深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase53:「森林」

 それから約2時間。木剣を使った模擬戦形式の戦闘訓練と魔法の練習を行ってから、一度フェイトを送還した。

 フェイトを見送ってしばし、ディレイに入ってから5分ほど経ったころだろうか。俺はすっかり失念していたあることを思い出していた。

 

 ──アルトリアに全部見られてた。

 

 フェイトを召喚した直後の自分の言動を改めて思い返してみると、恥ずかしくて頭を抱えそうになる。

 浮かれすぎだろ、俺……と思うけれど、その反面、あれは仕方ないよなぁ……なんて思ったりもするのだけど。

 だってさ、わざわざ俺に見せるためだけに、聖祥の制服を着て待っていてくれたりされたら、嬉しくないはずがない。

 ……うん、そうだ。そうだよ。仕方の無いことだったんだ。俺が浮かれた姿を曝してしまったのも。

 そんな風に自分を納得させて、ディレイが終わるころには気持も落ち着いた……はず。

 それからフェイトを召喚し、とりあえず最初にアルトリアのこと──彼女が元の世界から切捨てられ、俺に括られてしまっていること。そのため、送還してもこの場に、姿が見えない状態で留まっていること──を伝えた。

 

「……つまり、朝のときもここに居て、全部見られてた……って言うこと、だよ、ね?」

「そうなる」

 

 戸惑い気味なフェイトの言葉に首肯すると、若干の間沈黙が落ちた。

 きっと今、朝の自分の言動を振り返っているんだろうなぁ……なんて考えていると、おもむろに両手で顔を覆ったフェイトが「うぅ……恥ずかしい……」と一言。その気持ちは良く解る。

 

「フェイト、気持ちは解るけど、これは避けようの無いことだったんだよ。いつか通らないといけない道を早めに通った……ってことで」

 

 そもそもアルトリアが悪いと言うことでもない……って言うか、そもそもの原因は俺が、アルトリアがここに留まっていることを忘れてしまっていたことなんだし。

 

「フェイトもアルトリアもごめん。特にアルトリアには不愉快な思いをさせたと思う」

 

 二人に──アルトリアの姿は見えないけれど──一度頭を下げてから、よしっと気合を入れ直す。アルトリアには明日改めて話をするとして、今は新たなエリアの探索に入ろう。

 「それじゃあフェイト、行こうか」と促して、扉に表示された項目の中から『第二層・森林エリア』を選択。それ以外に表示が出ないってことは、ここは第一層のように階層に分かれているって訳じゃないんだろうか。

 扉を開けた先に出現している小部屋の、中央にある転移陣(ポータル・ゲート)。その前で一度振り返る。

 

「行ってきます」

 

 きっと見送ってくれているであろうアルトリアに声を掛けると、フェイトが一度俺を見てから、同じように「行ってきます」と口にした。

 それから二人並んで転移陣に乗ると、すぐに陣が光を発し、俺達の身体を包み込み、視界が瞬転した。

 一瞬の浮遊感。

 次いで耳に届いたのは、風が木々の枝葉を揺らす音。そして感じるのは──視線。

 隣を見て、そこにちゃんとフェイトが居る事を確認し、次いで周囲を見回す。

 俺達が転移してきたのは、周囲を鬱蒼とした森に囲まれた、小さめの広場のような場所。そこの中央付近にある、4本の石柱に囲まれた転移陣の上だった。

 そして俺達の左斜め前方と右側に、それぞれ五人ずつ人が居て、こちらを窺いながら何かを話しているのに気付く。最初に感じた“視線”は彼等のものだろう。

 彼等は恐らくは『プレイヤー』で、それぞれがパーティを組んでいると思われる。

 そして恐らく、彼等が気になっているのは──

 もう一度隣の様子を窺うと、フェイトも視線の意味に気付いているのだろう、何となく居心地が悪そうにしている。

 ……余り好ましくない雰囲気だな。

 再度周囲を見回すも、有るのは木ばかりで特に何処に行けばいい、と言う様な指標は無いようだ。

 上を見上げれば──青い空。ここは迷宮の中……である以上、あれは果たして、幻なのだろうか。

 ……よし。

 

「フェイト、確認してみたいこともあるし、行ってみないか?」

 

 “空”を指して言った俺の顔を見上げ、一瞬きょとんとした表情を浮かべたフェイトは、すぐに破顔して「うんっ」と頷くと、すぐにふわりと浮かび上がった。

 それに続いて俺も飛び上がると、フェイトと並んで真っ直ぐに上昇していく。ある程度の昇ったところで、下からザワザワと人の声が聞こえ──見下ろすと、もう結構小さく見える転移陣のある広場にいた『プレイヤー』達が集まって、俺達を見上げているようだ。何を言っているかまでは距離があって聞き取れないけれど。

 

「……って、人がいきなり空を飛んだら驚くか」

 

 失敗した、出来るだけ秘匿した方が良かったかな、と溜め息混じりに言った俺に対して、フェイトは少し考えて、

 

「けど、飛ぶことで攻略の効率が上がるんだったら、飛んだ方が良いと思う」

「……それもそっか」

「うん、そうだよ」

 

 そんなやり取りの後にお互い笑い合ったところで、フェイトが上昇を止めたので、俺も止まってフェイトの隣に並ぶ。

 

「それで葉月、確認したいことって?」

「うん。まずはこの『森林エリア』を攻略するに当たっての目標……って言うか、目的地を見つけたかったっていうのが1つ」

 

 第一層の『洞窟エリア』みたいに、下に降りていけばいいって訳じゃなさそうだしと続けると、フェイトはうんうんと頷く。

 

「それともう1つ──この“空”が、本物なのかっていうこと」

 

 今俺達は、結構な速度で上昇してきた。実際、眼下には大森林が広がり、真下の広場はかなり小さく、そこに居る『プレイヤー』の姿は「人が居るな」と言う程度にしか判別できないほどに小さい。

 けど、だ。

 

「何となく違和感があるんだよな……多分、もう少し昇ったらハッキリするような気がするんだけど」

 

 俺がそう言うと、フェイトは「解ったよ」と頷いて「けどその前に」と前方を指差した。

 

アレ(・・)って『目的地』の候補にはなるよね?」

 

 そう言うフェイトの指す先に見えるのは、1本の巨木。

 その大きさは周囲の木々よりも十数倍……いや、下手をすれば数十倍はありそうな程に大きく、まるで森の上にもう1つ森があるかのようにすら見える。自重で倒壊しないのが不思議なぐらいだ。

 確かにあれは、いかにも何か有りますと言っているようなものだ。

 では、アレ以外には他に無いのかと思い、その場でくるっと一回転してみると──俺達が転移してきた、真下にある広場を挟んで巨木の反対側、そこに妙なものを見つけた。

 

「フェイト、あれ」

「……あれって……遺跡?」

 

 今度は俺が指した先をフェイトが見て、ぽつりと漏らす。

 それは森の中に佇む、石造り……と思われる建造物だった。とは言えここからではかなり距離があるために、はっきりと判別できると言うわけではないのだけど。

 ここからでも解る形状的に、マヤのピラミッドのような感じ……とでも言えばいいだろうか。

 とりあえず、めぼしい目的地と言えるものは、巨木と遺跡の2箇所のようだ。

 

「なんと言うか……どっちも怪しくて困る」

「あはは……けどどちらかというと、あっちの遺跡の方が、人為的な分怪しい……かな?」

 

 確かにな。いかにもって感じだし。

 フェイトの言に頷き、「じゃあ、第一候補は遺跡ってことで」と返して次は2つ目の確認事項に移ることとする。

 

「それじゃあもう一つの方も……もう少し、上ってみよう」

「うん、了解」

 

 首肯したフェイトと共に、再び上昇を開始する。

 ひたすら上に飛び続けること、体感で5分ほどだろうか。その間俺達は天井(・・)にぶつかることもなく飛び続け──「……葉月、気付いてる?」とフェイトが声を掛けて来た。

 「何を?」と返した俺に、フェイトは表情を若干険しくし、

 

「多分……これ以上、上に行けていない」

 

 続けて発せられた言葉に、上昇を続けながら周囲を見る。

 眼下には大森林。前方には巨木。けれど確かに、それ以上景色は動いていなかった(・・・・・・・・・・・)。体感的には上昇し続けていると言うのに、だ。

 

「多分、ここで空間が隔離されてるんだと思う。まるで……この迷宮の一部にするために、空ごと森を切り取ってしまったみたい」

 

 フェイトのその言葉に「なるほど」と頷く。確かにそんな感じだ。

 そうなると、この“空”は本物だけど“限界”がある、と言ったところか。そしてその“限界”にしても、第一層・洞窟エリアのように、物理的な天井があるわけではない、と。

 なるほど。

 一頻り納得したところで、とりあえず確かめたい事は確かめたと、フェイトを促して第一候補の『遺跡』に向かおうとした、その時だった。

 ──巨木の方角に、それを見つけた。

 それは最初、小さな点で。けれども見る見るうちに、それは大きく──こちらに向けて、迫ってくる。

 迫るにつれ、その姿がハッキリと識別できるようになる。

 

「フェイト、あれって──」

「鳥、だね……って、おかしいよ葉月。まだかなり距離があるはずなのに……」

 

 フェイトの言う通りだった。

 まだ鳥とは距離があるはずなのに、それなりに大きく見える。それが意味することは、すなわち──

 

 

『ギャアァァァアアアアアアーーーーーーーーーー!!!』

 

 恐らくあの鳥が発したのだろう、まるで絶叫のような鳴き声が響き渡る。

 思わず顔を顰めた俺とフェイト。その間に鳥はみるみる迫り、その全貌を明らかにした。

 翼を広げれば、恐らくは10メートルを優に超えるであろう巨体。全体の雰囲気は鷹に似ているだろうか。けれど、その頭部にあるのは巨大な一つ目。(くちばし)は特に大きく、再び鳴き声を上げたときに見えたその中には、鋭い歯がびっしりと生えていた。

 巨鳥は猛スピードで迫り、そのまま俺達を威嚇するようにすぐ側を通り抜ける。

 俺とフェイトは既に武器を構え、巨鳥の動向を警戒しつつも臨戦態勢を取った。

 そして巨鳥が旋回している間に、俺は『アナライズ』で情報を取得し──

 

 

---

 

名前:『凶兆の絶叫(オミノウス・スクリーム)』ズィーレビア

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/魔獣/ネームド

属性:風

耐性:風・水

弱点:火

「『霊樹ファビア』が『■■■■■』の影響を受けて溜め込んでしまった、負のエネルギーを排出するために着けた実を食したために異常進化した、クライングバードの上位種。『金と銀の霊樹の巫女』の手によって『霊樹ファビア』のある箇所に封印された。封印するに終わったのは、負のエネルギーとは言え『霊樹ファビア』の力を宿すために、『霊樹の巫女』達には止めを刺すことが出来なかったためである」

 

---

 

 

「ネームドモンスター……っ」

 

 フェイトに巨鳥──ズィーレビアの情報を伝えたところで、旋回したズィーレビアがその巨大な一つ目をギョロリと俺達に向けた。

 再び開かれる口腔。

 

「ギャアァアアアァアアァアアーーーーーーーーー!!!!!」

 

 響き渡る大絶叫は、開戦の狼煙となる。


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