深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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諸事情により予約をしそびれて居ました。ごめんなさい。


Phase66:「夢見」

 姿こそ見えないとは言え、念話で反応や意見を伺えるのは正直助かる。

 ……と言うわけで、『廃都ルディエント』で見た巨兵──ネームドモンスター『聳え立つもの(ギガンテス)』ゴールヴァール──に関しては、『マイルーム』に戻った時点でアルトリアにも話し、アルトリアも交えて四人で今後の行動を軽く打ち合わせた。

 すなわち、アレをどうするか──と言うことなのだが。

 俺としては、とりあえずあちらは置いといて、今は森の方の攻略を進める……って感じかなあ。

 理由としては、アレが出現した経緯や、あの場に他の敵や『プレイヤー』が居なかった経緯が俺達にはさっぱり解らないから、と言う事と、折角ズィーレビアを倒して空の安全を確保したのだから……というところか。

 

「うん、私もそれでいいと思う」

「わたしは……まだちょっと『迷宮』のことを把握しきれていないから、お任せ……かなあ」

 

 フェイトとなのはから返ってきたのはそんな言葉。

 なのはに関しては仕方ないとしか言えない。

 何せ、召喚したばかりでズィーレビアとの戦闘に続き、あの巨兵である。状況を把握して意見を言えって言うほうが無理があるだろう。

 「アルトリアは?」と声を掛けると、返ってきたのは「異論はありません」との言葉。

 

(それはそれとして、ハヅキ。コウタ達に『廃都』の状況や経緯を知っているか、訊くだけ訊いてみてはいかがですか?)

 

 前に連絡先を聞いていたと思いますが、とアルトリアが続け──ああ、そういえば。

 聞いたのはたった数日前のことなのに、言われてようやくそれを思い出すとは……まったく、俺という奴は。

 アルトリアにそれもそうだね、と返すと、フェイトが出入り口の横にある端末を指し「そういえば、あれでメッセージとか送れるんだっけ」と訊いてきたので頷く。

 

「じゃあ、簡単にでもメッセージ送ってみるか」

 

 そう言うと、フェイトとなのはも頷いて立ち上がる。どうやら送るところを見てみたいようだ。

 二人と一緒に端末の前に立ち、立ち上がったウィンドウの中から『コミュニティ』、『メッセージ』と選択する。

 そうすると、立ち上がっているメインウィンドウの側に現れた小さめのウィンドウ。その中には小さな四角形が並び、その四角形の中には文字が一文字ずつ入っていて、それを見たなのはが一言。

 

「……キーボード?」

「だな」

 

 ちなみに中に書かれている文字は全てこの世界の言語であろう『アーサリア言語』であり、それを読めないであろうなのはがキーボードと判断したのは、恐らくは形状からだと思う。

 さて、それじゃあ送ってみますか。

 と言うわけで、まずはメッセージを送りたい相手の端末の識別番号を入力。

 「やっぱり入力される文字はこの世界のものなんだね」と言うフェイトの言葉に苦笑を漏らしつつ、次に件名を入力。そして本文……って、これ。

 

「どっからどう見てもメールじゃないか」

「あはは……必要なことを盛り込んだら、基本的な形は同じになるんだね」

 

 そんなやりとりをしながら見たことと、状況を知っていれば教えて欲しいとの旨を書いて、内容を読み上げて「これでいいかな?」と問うと、「大丈夫」と頷く二人。

 では送信っと。

 あとは返事を待つばかり……と言うところで、おもむろにフェイトとなのはの身体を球状魔法陣がぼんやりと包み込んだ。……召喚時間のリミットか。

 

「返事が来たら内容教えてね」

「ん、もちろん」

 

 「それじゃ、また後で」と言うと、二人も俺に向かって「またね」と手を振って、そのまま魔法陣と共に消えていく。

 見送って、しばし。

 やはり何度経験しても、こう別れた直後って独特の寂寥感があるな、なんてことを考えながら、とりあえず一息入れようと踵を返した。

 ……その後、稲葉さんから返事が来たのは、夜にもう一度フェイトとなのはを召喚し、5分ぐらい経った頃だった。

 この後はもう寝るだけ、と言うこともあり、フェイトは青色、なのはは淡いピンク色のパジャマ姿である。

 そんな二人が並んで談笑している……なんて眼に優しい光景をコーヒー──正確にはコーヒーっぽいもの──を飲みながら眺めていると、不意に脳裏にポンッと言う効果音のような音が。

 何だろうと思いつつ、とりあえずステータスウィンドウを開いたところ、メッセージ着信の表示があった……と言う訳である。

 差出人は稲葉さん。内容は、知っていることを教えるから、時間の都合が付くなら会って話そうか? と言うもの。それを二人にも言うと、「私達も行ってもいいかな?」とフェイトが訊いてくる。

 それに頷き、稲葉さんへ「遅いしいきなりですけど、今からでもいいですか?」と送ると、すぐに「もちろん」と返って来た。

 落ち合う場所は、互いに共通で転移陣(ポータル・ゲート)ですぐに行ける、第一層の10階のボスが居たホールで10分後に、とし、それを二人に伝えて飲みかけのコーヒーを呷ってから、バリアジャケットを身に纏う。

 俺に続いてフェイト達もバリアジャケットを纏ったところで、「アルトリアはどうする?」と問いかけると、着いて行く……と言いたいところですが、との返事が。

 

(問題は、今の私の状態で行けるのか……と言う所でしょうか)

 

 苦笑交じりに言われた言葉になるほど、と納得した。

 何にせよ、試してみるしかないよな。そう告げると、アルトリアからは「それもそうですね」と言う言葉が返って来る。

 そんな訳で、向こうに行って待っていることにして、外に出る扉から『第一層・10階』を選択、転移陣のある部屋へと入ると、そのまま並んで陣の上に乗り──

 

(……む。どうやら私は乗れないようですね)

 

 やっぱり、と言う雰囲気を醸しながらも、残念そうな声音のアルトリアの念話が届く。

 やはり本来の召喚可能時間じゃないからかな。

 まあ、無理なものは無理だし、仕方ないか。アルトリアには戻ったら話の内容を教える事を約束して、今は三人で目的の場所へと転移した。

 一瞬の暗転のうちに変わる視界。目の前に広がるのは広大な空間。

 転移陣から出て少し離れ、周囲を物珍しげに見回すなのはの様子なんかを眺めていると、少しして転移陣が光を放つ。

 誰か来たかと思いながら見ていると、光が収まると共に陣の上に現れたのは瑞希。

 稲葉さんじゃないのかと思ったのが顔に出たか、俺達の姿を見てこちらに歩いてきた瑞希が「皆来る」と一言。

 そんな全員集まるような話でもないだろうと思ったけれど、どうやら最初の俺のメッセージが稲葉さんに届いたのが、丁度全員集まっていた時だったんだとか。

 そうしている間にも続々と他のメンバーも転移してきて、5分もしないうちに全員が揃った。

 「やあ、長月君」と声を掛けてくる稲葉さんだが、どうやら俺の横に居るうちの一人が気になる様子。

 

「あ……高町なのはです。フェイトちゃんと一緒に、葉月さんを手伝ってます」

 

 それに気付いたかどうかは解らないけど、なのはがぺこりとお辞儀をしてから自己紹介をすると、稲葉さんは一瞬「あ、やっぱり」と言うような表情を浮かべたあと、直ぐに名乗り返した。

 他のメンバーもなのはに対して自己紹介を終えた後──佐々木少年には恨めしげな目で見られたが──稲葉さんが俺に向き直り、

 

「……それじゃあ、『廃都ルディエント』の巨兵について、だったね」

 

 「俺も人から聞いただけでそう詳しくは無いんだけど」と前置きし、事の次第を教えてくれた。

 稲葉さんが言うには、強固な結界によってエリアごとに区切られてしまった『廃都ルディエント』だったけれど、各エリアのどこかに居る『ガーディアン』と言うモンスターを倒すと結界が解除される事が解ったらしく、俺達が居た『第二街区・南西エリア』は、俺達が会った翌日には攻略されたらしい。

 それとほぼ同時に『第二街区・南東エリア』、そして遅れること深夜頃に『第二街区・南エリア』が攻略された直後、あの巨兵──『聳え立つもの(ギガンテス)』ゴールヴァール──が出現したとのこと。

 ゴールヴァールの行動範囲は、攻略された第二街区・南東、南、南西の3エリアにまたがり、『プレイヤー』を見つけると問答無用で襲い掛かってくるのだとか。

 幸いにもと言うか、ゴールヴァール以外の敵は出ないらしく、『プレイヤー』達はゴールヴァールが出現しているエリアには近付かないようにしながら、現在は二手に分かれて『第二街区・東エリア』と『第二街区・西エリア』の攻略をしている……と言うのが現状とのこと。

 

「アレを排除して後顧の憂いを絶とう……って意見も有るにはあったんだけどね」

「……何か問題でも?」

「二パーティ……十人で挑んだ人達が居たんだけど、踏まれて一人、握られて一人、殴られて一人。一瞬で三人がやられちゃって、戦線が瓦解。それを見た『プレイヤー』はアレに挑もうって言う気が無くなった……って感じかな」

 

 ……稲葉さんの口ぶりから、恐らくその三人は死んだのだろう。あの巨体に踏まれて生きていると楽観的に考えるのは……少なくとも、俺には無理だ。

 俺自身、ズィーレビア戦で下手をすれば死ぬかもしれなかったのだから。この迷宮がそんなに甘くないことは、嫌と言うほど実感している。

 

「とりあえず、長月君のメッセージにあった質問に対する答えはこんなものかな」

 

 そう言った稲葉さんに「ありがとうございます」と返すと、彼は「ところで、俺も訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」と切り出してきた。

 

「もちろん。俺に答えられることでしたら」

「うん、まあちょっと気になったことがあったから、確認しておきたいってだけなんだけどね」

 

 そう言ってから、稲葉さんはチラリとなのはの顔を見る。

 

「実は、今日の夕方頃から『プレイヤー』の中である噂が立ってね」

「噂……ですか?」

 

 鸚鵡(オウム)返しに問いかけた俺に対し、「ああ」と頷いた稲葉さん。次いで彼の口から出たのは──

 

「俺達より前に『第二層・森林エリア』に到達していた『プレイヤー』の間では有名な敵だったらしいんだけど、“絶叫の主”って呼ばれる敵が居るらしいんだが……何人もの飛行能力を持つ『プレイヤー』を屠ってきたその“絶叫の主”が倒されたって話が急速に広まってね」

 

 なるほど。

 心当たりが有りすぎる──って言うかほんの数時間前の出来事だし──その話題に、先程から稲葉さんがなのはのことを気にしていた本当の理由が解った。

 

「で、その話の中に『響き渡る爆発音』とか『金色とかピンク色とかのビーム』とか『でかい魔法陣』だとか挙句に『星が落ちてきた』なんてのがあって、もしかして……なんて思ってた訳なんだが」

 

 なのはとフェイトの顔を見ると、二人揃って苦笑い。

 ああ、うん、気持ちは解る……てか、話が広まるの早いなおい。

 

「……ええ、まあ大体察してると思いますけど、俺達ですね」

「やっぱり……じゃあ、最後の『星が落ちてきた』って言うのは……」

「多分、わたしの『スターライトブレイカー』……かな?」

 

 稲葉さんの疑問に対してなのはが答えると、それを聞いた稲葉妹が「それは見てみたかったかも……」とぽつりと漏らした。

 それに稲葉さんが「それは俺もだ」と笑いながら言ったあと、「それはともかく」と表情を引き締める。

 

「俺も又聞きなんだけど、一部の『プレイヤー』の中には、“絶叫の主”を倒した『プレイヤー』を捜し出して引き込もうとか、自分達の攻略を手伝わせよう……なんて話が出てるって噂もあるから、気を付けるに越した事はないよ」

 

 ……どうやら稲葉さんが本当に言いたかったのはこれのようだ。

 態々心配してくれたようで、何ともありがたい。

 

「解りました。ありがとうございます。何かあった時に協力するのは別に構わないですけど、強要されるのは流石に嫌ですからね」

「いや、長月君には助けられてるしね。これぐらい何でもないよ」

 

 そう言って笑う稲葉さんに、それでもやはり気に掛けてくれるのはありがたいのだと、もう一度礼を言い、忠告のお返し……と言う訳ではないけれど、森林エリアの構造に関しての情報を伝えた。すなわち、大樹の他にも遺跡のようなものがあり、また転移してくる広場も複数ある、と言うことだ。

 その後はしばしの間雑談を交わして、30分程でお開きになった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ……夢を見た。

 母のために。記憶にある“いつか”のように、優しく笑ってもらえるように。ひたすらに、ひた走った少女の夢。

 心も、身体も、傷ついて──心が折れ掛ける衝撃と、哀しみの別れの先に、小さな幸せを手に入れた、少女の夢。

 

 ……夢を見た。

 不思議な声に導かれて、大切な想いを貫き通す力を手に入れた、平凡な少女の夢。

 伝えたい想いと、言葉。届けたい気持ちを伝えるために、諦めずに、挫けずに、ただ真っ直ぐに進んで行った少女の夢。

 

 二人が出逢い、ぶつかり合って紡いだ、短くも大きな物語。

 

 

 ……夢を見た。

 数多の世界の、俺と彼女の夢。

 何も知らず、何もせず、けれど何かに心が揺れる、彼女達をただ眺める傍観者で──

 力なく、力になれないことが歯がゆい、彼女の主の友で──

 同じ目的へと突き進む、彼女の主と肩を並べる仲間で──

 互いに認め合う、彼女の主と競い合うライバルで──

 譲れない願いのために、彼女の主の敵となって──

 彼女の主になって、彼女と俺の願いのために、共に手を携えて──

 そして、彼女を愛して、愛されて。

 ……そんな、俺であって俺ではない、懐かしくて、真新しい、短くも激しい物語。

 

 

 

 

 その日、“彼女達”は夢を見た。

 “彼”が無くした、在りし日の夢。

 穏やかな朝。学校へ行き、勉強をして、友達と騒ぎ、放課後は時に寄り道をして、そして家族との団欒を迎える、平凡な日々。

 優しい母と、厳しい父と、可愛い妹と過ごす、平和な日々。

 代わり映え無く、そしてこれからも変わらないだろうと思っていた、そんな日々が、どれほど貴重で、大切なものだったと言うのか。

 ──それは、“彼”が取り戻そうとあがく、幸せの残滓。

 

 

◇◆◇

 

 

 とある世界の、とある国にある、とある場所。

 その日“彼女”は、己の従者にしてメイド長たる少女の顔を見て、あら、と小さく声を上げた。

 

「お嬢様、私の顔に何か?」

 

 問いかける従者へ、彼女はううん、と小さく首を振る。

 

「大したこと無いんだけどね。ただちょっと昨日とは貴女の“運命”が変わってるなって思っただけよ」

「変わってる、と言いますと?」

「捻じ曲がってるわ」

「それって充分、大したことじゃないですか」

 

 半眼で文句を言う従者に対し、彼女は「そうかもね」とクスクス笑う。

 一方でたまった物ではないのは従者の少女である。何と言ってもこと“運命”に関して語らせれば、己が主の右に出るものは居ないのだから。

 

「昨日から今日にかけて、何か変わったことはあったかしら?」

「特には……ああ、不思議な夢を見ましたね」

「そう。……あ、内容は言わなくていいわ」

「そうですか。ところでそれ、直せないんですか?」

「無理ね」

「……そんなアッサリ」

「捻じ曲がった“運命”をさらに捻じ曲げて、無理矢理真っ直ぐに見えるようにすることは出来るけど」

 

 どうする? と、訊くまでも無い答えを楽しげに訊いてくる主へ、彼女はハァ、と小さくない溜め息で答える。

 

「それ、意味無いですよね?」

「それどころか悪化するわね」

「なら訊かないでください」

 

 困った、と言うよりも面倒だ、と言うような顔で言う従者へ、主はやはりクスクスと楽しそうに。

 当人にとっては大変そうなことだったけれど、彼女にとっては良い暇つぶしになりそうなものだったのだから仕方が無い。

 尤も──それがそのうち自分にも降りかかってこないとは言えないのだけど、と内心思ったりもしながら、それはそれで。

 

「それで、何が起こるか……って言うのは解らないんですか?」

「残念ながら」

「そうですか」

 

 恐らく明確な答えは期待していなかったのだろう、大して残念でもないように答えた従者へ、主たる少女は「けど、一つだけアドバイスよ」と告げる。

 

「今後、不思議な出逢いをした相手との“縁”は大切になさい。それはきっと、貴女にとっての“運命の相手”かもしれないのだから」

「……運命の相手、ですか」

「何よ?」

「……中々に恥ずかしい言い方ですね」

「うるさいわね」

 

 はぁ、と何ともいえない表情で溜め息をつく従者を眺めつつ、紅き館の主たる吸血鬼の少女は、心から楽しそうにクスクスと笑った。

 

 ──貴女にとって、良い出逢いになるといいわね、咲夜?


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