Girls und Kosmosflotte 作:Brahma
フェザーン自治領主府のロビーである。
「あ、ぬかしたぞ。」
「なんだ、あの坊主は?」
「はいっていったな。」
フード付きの黒く長い「法衣」を着た男が秘書の呼び出しを受け、のそのそと自治領主の執務室へ入っていった。
自治領主の執務室に入ると、男はフードを脱いでみせる。
なあから現れた顔は、三十になるかならないかの印象であったが、禁欲的な生活と栄養の偏りを物語るような肉付きも血色も良くない顔であった。髪は黒く手入れされず少々べたついた感じであり、眼光は理性と信念のアンバランス差を印象付ける、何かの熱気にうなされたような、多くの宗教者にみられる何かを知っていることを誇るような不快感をさそうものであった。
「主教猊下、どうぞおかけください。」
自治領主は、高僧に対する敬称を使い、一見恭謙の意を表す態度で相手に接する。
司教と呼ばれた男は、離接には無関心な様子で進められた椅子にどっかと腰かけ
「昨日そなたが言ったことは真実か?」
「さようで。経済的な援助と協力の比重を帝国に対してより重くします。急激にではありませんが。」
「すると、帝国と同盟との勢力の均衡がくずれよう。それをどう利用するというのか?」
「ですから、ラインハルト・フォン・ローエングラム公に銀河を統一させ、しかるのちに彼を抹殺し、その遺産を手中に収める。それでよくはありませんか?」
「うまい考えではあるが、あの金髪の孺子は、それほど甘くないし、オーベルシュタインという曲者もついておる。そうやすやすとこちらの思惑になるとは思えぬが。」
「なかなか情勢に通じておられますな。しかし、ローエングラム公、オーベルシュタインも全知全能ではありませぬ。もしそうであれば先だってのリップシュタット戦役でキルヒアイス提督を喪うこともなかったでしょう。」
「権力にしろ、機能にしろ集中すれば集中するほど小さな部分を制することによって全体を制することができますからな。来るべき新王朝においてローエンエングラム公、皇帝ラインハルト一人を殪し、帝国という組織の神経回路の中枢を抑えれば全宇宙の支配に直結するという次第で...。」
「しかし、同盟の権力者どもが汝らフェザーンの富力によって首筋を抑えられているし、元首のトリューニヒトはわが教徒たちがかくまった。銀河帝国に加担するのはよいが、せっかくの同盟の手駒を喪うことになりはせぬか?汝らの用語でいえば「投資が無駄になる。」、そうならないのか?」
「主教猊下、同盟の手駒は、同盟を内部から崩壊させる腐食剤として使えます。およそ国内が強固であるのに外敵の攻撃だけでほろんだ国家はありませんからな。内部の腐敗が外部の脅威を増大させるのです。」
「フェザーンも自治領を称しているが事実上は国家だ。同盟のように頂上や内部から腐敗がすすんではおるまいな。」
「これはこれは手厳しい。為政者の責任、肝に銘じておきましょう。ところで堅い話はこれくらいにして、饗宴の用意がしてありますので...。」
「いや、遠慮しておく。」
主教が自治領主の誘いをすげなく謝絶して出ていくと、入れ替わりに青年が自治領主を呼びかける声がした。
「補佐官か。入れ。」
「失礼いたします。」
一人の青年が自治領主の執務室にはいってきた。細面の端正な顔つきで眼光が鋭い。ルビンスキーが、前任のボルテックを帝国内の工作に従事させる代わりに昨年秋に任命した補佐官でその名はルパート・ケッセルリンクといった。
「主教のおもりもたいへんでございましょう。閣下。」
「まったくだ。狂信的な教条主義者というやつは冬眠から覚めた熊よりもあつかいにくい。いったい何が楽しみで生きているのやら...。」
「何千年も前のことだが、キリスト教はローマ帝国の最高権力者を宗教的に籠絡することで、帝国そのものをのっとることに成功したのだ。それ以来表面上はキリスト教国を称してどれほど悪辣に他の民族、他の宗教を弾圧し、滅ぼしていったか。そしてその結果、ひとつの帝国どころか文明を支配するに至った。これほど効率的な侵略、支配、実験の掌握は類を見ない。それを再現させてやるというのに帝国と同盟を共倒れさせるという当初の計画に固執しおって...。」
ルパートは、自治領主のぼやきをききながらほくそ笑んだ。彼は地球教内部で、時間跳躍技術を開発した「ワルフ仮面」や「エリオット王子」の徒党と組んでいる。あなたが何を目指しているのかは知らないが、いずれとってかわってやると野心の牙を研いでいる。
ルビンスキーは、地球が巡礼地になるのは構わないが、祭政一致の神権国家で狂信者の総大司教が君臨して、「神聖不可侵の教皇」となり絶大な権力をふるうおぞましい未来図を許すつもりはなかった。面従腹背で望み、そうなる前に帝国の武力で壊滅させるつもりである。そのことによりフェザーンは地球のくびきを逃れ真の意味の商業国家となることができる。それまで慎重に事を運ばなければならなかった。ルパートもそのことは理解していた。問題はどこまで協力し、どの時点で母を見殺しにしたこの男にとって代わるかであった。
ルパートの仕事は、救国会議のクーデターが失敗した後の同盟に対する工作であった。
ルパートは、ヘンスローという男の邸宅へ地上車を乗り付ける。この男は、自由惑星同盟から対フェザーン外交の現地責任者として派遣されている弁務官であった。また対帝国スパイ網構築の責任者という裏の役割もあったが、政権交代のたびに論功行賞人事の一環として外交手腕の乏しい財界人や政治屋が名士としての箔をつけるための名誉職と化していた。ヘンスローは、名門企業の創業者の息子であったが、能力と人望の欠如から態よく配所されたといわれるような人物であった。
「我が自治領が買い求めた貴国の国債で償還期限を過ぎたものが総額約5000億ディナールに達します。本来ただちに償還をお願いすべきなのですが...。」
「一度にはとても...。」
「そうでしょう。失礼な物言いながら貴国の財政能力を超えてますからな。我が自治領が取り立てを控えているのは、貴国に対する友情と信頼の証明と考えていただきたい。」
「感謝に堪えません。」
「しかし、それも貴国が安定した民主国家である限りにおいては、です。」
「と...おっしゃるのは...?」
「昨年のようなクーデター騒ぎのようなことがあっては困るということです。あのままクーデターが成功していれば、わがフェザーンの投下した資本は国家社会主義の名のもとに接収されていたのは確実でしょう。実際、国立銀行と新通貨発行を行って、債権踏み倒しを行おうとしたのですから。企業活動の自由と私有財産の保護こそ我がフェザーンの存続にとって必要不可欠であり、貴国にそれを否定するような政体の変革を行われては迷惑です。」
フェザーン自治領主の若き補佐官は自分よりも十もしくは父親ほど年の差があるやもしれぬ弁務官をじわじわと追い詰めていた。