暮れなずむ『廃都ルディエント』から『マイルーム』に帰ってきて、バリアジャケットを解除してソファに座ったところで、ドッと疲労が押し寄せてきた。
初めての場所に、初めての相手と行ったからだろうか、思ったよりも疲れた気がする。
思わず長く息を吐いたところで、正面に座ったアルトリアが「お疲れ様です、大丈夫ですか?」と声を掛けてくる。
顔を上げると視界に入るのは、鎧部分を解除して、その下のドレスのみになったアルトリア。
イブニングドレスに似た……と言うより、本当にそのままイブニングドレスとして着られそうな、華やかで、けれど清楚な雰囲気も醸し出す彼女のそれは、肩から胸元まで大きく露出していて、少々眼のやり場に困る。
いや、見ていて嬉しいか嬉しくないかと訊かれたら、嬉しいに決まっているんだけどさ。
……何てことを考えていたせいだろうか、少々ボーっとし過ぎていたようで、アルトリアに「本当に大丈夫ですか?」と心配されてしまった。
「ちょっとボーっとしちゃってただけだから、大丈夫だよ。ありがとう、アルトリア」
余計な心配を掛けてしまったけれど、本来であれば否でも応でも独りにならざるを得ないこの場所で、こうして心配してくれる人がすぐ側に居てくれるって言う事は、きっと幸せなことなんだろうな。
そんなことを思いながら礼を言ったところ、アルトリアは何かに気付いたように「あ」と小さく声を漏らし、少し何かを考えた後、笑みを浮かべた。
「どうした?」と問うと、彼女は「いえ……」と一度口ごもってから、「出発前に自分で言っておいて何なのですが」と続けると、
「……やはりハヅキには『セイバー』と呼ばれるよりも、『アルトリア』と、名で呼ばれた方が心地好いと思いまして」
照れたように頬を朱に染めて、けれどしっかりと俺の顔を見て、柔らかく微笑むアルトリア。──今のは反則だろう。
戦っている時の凛とした雰囲気とはまた違う、その仕草と表情と言葉に、自然と自分の顔も熱くなっているのが解る。
けど、それと同時に疑問が思い浮かんでしまうのも仕方の無いことじゃないだろうか。すなわち──
「……アルトリア、一つ訊いてもいいかな?」
「構いません。何でしょうか?」
「……俺と君は今日初めて逢ったばかりで……けど、どうしてこんなにも、俺に心を許してくれるのかな」
俺の発した疑問に、アルトリアは「そうですね……」と呟いてから、僅かな時間思案し、言葉を紡ぐ。
「今日初めて召喚された際、私が説明したことを覚えていますか?」
アルトリアの問いに、朝の一連のやりとりを思い出す……と言うか、言われたことはどれも予想だにしないようなものばかりだったから、忘れようにも忘れられないけれど。
その彼女に告げられたものの中で、一番最初に言われたことは──
「アルトリアが、本来君が居るべき世界から切り離されて、“俺”に括られてしまった……ってこと?」
それと思われる事柄を挙げた俺に、アルトリアは「はい」と頷いた。
やはりそれか、と思うのと同時に、改めて口にしたことによって、どうしても彼女に対する申し訳なさが胸に去来する。とは言え既に話はついたこと。謝ったりはしないが。
そんな俺に対して、アルトリアはふと笑みを零し、
「貴方に括られ、『令呪』と言う強い繋がりも出来たからでしょうか……ふとした時に感じるのです」
「感じるって……なにを?」
鸚鵡返しに問いかけた俺に対して、胸に手を当て、何かを思い出すように静かに瞳を閉じ、アルトリアが言う。
「ハヅキ、貴方の“心”を。貴方が私のことを深く信頼してくれているのだと言う“想い”を。ですから、ハヅキ。私は貴方の信頼に対して、信頼で応えているに過ぎません」
閉じていた瞳を再び開けて、俺の顔をひたと見つめながら言ったアルトリアは、そこで一度言葉を区切り、僅かの間を開けてから「それに……」と言葉を続ける。
「それを言うならば、貴方は何故私のことを信頼してくれるのですか? そう、それこそ出逢ったばかりだというのに」
「……だって、俺は……君のことを“識っている”から。君が、信頼に足る人物だとわかっているから……」
アルトリアの問いに答えた俺に、彼女は静かにかぶりを振る。「それは違います」と。
「いかに知識として知っていようと、貴方のそれと実際の私が同じである確証は無い。……その程度の事実は、ハヅキであれば解っていると思いますが」
「それは……」
アルトリアの言葉に、俺は返す言葉を失う。
「知識と実物は違う」
そう、そんなことは解っていたはずなんだ。実際に、フェイトがそうであったから。
本当のフェイトと逢って、フェイトと話して、フェイトと接して……俺は彼女が、『創作物の登場人物』なんかじゃなく、『フェイト・テスタロッサ』って言う、自分が識っていたよりもなお、強くて、優しくて、けれど弱い部分もある……魅力的な娘なのだと言う事を知った。
彼女は俺が信頼を寄せた分だけそれに応えてくれて、そして俺のことも信じてくれて──ああ、そうか。こうして改めて考えてみて、ようやく先程のアルトリアの言葉の意味が理解できた。
チラリと自分の右手の甲を見る。
『令呪』。繋がりの証。きっとこれもあるのだろう。アルトリアと“繋がっている”と言う感覚も、確かにある。
けどそれ以上に、俺は……
「……相手に信頼されたければ、まずは自分から信じるしかない……って言うのも確かにあるんだけど……多分、信じたかったんだと思う。自分が信じて、信頼した分だけ、きっと相手も応えてくれるって。俺はそれを、フェイトと共に過ごした中で学んで……実際に彼女はそれに応えてくれて。だからきっと、アルトリア……君にもそうなって欲しかったんだと思う」
アルトリアのことを事前に知識として知っている。……確かにそれも理由のひとつなんだろう。けど、本質は違う。もっと単純なことだったんだな。
確かに、信頼に対して裏切りで応えるような人だって居るだろう。これから先で会う『プレイヤー』の全てを、無条件で信頼するなんていうのは無理な話だって言うのも解る。
けど、彼女達は違う。
フェイトを召喚したときも、アルトリアを召喚したときにも思ったこと。心に決めてきたこと。
俺が俺の都合で、彼女達にとって何のメリットも無い俺の手伝いを頼む以上、誠心誠意接しようって思ってきた。だから俺は、アルトリアのことを信じたんだろう。
そしてアルトリアは、しっかりとそれに応えてくれた。……本当に、俺は、それがとても嬉しく思う。
「……アルトリア」
「はい」
「ありがとう」
俺のことを信じてくれて。俺の想いに応えてくれて。
出来る限りの万感を篭めて言った俺に、アルトリアは花のような笑顔を浮かべた。
「こちらこそ、ありがとうございます、ハヅキ」
…
……
…
明けて翌日。今日はフェイトを召喚する日だ。
昨日一日。たったそれだけしか逢っていないと言うのに、酷く長い間顔を見ていないような感じもして……昨日は昨日で、色々と濃い一日だったからなと独り言ちる。
「『
伸ばした右手の先に生まれた球状魔法陣。それがガラスのように砕けて、その中からフェイトが姿を現す。
今日の彼女は、セーラー服のようなトップスに、裾の辺りに黒いラインが一本入った、すねの辺りまである長い丈の白いワンピース。胸元には赤いリボンと、左胸のあたりにチューリップのシルエットのようなワンポイント。
今日の彼女の服って、もしかして……と思ったところで、フェイトが俺の顔を見て「あ……」と小さく漏らした。
「あの……えっと、その」と言葉を詰まらせつつ、俺の顔を上目遣いに見上げながら言葉を捜すフェイト。
かく言う俺も、内心なんだかとても緊張していると言うか何と言うか、心臓もドキドキと早鐘を打っていて。
「あの、ね。昨日一日逢っていないだけなのに……凄く長い間逢ってないような気がしちゃって」
次いで彼女の口から出てきたのは、奇しくも俺が召喚前に思っていたことと全く同じことだった。
それが無性に嬉しくて、思わずくしゃりと彼女の頭を撫でていた。
「俺もだよ、フェイト。だからかな、こうしてフェイトの顔が見られることが、凄く嬉しいんだ」
「……うん、私も、葉月の側に居られるの、嬉しいよ」
そんなやり取りの後に、二人同時に吹き出すように笑った。
「ところでフェイト、今日の服って、もしかして聖祥の?」
「うん、通う事になる学校の制服。昨日リンディ提督がくれたから、葉月に見せてあげたくて……」
俺から数歩離れて、軽く手を広げて「どうかな?」と訊いてくるフェイト。
ふと思い立ち、フェイトへ「その場でクルッて回ってみて」と言ってみたところ、戸惑いつつも要望に応えてくるりと一回転するフェイト。
白いスカートが翻り、白いリボンで結ばれたツインテールがふわりと揺れる。
「ど、どう……かな?」
そして彼女は恥ずかしそうに頬を染めつつ、上目遣いでもう一度問いかけてきて、そんな彼女の様子がなんとも微笑ましくも可愛らしく、自然と頬が緩みそうになって、
「……葉月?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと見惚れて……っていや、そうじゃなくて」
ついぼーっとしてしまったところに声を掛けられ、思った言葉がそのままスルリと口から滑り出していた。
ゴホンッと、自分でもわざとらしいぐらいに咳払いをして、一度心を落ち着かせる。落ち着け俺。
まずは感想を、と思い、もう一度フェイトの姿をしっかりと視界に収めて──なんと言うかもう、一つの言葉しか浮かんでこなかった。
「うん……凄く似合ってる。可愛いよ」
「……ありがとう……ふふっ」
自分の語彙力の無さが恨めしいと思いつつも、浮かんだ感想をそのまま述べた俺に対して、フェイトは顔を綻ばせて笑顔を浮かべた。
…
……
…
それから5分程を要して場の空気を落ち着かせた後、昨日有った出来事──アルトリアとの出会いや、『廃都ルディエント』で起きたことだ──を簡単に説明し、今日は第二層『森林エリア』に行こうと告げると、解ったと頷くフェイト。
それから部屋の隅に立てかけてある2本の木剣に視線を移すと、「とりあえずはいつも通り?」と訊いてきた。
それに対して俺は首を横に振って答える。
「いや、今言ったように今日は『森林エリア』だから、早めにそっちに行こうと思う」
俺の言葉に、フェイトは「どうして?」と首を傾げるので、理由を説明する。すなわち──
「『森林』って言うぐらいだから、最初はやっぱり明るいうちに行った方がいいかと思って」
いきなり暗い森に入るのもな、と言った俺に対して、フェイトは驚いたような表情を浮かべた。
……俺は今何か変な事を言っただろうか、と自分の言葉を思い返して──なんとも言えない
そしてその違和感を裏付けるような、フェイトの言葉が俺に届く。
「……葉月……『森林エリア』って言っても、『迷宮』の中、だよね?」
その言葉を聞いた瞬間、ゾワリと鳥肌が立った。
そう、そうだ。フェイトの言う通り『森林エリア』と言う名前であったとしても、それは『迷宮』の中にあるものだ。だと言うのに、俺は今何と言った?
『明るいうちに』『暗い森に入るのも』。
……これじゃあまるで、時間が遅くなれば
……いや、違う。俺は知っているんだ。恐らくその“知識”が植えつけられたのは、この部屋で目覚めた、あの時。
けど、俺が何より恐ろしく感じているのは、俺がそれに対して何の疑問も持っていなかったことだ。
「“夜が来る”と言う知識があって、それを思い出す」のではなく「“夜が来る”と言うのを“当然のこと”として受け止めていた」と言うこと。
認識が、誤魔化されている。
事実、俺は昨日──
本来であれば疑問に思うことを当然として認識させられていたことが恐ろしく感じ、何よりも、自分の意識がそのように操作……とまではいかずとも、誘導されていたことが気持ち悪かった。
けれど、気付く事が出来た。
恐らくは、フェイトがこの世界の“外”から召喚された存在だからなのだろう。
アルトリアが何も言わなかったのは、俺が余りにも普通にしていたから、そう言うものだと思ったか、もしくは俺に括られているために、彼女にも影響があったのか。
とは言え、「大丈夫?」と心配気な表情を浮かべて問いかけてくるフェイト。彼女が居てくれたお蔭で、自分の異常な状態に気付く事が出来た。
何となく、だけど、この感覚は忘れてはいけないのだと思う。
「……ありがとう、フェイト。フェイトが居てくれて良かった」
自分の状態を包み隠さず説明し礼を言うと、フェイトは「役に立てたんなら良かった」とかぶりを振って答えた。
それから、現状と『知識』を合わせて相談した結果、『森林エリア』には早めに入る事に決めた。
とは言え今までのリズムをいきなり崩すのも、と言う事で、午前中──2時間ほど鍛錬に使い、一度送還。その後昼から『森林エリア』に入る事にする。
改めて、色々と得体の知れないこの『深遠なる迷宮』には戦慄を覚えるけれど──それでも、フェイトが、アルトリアが……心強い仲間が居るから大丈夫だと、何が有ったって、必ず乗り越えて見せると強く思った。
※※【ユニークスキル】の情報が更新されました!※※
『キャラクター召喚・Lv2』
:術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間の
派生スキルの効果を除き、1日に於いて召喚できるのは1キャラクターのみである。また、連日で同じキャラクターを召喚することはできない。1日の基準は午前0時であり、それを基準にしてスキル使用不能時間もリセットされる。
召喚可能キャラクター
『フェイト・テスタロッサ』
『アルトリア』
派生スキル
『
【召喚可能キャラクター】
フェイト・テスタロッサ:『高町なのは』
アルトリア:『----』
・該当する特定異世界との接続が拒絶されました。『アルトリア』の状態により、『アルトリア』の連鎖召喚が無効化されます。
・『アルトリア』の連鎖召喚無効化に伴い、『アルトリア』のスキル使用不能時間に減少補正が掛かります。
※※※【スキル】の情報が更新されました!※※
『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、
【延長時間】フェイト・テスタロッサ:2時間05分
アルトリア:30分
【減少時間】フェイト・テスタロッサ:1時間00分
アルトリア:45分