深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase54:「凶鳥」

 俺達の眼前に現れたネームドモンスター、『凶兆の絶叫(オミノウス・スクリーム)』ズィーレビアは、叫び声のような耳障りな鳴き声を上げ、俺とフェイトに向けて突進してくる。

 さすがにあの質量を受け止める気にはならない。俺とフェイトは左右に分かれるように飛翔し、俺達の中間をズィーレビアが通り過ぎた。

 その際にフォトンランサーを数発放つも外れ──それとほぼ同時に向こう側で爆発が起こり、直後、ズィーレビアが突如右下に横回転(ロール)したかと思うと、その上空をフェイトが放ったらしいフォトンランサーが通り過ぎる。最初の爆発は、フェイトのフォトンランサーの初弾が被弾したんだろう。

 とはいえどうやらバランスを崩した程度で、然程ダメージにはなっていないようだ。ズィーレビアは崩したバランスを立て直すと同時に旋回して進路を変える。その向かう先は……俺か!

 

「ギャァァアアアアアア!!」

 

 下方へ急降下して、再度突撃してきたズィーレビアを躱そうとした俺に向け、奴はあの耳障りな絶叫を上げる。と、一瞬身体に妙な圧力を感じて動きが鈍った。……身体能力低下を伴う鳴き声かっ!

 幸いにも圧力はすぐに消え、最大戦速で降下した俺の頭上を、ズィーレビアの巨体が通り過ぎる。

 躱した、そう思った直後に視界に入るのは、伸ばされたズィーレビアの鉤爪。

 鋭利な刃物と呼んでも差し支えの無いようなそれを、咄嗟に身体を捻って避け──マントの一部が引っ掛かり、そのまま切り裂かれた。

 何て切れ味。まともに喰らったらやばいな。

 背中に冷や汗が流れるのを自覚しつつ、今ので崩れた体勢を立て直した俺に再度突撃しようと、ズィーレビアが一つ大きく羽ばたいて──

 

「ハァアア!!」

 

 横合いからグレイブフォームにしたバルディッシュを構えたフェイトが突貫。それを察したか、同時にズィーレビアがもう一度羽ばたき、その身体が僅かに上昇したことによって、フェイトの攻撃は奴の胴を掠めるに終わる。

 フェイトがズィーレビアの真下を通り過ぎ、一方のズィーレビアは俺に向けて突撃してきて、俺は奴へフォトンランサーで牽制しつ右側へ高速飛翔。

 ちらりと後ろを見れば、ズィーレビアは俺の後ろをピタリと追ってきている。どうやら奴の狙いは完全に俺のようだ。

 そのまま最大戦速を維持しつつ、大きく右に弧を描くように飛びつつ様子を窺う。

 ……どうやら俺の飛翔魔法の技術でも、なんとか追いつかれずには済むようだ。時々挟まれる、動きを阻害する鳴き声──バインド・ボイスとでも呼ぼうか──によって、引き離せもしないけれど。

 一方のフェイトは更にその後ろ、ズィーレビアの後方から追尾しつつ、フォトンランサーで攻撃しているようだ。時折ヒットしているのだろう、爆裂音が聞こえるが、やはり思いのほか防御力が高いようで、余り効いていない様子。

 俺は一度下降し、それからすぐに上昇。大きく円を描くように縦に回ると、その下をズィーレビアが通過していく。どうやら然程小回りは効かないようだ……ってあの巨体だ、当然と言えば当然か。とは言え、それでもあのサイズの鳥とは思えない動きではあるのだけど。恐らくは、魔力によって飛翔をサポートさせているのだろうか。ネームドモンスターなのだし、それぐらいはやりそうだな。

 ならばと上空からフォトンランサーを射出。3発ほど連続で撃ったところ、2発は外れたが1発奴の背に命中する。……フェイトのものでも然程効かない以上、俺のフォトンランサーではまるで効果が無いと言ってもいいかもしれない。

 そのまま高度を一気に下げ、奴の後ろを取っていたフェイトと合流する。

 

(葉月、大丈夫?)

(大丈夫。それより、思った以上に頑丈だな、アイツ)

 

 フェイトからの念話に答えつつ、フォトンランサーで攻撃。やはり余り効いていない……っていうか、何度かこうして攻撃して解ったけれど、どうやらまともに身体まで攻撃が届いていないように見える。

 フェイトにどう思う? と訊いてみたところ、やはりフェイトも同意見のようだ。

 

(さっき接近した時に気付いたんだけど、どうも身体の回りに風の膜みたいなものを張ってるみたい)

 

 フェイトの念話になるほどと頷いたその時だ。前方を飛ぶズィーレビアが一度大きく羽ばたいた直後、奴の翼から多量の羽が舞い散った。

 何だと思ったその時、ズィーレビアが「ギャァァアアア!!」と鳴き、次の瞬間、空中を舞っていた羽が、突如俺達へ向け、弾丸の如く射出される。

 

「葉月、回避!」

 

 フェイトの声に従って咄嗟に減速しながら方向を変え、襲い来る羽の弾丸を避けていく。

 数発を回避したところで、どうにも避けきれなさそうなのがあったので『ラウンドシールド』で受けて防ぐ。と、その羽が青白く魔力の光を発し──否な予感。『直感』に従って身構えたその瞬間、『ラウンドシールド』の向こうで羽が爆裂した。

 『ラウンドシールド』とバリアジャケットのお蔭で、爆発自体によるダメージは受けなかったものの、衝撃によって10メートルほどだろうか、姿勢制御する間もなく吹き飛ばされ、その先でフェイトに受け止められた。

 

「ありがとう、フェイト」

「ううん。それより葉月、大丈夫?」

「大丈夫……だけど、まさか羽が爆発するとは思わなかった」

 

 フェイトも同じく思ったのだろう、俺の言葉にコクコクと頷く。

 それにしても思った以上に手強い。特に厄介なのはあの防御力か。見た目は軟そうなのにな。

 俺のものならばともかく、フェイトのフォトンランサーでも大して効果が無いとは思わなかったし。こうなると、取れる手段はフェイトの大規模砲撃魔法……ってことになるんだろうけど、その場合今度は「どうやって中てるか」が問題になる。

 一番確実なのは、やはり相手の動きを止める事……だろうけど。

 こうしている間に、ズィーレビアは大きく弧を描くように旋回している。恐らく再び突撃してくるつもりだろう。……よし。

 

「フェイト、アイツの進路上に、設置型のバインドを置いてみてもらえる?」

 

 今までの手ごたえと俺の言葉から、狙いが何かは容易に察せられたのだろう、俺の言葉に「うん」と首肯したフェイト。

 それからすぐに、こちらに向かって飛んで来るズィーレビアと俺達の中間辺りに、一瞬魔法陣が浮かび上がり、すぐに消える。

 これで奴が今の魔法陣の場所を通過した瞬間、フェイトのライトニングバインドが発動して動きを封じるはず。

 そうなった場合、すぐに行動に移れるように身構え──

 

「えっ?」

「見破られた!?」

 

 あの巨大な一つ目は伊達じゃないってことだろうか。あろうことか、ズィーレビアがバインドを躱すように上昇し、足をこちらに突き出すようにしながら急降下してくる。

 最初の突撃の時にも感じたけれど、あの鋭い鉤爪はそれだけでも脅威である。あの足に捕らえられるのは正直ぞっとしない。

 俺は伸ばされた足の爪にクリムゾン・エッジを合わせて振るって防ぎ、返す刃で足に斬り付けるも、先程のフェイトの言葉の通り、空気の膜のようなものがあるらしい。振るった刃はズィーレビアの体表近くで急激に重くなり、辛うじて届いた剣先も、奴の足に軽く傷をつけるに終わる。

 とは言えやはり傷つけられた事は不快だったのだろう、ズィーレビアは再び上昇すると、すぐに大きく旋回して一度離れる。

 

「馬鹿の一つ覚えみたいに突撃、か」

 

 思わず口をついた言葉にフェイトが苦笑いを浮かべた。

 だって流石にこうも何度もやられるとな。あの巨体と鋭い鉤爪を持つ足。そして動きを鈍らせる声。それらが有る以上、尤も効果的な攻撃手段だってのは確かなんだろうが。

 

「とりあえず、やれるだけのことはやってみようか」

 

 そう言ったフェイトの足元に展開される魔法陣。

 フェイトはその上に立つと、グレイヴフォームにしたバルディッシュを構え、こちらに向けて加速してくるズィーレビアに向けた。

 

「スパークスマッシャー!!」

 

 ある程度まで引き付けたところで、タイミングを見計らい撃ち放たれる長距離砲撃魔法。それは大気を震わせ、ズィーレビアへ迫る。

 対するズィーレビアはその砲撃に篭められた力を感じたか、大きく右にずれてスパークスマッシャーを躱す。

 だが、フェイトも躱されることは想定内だったようで──

 

「ロックッ!」

 

 進路をずらして回避したことによって速度の落ちたズィーレビアの片翼を、フェイトのライトニングバインドが拘束した。

 

「上手く捕らえたな」

「うん。少しだけ射線をずらして、右側に誘導したから」

 

 感心する俺にそう説明するフェイトは、「あれだけ何回も繰り返されたら流石に慣れるかな」と苦笑を浮かべる。

 単純な設置では効果が無いと判断するや、すぐにやり方を変えて対応する辺り、流石と言うか何と言うか。

 それから直ぐにズィーレビアへ向けて飛び、ある程度接近したところで念のために二人でもう片翼と足をバインドで固定する。とは言え恐らくそれほど持たないだろう。

 

「フェイト、頼む」

「うん、任せて」

 

 再度フェイトの足元に展開される魔法陣。

 

「撃ち抜け、轟雷!!」

《Thunder Smasher》

 

 放たれた雷撃は、バインドから逃れようとその巨体を暴れさせるズィーレビアを呑み込み、空の彼方へと抜けていく。

 そしてそれが治まったところにあったのは、全身が焼け焦げ、身体の至るところから血の代わりに魔力の粒子を立ち上らせる、満身創痍のズィーレビアの姿。流石に一撃で仕留めると言うわけには行かなかったようだ。

 先程のサンダースマッシャーの余波で、奴の身体を縛っていたバインドは消失している。けど、今がチャンスである事には変わりは無い。恐らく今であれば、あの空気の膜も消失しているか、弱まっているだろう。仮に健在だったとしても、刺突による一点突破であれば貫けるはず。

俺はクリムゾン・エッジを構えると、ズィーレビアへ向けて一気に加速する。

 見る見るうちに迫るズィーレビアの巨体。そして剣を奴に突き立てようと力を篭め──

 

「ギャァァアアアアア!!!」

 

 その直前、ズィーレビアが鳴き声を上げ、直後、奴の全身が──否、正確に言うならば、奴の全身の羽が──魔力の光を発した。

 鳴り響く爆裂音。

 まずい、と思う間もなく、俺の全身を凄まじい衝撃が襲った。

 

 

……

 

 

「…………き、…………づきっ! ……葉月、しっかりして!」

 

 聞こえてきたのは悲痛な声。

 腕が、脚が、身体が、顔が、全身が痛い。

 ぽたりと、顔にかかった冷たい──熱い──感触に、眼を開ける。

 最初に視界に入ったのは、上から覗き込む、心配そうな、哀しそうな、表情を浮かべた顔。その眼に浮かぶのは、透明な雫で──それがぽたりと、俺の顔に落ちる。

 

「葉月っ!」

 

 泣いてる。

 泣かないで。

 どうして。

 大丈夫。

 だれがこんな顔を、彼女にさせているのか。

 俺が──ああ、そうか。

 千路に乱れる思考が、少しずつ形を成して。

 ぽたりと、雫が落ちる感触に、自分を取り戻し、ある程度の状況を思い出した。

 あの時、恐らく、ズィーレビアの羽が爆裂した。

 羽の弾丸を『ラウンドシールド』で受けたときと同じ現象。あれを、自爆覚悟で行われ、直撃を喰らったんだ。

 地面に寝ている感覚から、ここは地上で、気を失った俺をフェイトが下ろしてくれたんだろう。

 

「……フェイ、ト、ごめん」

 

 力不足で、ごめん。

 迷惑かけてごめん。

 心配かけてごめん。

 泣かせてしまって、ごめんな。

 

 伝えたいことはいっぱい有るのに、うまく言葉が紡げない。

 けど、フェイトはフルフルと首を振って、涙をたたえながら、それでも微笑んで──

 

「はづ、き。よかった……よかっ、た……」

 

 再びぽろぽろと、フェイトの瞳から涙が溢れた。

 俺の頬に、フェイトの手が触れる。

 温かな感触。

 触れられた部分が気持ちよくて、痛みが引いていく。

 しばしの間眼を閉じて、その感触に身を委ねていた。


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