深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase11:「探索」

 『深遠なる迷宮』第1層・洞窟エリア・2階。

 昨日思い切り取り乱し、フェイトに醜態を晒したここへ、俺は再び足を踏み入れていた。

 フェイトのサポートを受けて1階を駆け抜け、ここまで来るのに掛かった時間は約30分。

 階段を降り切ったところで一度呼吸を整えるとともに、今回の目標を定める。すなわち──。

 

「今回は、3階への階段を見つけよう」

 

 であった……の、だが。

 一階から降りた直後の場所は、五メートル四方程の小さな広間になっており、そこから左右へと通路が伸びている。

 その左右の通路のうち、何となく選んだ左の通路を進むこと五分程。俺達の前には、3階へ降りる階段があった。

 

「……今回の探索の目標を達成しちゃったね」

「……だな」

 

 苦笑を浮かべて言われたフェイトの言葉に、俺もまた苦笑で返す。

 俺もフェイトも、あまりにアッサリ見つかったそれに、少々困惑気味だ。

 

「とりあえず降りようか?」

「階段を囮にして、この階に何かが隠されている可能性は?」

 

 先に進むか、と言う俺の言葉に対して、返って来たのはそんな問い。……それは俺も一応考えはしたんだけど……なぁ。

 

「その可能性も無きにしも非ずだけど……ここがまだ2階で、かつ最初に右の通路を進んでいた場合、その思惑は意味を成さない事を考えると、可能性は低いんじゃないかな?」

 

 「どう思う?」と自分の考えを述べてみると、フェイトは一つ「うん」と頷いて、

 

「そうだね。私もその考えに賛成かな。……それに、ここまで来るのはすぐだし、いざとなったら改めて探索しに来ればいいからね」

 

 そんなフェイトの言葉に同意を返して、俺達は3階へと続く階段に足を踏み入れる。

 ここもやはり、1階と2階を結ぶ階段と同じように、並んで歩ける程度に広く、程なくして俺達は次の階に到着する。無論、昨日のような事が無いように、上空を含めて全方位を警戒しておく事は忘れない。

 3階に降りた直後の場所は、2階と同じように5メートル四方の小さな広間になっていた。違うのは伸びている道が前方の一本だけなことだろうか。

 周囲に敵が居ないことを確認し、フェイトと頷き合って、前方の道へと足を向けた。

 それから歩く事しばし。

 3階を探索しだしてから一時間程が経っただろうか。どうやらこの階に出る敵は、1階から出ているネズミとカエル、それに2階で出てきた蝙蝠の3種類だけだというのが解ったころ、4階へ降りる階段を見つけた。

 

「順調だね。どうする、降りる?」

 

 階段を前にフェイトに問われ、さてどうしたものかと思いつつ、意識をスキルへと向ける。

 ……残りの召喚時間は約一時間半。帰りのことも考えると……そうだな。

 

「いや、ここで引き返そう。ただ、次回はもっと時間を短縮できるように、道順を確認しながらね」

 

 俺の意見に対して、フェイトが「うん」と頷いたのを受けて、俺達は踵を返し、2階へ上る階段へ向けて歩を進める。

 ……それにしても、これから先階が進む程に、一つの階の探索に掛かる時間は増していくだろう。となるとやはり、俺一人でもなんとかやっていけるようにならないと……まずいよなぁ。

 全く持って前途多難だ、と思ったところで、少し先行して歩いていたフェイトが、曲がり角を曲がりかけたところで不意に足を止め、すぐに数歩下がりながら手で俺の動きを制してくる。

 

(葉月、止まって)

(どうした?)

 

 口元に人差し指を当てて沈黙を提示しながら念話を飛ばしてきたフェイトに、音を立てないように立ち止まって念話を返す。

 

(ネズミが5匹。こっちには気付いてないみたい……どうする?)

(……仕掛けよう)

 

 こういった確実に多勢に無勢になるのが解っている場合、普通であれば、敵がバラけるか居なくなるまで待つって言うのが、安全面で考えるならば一番なんだろう。

 だが如何せん、俺達には“時間制限”と言う足枷があるのだ。圧倒的に敵が格上であるならばともかく、この程度は強行突破できなくては今後が思いやられる。

 そういったことを説明すると、フェイトも解った、と頷いてくれた。

 

(けど、今回は流石に葉月一人に任せるわけにはいかないだろうから、私が3匹引き受けるね)

(うん、ごめん。……よろしく)

 

 この程度任せておけ、と言えないあたりが、我ながら情けないなぁと思いはするんだが、格好つけて無理をするわけにもいかないので、素直にフェイトに頼っておくことにする。

 ……とは言え、いつかはしっかり引き受けられるようになりたいものだ。

 そう思っていたら、フェイトから、「うん、頑張ろうね」と念話が来た。

 フェイトの顔を見ると、くすりと小さく笑っていて……どうやらまた思考が漏れていたらしい。念話の制御も課題の一つだな。

 

(それじゃ、行くよ)

 

 武器を構えたところでフェイトから来た念話に頷くと、彼女はバルディッシュを手に角から飛び出す。

 俺もそれに続くと、そこには確かにネズミが5匹。

 彼我の距離は約10メートル無いぐらいであり、ネズミ達は恐らくフェイトが出た時点でこちらに気付いたのだろう、キィキィと鳴き喚いているのが聞こえてきた。

 その直後、ネズミ達はいっせいにこちらに向かって駆け出し──。

 

「フォトンランサー……ファイア!」

《Photon Lancer》

 

 フェイトが構えたバルディッシュの先に形成されたスフィア。そこから3連射された槍状の魔力弾は、ネズミ達のうちの3匹を、数歩も進まないうちに超高速で打ち抜き、後方へ大きく吹き飛ばした。

 そのうちの2匹は、今の一撃で既に魔力へ還りだしている。

 

「葉月」

「おう!」

 

 同時に駆け出しつつもフェイトが一瞬加速して先行し、俺は向かってくる2匹へ、フェイトはその2匹の横を掠めるように躱して、奥の残った1匹へと向かう。

 フェイトと擦れ違った2匹のネズミは、自分達のすぐ傍を駆け抜けたフェイトに気を取られたか、正面から迫っているにも関わらず、俺から注意が逸れたのが解る。

 恐らく本能的にフェイトの方が危険だと理解しているんだろう。その事に若干悔しさを感じつつも、フェイトの速さならそれこそ一瞬で奥のネズミまで行けるだろうに、こうやって何気なくサポートしてくれることが有り難く、嬉しく思う。

 折角のフェイトのサポートを無為にはできない、と、フェイトに気を取られているネズミのうち、手前に居た方に剣を上段から振り下ろし、切り掛かる。

 注意散漫なところに打ち込むことの出来た今の一撃はどうやらクリーンヒットしたらしい。

 確かな手応えと共に、斬られたネズミは断末魔の声を上げて倒れると、そのまま金の粒子へと成り果てた。

 対して残った1匹は、どうやら今の一連の物音でその注意が俺に戻ったらしく、すぐにその発達した後脚を使って跳びかかって来た。

 猛烈な勢いで迫るネズミ。対する俺は、剣を振り下ろした直後の不安定な体勢である。

 それでも何とか、咄嗟に左手に持った盾で振り払うように、横薙ぎにネズミを殴り飛ばした。

 少々無理な体勢ながらも反応できたのは、きっと昨日今日とフェイトにつけてもらった特訓のお蔭だろう。付け焼刃でも、確かに自分の身になっているようで何よりだ。

 ガンッと言う鈍い衝撃と音を立てて吹っ飛ぶネズミだったが、偶然かそれともモンスターとしての意地か、殴られた反動で身体が回転した勢いのままに、後脚の爪で俺の右肩をしたたかに引っかいていきやがった。

 

「……つっ」

 

 思わず顔を顰めるも、この程度で怯んではいられない。

 すぐに気を入れなおし、吹っ飛んだネズミが体勢を整える前に追撃を掛けようと追いすがり、地面を転がったネズミが起き上がろうともがいているところに剣を突き立てた。

 

「お疲れ様、葉月。肩大丈夫?」

 

 ネズミが魔力へと還っていくのを見送ったところで、フェイトが駆け寄ってきて声を掛けてくる。

 さっき一撃もらったのをしっかり見られてたか、と苦笑しつつ、襟元から一応確認して大丈夫だよと返すと、それでもやはり気になったのか「見せて」と近寄ってきて、背伸びするように覗き込んでくるフェイト。

 

「うん、ちょっとミミズ腫れになってるぐらいだね。よかった」

 

 俺の肩の様子を見てから「安心した」と笑うフェイト。

 そんな折に、ふと目と鼻の先にある彼女の頭が目に付いて、「ありがとう」と言いつつ撫でてみたところで、フェイトが驚いたような、戸惑うような表情を浮かべたのに気付いた。

 

「ごめん、つい」

 

 思わず手が伸びてしまったけど、流石に嫌だよなと思い至り、謝りながら手を離した……んだが、フェイトは小さく「あっ……」と声を漏らしたあと、ふるふると首を横に振る。

 何だと思ったところで、彼女は少し恥ずかしそうにしながらもこちらに視線を向けて、

 

「あの、違うよ。その……こういう風にされたことって全然無かったから、ちょっとびっくりしただけ。けど……葉月なら別に嫌じゃないよ」

「あー…………うん、ありがとう」

 

 流石にストレートに言われるのは気恥ずかしく、誤魔化すようにもう一度フェイトの頭を撫でてやる。

 ……きっと俺の行動の意図──照れ隠し──なんてバレバレなんだろう。彼女には、小さくクスリと笑われてしまったが。

 とは言え……こうやってスキンシップを取れるような相手も、アルフを除いて居なかったであろう彼女の境遇を考えれば、俺の恥ずかしさ程度はどうでもいいことか。

 そう、少しでも、俺がフェイトに何かを返せるのならば。

 

 

◇◆◇

 

 

 時間は午前中まで遡り、次元空間航行艦船『アースラ』。その会議室にて。

 時空管理局本局からアースラへと所在を移したフェイトは、艦長であるリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウン、執務官補佐にして管制官のエイミィ・リミエッタに、現在自分、そして葉月が置かれている状況を説明していた。

 

「……それはまた、妙な状況ねぇ」

「あの、信じられないかもしれません……けど、嘘じゃないんです!」

 

 フェイトの話を一通り聞き終え、困った表情を浮かべるリンディに対して、フェイトは必死に訴える。

 まずは自分の話を信じてもらえないことには、協力してくれるように頼むことすら出来ないからだ。

 一方のリンディは「フェイトさん、落ち着いて。別に疑っているわけじゃないわ」と、フェイトをなだめるように微笑みかける。

 そんな中、難しい顔をして考え込んでいたクロノが、「だが……」と硬い声を発し、フェイトがそちらに顔を向けるのを受け、フェイトに言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「君の言うように、そうおいそれと信じられない話でもある」

「……っ……うん」

 

 無論クロノとて、フェイトが嘘を言っていると思っているわけではない。

 かつての事件以降、何かとフェイトと接する機会の多いクロノにとって、フェイトがこんなことで嘘を言う様な娘ではないことは良く解っているからだ。

 とは言えこのアースラのナンバー2として、時空管理局の執務官として、はいそうですかと簡単に頷く訳にはいかないというだけであるのも確かなのだが。

 フェイトもそれは良く理解しているがために、クロノの言葉に反論する事も出来ず、辛そうな表情で頷くに終わった。

 見るからに肩を落としたフェイトの様子に、クロノは「やれやれ」と小さく溜息を吐き──

 

「クロノってば、フェイトちゃんを苛めたらだめだよー」

「なっ!? エイミィ、人聞きの悪い事を言わないでくれ。別に僕自身は信じていないわけじゃない。ただ、それはあくまで個人的な考えであって、局の執務官として考えると、安易に信じることは出来ないと言うだけだ」

 

 後半はフェイトに言い聞かせるように言ったクロノは、「だから」と更に言葉を続ける。

 

「局としては動く事は難しいだろう。けど、個人としては話は別と言うことだ」

 

 その言葉に、俯きがちになっていたフェイトがハッと顔をあげ、クロノを、そしてリンディやエイミィの顔を見る。

 クロノは照れ隠しだろう、ふんっとそっぽを向き、リンディとエイミィはその様子に苦笑を浮かべながらも、しっかりとフェイトに頷いた。

 

「ぁ……ありがとう、ございます」

 

 そんな彼らの姿に、何よりも──自分の話を信じてくれた事が何よりも嬉しくて──こみ上げてきた心からの言葉。

 そして思う。あのときの、葉月の気持ちもこうだったんだろうか、と。

 

 ちなみに。

 

 このしばし後のフェイトは、アースラ内の居住スペースに設けられた自室のベッドの上にうつ伏せになり、枕に顔を押し付けて静かに悶えることになる。その原因は無論、“向こう”からフィードバックしてきた“記憶”によるのだが。

 すなわち、念話の練習中に葉月から漏れ出てきた彼の思考である。

 そこにはきっと『恋愛的な要素』は含まれていないであろうことはフェイトとて解っているのだが、それでもやはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。そしてなによりフェイトは、葉月がそう思ってくれているということが嬉しく思う。

 そしてそんなフェイトの様子に、アルフがやきもきするのもまた当然であろうか。

 

 なお、その更に数時間後には、今度は自分の言動に悶えることになるのだが。

 彼女自身、確かに彼に撫でられるのが嫌だと言うことはない。自分のことを気に掛けて、そして自分を頼ってくれる人であり、非現実的な状況も相まって、今現在非常に濃密な時間を長く過ごす相手だからだ。

 ……だからと言ってその気持ちを──聞きようによっては撫でるのを催促するようなことを──自分がストレートに伝えるとは思わなかったが。

 ──どうやら“向こう”に行った彼女は少々積極的になるらしい。理由はおそらく、周囲に知人が居ないから、と言うのが大きいのだろう。

 ともあれ、それはまた別の話。


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