「ところで、咲夜の方はどう?」
フェイト達の方はとりあえず良いだろう。次いで咲夜はと問いかけると、彼女は少し考え、
「実際に動いてみて感じた程度ですけど……恐らく問題無いかと思います。とは言えあくまで感覚ですから、絶対ではないですよ」
「ん、了解。絶対大丈夫って断言できる人はいないしな。実際に動く時は、ある程度慎重に行くか、どこかで割り切るしかないよ」
そう言って咲夜の様子を伺うと、彼女は何か思うところがある様子。
「何か気になることでも?」
「いえ……私も、どうせならもう少し理論的に説明できれば良かったなと思いまして」
まぁ無理なんですけど、と苦笑を浮かべつつ、付喪神の小剣を取り出した。
「例えば私は霊力、コレは妖力で力を使っています。では、そもそも霊力や妖力って何かと問われると……よく解らないんですよねぇ」
「よく解らない?」
実際に霊力弾を作り出し、小剣を空中に浮かべて実演しつつ言われた咲夜の言葉に鸚鵡返しに問いかけた俺に、彼女は「はい」と頷いて、
「正確に言うなら、“上手く言葉にできない”でしょうか。何となく“感覚”では解るんですけど、それを言語化できないといいますか。……そうですね、“身体の内から来る、魂の力”とでも言えば、ソレっぽく聞こえるかな? と言った程度です」
やれやれと肩をすくめ、剣をしまう咲夜。
「ですので正直なところ、使った霊力はどうやって回復しているのかと訊かれても、使わなければそのうち回復している……と答えるしかありません。ですので、この世界の『
「なるほど。だから『もう少し理論的に説明できれば』か」
そう言う事です、と咲夜。
……とりあえず今の話で咲夜が言いたいことは充分伝わっているので大丈夫だ。あとは引き続きしばらく動いてみて、様子を見るしか無いだろう。
ちなみに……と言うかコレがメインの話ではあるのだけど、稲葉さん達の方は無事に『
取り敢えず一人につき三つずつほど使い切るぐらいスキルを使ってみたところ、大体一つの蓄魔石につき、使えるスキルは三から五回といったところだった。
回数の幅が大きいのは、使うスキルによって消費量が違ったからで、稲葉さん達のパーティで一番消費量が大きかったのは、佐々木少年の【ユニークスキル】である召喚魔法の『エレクトリックビースト』だった。逆に一番消費量が少なかったのは、瑞希が使える射撃系武器の射程を延長するスキル『ロングレンジ』。その他、彼女が持つスキルは消費が少ないものが多かった。コスパ良いな。
そんな風に色々と検証をすることしばし。この階層に入ってから一時間ほど経った頃だろうか。ふと、『
視線を向けたそこにあったのは、『転移陣』からこちらに向かって歩いてくる一人の男性の姿。
炎のような意匠の施された、深い青色の鎧に身を包んだ偉丈夫。
身長は俺よりも頭一つ程高いだろうか。ガッシリとした体格に短く刈り込まれたアッシュブロンドの髪。掘りの深い顔立ちに眼光は鋭く、されど理知的な光を湛えている。
その立ち居振る舞いから、ふと『軍人』なんて言葉が想起された。……いや、元の世界でも軍人なんて見たことないが。
男性は稲葉さん、俺、そして周囲へと視線を向け、
「イナバか。ここで何をしている? それと、初めて見る顔が居るな」
そう言いつつ、こちらに歩を向けてくる。
短い距離を進んだ後に俺の前に立った男性は、俺の全身を見やると「ふむ」と頷き、右手を差し出してきた。
「私の名はアルベルト・ワイズマン。他の者からは『軍神』などと大層な名で呼ばれているから、そちらの方が通りが良いかもしれんな」
「っ!? ……長月葉月です。稲葉さんとは縁があって、よくお世話になってます」
「そうか。……ん? ナガツキ……?」
相手の名乗りに思わず驚きの声を上げそうになったが何とか抑え、差し出された手を握って名乗り返したところ、何か引っかかるところでもあったのか、一瞬訝しげな表情を浮かべた『軍神』──ワイズマン氏。
何か変な噂でも流れてるんだろうか……なんて思ったが、次いでフェイトとなのは、咲夜と、とりあえず名前だけでも紹介しておく。
意外なことに俺に続いて稲葉さんも、雪と瑞希、佐々木少年を紹介していた。どうやら彼と面識があったのは、稲葉さんと玉置だけだったらしい。それから、稲葉さんは彼にこの階層にいる理由と、『蓄魔石』についての実験結果を説明していった。
「……と言うことで、これ。数さえ用意出来れば使えそうですよ」
「なるほど……参考になった、礼を言おう。ふむ……ところで彼女、イナバ、ユキ。同じ姓という事は、まさか彼女は君の……」
「ええ、何の因果か、そのまさかで……」
「……そうか。それが実はな、君以外にも幾人か……」
それにしても、この人が『軍神』か。
少し離れて、稲葉さんと話す彼を見れば、確かに“強い”人が持つオーラや気配とでも表現すれば良いだろうか、“圧力”を感じる……気がする。
ここで言う“強さ”は、単純な腕っ節ではなく、もっと根源的な、存在感のようなものだ。
不意にマントを引かれる感触を受け、振り返るとフェイトが居て、『軍神』を見て「何だか“凄い”人だね」と呟いた。……恐らく彼女が言う“凄い”と言うのも、俺が感じたものと同じじゃないだろうか。
フェイトに同意して、再度『軍神』の方へと視線を向けようとしたその時、再び新しい人の気配がした。
場所を移動したためストーンサークルを形成する石柱の影に隠れてしまい、『転移陣』が見えなくなってしまったが、どうやら複数人のようだ。……『軍神』が居るのだし、彼のパーティメンバーだろう。
「……だからよー、そろそろ部屋に遊びに行かせてくれよぉ。仲間の結束を高めようぜ」
「お断りします」
「……アンタまだそんなこと言ってんの?」
「いい加減諦めれば良いんですけどね」
「なんだとコラ!」
足音と共に聞こえてきた、雑談のような話し声。
その中の一人の声が聞こえた瞬間、身体がビクリとした。
たった一言の短い言葉だけど、聞き覚えのある、声。
……聞き間違いだと思いながらも、身体を向けたその先。石柱の陰から姿を現した、四人の男女。
そのうちの一人と目が合った。
互いに動きを止めた俺達。言葉は無い。言葉が出ない。嘘だと、思いたかった。けれど──
「……葉月? どうしたの?」
後ろでフェイトが俺を呼んだ瞬間、視線の先の人物が、目を見開いて──涙が溜まる。
ポロポロと、その場で泣き出して、周囲の仲間達が心配して声を掛けようとしたのが見えた、次の瞬間、駆けだした
「ぁ……うぁああああ!! おに゛……ぢゃ、あああ!」
大きな声を上げて、泣き叫ぶ。まるで小さな子供みたいに。
なぜ、と思う。どうしてと、こんな酷い現実が有ってたまるかと、憤りを吐き出したかった。一方で、逢えて嬉しいとも、思ってしまっていた。
「……まったく、泣き虫、だな……弥生は」
視界が歪み、目の奥が熱く、頬を何かが流れる感触に、自分も泣いているのだと気がついて──周りで誰かが何かを言っている気がしたけれど、ただ胸の中で泣き続ける彼女を、抱き締めた。
けれど、それを邪魔する、強烈な気配が叩き付けられて視線を上げる。
「テメエ! 弥生から離れろってんだよ!」
そんな怒声と共に、眼前に迫る拳──
《Defenser》
「んがっ! んなっ! くそ、このっ!」
それは俺の目の前で金色の障壁に阻まれて、次の瞬間、拳を放ってきた男が吹っ飛んで倒れ、その四肢をフェイトのライトニングバインドが封じ固め、一拍置いてなのはのレストリクトロックが、男の胴体を雁字搦めにした。
それでもなお暴れる男の眼前に、ナイフが突きつけられて──
「……葉月さん、どうします? 刺しますか? 刺しますね」
「あ、ああ……あ、いや、ちょい待ち、ストップ」
怒濤の如く叩き付けられた展開に追い付いていなかった頭が、咲夜に問いかけられたことでようやく我に返った。
プスっといきそうなところを慌てて止める。
何があったか思い返せば……おー……我ながら頭は回らずとも、全体の動きは見えていたようだ。……こんなことで自分の成長を実感することになるとは思わなかったが。
「バルディッシュ、ありがとう。皆も」
《No problem》
皆……特にバルディッシュには助かったと礼を言って、とりあえず落ち着こうと、涙を拭って一度大きく深呼吸したところで「結局テメエは弥生の何なんだ」と問われた。
地面に転がった上にナイフを突きつけられてもその態度とは恐れ入る……って言うか、お前こそ何なんだ。
……まぁいいやと気を取り直し、無礼男以外の二人にも聞こえるように言う。
「長月葉月。弥生の兄です」
「あっ!? お、お兄様っすか!?」
誰が貴様のお兄様か。
・11/08『軍神』の名前変更。(ゲオルグ→アルベルト)