深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase38:「未来」

 翌日も、午前中はいつもの通り鍛錬に費やし、魔法も変わらず『フィジカルヒール』の練習……は良いんだが、中々上手く行かない。これに関しては気長に行くしかなさそうである。

 午後……と言うか夕方と言うか夜と言えばいいか。召喚時間が延びたお蔭で2度目にフェイトを召喚する時間がどんどん遅くなるのが申し訳ないところだ。

 フェイト自身は「気にしないで」と言ってくれるんだけど……午前の召喚時間を1時間程度早めるかなぁ……なんて思ったりもするんだけど、これはまぁ、フェイトと要相談だな。

 前述の通り、今の午後に召喚する時間は、夜に近くなっている。特に昨日と今日は18時を越えており、そうなるとこう言うことも有ると言うか、今まで無かったのが不思議と言うか……午後に召喚した際、フェイトの右手に握られていたのはバルディッシュではなく、銀色に光るスプーンであり、その上には色合い的にデミグラスソースと思われるものが掛かった、見るからに半熟であろうトロッとしたオムレツが乗っていた。……どうやら今日のフェイトの夕食はオムライスのようである。美味そうだ……ではなく。

 

「……うぅ」

「えっと……また30分後ぐらいに」

 

 目が合って、ピタリとフリーズしたように固まったフェイト。

 当然ながら、流石にこの状況で食べるのをお預けして──と言えるわけもなく、「ごめん」と一言謝って直ぐに送還する。

 ……確かに夕食時だもんなぁ。その辺を含めても、今までもフェイトには色々と我慢だとか迷惑だとかを掛けていたんだろうと思うとやはり申し訳ない。

 

「えっと、ごめんね? その、今日は時間が早かったと言うか、タイミングが合わなかったって言うか……」

 

 それから40分後ぐらいに再び召喚した際、そんな風に慌てたように言うフェイトを宥め、「こっちこそ、タイミング悪くてごめん」と謝ると、フェイトはブンブンと勢い良く首を振る。

 

「私は召喚される時間は大体解っているから、そのタイミングに合わせることは出来るけど、葉月からはこっちの様子は解らないんだし、仕方ないよ」

 

 流石にそうまで言われてしまっては反論のしようも無い。「ごめん、ありがとう」と答えると、もう一度「ううん」と、今度は小さく首を振った。

 

「それより、そろそろ行こう。今日も頑張ろうね」

 

 仕切り直すようにそう言ってバリアジャケットを纏ったフェイトに同意を返して、俺も同じようにバリアジャケットを身に纏うと、フェイトと共に迷宮へと向う。

 さて、今回もまた、昨日の続きである8階の探索だ。

 昨日は南東の方を探索したので、今日は南西を目指す。……もちろんと言うか、理由は特になく何となくだけど。

 昨日、記憶の水晶(メモリークリスタル)を見つけた帰りに解ったことだけど、部屋の中のモンスターの居場所と出入り口の位置によっては、壁際を進めば気付かれずに済むようだ。

 敵を避けることに集中する余り、次の部屋の敵と挟み撃ちになったら目も当てられないから、その辺は気をつけないといけないけど、無駄な戦闘をしなくて済む場合はそれに越した事はない。

 ちなみに、この階の天井は然程高くないため、上空を飛んで戦闘を回避するってことは出来なかった。

 試しにとフェイトが飛んで、スケルトン達の上空辺りに達した時に、スケルトンアーチャーに射掛けられてしまったのである。

 もちろんバルディッシュが防御魔法のディフェンサーを張って防いだし、直ぐに戦闘に入って殲滅したけれど、もう一度試そうとは思わない。

 そんなわけで、地道に歩いて探索すること3時間程。思ったよりもあっさりと南西の端までマップを埋めることが出来たのだが、その結果にふと思い出したことがあった。

 

「確かこの洞窟って、『大洞窟(グラン・ホール)』って言うらしいんだけどさ」

 

 クェールベイグのアナライズ結果に載っていた説明だったか。多分そう書いてあったはず、と思いながら『アーカイブ』で念のため確認し、改めて読み上げつつ言うと、フェイトはしばし考えて、

 

「……『大洞窟』って言う割には、一階毎の広さはそうでもないよね」

「フェイトもそう思うか」

 

 フェイトは「うん」と頷くと、「その説明文を信じるとするなら、だけど」と続ける。

 まあ、これらの説明文を誰が考えたのかとか、そもそも『アナライズ』の魔法を使った際に情報が出るのはどうしてなのかとか、根本を考え出すとどうにもならないので、それはとりあえず置いておく。

 ともかく、説明文から推察するならば、もともと『大洞窟』と言うものがあって、それがこの『深遠なる迷宮』の一部に取り込まれたのではないか……だろうか。

 それ故に、この『深遠なる迷宮』の『第一層』にふさわしい大きさに縮小されたために、一階ごとの大きさが然程広いわけではない、と言うことか。

 そう推論を述べると、フェイトは「なるほど」と頷いて、

 

「あとは……全体はもっと広いんだけど、それぞれの『プレイヤー』毎に細かく区切られてる……とか?」

「もしくは、横はそこそこだけど縦に深いから……って言う可能性もあるな」

 

 何だか、そのどれもが合っているようで、どれもがどこか違うような気もして……なんてことを考えていると、不意に何を考えているんだか、なんて想いが浮かんでくる。

 それもこれも、やはり全貌が不透明すぎるってのが原因か。

 

「……なあフェイト」

「ん?」

「前に『迷宮の王(ゲームマスター)』の目的を推察した時もそうなんだけど、これにしても結局のところ正解なんか示されるわけでもなくて、最終的には推論で終えるしかないんだよな」

「うん」

「それで、結局は自分に出来るのは先に進むことしかなくて……だってのにこんな……答えの出ないこと考えてるのって、可笑しいかな?」

 

 俺の問いに対して、フェイトは歩きながら話していた足を止め、俺の正面に回りこむと、「そんなことない」と頭を振る。

 

「例えどんなことでも……今は答えが出ないことだって、考える事に……調べる事に意味が無いなんてことないよ。もしかしたら、それが葉月が元の世界に戻るための答えに繋がってるかもしれない。だから、この世界も、迷宮も、解らないことだらけだけど、一緒に考えていこう?」

「……うん。ありがとう、フェイト」

 

 こうして何か有るたびに、身体的以上に精神的に助けてくれる。……本当に、フェイトには感謝してもしたりない。もう何度も思ってきたことだけれど、いつか必ず、この恩は返したいと改めて誓った。

 

 

……

 

 

 翌日もまた変わらず8階の探索。今回は主に西から北西にかけての探索だ。

 ちなみに、7階に通じる階段はほぼ中央に存在しているようで、その階段のある部屋から東と西、そして南に隣接した小部屋があり、そこからさらに広がっていく感じになっている。

 結果から言えば、2時間程探索した末に着いた最北西の部屋で、9階へ下りるための階段を見つけたのだが。

 

「下りるのは……この分だと3日後かな?」

「明日は北東部分の探索と、明後日は残った細かい部分を埋めて……って言う感じ?」

 

 『マイルーム』に帰ってフェイトの召喚時間が切れるのを待つ間に発した俺の言葉から、俺が考えているであろう予定を推察したフェイトに「そうそう」と同意を返したところで、フェイトがぽつりと「3日後……」と呟いたのが聞こえた。

 

「3日後に何かあった?」

 

 問いかけた俺に対して、フェイトは「大したことじゃないんだけどね」と前置きして、

 

「3日後にね、私の裁判が結審で、今後の処分が決まるんだ。リンディ提督の話だと、当時の事情とか、今私が嘱託魔導師として働いてる事を鑑みて、間違いなく保護観察処分になるから大丈夫って言うことらしいけど」

 

 いや、充分大したことだろう。

 「それでもちょっと不安かな」と、苦笑気味に続けたフェイトだったが、思わぬ内容に呆けてしまった俺に気付いたか、「ごめんね、変な話しちゃって」と取り繕うように言う。

 

「って、いやいや、変な話でも大したこと無くもないって。……良かったな、フェイト」

「ありがとう。けど、良かったって?」

「裁判が終わったら……『地球』に移住するんだろ?」

「っ!」

 

 俺の言葉にフェイトは一瞬眼を見開いて、すぐに「うんっ」と嬉しそうに笑った。

 その笑顔が本当に嬉しそうで、彼女がどれほどそれを──なのはとの再会を楽しみにしているのかがありありと伝わってきて、自然と俺も笑顔に──そこで不意に思い出した。

 フェイトが『地球』に行ってなのはに会う。それはすなわち、彼女達が『事件』に巻き込まれる日なのだと言うことだ。

 現時点で既に俺が“知っている”話とは違う部分もあったりするので、俺の知識とどこまで合致するかは解らないのだけど……。例えば、フェイトが既になのはと同じ学校に通う事を聞かされていたり……いや、そもそもフェイトがなのはに会いに行くのは、判決が決まって直ぐその日じゃなかったか。そして『事件』に遭遇し、その捜査のために『地球』に住む……ああそうか、もう最初の前提からして色々と違っているのか。

 そこまで考えたところで、フェイトが心配気な表情で俺を見ていることに気が付いた。

 

「葉月、大丈夫? 急に深刻そうな顔になって、何か気になることあった?」

「ん……そう、だな。えっと……フェイトはいつ『地球』に行くことになるか解る?」

「ごめん、まだそこまで詳しくは聞いてない。さっきも言ったけど……その、まだ正式に私の処分が決まったわけじゃないから……」

 

 フェイトは申し訳無さそうに頭を振ると「明日の朝、喚ばれるまでに訊いてみるね」と続けた。

 別に急かすつもりは無かったので少々申し訳なく、そのことを謝ると「気にしないで」と返してきて、その時点で時間が来て、フェイトは還って行った。

 

 

……

 

 

 明けて翌日。早速聞いてきたらしく、「やっぱり私の処分がまだ正式に出ていないから、飽くまで予定ではあるけど」と前置きしてからリンディ提督の言葉を教えてくれるフェイト。

 

「判決結果が予想通り保護観察処分になれば、手続きとかも含めて約2週間後……現地時間で12月頭頃になるって。一応もうその予定で進めてるから、明後日、判決が出る事には正確な日時も決定してるって言ってたよ」

「そっか。……ところで、フェイトの保護観察の身元引受人って……」

「多分、引き続きリンディ提督になると思うけど」

 

 そう言ったフェイトは、昨日と同じようにやはりどこか心配そうな顔をして、俺の顔を覗きこんでくる。

 

「葉月が気にしてるのって……“葉月が知ってるこれから”のこと?」

「……うん」

 

 フェイトの言葉に「やっぱり解るよな」と思いつつ頷いた俺に、「そっか」と小さく呟いた。

 

「ただ、昨日フェイトが還った後から考えたんだけど……正直どこまで話したものかと悩んじゃってね」

「と言うと?」

「……迷ってる一番の原因は、“俺が知っている話”と“フェイトから聞いた現状”で既に違っているってことかな」

 

 昨日も思ったが、まず基本的なところでフェイトが『地球』に赴く理由。裁判結果をなのはに伝えるためじゃなく、最初から移住のためであること。……それも、なのはと同じ学校に通う事を事前に提案されてる。

 それにさっき言っていた身元引受人が、ギル・グレアム提督じゃなく、リンディ提督ってこと。極端な話、グレアム提督が存在しない……なんてことすら考えなければいけないかもしれない。そうなれば、これから起こるであろう『闇の書事件』の背景や……もしかしたら、11年前の『闇の書事件』の時に起こったことすら違っているかもしれない。

 これから起こる……いや、既に蒐集は始まっているであろう『闇の書事件』が解決されるための道筋の中では、幾つもの偶然だってあるだろう。果たして、それが俺がフェイトに事前に話してしまうことによって、成立しなくなることは無いのか。そんな不安も心を過ぎる。

 思わず深く考え込んでしまったが、不意に握られた手の感触に我に返った。

 顔を上げれば、いつの間にか隣に移ってきていたフェイトが、組んでいた俺の両手を包むように握っていて。

 

「ありがとう、葉月。私のために沢山悩んでくれて」

 

 そう言って優しく微笑むフェイトは、「けど、もういいよ?」と続けた。

 

「私、決めたよ。“これから起こるかもしれないこと”は聞かない」

「……フェイト?」

「私のことで葉月を悩ませたくないし……それに、未来はもともと解らないもので……解らなくて、不安で、だけどそれでも前を向いて進んでいかないといけないものだから」

 

 「今の私にそれが出来ているかは解らないけど」そう苦笑気味に笑いながら言ったフェイトは、それでも、そう在りたい思っているのは確かなのだろう、強い意志を感じさせる瞳で俺を見つめて、「ありがとう葉月、それと、ごめんね」と言った。

 俺としてもそこまで言われてしまっては否とは言えないし、フェイトの意見を尊重したいとも思う。「解った」と返しはしたけれど、ただ、やはり心のどこかに何かが引っ掛かって……。

 

「……そっか。俺、悔しいんだな」

「葉月?」

「今まで散々フェイトに世話になって……間違いなくこれからも迷惑をかけるのに、俺はフェイトに何も返せなくてさ。けど、やっとフェイトの役に立てそうかなって思えたことも、結局はだめで……」

「葉月……そんなことないよ。私は、葉月に逢えて、葉月が居てくれて良かったって思ってる。葉月には色々なもの、いっぱいもらってるよ?」

 

 フェイトは俺の手を握る力を強くして、「だから大丈夫だよ」と笑みを浮かべる。

 

「……ねえ葉月。きっと、“これから起こるかもしれないこと”って、とても大変で、辛いこと……なんだよね?」

「……うん。きっと……いや、間違いなく、関わる人たちにとって、とても大きくて、大変で……けど、大切な事になるんだと思う」

 

 俺の言葉に「そっか」と呟いたフェイトは、握ったままの手を胸元へ引き寄せて、僅かの間、まるで祈るかのように、俯き気味に静かに瞑目する。

 そして再び顔を上げたフェイトは、

 

「一つだけ、葉月にお願いがあるんだけど、いい?」

「俺に出来る事なら、何だって」

 

 俺の返答にフェイトは「うん」と一つ頷くと、ひたと俺の眼を見つめてくる。吸い込まれそうなほどに、真っ直ぐな視線で。

 

「祈っていて。私に何かあっても、それを乗り越えられるように。どんな困難にも負けないように。葉月に逢えない間も、葉月が想っていてくれるなら、私は頑張れるから」

 

 一言一言を区切るように、しっかりと、けれど、優しげな声音で──頬を朱に染めて、柔らかな笑みを浮かべて紡がれた言葉は、染み入るように俺の心の中へと入ってくる。

 「解った。必ず」と、気の利いた言葉も思いつかずに簡単にしか返せなかったのに、フェイトは嬉しそうに頷いて──。

 ……自分の心音が妙にうるさく感じられながら、握られたままの掌から感じるフェイトの体温と、少しだけ落ち着かない──けど、決して嫌じゃない空気に、しばしの間身をゆだねていた。

 フェイトはこう言ってくれているけれど、フェイトのために出来そうなことを探すことだけは、絶対に止めないでおこうと心に決めながら。

 ほんの少しで良い。彼女達がこれから遭うであろう苦難に、力に成りたいと想いながら。


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