深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase75:「親友」

 咲夜と『第三層』に行ったその午後、再度彼女を喚び出した時に、アルトリアと顔合わせをしてもらうことにした。

 『二重召還(デュアルサモン)』なんてスキルが手に入ってしまった以上、遅かれ早かれ共に戦うことになるだろう。であるなら、顔合わせは早いほうが良いだろうという判断だ。

 とは言えフェイト達の方は、彼女たちを『二重召還』で呼び出すと、なのはを喚ぶ際に『令呪』を必要とするため、取り敢えず後に回した。フェイト達を喚んだ後に『二重召還』で咲夜を喚んだら、『令呪』を使わなくてもいいんじゃないか、なんて考えもあるが。

 ともあれそんな説明を咲夜にし、彼女からも了承を得たところで、アルトリアを召還する。

 

「初めまして、になりますね。私の名はアルトリア──」

 

 そんなアルトリアの挨拶から始まった二人の出会いは、特に揉めることもなくつつがなく終わった。

 ……まぁ、揉める要素もないから当然だが。

 その後は折角なのだからと、今度は三人で『第三層・草原エリア』へと向かう事に。

 『二重召還』の特性上、今回の召還で二人を喚んでいられるのは一時間半だけなので、あまり遠出はせずに、転移陣のある神殿の周囲を探索することにした。

 ちなみにこの階層に関しては、アルトリアに判っていることは説明済みだ。

 

「お二人の話から考えますと……今回は川の向こうの様子を見てみましょうか?」

 

 早めに確認しておいた方が良いでしょう、と続けたアルトリア。咲夜の方も異論は無いようで、「そうですね」と頷いている。

 ……じゃあそうしようか。疑問は潰して置かないと、いざという時に動けなくなってしまうかもしれないし。

 と言うわけで、神殿から出て向かうのは、ここからでも余裕で見える広大な川。

 先ずは敵が飛び出して来ても良いように警戒しつつ、歩いて近づいてみることにした。

 ……川辺へと到着し、様子を見るも特に何かが出てくる気配は無し。アルトリアに視線を向けると、彼女からは「不穏な気配もないようですし、大丈夫でしょう」とのお言葉。

 よし、それじゃあ渡ってみようか。

 

「咲夜は飛べるよな。アルトリアは……運ぶか?」

「ありがとうございます。ですが、水上であれば問題ありません」

 

 川幅は広いし、深さがどれほどあるか判らないため、第二層のように抱えて行こうかと提案すると、アルトリアは礼を言いつつ首を横に振り、川に一歩踏み出した。

 

「おお」

「ほう」

 

 俺と咲夜の感嘆の声が重なる。……と言うのも、アルトリアが川の上に立って(・・・)いたからだ。

 「このような訳ですので、さっさと渡ってしまいましょう」と言うアルトリアに、それならと咲夜と共に頷いて、飛び上がりつつ川の上へと向かう。

 何も無いだろうとのことだけれど、念のためアルトリアの近くの高度をキープしつつ、水上を駆ける彼女の側を飛ぶ俺と咲夜。

 それから程なくして対岸が見えてくると、そこに何かが四つほど歩いていることに気が付く。

 徐々に近づくにつれ、それが人型でありつつも異形であることが解る。

 言うなれば、二足歩行させたトカゲ、だろうか。それも、前足が小さく前傾姿勢で尻尾でバランスを取る、所謂恐竜のような二足歩行では無く、直立させた人間のような二足歩行だ。

 午前中に見たオークのアナライズ結果から見るに、恐らくはあれが『グラス・リザードマン』なのだろう。

 四匹の内三匹までは、午前中に遭遇したオーク達のように、(レザー)系と思われる鎧に身を包み、2~3メートル程の槍を持っていて、残る一匹は羽根飾りのような冠に、何かの動物の毛皮で出来たローブを羽織り、長めの木の杖を持っている。

 当然と言うか、これだけの情報を読み取れる位置まで近づいていれば、向こうもこちらに気付いているようで、俺達に向けてそれぞれが手にした槍を向けている。

 

「まずは情報収集、ですか?」

 

 午前中の対応から判断したのか、咲夜が問いかけてきた。

 俺がそれに「可能なら」と返したところで、リザードマンのうち、一匹だけ毛色の違う格好をしたやつが、おもむろに持っていた杖を振り上げ、蛇が発する威嚇音に似た声を発した。

 何かが来る、そう警告を発する間もなく、杖のリザードマンの周囲に急に発生した水が渦を巻き、五つほどの水球を形作る。それぞれの水球の大きさは、恐らく直径三十センチはなさそうって感じか。

 更にリザードマン達へと近づく俺達へ向けて、杖のリザードマンが「ギシャァッ!」と再度吼えると、周囲の水球が俺達に向けて撃ち出された。

 

「フォトンランサー、ファイアッ!」

 

 そんな攻撃だろうなと予想はしていた。なので、迅速に生成したフォトンスフィアからフォトンランサーを射出して迎撃……と行きたかったのだけど、高速で飛来してくる物体を、射撃で迎撃するのは思ったよりも難しかった。

 命中して相殺出来たのは二発。一発は掠めたために威力が落ちただろうか。残り二発は外れてしまった……のだけれど、迎撃が外れてしまったために間近に迫った二つの水球は、間に割り込んだアルトリアが斬り払い、威力が削がれたために遅れて飛来した一発は、アルトリアが無造作に振り払った手で、簡単に弾けて消えた。

 

「対魔力には少々自信がありますので」

 

 そんな防ぎ方で大丈夫かと問いかけた俺に、事も無げに答えるアルトリア。なんでも先に斬り払った二つの水球の感触から、さして問題では無いと判断したらしい。

 この間に俺達は、リザードマン達の目の前へと接近することに成功。そして一瞬の膠着状態の間に、槍持ちと杖持ちのリザードマンに『アナライズ』を掛け、表示された情報にざっと目を通す。

 

 

---

 

名前:グラス・リザード・ソルジャー

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/亜人

属性:水

耐性:水

弱点:雷

「主に湿地、沼地帯に生息するリザードマンの中で、陸上に適応した亜種。アグリア大草原東部に集落を構え、アグリア・オークと縄張り争いを繰り広げている。長槍の扱いに長けた近接戦闘種」

 

---

 

---

 

名前:グラス・リザード・シャーマン

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/亜人

属性:水

耐性:水

弱点:雷

「アグリア大草原東部に生息するグラス・リザードマンの中でもエリートであり、主に水の魔法を扱うことが出来る。部族の中で祭事や儀式を行う際に、中心となってそれらを執り行う祈祷師の一族である

 

---

 

 得た情報を簡単にアルトリアと咲夜へと伝えると、二人からは「解りました」と言う簡潔な答えが返ってくる。

 そしてアルトリアは手近な一匹へと駆け寄ると、その際に突き出された槍を下から掬い上げるように跳ね上げると、そのまま懐へと踏み込んだ。

 俺はアルトリアに続きつつ、彼女に向けて突き出された別のリザードマンの槍を、間に割り込む形で剣で受け流して防ぎ──その瞬間、バチリッと剣身が電撃をほとばしらせた。

 突如槍を通じて電撃を受け、「ギャアッ」と苦悶の声を上げて、槍を取り落とすリザードマン。そこに、最初の相手を既に倒し終えたらしいアルトリアが踏み込み、袈裟懸けに斬り捨てる。

 残るは二匹……と思ったところで聞こえてきた、「グギャァッ」と言う叫び声。視線を向ければ、手にナイフを突き立てられた杖持ちリザードマンの姿。

 ならば今のうちにと踏み出した一歩がアルトリアとほぼ同時であったためか、リザードマンの槍の穂先がわずかに揺れる。恐らくどちらを狙うか逡巡したのだろう。

 俺から見ればほんの僅かな隙。けれど、アルトリアにとってはそれで十分だったようで、下から大きく腕を振り上げると、不可視の剣によってリザードマンの槍が大きく跳ね上げられた。

 その間に肉薄した俺が、がら空きになった腹を斬り裂くと同時に、奥に居た杖持ちリザードマンが喉から金の粒子をまき散らしながら、崩れ落ちるのが見えた。

 ……警戒しつつ様子を見るに、リザードマン達は確りと倒し終わり、周囲には敵は居ないようである。

 

「どうやら問題無く対処できるようですね」

 

 アルトリアに掛けられた言葉に「みたいだね」と返す。とは言え、オークにしろリザードマンにしろ、群を率いるリーダーのような存在がいるだろうから、飽くまでも今のうちは、だけれど。

 それじゃあ早速、こちら側を探索してみようかと二人に声を掛け、川沿いに少し回ってみることにした。

 その後は幾度かの戦闘を挟み、本日の迷宮の探索を終える。

 

 

◇◆◇

 

 

 12月2日、早朝。携帯のアラームによって目を覚ましたなのはは、そのディスプレイに表示された文字に、そっと表情を綻ばせた。

 直ぐに顔を洗い身支度を調える。髪を結ぶのは、大切な、黒くて細いリボン。コートを羽織って、そっと家を出る。

 シンとした冬の朝。空気は冷たく、吐く息は白い。けれど、心は弾み、気持ちは逸り──それに押されるように、自然と足は駆け足になる。

 そうして辿り着いたのは、海鳴海浜公園。あの日(・・・)──お別れをした場所。

 公園の入り口を通り抜け、数段の階段を駆け上ったところで、流石に息が切れたのか、膝に手を突いて大きく呼吸を整えるなのは。

 そうして息を整え、顔を上げたなのはの視界に映ったのは、自分を見る一人の少女。

 サァッと吹いた風が、少女の長い、金の髪を揺らす。

 ツーテールに結んだ髪を留めるのは、あの日(・・・)交換した、白いリボン。

 

「──なのはっ!」

「フェイトちゃん!」

 

 二人同時に互いの名を呼び合って、二人同時に駆け出して、そして互いを抱き締め合って。

 向こう(・・・)では、何度も逢っていた。けれど、心のどこかでは不安だった。あのフェイトちゃんは、本当に──、と。

 そしてそれはフェイトも同じだったのだろう。彼女は至近からなのはの顔を見つつ、淡く微笑んで言った。

 

こっち(・・・)では久し振り、だね」

 

 その一言で、なのはは理解する。ああ、同じだと。そして思う、ほんの数日だけれど、向こうで過ごした濃密な日々の記憶は、確かなのだと。

 だからなのはは、フェイトを“安心させる”ように──同じような言葉で、返事をする。

 

「うん、こっち(・・・)じゃ久し振り、フェイトちゃん」

 

 その瞬間、フェイトはなのはに身を寄せて、強く──縋り付くように──再び抱き締めた。

 なのははそんなフェイトを、幼子をあやすように、優しく抱き返して言う。大丈夫だよ、と。

 

「大丈夫。ちゃんと覚えてるから。ちゃんと解ってるから。“向こう”の出来事も、“葉月さん”のことも、全部──」

 

 自分自身の記憶が有ったとしても。バルディッシュの存在が有ったとしても。他の皆が信じてくれていたとしても──それでも、不安は確実に残っていただろう。『同じ体験』をした人が誰も居らず、自分“独り”であったということは。

 だからなのはは、そんなフェイトを労るように、フェイトの心を解きほぐすように、想いを労うように、言葉を紡ぐ。

 

「──全部、夢や幻なんかじゃない。だから、フェイトちゃん。これからも、一緒に頑張ろうね」

 

 頑張って、葉月さんを帰してあげようね。

 そう囁いたなのはの肩に顔を埋めながら、フェイトは、うん、うんと何度も頷いていた。


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