功しなくてもいいのです。彼が貴族連合を鎮定する間、同盟が分裂して混乱をきたし、帝国内へ介入さえしてこなければ目的は達成されるというわけです。」
「やっかいなことを考えたものだな。」
「やるほうにとっては、ですね。しかし、やらせるほうは対して労力を要するわけではありません。」
「だれが、クーデターに加担するか、まではどうかね。」
「長官。さすがに、それは無理な相談というものです。西住中将もわからないから、よく長官と相談してください、と言ってましたし。」
みほの名前がでて、ビュコックはかすかに笑みを浮かべる。
(そうか、あの娘ただものではないな。)
「そうか。それでわしは、近く発生するであろうクーデターを未然に防がねばならん、ということだな。」
「発生すれば、大規模な兵力の動因と鎮定までの時間がかかるうえに傷も残ります。ですが未然に防げれば憲兵の一個中隊でことはすみますから。」
「なるほど...責任重大だな。」
「それと、もう一つお願いがあります。」
「うん?」
ヤンは老提督の耳元に小声でささやく。
「巧妙に行われて、気が付いた時には中枢を押さえられていた、ということがありえます。そこで、叛乱鎮定の命令書をあらかじめいただいておきたいのです。ことが起こった時にこちらの出兵の法的根拠、正当性の裏付けがないと、叛乱に対して私兵をもって叛乱を起こしているだけになってしまい、クーデター勢力の実効支配に正当性を許すことになりますから。」
「よろしい、わかった。あの娘にも伝えてやってくれ。元気なのはよくわかった。「ラブレター」は必ず送るから安心するように。」
ビュコックはちゃめっ気のある表情で一瞬にやりとほほえむとヤンに向き直って、
「貴官がハイネセンを離れるまでに必ず届けさせよう。それにしても...そんなもの役にたたんにこしたことはないが。」
「まったくです。ことがことだけにうかつに他人に話せないので。」
「さあてと...。」
ベンチから老人と青年は立ち上がる。
「それじゃ別々に帰るとするか。気をつけてな。」
老提督は後ろを向いて手をふり、ヤンもそれに応じる。
ヤンとユリアンは近くの無人タクシーの乗り場まで歩いていく。
「提督。」
「なんだい?」
「クーデターを計画している連中は人目を避けていまごろどこかで密談しているのでしょうか?」
「そうだな。少なくとも我々よりは深刻そうな顔をして密談しているだろうね。もしかしたら我々よりいいものを食べているかもしれないぞ。」
ヤンは面白そうに口元をほころばせる。しかしその目は笑っていなかった。
そうそう、この時期、みぽりんがね、ビュコックさんからの「ラブレター」を待っていたの。わたし、本物のラブレターかと思っちゃったら、ゆかりんに笑われちゃった。みぽりんもヤン提督もすごいよね。ふたりとも普段はどこかにつまずいたり、どこか抜けてるのに。