目が覚めると、翌日だった。
実際のところ、昨日はいつ頃に目覚めたのかは解らないのだけど……フェイト達が学校に行っていたことから、日中か遅くとも夕方ではあっただろうとは思うが。やはり、自分で思っている以上に消耗……というか、回復していなかったようだ。今日起きたときに、瑞希に「なかなか起きないから、ちょっと心配した」なんて言われてしまったし。
ちなみにその瑞希は、俺の目が無事に覚めたのを確認したところで「一度自分のマイルームに戻る」と言って帰っていった……っていうか、「一度」ってことはまた来るんだろうか。いや、別に来るのは構わないのだけども、そのためには第一層の10階から、こちらのルートを遡って来ないと行けないんだが。
……いや、案外俺が知らないだけで、簡単に来られる方法があるのかも……?
ともあれ、今日は咲夜を
気を失っている間の日数と、決めていた召喚の順番を計算したら、本当だったら昨日が咲夜を召喚する日だったんだよなあ……先ずは謝らないと。
そんなことを思いながら、もうすっかりと慣れ親しんだスキルの起動ワードを唱え、
「『
伸ばした手の先に創られた球状魔法陣が砕けると同時に現れる咲夜に視線を向ける。
目が合うと、小さく「あ……」と声を漏らした咲夜は、なんとなく「怒ってます」と言うような雰囲気を出した──ところで、俺の状態が違うことに気付いたか、いぶかしげな表情を浮かべた。
「昨日喚ばれなかった時は色々と思うところはあったんですけど……何があったのか、教えて頂けますよね?」
元よりそのつもりだったので是非も無いと言うことで、一連のことを念話でアルトリアも交えて話していく
探索途中で聞こえるはずのないフェイトの声が聞こえたこと。
それに慌てて『マイルーム』へ戻り、フェイトを召喚しようとしたところで、彼女の世界へと逆召喚されたこと。
そこでフェイト達を襲っていた敵──守護騎士達──と戦い、負けて大怪我を負ってしまったこと。
俺の場合はどうやら“身体ごと”向こうへ行っていたらしく、戻ってきた俺も当然ズタボロだったのを、『マイルーム』に戻ってくる際に事故で一緒に来てしまっていた、瑞希が看病してくれたこと。
その後丸一日眠って、目覚めたのが二日後……昨日だったこと。
で、流石に目の前で怪我を負ってしまったし、心配を掛けているだろうフェイト達を優先させてもらったことまで話したところで、咲夜は一度溜め息を吐いたあと、「解りました」と頷いた。
「昨日喚ばれなかった理由も、今調子が悪そうな理由も納得しました。しましたけど……」
「けど?」
「ちょっと迂闊すぎないですかね?」
グサリときた。
いや、言われて当然なのも、実際そうなのも解ってるんですけどね。
「退ける状況でも、退くべき状況でも無かったんでしょうとは思いますけど。ただ……その、心配する人も居ることを覚えておいて欲しいですね」
「あ……うん、皆にも言われたよ。……絶対、とは言えない。また同じ状況になったとしたら、きっと俺は同じ行動を取ると思うから。けど、可能な限り気をつけるよ」
続けて言われた咲夜の言葉が、違う意味で心に刺さる。だから、今の俺に返すことが出来る答えを、偽りなく返した。
それに対して咲夜は、「仕方ないですね」と苦笑を浮かべながらも頷いてくれて。
その後は、昨日フェイト達と決めた今後の進め方を話したところで、咲夜が何かを思い出したかのように「そう言えば」と手を打った。
「どうした?」
「いえ、先程までの話を聞いてふと思ったんですけど……葉月さん、目覚めてから食事はしました?」
「……そういえば」
何とも無しに問われ、そう言えば何も食べていない事を思い出し──その途端、グゥ、と腹が鳴った。
あはは、と思わず笑ってしまいながら「……思い出したら急に」と言った俺に、咲夜は「まったく……」と言いつつ何かを考えると、直ぐにこちらに向き直り、一つお願いが……と言ってきた。
「一度私を戻してから、また喚んで貰いたいのですが」
「別に構わないけど……どうして?」
「それは、もう一度喚んで頂いた時のお楽しみ……と言うことで」
そう言って、片目を瞑り、クスリといたずらっぽく笑う咲夜に、「解ったよ」と返しつつ送還する。
それから30分ほどだろうか、再び喚び出した彼女の手には、小ぶりの土鍋が持たれていた。
「咲夜、それは?」と問いかけると、彼女は「お粥を作ってみました。よろしければどうぞ」と言って、テーブルの上に置いて蓋を取る。
その途端、ふわりとほのかに薫る、白米と、紫蘇の香り。
「そういえば、梅は大丈夫でしたか?」と問いかけて来た咲夜に頷きながらも、言葉が出ずに。
滲む視界を堪えられないままに、「頂きます」と手を合わせた。
そうして人心地ついた後、「この後はどうしますか?」と咲夜に問われる。
……ここ何日か寝っぱなしだったからか、少し身体を動かしたい。そう返し、木刀で軽く素振りをする程度だけどと伝えると、彼女からは「では、横で見ていますね」との返事が。
素振り、と言っても勢いよく振るのではなく、前にフェイトやアルトリアから教わった事を思い出しつつ、それをなぞるようにゆっくりと動かしていく感じだ。
ここのところ、午前中から迷宮に出ての探索に力を入れていたから、こうやって鍛錬のような形で身体を動かすのは久し振りだ。
よく実戦に勝る鍛錬はない、と言うけれど、こうした実戦ではない鍛錬もやはり必要だと、実際に身体を動かして思った。数日おきにでも、ちゃんと時間を作るようにしよう。
……そのまましばしの間鍛錬を行ったあと、動きを止めて息を吐く。
大怪我をしたとはいえ、数日寝ていただけ。こうした簡単な動きであれば、リンカーコアが衰弱している影響も然程感じない。心配したほど身体も鈍ってはいないようだ。……身体強化が出来ない以上、戦闘になるとまた勝手が違ってくるのだろうけど。
と自己分析したところで、横合いからタオルが差し出された。
「お疲れ様です。どうですか?」
そう訊いてきた咲夜に、「ありがとう」と告げてタオルを受け取ってから先程の考えを述べると、彼女は「それは何よりですね」と淡く微笑んだ。
「とは言え、病み上がりであることは変わりませんからね。無理は駄目ですよ」
……しっかりと釘は刺されてしまったが。本当に、よく出来たメイドさんである。
その後は軽く雑談をしたところで咲夜の時間が来て、彼女を見送って終えた。
…
……
…
明けて翌日。
今日はアルトリアを喚ぼうと思ったのだが、一つ試したいことが有ったので、アルトリアにお願いして試させて貰うことにした。
──『
これが使えるようになったあの時、既にアルトリアを召還している状態で『二重召還』でフェイトを召還した際は、『令呪』によるブーストをしなければ『
では、先に『連鎖召還』をしていた場合は、どうだろうか……と言うのが気になったこと。
それを説明し、アルトリアをメインで召還するのが明日になってしまうけれど、とお願いしたところ、「構いませんよ」と言ってくれた。有り難いことだ。
それじゃあ早速と、まずはフェイトを召還。
「あれ、葉月? 喚ばれるの、明日だと思ってたけど……」
そう言って小首を傾げるフェイトに、アルトリアにも説明していた『二重召還』の実験をしたいことを説明し、「うん、解ったよ」と了承を得たところで、なのはを喚び出した。
ここまでは通常の流れ。問題はこの状態から『二重召喚』が出来るかどうか。
意識を内面へ向け、スキルに集中する。
先に『二重召喚』を行った時は、この時点で『連鎖召喚』を行う為の魔力が足りないことが認識できた。今は……その感覚は、ない。
逆に、行けそうだという感じのままに、前方へと手を突き出し、キーワードを唱えた。
「『
次の瞬間、伸ばした手の先に生成される、球状魔法陣。
それがカシャンと壊れ──アルトリアが姿を現した。
「……上手くいったみたいですね」
デメリットの方は如何ですか? と問われて確認すると、『連鎖召還』で半減した残召還時間が、更に半分になっていた。
現状この召還方法を行うのはフェイトを先に召還した場合だけだけど……この場合、召還していられる時間がフルで一時間半ほど。対してディレイが減少時間をふまえて四時間半ほどとなると……。
「緊急時以外は使わない方が良さそうですね」
「けど、執れる手段が増えたのは良いことだよ」
現状の召還時間とディレイの関係を述べると、アルトリアがそう結論づけ、フェイトがフォローするように続ける。
俺も二人に同意見かな、と同意したところで、次の実験へ。
「それじゃあ次は……これも使いどころは限られるだろうけど」
そう前置きして、次に行う事を説明する。
まずは、今の状態から「アルトリアだけを送還して、再度アルトリアを喚べるか」ということ。
これは、結果から言えば出来た。しかもディレイなどは無く、送還してすぐに再召還することも出来た。……その代わり、更に残召還時間が半分になったけれど。
そして次に、「アルトリアを送還した後、咲夜を喚べるか」だが……残念ながら、これは出来なかった。
「さて、最後に……フェイト達も一度送還してから再召還した後、『二重召還』で咲夜を呼べるか、だな」
って訳で、一度送還するよと言うと、異口同音に「はい」と頷くアルトリアとなのはに対して、フェイトは頷きつつも、何故かクスリと笑う。
「フェイトちゃん、どうしたの?」
「あ……ううん、なんでもないよ。ただ、こうやって検証を繰り返して何かを把握していくのって、何だか久し振りだなって思って」
フェイトにそう言われて、確かになと頷く。
とは言えこれからもこういった機会はあるだろうから、その時はよろしく頼むよと言うと、「もちろん」とフェイト。
これまでも、これからも。一歩ずつ進んで行くしかないのだから。
……ともあれ、フェイト達を一度送還し、ディレイが終わってからフェイト、続いてなのはを再召還する。
そして予告通り、今度は咲夜を『二重召還』で喚んでみると──伸ばした手の先に、無事に球状魔法陣が生成された。
……つまりは、ディレイっていうデメリットがあるものの、『二重召還』で召還する相手を切り替えることは、即応性はないけど可能と言えば可能ってことか。
そうしているうちに球状魔法陣が割れて砕け、中から咲夜が姿を現した。
「……あら? ええと……状況を説明して貰えますか?」
少し戸惑った様子を見せた咲夜に、フェイトとなのはへの顔見せを兼ねて『二重召還』の実験を行ったことを告げる。
「フェイト・テスタロッサです」
「高町なのはです」
俺の言葉を受けて、それぞれ名乗った後に「よろしくお願いします」と声を揃えるフェイトとなのは。息ピッタリである。
それに対して咲夜も名乗り返し──どうやら顔合わせは無事に済みそうだと、少しずつながらも言葉を交わし出した三人を見ながら思った。
◇◆◇
私立聖祥大学付属小学校。フェイトやなのはが通う学校である。
その、授業の合間の休み時間にて。
「ねえなのは、フェイトってば急にどうしたの?」
「あはは……どうしたんだろう……ね?」
ある時を境に、不意に落ち込みだしたフェイトの様子を見て、友人であるアリサがなのはへ声を掛けた。
だが、なのはから返ってきたのは何とも煮え切らない返事。
……とは言え、なのはにしてみれば無理もない。
「せっかく葉月さんのために、前から料理の練習をしていたのに、病み上がりに食事を作ってあげることに気付かなかった上に先を越された……っていう記憶が流れてきた」
……事情を知らない相手にこれをどう説明しろというのか。思い出し落ち込み?
アリサと同じく事情を知らないながらもフェイトを励ますすずかと、「……うん、私、頑張るよ……!」と静かな気合を入れだしたフェイトの様子を見ながら──なのははしばしの間頭を悩ませ、とりあえず、困ったように笑って誤魔化した。
先日4DXのMovie1stを観てきました。
久し振りにフェイトちゃん分を大量補給しました。
筆が進みました。
やはり人間は必須栄養素をちゃんと摂らねばならないということですね。