深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase55:「不屈」

 深い暗闇の中から意識が浮上する。……どうやら眠ってしまっていたようだ。

 その時感じた、頭を撫でられる感触。それがくすぐったくて身じろぎし──

 

「ん……起きちゃった、かな?」

 

 聞こえてきた声に目を開けると、真上から俺の顔を見下ろすフェイトと目が合った。

 既視感を覚える光景。だけど決定的に違うのは、彼女の眼に涙が浮かんでいないことだろうか。

 

「おはよう、葉月」

 

 ふふっと笑みを浮かべるフェイト。

 身体の下に感じるのは地面の感触。頭の下に感じるのは柔らかな感触。そしてフェイトの顔のアングル……これはあれか、俺は今フェイトに膝枕をされているのか。

 

「……俺、どれくらい?」

 

 あれからどれほど経ったのかと訊いてみると、返って来たのは「1時間ぐらいだよ」との言葉。

 あの状況で落ちてしまったのを考えると、長いんだか短いんだかって感じの時間だな……って、そうじゃなく、

 

「ごめん、すぐ──」

 

 流石にいつまでもこうしているわけにも行かないだろうと、名残惜しさを感じつつも身体を起こそうとした俺を、フェイトが「ううん」と首を振ってやんわりと押し留める。

 

「もう少し、このままでいいよ」

 

 そう言いつつ、優しげな手つきで俺の頭を撫でるフェイト。

 ……何だか複雑な気分だ。けど、まあ……お言葉に甘えてしまおうか。気持ち良いし。

 そのまましばしの間身を任せていると、不意にフェイトの手が止まる。

 

「……葉月、ごめんね」

 

 ぽつりと呟くように言われた謝罪の言葉。

 何が、と問いかけようとした俺を制するように、フェイトが再び言葉を口にする。

 

「『葉月のことは私が護る』なんて言ってたのに、葉月を危険な目に遭わせた。……護れなかった」

 

 そう言ったフェイトの表情は、悲痛なまでに歪んでいて……駄目だ。こんな顔を彼女にさせては。嫌だ。こんな彼女の顔を見るのは。そんな想いが心のうちに湧き上がって、俺はすぐに身体を起こすと、フェイトに向かい合うように座って、彼女の顔を正面から見つめた。

 

「フェイト、フェイトが謝る必要なんて無い。今回のことは完全に俺の落ち度だよ。事前にあの羽を爆裂させるって攻撃方法を喰らっていたのにも関わらず、考えもなしに突っ込んだんだから」

「そんなことない……葉月が行かなかったら、私が行っていた」

「だったら、尚更フェイトが謝る必要なんて無い。蓋を明けてみれば、俺もフェイトも正解だと思う行動を俺が先に起こして、結果として敵にその上を行かれたってだけだろ?」

 

 そう言うと、フェイトはぎゅっと下唇を噛んで、顔を俯かせる。……きっと、それなら尚更自分が行けばよかったって思ってるんだろうな。

 けど、違うんだよ、フェイト。きっと俺は、君が先に動いていたとしても……俺も後に続いたと思うから。

 

「それにさ、あの時は気付いてなかったけど、多分俺、焦ってたんだと思う」

「……え?」

 

 どう言う事、と疑問を浮かべるフェイトに、あの時の自分の行動を思い出しながら説明する。

 

「……さっきの戦闘で、ズィーレビアには間違いなく俺が狙われてた。俺の方が弱いからか、それとも『プレイヤー』だからかは解らないけど……狙われてたのは事実で、ってことは、俺の飛翔技術がもっと良ければあそこまで苦戦しなかったかもしれない。何より俺の攻撃は全然通らなくて、その辺でもフェイトに頼りきりでさ。あの時、満身創痍な敵の姿を見て、最後ぐらいは自分がって……せめてそれぐらいは役に立ちたいって思わなかったかって訊かれたら、違うとは言えないんだよ」

 

 そう、今にして思えば、安全性や確実性を重視するなら、フェイトにもう一発サンダースマッシャーでも撃ってもらえばよかったのだ。

 けど、俺が行ったのはただの突撃。俺にはそれしか出来なかったとは言え、我ながら余りにも考えが無さ過ぎる。

 

「だから、もう一度……いや、何度だって言う。フェイトが謝る必要なんてない。むしろフェイトが居なかったら、きっと俺は……死んでた。……あいつの自爆攻撃にやられた俺が今こうして普通に起きて、フェイトと話していられるのも、フェイトが治してくれたからだろ?」

 

 こうして起き上がってみて改めて気付いた。自分達の周囲を『結界石』による結界が包んでいること。確かに全身に響く痛みはまだ残っているけど、自分の身体に、思ったよりも外傷が少ないこと。

 周囲や自分の身体を見ながら言った俺に対して、フェイトはコクリと頷いた。

 

「うん……私の『フィジカルヒール』じゃ治し切れないと思ったから、勝手に回復薬(ポーション)とか、安全確保のために『結界魔石』とか使っちゃった」

 

 「勝手に使ってごめんね」と謝るフェイトに、俺は「だから謝る必要なんてないって」とかぶりを振って答える。

 恐らく彼女のことだ、俺の持っていたマイナーヒールポーションとかを使い切った後も、ずっと『フィジカルヒール』を掛け続けてくれていたんだろう。

 

「むしろ、よくここまで気がついてしてくれたなって思う。助けてくれてありがとう、フェイト。フェイトが居てくれて良かった。だから……だからさ、“護れなかった”なんて言わないで欲しい。そんな事は決して無いんだから。フェイトはちゃんと、俺のことを護ってくれてる。フェイトが居てくれて、俺はいつも心強く思ってるんだから」

 

 俺の言葉に、フェイトはしばしの間沈黙してから、小さく、コクリと頷いた。

 

「…………ありがとう、葉月」

 

 そう言って、微笑むフェイト。……うん、やはりフェイトには、笑っていてくれた方が良い。

 フェイトに「どういたしまして」と返して──ああそうだ、と言葉を付け足した。

 

「一つだけ、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん、私に出来ることなら」

 

 ……フェイトに出来ることと言うか、フェイトにしか出来ないことと言うか。俺はフェイトの返事に「じゃあ」と彼女の膝を指す。

 

「……ええっと……もうちょっとだけ、いいかな?」

 

 ダメ元でと思いつつ言った俺に、フェイトは少し驚いた様子をみせつつもすぐに破顔した。

 

「もちろん、喜んで」

 

 そう言って、ぽんっと自分の膝──太ももを軽く叩いて「ん、いいよ」と微笑むフェイト。

 ……有りがたい。本当に、心から。

 「それじゃあ」と一声掛けて、改めて寝転がり──改めてそう言う行動を取るのは、きっと本当なら凄く照れくさく感じもするんだろう。けど、今は──

 ともあれ、改めて寝転がった俺の頭を膝に乗せて、先程のように俺の頭を撫でてくるフェイト。彼女の温もりを感じて、心地良い。

 ……そのままその感触に身を任せて、心地好さに抗うことなく、瞳を閉じる。

 本当に、俺と言う奴は情けないと、そう自嘲しながら。

 こうやってフェイトに──縋らずには、頼らずには、居られないのだから。

 閉じた瞼の上に腕を乗せ、瞼を通して感じる日の光を遮った。

 暗さを増した視界と、自分の腕によって感じる圧迫感に、徐々に思考が埋没して行く。

 さっき──「フェイトが居なかったら、きっと死んでいた」。そう口にしたことで、今、それを確かな実感として感じていた。

 未だ身体に残る痛みが、それが紛れも無い事実なのだと訴えてくる。

 ──怖い。

 以前覚えたことのある恐怖。自分の身体が無くなる。死体すら残さず、魔力の霧と成り果てる絶望が──フェイトと過ごすうちに薄れ、消えかけていたそれ──“死”と言うものへの恐怖が、蘇ってくる。

 ──怖い。

 夢でも、幻でもない。現実として曝された死への恐怖に、心が折れそうになる。想いが砕けそうになる。意志が挫けそうになる。

 ──怖かった、けど。

 思い出されるのは、フェイトの泣き顔。

 俺が死ぬかもしれないと言うことに、あれほどまでに悲しんでくれる人が居る。

 ……だから……耐えられる。

 彼女をこれ以上悲しませないために。不安に思わせないために。涙を、流させないために。そのためなら、俺が今感じている恐怖なんて、耐えなくては、乗り越えなくてはいけないのだと、そう強く思うんだ。

 思い出されるのは、微笑むフェイトの顔。

 ──力が欲しい。

 敵を倒すためだけの力じゃない。死なないためだけの力じゃない……大切な人を悲しませないための力が。

 こうしてフェイトに触れて、彼女のぬくもりを感じる程に、想いは強くなる。

 ──強くなろう。

 身体(からだ)だけじゃなく、精神(こころ)も。

 ……なんて、こんな風にフェイトに甘えながら思ったところで、説得力は無いか。

 ……いやいや、今はあれだ。癒されてるんだ。そう、英気を養ってるって言うか。

 顔の上から腕を避けて、眼を開けてチラリとフェイトの顔を見る。

 

「ん……どうしたの?」

 

 俺の視線に気付いたフェイトが小首を傾げるけど、「何でもないよ」と返してもう一度眼を閉じる。

 すると、「そっか」と穏やかな声がして、再び頭を撫でられる感触。

 きっとフェイトには、俺の心情なんてお見通しだろう。だけど何も言わず、こうしていてくれる事が嬉しい。

 ありがとう、フェイト。

 これからも、この先も、頑張るよ。……だから今だけは、甘えさせて欲しい。

 

 

◇◆◇

 

 

 再び眼を閉じた葉月が、しばらくしてから静かな寝息を立て始めたのを受けて、フェイトは小さくふぅ、と息を吐いた。

 震えていた。

 理由は簡単に察せられる。いや……この状況で、察せられないはずが無かった。

 死と言う物を、改めて強く認識したのだろう。

 身近に感じた“死”への恐怖。“消える”ことへの恐怖。

 だからと言って、葉月のその姿を情けないと思うことも無い。

 『死ぬのが怖い』。そんなのは当たり前だ。何より葉月は、ほんの一月前までは、そんなものとは──事故や病気と言った要素はあれども──ほとんど無縁な生活だったのだから。

 何よりも──フェイトも怖かったからだ。

 目の前で甚大な爆発に巻き込まれた葉月の姿が。

 ボロボロに、満身創痍の葉月の姿が。

 全身から血を流し、それが魔力の霧へと変わっていく姿が。

 葉月が、死んでしまうのでは無いかという恐怖を嫌と言うほどに味わったから。

 だからこそ、フェイトは何も言わなかった。何も、言う事が出来なかった。

 だからこそ、何も言わずに受け止めた。彼がその恐怖を乗り越えるために、自分を頼ってくれたことが嬉しかった。それもあるけれど。

 

 ──強くなろう。

 

 眠る葉月の頭を優しく撫でながら、フェイトは思う。

 大切な人を傷つけないために。

 この迷宮を進む上で、怪我を負うことを避けることは出来ないだろう。

 それでも。

 今回はたまたま、葉月が念の為にと買っていたマイナーヒールポーションがいくつかあったから、『プレイヤー』ではない自分が、それらのアイテムを取り出すことが出来たから、以前に葉月に覚えてもらいたくて『フィジカルヒール』を身につけていたから、彼を助けることが出来た。

 けど、もしも自分が、『アイテムボックス』に繋がっているポーチを使うことが出来なかったら? もしも葉月が、回復薬を買っていなかったら? もしも自分が、苦手だからと諦めて『フィジカルヒール』を習得していなかったら?

 ……考えるだけでも恐ろしい。

 確かに怪我を負うことは避けることは出来ないかもしれない。けど、こんな重篤な事態にはさせてはいけないのだ。

 だからこそ、思う。

 

 ──強くなろう。

 

 大切な人を失わないために。

 いつか……彼が還るときには、離れてしまう運命だけれど。せめてそれまでは、失くさないために。

 

「……頑張ろうね、バルディッシュ」

《Yes sir》

 

 心優しき雷神と、夜を切り裂く閃光の戦斧は、静かに、されど強く、決意を新たにする。

 

 

 

※※【称号】が変化しました!※※

 

『魔導師』→『空戦魔導師』:特定異世界の魔法を使用する者。前提条件:スキル『リンカーコア』。魔法使用全般にボーナス。スキル『リンカーコア』を前提条件に持つ魔法の使用・習得にボーナス。スキル『リンカーコア』を前提条件に持つ『飛翔魔法』の使用にボーナス。

 

 

 

※※【スキル】情報が更新されました!※※

 

『召喚師の極意・Lv2』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、スキル使用不能時間(ディレイ)が減少する。──重ねた心は力となり、繋いだ想いは強さとなる。それはやがて、未来を繋ぐ翼とならん──。

  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:2時間35分

        アルトリア:30分

  【減少時間】フェイト・テスタロッサ:1時間15分

        アルトリア:45分

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『不屈の心』:パッシブ。身体能力補正+。魔法使用全般にボーナス。


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