深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase68:「連鎖」

「お疲れ様です、ハヅキ。怪我は有りませんか?」

 

 地上に降りた俺の側へ、アルトリアが歩み寄りながら声を掛けて来た。

 それに「大丈夫」と返すと、「そうですか」と微笑むアルトリア。

 

「それにしても、本当に俺が降りる前に戦闘を終わらせちゃう辺り、流石だね」

「いえ、今回は私の乱入で敵が不利を悟ったのか、早々に撤退しましたから。それよりも……むしろ、こうして曲がりなりにも統率の取れた撤退行動に移れる、と言うことが解ったのが重要かと」

 

 アルトリアに言われ、なるほど確かにと納得する。

 統率が取れているということは、即ちそれを率いる者が居るということである。つまり……。

 

「……間違いなく、ネームドモンスターが居るだろうね」

 

 俺の思考を代弁するかのような言葉が、横合いから掛けられた。

 地上に居た『プレイヤー』のうちの一人。聞き覚えのある声……と言うか、昨夜も聞いた声に振り返ると、そこに居たのは稲葉さん。いやホント、何だか妙に縁があるなぁ。

 上から見えた9人のうち、5人は稲葉さん達で、4人が知らない人。そのうちの一人が、先程俺のところに来た羽の少女だ。

 『羽の少女』とは言っても、どうやら出し入れ可能なようで、俺に続いて地上に降りたときには既に消えていた。

 稲葉さんに「こんにちは」と声を掛けると、同じように返してきてから「それにしてもビックリしたよ」と苦笑を浮かべる。

 

「確かに……妙な縁がありますね」

「いや、ビックリしたのはそれもなんだが……」

 

 偶然会えたことかと思ったら、稲葉さんはチラリとアルトリアに視線を送り、

 

「いきなり上から突っ込んできたからね。流石に予想外だったよ」

 

 ──ああ、それは確かにビックリするか。

 稲葉さんの言葉に納得する俺に、アルトリアが多少気まずげに苦笑しながら、「流石にもう一度やろうとは思いませんよ」と言ってきて──

 

「稲葉さん、そちらの二人を紹介してもらえますか?」

 

 その時稲葉さんの後ろに居た、知らない4人のうちの一人……白銀のフルプレートアーマーにロングソードの、金髪の整った顔立ちの男性が歩み出て、そう話しかけてきた。

 その側には、3人の少女。

 一人は先ほどの羽の少女で、残る二人のうち、一人は胸部鎧に手甲と脚甲を身につけてロングソードを身につけた、剣士風の子。もう一人は硬皮(ハードレザー)系の鎧を着けた、軽装の子だ。腰の左右にショートソードを2本佩いているところから、手数で勝負するタイプだろう。

 剣士風の子と軽装の子は、それぞれ男性の左右に寄り添うように立ち、その3人のすぐ後ろに、羽の少女が遠慮がちに立っている。

 男性へ「ああ、彼は──」と口を開いた稲葉さんに断りを入れ、男性の前に歩み出た。

 

「始めまして。俺は長月葉月って言います。稲葉さん達とは何かと縁が有って、何度か共闘したりしてるんですよ。で、彼女は俺の仲間で──」

「セイバー、とお呼びください」

「ボクはグレイといいます。よろしく」

 

 俺達の名乗りに対して、男性もペコリと頭を下げて名乗り返してきた。

 ついで、彼の仲間と思わしき女の子達も紹介してくれた。羽の少女ハルナ。剣士風の子はアカリ。軽装の子はケイと言うらしい。

 と、互いに自己紹介を終えたところで、稲葉さんから「よかったら一緒に行かないか?」と誘いを受けた。

 アルトリアとも軽く相談し、特に問題は無いだろうということで、グレイ達が良ければと返事をすると、快く了承されたので、連れ立って森の奥を目指す。

 

「そう言えば、今日ここに来た直後にこんなことが──」

 

 稲葉さん達が5人。グレイ達が4人に俺とアルトリアの、計11人と言う中々に大所帯で進むことしばし。

 ただ黙々と進むだけなのもなんなので、警戒を散らさない程度にぽつぽつと話を振りながら歩くうち、ふとここに入ったばかりに会った人のことを言うと、揃って渋い顔をする他の皆。

 何か心当たりでもあるのかと思った矢先、「聞いたことがある」と稲葉さんが漏らした。

 

「何でも、嘘の情報を渡して自分たちの都合の良い場所へと誘導し、装備やアイテムを強奪する奴等が居るらしい」

 

 稲葉さんの言葉に、グレイが「ボクも聞いたことがあります」と続き、ちらりと周囲に居る女性達へと視線を走らせ、若干言いづらそうに口を開く。

 

「特に女性は悲惨な目に遭う……らしいですね」

 

 その言い方で、どんな目に遭うかは容易に想像できると言うもの。

 アルトリアの様子を伺うと、やはり不快気に眉をひそめていた。

 

「挙句の果てには、そいつらは『プレイヤー』じゃなく、『プレイヤー』に成りすましたモンスターだって噂まであるぜ」

 

 そう言って肩をすくめたのは玉置。

 それにしてもモンスターが……ね。無論噂でしかないんだろうけど、そんな噂が出てしまう程に、そいつらの行為が酷いってことなんだろう。

 そんな会話をしながら歩いていると、不意にアルトリアの身体を球状魔法陣がうっすらと取り囲んだ。

 ……そうか、もうそんな時間かと思っていると、突然の事態に驚く稲葉さん達。そう言えば彼等の前でフェイトを召還したことは有っても、送還したことは無かったな。

 「大丈夫なのか?」と慌てる稲葉さん達を「大丈夫」と宥め、アルトリアに視線を送る。

 

「ではハヅキ。人数が多いとはいえ、決して油断しないように」

「ん、解ってる。気をつけるよ」

 

 俺の返事に満足気に頷いたアルトリアは「それでは、また後ほど」と言い残して色濃くした魔法陣とともに消えていく。

 俺もまたアルトリアへ「うん、また後で」と返し──そう言えばアルトリアの場合、ここで送還されたらどこに行くんだろうとふと思う。

 案外ここに居たりして──なんて思って、試しに「アルトリア、聞こえる?」なんて念話を送ってみたりして……反応は無し。となると、アルトリアの場合は『マイルーム』の方へ戻ってるんだろうか。

 ……なんてことを考えていると「あ、あれ? え? セイバーさんは?」と、ハルナの戸惑った声で我に返った。

 目を白黒させるグレイ達に、彼女は俺の【ユニークスキル】で呼び出して、手伝ってもらっている助っ人みたいなものだと、掻い摘んで説明した。

 流石に驚かれたけど……まあ仕方ないだろう。逆の立場だったらきっと俺も驚く。

 それから散発的にモンスターと戦いながら、時折方角を確認しつつ森の中を進むこと4時間弱。森を夜の帳が包むころ、俺達はようやくそこ(・・)へ到達した。

 ピラミッド──エジプトではなく、マヤ文明に見られるような雰囲気の──に似た、巨大な台座のような遺跡を中心に広がる、木々の開けた広場。

 広場の外周にはいくつもの篝火が焚かれ、遺跡の周囲を幾重にも囲む、数十匹は──もしかしたら百を超えるかもしれない──居るであろうオークの群れを照らし出す。

 そして、ピラミッドの頂上に居座る、一際身体の大きなオーク。

 手には木製と思わしき、捻り曲がりつつも華美な装飾の施された大きな杖を持ち、夜の闇と炎の色で解りにくいが、恐らく赤色であろう、染め上げられたマントを羽織り、頭には鳥の羽で彩られた王冠のような兜を被っている。

 随分離れた距離であるここからも、そんな情報が読み取れるほどに、そのオークは巨体だった。

 周囲の構造物からざっと見るに、身長は恐らく3メートルはあるんじゃないだろうか。もちろん、その分横にも広い。

 

「恐らく、あれがこのオーク達のリーダーで……」

「第二層を守るボスでしょうね」

 

 一際大きな木の陰から広場の様子を盗み見ながら発せられた、稲葉さんとグレイの言葉に「だろうな」と頷く皆。

 次に問題になるのは、この後どうするか、なんだけど……。

 採りうる案としては2つ。突撃するか、様子見で待機するか、だ。

 30分ほど前、ディレイが明けた直後にアルトリアは召還しているし、目立った怪我も無いので、突撃するとしてもいいと言えばいいけれど……流石に皆疲れているし、一度しっかりと休憩するほうが無難だろうか。

 そんなことを考えていると、広場の様子を伺っていたケイが「……アレ、何やってるのかしら?」とつぶやいた。彼女が言うアレとは、ボスらしきオークのことだろう。

 俺達が着いた時には既に行われていた動作なのだが、先ほどからずっと、杖を両手で持ち、ゆっくりと上下させながら時折天に向けて細く長く吠えるのだ。そうこれは、まるで──

 

「……何かの儀式、みたいだ」

 

 正直良い雰囲気は感じないなとぼやく俺に、「ですね」と同意するアルトリア。一方で、佐々木少年が「あれが儀式だとしたら、終わればオークの数が減るんじゃないか?」と意見を述べた。

 それを聞いて、稲葉さんとグレイが考え込む。

 やはり、一番のネックは疲労だろう。

 少しして、考えがまとまったのだろう、顔を上げた稲葉さんが口を開き──

 

「──……グォォォオオオオーーーーオォォォ……」

『オォッ!』

 

 これまでで一番長く、抑揚をつけたオークボスの声が響き渡り、遺跡を取り囲む、広場に集ったオーク達が唱和する。

 

「オーク達が殺気立ってますし、何となく嫌な予感がしますね。一度下がりませんか?」

「……そう──」

 

 周囲の様子からグレイが提案し、稲葉さんが同意しかけた時だった。

 オーク達の一部──俺達から見て右手の方がざわめき立ち、森の中からオークボスには及ばないものの、周囲のオークより一回り大きな、体格の良いオークが現れた。両肩にそれぞれ、何か(・・)を担いで。

 

「あ、あれって」

「多分、人……子供? 『プレイヤー』っぽいね」

 

 稲葉妹の戸惑った声に、眼が良いのだろう、ケイが凝らすように見つめた後、答える。

 まるで恐怖心を煽るかのように、殊更にゆっくりと進む、二人を担いだオークと、それに呼応するように騒ぎ、喚き、吼え立てるオーク達。

 断続的に響き渡る、煽るようなオーク達の声に混ざり──

 

「──……だ……やだああ!」

「──……たす……助け……!」

 

 救いを求める声が、響いた。

 それを聞いた瞬間に、覚悟は決まった。

 知らず握り締めていた手を開き、改めて剣の柄をしっかりと掴む。

 

「……みんな、ごめん」

「まさか……助けに行く気?」

 

 最後まで言う前に問いかけてきたアカリに「ああ」と頷いて返す。

 と、今度はグレイが「ですが……」と声を上げた。

 

「流石に多勢に無勢過ぎます。下手をすれば……死にますよ?」

 

 確かにそうかもしれない。けど、それでも──“俺”は、逃げちゃいけないんだ。

 なのはが言ってくれた言葉を、思い出す。嬉しかった、眩しかったあの言葉は、一言一句を違えることなく思い出せる。

 

「……俺にはさ、アルトリア(セイバー)の他にも、助けてくれる仲間が居るんだ。そのうちの一人に会った時に、手伝って……助けて欲しいって言った俺に、彼女は二つ返事で頷いてくれた。俺から出せるメリットなんて、何も無いのにさ。……その時に、彼女が言ってくれたんだ」

 

 ──わたしに助けを求める人がいて、わたしに助けられる力があるんなら、わたしは力になりたい。目の前で苦しんで、頑張ってて、助けを求める人がいるのに、見て見ぬ振りなんてしたくないよ。

 

 あの時掛けてくれたなのはの言葉を口にした俺に、視線が集中しているのが感じられた。

 だから俺は、この場に居る皆の顔をしっかりと見直して、告げる。

 

「俺も同じだよ。俺の前に助けを求める人が居て、俺には戦う力があるのに、見て見ぬ振りなんてしたくない。彼女達に助けられて、今も、今までも力になってもらって、俺はここにいる。その俺が、ここで逃げ出す真似なんてしたら、それこそ合わせる顔が無い。俺は、皆に誇れる俺で在りたいんだ」

 

 だから、例え厳しくとも、あの子達を助けに行く。

 一度想いを口にすれば、しっかりと、意思は固まった。

 隣へ視線を向けると、アルトリアがコクリと、力強く頷く。

 

「ハヅキ──私は、貴方を誇りに思います。安心してください。私が必ず、道を切り開きます」

「ああ、頼りにしてる」

 

 心強いアルトリアの台詞に、自然と笑みが浮かぶ。

 さあ、行こうかとアルトリアと並んで足を踏み出したところで、俺達の後ろに続く気配。

 振り返れば、そこに居たのは稲葉妹で。

 

「わ、私も行きます!」

 

 少し声を震わせながらも、毅然と言い放った彼女に対し、稲葉さんが「雪っ!?」と驚いた声を上げる。

 そんな稲葉さんに対し彼女が返した言葉は、思ってもみない……けど、嬉しく思えるものだった。

 

「……ねえお兄ちゃん。私も葉月さんと同じ気持ちだよ。私はあの時……一層のボスの部屋で、葉月さんに助けてもらった。今までも、お兄ちゃんや瑞希さん、仁さんや哲也くんに助けてもらってる。だから、今度は私の番。皆に助けてもらった私が、今度はあの子達を助けるの。そうしたらきっと……次は、あの子たちが誰かを助けてくれると思うから」

 

 真摯な言葉は、時に強く心を打つ。

 稲葉さんは大きく息を吐くと、玉置や瑞希、佐々木少年と顔を見合わせてから一つ頷き、稲葉妹の横に立つと、ぽんと優しく頭を撫でた。

 

「別に俺も見捨てようなんて思ってないさ。……まあ、雪の成長を見られたのは、嬉しいけどな」

「まあそんなワケで、俺達も手伝うからヨロシク」

 

 苦笑交じりに言った稲葉さんに続き、口調は軽いながらも雰囲気は真剣に、玉置が言い──

 

「ボク達を忘れて欲しくは無いですね」

 

 グレイが肩を竦めながら、稲葉さんに並んだ。

 ……なんだ、結局皆か。そう言うと、返ってきたのは「当然」の一言。

 

「ボク達は、あっち──ボスらしきオークへ向かいます。そうすれば、恐らく子供を担いだ方への注意は逸れるでしょう」

「解った。なら俺達は、道を拓くことに集中する。二人の救出は、長月君とセイバーに任せる」

 

 グレイと稲葉さんの提案に「了解」と首肯する。

 さあ、いい加減もう時間が惜しい──「行こうか」と声を掛け、広場へ向けて駆け出した。


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