明けて翌日。今日の予定は昨夜フェイトと話した通り、1階から未踏破区域の探索である。……とは言えその前に、午前中はいつものようにフェイトとの鍛錬だけど。
そんなわけで、とりあえずまずは2時間、今日もフェイトに戦闘……と言うより回避に重点を置いた鍛錬をつけてもらう。
実際に幾度か迷宮内での戦闘を通して、付け焼刃ではあっても多少の実感を得られているだけに、訓練にも身が入ると言うもの。……まぁ、フェイトを相手にするとそんな実感を得られないほどに、避けられない攻撃がぽこぽこ当たるんだが。
「ちゃんと動きは良くなってるから、大丈夫だよ」
フェイトもそう言ってくれるので──例えフォローだとしても──今後もダレずにしっかりとやっていきたいものだ。
その後は魔法の練習。今はとりあえずバリアジャケット。そろそろと言うか、出来るなら今日で完成させてしまいたい。もうイメージは出来てるので、恐らくは問題ないだろう。
フェイトが目の前で見守る中、眼を瞑り、自身の内へと意識を埋没させる。
胸の中心、リンカーコアから魔力を引き出し、全身に纏うようなイメージを持って巡らせる。
その魔力がそのまま形となり、具現化するように──。
「バリアジャケット」
慣れれば必要なくなるであろう、最後の
……俺がバリアジャケットとしてイメージしたのは、なるべく動きを阻害せず、かつある程度の防御力もある、と言うもの。
具体的に言うと、黒のズボンに長袖のインナー。その上に暗灰色の
バリアジャケットの性質上、重点的に守っている部分以外の箇所や、露出している所も魔力で覆って守っているため、防御性能的に問題はないし、見た目もまぁ、可笑しくはない……はず。
眼を開けてみれば、フェイトは俺の全身をざっと見て、うんうんと満足そうに頷いて、
「うん、似合ってる。カッコいいよ」
なんてことを言ってくれた。お世辞でも嬉しいものだ。
ありがとう、どういたしまして、とお決まりのやり取りを終えた後、フェイトはその表情を引き締めると、「……葉月ならきっと解ってると思うけど」と前置きしてから改めて俺と視線を合わせるようにじっと見つめてきた。
「前に説明した通り、バリアジャケットは対魔力、対衝撃の効果や環境変化から身を守ってくれる効果がある。だけどこれを身に着けていれば絶対に安全っていう程に万能じゃないし、この『迷宮』に対してどこまで通用するか解らないから……」
「ん、解ってる。油断も過信もしないよ。攻撃なんて、喰らわないに越した事ないしな」
彼女の言葉を継ぐように「大丈夫」と答えると、フェイトは一瞬きょとんとしてからすぐにふふっと笑みを浮かべ、「うん」と頷いた。
何となくその一瞬の間が気になったので、「どうした?」と訊いてみると、
「思った通り、ちゃんと解ってくれてたのが嬉しくて」
「それはきっと、フェイトの教えが良いからだよ」
「そんなことない。葉月なら、一人でもちゃんと出来てるよ」
「いや、フェイトのお蔭だって」
何てことを言い合って、むぅっと見合っているうちに──
「……ぷっ」
「……ふふっ」
どちらからとも無く噴出して、しばしの間、笑いあっていた。
その後、バリアジャケットを解除してから一度軽く一息入れたあと、ソファに向かい合って座ったまま、“次”の事を話し合う。
つまりは、俺が習得すべきものは何が良いか、と言うことで。
フェイトのお勧めは? と訊いてみたところ、攻撃魔法なら直射型の射撃魔法、防御魔法ならシールド型の『ラウンドシールド』、補助魔法だと『バインド』かなぁ……とのお答えが。
詳しく聞くに、射撃魔法はその名の通り、魔力を弾丸として射出し、攻撃する魔法。
前にフェイトが使った『フォトンランサー』はこれに当たり、直射型の射撃魔法だそうだ。
射撃魔法には他に、射出した後に弾丸を制御する『誘導制御型』もあるが、俺が覚えるなら撃ちっ放しでいい直射型がいいだろうとのこと。
攻撃魔法には他に、大威力の『砲撃魔法』や『広域攻撃魔法』なんてのもあるが、流石にそこまで行くとデバイスが欲しいところとのことなので諦める。
次いで防御魔法。
「実は私、防御魔法はそんなに得意じゃないんだけどね」
少し気まずそうにそう言いながら、フェイトはその眼前に──丁度俺とフェイトの中間、二人を遮る形だ──金色の円形の魔法陣を展開した。
「これが『ラウンドシールド』。魔法陣を利用して、盾を作り出す魔法。魔力攻撃の他にも、物理攻撃にも充分な防御力があるよ。ただ、この魔法陣の部分にしか防御能力がないから、守る範囲には気をつけないといけないけど」
フェイトの説明に「なるほど」と頷いたところで、フェイトはラウンドシールドを消す。
続いて受けた説明によると、防御魔法には今のシールドタイプのものの他に、一方向に対してある程度の範囲を覆う形の『バリアタイプ』というのもあるとのこと。
今回シールドタイプの方を勧めてくれた理由を訊いてみると、何となく俺に合っている気がしたから、だとか。
次は補助魔法か、と思ったのと同じくして、「そして最後に」と前置きしたフェイトは、おもむろに右手を俺の方へと向ける。
そして次の瞬間、俺の右腕の手首の辺りに、黄金色のリングが出現。その場に固定された。
「これが『バインド』の中でも基本形の『リングバインド』。前に迷宮内で、これとは別の形のだけど使った事があるけど、覚えてるかな?」
そう言うフェイトに「うん」と頷き、幾度か腕を動かしてみる。それにしても、本当に動かないもんなんだな、なんて思ったところで、フェイトがバインドを解除した。
……別にいいんだが、いきなりやられるとちょっとビックリするな。
なんて思った直後、フェイトが「いきなりバインド掛けてごめんね」と謝ってきたので、「大丈夫」と返し──その余りのタイミングの良さに思わず笑いそうになり、フェイトがそんな俺の様子に何か気がついたのだろう、訝しげな表情を浮かべた。
「ん、いや……実際に魔法を掛けられるのは構わないんだけど、いきなりだとちょっとビックリするなって、丁度思ったところでさ」
フェイトが謝ってきたタイミングがぴったりだったから、少し驚いただけだよ。
そう言うと、フェイトは「そっか」と言ってふっと微笑む。
「それで、葉月。一通り私のお勧めは挙げてみたけど、どうする?」
「……そうだな……」
そして改めて次の魔法に関して問いかけてきたので、今しがたフェイトに受けた説明をもう一度思い返して考える。
無論、折角フェイトが勧めてくれたのだし、最終的に全て使えるようになるのは当然であるのだが。
要するに、今決めるのはどの順番で習うか、と言うところであり──自身の現状と探索に挑む際に重点を置いている部分を考えれば、答えは決まっているようなものだった。
「決めたよ。次は『バインド』を身に着ける」
「うん。葉月ならそう言うかなって思ってた」
案の定、フェイトも予想済みだったようだ。
今のところ、防御に関してはバリアジャケットがあるので──実際にこの『迷宮』の敵に対してどれほどの効果があるかは試してみないと解らないが──後に回すことにし、攻撃に関しても、現状『剣』を使うので精一杯なので、ここに射撃魔法を加えると最終的にどっちつかずの中途半端で終わる可能性がある。せめてもう少し剣の扱いに習熟するか、何とかしてデバイスを手に入れるまではお預けかもしれない。……『攻撃魔法』ってのには憧れるんだけどな。
そんなわけで、その後──今の一連の説明で30分ほど使ったため、残り1時間程だが、バインドについて詳しく説明を受けた。
つまりは、バインドにもいくつか種類があり、先ほどフェイトが俺に使って見せた『リングバインド』は、対象を直接指定して掛けるものであるとか、フェイトが以前、迷宮内で蝙蝠に使った『ライトニングバインド』は、空間に事前に設置しておき、そこに触れたものを拘束するという『設置型』であるとか、他に特定範囲の空間を指定し、一定時間以内にそこから出られなかったものを無差別に拘束する『範囲型』なんてのもあるとか……などである。
その中から俺が選んだのは、やはり基本形となる『リングバインド』。
拘束力が強いが『リングバインド』よりも起動などの速度が劣る、魔力で出来た鎖を生み出す『チェーンバインド』と悩んだりもしたが、拘束力の強さよりも起動の早さや習得難度を考えてこちらにした。
何となくだが、俺にとってはそちらのほうが合っている気がしたからだ。……その辺においてもフェイトの影響を受けていないとは……まぁ、言い切れないのは確かだけど。
そうしているうちにフェイトの召喚時間が終わり、「また後で」と言葉を交わして見送った。
……さて、次は迷宮の探索だ。フェイトを呼ぶ前に、ある程度の準備を整えておかないとな。