家族的アパート『セラフ』へようこそ。 作:コンソメパンチップス
今回真面目パートです。
真面目でもヘタクソだけどね。へへへ。
今回恋愛メインですかね。
ONE OK ROCKの『カゲロウ』でもかけてみてください。
てか今回相当遅い迎春っつーな。
まあ気軽に見てください。
少々長いのでお時間ない場合は注意してください。
では、どぞ。
これは、とあるお話。
新しく新年を迎える者たちの、小さな物語。
小綺麗にライトアップされた街の光。
田舎の住民は汚く見えるとは言うけれど、好みは人それぞれ。
寧ろシノア的には好きの部類に入るだろう。
適度な雪の加減や、混雑もなく進めるゆったりとした歩道の幅。
静かな空間が好きなシノアにとってはなおさら最高の大晦日だった。
そんな大晦日の寒い夜に、シノアがわざわざ外出する理由。
それはもちろん、これから『セラフ』の住民と新年を神社で迎えるため。
あの神社は屋台や除夜の鐘など、大晦日にぴったりの物が勢揃いのため、新年を迎えるには絶好のスポットなのだ。
世界遺産登録、とまではいかないが、観光名所程度の評価はあってもおかしくは無いくらいの綺麗な建物もある。
家族と殆ど絡んだことのないシノアには、『みんな』と、新年を迎えられる、と聞いただけで心が弾み出すほどの期待と嬉しさが溢れていた。
「はぁぁ…楽しみですね…」
周りの目など気にせず、歩道を歩きながら独り言を繰り返す。
できればこの道中も誰かと一緒に歩きたかったものだが、やはり『家族的』とは言ってもアパートはアパート。
それぞれに都合があるのだから、無理なわがままはできない。
シノアが吐く息一つ一つが、周りの空気で白く染められる。
マフラーやコートを着ていても、冬の寒さはすり抜けるように伝わってくる。
ただ、そんな寒さも忘れるほど、何故かシノアはポカポカと暖かい気持ちだった。
実を言うと、アパート全員と新年を迎えるのは今日で3回目なのだ。
正直もう慣れてもいい頃のはずだろうが、なぜか今年は更に期待が膨らんでいる。
やることは全く例年と変わらないはずなのに。
ただ鐘を鳴らして、屋台道をブラブラ歩き回って、あとは新年を迎えるだけなのに。
それなのに何故か、シノアの愉悦は収まりを知らない。
妙なものだった。
何も変わらない一日。
全てが同じ過ごし方。
三回も経験すれば、飽きも来るはず。
なのに、それなのに。
どうして…?
シノアが自分自身に問いただす。
しかし自分は答えを知らない。
答えどころか、例年の記憶すらあやふやだ。
何度も何度もヒントや記憶を探っていく中、シノアはハッ、と目を見開き、一瞬立ち止まる。
優さんだ。
記憶に眠っていた、例年との唯一の違い。
かろうじて残っていた一つの相違点。
そう、優だった。
優と過ごす大晦日は、これが初めてとなるのだ。
そして当然、優と新年を迎えるのもこれが初体験。
優はどんな気持ちなのだろう。
どんな服装で来るのだろう。
小さいけれども、そういった感情が積もってシノアの気持ちを山のように高くあげているのだ。
そう、新メンバーの優が加わった、『新しいみんな』で過ごす12月31日だから。
と、シノアは自分自身で答えを言い聞かせるように出した。
自らの頬が、赤く火照っていたとも知らずに。
シノアが神社についた頃には、既に赤い鳥居のあたりに三葉が待機していた。
それに気づいたシノアは、よかった、と少し安心する。
これは毎年のことなのだが、三葉が誰かに悪い意味で目をつけられていないか妙に心配してしまうのだ。
男勝りなところがあるとは言え、三葉も紛れのない女子。
ましてや周りからはちやほやされそうな美貌を有している。
いつ変な男に襲われてもおかしくないような存在であるのだ。
勿論、シノアは直接その事を三葉に言ったりはしないが。
なぜなら、心配しても結局『余計なお世話だ』と怒鳴られるだけ。
変に女子扱いされるのも嫌なのだろう。
無論、シノアが一度柄にもなくその事を言ったら、三葉に案の定、
「お前の方が心配だ」
と返される始末。
確かに明らかに力や性格は三葉の方が強靱ではあるが。
その上、君月には笑われ、与一には体調を心配される事態。
二度とあんなことは言わない、とシノアは密かに決心した。
とはいえ、そんなことは過去の話。
とりあえず今日を楽しめばいい、とシノアは過去を振り返らず三葉の元へ走っていった。
「みっちゃん、お待たせしました!」
走る動作に含めて、手を振りながら三葉の愛称を呼ぶ。
その声に気づいた三葉は、ここだとばかりに手を振り返した。
「ふぅ、ちゃーんと待っててくれましたね」
わかっていたことを知らなかったように口に出す。
「私は優じゃないぞ」
三葉は見くびられたかと少しムッとする。
シノアが冗談ですよ、とスピードを少しずつ落としながら話そうとした、その時。
「あ、そこ気をつけろ」
三葉が何かを警告した。
「へ?」
何も知らないシノアはポカンと疑問を浮かべる。
すると。
ズルッ、とシノアの靴が水平方向に滑った。
「へ?」
さっきと同じイントネーションと声質で発生する。
しかし今は明らかに身の危険を感じていた。
「おっと」
三葉が転びかけるシノアの腕を掴む。
そのお陰でかろうじてシノアはバランスを保った。
「あ、危ない…」
緊張が続いたような、緩んだような、どちらとも言えない声でとりあえず安堵の声を漏らす。
今年一年の締めを『転倒』で終わらせるところだった。
「なぜかその辺りが綺麗に凍ってるんだ。私も転びかけたけど、何とか体勢はキープできた」
三葉が実体験を交えながら開設を明確に話す。
足元の危険とは、なかなか恐ろしいものだ。
「ありがとうございます、みっちゃん。危うく転倒する新年を迎えるところでした」
シノアがふぅ、と安心したような息をついた。
その息も、霧のように色を繕っていく。
「そんなことで一年が崩れるわけないだろ」
三葉がハハハ、と笑って返した。
本当にこの話し方を聞いていると、男の人と話している感覚になる。
当然、声質や高さは全然違うのだが。
「でもこれ…うまく活用できるかもしれませんね」
シノアがふと何かを思いついた。
そして、少し三葉の方に寄る。
「なんだ…?」
三葉が問いかけるも、シノアは無視してその場に待機するだけ。
顔がにやけ、口からフフフフフ、と悪魔のような笑い声が文字のように見えてきた。
すると、そのすぐ直後にシノアと三葉の名を呼ぶ声がする。
「すいませーん!待たせてしまいました!」
明るくて、まだ幼さの感じられる声。
間違いなく与一の声だった。
「おーい!」
女子二人に呼び聞かせながら、その方向へ走っていく。
その後ろには君月の姿があった。
どうやらいつものように同伴できたらしい。
「こっちでーす!」
シノアが手を振った。
顔は優しく笑っているが、眉間にはうっすらとだが陰がかかっている。
確実に、何かしら悪事を考えている顔だった。
氷を活用。
不敵な笑み。
間違いない、と三葉は確信した。
その確信通り。
ズルッと、与一の靴が大きく滑った。
「えっ」
疑問の形にすらする暇もないまま、後ろに上体が倒れ込む。
そのまま地面へ、と思われたが。
「おまっ…」
君月にHITした。
君月も足元の氷に接触し、後ろに倒れ込む。
体は後ろへ。
足は前へ。
そのままの位置で、君月を土台に二人が転倒した。
「わっ!?」
「おわっ!?」
二人の声が重なった。
ドシーンと痛々しい音を鳴らしながら、凍結した道路に倒れ込む。
「わっ…君月くん、ありがとう!」
何とか氷面に接触せずに済んだ与一が君月にお礼を述べる。
当の君月は強く打ちつけた背中を抑えた。
「いや、別にそういう訳じゃ…」
「ありがとう!ごめんね!そしてさようなら!君月くん!」
「いや勝手に殺すな」
君月の話など聞かず、与一はお経まで唱え始めた。
同時にシノアがグッと親指を三葉に立てる。
「やりましたね、みっちゃん」
「私を共犯にするな」
「やってやりましたぜ、ボス」
「主従関係を生めとは言ってない」
三葉がシノアの頭を鋭くチョップした。
いたっ、とシノアが痛覚に耐える声を漏らす。
与一と君月も、お互いため息をつきながらその場に上体を起こした。
「やれやれ…これで全員か?」
君月が腰を抑えながら立ち上がる。
強く打ってしまったらしく、サスサスと腰を撫でていた。
それはまるでどこかの老婆のように見えて、思わず三葉は吹き出しそうになる。
危うく共犯と自ら疑われかけた。
「君月さん、優さんの存在を忘れてますよ」
シノアがニヤー、とにやけ顔で言葉を返した。
どうやら、作戦が成功した優越感にまだ浸っているらしい。
「そうか、あいついたんだっけ」
君月は特に憤りもなく普通にシノアの言葉に返答した。
恐らく、シノアの犯行であることには全く気づいて無いのだろう。
「今年初めてだからねー。優くんは」
与一が何事もなかったように笑いながら会話に入ってくる。
凍結した路面も恐ろしいが、シノアの完全犯罪の効果も恐ろしい。
この二人がほとんど気にしていないのもある意味恐ろしいが。
そして、この二人がターゲットとして狙われた以上、一番遅いあの少年も目標として捕捉されるのだろう。
人間の執着心というのは侮れないものだ。
一度成功したことを何度も続けようとする執着心。
利点もあれば欠点もある、なかなか調整の難しい感情だ。
実際、失敗をすれば飽きられたように捨てられる。
まだ可能性を秘めていたとしても。
逆に、何度も上手くいくものはいつまでも愛される。
効果が無くなればすぐまた捨てられるのだが。
人間の好き嫌いや向き不向きというのも、同じ人間からしてもよくよく考えればなかなか恐ろしい。
だからこそ、『もったいない精神』を持つことは難しい。
人々の感情は、ボタンやレバーで精密に動かないのだから。
必ず、故障という『飽き』も、すぐやってくる。
「みんなー!わりぃ待たせたー!」
そうこうしている間に、優が向こう側から走ってきた。
シノアたちの前に、鮮度抜群のよく滑る氷があるとも知らずに。
「優さーん、こっちですよー」
棒読みの下手な演技を優に演じる。
普段はあまり感情を表に出さないシノアでも、本性を一度表せばしばらく消えることはない。
「今行く!」
それに気づけないただの『鈍感』男。
どう見ても悪意しか見えない憎悪の塊のようなシノアを目撃しても、何の抵抗もなく近づいてくる。
そして、ついにカウントダウンが始まる。
新年……ではなく、優が氷に到達するまでのだが。
氷まで、
残り、5m。
4m。
3m。
2m。
1m。
0m。
優の足が、氷に到達した。
「うおっ!?」
案の定、優の足は氷に沿ってスケートのように滑り出す。
しかし、今回は…
後ろに。
「えっ」
「わっ」
「おいっ」
「ちょっ」
優が、四人に向かって前倒しのまま突っ込んでいく。
四人も予想だにしなかった、優のタックルパターン。
計画していたシノアでさえ、このパターンには呆気にとられた。
「……えっ…」
優が苦笑いしてシノアたちに勢いよく接近する。
その距離は確実に縮まり…
接触した。
「うわぁ!?」
「きゃっ!?」
「ぐはっ!?」
五人が同時に雪の上に倒れ込む。
たった一人、不幸な男を土台にして。
「痛いですよ優さん…」
「優くん…ひどいよ…」
「別にわざとじゃねーよ!?」
「俺はまた下敷きか」
「下敷きみたいなもんだろ、存在そのものが」
「あぁ!?誰がコケたせいだと思ってんだ!?」
「うわっ…優!君月!暴れるな!」
「いたたた…痛いよ君月くん!」
「ゆ、優さん!変なところ触らないでください!」
「は!?俺は君月しか触ってねーよ!?」
「今俺の名前とその『触る』とかいうワードを使うな!誤解を招く!」
「優さん優さん!そこスカートの中です!」
「え!?俺はホントに違…うわっごめんシノア!」
「え!?優くんホントだったの!?」
「優…女子に手を出すとは…」
「いや、与一と三葉!これは事故で…」
「うわぁぁぁ!優さんのバカぁぁ!」
「シノア!俺の上でジタバタすんな!」
「わわわわわわわ…」
「ちょっ…みんな落ち着いて!」
全員が倒れたままで、なかなか起きあがることができない。
ギャーギャー、と人の目も気にせず大声で叫び続ける。
近くを通りかかった老婆に、『微笑ましいねぇ』とにこやかに見られたのは、また別の話。
新年まであと二時間を経過したところ。
除夜の鐘を鳴らす人の行列も、少しずつ増えてきた。
現在優たちは、そんな行列の前から三番目に立つ。
彼ら自体結構早めに神社に集合していたため、特に混雑することなく鐘を鳴らす順番に並ぶことができた。
実の優たちはというと。
「ごめんってシノア…」
妙に重々しい空気が漂っていた。
シノアが無言で顔を逸らし、優はひたすら謝り続ける。
どうやら先程起こった事故をシノアはまだ引きずっているらしい。
「ホントありえませんよ優さん…女子への変態行為に走るなんて…」
シノアが赤くリンゴのように赤面しながら本人の優に愚痴をこぼす。
本気で怒っている、というわけではないが、かなりそれ相応のショックは感じているようだ。
「次やったら絶対許しません。あと、十万はしっかり払ってもらいますよ」
「十万!?マジかよ…アルバイトでもギリギリだ」
「ちなみに利子と消費税は込みです」
「ちょっと銀行行ってきます」
勝手に決められたことだというのに、優はあっさり銀行に向かい出す。
折角並んでいたのにどこに行く、と三葉に捕まったが。
「はぁ…こんなことになるならあんな事しなければ良かったです…」
シノアが自分の悪行にようやく後悔する。
かなり今更だが、元はと言えばシノアの考えた策略が原因だったのだ。
「お前…その事はもういいだろ。煩悩と共に忘れろよ」
「君月さんに女子の何がわかるんですか!家事ができるからって女子力高いアピールはしないで下さい!」
「女子力アピールする男なんてよっぽどのバカかただのオカマくらいだ」
君月のフォローも虚しく、今のシノアには何の慰めの言葉も通用しない。
ここまで引きずるのもなかなか過剰意識であると言える。
「あ、順番だよ」
与一の声と同時に、ついに優たちの番がやってきた。
優たちの目の前に、ずっしりとした、歴史を感じさせる鐘が近づいた。
先程君月が述べたとおり、除夜の鐘は人の煩悩を新年に向けて祓うことを目的とした鐘である。
人間には108の煩悩が存在しており、それらを鐘で鳴らすことで怒りや欲望、執着心を消し去って、爽やかに元旦を迎えられる、というわけなのだ。
勿論五人それぞれに忘れたいことはいくつかあるのだろう。
さっき起こったことを忘却したい、と望む者もいれば、今年一年苦しかなかったな、と全てを忘れ去りたい者もいる。
十人十色。人数合わせれば五人五色。
誰もが同じ事を忘れたいとは限らない。
一人一人の忘れたいことには、個性があって分かりやすいものだ。
「じゃあ、かけ声合わせるぞ」
三葉が他四人に声をかけた。
全員が木の棒をくくりつけた紐を掴むと、鐘と反対側に勢いよく引く。
これ以上は引けないと言う位置まで。
「いっせーのーでっ!」
そして五人が息ぴったりに声を重ね、思い切り鐘に木の棒をぶつけた。
グワァァン、と今日一番に大きな音が鳴り響く。
予想以上に大きな音に、群衆が一瞬どよめいた。
すると。
パンッ、と、息のあった手を鳴らす音が二つ響きわたる。
「!」
君月がそれに気づき、隣を振り返る。
それに合わせて、与一と三葉も視線をその方向へ向けた。
「…?」
三葉が不審そうに隣の二人の顔を覗く。
優とシノアが、手を合わせて何かを祈っていた。
その顔はどこか期待に膨らみ、どこか不安に満ちている。
「何をしてるんだ?優たちは」
三葉は与一と君月の方に顔を向け、状況を問いかけた。
そんな間でも、優とシノアは何かを祈り続ける。
煩悩を忘れる日に、延々と手を合わせるあたり、とにかく忘れたいことがあるのは目に見えているが。
「…どうしたんだろう?」
与一が苦笑いしながら優たちをもう一度見る。
やはりその顔からは心情は伺えない。
「どうでもいいだろ。どうせさっきのこと引きずってんだろ」
「あぁ…なるほど…」
君月の面倒そうな推測に、察したように与一が頷いた。
優とシノアは未だ無言ではあるが、図星に見えなくもない。
というより、ほぼ的中はしていた。
「こいつら置いて、さっさと屋台いこうぜ。このままじゃキリねえよ」
いつまでたっても二人は動かない。
君月が限界とばかりに歩きだした。
「そうだね。怒られるのは嫌だし」
与一も同意して君月の後に続く。
三葉も言葉こそ発しはしなかったが、さすがに長すぎると見て二人に従った。
三人がいなくなっても、なかなか二人は動こうとしない。
ついには群衆から遅いと野次が飛んできた。
それに耐えきれなくなったのか、住職が二人に近づく。
「あの…お二人共、何かを忘れたい気持ちはわかるけど…」
「ああああ!もう!忘れるのって難しすぎだろ!」
優が話しかけた住職を無視して大声で叫んだ。
その声に驚き、住職は一瞬たじろぐ。
シノアは未だ動く様子が見えなかった。
すると突然、優がお坊さんに顔を向ける。
「あの!お坊さん!」
「は、はい?」
人を無視しておきながら、半ばやけくそに住職に話しかけた。
住職は訳がわからず混乱しながら、とりあえず返事だけをする。
しかし優は忘れられないストレスのせいか、顔がかなり強ばっていた。
住職は髪のない頭から冷や汗が垂れる。
そして、優がようやく口を開いた。
「俺を鐘の代わりにしてください」
「…は?」
住職と言えど、当然の反応だった。
五人が二人と三人に分かれて、少し時間がたった頃。
結局住職に叱られた優とシノアは、どんどん賑やかになっていく屋台の道をゆっくり歩いていた。
今日はいつも以上に月がよく見えて、優たちのいる神社にも綺麗に光を反射している。
毎年恒例とはいえ、やはり来てみればおもしろみがあるものだ。
「優さん、次は何を食べたいですか?」
シノアが共に歩く優に問いかけた。
もうどうやら三人を探すのは諦めたらしい。
「俺?んー…何でもいいけど、今はとにかく遊んでみたい」
優が一瞬考える素振りをしてから、手の位置を変えて銃を撃つ真似をした。
どうやら射的を表しているらしい。
なかなか分かりやすいハンドサインだ。
「じゃあ…あれやってみます?」
シノアがニヤッと笑って何かを指さした。
優はその方向をみた瞬間、おぉ、と少し嬉しそうに顔を緩ませる。
赤い魚。弱々しい網。元気な屋台爺。
そう、金魚すくいだ。
「へぇ…懐かしいな」
優の顔を見ている限り、かなり期待度が高いのだろう。
シノアも無意識に心が暖かくなった。
「へい、らっしゃい!」
案の定いい年こいた屋台爺が楽しそうに挨拶してきた。
金魚の量はなかなか多く、これなら初心者でも簡単に捕ることが出来そうだ。
「おじさん、一回お願い」
優が屋台爺に一ゲーム頼んだ。
看板に書かれてるとおり、二人分で200円を渡す。
一回100円とは結構金銭的においしいものだ。
「あいよっ。それじゃあ網は一人三つ。何匹取れるかな?」
無駄にノリノリな屋台爺。
老後が心配になってくる性格だ。
「優さん、ゲームということは、もちろん罰ゲーム、ですよね?」
シノアがニヤーッと悪意に満ちた笑みを見せた。
先程のにやけ顔も、結局そういう意味だったのだ。
「マジかよ…絶対無理なものは買わせるなよ」
優が苦笑いしながら返答した。
粗方予測はしていただろうが。
「わかってますって!じゃあ、向かいのたこ焼き屋で一パック奢りってことで」
シノアがいつになく張り切っている。
たこ焼き争奪戦。
思った以上に低出費で助かるな、と優は内心密かに感じた。
二人が片手に一つ網を構え、もう一方に器を持つ。
そして…
「それじゃあ、スタート!」
シノアのかけ声と共に、二人の手が動いた。
まずはお互い一匹目を狙う。
優がめがけたのは黒いデメキン。
狙った理由は単にレアっぽいから。
優らしい、素朴で単純な理由である。
洞察力と瞬発力を存分に使い、デメキンに全力で網を近づけた。
ただ、悪魔で『全力』。
水に入れた瞬間、一瞬で網が破れた。
「えっ!?」
思えば優は、金魚すくいをやるのは数年前以来。
少なくとも、小学生以下であったことは確かだ。
「兄ちゃん、少し力みすぎだぞ」
「う、うっさい!」
屋台爺からのよけいなちょっかい。
これもまた、金魚すくいの定番と言えるだろう。
「もっとゆっくり…ゆっくり…」
優が慎重にそーっと水の中に網を入れる。
しかし、余りに遅すぎて逆に金魚に逃げられた。
「くっそ…難しいなこれ…」
優が悔しそうに弱音を漏らす。
そして、ふとシノアの様子を見てみた。
そのシノアは。
「よっと」
ポチャンと器に金魚の二匹目を入れていた。
まだ網は一つも破れていない。
「なっ!おまえ凄いな」
優が素の声で驚愕する。
それを聞いたシノアは、ニヤッと再び不適な笑みを浮かべた。
「ふふふ…この天才シノアちゃんに出来ないことはありません」
挙げ句の果てには自慢げに器を優にちらつかせて言葉を言い放った。
中の金魚が踊るように器の中を泳ぐ。
「お、俺だって!」
優が焦って網を水に突っ込んだ。
かろうじて網は破れなかったが、金魚はひらりと網をかわす。
「ふふふ…勝負ありですね」
シノアはすでに勝利を確信していた。
というより、誰から見ても決着は目に見えているが。
「くぅ…あ!こいつノロマだ!」
優が動きの遅い金魚を狙いにいった。
動きが遅いのは弱っているからに決まっているが、そこを理解しない優は容赦なく網を近づける。
もう少しで金魚に届きかけた、その時。
ピタッと優とシノアの手が接触した。
シノアがその感触に気づき、視線をその方向に向ける。
確かに、優と手がぶつかっていた。
「ふぇ!?」
シノアの手から、優の熱が伝わる。
シノアの体温はどんどん上がっていき、顔が沸騰したように赤くなった。
状況を理解し、慌てて勢いよく手を離す。
それと同時に網が破けた。
しかし、そんなことはシノアにはどうでもいい。
ただ、手がぶつかっただけ。
シノアは、ただそれだけでここまで意識してしまった。
ふと、優に顔を向ける。
どうやら二枚目も破れたらしく、悔しそうに苦い顔をしていた。
…全く気にしていなかった。
シノアはほっとしたような、残念なような、妙な気分に陥る。
自分だけ意識していた、という事実を知ると、ますます恥ずかしくなり顔が赤面していった。
すると。
「シノア」
優が突然話しかけてきた。
「ふぁ、ふぁい!」
シノアは驚きのあまり思わず二枚目の網を水に落とす。
網は切なく水中で破れていった。
「網全部破れちゃった…ハハハ。俺負けたし、今たこ焼き買ってくるわ」
優が器をシノアに見せてきた。
確かに一匹も金魚は入っていない。
網も一つも余っていない。
優は屋台爺に器を返そうと、すぐに立ち上がる。
その時のシノアは、妙な気分だった。
勝ったのは嬉しい。
けど、何となく寂しい気分。
何となく悲しい気分。
優に対してシノアは、何故か申し訳ない気持ちが出てきてしまった。
そして、もう一つの気持ち。
優と離れたくない、という気持ち。
知らないうちに芽生えていた感情が、心の中で溢れててくる。
そして、シノアが気づいた時には。
優の器を返す腕の袖を、掴んでいた。
「シノア?」
優がキョトンとしてシノアの名を呼ぶ。
それでもシノアは無言のまま、優の器を手に取った。
そして、残り一個の網を使って、自分の器から金魚を一匹すくい出す。
金魚が網の上で跳ねたせいで、網に亀裂が入っていく。
しかし。
破れると同時に、優の器の中に、金魚が入った。
「これで…引き分けです」
シノアが俯いたまま、静かに優に告げた。
優は少し驚きながら、シノアの顔を見る。
顔は真っ赤に染まって、暖かい熱を帯びていた。
「二人で…食べませんか?」
小さくシノアが言った、一文。
月が南中した、午後11時。
シノアと優の距離が、ほんの少し近づいた。
たこ焼きを二人で買った優とシノアは、神社の階段で隣り合わせに座っていた。
ホカホカとできたてのたこ焼きが、冷たい空気の中に湯気をたたせる。
ハムッ、とシノアは一つ、口の中に爪楊枝でたこ焼きを運んだ。
「ふぅ…なかなか美味しいものですね」
シノアがしみじみと何かを悟りながら優に話しかける。
既に神社には、新年を待ち望んでウキウキしている人が数多くいた。
「そりゃたこ焼きだからな」
優が意味のわからない理屈を述べる。
優にとってはたこ焼き=美味しいの方程式が成り立っているらしい。
「新年まであと10分ですね」
シノアが自分の携帯を見て残りの時間を簡潔に告げる。
優も携帯を確かめると、確かに時計は午後11時50分を示していた。
「…今年一年も終わるな」
優がはぁっ、と息を吐く。
冷気に包まれた暖かい息は、白く空気にとけ込んでいった。
「優さんはまだ来て一週間もたってませんよ」
シノアがもう一つたこ焼きを口に入れて、もぐもぐと噛んで飲み込んだ。
その通りに、優はクリスマスにここに来たばかり。
一年もここにいたわけではない。
「いや、俺にとっては一年分くらい過ごした気分だけどな」
優が笑いながらそう答える。
時間は新年まで残り5分を示していた。
「なんか、お前らに会えてよかったよ。今俺すっごい幸せだと思う」
優が楽しそうに話すのを見て、少しシノアは顔を赤くするが、すぐに表情を元に戻す。
そして、いつものようににやけた顔で、口を開いた。
「ははぁ。優さんってツンデレなんですね」
「はあ!?」
ニヤニヤと定番の嫌味を言い放つ。
こうやって毎回反応してくれる優だからこそ、一緒に話すのはシノアにとって面白い。
「ふふふ…冗談ですよ。優さんはホント鈍感ですねぇ」
「お、お前なぁ…」
シノアの述べた言葉に、優は呆れたようにため息をつく。
時間は残り一分となり、神社は少しずつ騒がしくなって来た。
「…でも、ホントにお前らといると楽しいんだよ。嘘でもデレでもなく。純粋に楽しいんだ」
優が再び微笑んで、さっきと同じようなことを繰り返した。
シノアも少し間をあけた後、フフッ、と優と同じように笑った。
「私もですよ。優さん」
他人には殆ど見せない、とびきりの笑顔で。
どこかで、大声でカウントダウンする声が聞こえる。
間違いなく、時間は残り10秒を示している。
「そろそろだな」
「はい」
新年が一秒一秒近づくにつれて、シノアの心臓がドクンと鼓動する。
その音は、耳には聞こえずとも少しずつ大きくなっていき、自然とカウントを減らしていた。
新年まで残り、5。
4。
3。
2。
「シノア」
1。
「?」
0。
「今年もよろしく」
シノアの心臓の鼓動が、一番大きく揺れて、
ついに新年が、幕を開けた。
「…!こ、こちらこそ!」
シノアがドギマギしながら新年の挨拶を返す。
一瞬何を言われるか心配で、言葉を返し損ねるところだった。
「よかったー。新年最初はシノアに挨拶しようと思っててさ」
優が優しく笑って言葉を返した。
その言葉に、シノアは一瞬で赤面する。
「…えっ!?」
「あ、与一たちだ。オーイ」
シノアの動揺にも気づかず、優は走ってくる与一たちの姿向けて手を振った。
そこに与一たちが近づいてくる。
「優くん、シノアさん。あけましておめでとう!」
「おう!おめでとう!」
「お、おめでとうございます」
「?シノアさん顔赤いよ?」
「風邪か?」
「いや、そういうわけではなくて…」
「あけましておめでてう、だ。優。シノア」
「うっす三葉。おめでとー」
「ぉ、おめでとうございます。みっちゃん」
「?シノアの顔が赤いな」
「だよね三葉さん」
「そんなに赤いですか!?」
「なんだよ…折角新年だってのにうるせぇな」
「君月…ホントKYだな」
「あぁ!?こっちはお前ら探すのにどんだけ時間かかったと思ってんだ!」
「はぁ!?元はといえばお前らが置いてったからだろ!?」
「あーもー!優くんと君月くん喧嘩しないでよー!」
「そうだぞ君月。落ち着け」
「俺だけ!?」
「というよりシノア、体調でも悪いのか?」
「え!?」
「確かにお前さっきから喋ってねぇな」
「あ…いや…」
「どうしたんだよ?」
「な、何でもないんです!」
「?」
意識するたび、少しずつ、鼓動が早くなっていく。
動揺も大きくなり、何となく恥ずかしくなっていく。
ただ、その特別な感情に彼女は、
未だ自覚がなかった。
これは、とあるお話。
とある住人たちが迎える、迎春を紡ぐ物語。
彼らは昨日まであった煩悩など、
すっかり忘れていた。
おつかれさまでした。
ね?『一応』真面目だったっしょ?
やっぱいいねー。青春は。
自分恋愛モノ嫌いではないです。
そろそろもう一個の作品(MOP)も恋愛入れてきたいけどなー。
なんか…ホント霊夢と咲夜で迷うんだよね。
ま、どっちも駄作になるのは目に見えてますが。
何度もいいますがこっちは息抜き小説なんで更新遅いです。
たまーに書くくらいなんで。
ゆったり見てください。
ではでは。またね!
-追記-
テスト故、2/2まで投稿休止しています。