深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase103:「真相」

「それじゃー、質疑応答といきましょーか?」

 

 改めて告げられた『紅蓮』……否、『真紅の魔女(ガーネット)』の台詞に、「じゃあ訊きたいんだけどよ」と最初に声を挙げたのは、意外……と言ったら失礼かもしれないけれど『勇者』……大堂寺 勇吾(だいどうじ ゆうご)だった。

 

「あら意外。なにかしら?」

 

 やはりガーネット達から見ても意外だったのか。彼女のそんな声に、若干なんとも言えないように顔を歪めた大堂寺は、「まあいいや」と嘆息しつつガリガリと頭を掻いた。

 

「あー……イマイチよく解んなかったから、もうぶっちゃけて訊くけどよ……ようするに俺達じゃ『迷宮の王(ゲームマスター)』を倒せねーのか?」

 

 その疑問は、きっとこの場の全員が浮かべたものと同じだっただろう。ワイズマンさんも、稲葉さん達も、皆が固唾を呑んでガーネットの返答を待ち──彼女は「ええ」と頷いた。

 

「そーね。貴方達(・・・)では、無理よ。“弱らせることは出来ても、倒すことはできない”。それは──」

「我々がヤツ……『アーサリア』に召喚されたが故に、既に我々という存在は『アーサリア』に関連付けられてしまっているから」

「……せーかい。さっすがアル、話が早くて助かるわ」

 

 苦笑気味に答えたガーネットに対して、大堂寺が「アァ!? じゃあどーすんだよ!?」と声を荒げて立ち上がりかけ──隣に座るワイズマンさんに肩を抑えられる。

 

「落ち着け。ガーネットは今、『貴方達』と言った。アレはこの場の全員を指すものではなく、文字通り我々のパーティでは、と言うことだろう。それに先程の話の中で『封印竜』達とやらは某かの手段を構築しようとしていたともな」

「よくもまー、今のやり取りでそこに至れるわね……ホント、話が早くて助かるわー……」

 

 再びの苦笑と、深い溜め息。

 

「この世界には、『アーサリア』が大規模召喚のために利用した『勇者召喚の儀』の他にもう一つ、異世界から人を召喚する術式があるの。与えられるスキルが、被召喚者の資質によってほぼ決定される『勇者召喚の儀』に対して、“召喚する側”がある程度の方向性を示してあげることができる召喚術。

 かつて『勇者召喚の儀』によって召喚される『勇者』に対抗するために、『勇者召喚の儀』を模倣し、解析し、改良された召喚術──『魔王召喚の儀』。アタシ達封印竜は、それを利用して『アーサリア』に対抗し、打倒できる人物を呼び出したの」

 

 そこで一度言葉を句切ったガーネットは、この場に居る全員の顔をぐるりと見回し──俺に視線を止めて、言葉を続ける。

 

「アタシ達が“召喚する対象”に選ぶために定めた条件は二つ。一つは、その心根が善性であること。まーこれは当然よね。悪性の人物なんて喚んだら、即『アーサリア』に取り込まれて終わっちゃうもの。そしてもう一つは、『アーサリア』が行った『第三次召喚』の被召喚者の中に、魂の近しい人物……ベストは双子、次点で兄弟姉妹が居ること」

「何故そのような条件を?」

「第一回と第二回の大規模召喚を解析して解ったことなんだけど、もともと『アーサリア』が行った大規模召喚には、魂の形状の近しい存在をまとめて引っ張ってくるって性質があったみたいなのよね。だからその性質で引っ張られて『第三次召喚』の被召喚者に選ばれたものだと誤認させるために、どーしても必要な条件だったの」

 

 長良さんに問われたガーネットは、「んー……」と唸り、可能な限り『アーサリア』に気取られる訳にはいかなかったからねーと、苦笑いとともに言った。

 そして、「さて、話を戻して」とガーネット。

 

「さっきも言ったように、『魔王召喚の儀』を利用して召喚した人物には、身につけるスキルにある程度の方向性を示してあげることができた訳よね。で、アタシ達が定めた方向性……とゆーか条件は一つだけ。『ある特定の条件を満たす異世界の力を“直接”奮うことが出来るスキル』であること」

 

 そのガーネットの言葉に続くように、“声”が聞こえた。

 

 ──それ即ち、『特定異世界』と、私達は呼びます。

 

 一瞬、視界が歪む。

 瞬きをした次の瞬間には、俺の前──テーブルの上に、一人の少女が座っていた。

 見たことのある少女だった。

 白い服、白い肌、白い髪、そして金の双眸。

 

 ──こうして姿を見せるのは、お久しぶりですね、継承者よ。

 ──私の名はグライスフィード。光を司る封印竜にして、封印竜達の長。

 

 一度柔らかく微笑んで名乗り上げた白い少女──グライスフィードは、すぐにその表情を悲しげなものへと変える。

 誰も、何も言わない。……何となく、解る。理屈では無く、感覚で。彼女の姿も、声も、俺にしか認識できないであろうことが。

 

「その『特定の条件』とは?」

「『アーサリア』がその内に因子を持たない、外側の世界であること。単純で簡単なことよね。『アーサリア』に取り込まれた──言うなれば『アーサリア』がその内に因子を持つ力で致命傷を与えられないのならば、『アーサリア』の中に無い力で攻撃すればいーわよねってこと」

 

 どこかぼんやりと、フィルターを通したような感じで、稲葉さんが問いかけ、ガーネットが答える声が聞こえた。

 その裏で、グライスフィードは俺に語りかける。

 

 ──けれどそれは、表向きの話なのです。

 ──私達が考えた真の方法は、ただ『アーサリア』に『特定異世界』の力で攻撃するだけではありません。

 ──そうして弱らせた『アーサリア』を、召喚した『特定異世界』の因子を強く持つ者……即ち、貴方を“核”とした術式で封印すること。

 ──そしてその上で、『世界封印』の中で、『特定異世界』の力を用いて『アーサリア』を討ち滅ぼす。

 ──“世界の負の側面”である『アーサリア』の核たる部分を、世界そのものから切り離し、封印する。言うなればこれはかつて行われた『世界そのものを核とする封印術』とは別の、もう一つの『世界封印』。

 ──それが、私達が立てた計画でした。

 

 グライスフィードの語るそれは、衝撃の真相だった。

 つまり俺は、封印の生け贄にされるために召喚されたのか、と。

 けれど──そこで疑問が過ぎる。

 なぜ彼女は今、それを俺に告げたのだろう。今のタイミングでそんなことを告げられれば、俺がその役目を拒否することも考えられるのに。

 

 ──当時の私達にとってそれは、最善では無くとも最良の選択であると、思っていたのです。

 ──たった一人を犠牲にすることで、多くの世界を救うことができるのだから、と。

 ──ですが私は、この世界に呼び込まれた貴方を見ていて、思ったのです。それはただの言い訳に過ぎないと。私達が自分達の行動を正当化するための理由付けに過ぎないのだと。

 ──確かに方法はもうそれしか無いのかも知れません。貴方へと力を譲渡し、貴方の中に身を寄せてからもずっと、他に方法が無いか考え続けていても、他の手段が考えつくことは有りませんでしたから。

 ──それでも……いえ、だからこそ、私達は、貴方に全てをつまびらかにし、誠意を持って助力を請うべきなのだと。

 

 そう言ってグライスフィードは、深く身体を折り曲げた。

 それはまるで、罪人が裁きを待つかのような、姿で。

 

 ──故に、どうか──伏してお願いいたします。

 ──私達に──いえ、この世に連なる全ての世界のために──貴方の全てを、お預けください。

 

 言葉が、出ない。

 すぐに返事をすることなど出来なかった。

 だって、当然だろう? 世界を救うために、お前の全てをくれと言われて、誰が二つ返事で頷けるというのか。

 けれど、すぐに拒否することも出来なかった。

 彼女の姿から、声音から、感じられる存在そのものから、悲壮な思いが伝わってきたから。

 頭の中がグチャグチャだ。

 どうして俺が、と、叫び出したい。けれど、理性がそれを押しとどめる。叫んだところで、解決などしないのだと。

 後が無いのだ。それが、ひしひしと感じられるのだ。

 きっと、俺が断ったならば、本当にもう後が無いのだと。

 ──だから、問う。

 それを受けて、それを──『世界封印』を行った時、俺はどうなるのか。

 

 ──貴方に行って頂きたい『世界封印』は、先に述べたように『アーサリア』を世界そのものから切り離す、孤立させるためのもの。故に……その核となった時、貴方もまた、『特定異世界』以外の世界から、繋がりが断たれます。

 ──『特定異世界』との繋がりが保たれるのは、それが『アーサリア』を撃滅するのに必要不可欠であるからに他なりません。

 ──ですが、それ以外の……少なくとも、『アーサリア』が因子を持つ世界との繋がりは、完全に断たれます。

 ──そして……『アーサリア』は、貴方の元の世界の因子を、既にもっているのです。

 

 ……それは、そうなのだろう。俺の世界からは、俺以外にも……少なくとも弥生が『アーサリア』の術式で召喚されているのだから。

 つまり、俺は。

 俺は──例え封印の中で『アーサリア』を討ち果たしたとしても、もう二度と、産まれ故郷には帰ることが出来ないのか。

 ……だったら、断るか?

 『アーサリア』を倒さねば、元の世界に帰ることは出来ないのだろう。けれど、尋常の手段じゃ倒す事は出来なくて。

 じゃあこの世界の安全地帯で、終わりの時が来るまで震えて隠れていればいいのか?

 そうしていたところで、いつかきっと『アーサリア』は力を取り戻す。

 そうなった時──俺がこの世界で死んだ時、俺が“因子”を持つ『特定異世界』は……フェイト達の……皆の世界は、どうなる?

 

 ──貴方がこの世界で果てた時、その身体は迷宮へと取り込まれ、『アーサリア』は貴方を通し、『特定異世界』の因子を得ます。

 ──そしていつか、それが一年後か、それとも百年後かは解りませんが……その食指を伸ばすでしょう。

 ──『アーサリア』は『次元竜ザーランド』の特性も強く持っていますから。

 ──即ち、次元を渡り、世界を喰らい、世界を滅ぼし、力を高めていくという特性を。

 

 それを聞いて、思わず笑いそうになってしまった。

 だって、最初から選択肢など無かったのだ。

 俺の世界はもう手遅れなのだろう。だからと言って、フェイト達の……こんな俺に力を貸してくれる、心優しい皆の世界までも危険に曝すことなど出来る訳がないじゃないか。

 けれど、逆に腹は決まった。

 “あらゆる世界のため”なんてスケールの大き過ぎる話よりは、余程判り易いし、やってやるって……やるしかないって気になるさ。

 フェイト達の──みんなが暮らす場所を守るためなら──

 

「──だからこの先は、やよっちのおにーさんが主役……ううん、“彼のための舞台”になるのよ。否応なくね」

 

 そう考えたところで、まるで二つに分かれていた世界が重なったかのように、ガーネットの言葉が耳に届いた。

 ……彼女はどこまで話したのだろうか。……多分、全部ではないだろうな。恐らく、俺が『アーサリア』に対抗するために喚ばれたってことぐらいか? ……まぁ、いいさ。

 俺はグライスフィードと、その向こうに座るガーネットを見据えて、宣誓する。

 そうだ。これは誓いだ。必ず果たすべき、誓い。

 

「──いいよ、やってやる。俺が、『アーサリア』を倒す」




・第三次召喚は1000名ではなく1000+1=1001名だった
 ──他の1,000人のプレイヤーと共に頑張ってください!
・召喚された人は早めに5人パーティになるように近くに配置される。
 =葉月だけパーティメンバーが居なくてボッチだったこと
 =葉月が第一層10階に着くまで他の『プレイヤー』と会わなかったこと
・葉月だけ毛色の違うユニークスキル。
今回の話がこの辺の種明かしです。

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