深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase64:「不安」

 なのはの放ったスターライトブレイカーは、断末魔の声すら上げさせることなくマリス・ズィーレビアを呑み込み、その背後に(そび)える大樹──『霊樹ファビア』──を掠め、その更に後ろの大地へと着弾した。

 篭められた膨大な魔力が反応爆発を起こし、魔力的なダメージを与える衝撃を撒き散らす。

 ドーム上に広がるそれは、離れた地点に居る俺達にも──いや、離れた地点にいるからこそ、か──ハッキリと認識でき、彼女が放ったそれの威力の凄まじさを思い知らされた。

 そして俺は、スターライトブレイカーが霊樹ファビアを掠めた際に見えたある光景が気になり、二人に問いかけようとした、その時、遅れてやってきた爆風が俺達を襲ったために、言葉を止めて咄嗟に腕で顔を覆う。

 魔力を孕んだ轟風が通り過ぎ、伏せていた顔を上げた俺が見たのは──

 

「……え? ……え、えええっ!?」

 

 なのはがとても凄く驚いた声を上げた……けど、それも無理からぬことだと思う。

 恐らくは着弾地点だと思われる場所を中心に、円形に広がった巨大なクレーター(・・・・)。もちろんと言うか、そこに生えていたであろう木々は根こそぎ消滅している。

 

「レ、レイジングハート……非殺傷設定にしてあるよね?」

《Yes. Physical destruction configuration is OFF》

 

 なのはの問いに対するレイジングハートの答えは、物理破壊設定にはなっていないと言うもの。それを聞いて、フェイトに「非殺傷設定って、物理破壊を伴わないんだっけか」と確認してみると、コクリと頷くフェイト。

 

「一応説明するけど、それなりの衝撃や、さっきみたいな爆風による影響って言うのはあるけど、少なくともこんなクレーターが出来るようなことは無いよ」

「……あれ、だけど第一層の10階でも、フェイトの魔法で壁やら床やら抉れてたよな?」

「……そう言えばそうだね。ねえ、バルディッシュ……わざわざ非殺傷設定解除したりしてないよね?」

《Yes sir.》

「モンスターに関しては、“魔力で創られた存在”である以上、魔力的なダメージを与える非殺傷設定の攻撃が通じるのは解るんだけど……」

 

 俺達の会話が聞こえていたのだろう、なのはが「それって……この『迷宮』自体も、ここに出るモンスターと同じようなものってことかな?」と問いかけてきた。

 なのはにはフェイトと共に俺達の事情を説明した時に、この迷宮についても解っていることを話している。例えば、この迷宮に出るモンスターは魔力で創られた存在であると言う事とか。

 そして、今しがたフェイトが言った、魔力で創られた存在である以上、魔力ダメージが通じるっていうのと、目の前の状況を踏まえて考えれば、きっと今なのはが言ったことが合っているんだろう。

 

「そうだな……目の前の状況を見るに、多分この迷宮そのもの(・・・・)も魔力によって構築されているか、もしくはそれに近い構造なんだろうね」

 

 そう言ってから、改めて眼前に広がる光景を見やる。

 遥かに広がる森の中、他を圧倒するように聳える巨樹、霊樹ファビア。そしてそれの直ぐ側まで広がる、巨大なクレーター。

 それらに順番に目をやり、改めてなのはの攻撃力の高さに感心しつつ、再び霊樹ファビアへと視線を移したその時だった──。

 

「葉月、あれ」

「ああ。二人とも、念のため警戒はして」

「はいっ」

 

 フェイトが示し、俺達が視線を向ける先──霊樹ファビアが、おもむろにぼんやりと光り出し、その発光は根元から、ゆっくりと天頂へと向けて強くなっていく。

 俺はその光景に、先程二人に問いかけようとしていたことを思い出し、「なあ、二人とも」と、改めて言葉を掛ける。

 

「さっき、なのはのスターライトブレイカーがあの樹を掠めた時に、あの樹からどす黒い煙みたいなのが立ち上らなかった?」

 

 マリス・ズィーレビアが吐いていた黒い風弾に似ていると言えばいいだろうか。強いて例えるならば、『怨念』や『瘴気』と言うところか。

 そんな、見るからに“不吉”な何かが──そう、まるであの樹に巣食っていた何かが、スターライトブレイカーの余波を食らって消滅するような……そんな風に見えたのだ。

 そんなことを説明するも、二人から返ってきたのは首を横に振る動作。

 

「ごめん、私には見えなかったかな」

「うん、わたしも解らない、かな」

 

 二人はそう言った後一度顔を見合わせ、次いで「でも……」と言葉を続けながら、その視線を変わらず発光を続ける霊樹ファビアへと向けた。

 

「葉月さんがそれを見た直後にこの現象って言うことは……その“黒い何か”は、葉月さんが言った通り、あの樹に憑いていた悪いものって考えた方がよさそうだよね」

「うん。あの光からは悪い感じがしないし、その“黒い何か”が消えたお蔭って感じ……かな?」

 

 なのはの言葉にフェイトが答え、次いでくすりと笑い合う二人。そんな二人の姿に──二人揃って俺の言葉を信じてくれるのが、本当に、凄く嬉しく思う。

 そうしているうちに樹の発光は天頂へと至り──ゆっくりと、今度は根元から光が消えていく。

 けれど……そう、まるで全体に広がっていたそれが一つに集まるように、樹の頂上辺りで光が強くなっていった。

 そして──全ての光が集まり、頂上の光が一際強く輝いたその瞬間、バンッと弾けると同時に一条の光が俺達の方へと飛んできた。

 咄嗟に身構える俺達の前。そこに現れたのは──

 

『……かの者の尖兵を倒して頂き、感謝いたします、異界の者達よ──』

 

 そう言って深く一礼する、全身を淡い緑色の光に包んだ、一人の女性だった。

 目の前の女性の身体は、まるで風のように揺らめき、透けていて……俺はその姿に、かつて第一層の6階で出会った、白い少女を思い出す。

 女性はその緑色の光の中でも、なおそれと解る銀色の髪を風になびかせながら俺達の顔を順に見て──俺と視線を合わせた際に、一瞬驚いた様子を見せる。

 

『この力……そう、ですか。貴方が……よもやかの尖兵を討ち果たし、負の想念を払ったのが……いえ、これも運命、と言えるのかもしれませんね……』

 

 哀しそうな、申し訳なさそうな、そして、苦しそうな……そんな想いがない交ぜになった表情を浮かべ、女性が言葉を紡いだ瞬間、ザッと、女性の身体が一瞬一際強く揺らめいた。

 まるで今にも崩れて消えてしまいそうな雰囲気で……「あの、」と声を掛けた俺に対して、女性は小さく頭を振った。

 

『……ごめんなさい。私には、貴方に全てを伝える時間が、力が足りません。ですが、せめてこれだけは──』

 

 女性の言葉と共に、俺の周囲を環状魔法陣が取り巻いた。

 この光景に、やはり俺はあの時を思い出していた。恐らくフェイトもそうなのだろう、俺の後ろで一瞬驚いた声を上げたなのはを、「大丈夫だよ」と落ち着かせている。

 そして魔法陣は、俺の中へと溶けるように消えて──その瞬間、押し寄せてくる強い“想い”に、心が揺さぶられる。

 

『……願いを押し付ける私達を恨むなとは言いません。ですが──叶うならば、私達の想いに応えてくれることを──』

 

 そんな言葉を残し、揺らめき、消えていく女性。

 彼女の言葉から、明確な“何か”が解ったわけじゃないけれど……それでも、解ったことがある。それは、俺がこの世界に来た原因に──他の『プレイヤー』は解らないけど──『迷宮の王(ゲームマスター)』の他に、“彼女達”も関わっているってことだ。そしてその“彼女達”は、俺に何かを期待している。

 まるで、知らないうちに、気付かないうちに、決して逃れられない運命の網に、雁字搦めに捕らわれてしまっているような……そんな思考が脳裏を過ぎる。

 ……果たして、俺はこの先どうなっていくのだろうか。俺の進む道の先に、何が待ち受けていると言うのか。

 不安と、空恐ろしさが心を覆い、ブルリと背筋が震える。

 ──その時、近寄ってきたフェイトがそっと俺の右手を取った。

 

「葉月、不安?」

 

 けど、俺はそれに咄嗟に首を横に振って答えた。

 心配を掛けたく無いって言うのも有るし、情けない姿を見せたくないっていう想いもあって……けれど、フェイトは「無理しないで」とクスリと微笑んだ。

 

「……ねえ、葉月、大丈夫だよ。何度だって言うよ。大丈夫。私たちが、必ず葉月のことを帰してみせるから」

 

 労わるような声音が耳朶を打つ。

 フェイトの声が心に染み入り、胸を締め付ける。

 

「……解ってる。フェイトのその言葉を疑ったことなんてない。だけど……それでも、どうしても不安になるんだ。俺は……本当に、元の世界に帰ることができるのかって。本当に、植えつけられた“知識”の通りにこの迷宮を踏破したところで、元の世界に帰ることができるんだろうか、って」

 

 気がつけば言葉が口を吐いていて……一度こぼれ出した不安は、止まらなくて、止められなくて。

 

「もしも……もしもさ、俺がこの世界に来た原因が、『迷宮の王』だけじゃなかったら? 以前6階で会った白い少女や、さっきの女性(ひと)……もしかしたら他にもいるかもしれない、多くの人の意図によるものだったら……この迷宮を踏破した先に、俺だけ(・・)が帰れないんじゃないか、なんて、さ」

 

 これ以上はいけない。そう思いつつも、言い切ってしまった俺に、フェイトは微笑んで言った。

 

「その時は、今度は私が葉月を、私達の世界に呼ぶ……呼んでみせるよ」

 

 そんな、俺の想像の外を行く台詞を発したフェイトは、

 

「私、葉月に見せたい風景があるんだ。……私達が住む世界。これから私が住むことになる街。私が、大好きな人達。ねえ、葉月、忘れないで。たとえもしものことが有ったとしても、葉月に待っているのは悪い光景なんかじゃないんだってこと」

 

 こんなこと、葉月にとっては何のフォローにもならないかもしれないけど……と続けたフェイトに「そんなことない、ありがとう」と返したところで、「わたしも、フェイトちゃんのお手伝いするよ」と、フェイトの言葉に続くように、俺の左手をなのはが取って、ニコリと笑う。

 

「だから、大丈夫!」

 

 続く言葉は自信に溢れていて──フェイトとなのは、二人の顔を順に見るうちに、いつの間にか自分も笑っていることに気がついた。

 俺が情けないのは今に始まったことじゃないけど、ホント、もっとしっかりしないとな。

 

「……ありがとう、二人とも。ごめん、もう大丈夫」

 

 もう一度、改めて二人に礼を言うと、二人は揃って力強く頷いていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後は、今の戦闘が思った以上に激戦になってしまったので、一度『マイルーム』に戻って休憩がてらに今の戦闘の反省を行った。

 まあ、反省と言うか、主に言うべきは『令呪』のことだったんだけど……。

 マイルームに戻り、ソファに座ったところで二人に対して「令呪のことを忘れてた、ごめん」と謝った。

 次いで「先に実際に使った際の効力なんかを見とけばよかった」と続けたところで、二人が何とも言えない表情をしていることに気付く。

 「なに?」と訊いた俺に返ってきた言葉は──

 

「『令呪』って、その右手の甲のアザみたいなの……だよね?」

 

 フェイトのその言葉から解る事と言えば、一つしか無い訳で。

 

「えっーと……もしかして俺、言ってなかった……?」

 

 恐る恐る訊いてみれば、返って来たのは二人揃って頷く姿。

 そんな馬鹿なと思いながらも自分の言動を思い返す。そう、確かなのはを初めて召喚した時に、自分が出来る事を説明したはず──なのだが、脳裏に浮かぶのは、『令呪』に関しては言ったような、言ってないようなという曖昧な記憶。いや、二人が聞いてないって言うからには言ってないんだろうが。

 何となく気持ち的に納まりの悪さを感じつつ、とりあえず二人に『令呪』の効果を説明したところで、なのはが深く考え込んでいることに気付いた。

 フェイトが「なのは、どうしたの?」と声を掛けると、なのはは「うん……」と一つ唸って、窺うようにこちらに視線を向けてきた。

 

「葉月さんがわたし達に言い忘れたのって、本当にたまたま(・・・・)なのかな……って思って」

「それは……」

 

 なのはから掛けられた言葉に、明確に「そうだ」と答えを返すことが出来なかった。

 先程俺自身が、自分の記憶に納まりの悪さを感じたこと自体もそうだけど、これまでにも俺自身の“認識をいじられた”と感じる出来事が多々あったからだ。

 二人にそれを告げると、「やっぱりその可能性もあるよね」と渋い顔をする。

 

「何にせよ、これからは少しでも疑問に思うことがあったら訊いて欲しい。……多分、二人の方がそういった違和感に気付きやすいと思うから」

 

 そう結論付けて頼んだ俺に、二人は異口同音に「うん」と肯定を返してきて──

 

「それじゃあ……」

「まずは、今の戦いで何か増えてないか、確認……だね?」

 

 早速実践してくれた二人と、何となく軽く笑い合って、「了解」と返してからウィンドウを開いた。

 

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

祈り(プライヤー)』:Unknown。──願いは、祈りの果てに──。

 

 

※※【スキル】がレベルアップしました!※※

 

『召喚師の極意・Lv3』:パッシブ。特定条件を満たす事により、最大召喚時間が延長され、スキル使用不能時間(ディレイ)が減少する。被召喚者に能力補正+。

 ──深き心、強き想い、そして固き絆は世界をも超える力となる。それはやがて、願いを叶える光とならん──。

  【延長時間】フェイト・テスタロッサ:2時間35分

        アルトリア:30分

  【減少時間】フェイト・テスタロッサ:1時間15分

        アルトリア:45分


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