5階への階段前から『マイルーム』への帰路。移動に掛かる時間はある程度解っているので、道すがら念のため残りの召喚時間を差し引いて計算するために意識を向けると、おかしなことに気がつく。
思わず「あれ?」と声を上げた俺に、フェイトが「どうしたの?」と問いかけて来た。
「……いや、フェイトの残り時間が、あと2時間ほどのはずなんだけど……2時間半ぐらいあるんだよ」
「ん~…………ね、葉月、【スキル】か【称号】は?」
俺の言葉にフェイトはしばし考えてからそんな事を言ってくる。
なるほど確かに、こう言う原因不明の現象のときは、それの可能性が高いな。
そう納得し、「ステータスオープン」と発した俺の前に現れるウィンドウ。そこに踊っている文字を見て、ようやく得心が行った。
「どう?」
「うん、新しい【スキル】が増えてる」
『召喚師の極意・Lv1』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長される。──心を重ね、想いを繋げ。それはやがて、遥か高みへ届く刃とならん──。
【延長時間】フェイト・テスタロッサ:30分
そこに書かれている文面をフェイトに読んで聞かせると、彼女はふふっと小さく笑みを漏らした。
「どうした?」と聞くと、小さく首を横に振って、「なんでもないよ」と言いつつ微笑む。何なんだと思う反面、何となく彼女の心情が察せられて、「そっか」とだけ返しておいた。
そこで会話が途切れ、二人の間に僅かな沈黙が落ちる。
響くのは互いの足音のみで。だけど、それは決して──少なくとも、俺にとっては──苦になる沈黙じゃなく。
「葉月」
そんな折に、その空気を壊さないように、とでも言う様な雰囲気で、静かに、けれど優しい声音で発せられたフェイトの声。
「頑張ろうね」
「……ああ」
フェイトも同じように感じてくれているのだろうか、何て思える彼女の言葉は、ただ一言。だけど、多くのものが伝わって来る一言だった。
それからしばし。
スキルのことで少し時間をとってしまったからか、『マイルーム』に着いた頃には、フェイトの召喚時間は残り5分程度になっていた。
……まぁ、元々延長した分の時間を含んでも、猶予は20分程度しかなかったんだけど。
そういえば、出来れば事前に明日以降の事を相談しておきたい。
『マイルーム』に入って一息つき、フェイトの身体を球状の魔法陣が包み込み出した頃にそう思い至り、時計を見て──現在午後7時半、失敗したなと頭を掻いた。
「どうしたの?」
「あー……明日からのこと、事前に相談しておきたいんだけど……後でまた
そう訊くと、フェイトは「何だそんなことか」とばかりにくすりと笑って、こくりと頷く。
「うん、もちろん良いよ」
「ありがとう。それじゃあ、また後で」
フェイトが「うん、またね」と答えた丁度その瞬間、彼女の姿が魔法陣に覆い隠され、そして消える。
……さて、余り時間を取らせないためにも、先に自分の考えを纏めておきますかね。
◇◆◇
時刻はフェイトが葉月の元から戻る10分ほど前である、午後7時20分。次元空間航行艦船『アースラ』。その食堂にて。
リンディ、クロノ、エイミィ、そしてアルフと共に夕食をとっていたフェイトは、内心少しばかり焦っていた。
と言うのも、前回“召喚された”感覚があってから既に3時間を過ぎているにも関わらず、一向に“向こう”の『記憶』の流入が起こらないからだ。
一体何が。よもや葉月に何か起こったのでは。
そんな不安や疑念が──むしろこの場合、向こうの『フェイト』に何かがあったと考えるのが自然であるのだが──浮かんでは消え、フェイトの心に徐々に焦燥が募っていく。
無論、周囲に心配や迷惑を掛けないために、なるべくそれを表に出さないようにしているフェイトではあったが、それも完全とは言えず。
「フェイトさん、何かあったのかしら?」
「え……?」
「ちょっと落ち着かない様子だから、何かあったのかなって思ったのだけど……」
「え、あ、その、何でも──」
正面に座るリンディが、他の皆の意見を代表するように問いかけると、まさか気付かれていたとは、と若干焦りつつ、リンディに「何でも無い」と答えようとしたフェイトだったが、不意にその言葉を止めた。
彼女達には既に事情を説明してある上に、自分一人で悩んでどうなると言うのか。
迷惑を掛けたくないという思いは今も当然ある。だけど、決めたはずだ。葉月を助けるために全力を尽くすって。
「あの、ですね……あ──」
思い直したフェイトがいざ説明しようと言葉を発した次の瞬間、再び彼女は言葉を止めた。今度の理由は簡単だ。その相談しようとした懸念事項が解決したのだから。
つまりは、“向こう”の『記憶』の流入である。
それにより、葉月が新しい【スキル】を覚えた事で召喚時間が延びた事を知ったフェイト。
それを踏まえて、先ほどまでのことを──時間が過ぎても記憶が入ってこなかったことと、それが解決したことと、その原因──説明した彼女だったが、リンディ達の中からは、先ほどと同じ疑念が消える事はなかった。
なぜならば。
「……フェイトちゃん、その、顔、真っ赤だけど何かあったの?」
「な、何でもないです!」
訊き辛いなぁと言う雰囲気ながらも、エイミィが問いかけ──今度は躊躇うことも思いとどまる事も無く、ぶんぶんと強く首を横に振ったフェイトだった。
◇◆◇
「『
いつものように延ばした手の先に現れる球状魔法陣。
そこから現れたフェイトは、ぺたりと座った体勢で、「それでね、アルフ──」と言いかけたところで俺の姿を見とめ、召喚されたことに気がついたのだろう、直ぐに小さく「ぁ……」と漏らして、恥ずかしげに頬を染めた。
話に夢中で気がつかなかったのか。
そんなフェイトの服装は、青色のパジャマ姿で、ワンサイドアップとでも言えばいいのか、向かって右側に軽く一房髪を纏め、残りをストレートに流している。
そして抱きかかえるようにして、黄色の大きなクッションに顔を半分埋め、上目遣いでこちらを見上げる姿は──ああ、うん、“萌える”って、こういうときに使う表現なんだな、何て感想を俺に抱かせた。
……って、いやいや、そうじゃない。
「フェイト、とりあえずソファに。汚れるよ」
そう言って差し出した手を取ったフェイトを立ち上がらせて、ソファに座らせる。
フェイトは大人しくソファの上に座ると、その間に俺は、綺麗なタオルを水で絞ってから、フェイトの足を拭いてやる。
「……ありがとう……って、は、葉月! 自分で出来るから!」
珍しく慌てた声を上げるフェイトのその言葉で、俺もそれに思い至ってタオルを渡し、謝るために口を開いて──
「あ、ああ、うん、ごめん、つい」
何も考えずに取ってた行動だったけど、我ながら随分と動揺しているらしい。
そんな自分に内心で「しっかりしろ」と喝をいれつつ、フェイトに向かい合うようにソファへと腰掛ける。
一方のフェイトは、気まずいのか恥ずかしいのか、先ほどと同じようにクッションに顔を半分埋めるように、こちらを見てくる。僅かに見える頬は若干赤いところをみると、恥ずかしいの方だろうか。
……って、そうじゃない。本題に入らないと。
「……えー……っと」
「あ、うん。明日からのことだよね?」
迷宮の帰り道の時のような、どこか心地よい沈黙とは違う、少し気まずい沈黙を破った俺の声に、若干ほっとした様子のフェイトが言葉を繋げる。
気を取り直し、それに頷いた俺は、前にフェイトが還ってから考えたことを述べる。
「とりあえず、1階の未踏破地区から、しらみつぶしに探索してみようと思う」
フェイトのお蔭でなんだか色々とスッキリして、彼女の言う通り「焦っても仕様がない」と──きっと良い意味で──開き直った俺が出した答えは、そんなところ。
もちろん午前中のフェイトとの基礎鍛錬は変わらずに行うけど。
そう続けると、フェイトも「良いと思うよ」と同意してくれた。
「まぁ、前に2階で先に進むことを選んだ時に言ったと思うけど、何かある可能性の方が少ないとは思うけどな」
「うん。でも、それならそれで『何かあるかも』って悩む選択肢が潰せるから」
「だな」
「明日からもよろしくな」と言う言葉で締めて、余り長居させても悪いので還そうとすると、「もうちょっとだけ」というフェイトの言葉。
俺としても正直に言えば、用件だけ済ませてさようならじゃ寂しいなとは思うから嬉しいが。
昨日までは独りで過ごしていたこの時間帯に、こうやって温かな時間を過ごしてしまうと……明日の今の時間が辛そうだな、なんて思ってもしまうのだけど。
そんなわけで少しの間、取り留めの無い話をして過ごしてから彼女を還す。
「おやすみ、フェイト」
「ん、おやすみなさい、葉月」
別れ際のそんな簡単な、けれど久しぶりなやり取りだけで、今夜は良い夢が見られそうだな、何て思ってしまう俺はきっと単純なんだろう。