「だから貴様は、その脊髄反射で行動する短絡的な性格を直せと言っているだろうが」
「……うっす」
「そもそも初対面の相手にいきなり殴り掛かる馬鹿がどこにいる。……あぁここに居たか、この阿呆が」
「……うっす」
「大体先程なんぞ、冷静に判断すれば状況は簡単に把握出来ただろう。いやむしろ把握出来ていなかったのは貴様ぐらいなものだ」
「……うっす」
「貴様さっきからソレばかりだな、壊れた機械人形か? 本当に解っているんだろうな? その足りない頭でよく考えろ」
「うぐっ……」
「呻きたいのはこちらの方だ阿呆。今回は向こうが上手く捌いてくれたから良かったようなものの、まともに当たっていたらどうするつもりだったんだ? ……まぁその場合は、貴様は惚れた女の兄をいきなりぶん殴っ」
「ああああマジ勘弁してください!」
「やかましいわド阿呆ッ!」
ドゴンッ! と凄まじい音を立てて、脳天に拳が叩き込まれた。
……そんなやり取りを尻目にこちらはこちらで、稲葉さん達も交えて弥生にパーティメンバーを紹介してもらい、また、こちらもフェイト達を紹介した。
弥生のパーティメンバーの一人、若草色のローブに身を包んだ、物腰は柔らかそうながらもどこか冷たい印象を受ける容貌の青年。スクエアタイプの眼鏡が余計そう見せるのか。名前は『
次に真っ赤なローブに赤い髪、赤い瞳と赤尽くしの女性。人懐っこい笑みを浮かべ、何となく、こちらを品定めするような表情。イメージとしては……猫、かね。「名前は……まぁ、ガーネット、とでも呼んでちょーだい」とのことで。言い方がどう聞いても偽名のそれなので弥生に視線を向けると、他のメンバーにも自己紹介の折にそう言ったらしいとのことだった。で、彼女が『紅蓮』。
そして最後に、先程俺に殴り掛かってきて、今は『軍神』ワイズマン氏に説教喰らってる彼が『
消去法的に、弥生が『福音』となるわけか。
ちなみに弥生は、フェイト、なのはと紹介を受けたところで少し首を傾げ、咲夜を紹介したところで「ちょっとごめんなさい」と難しい顔をして俺を引っ張り少し離れ、「ちっちゃい子達もそうだけど、あのメイドさん、どこかで見たこと有る気がします」と言ってきた。
俺が何か知らないかと言うことだろうなぁと、ステータスウィンドウを開いて自分のユニークスキルを見せてやると、「あっ!」と声を上げてから慌てて抑える弥生。
「あのメイドさん、兄さんがやってたゲームに出てた人ですか? 確か弾がいっぱいのやつ」
「弾幕シューティングな」
「あと、あっちのちっちゃい子達は……ビーム撃って戦ってましたっけ?」
「砲撃魔法な」
とまあそんな訳で、創作物……と言うか、それに
「これまで兄さんを助けて頂いて、ありがとうございました。これからもご迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします」
「あの、全然迷惑なんかじゃないから、大丈夫です! 確かに戦うことに関してだったら、私達の方が上かもしれません。けど、葉月は……お兄さんは、とても心が強くて、頼りになる人です。葉月には私もいっぱいお世話になって……その、私は、葉月が喚んでくれて、葉月に出逢えて良かったって思っていますし、これからも葉月の力になりたいって思ってます」
深々と頭を下げる弥生に、フェイトが慌てて、けれども真摯に言葉を紡ぐ……けど何て言うか、目の前で妹にそんなことを言われると、流石に恥ずかしいのですが。
そしてなのはがフェイトの手を取って「フェイトちゃん、落ち着いて」と言うと、一拍置いてフェイトの頬が朱に染まった。
「……兄さん、この娘可愛い」
「うん、知ってる」
「フェイトちゃんは、優しくて良い子ですから」
弥生のつぶやきに俺となのはが答えると、フェイトがますます恥ずかしげに──若干恨めしげに──咲夜の後ろに隠れた。
「……あんまり苛めたら駄目ですよ?」
咲夜に苦笑されつつやんわり咎められた。別に苛めたつもりは無いんだけどなぁ。
なお、あっちもこっちもこんな感じだが、一応警戒だけは怠っていない……積もりではあるのだが、弥生達はそこまで気を張っていないことに気付いて訊いてみたところ、「今のところ、近辺に敵対的存在が居ないことは分かっている」とのこと。
どう言うことだと更に突っ込んで訊けば、この階層に入った時点で長良さん──『神眼』による『フィールドアナライズ』を行ったらしい。彼のスキルによって得られる情報は、俺達の物とは遥かに違う。例えば俺の場合、表示されるのは自分が実際に移動した範囲とその若干の周辺だけだが、彼の場合はまだ行っていない範囲や、モンスターのような敵対的存在が居れば、その位置すらも表示する。
それによりこの階層に入った時点で、この『
加えて、先に入っていたワイズマン氏が持つスキルに、彼を中心とした一定範囲に敵が侵入、発生した場合察知できるものが有るらしい。
つまり、彼が特に構えていない以上、敵が居ないことの証左でもあるのだとか。
「便利だな」と言うと「ホントよねー」とガーネットが同意した。どうやら彼女にはそう言った感じのスキルは無いらしい。
さて、そんなこんなで。
「すんませんっした!」
「言いたいことはそれだけですか?」
俺の目の前には土下座をする無礼男改め
ちなみに前にはフェイトとなのはが、左横には咲夜が居る。『勇者』がワイズマン氏に促されてこちらに来た時点で自然とこんな布陣になったんだけど……この中で一番剣呑な雰囲気を醸し出しているのは咲夜である。静かに、されど鋭く、一挙手一投足に注意を払っているのが感じられる。……正直、自分が向けられている訳でもないのに、プレッシャーが半端ない。
「……あそこまで冷たいやよっちの視線、初めてだわー……」
そんなガーネットの声が聞こえ、その弥生が更に何かを言おうと口を開いたところで、「あの」となのはが先に『勇者』に話しかけた。
「もしかしたら大切な理由があったのかも知れないです。けど、いきなり襲い掛かるのは駄目だと思う。……だからもし貴方にとって譲れない理由があったのなら、まずはお話から始めませんか?」
「私も、以前そうやって、人に迷惑を掛けちゃったことがあって……だからって言う訳じゃないですけど、少しは力になれるかもしれません。ですから、なのはの言うように、どうしてあんなことしちゃったのか、よかったら、教えてくれませんか?」
「え? あ……いや、ちょ……ぅぅ、何て言えばいいんだ……!」
なのはとフェイトの言葉はとても真剣で、巫山戯ている訳でも、からかっている訳でもない。
声音からも雰囲気からもそれが在り在りと解るだけに、『勇者』君は言葉に詰まった。……彼の台詞じゃないが、これはホント何と言えばいいんですかね……。
「……二人とも恐ろしいわ……優しく労りながら自然に追い詰めてる」
ボソリとガーネットが言った。
いや、二人とも別にそんなつもりは無いと思うよ?
…
……
…
……とまあ、そんな一幕を経て、弥生達は、『腐竜ザーランド』の居る砂嵐へと向かった。
今回この階層を訪れた目的を訊いてみたところ、『神眼』の長良さんが『腐竜ザーランド』を『ハイ・アナライズ』して、情報を取得するのが目的だということだった。
なお『勇者』は色々な意味で随分と打ちのめされていたけれど、まぁ自業自得ということで。
ともあれ、軽く一当てするかもしれないが、深入りせずにすぐ撤退するつもりだとワイズマン氏も言っていたため、自分の分で残っていた『蓄魔石』を弥生に渡して見送ったのだが──
弥生達が奥へ進んで三十分程経っただろうか。遠くに見えていた砂嵐が消え、それと同時に凄まじい気配が襲い掛かってきた。
次いで、ズズンッと腹に響く振動と共に、この距離からでも分かる程の爆煙が立ち上る。
そして──「兄さん」と、弥生の声が聞こえた気がして……
「葉月! 今の、念話!」
「っ!」
フェイトの声で我に返った。
弥生も念話を使えるのか? と思ったが、すぐに自分の『絆を結ぶ程度の能力』に思い至る。と、視界の端で瑞希が驚いた様子を見せ、周囲を見回しているのに気付いた。
もしかしてと手招きし、確認したところ「頭の中に『兄さん』って聞こえて驚いた」と言う。
やっぱりなと思いつつ、それが弥生からの念話であること、聞こえたのは恐らく俺の『絆を結ぶ程度の能力』のせいであることを伝えると、瑞希は得心が行ったと言うように頷いた。
「じゃあ、葉月の近くに居ると調子が良いのもそのお蔭?」
「あー……多分そう」
そう言えば『第三層』の時もそんなことを言ってたな……と、
「悪い。そう言うことだから、弥生の所に行ってくる。稲葉さんにも伝えておいてくれ」
言づてを頼んで、フェイト達に声を掛けようとした俺を、「あ、ちょっとだけ待って」と瑞希が呼び止めた。
「どうした?」と訊く前に、彼女は稲葉さん達の元へと駆けて行き、二、三言話した後直ぐに戻ってくると、「これ」とその手に持った物を差し出してきた。
「使ってない『蓄魔石』、集めてきた。持っていって」
ああ、そこまで頭が回ってなかった。
「ありがとう」と返し、遠慮無く受け取る。そして直ぐに空へと上がり、「気を付けて」という瑞希の声に手を挙げて応えつつ、先程まで砂嵐があった方角へと進路を向けると、先に空に上がっていたフェイト達に追い付いたところで徐々に速度を上げる。
「弥生さん、大丈夫かな?」
「多分、まだ大丈夫」
なのはの問いに答えると、フェイトが「分かるの?」と訊いてくる。
「分かると言うか、ただの予測なんだけどな。声がそこまで切羽詰まってなかったのと、まだ『兄さん』って呼んでたから」
「どう言うこと?」
「あいつ、普段は口調とか取り繕って、俺のことも『兄さん』って呼ぶけど、焦ったりすると地が出て『お兄ちゃん』って呼ぶんだよ」
もともとは、結構昔……小学生の頃だったか、何に影響を受けたのか「わたし、淑女になる!」とか言い出したんだよな。それから本当に努力して、それなりに良い高校に推薦で入りやがった。
周りに負けないように口調も整えようとしてる……んだけど、そこはまだまだ要修行らしい。……あいつの淑女の基準は何処なのかは未だによく解らん。
つまりは、念話が送られてきた時点では、意図せず念話が送られるような、思考の“揺らぎ”のようなものが生じる事態にはなったけれど、まだ冷静さを保てる程度だと推察した訳だ。
……と言うようなことを説明すると、「なんだか、弥生さんって可愛いね」と微笑むフェイトとなのは。
「けど、念のため私が先行するね」
「……解った、ありがとう。けど、無理はしないようにな」
「うん、大丈夫。……バルディッシュ」
《Barrire Jacket Sonic form.》
フェイトのバリアジャケットがインナーのみの姿になり、両手足の先に魔力で出来た光の羽──ソニックセイルが発現。
「飛ばすよ」
《Sonic drive》
次の瞬間──そう、まさに“瞬間”だった。全身が金色の魔力で包まれたフェイトが一瞬にして超高速に加速し、俺達から距離を引き離して飛んで行き、咲夜が「……凄い速さですね……」と感心したように呟いた。
「流石だよなぁ……さて、俺達も急ごうか」
……先程皆に説明したように、恐らく大丈夫……だとは、思う。けれど、やはり不安は拭えなくて。無事でいてくれと願いながら、俺もフェイトを追って速度を上げた。