「……葉月の家族って、どんな人達?」
フェイトにそんな事を訊かれたのは、『マイルーム』に戻ってきて『ショップ』で買った紅茶……らしきものを飲んで一息ついた時だった。
今朝彼女に協力を頼んだ時に言った言葉……「家族の元に帰りたい」ってのを聞いた時から気になっていたそうだ。
彼女のその問いに、改めて家族の事を考える。
ここに来てまだ1日しか経っていないと言うのに、ひどく“懐かしく”感じてしまうのは……やっぱり、もう二度と会えないかもしれないって思いが、どこかにあるからなんだろうか。
無口で厳格、曲がった事は許さなくて、怒ると怖いけど、母さんにだけは頭の上がらない父さん。
家族の中で一番明るくて、いつも楽しそうにしていた母さん。
そして、俺みたいな兄貴でも慕ってくれる妹、弥生。昔から、何をするにしても俺の後を着いてきてたっけ。あいつがそうなったのは……小学校の低学年の時、野良犬に追いかけられた弥生を後ろに庇った時からだったか。
今にして思えば、きっとあの犬は遊びたいだけだったんだろうけど、当時の俺達にとっては、でっかいし追いかけてくるし、物凄く怖かった記憶がある。
弥生もそのときの事が強く印象に残ってるんだろうか、
「兄さんはわたしのヒーローですから」
いつだったか、そんなことを言われたことがある。
あいつがそうやって、いつまでも昔のイメージで俺を見てくるから、俺もつい見栄を張って頑張ってしまうのだけど。
そんな取り留めのない、けど、今となっては凄く眩しく思える家族の事を、フェイトの召喚が終わるまでの残りの30分間話していた。
「良い家族で……葉月も良いお兄さんなんだね」
「……そう、だな。俺が良い兄貴かどうかは知らないけど、良い家族だってのは……会えなくなってみてつくづく思うよ」
そして時間。フェイトの身体を球状の魔法陣が薄く包み込んだ。
「また3時間後?」と訊いてくる彼女へ、今日はもう召喚しないことを告げると、「解った」と返してくる。
「……フェイト」
「ん、何?」
「ありがとう」
呼びかけた俺に視線を向けてきた彼女へ、今日一日、一緒に居てくれた事に改めて礼を言うと、フェイトは一瞬驚いた顔をしたあと、小さく「ふふっ」と微笑んだ。
「どういたしまして。……それじゃ、また明日」
「ああ……うん、明日もよろしくお願いします」
これからも協力してくれるんだって思える言葉に、何となく嬉しくなって頭を下げるとおもむろに頭に手を置かれる感触。
次いで、まるで小さな子をあやすように、優しく撫でられる。……何だおいって思った直後に、
「……余り無理、しないでね」
フェイトの声が耳朶を叩き、彼女はその言葉を残して帰っていった。
……しんと静まり返った室内。
ふぅ、と思わず吐いたため息の、自分の声が妙に大きく響き、耳につく。
そして否応無く感じるのは、自分が今“独り”であるということ。
心に過ぎるのは、今日経験した、俺にとっては命がけの、初めての実戦。
ふと見た自分の手は震えていて、それを自覚すると共に、身体全体が震えてくる。
家族の事を思い出して、暖かな我が家を思い返して……必ず帰ると決意した。そのために協力してくれる人も居る。だから、頑張れ、俺。
そうは思ってもやはり気力は湧かなくて──その時不意に、先ほど最後に掛けられたフェイトの言葉と、撫でられた感触が蘇る。
……大丈夫だ。俺は“独り”じゃない。何となくそう思えて、それだけで、少し気が楽になって、気がつけば身体の震えも止まっていた。
とは言え精神的にも肉体的にも疲れたのは事実だし、何もする気にならないから寝てしまおうと、結局はベッドに飛び込んだのだが。
…
……
…
明けて翌日、目が覚めて時計を見れば6時半。昨日寝たのがこれぐらいだから……どうやら俺は12時間ほど寝ていたらしい。……いやいや、寝すぎだろう、俺。道理で身体がだるいと思った。
とりあえずシャワーでも浴びるかと起き上がったところで固まった。……身体が痛い。
いや、うん、解ってる。普段使わない筋肉使ったせいだってのは。とは言え思ったよりも酷くないのは……たっぷり休んだのと、恐らく感じていた疲労の半分は精神的なものだからだろうか。
そう思いながら、きしむ身体を押してシャワーを浴びて、軽く食事を済ませた後は、昨日フェイトに教わった事を思い出して反復する。
忘れないように、身体に染み込ませるように、心に刻み込むように、何度も繰り返す。
昨日実際に迷宮に出て痛感した。
……俺は弱い。持久力なんかも然程高くない。このままだと……きっとそう遠くない未来に、俺は力尽きる。
強くならなくちゃ。帰るために。……こんな俺を助けてくれる、彼女の足手まといにならないように。
……まぁ、筋肉痛は辛いのだけど。
それから2時間程経ったところでフェイトを召喚。
呼び出した彼女は、黒色のVネックのプルオーバーニットに白いミニのプリーツスカート。そして黒色のオーバーニーソックス。
良く似合っている可愛らしい格好に思わず感嘆の息を漏らした後、「おはよう」と声を掛けると、にこりと笑って「おはよ」と返してくるフェイト。
「早速行くの?」
挨拶の言葉に続いて発せられた問い。俺はそれに「いや」と首を横に振って答えた。
それに対してフェイトは「じゃあ、どうする?」と小首を傾げて訊いてくる。その仕草がなんとも可愛らしい。
「フェイトに、俺を鍛えてほしいんだ──」
昨日の実戦で知った自分の“弱さ”。これを何とかしなければ、遠くないうちに取り返しのつかないことになる気がするから。そう理由を続けた俺に対して、彼女は「もちろん、いいよ」と引き受けてくれた。
「あ……鍛えるのはいいとして、武器はどうしようか……私は良いとしても、葉月相手に流石にバルディッシュでって言うのも……」
と言うフェイトに、「ちょっと待って」と断り、『ショップ』を覗く。……有るとすれば……『ソード』にはなかったから『鈍器』かな?
「……お、有った」
まさか本当に有るとは思わなかったそれ──『木剣:500ポイント』を2本購入して、1本をフェイトに渡す。
それを持ってひゅんっと一振りし、「うん、これならいいかな?」と言ったフェイトは、「ここじゃ狭いから」と言って、出入り口から外に出る。
『マイルーム』前の通路にて向かい合わせに立つ俺達。
互いに木剣を構えたところで、フェイトが口を開いた。
「……葉月にとって一番大事なのは、とにかく生き残ること。敵を倒すのは私にも出来るけど、葉月がやられちゃったらどうしようもないからね」
ここまでは良い? と言葉を切ったフェイトに頷いて返す。それを受けて、彼女は言葉を続ける。
「だから……葉月にはまず、回避力を付けてもらおうと思う。私が打ち込んでいくから、頑張って避けてね?」
その言葉に「……頑張ります」と、思わず敬語になって返してから打ち込みに備えて木剣を構え、フェイトの動きを見落とさないようにと彼女の姿をしっかりと視界に納め──そういえばフェイト、その格好でするのか? いや別に俺から彼女に攻撃するわけじゃないから、わざわざバリアジャケット纏って魔力を消費する必要もないんだろうけど……なんて思考が一瞬別のところに行っていたが、別に集中してなかったわけじゃない。にも関わらず。
「──大丈夫。加減はするから」
その言葉の直後、フェイトの姿は俺の視界から消え──コンッ! と小気味の良い音を立て、俺の脳天にフェイトの持った木剣が軽く当てられる。
「~~……っつー……」
「あはは……もうちょっとゆっくり、かな?」
頭を抑える俺に苦笑を浮かべたフェイトはそう言って、再度離れて向かい合わせに立ち、木剣を構え──
……それから2時間、みっちり打たれ続けました。まぁ、寸止め出来るものは止めてくれていたし、どうしても当たる攻撃も、当たる瞬間に勢いを緩めて加減をしてくれていたみたいだけど。
「うん、思ったよりも動けるみたいだね」
総評としてそんなお言葉をいただいた後、
「……昨日の探索のときも思ったんだけど……本当に戦いとか武器の扱いとか、経験ないんだよね?」
少し難しい顔でそんな事を訊いてくる。どうやら俺が素人にしてはマシな動きをするから、疑問に思ったようだ。
そんな彼女に、休憩がてらに【称号】の『剣士・Lv0』の効果──『ソード』の扱いに若干のボーナス──があるらしい事、恐らくはこの木剣も、販売カテゴリは『鈍器』の中に入ってはいつつも、形状からして『ソード』の部類にも掛かるんだろうって事を説明すると、なるほど、と頷いた。
確信を得られるわけじゃないから、飽くまで俺の予想に過ぎないけどな、と付け加えると、「うん、わかってる」と返ってくる。
その後は、最初に彼女に教わった基礎を見てもらいながらおさらいし、時間となった。
「それじゃ、また3時間後に」
そう言って魔法陣に覆われていく彼女に手を振り「また後で」と返す。それと同時に、身体のあちこちに痛みを感じて──我慢……したつもりだったが、顔に出ていたか、フェイトに「大丈夫?」と心配された。
「原因である私が言うのもなんだけど……無理しないでね?」
それになんとか頷いたタイミングで、彼女の姿が完全に魔法陣に隠され、直後、魔法陣と共にその気配も消えた。
それと同時に襲ってくる疲労感。
強がってるのか、意地か見栄でも張ってるのか……我ながら、彼女が居なくなった途端にこれとは、と自分に若干呆れつつ、休息を求める身体の声に従って身体を横たえた。