深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

22 / 113
Phase22:「死体」

 今日も今日とて午前中の召喚は俺の訓練に時間を使わせてもらう。

 最初の2時間のフェイトの攻撃を躱す訓練は、相変わらず面白いようにぽこぽこと攻撃が当たる。彼女が言うには、俺が躱し始めたらそれとなく速度を上げて調整しているらしい。……お手数掛けます。

 たまに俺からも反撃してみるんだが、それは一切当たらない。ちょっと悔しい。

 ちなみに2人ともバリアジャケットを着ているのでケガをする心配は無い。

 その後の魔法──今は『ラウンドシールド』だ──の習得に関しては、昨日から始めたとあってまだ然程手応えは感じない。……一度しっかりと理論を聞いてみるべきだろうか。俺に理解出来るかどうかは別として。

 まぁそんな訳で、今日も最初の召喚時間は順調に過ぎていったわけなのだが、それ(・・)に気付いたのは、そんな順調な午前の訓練も終わりに近づき、時計を見てフェイトに「そろそろ時間かな」と声を掛けた時だった。

 時計が指す時間は12時25分。午前中にフェイトを()ぶ時は大体9時頃なので、もう数分もすれば彼女の身体を魔法陣が包む。

 フェイトもそれは解っているので、「じゃあ今日はこの辺で終わらせようか」と言いながら一息吐いた。

 それに頷き、時間まで今朝の訓練の感触何かを話し合っていること……5分。2人ほぼ同時に「あれ?」と疑問の声を上げた。

 

「魔法陣、出ないね?」

「出ないな」

 

 フェイトの言葉に同意しつつ、どうなってるんだと意識を【ユニークスキル】へ向けると、頭の中に浮かぶ彼女の残召喚時間。それを確認し──。

 

「あれ、召喚時間が増えてる」

「え?」

 

 俺の発した言葉に疑問の声を上げたフェイトに、「残り後15分ぐらい有るんだよ」と伝えると、彼女は少し考え、「ねぇ葉月、【スキル】は?」と問いかけてきた。

 言われて「ああそうか」と思い至る。確かにこう言う時に真っ先に疑うのはそこだよな。今までのことでわかっているだろうに、我ながら何を呆けているんだか、と納得して「ステータスオープン」と唱え──そこに踊る文字に「なるほどね」と独り言ちた。

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『アーカイブ』:アクティブ。スキル『アナライズ』からの派生スキル。『アナライズ』を使用した時に自動取得される。『アナライズ』によって得た情報を閲覧する事が出来る。前提条件:スキル『アナライズ』。

 

 

※※【スキル】情報が更新されました!※※

 

『召喚師の極意・Lv1』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長される。──心を重ね、想いを繋げ。それはやがて、遥か高みへ届く刃とならん──。

  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:45分

 

 

 

 「どう?」と訊いてくるフェイトに読んで聞かせると、彼女は「ん……」と小さく唸って考え込む。

 

「『アーカイブ』はともかくとして、『召喚師の極意』って……その、これを覚えたのって、えっと、あの……あの時だよね?」

 

 あの時──4日前の、スキルを身につけたきっかけになった時のことを思い出したか、頬を朱に染めながらフェイトが言った。かく言う俺も、あの時のことを思い出すと少々……いや結構恥ずかしいのだけど。

 我知らず焦りすぎていたことをフェイトに指摘されて、自分の中の弱さを曝け出して、それらをまとめて受け止めてもらった、あの日のこと。

 

「あの日以降、特に……その、いつもと違うようなことって無かった……よね?」

 

 おずおずと訊いてくるフェイトへ、この4日間のことを思い出しつつ「そのはず」と返すと、彼女は少しの間考え込む。

 

「……じゃあ、今回時間が延びたのって、どうしてだと思う?」

「スキルの説明どおりに考えれば、決められた条件のうちの一つを満たしたってところなんだろうけど……その条件が何なのかってのはサッパリだな」

「だよね」

 

 2人で顔を見合わせて首を捻る。

 ……そしてもう少し考えたあと、まぁ解らないものは仕方ないか、ととりあえず保留しておくことにした。何にせよ、フェイトと一緒に居られる時間が増えたのは良い事だ。そう言うと、彼女はクスリと小さく笑みを漏らし、次いでうんっと頷いた。

 そうしているうちに、フェイトの身体を球状の魔法陣が包み込む。……もう15分経ったのか。

 時間が経つのは早いね、なんて言葉を交わし、

 

「それじゃ葉月、また後でね」

 

 そんな言葉を残して戻って行くフェイトを見送った。

 

 

……

 

 

 午後4時半。ディレイも終わり、本日2回目の召喚を行い、フェイトと共に迷宮へと足を踏み入れる。

 そのまま真っ直ぐに3階へと向かい、昨日の残りの探索を行った。

 結果としては、昨日の探索の終わりに立てた、何事も無ければ4階へ入れるだろう、との予想の通り、1時間半程で3階の探索を終えることが出来た訳で。戦闘以外に本当に何も無く、だが。

 そんな訳で、俺達の前には現在4階への階段がある。

 フェイトの残りの召喚時間は1時間40分。帰りに掛かる時間を差し引いて、30分ほど4階の様子を見てこようか、と言う話になった。4階に下りるのは通算で3回目。しかも3日ぶりなので、慣らしもかねて、というところである。

 じゃあ行こうか、と頷き合い、フェイトと並んで階段を下りる。

 4階は階段を下りた直後の小広間から、前方と左右の3方向に通路が延びており、以前ここに来たときは、右の通路を行った先に5階に下りる階段を見つけた。念のため使用した『フィールド・アナライズ』による地図でも記憶の通りの結果が出たので間違いなし。

 

「前回が右だったから、今回は左にしようか」

 

 そんな何とも適当な理由で提案した俺に、「うん」と頷くフェイト。

 実際のところ、左だろうと正面だろうと、右の通路の途中にある別れ道だろうと、最終的には全て回るつもりなのでどれを選んでも同じと言えば同じなんだけどな。

 そんな訳で、左の通路を進むこと5分ほどだろうか。

 

「確か、この階に出るのはスケルトンだったよね?」

 

 フェイトの問いに「そうだよ」と頷く。初めてアレと遭った時のインパクトは忘れない。フェイトもそうなのだろう、アレは凄かったね、と話しながら歩いていると、左に折れる別れ道に差し掛かった。

 「どうする?」と視線で問いかけてくるフェイトに、とりあえず直進しようかと声を掛けようとした、その時だ。

 人差し指を口元に立て、「シッ」と静かにするように促してきたフェイト。それに頷いて返し、足を止めて口を噤む。

 

(どうした?)

(……何か変な音がした気がして)

 

 こう言う時、本当に念話が重宝するな、と思いつつ耳を澄ます。

 シンと静まり返った迷宮内。時折どこからか、ピチョン、と水滴の落ちる音が聞こえるが、他には何も──そう思いかけた時、ソレは聞こえてきた。

 ズリ、と、何かを引きずるような音。

 ベチャ、と、湿った何かを落とすような妙な音。

 それが交互に、ゆっくりと、左に折れる別れ道の先から聞こえてくる。

 フェイトと眼を合わせ、頷き合って互いに武器を構え、音の聞こえる方へと集中していると、暗がりの中から淡く輝く魔力溜りの光の下へ、ソレは現れた。

 

「──っ」

 

 フェイトが息を呑むのが解り、キュッとマントが引かれる感触にチラリと視線を向けると、フェイトが左手でぎゅっと握っていた。……気持ちは解る。すごく解る。

 そうしているうちに、武器を構える俺達へ向けて近づいてくる。

 右足を上げ、降ろす。

 ベチャ、と湿った何かが地面に落とされる音がした。

 アレは、剥き出しの腐った肉(・・・・)が地面に落ちる音か。

 左足は上げることもできないのか、ズリ、と引きずるように前にだし、歩みを進めてくる。

 その度に、眼窩から飛び出した左の眼球がブラリと揺れる。

 

「……ぅ……ぉ……」

 

 所々骨の剥き出しになった腕をダラリと垂らし、呻くような、言葉にならない声を発し、ソレは──見るからに『ゾンビ』と言った風貌のソレは、ジワリ、ジワリと近づいてきて──。

 ギョロリと、光の映さぬ瞳が俺達を捉えた。

 

「っ! フェイト、バインド!」

「ぁ、う、うん!」

 

 ベチャ、ズリ、ベチャ、ズリ、と今までよりも早いペースで俺達に向かって来始めたゾンビの姿に我に返った俺は、フェイトを促してバインドをかけてもらう。俺の方が先に復帰できたのは、きっと『戦場の心得』のお蔭だろう。まったくもって習得できていて良かったと思うスキルだ。マジで。

 バチリ、と電撃を発する音と共に、ゾンビの四肢が金色のリングで拘束される。

 

「『アナライズ』!」

 

 その隙に俺はゾンビへ右手を突きつけ、情報を取得するためにスキルを使う。

 ヴンッと小さな音を立てて現れるウィンドウ。

 

 

 

名前:ゾンビ

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/アンデッド

属性:闇

耐性:闇

弱点:光・火/頭部

「所謂動く死体である。その身体の肉は腐りかけ、もしくは完全に腐っており、また身体の所々はそげおち、筋肉や骨がむき出しになっているため、その動きは非常に鈍重である。但し、耐久力は非常に高い。スケルトンと同様、頭部にその身体を動かしている核があるため、頭部を破壊することが出来れば簡単に倒すことができる」

 

 

 

 情報が全て取得できたってことは、今の俺から見てもそう強敵と言うわけではないのだろう。……その見た目を除けば。

 「どう?」と訊いてくるフェイトに取得出来た情報を伝えると、次の瞬間には頭を撃ち抜かれたゾンビ……って。

 

「フェイト?」

「あ……ごめん、つい」

 

 頭を撃ち抜かれた瞬間に魔力の粒子へと変わり、既にその姿が見えなくなったお蔭で我ながら多少は気持ちに余裕が出来たようで、フェイトの様子に苦笑を浮かべながら「うん、まあ、気持ちは解るけどな」と言葉を返すと、ばつが悪そうに眉根を落としながら、もう一度「ごめん」と言うフェイト。

 そんな彼女に、「気にしないでいいよ」と声を掛けつつ、ぽんっと頭を撫でて──無論、手甲(ガントレット)は脱いで──髪を軽く梳くと、くすぐったそうにしながら「うん」と頷いた。

 

「余り接近戦のしたい相手じゃなかったから、正直言うと助かった」

 

 そう言うと、フェイトは小さく笑みを漏らしながらもう一度頷く。

 ……とは言え、何だか今ので一気に疲労感が増してしまった俺達は、今日の探索を切り上げることにして『マイルーム』への帰路についた。

 一応次にゾンビに遭った時は俺が相手してみるか。流石にいつまでも避け続けるって訳にも行かないだろうし。

 そんな、考えるだけで嫌になる覚悟を決めながら。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。