時間は僅かに遡る。
『第四層』に入ってすぐ、まさかの出会いと再会があった後、彼等と一旦別れて“砂嵐”へと向かった『軍神』アルベルト・ワイズマン以下五名は、しばらくしてその元へと辿り付いた。
近づくにつれ薄れていった砂嵐の中から姿を現したソレ。
話に聞いた以上に、見る者に怖気を感じさせる姿。その身より生まれ落ち、再びその身に還る眷属達を周囲に蠢かせ、泰然とたたずむ、腐り果てた巨体。──朽ちたる
その姿を見た瞬間、
(迂闊……! 幾ら何でも
心の中で“過去の自分”に悪態を吐きつつ、手に持った杖の下端を砂の大地に突き立てる。
ザーランドを見たことで己の中の『赤』が活性化したのか、今まで以上に
「『
その瞬間、彼女を中心にパーティメンバーを包み込む範囲で、魔力の輪が広がった。
『
ガーネットの使用したスキルと彼女の声により、アルベルト、そして他の者もまた現状を把握する。
──
何故、一度『第四層』の様子を見ることもなく、ここまで来たのか。『ハイ・アナライズ』を掛けるだけとはいえ、流石に軽率に過ぎるだろう。
何故、“パーティメンバーが肉親に再会する”というような突発的な出来事があったのに、この偵察を行ったのか。こんな世界での再会なのだ、もっと配慮しても良かったのではないか。
何故、この階層に来たところで会った稲葉孝太に『
「認識阻害と思考誘導。それに加えて悪意の増大の複合効果よ」
ガーネットが言った。
アルベルトは彼女の言葉を聞いて、彼女へと一瞬訝しげな視線を向ける、が、すぐに切り替えてザーランドへと視線を戻した。
……今のところ、アレが動く気配は無い。
それがこちらに気付いていないからか、それとも只の様子見──気まぐれからか。
恐らく後者だろうとアタリを付けると、すぐに『神眼』長良零次に『ハイ・アナライズ』を使用するよう指示を飛ばした。彼のスキルならば、姿が見えていれば効果範囲だ。
「情報を取得次第退くぞ」
「一度交戦はしないんスか?」
「ノーだ。状況が不確定過ぎる」
『勇者』大堂寺勇吾の問いに頭を振ったアルベルトは、そのまま視線を巡らせ、ザーランドの周囲にいる眷属達の様子を伺った。
──現在発生している敵の総数は……陸上型、恐らく二十程。飛行型、三体。確認すべきは、このまま我等が退いた場合の敵の反応。追ってくるか、留まるか。追ってきた場合は、敵の進行速度は如何ほどか。逃げ切れずに交戦する場合、敵の強さはどうか。
その間に零次はザーランドに対して『ハイ・アナライズ』を使い──
---
名前:『
カテゴリ:竜/アンデッド/ネームド
属性:闇
耐性:闇
弱点:光・火
「か■て世■■震撼■せた『次■竜■■ラン■』の■■の果てで■る、かつて『■■者』、『魔■の■し子』、『九■の■』の連合■に■■て討ち■たさ■た『腐■ザー■ンド』の残滓。それ■『■■■印』に■■込ま■、『ア■■■■』に■在を■■された■■で、そ■有り様を■■るものへと■帰し■。
其は『■■■■ア』の半■。『■■』の片鱗。■界を渡■災■の欠■。悪意を■し、世界を■ら■モノ。
そ■身は腐り果■、それが故に強力■
---
──不遜。
そんな声が聞こえた。同時に襲い来る凄まじい重圧に、思わずその場に膝を付く零次。
そして取得した情報を見れば、肝心の部分は酷く虫食いのようになっていて──こんなことは、初めてであった。
「レイ!
「動いた、退くぞ!」
ガーネットが零次を叱咤したその瞬間、『ハイ・アナライズ』がトリガーとなったかのように、ザーランドと周囲にいる眷属達が動き出した。
砂漠という動きにくい足元を物ともせずに進軍してくる腐竜の軍勢。
咄嗟に勇吾が零次を担ぎ、その場から後退するアルベルト達。
このままではすぐに追い付かれるか、とアルベルトが思った時、同じように判断したのだろう、ガーネットが敵の方向に杖を突きつけた。
「取り敢えず数を減らす! 『プロミネンス・ノヴァ』!」
ガーネットが創り出した、青白く輝く小さな火球。
それが敵のただ中へと高速で飛翔し──着弾。巨大な爆発と爆風を巻き起こした。
しかして、その中より姿を現すザーランドと眷属達。
眷属はその数を、陸上型五体、飛行型二体にまで減じていたが、ザーランドは多少の損害も受けていないように見えた。
「腐ってっから判りづれえけど、今ので無傷かよ」
「……あー、きっつい……結界で防がれた。けどむしろそれでいーのよ。下手に削ったら雑魚が一気に増えるだけなんだから」
勇吾に言葉を返したガーネットは、そのまま後退しつつ、隣にいる弥生に「だいじょーぶ?」と声を掛けた。先程から言葉を発していないのが気になったからだ。
その弥生は「大丈夫ですよ」と返し──内心で、兄を思い浮かべ、呼んでいた。届くはずが無いと思いながらも。
だが、無理もない。普段の彼女であれば、言葉の通り「大丈夫」であっただろう。だが、本当の意味で心を寄せることが出来る相手との突然の再会と、今にして思えば“不自然”な程にあっさりとした別れ。それが余計に、彼女の心を弱気に傾かせていた。
一方で、そんな己を「駄目だ」と叱咤する。
そうだ。こんな弱気な自分を、兄に見せる訳にいかないのだ、と。私は大丈夫だと、頑張っていると示すんだ、と。
その時点で、彼等の眼前を薄らと砂嵐が吹き始めた。そしてそれと同時に、ザーランドが歩みを止める。
「どうやらこの砂嵐が、ザーランドの動きを止める結界になっているようだな」
アルベルトがそう推察する。
それは確かに正解であり──しかして、それが適用されるのは“ザーランドのみ”であった。ゆえに、ザーランドより産み出された『腐竜の眷属』達の足は止まることはなく、彼等に迫り──加えて、それだけでは終わらない。
「──────ッ!!!」
ザーランドが、声なき咆哮を上げた。
続いて行う、大きく息を吸い込むような仕草。
「っ! ヤヨイ、全周防御! 『
「『
ザーランドの動きを見たアルベルトが声を上げると共に、パーティメンバーへ聖属性を付与し、使用する聖属性のスキルを強化するスキルを使用し、それに弥生が応えてスキルを連続で使用したのとほぼ同時に、ザーランドが『
それなりの距離を開けていたにも関わらず、ザーランドの吐き出した、質量すら感じる程に濃密な酸の竜息は放射状に広がり、迫っていた腐竜の眷属もろともアルベルト達を呑み込んだ。
弥生の張った防御スキルとザーランドのブレスがぶつかり合い、魔法的な火花を散らして反発し合う。
「やよっち、堪えて!」
「大丈夫、です!」
弥生はスキルを使う直前、葉月に貰った『蓄魔石』を握り込んでいた。故に、スキルに籠められた魔力量は充分に潤沢であり、加えて弥生が初めに使ったスキルは、次に使うスキルを強化するもの。そして二つ目のスキルは、一定の範囲に聖属性のドーム状の防御結界を張るものであり、そこにアルベルトの『神聖軍』の効果が乗ることで更に強化される。──それによって『酸の竜息』が止まるまで、仲間達を守り切ってみせた。
恐らくは、ザーランドの最大の……もしくはそれに近い攻撃であろう
「よし、下が──」
「うっ!? …おおおおお!」
竜息に巻き込まれたはずの腐竜の眷属が、襲い掛かった。
襲われたのは零次を抱えたままの勇吾であったが、彼は咄嗟に零次を落として剣を抜き、奇襲を防いだ。
「つ、か、なんでコイツ! ブレス!」
「多分腐食耐性!」
襲い掛かってきたのは、後脚が大きく発達した、二足歩行の恐竜のような姿の陸上型眷属。
噛み付きと前足による引っ掻きを捌きながら、片言な感じにブレスに巻き込まれても無事だったことに疑問をぶつける勇吾に、ガーネットが距離を取りつつ答えた。
その間に、何とか起き上がった零次と共に弥生も下がり、それをアルベルトが守る。
襲い掛かってきたのは一匹であったが、その後ろに残り四匹の陸上型も健在であり、迫っているのが見えたからだ。残りの四匹の陸上型は、四足歩行のドラゴンのような姿であり、先に襲ってきた一匹は、機動力に秀でていた故に先行してきたのだろう。
そう考えた時に、思い出す。陸上型の他に、飛行型も二匹残っていたはずだ、と──
「上から来るぞ!」
アルベルトが空を見上げたのと同時、上空から迫る二匹の飛行型──前足が翼のようになったドラゴン……所謂ワイバーンのような姿の腐竜の眷属が、急降下して迫ってきていた。
迎撃するためにスキルを使うには、流石に体内魔力が心許ない。受けるか、躱すかの逡巡。
だが、次の瞬間──ゴゥッと、空間を抉る音を立て、飛行型よりも更に上空から撃ち込まれた