そして、次の日。
「来て」
「ふぇ?」
突然。
士織は折紙に手を掴まれ、素っ頓狂な声を出した。
「え?ちょ、ちょっと……」
ガタンと椅子を倒し、折紙に引っ張られて教室を出ていく。
後方では、男子達からは咆哮が。女子達からは何やらキャーキャーと騒いでいる声が聞こえてきた。
余談だが、女子達の黄色い声には、興奮したような歓声だけでなく、悲鳴のような声も漏れていた。悲鳴の方が多いように感じたのは、気の所為だと信じたい。
四月十一日、火曜日。
士織がおよそ現実とは思えない不思議体験をした日の翌日である。
結局あの後士織は別室に移され、知らないオジサンに事態の詳細な説明を深夜まで延々聞かされた後……最後の方の記憶はあまり無いのだが……何やら様々な書類にサインをさせられてからようやく家に帰された。
何とか気力と女としての意地で、お風呂に入り、肌の手入れを終わらせ、ベットにダイブして、気がつけば朝である。
気懈い身体を引きずりながら登校、眠い目を擦りながらなんとか授業に耐え、帰りのホームルームが終わった___と思った瞬間の出来事だった。
折紙は無言のまま階段を上り、しっかりと屋上への扉の前までやってきて、ようやくその手を離した。
「え、ええと……」
何を言えば良いか考えようとしたが、折紙は何の前置きもなく
「昨日、何故あんなところにいたの」
そう、士織の目をじっと見つめながら言った。
「その、妹が警報発令中に街にいたみたいで、探しに……」
「そう。___見つかったの?」
「__ッ、え、ええ……おかげさまで」
「そう。よかった」
折紙はそう言うと、続けて唇を動かした。
「____昨日、あなたは私を見た」
「う、うん……」
「誰にも口外しないで」
士織が首肯するのと同時に、折紙が有無を言わせぬ迫力で言ってきた。
もしここで「バラされたくなかったら私の言うことを聞くことねウフフフフ」とか言ったらどんな反応が返ってくるのだろう、なんて危険な好奇心が顔を出す。
が、流石に士織にそんな度胸はなかった。こくこくと首を前に倒す。
「それに、私のこと以外も__昨日見たこと、聞いたこと。全てを忘れた方がいい」
それはきっと……精霊のことを言っているのだろう。
「……あの、女の子のこと?」
「……………」
折紙は無言で士織を見つめてくるだけだった。
「ね、ねぇ……鳶一さん。あの女の子って__」
精霊について<ラタトスク>からは一通り聞かされていたが、あれは飽くまでも琴里たちの組織の見解。実際に刃を交えた折紙たちなら、また違った考えを持っているのではと思って。
「あれは、精霊」
折紙は短く答えた。
「私が倒さなければならないもの」
「……っ、そ、その精霊って言うのは、悪い子なの……?」
士織は、そんな質問を投げてみた。
すると微かにだが、折紙が唇を噛み締めた気がする。
「____私の両親は、五年前、精霊のせいで死んだ」
「……な」
予想外の答えに、士織は言葉を詰まらせた。
「私のような人間は、もう増やしたくない」
「……そ、っか」
士織は自分の胸に手を置いた。
やたらと激しくなる動悸を、何とか抑えるように。
「そう言えば鳶一さん……精霊とか、そう言う情報って、言っちゃってもいいものなの……?いや、聞いたのは私だけど」
「…………」
折紙は一瞬黙った。
「問題ない」
「そ、そうなの?」
「あなたが口外しなければ」
「……もし話したら?」
「……………」
また一瞬だけ言葉を止める。
「困る」
「そ、そっか……約束するよ、誰にも言わない」
こくり、と折紙が首肯して、その会話を最後に折紙は士織から視線を外し、階段を下りていった。
「……はぁぁ……」
士織は折紙の背中が見えなくなってから
壁に背をついて息を吐いた。ただ話をしただけなのに、やたらと緊張した気がする。
「両親が、精霊のせいで死んだ……か」
士織はその場で俯き、呟くように言う。
世界を殺す災厄とさえ呼ばれる精霊。そう言うことも………あるのだろう。
「……やっぱり、私が甘いだけなのかな」
折紙も、琴里も、方向は違うが、確固たる信念の下に動いている。
士織は………どうだろうか。
決意こそしたが、クラスメイトである折紙を敵に回せるのだろうか。
自分の行動を間違いだとは思っていないが、複雑な気分だった。
と、士織が階段を下りようとしたとき。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ___ッ!!」
廊下の方から、女生徒の悲鳴が聞こえてきた。
「………っ!な、なに?」
慌てて階段を駆け下りてみると、廊下に数名の生徒が集まっているのが見えた。
そしてその中心に、白衣を着た女性が一人、うつ伏せで倒れているのが確認出来る。
「ど、どうしたのこれ」
「し、新任の先生らしいんだけど……急に倒れて……っ!」
近くにいた女生徒に聞くと、あたふたしながらそう返してきた。
「よく分からないけど、とにかく保険の先生を___」
士織が言いかけると、倒れていた白衣の女性ががしっ、と士織の足を掴んだ。
「え、きゃあ!?」
「……心配はいらない。ただ転んでしまっただけだ」
そう言った女性の顔が、段々見えてくる。
「あ、あなたは……!」
長い前髪に、分厚い隈。眼鏡を掛けているが、その特徴的な顔を忘れるはずがない。
「……ん?ああ、君は」
女性__<ラタトスク>の解析官・村雨令音が、のろのろと身を起こす。
「な、何してるんですか、こんなところで……」
「……見て分からないかい?教員としてしばらく世話になることにしたんだ。ちなみに教科は物理、二年四組の副担任も兼任する」
「いや、分かるはずないでしょ!」
叫んだところで、士織は周囲の視線を集めてしまっていることに気づいた。
「あ……こ、この人大丈夫みたいだから」
言って、手を差し伸べ令音を立ち上がらせる。
「……ん、悪いね」
「それはいいですけど、歩きながら話しましょう」
「ええと____村雨解析官?」
「……ん、ああ、令音で構わんよ」
「え?」
「……私も君を名前で呼ばせて貰おう。連携と協力は信頼から生まれるからね」
令音はうんうんと頷き、士織の顔を見た。
「ええと、君は……しのん、だったかな」
「し、しか合ってない!」
信頼も何もあったもんじゃない。
「……さてシノ、早速だが」
「何ですかその華麗なスルーは!て言うか変な愛称までつけた!」
叫んでみるが、令音は聞いていないかのように続けて来た。
「……昨日琴里が言っていた強化訓練の準備が整った。このまま物理室へ向かおう」
「訓練って、どんなことをするんですか?」
「……うむ。琴里に聞いたが、シノ、君は女の子と交際をしたことがないそうじゃないか」
___姉に女の子との交際経験があったら、妹としては困ると思うのだが。
士織は頬をピクつかせながらも曖昧に頷いた。
「……別に責めているわけじゃあない。身持ちが堅いのは大変結構なことだ」
そう言う問題なのか。
「……だが、精霊を口説くとなるそうも言ってられない」
「むぅ……」
眉根を寄せながら呻く。
と、職員室の近くを通ったとき
「おねーちゃぁぁぁぁぁん!」
背後から何者かの襲撃を受けた。
「はがぁ……っ!」
「あははは、はがーだって!市長さんだー!あはははは!」
「こ、琴里……っ!?あなた何だって高校に……」
士織の前方に回り、まとわりついてくる琴里の頭を撫でながら言うと、後ろからタマちゃん教諭がとてとてと歩いてきた。
「あ、五河さん。妹さんが来てたから、今校内放送で呼ぼうとしてたんですよぅ」
「そうですか……」
よく見ると琴里は、来賓用のスリッパを履き、中学の制服の胸に入校証をつけていた。
「おー、先生ありがとー!」
「はぁい、どういたしましてぇ」
元気よく手を振る琴里に、先生はにこやかに返すと、職員室の方に歩いていった。
「……で、琴里」
「んー、なーに?」
「あなた一体、何しに来たの?」
士織が琴里に尋ねると、琴里はいつもと変わらないままの口調で、だがえも言われぬプレッシャーのようなものを感じさせ言った。
「話より先に部屋に行こうよー」
「……早かったね、琴里」
「途中でフラクシナスに拾ってもらったからねー」
琴里は脳天気な笑顔を浮かべながら、士織の手を引いた。
「おねーちゃんも、早く行こー?」
「……っと、分かったから走らないで」
しばらくして、目的地である物理準備室に到着した。
スライド式のドアを開け、一足先に入った琴里に続くと、士織は眉根を寄せて目をこする。
「………あの」
「……何かね?」
士織の言葉に、令音が小首をかしげた。
「なんですか、この部屋」
物理準備室など、生徒がそうそう入る場所でもないし、士織も何があるのかなんて、知らない。
それでも、分かってしまう。
____ここは物理準備室ではない。
いくつものコンピュータにディスプレイ、その他には見たことのない機械で埋め尽くされている。
「……部屋の備品さ?」
「いやどうして疑問形なんですか!ていうかそれ以前に、ここ物理準備室でしょう?もといた先生はどうしたんですか!」
ここには元々、善良で目立たない初老の物理教諭がトイレ以外で唯一安らげる空間だったはずだ。
「……ああ、彼か。うむ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そのまま数秒が過ぎた。
「……まぁ、そこで立っていても仕方ない。入りたまえ」
「うむ、の次は!?」
見事なスルースキルで、士織の横を通り抜け先に部屋に入ると、部屋の最奥に置かれていた椅子に腰掛けた。
次いで、琴里も部屋に入ると、慣れた様子で白いリボンを解き、黒いリボンで結び直した。
「__ふぅ」
瞬間、琴里の纏う雰囲気が変わった気がした。
そしてチュッパチャプスを取り出すと、口に入れ、士織に声をかけて来た。
「いつまで突っ立ってるのよ、士織。もしかしてカカシ志望?やめときなさい。貴方がカカシなんてやってたら追い払うどころか、馬鹿な男共が集まって来ちゃうわ」
「………」
一瞬のうちに変貌した妹様に、士織は額に手を置いた。
「……さ、ともかくシノ。訓練を始めよう。ここに座りたまえ」
「……了解です」
もうここまで来たら何も言わない方が良いと悟った士織は、言われるままに椅子に腰掛けた。
「さぁ早速調き……んんっ!訓練を始めましょう」
「今調教って言おうとしたよね?」
「気の所為よ。___令音」
「……あぁ。___君の真意はどうあれ、我々の作戦に乗る以上は、最低限クリアしておかねばならないことがある」
「なんですか?」
「……単純な話さ。女性を口説くことに慣れておいてもらわねばならないんだ」
「女性の口説き方……ですか?」
「……ああ、対象の警戒を解くため、ひいては好感を持たせる為に、会話が不可欠だ。大体の行動は指示を出せるが…やはり本人が緊張していては話にならない」
「理屈は分かりましたけど……具体的に何をするんですか?」
「……ああ、これだよ」
そう言うと令音は、机の上のモニタに電源を入れた。
そのまま画面を見ていると、可愛らしくデザインされた<ラタトスク>の文字が映った。
次いで、ポップな曲と共に、カラフルな髪の美少女たちが順番に画面に表示され、タイトルと思しき『恋してマイ・リトル・シノン』のロゴが踊る。
(……タイトル決めたの絶対令音さんだよ)
何度だって言うが、シノンでなく士織だ。
「こ、これは…?」
「……うむ。恋愛シミュレーションゲームと言うやつだ」
「えっと……そんなのが訓練になるんですか?」
「……まぁ、そう言わないでくれ。これはあくまで訓練の第一段階さ。それに<ラタトスク>総監修によるものだ。現実に起こりうるシチュエーションをリアルに再現してある。心構えくらいにはなるはずだ。……さぁ、始めてくれたまえ」
令音に言われ、士織はコントローラーを握った。
何故、妹と教師に見られながらギャルゲーをやらなければならないのだろう、と思いながら、主人公のモノローグを適当に斜め読みし、ゲームを進めていく。
すると、画面が一瞬暗転し、
「おはよう、お姉ちゃん!今日もいい天気だね!」
そんなセリフとともに主人公の妹であろうCGが表示された。
寝ている主人公の布団に潜り込んでいた。
「ないでしょ!?」
士織はコントローラーを握りしめながら声を上げた。
「……どうしたねシノ。何か問題でも?」
「いや、これ実際にありそうなシチュエーションを再現とか言ってませんでした!?」
「……そうだが、何かおかしいかね?」
「おかしいも何も、こんな巫山戯た状況現実に起こるわ…け……」
言いかけて士織は額に汗を滲ませた。
何か、すごーく似たような体験を、つい昨日したような気がする。
「……何かね」
「……いや、何でもないです」
士織がゲームに戻り、テキストを進めていくと、画面の真ん中に何やら文字が現れる。
「ん?なに?これ」
「ん、選択肢よ。この中から主人公の行動を一つ選ぶの。それによって好感度が上下するわ」
「なるほどねー。これのどれかを選べばいいのね?」
①.「おはよう。愛してるよユキホ」愛を込めて妹を抱きしめる。
②.「取り敢えず布団から出て欲しいかなー……」起床する為、妹を退かす。
③.「……え、何人の布団入って来てるの?キモいんだけど」侮蔑の目を向ける。
「あ、制限時間付いてるから、悠長に選んでる暇ないわよ」
「うぇ!?そ、そう言うのは先に言ってよ!」
まぁ、この選択肢なら実質一択であろう。
「おはようユキホ。取り敢えず布団から出て欲しいかなーって……」
私は妹のユキホに、優しく話しかけた。
途端にユキホは目尻に涙を浮かべながら、声を上げた。
「お、お姉ちゃんは……私のことが嫌いなんだぁぁぁぁぁぁ!!!!ウワァァァン!!」
泣きながら部屋から出て行ってしまった。
好感度のメーターが、ヤンデレメーターなる名前に変化した。
「え?」
士織はコントローラーを膝の上におきながら、ポカンとしてしまう。
「あーあ、馬鹿ね。朝起きたら布団に入っている妹を追い出そうなんて、酷い姉もいたものだわ。____全く、ゲームだからいいものの、これが本番だったら、士織は一ヶ月は外出させないわよ」
「な、何する気よ……」
しかし琴里は、その士織の質問には取り合わず、小声でなにやら話をしている。
「琴里……何やってるの?」
「訓練とはいえ、少しは緊張感もってもらわないとね」
次の瞬間、突然校内放送が始まった。
『晴れの日も
雨の日も
君が笑ってくれるなら
ボクの心には一輪の花が咲いているよ
今年もずーっと
この花が咲いていられるように
たくさんの愛を注いでいくからね』
これを聞くと同時、士織に心臓が止まるかのような衝撃が走った。
「こッ、これって……!?」
「そう。若かりし頃士織が、漫画に影響を受けまくってしたためたポエムノート《この世の全てに愛を捧げる》よ」
「な、なななななななななんであれが……ッ!?」
確かに、中学生の頃の士織が書いた詩で間違いないのだが、高校に上がる時に恥ずかしくなって処分した筈なのだが。
「ふふっ、もしかしたら使える時が来るかもしれないから、念のため拾っておいたのよ。………さぁ、分かったわね?間違える度にポエムを放送するから」
理不尽な妹様の宣言に泣きそうになりながらも、観念して画面に向き直った。
「……ねぇ琴里、今後の為に、この選択を全部試してみていい?」
「そうね………まぁ、仕方ないわね。今回だけよ」
許可を得ると士織は、先ほどの選択肢まで戻って来た。
やはりどうにも、どれもまともではない。
だが、③だけはないと思い、消去法で仕方なく、①を選択してみる。
「おはよう。愛してるよユキホ」
私は妹のユキホを、愛を込めて抱きしめた。
すると、ユキホの私を抱きしめる力がどんどん強くなっていく。
「あハァ……お姉ちゃん、やっと気持ちが通じたんだね。私も愛してるよお姉ちゃん。だから……これからずっと一緒にいようね……?」
画面が暗転し、最後に映ったのは、光を失った瞳で、主人公を監禁するユキホの姿だった。
画面に、BAD ENDの文字が現れる。
「な、なによコレぇぇえぇぇぇえぇ!!!」
「ヤンデレの妹にそんなことしたら、こうなるに決まってるじゃない」
「じゃあ③が正解だって言うの!?」
士織はもう一度、選択肢まで戻ると、③を選択した。
「……え、何人の布団入って来てるの?キモいんだけど」
私はユキホに侮蔑の目を向けると、無理矢理布団から追い出した。
それからの事は、何も覚えていない。
分かるのは、ワタシハ ユキホヲ アイシテイル タダ ソレダケ………
再び画面に、BAD ENDの文字が並ぶ。
「分かってると思うけど、次以降の選択肢で失敗したら、ポエムが流れるからね。……さ、早く進めなさい」
言って、琴里が画面を示してくる。
「…………ッ!」
士織は泣きそうになりながら、ゲームを再開した。
もう何も言い訳なんてしません。
昔読んで下さっていた方が、私のことを見限ったとしても、私はこれからも書き続けます。絶対に。
マジサーセンしたぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!
次からは一月に一話は最低でも投稿出来るように頑張りますので、これからも応援してくれると嬉しいなー……って。