ゴブリン達を退け、更に森の中歩いている時だった。
不意にアルトリアが立ち止まり、俺の方を向いて「それにしても……」と話しかけてくる。
「どうした?」
「いえ……昨日死にかける程の傷を負ったと言うのに、先程の戦闘では特に気後れするでもなく、しっかりと戦っていたな、と」
彼女の言葉に、自分でも「確かにそう見えるか」とも思う。けど、アレがあるからなと、アルトリアに『戦場の心得』のスキルの事を説明すると、彼女は「なるほど」と小さく呟いて、
「ですがハヅキ、それはあくまで“戦闘時”に関してですよね? では、戦闘前や戦闘が終わった後はどうでしょうか? ……確かにその【スキル】が関係している部分もあるでしょう。ですがハヅキ、貴方自身の心の強さも、誇って良いと思いますよ」
そう言ってふっと笑みを浮かべたアルトリア。流石にそうストレートに褒められると照れくさいものがある。
「ありがとう」と返しつつ、前方を指して「とりあえず進もう」と提案すると、クスクスと笑いながら「解りました」と答えてくる。……俺の心境なんてお見通しなのか、俺が解りやすいのか。
それから更に進むこと10分程だろうか。前方の木々の向こうに、大きな影が動くのが見えた。
俺の前方を歩くアルトリアに念話で呼びかけると、当然解っていたのだろう、振り向いてコクリと頷く。
慎重に音を立てないように進んでいくと、それの姿がハッキリと認識できた。
身長は2メートル以上……恐らく3メートルは無いだろうが、かなり大きい。突き出た腹に、先程のゴブリン程では無いが、周囲に溶け込むような緑色の皮膚。そして顔の中程を占める大きな鼻に、下あごから突き出た大きな牙。その顔は豚と猪の間を取ったようなとでも言えばいいだろうか。
そいつ──仮にオークと呼ぼうか──は、何かの皮で出来たような鎧を纏い、手には
そして一度スンッと鼻を鳴らす仕草をすると、グリンッと音がしそうな程に勢い良くこちらを見た。どうやら外見どおりに鼻が良いらしい。
「ハヅキ、まずは私が抑えますから、敵の情報を」
「ん、了解」
アルトリアと軽くやり取りをした直後、「ブゥルルゥァアアアッ!!」と大気を振るわせるような凄まじい雄たけびを上げ、木々をすり抜けるように突進してくるオーク。
そして俺達の前で手にした剣を大きく振り上げ、アルトリアに向けて振り下ろし──
「ハァッ!」
ガインッと凄まじい音を立て、振り下ろされたはずの剣が、オークの腕ごと跳ね上げられた。
短く声を上げ、驚いたように後ろに下がるオーク。
一方で敵の剣を弾き返したアルトリアは、一度下がったオークを油断なく見据えながら、剣を構える体勢を取る。
アルトリアに気圧されたか、オークが動きを止め、その間に俺は『アナライズ』を使用して情報を取得。
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名前:フェヴァル・オーク・ソルジャー
カテゴリ:
属性:地
耐性:無
弱点:火
「オークの部族のうち、フェヴァル大森林に生息する一族。一般のオークよりも戦いに長けた兵士クラスのオーク。『霊樹ファビア』を守護するエルフ達と常に戦いを繰り広げているフェヴァル大森林のオークは、例え一兵卒と言えど油断ならぬ相手であろう。フェヴァル大森林の濃密な魔力を取り込み続けている肉体は生半な魔法などものともせず、その膂力に見合った剛剣によって敵を屠る」
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それによって得た情報をアルトリアに伝えると、彼女は敵を見据えたままコクリと頷き「解りました。ここは私がこのまま引き受けます」と返してきた。
どうやら物理攻撃一辺倒の相手のようで、アルトリアなら何ら問題は無いだろう。そう判断し、俺は周囲の警戒に入る。無論、オークの方へ注意を払っておくのも忘れない。
そんな時、不意に頭上に気配を感じて注意を払うと、いつの間にか一羽の鳥が木の枝に止まっていた。
大き目の鷲のような体躯。恐らく翼を広げれば1メートル程はあるんじゃないだろうか。
そして、その顔には大きな一つ目。
俺はもしかしてと思いながら、その鳥に『アナライズ』を掛け──
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名前:クライングバード
カテゴリ:
属性:風
耐性:風
弱点:火
「フェヴァル大森林に生息する魔鳥。雑食ではあるが、特に死肉を好む。まるでか細い悲鳴のような鳴き声を上げ、不吉の前触れとも呼ばれる凶鳥である。身体に微量ながらも風を纏って飛翔能力を上げ、鋭い爪で獲物を狙う」
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やはりアレが、ズィーレビアの元になったモンスターのようだ。
念話でアルトリアにクライングバードの存在と、あちらは俺が引き受けることを伝えると、それと同時に頭上のクライングバードが「ヒイイィィィィィィ……」と、その説明の通りにか細い悲鳴のような鳴き声を上げた。
「ブゥルァアアアアッ!!」
クライングバードの鳴き声を合図にするように、オークが雄たけびを上げてアルトリアへ突進する。それと同時に、頭上で聞こえる羽ばたき音と、木の枝が揺れてざわめく音。
視線を向ければ、一度宙へ舞ったクライングバードが、再び鳴き声を上げながら俺に向けて急降下してくる。
速い……けどっ!
俺は姿勢を低くして爪撃を躱しつつ、頭上を通り過ぎるクライングバードへ剣を振るうと、確かな手応え。
すぐに振り返って警戒するも、そこに有ったのは右の翼を失って地面に墜ち、弱々しく威嚇の声を上げながらのたうち回るクライングバード。
……流石にモンスターと言えど、無駄に苦しませるのは忍びないし、それを見て悦に浸る趣味も無い。
俺は手早く──もちろん警戒はしつつ、だが──クライングバードに止めを刺すと、アルトリアの方へと視線を向ける。
先程から武器を打ち合う音が聞こえるので、まだ戦っているのは解ってるんだが……あのオーク、そんなに強いのだろうか。そう思ったのだけど、様子を見るに、どうやらアルトリアは敵の強さを測りながら戦っているようだ。
そのうちにアルトリアはチラリと俺の方を見て、恐らくこちらの戦闘が終わったのを確認したのだろう、振り下ろされたオークの剣を、それまでとは打って変わって強く弾く。
最初の一撃のように、剣ごと腕を跳ね上げられたオークは、慌てて後ろに下がろうとするも、アルトリアが一気に踏み込む。
トンッと軽く跳びながら放たれた一閃。
それはオークの首を薙ぎ、アルトリアはそのままオークの身体を蹴って後ろに飛び退ると、重厚な鎧を纏っているとは思えないほどに軽やかに着地した。
その一連の動作が余りにも綺麗で、思わず見惚れそうになってしまった俺に対して、アルトリアはクスリと笑みを浮かべつつも、魔力の霧へと変わり行くオークを見やりながら「ハヅキ、警戒を」と声を掛けて来た。
「あ、うん、ごめん。……で、今の奴はどうだった?」
「そうですね……膂力は相当に強いようでしたので、相対した時は油断しないように。ですが、言い換えれば油断さえしなければ、ハヅキであれば問題はないでしょう」
アルトリアの評価になるほどと頷きつつ、先程のオークの情報を思い浮かべる。
「確か今の奴は、オーク・ソルジャーだったか……どうやら下っ端の兵士に位置するみたいだから……」
「ええ。恐らく上位種が居るでしょう。見分けが付くかどうかも解りませんから、情報の取得は最優先で」
「ん、了解」
そう今一度探索と戦闘に関しての再確認をして、周囲を警戒しながら先を目指す。
…
……
…
森の中の探索を開始してから2時間半を越えただろうか。当初にケビンと話をした時間を加えると、3時間ぐらいは経っているか。
この間に出会った敵は、『ゴブリン』と『フェヴァル・オーク・ソルジャー』、『クライングバード』の他に、皮の軽鎧とショートソードを装備した、一回り体格の大きなゴブリンである『ゴブリン・リーダー』。幻覚効果のある麟粉を撒き散らして飛ぶ、30センチ程の大きさの蝶『ウィスプ・バタフライ』。そして俺と同じ程度の大きさもある蟷螂の『ジャイアント・マンティス』だ。
ゴブリン・リーダーはゴブリンやフェヴァル・オーク・ソルジャーを相手にするのと然程変わらなく、ウィスプ・バタフライは近付かなければ危険性はない。そしてジャイアント・マンティスは離れた場所からフォトンランサーで仕留められた。それにしても森なだけあって、敵の種類も豊富である。まだまだ居そうだしな。
そうしている間にアルトリアの召喚時間も残り30分程になったのでそろそろ帰ろうかと言う話になったのだが、その前に約3時間でどれぐらい進んだのかを確認しようとアルトリアに言われた。
ついでこの『第二層』の全体の様子も見てみたいと言うアルトリアに、俺としてもそれは全然構わないので二つ返事で頷いたのだが、それを確認するためにはある程度の高さまで昇らねばならず、そしてもちろんアルトリアは飛べない。
結果的に、俺が彼女をかかえて飛ぶことになるわけで──
「ハヅキ、私の我侭で手間を取らせて申し訳ありません」
大丈夫ですか? と問いかけてくる腕の中のアルトリアに、大丈夫だよと返しながら、上空へ向けて飛翔する。
現在、アルトリアを横抱き──所謂お姫様だっこと言うやつだ──にして飛んでいるわけだが、魔力を全身に巡らせて身体能力を強化しているので、彼女を抱えることに関しては全然苦にはならない。
最初は第一層6階において、俺を抱えて飛んでくれたフェイトのように、アルトリアの後ろから手を回して抱きかかえようかと思ったんだ。
けど、だ。彼女の
つまり、アルトリアを後ろから抱きかかえようとすると、何と言うか、妙に意識してしまいまして。
で、結果的に、こうして横抱きに落ち着いた訳である。
ちなみにこの魔力による強化は、フェイトに魔法を習い始めてから教わったものだ。なので言ってしまえば、これも『ミッドチルダ魔法』の一種のようなものなんだけど、何故か【スキル】の『ミッドチルダ魔法』の中には表示されていない。『マルチタスク』と同じように、基本技能みたいなものだからだろうか。
それはそれとして。
目的地である遺跡と、スタート地点である広場が見える程度の高さまで上昇したところで動きを止めると、全体を把握したいと言うアルトリアに見せるために、その場でぐるりと旋回する。
それにしてもこうして上から見てみると、全然進んでないな。
「ふむ……約3時間で3分の1程度ですか」
「地形的に歩きにくいって言うのも有るんだろうけど……もう少し進み方を考えないと、何時まで経っても辿り着けない気がする」
ぽつりとアルトリアが漏らした言葉に返した俺に、アルトリアが「そうですね」と頷いて同意する。
やはり俺にとって一番ネックになるのは召喚時間か。地上を進んでいくには、『結界石』系のアイテムを沢山用意して、ディレイを解消しつつ進むしかない。それに加えて恐らく野営も必要だろう。もしくは、別の『プレイヤー』と協力するか……。正直、こうやって空を飛んで行ければ何の問題も無いんだけどな。
そんなことを思った時だった。アルトリアが「あ」と声を上げると、「ハヅキ、直ぐに降りてください」と続ける。
どうしたのかとアルトリアに視線を向けると、真剣な眼差しで見上げる彼女と目が合う。そしてアルトリアは「あれを」と『霊樹ファビア』の方を指差し──その瞬間にすぐに下降する俺。
遠目に見ても解る。ズィーレビアだ。とは言え流石に遠すぎて、奴の現状がどうなのか──昨日からどれほど回復したのかは解らなかったが。
地上に降りてしばらく頭上を警戒していたけれど、姿は見えず、あの特徴的な鳴き声も聞こえてこない。どうやら発見してすぐに降りたから、こっちまでは来なかったようだ。
やはり空を飛んでいくには、ズィーレビアを何とかするしかないか。
「ハヅキ……アレを倒すつもりですね?」
この先の事を考えていると、アルトリアが俺の考えを読んだかのように問いかけて来た。
「解るか?」と訊くと「顔に書いてありますよ」と苦笑交じりに返って来る。そしてすぐに表情を真剣なものへ変え、「フェイトと、ナノハ、でしたか……彼女達も飛べるのですよね?」と訊いてくるアルトリアに首肯すると、彼女は少しの間考えて、ふぅと小さく息を吐いた。
「アレが飛ばねば襲って来ない以上、ズィーレビアと戦うのは私よりもフェイトとナノハ、彼女達と共に挑むのが良いのでしょう」
私も共に戦えれば良いのですが、と表情を曇らせるアルトリア。心配してくれるのは、申し訳なくも有り、嬉しくも有りってところだな。
「ありがとう、アルトリア。……今度は油断も慢心もしない。出来る事をしっかりやるよ」
だから大丈夫と続けた俺に、アルトリアは「はい。ですが充分に気をつけてくださいね」と笑みを零した。