深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase19:「水晶」

 現在、俺達の前には謎の『箱』がある。

 『マイルーム』にある『アイテムボックス』をそのまま半分ほどの大きさに小さくしたような箱だ。まぁ、迷宮にある箱の用途なんて、宝箱かトラップかの2つに1つだろうけども。

 この箱を守っていた2体の石像は、この階どころか、4階に出るスケルトンよりも比べ物になら無いぐらい強く──少なくとも俺にとっては、だが──そんな敵が守っていた『箱』が、流石にトラップは無いと思いたい。……油断はしないほうがいいだろうが。

 

「何が入ってるんだろうね」

 

 いつもよりも少しだけワクワクしたような声音で言うフェイトに、「罠って可能性もあるぞ?」と言うと、「そっか……」と呟いて、じっと箱を見つめる。

 「どうした?」と問いかければ、彼女はバルディッシュの柄をギュッと握り、

 

「どんな罠があっても、私が守るから大丈夫だよ」

 

 そう言ってニコリと笑う。

 そんなフェイトの姿が頼もしくもあり、その台詞は本来なら俺が言うべきものなんだろうな……なんて思って、若干落ち込みそうになりながらも、「ありがとう」と返して箱の蓋に手を掛けた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。出来ればどちらも出ないで欲しいな……っと。

 何かあった際にすぐに退避できるように注意しつつ、掛けた手に力を入れて押し上げると、ギギッと若干軋んだ音を立てて蓋が開く。

 罠が無かった事にフェイトと共に安堵の息を吐きつつ中を覗き見ると、そこに有ったのは──。

 

水晶(クリスタル)?」

 

 中に入っていたそれを慎重に取り出したフェイトの手の中に納まっているのは、その言葉の通り、両端が角錐状になっている六角柱の透明な水晶(クリスタル)のような石。大きさはパッと見10センチぐらいだろうか。

 それを手のひらの上に置いて、眺めるように見ていてたフェイトは、何かに気付いたのか自分の目の前に掲げるように持ち上げ、覗き込んだ。

 

「ね、葉月。これ中に何か文字が書いてあるよ」

「……ちょっと見せて」

 

 書いてあるとなれば、当然の如くこの世界の文字だろう。

 それをよく見るためにフェイトから水晶を受け取った、その時だった。

 

「痛ッ……!」

 

 突如襲って来た頭痛。ズキリとした鋭い痛みの後に、ザリザリと、まるで脳に直接情報(・・)を書き込まれるような感覚に頭を抑える。

 この世界に来た時に味わった、覚えのある感覚。

 あの時程ではないにしろ、強烈な頭痛を伴うその感覚にふらりと身体が揺らぎ、思わず膝を突きそうになったところを、何かに支えられる感触がした。

 情報の書き込み(・・・・)が終わったか、頭痛がようやく──恐らく実際は大して時間は経っていないだろうが──治まったところで、いつのまにかきつく瞑っていた眼を開けると、そこに飛び込んで来たのは、視界一杯の金色。

 すぐにそれがフェイトの髪の毛であり、ふらついたところを彼女が支えてくれたのだと言うことに思い至って、「ごめん、ありがとう」と声を掛けて離れた。

 

「葉月、大丈夫? どうしたの?」

「ん……大丈夫。コレ(・・)の使い方を頭に無理矢理叩き込まれただけだから。どうやら『プレイヤー』がコレを手に持つことがトリガーだったみたいだな」

 

 心配そうな顔で訊いてくるフェイトにしっかりと頷いて返して、手に持った水晶をひらひらと振ってみせる。

 書き込まれた情報によると、この水晶の名称は『記憶の水晶(メモリークリスタル)』。

 この中には【スキル】の情報が封じ込まれていて、中に書かれている文字はそのスキル名。

 この水晶を握り、『ロード』のキーワードの後に中に書かれているスキル名を発すると、水晶に封じられている【スキル】を身につける事ができる……らしい。

 

「『先人達の遺産、魂の残滓、可能性の鍵』……ね」

「それは?」

「『記憶の水晶』の情報と共に書き込まれた言葉だよ。……何となく、これがどういったものか解るよな」

 

 苦笑交じりにそう言うと、フェイトはうん、と頷いた。

 それからすぐに、その視線を俺から俺の手中の水晶に向ける。

 

「ところで、その水晶にはどんな【スキル】が?」

 

 そのフェイトの言葉で、未だにこの水晶の中の文字が、何て書かれているかを確認していなかった事に気付く。

 フェイトに「ちょっと待って」と答えてから、水晶の中に浮かぶ文字を読み取る。

 

「えっと……『解析(アナライズ)』」

「……流石にどんな効果かは?」

「解らないな」

 

 ある程度の予想はつくけどな。そう続けた俺に対して、フェイトもこくりと頷き、「それで、どうする?」と問いかけてくる。

 新たなスキルを覚えられるのは、こちらとしても望むところだ。おそらくスキル名から察するに、使えないスキルってことはないだろうし。

 問題は今ここで使うかどうかだけど……。

 

「……そうだな。一度戻って『マイルーム』で使ってみようか。この水晶によるスキルの取得で、万が一今よりもきつい“情報の書き込み”があったら少し危ないし」

 

 恐らくは大丈夫だとは思うが、慎重を期するに越した事はないだろう。

 まだ未探索地域は残っているし、フェイトの召喚時間も2時間以上は残っているけど、まぁいいさ。

 フェイトも異論は無いのか同意してくれたので、念のため『箱』やその周辺に他に何か無いか捜してから、帰路についた。

 

 

……

 

 

 それから再び1時間程をかけ、『マイルーム』に戻った俺達。

 バリアジャケットを解除し、ソファに向かい合って座り、『記憶の水晶』を取り出す。

 ちなみに今日のフェイトの服装は、裾がフリルになっている、胸元に黒のリボンがあしらわれた白いミニ丈のワンピースで、髪型は左側頭部に黒いリボンで1つにまとめたサイドテール。

 バリアジャケット姿も良いが、私服姿もやはり可愛い。

 最初の時以外は、午前中の訓練時、木剣で打ち合っている時もフェイトはバリアジャケットなので、彼女の私服姿が見られるのは、その後の魔法の訓練時と、こうして余裕を持って『マイルーム』に戻った時ぐらいだから、余計にそう思うのかもしれない。

 ……魔法の訓練時は俺も必死で集中してるから、他所に気を散らす余裕なんてないしな。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

「ボーっとしてどうしたの?」

 

 先ほどの“情報の書き込み”の一件があったからだろうか、「大丈夫?」と心配気に問い掛けて来たフェイトに「何でもない。大丈夫だよ」と返して──流石に「フェイトの私服姿に見惚れてた」なんて言えない──改めて手の中の水晶へ視線を移す。

 

「やってみるの?」

「ああ」

 

 俺の雰囲気から察したか、問いかけて来たフェイトへ頷いて返し、手の中の水晶を軽く握り締めてキーワードを口にする。

 

「『ロード:アナライズ』」

 

 その瞬間、手の中の『記憶の水晶』がキンッと光を発し、それと共に俺を取り巻くように一本の帯状魔法陣が環を描く。

 その魔法陣が俺に向かって収束、消失すると同時に、手の中でザラリと崩れるような感覚とともに、指の隙間から魔力の粒子となった水晶が、中空へと立ち上って消えていった。

 ……この感触と光景は、余り好きにはなれそうにないのは、何時ぞやに見た悪夢のせいだろうか。

 なんてことを考えているうちに、手の中の感触も何もかもが全て消え去ったことに気付き、恐る恐る開いた手の中には、最早水晶の欠片すら無く──。

 

「……終わった?」

「……かな?」

 

 どう? と小首を傾げて訊いてくるフェイトに、俺もどうにも全然サッパリ実感が湧かず、首を傾げて答えた。

 いや実際、身体に力が漲るだとか、身に着けたスキルの情報が書き込まれて苦しむだとかの兆候も何もないわけで。……とりあえず見てみるか。

 何だかなぁと思いつつ、ガリガリと頭を掻きながら「ステータスオープン」と唱えると、ヴンッと何とも魔法っぽくない音と共に、目の前に半透明のウィンドウが現れた。

 

「……ん~……やっぱり読めない……」

 

 そんな声が耳元で聞こえた。

 いつの間にやら後ろに回りこんでいたフェイトが、俺の肩口から覗き込むようにウィンドウを見て、残念そうにポツリと呟いた声だ。

 ふわりと揺れた彼女の髪が頬を撫で、少しくすぐったい。

 そんな彼女の様子につい苦笑を浮かべ、フェイトにも伝わるように、そこに並ぶ文字を読み上げていく。

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『アナライズ』:アクティブ。解析魔法。アイテムやモンスター等の情報を取得する事が出来る魔法。術者の能力と、対象の性能や能力によっては、情報を取得できない場合がある。

 

『フィールド・アナライズ』:アクティブ。スキル『アナライズ』よりの派生スキル。術者が居る階層の地図を表示する。但し、術者が移動したことのあるエリアに限る。前提条件:スキル『アナライズ』

 

 

 

 そこまで読み進めたところで、その更に下に他の【称号】と【スキル】の情報があることに気づき、思わず「へ?」と間の抜けた声を上げてしまう。

 読めないながらも引き続き俺の後ろでウィンドウを見ていたフェイトは、そんな俺に対して「どうしたの?」と訊いてきた。

 

「いや……今読んだ2つの他にも情報が有って、つい。多分、あの石像との戦いで得たんだと思うんだけど」

 

 そう説明して、それらの情報も一つ一つ読み上げていく。

 

 

 

※※新たな【称号】を獲得しました!※※

 

『魔導師』:特定異世界の魔法を使用する者。Unknown。前提条件:スキル『リンカーコア』。

 

 

※※【称号】が変化しました!※※

 

『剣士・Lv0』→『魔法剣士・Lv1』:剣と魔法を使用して戦う者。『ソード』の扱いにボーナス。魔法使用全般に若干のボーナス。

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『ミッドチルダ魔法』:アクティブ。特定異世界に属する魔法の一系統。前提条件:スキル『リンカーコア』。

  [念話] [バリアジャケット] [リングバインド]

 

 

※※【スキル】情報が更新されました!※※

 

『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。特定異世界の魔法を使用することができる。魔法使用全般にボーナス。Unknown。

 

 

 

 一通りを読み上げたところで「これで全部かな」と言うと、フェイトはうん、と頷いてからソファに戻って座るや、口を開く。

 

「今読んでもらった中で、気になったのは3つかな」

 

 フェイトの言葉に、それがどれかと考えてみる。

 2つはパッと思いつくが、もう1つは何だろうかと考え、もしかしてと思いついた。

 

「それって、『Unknown』と『特定異世界』、それと……『フィールド・アナライズ』か?」

 

 俺の予想に「うん」と頷いたフェイトは、それぞれに彼女が思ったことを話し出す。

 彼女の認識では、例えば『地球』、例えば『ミッドチルダ』のように、『世界』が複数あり、次元空間を通じて行き来できるというのは当然のこと、だった。

 だが、今回俺が得た『魔導師』の称号と『ミッドチルダ魔法』のスキル、そして更新された『リンカーコア』のスキルに記載された『特定異世界』の表現。

 これを踏まえて考えられるのは、『この世界から』見てフェイトの世界──すなわち、『地球』や『ミッドチルダ』など、全てを含んだ全てだ──は、完全に別物(・・)だと言うことである。

 フェイトとしては、『この世界』もまた、次元空間を通じて繋がっているどこかの世界である、と言う認識だったらしく、流石に困惑気味の様子だった。

 そしてそこから考えられる、彼女の世界に関するであろう【スキル】や【称号】である『魔導師』と『リンカーコア』に表示されているUnknownの文字に関して。

 以前『リンカーコア』のスキルを得た時に、詳細不明(アンノウン)になっているのは、俺がまだその情報を取得する条件を満たしていないのか、それともこの『迷宮』が情報を把握できていないのか、と言う疑問が出たが、その答えが恐らく後者であろうということが確定したこと。

 完全に別の世界であるのなら、『迷宮』が情報を持っていないのは当然であるからだ。

 そうなるとやはり、いつか『迷宮の王』に相対した時に、この世界とは完全に別の技術である『ミッドチルダ魔法』や、その世界の住人であるフェイトの存在は、効果的な切り札になるかもしれない。

 そして最後に、『フィールド・アナライズ』について。

 

「……ねぇ葉月、あの時『箱』を見つける前に話していたこと、覚えてる?」

 

 フェイトの問いに「当然」と返す。何せ俺から振った話だ。覚えていて当然。

 

「『マッピングすればよかった』だろ?」

「うん。……きっと、ただの偶然で、私の考えすぎなんだと思うんだけど……そんな会話の後に得た“スキルを身につけるアイテム”が、地図を表示できるものだったって言うのが……その」

「会話を『迷宮』に把握されているみたい、だろ? それは俺も考えたよ」

 

 確かに考えすぎかもしれない。けど、もしかしたら偶然ではないかもしれない。この『迷宮』に関しては解らないことが多すぎるから、一概に「そんな事は無い」なんて言えないし、そう考え出すとどうしても悪い方へと考えてしまうんだよな。……まぁ、物事を悪い方で考えておけば、実際に何かあった時に対処がしやすいってのはあるけども。

 

(だから、『迷宮の王』に知られたくないことを話す時は、『念話』の方がいいかもな)

 

 実際にフェイトに『念話』を送ると、彼女はハッとしたような顔をして、すぐに嬉しそうに笑って頷く。

 

(うんっ! その、葉月……ありがと)

 

 何に対する礼なのかが今一解らず、「ありがとうって、何が?」と送ると、フェイトは少しだけ躊躇ってから、

 

(その……「考えすぎ」とか「大げさだ」とか言わずに、こうやってちゃんと考えてくれたから)

 

 そんな彼女の言葉に苦笑を浮かべる。

 俺だって考えた事なんだし、そんな事を思う訳が無い。なによりも──

 

(当たり前だよ。フェイトの言うことを蔑ろにするわけないだろ)

 

 俺にとって、フェイトの存在はそんな無碍に扱えるようなものじゃない。彼女の言葉なら、どんなものだって一考の余地に値する。それぐらいの信頼はしているんだから。

 そう伝えると、フェイトはもう一度「ありがとう」と言って、はにかんで笑った。




【プレイヤー名】
 長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]

【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された『深遠なる迷宮』第三次攻略者。出身世界は『地球』。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『魔導師』:特定異世界の魔法を使用する者。Unknown。前提条件:スキル『リンカーコア』。
『魔法剣士・Lv1』:剣と魔法を使用して戦う者。『ソード』の扱いにボーナス。魔法使用全般に若干のボーナス。

【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
 :術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間のスキル使用不能時間(ディレイ)が発生する。
  召喚可能キャラクター
  『フェイト・テスタロッサ』

【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv1』:パッシブ。戦闘時の錯乱/混乱状態より回復・生還した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。
『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。特定異世界の魔法を使用することができる。魔法使用全般にボーナス。Unknown。
『召喚師の極意・Lv1』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長される。──心を重ね、想いを繋げ。それはやがて、遥か高みへ届く刃とならん──。
  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:30分
『ミッドチルダ魔法』:アクティブ。特定異世界に属する魔法の一系統。前提条件:スキル『リンカーコア』。
  [念話] [バリアジャケット] [リングバインド]
『アナライズ』:アクティブ。解析魔法。アイテムやモンスター等の情報を取得する事が出来る魔法。術者の能力と、対象の性能や能力によっては、情報を取得できない場合がある。
『フィールド・アナライズ』:アクティブ。スキル『アナライズ』よりの派生スキル。術者が居る階層の地図を表示する。但し、術者が移動したことのあるエリアに限る。前提条件:スキル『アナライズ』

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