深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase61:「再戦」

 『帰還の巻物(リターンスクロール)』を使って『マイルーム』に帰り、バリアジャケットを解除してから、忘れないうちに今しがた使ったばかりの『帰還の巻物』を補充してしまう。

 それらを一通り終えたところでようやく一息つき、しばらくしたところでアルトリアの召喚時間が終わり、彼女の身体を球状魔法陣が包み込んだ。

 「それじゃあまた後で」と言う俺に、「はい」と頷いたアルトリア。……と言っても彼女の場合は、霊体化しここに居るんだよな。姿どころか音も気配も無いので、正直言うとその事実を忘れそうになってしまうんだけど。

 身体を休めるためにベッドの上に身を投げ出しながらそんな事を考え──ふと思った。そう言えば、昨日と一昨日の夜、アルトリアはどうしてたんだろう、と。

 今しがた考えたように、アルトリアは送還してもこの部屋に居る。でも、この部屋にベッドは1つしか無い訳で──もしかしなくても、かなり窮屈な思いをさせてしまっているのではないだろうか。

 ……後で召喚した時に、一度話を聞いておこう。そんなことを考えて────誰かに呼ばれたような気がして飛び起きた。

 頭がボーっとする独特の感覚。……どうやら寝てしまっていたようだ。

 外していた腕時計を見ると、時刻は8時に近い。アルトリアを送還したのが4時位だったから、4時間近く寝てたのか……今が朝の8時じゃなければ、だけど。

 とりあえずアルトリアを()んで、夕食を食べて……それから剣の稽古でもつけてもらおう。

 凝り固まった身体を伸ばし、目を覚ますために顔を洗ってスッキリした後、アルトリアを召喚するためにワードを唱えると、俺の眼前に出現する球状魔法陣。……うん、どうやら今は朝の8時ではないらしい。

 

「よく眠っていましたね、ハヅキ」

 

 召喚されたアルトリアは、開口一番そう言ってクスリと笑う。それに「いつの間にかね」と返してから、先程寝てしまう前に考えていた事を訊くために「そういえば……」と切り出した。

 

「昨日と一昨日の夜、ですか……?」

 

 アルトリアに窮屈な思いをさせていたのではないか。そんな疑問から俺が寝ている時の事を訊いたところ、アルトリアは何となく気まずそうに言葉を詰まらせた。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜、フェイトとなのはを送還して一人になった途端、葉月の身体の奥底から疲労がにじみ出て来るような雰囲気をアルトリアは感じた。

 昨日自分を送還した時もそうだったと思いながら、先程までの心から楽しそうな葉月の様子を思い浮かべ、あの二人と居ることに疲れた……などということではないだろう、恐らくは、独りになったことに対する反動。そして、これまでに積み重なった疲労かと予想する。そしてきっと、葉月自身はそんな自分の雰囲気に気付いていないだろうと言うことも。

 やがて、ラフな格好になった葉月がベッドに入ると、自然と部屋の明かりが暗くなる。

 永い永い静寂。だがそれは、不意に葉月の口から漏れた呻き声によって破られる。

 「ぅ……うぅ……」と、苦しそうにうなされる葉月。

 それも無理も無いと、葉月とフェイトがなのはに語った言葉を思い出して、アルトリアは小さく溜め息をついた。

 彼は今日死にかけたのだと言う。

 命の危機。一度覚えた死への恐怖は、そうそう拭えるものではないだろう。

 

「……ハヅキ」

 

 初日の段階で、自分が霊体化している間は、葉月に自分の姿は見えず、声も聞こえず、触れたとしても感触も伝わらない事は解っていた。

 けど、それでも。

 

「余り無茶をしないでください……」

 

 例え伝わらなかったとしても何かしてあげたくて……アルトリアは、うなされる葉月の頭をそっと撫でる。労わるように、愛おしげに。聖母のような微笑を浮かべて。

 伝わらない、はずなのに。

 

「っ! ……ふふっ」

 

 アルトリアが葉月の頭を撫でるうちに、葉月の表情が幾分和らいだものに変わった。

 きっと偶然。けど、その偶然が嬉しく──アルトリアはそのまま、労わるように、撫で続けていた。彼が悪夢にうなされることが無いように。夜が明けるまで、ずっと。

 

 

◇◆◇

 

 

「……えっと、アルトリア?」

 

 不意に黙り込んで何かを考え込んだアルトリアに声を掛けると、彼女はハッと慌てたように「あ、な、何ですか?」と返事を返してくる。……いや、何ですかじゃなくてさ。

 仕方ないなぁと思いつつ、先程と同じように「昨日と一昨日の夜のことだけど」と言うと、アルトリアは「そうでしたね」と頷いて──

 

「ハヅキの寝顔をみていまし……あ」

「え?」

「あ、ああ、えっと、そうではなくてですね!?」

 

 慌てるアルトリアの様子が何だか可笑しくて思わず吹き出すと、アルトリアは「わ、笑わないでください」と頬を膨らませる。

 俺が今まで見ていたアルトリアの姿は、常に落ち着いていて、凛として格好良い姿ばかりだったので、今の様子とのギャップが新鮮で、やっぱり可笑しくて──一頻り笑ってしまった後にアルトリアに「ごめん」と謝り、詳しく聞いてみると、どうやら寝ている間、俺はずっとうなされていたらしい。で、そんな俺を心配して見守っていてくれたようだ。

 

「心配してくれて、ありがとう。けど、それだとアルトリアが休めてないんじゃ?」

 

 俺としては気になるのはそこなんだけど。

 

「いえ、問題ありません。霊体化した時点で肉体的な疲労は無くなるようですし、霊体化している間に疲労が溜まるということもありませんから」

 

 「もちろん、精神的な疲労もありませんよ?」と念を押すように言うアルトリア。

 ……俺に気を使っている、と言う感じでもないようなので、本当に大丈夫なんだろう。それなら良いんだけど、と言うと、今度はアルトリアに「心配してくださってありがとうございます」と言われてしまった。……立場が逆だなぁ。

 何はともあれ、アルトリアが大丈夫ならよかった、と言うことで、その話はここで切り上げ、その後は予定通り剣の鍛錬を付けてもらって、今日の召喚を終えた。

 ……ちなみに、アルトリアに「ハヅキ、どうせならもう少し良いベッドに換えることを提案します。あれでは疲れも取れにくいでしょう。『ショップ』で買えるのではないですか?」と言われた。

 で、今の今まで、『ショップ』で『マイルーム』の備品を更新出来るのか確認していなかったことに、アルトリアのその言葉で気付かされた訳で……アルトリアには呆れた視線を頂戴したが。

 その後実際に『ショップ』を見てみたら、見事にありました。家具。

 いや、日用品を買えるのは解ってたんだけど、ベッドとかソファとか、その辺の家具とかはどうだったか、記憶に無いんだよな。もしかしたら最初は無くて、ある程度迷宮を進んだら更新されたのかもしれないし。

 そんなわけで、アルトリアの言うことにも一理あるなと、今の初期ベッドから少し良いベッドに買い換えた。

 

 

……

 

 

 その翌日。思っていた以上に快適な目覚めにびっくりである。どうやら、攻略に直結しないもの──食料なんかの生きるために必要なものは除くみたいだが──は、武器や防具、道具よりも割高に設定されているようで、凄く良い物にしたって訳じゃないんだけど、それでも初期に配置されているものに比べたら雲泥の差だった。

 我ながら、迷宮の攻略以外に目が行かないぐらいに余裕が無かったのかと若干落ち込みつつ、午前9時頃。いつものようにフェイトを召喚するためにスキルを行使する。

 伸ばした手の先に生成された球状魔法陣。それが砕けて中からフェイトが現れる。

 フェイトは俺の顔を見るとニコリと笑って「おはよう、葉月」と声を掛けてきて……その時ふと、昨日のアルトリアの言葉が頭を過ぎった。

 

 ──ハヅキとフェイトは、恋仲で、恋人同士ではないのですか?

 

 ちょっと待て俺、なんでこんなタイミングで思い出す……なんて思っていると、「葉月、どうしたの?」とフェイトが俺の顔を覗きこんできて──

 

「あ、ああ、お、おはよう。なんでもないよ」

 

 待て、落ち着け俺。

 昨日アルトリアに言ったけれど、俺とフェイトは恋人ではないし、今後もそうなることは無い。

 ……そもそもフェイトはまだ9歳だ。彼女に対してそう言ったことを考えることが間違っているんだから。

 そう自分に言い聞かせながら、小さく深呼吸……したところで、「葉月、本当に大丈夫? 顔赤いし……風邪? 体調悪かったりしない?」と、心配げな表情を浮かべて矢継ぎ早に質問してくるフェイト。

 

「ん、体調だって良いし、大丈夫だよ。ただちょっと昨日アルトリアに言われたことが──」

 

 ……口が滑った。

 不自然なところで言葉を区切った俺に、フェイトが「言われたことって……?」と、表情を訝しげなものへと変えて訊いてくる。

 失敗した……と思いつつも、「教えて」と言わんばかりにじっとこちらを見つめてくるフェイトに負けて、昨日アルトリアに言われたことをフェイトに話した。

 

「……つまり、その……私と葉月がまるで……恋、人……みたい?」

「って言うかそうにしか見えないって言われた」

 

 「ぅ……」と言葉を詰まらせて俯くフェイト。耳まで真っ赤だ。多分俺も。やはり当人を前に改めて口に出すと恥ずかしい。

 チラリと覗き込むように、上目遣いに見上げてくるフェイト。ちょっと待て、その仕草は反則だ。

 ああもう、何か頭の中がぐちゃぐちゃだ。一旦落ち着こう、マジで。

 一度互いに離れて深呼吸やらなんやらで気持ちを落ち着け……たつもりで、仕切り直し、「とりあえずなのはを喚んでしまおう」ってことにしたんだけど、召喚したなのはに「何かあったの?」と問われ、二人揃って言葉に詰まったのは言うまでもない。

 

 

……

 

 

 とりあえず午前中は2時間ほど、なのはを交えての戦闘訓練と魔法の練習、そしてこれから挑むことになる敵についての情報の伝達と、大まかな戦い方についての相談を行った。

 そして午後。午前中に決めたことを実践に移すために『森林エリア』へと向かう。

 扉の先の『転移陣(ポータル・ゲート)』を抜け、見慣れてきた感のある森の中の広場に出る。

 周囲をぐるりと見回してみるが誰の姿も、何の気配も感じられず、どうやら今回は俺達の他には誰も居ないようだ。

 

「準備は良い?」

「いつでも」

「うん、大丈夫」

 

 「それじゃあ行こうか」と空を見上げて言う俺に、フェイトとなのはは流れるように言葉を返してくる。その様子に息の合った二人だな、なんて思いつつ、俺達は青く晴れ渡る空へと飛び上がった。

 2日前のように、上へ上へ。ひたすらに昇った俺達は、ある程度の高さへ到達すると上昇を止め、身体の向きを『霊樹ファビア』へと向けた。

 

「すごい……あんなに大きいんだね」

 

 彼方に聳える威容とでも言おうか、『霊樹ファビア』を見たなのはが感心したような声を上げる。

 それにフェイトがクスリと笑い「うん、凄いよね」と返して、二人が顔を合わせてクスクスと笑い合った。

 

「どうした?」

「ううん……何て言えばいいかな、こんな会話でもなのはと出来るのが嬉しくて」

「わたしもだよ、フェイトちゃん」

 

 そう言ってもう一度笑い合う二人。……ホント仲良いなあ。この二人の姿を──フェイトの嬉しそうな顔を、間近で見られるだけでも、俺は幸せなのかもしれないな。

 何となく、そんなことを考えていた時だった。

 

《Caution》

 

 おもむろにレイジングハートが警告の声を上げた。

 

「どうしたの、レイジングハート?」

《Flying object is approaching. Probably it is a "Zeelevia"》

 

 ズィーレビアと思われる飛翔体の接近。レイジングハートのその警告に、俺達の間に緊張が走る。

 そして『霊樹ファビア』の近くにソレを見つけ──ほぼ同時にフェイトが「葉月、あれ」と、俺が今見つけたものを指差した。

 

『……ァァァアアアアアアァァァァ……」

 

 離れていても聞こえてくる、特徴的な鳴き声。

 『霊樹ファビア』の側に見つけたのは黒い影。それは次第に大きくなり、姿を判別できるようになる。

 遠目にも解る巨体。鷲に似たフォルム。そして──遥か彼方に聳え立つ大樹より飛来した一つ目の巨鳥は、俺達をその大きな目でねめつけながら、すぐ側を掠めるように高速で通り過ぎ、大きく弧を描くように旋回して再び俺達の前に回ると、バサリと大きく羽ばたいて中空にホバリングして静止する。

 

「あれが?」

「……ああ、ズィーレビアだ」

 

 思わず漏れ出たと言う風な問いに答えた俺に、なのははコクリと頷くとふぅ、と鋭く息を吐く。

 そんな彼女へ「悪いな、なのは」と言うと、なのはは「どうしたんですか?」と小首をかしげる。

 

「いや、協力してくれるにしても、初戦からいきなりあんな大物でさ」

 

 本当に、悪いと思う。けど……昨日アルトリアには、空を飛んだ方が速いし確実だろうから、なんて理由を述べたけど──いや、それも確かに理由の一つではあるのだけど──やはり何と言うか、油断の末に死にかけることになったコイツを、しっかりと倒して乗り越えていかないといけない気がするのだ。

 ズィーレビアを見据えながらそれらを言った俺に、隣に並んだフェイトが「私も同じ気持ちだよ、葉月」と言い、そんな俺達に、なのははニコリと笑って大きく頷いた。

 

「わたしのことは気にしないで。わたしは葉月さん、それにフェイトちゃんの力になるって決めて……決めた以上は、何が有ったって貫いてみせるから」

 

 「だから、頑張ろう」。返って来たのは、そんな頼もしい言葉。

 それを聞いた俺とフェイトは互いに顔を見合わせて、自然と笑みが浮かんでいた。

 一度死に掛けた相手。けど、この二人が居れば、絶対負けないって思えてくる。油断とか慢心とかじゃなく、本当に、心からそう思える。

 ──よし、行こう。

 今にこちらへ向けて突撃してきそうなズィーレビアを見据えながら俺は剣を抜き、フェイトがバルディッシュを、そしてなのはがレイジングハートを構え──

 

「ギャアアァァァァアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 晴れ渡る青空に、再戦を告げる『凶兆の絶叫(オミノウス・スクリーム)』が響き渡る。


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